官能物語 2021/07/08 10:00

美少女のいる生活/13

「全部です」
「全部?」
「そうです。例えるなら、このモンブランと同じですよ。モンブランのどこが好きかって問われても、全部って答えるしかないじゃないですか」
「なるほど……じゃあ、好きになったきっかけを教えてもらえないかな。いきなり全部を好きになるって、それじゃ一目惚れってことになるだろ。モンブランは一目で好きになるかもしれないけど、美咲ちゃんくらい年の離れた子が、おれのことを一目で好きになるということは、ちょっと無いだろ」
「貴久さん」
「ん?」

 彼女は真面目な目をした。
 美しい瞳にどきりとした貴久は、

「先に、モンブランとコーヒーいただいてもいいですか?」

 と訊かれて、同じくらい真面目な顔でうなずいてやった。

「あー、美味しい、幸せ」

 言葉通り、美咲は美味しそうにケーキを食べた。こうして、美味しそうに物を食べる女性を対面から以前見たことを、貴久は思い出したが、遠い記憶である。

「満足したかい、お姫様?」
「うむ、わらわは満足じゃ」
「それで?」
「わたし初めに会ったときから、貴久さんのこと好きでしたよ」
「それは嘘だ」
「どうしてですか?」
「初めて会ったのは、キミが赤ちゃんのときだからだ」

 美咲は声を上げて笑った。

「それはさすがにカウントしないでください。物心ついてからです。優しいお兄さんだなと思ってました。覚えてますか、わたしが4歳くらいの時、登ったジャングルジムから降りられなくなったことがあって、一緒にいた貴久さんが、お父さんよりも早くそれに気がついて、わたしのこと抱っこしておろしてくれたんです。それで、『怖かったね』って、優しく頭を撫でてくれて。そのときから、ずっと好きでした」

 にこにことしながら話す少女の口ぶりに嘘は無いようだけれど、嘘では無いとすると、大分大胆な話になる。

「決定的だったのは、わたしが中学生の時のことです。わたし、学校に行けなくなってしまったことがありましたよね」
「ん、ああ……あったね」
「あの時、わたし、貴久さんに電話してそのことを伝えたんです。そうしたら、貴久さんすぐにかけつけてくれて、『もしも行けなかったら、無理に行くことはない。世界のためにキミがいるんじゃなくて、キミのために世界はあるんだよ。世界はキミのものなんだ』って言ってくれたんです。そのときに、わたし、絶対に貴久さんと結婚しようって心に決めました」
「ちょ、ちょっとタイム」
「はい、どうぞ」
「ジャングルジムのことを覚えているような気がするけれど、その、The world is yours.は、よく覚えていないな。そんなこと、おれ、言ったっけ?」
「言ったかどうかということは大した問題じゃありません。大事なのは、貴久さんが言ったとわたしが信じているというそのことです」
「そうかなあ……って、あと、何、結婚?」
「はい、そのうち、わたしと結婚してください」

 美咲は、次の休みの日に映画に行ってくださいと言っているのと同じような軽さで言った。

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