●広翼の孔雀3●
「朝から不謹慎な・・・今日は午後から出勤なので、ここで朝ご飯をいただきますよ」
そう言ってすっかり身支度を終えた鬼灯は部屋を出てキッチンに向かおうとする。
「半熟の目玉焼きがいいなー」
「文句言うな。白豚」
いつもの憎まれ口をたたいて、鬼灯は部屋を出ようとするが、背後に白澤の気配を感じて振り返った。
そこには相貌を緩めた上半身裸の白澤がいて、その半裸に少々胸がときめいてしまう。
鬼灯が何か言う前に白澤は鬼灯の背に腕を回し。その紅い唇を舐めた。
「んっ・・・」
ぞく、と鬼灯の首筋から背中に官能が走り、鬼灯は困惑した。
(昨日散々交わったというのに、口づけだけでこんなに・・・)
昨日さんざん閨で睦んだものだが、一晩眠り、その余韻がまだ残っているはずはない。白澤から流れてくる、鬼灯を狂わせる神気も過剰ではなく、いつもと変わらない状態だ。
それなのに、なぜ?と鬼灯は妙を感じていたが、これまでの経験では、これが初めてということでもないので特に気にも留めなかった。
「ふふん、料理している嫁を背後から襲うのは男の夢だよねー」
「っ!嫁ではありません!」
そう言って熱を孕んだフライパンを白澤の頭に乗せる。
「あっつうううう!」
そう叫んで頭を抱え、床を転げまわっている間に、鬼灯はさっさと朝食を作り終えた。
「それでは、お邪魔しました」
そう言って鬼灯は、昨夜の色香の残滓など微塵も残さず、厳しい補佐官のたたずまいでカウンターから立ち上がった。
「はいはーい、じゃあ僕はこれからまた約束だからね、次に会えるのは十日後ぐらいかなー」
そう言って白澤はスマホを手にして今日の予定を確認し、そのまま居住スペースへと消えた。
(まったく・・・)
白澤のマメな軽薄さにあきれながら、鬼灯は壁に立てかけてあった金棒を手にする。
ズシっと、いつもではありえない重量感を感じ、そのまま力を込めて持ち上げようとするが、全く上がらない。
(なぜ?どうして・・・)
はっと気づき、鬼灯は部屋に消えた白澤の後を駆けた。
しかし当人はすでに勝手口から姿を消し、部屋は者抜けの殻だった。
「あいつ・・・!」
これはヤツに確実に何かされた。
一体どういうつもりだろうか?いつもの暴力の憂さを晴らすなら今だというのに、白澤は姿を消してしまっている。
(一体どういうつもりだ・・・)
とりあえず、今晩にでも再び訪ねて無理矢理押し入ってやろう。
ヤツが女性と懇意にしている最中であろうと構うものか。
「うっ・・・今日は金棒なしですね・・・」
どうやっても持ち上がらない愛用の金棒を仕方なくそこに置き、鬼灯は手ぶらで天国を去った。
金棒の代わりに、軽めの○問道具をでも借りよう。
そう思いながら、鬼灯は事の重大さにも気づかず閻魔殿へと足を運んだ。