母の浮気/57
いずれにしても、彼女はそんなに心配する必要は無いと思われた。久司は母親が好きなのである。であれば、どんな形であれ、いずれ時間が解決することだろう。良太が、久司の態度はそのうちまた元に戻りますよ、と言ってやった。
「そういうのでいいのかなあ、なんか、母親って無力だなあ」
「いや、そうやって、気にかけることができるっていうだけで、いいお母さんだと思いますよ。うちなんて、ほったらかしですから」
「ありがとう、良太くん」
「もし、友達関係とかで問題があったら、おれがフォローしますし、あと、お母さんにも連絡するようにしますから」
良太が請け合うと、久司の母は感動した色を瞳に宿した。
「良太くんって、本当にいい子ねえ……ご家庭の教育がいいのかな」
「いや、今言いましたけど、うち放任主義なんで。たぶん、おれ自身がいい子なんじゃないですか」
冗談っぽく言ったが、彼女は、
「うん、そうかもしれないね」
と真面目に応えてから、軽く頭を下げるようにして、
「これからも久司のいい友達でいてあげてね」
と言ってきたので、もちろん、と請け合っておいた。我が母親と交わりを持った彼に対して、含むところがないと言えばそれはウソになるが、だからといって、友達付き合いをやめる気はさらさらなかった。
「ありがとう、良太くん。お礼に、わたしに何かできることがあったら、言ってね」
「いいですよ、ジュース奢ってもらったし」
「ジュース一本なんかじゃ、足りないよ。なにかできることがあったら言って。勉強教えるとかさ」
「じゃあ、エッチの勉強教えてください」
良太は、するりと出た自分のその言葉に、自分でびっくりした。いったい今、何を言ってしまったのだろうか。いきなりどうしてそんな言葉が出たのか。驚いたのは彼女も同様で、えっ、と何を聞いたか分からないような顔をしている久司の母親に対して、良太は、すばやく覚悟を決めた。
「何でもいいって言ってくれたので、言ってみただけですよ」
覚悟と言っても、言ったことを冗談にしてしまおうとする覚悟である。そう明るい声で続けると、彼女はホッとした顔をしたあとに、
「もおっ、びっくりしたよ。大人をからかって」
と笑顔を見せた。
「いやあ、おれは本気ですよ」
「カノジョいないの、良太くん」
「そんなの一回もいたことありません」
「だから、おばさんに教えてもらいたいって? 分かった。将来のカノジョとする前の予行演習だ」
「初めてのときに、うまくできる自信が無いんです」
「それだからって、わたしっていうのは、ちょっと安直すぎないかな」
「だって、おれ、おばさんのこと好きですもん」
「わっ、知らなかった」
「本当ですよ」
「熟女好きなの?」
「お姉さん好きです」
「あ、それは、嬉しい」
すると、久司の母は、何かを考えている顔になって、その顔をちょっと近づけるようにすると、
「あのさ、良太くんが、その冗談を本当にしたかったら、わたしでよかったら、お相手になってもいいよ。今日のお礼」
とひそやかな声を出した。