猫虎屋 2023/07/19 04:43

ダブルブッキング


「これがトワの温泉ね!ちょっとボロっちいけど、なかなか風情があるところじゃない!」
「建物は古いですけど、泉質がとってもいいんですよ。」
「さっき入ってきたけど、結構ピリッと来る温泉だったわ!お肌に良さそうね。」
「そうなんです。当湯は酸性湯でして、美肌にもとってもいいんですよ。」
トワが女将を務める温泉宿に、リーチェが遊びに来ていた。
山奥にある一軒宿で、とても静かなところである。
ただこんこんと湧き続ける温泉の流れる音が、絶えることなく響いていた。

数ヶ月前、この宿は閉鎖されるところだった。客足は多いものの、後継者不足のためである。
こんな素敵な秘湯が閉湯してしまうなんて……ということで、トワが女将を引き受けることになった。そのおかげで今も運営を続けることができている。経営者家族のほかは、料理人が一人いるだけで、泊まる部屋は4つしかない小さな宿屋である。

リーチェの泊まっている部屋で談笑していたら、入り口の鈴が鳴って、トワは慌てて部屋を出ていった。そして戻ってきたときには青い顔をしていた。
「ど……どうしましょう……」
「何かあったのかしら?トワ」
「ダブルブッキングしてしまいました……」
「だぶるぶっきんぐ……?」
ダブルブッキングとは二重に宿泊予約を入れてしまうことで、そうすると部屋が足りなくなる。通常ならば他の宿に回したりして融通を利かせるものだが、なにしろ周りに何もない離れ宿なのでそういうこともできない。

「他に部屋は無いですし…どうしましょう……お客様が」
トワはオロオロしている。
「この部屋があるじゃない!いいわ、あたしがトワの部屋で寝るから!」
「ですが、せっかくリーチェが泊まりに来てくれたのに……」
「温泉にも入ったしちょうど暇してた所よ。なんならトワのお手伝いしてあげてもよくてよ!」
「ありがとうございます……。お言葉に甘えたいのですが、一つだけ問題があるのです……」

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