●広翼の孔雀42●

午前の裁判が終わったが、身体に渦巻く欲望は滾ったままだった。それを鉄の精神で表に出さないように努め、鬼灯は昼の休憩をとる。
裁判の途中でも身体の快感が上がってゆくのを感じたが、鬼灯はそ知らぬふりをして過ごした。
ただ、連れてこられた亡者の一人が、鬼灯をやたら美男だと褒めそやしていたのは気になった。それと同時に体の熱も上がり、鬼灯は金棒の代わりに調達した棘のついた棒で威嚇し、沈み込ませた。



ようやく昼になり、鬼灯はようやく昼食を取ることになる。
今日の日替わりメニューは天ぷら定食だった。食堂のメニューを知らずローテで食べている鬼灯は、何の疑問もなく定食を注文する。



椅子に腰かけて、周囲の獄卒たちが恐縮して、こんにちは、と挨拶するのを制して、鬼灯は黙々と食事を口に運ぶ。
すると、耳に奇妙な声が聞こえてきた。



「鬼灯様、あの小さい口であんなデカイ天ぷら食べるんだなあ・・・俺のも咥えられるかな?」



不謹慎な言動に、鬼灯は眉間にしわを寄せて周囲を見渡す。
しかし、誰も鬼灯に目線を向けず、それぞれがいそしんで昼食をかき込んでいる。



(一体何なんだ?今の声は?)



鬼灯を目の前にして卑猥な言葉を吐く度胸のある輩などいないだろうが、確かに鬼灯の耳には聞こえてきた。



「唇が油でテラテラしてエロッ・・・」



やはり声が聞こえてくる。しかも、鬼灯を不快にする内容の言葉だ。
箸を片手に周囲を睨むように見渡すが、皆は平気な顔でそれぞえの昼食を楽しんでいる。



(幻覚でしょうか?それにしても、はっきり耳に聞こえすぎる・・・)



そう思って鬼灯は首をかしげると、また声が聞こえてきた。



『鬼灯様の黒髪がサラっと流れるのがたまらないなあー、あの襟元から覗くうなじが相変わらず色っぽい・・・もっと髪の毛短くしてくれないかなー』



「・・・・!」



やはり聞こえた。
鬼灯は食事を途中で止めて、声の主を見つけようと周囲を見渡したが、やはり彼らの様子は変わらない。それどころか、急に鬼灯が鬼気迫った様子で食事を止めて見渡してきたので、獄卒たちはそれに恐々とした。



「ほ、鬼灯様・・・どうされましたか?」



一人の獄卒がおそるおそる鬼灯に話しかけ、鬼灯の肩に手をかける。



『うわっ!思わず肩にさわっちゃったよ・・・!あとから他のヤツらに絡まれないかなあ・・・でも、左手が幸せ・・・』



この言葉は明らかに自分をいさめた獄卒の声だった。しかし、こんなあけすけなセリフを口にするとは思えない。
現に、振り返った獄卒は真面目な顔つきで鬼灯を見つめている。



(心の声が聞こえる・・・?)



ありえないことだと思いながら、鬼灯は再び体の奥に官能のざわめきが波立つ予感がした。



『鬼灯様きれいだなあ・・・』
『うーん、天ぷらキスゲームしたい』
『見た目は細いけど、脱いだら逞しいんでしょうね、ゾクゾクするわあー』



男女入り混じった如何わしい言葉が一斉に耳に入り、鬼灯はその場にいられなくなってしまう。
鬼灯にしては珍しく、食事も三分の一ほど残して席を立ち、善を洗い場へ引っ込める。



(まったく、一体どういうことですか・・・)



怒り交じりに鬼灯は廊下を歩く。


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