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ウンスジの記事 (1)

おかず味噌 2020/05/11 05:49

ちょっとイケないこと… 第十一話「聴覚と味覚」

(第十話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/247599


「良かった。お姉ちゃん『トイレ』に行きたかったの…」

 不安を抱くような、安心を吐くような言葉。やや籠って聞こえづらかったけれど、それは紛れもなくお姉ちゃんの声だった。

 無関係の他人ではなく、無歓迎な客人ではなく、無我無心を装った人狼でもない。やはり僕は何のためらいもなく、ドアを開けてあげるべきだったのだ。

 それでも。僕はもう一度、ドアスコープを覗いた。一体どういう原理なのだろう、小さな覗き穴からでもお姉ちゃんのほぼ全身が見て取れた。

 今朝と同じ服装。だけどその顔からはいつもの笑顔が消え去り、困っているような焦っているかのような表情が窺えた。眉は垂れ下がり、唇はきつく結ばれていた。

 両手はお腹よりも少しばかり下の位置にあてがわれて、そこを強く押さえていた。両脚は「もじもじ」と何度も組み替えられて、足踏みしながら何かを堪えていた。

 もはや全ての証拠は揃い、自供さえも得られた。それは決して僕の憶測ではなく、あるいは過去の前科による冤罪でもない。

 あの夜に目撃した証拠隠滅の現場。お姉ちゃんの『おしっこ』という名の被疑者。それが今や体内に溜め込まれ、凶器なる『尿意』による再犯を企んでいるのだった。

 ひょっとしたらひょっとするかもしれない。僕がこのままドアを開けなければ…。


「ねぇ、純君。悪いんだけど、早く開けてもらえないかな…?」

 再びお姉ちゃんの声がした。その瞬間ふと我に返り、瞬く間に悪巧みは霧散した。

――僕はなんて、意地悪なことを考えていたんだろう?

 僕がまだ小学生だった頃、よく自分のお小遣いで漫画を買ってくれたお姉ちゃん。(もちろん僕は覚えていないけれど、ママが言うには)僕がまだ赤ちゃんだった頃、オムツを替えてくれていたお姉ちゃん。(それについては覚えていなくて良かった)

 そんな優しいお姉ちゃんを。なぜ、そんな酷い目に遭わせなくてはならないのか?ほんの一瞬でも魔が差し、束の間の期待をしてしまった自分を恥じた。

「卑怯者」「裏切者」。漫画の中で敵に向けられる台詞が、僕自身に浴びせられる。

 正義の味方になりたかった時期は卒業したし、最近では悪の側に魅せられることも少なくないけれど。あくまで僕が憧れるのはカリスマ性を兼ね備えた大悪党であり、姑息で卑劣な小悪党なんかじゃない。


 僕は鍵を解錠した。チェーンロックを外して、ドアを開放する。

 すぐにお姉ちゃんがドアの隙間から滑り込んでくる。僕に体が触れるのも構わず、僕の横をすり抜けていく。(僕はアソコが当たらないようにこっそりと腰を引いた)

「ありがとう、純君」

 僕の方を振り向きもせず背中越しにお姉ちゃんは言う。よほど余裕がないらしい。普段は決してしないような行儀の悪さで靴を脱ぎ散らかし、そのまま玄関を上がる。

 廊下を進んでいく。僕の手前もあってだろうか、廊下を走るなんてことはしない。あくまでも早歩きで、お姉ちゃんは念願の目的地へと向かう。

 ここまで切迫しているということは、家にたどり着く前から催していたのだろう。お姉ちゃんがいつそれを自覚したのかは分からない。だが仮にバイト先を出た時点ですでに行きたかったのだとしたら、かなりの距離と時間を我慢していたことになる。(どうしてバイト先で行っておかなかったのだろう?)

 そこで僕はある想像をしてしまう。それは経験から培われた「想造」だった。


――お姉ちゃんは、もう…。

『チビって』しまっているのかもしれない。『おもらし』まではいかないながらも、少量の『おしっこ』をパンツに染み込ませているのかもしれない。そうやってまた、お姉ちゃんはパンツを汚してしまっているのかもしれない。

 お姉ちゃんは先を急ぐ。ここは僕の家であるのと同時にお姉ちゃんの家でもある。もちろんトイレの場所は分かっている。だから迷うことなく一直線にそこに向かう。

 お姉ちゃんの後ろ姿を目で追う。その時、僕はといえば…。

 ただ茫然と玄関に立ち尽くしていることもできた。すでに僕は役目を終えたのだ。ドアを開けてやる、というごく簡単な作業。だけどその行いによって、お姉ちゃんにささやかな恩返しができたのだ。

 なぜお姉ちゃんが鍵を持っていなかったのかは分からない。多分忘れたのだろう。お姉ちゃんはしっかり者だが、やや抜けている部分もある。がさつではないものの、おっちょこちょいな一面もある。お姉ちゃんがあくまで「カンペキ」じゃないことを僕は知っているし、今ではその証拠さえも掴んでいた。


 僕も歩き出す。玄関を上がり廊下を進む。お姉ちゃんの後をついていくみたいに。お姉ちゃんの背中を追いかけるみたいに。小学生の頃の僕がそうしていたみたいに。

 あの頃のお姉ちゃんならば、僕が追いつくまでちゃんと待ってくれたことだろう。僕の手を引いて僕に歩幅を合わせてくれていたことだろう。だけど今のお姉ちゃんは僕の手を引いてくれることもなく、僕が後ろに居ることに気づいてもいなかった。

 再び僕の中に葛藤が生まれる。悪党じみた考えがよぎる。

――ここで僕が、邪魔をしたら…。

 お姉ちゃんの腕を掴むなり、後ろから抱きつくなりしたならば。

――離して純君!お願いだから…。

 お姉ちゃんは懇願するような目で、僕に訴えかけることだろう。

――お姉ちゃん、もう限界なの…。

 お姉ちゃんは絶望したような顔で、僕にすがりつくことだろう。


 そして。僕はついに目撃することになる。お姉ちゃんの『おもらし』を…。

 お姉ちゃんのショートパンツから次々と水滴が溢れ出し、足元に水溜まりを作る。漫画の中ではたった一コマに過ぎなかったシーンが、映像となって僕の前に現れる。そしてそれをしてしまうのは空想の人物ではなく、僕のよく知る実在の人物なのだ。

 あと少しの思い切りだけなのだ。お姉ちゃんに追いつくのは難しいことじゃない。もう少し僕が歩速を上げて先を急げば済む話だった。それだけで僕は願望を捕捉し、想像を補足することができる。チャンスの後ろ髪は、すぐ手の届く先にあった。

 だけど。僕にはどうしても、最後の一歩の踏ん切りがつかなかった。それによってお姉ちゃんとの関係が失われてしまうことを恐れたのかもしれない。それとも単純に「やっぱりお姉ちゃんが可哀想」という己の良心に屈してしまったのかもしれない。

 結局、僕はお姉ちゃんがトイレに行くのを阻止することができなかった。


 僕に邪魔されることのなかったお姉ちゃんは、ようやく念願の目的地に辿り着く。焦っているためか何度かノブを掴み損ねながらも、何とかドアを開けることが叶う。お姉ちゃんはトイレに入り、ドアを閉めた。

 僕とお姉ちゃんの間が再び遮られる。だけどそれは分厚い金属製のドアとは違い、薄い木製のドアだった。お姉ちゃんの発する振動が詳細に伝わってくる。

 最初に聞こえたのは布の音だった。擦れるような音。お姉ちゃんがズボンを脱ぎ、パンツを下ろす音だった。

 僕はつい中の様子を思い浮かべてしまう。今まさにお姉ちゃんの下半身が丸出しになっているという状況を…。

 ドア越しに息を殺し、耳を澄ませる。それから間もなく、ある音が聴こえ始める。


――シュイ…!!ジョボロロ~!!!

 それは『おしっこ』の音だった。お姉ちゃんの股間から迸る『放尿』の擬音。

 かなり溜め込んでいたらしい。その勢いは、心地良いくらいに真っ直ぐだった。

 激流が便器に叩き付けられ、重力に従って流れ落ちる。便器内に溜まった冷水と、お姉ちゃんの出した温水が混ざり合う。(果たしてそのどちらが清浄なのだろう?)

 お姉ちゃんの『排尿』は暫く続いた。せいぜい十数秒くらいのことだったけれど、僕にはその何倍にも感じられた。あるいは永遠にも続くとさえ僕には思えた。

 だけど、やがてそれは終わりを迎える。用を足し終えたお姉ちゃんは溜息をつく。間に合ったことの安堵によるものか、それとも『おしっこ』自体の快感によるものか僕には判らなかった。

 それでも僕にはお姉ちゃんのその吐息がとても「えっち」なものに感じられたし、その息遣いはドアを隔てた僕のすぐ耳元で聞こえているみたいだった。


 またしても、僕は意識を研ぎ澄ませる。

「カラカラ」と渇いた音がして、お姉ちゃんがトイレットペーパーを巻き取る。
「ブチッ…」と切られる音がして、お姉ちゃんが一回分をちぎり取ったらしい。
「スリ…、スリ…」と拭く音がして、お姉ちゃんのアソコがキレイに保たれる。
「ジャ~~!!」と無機質な音がして、お姉ちゃんの出したものが水に流れる。
「スルスル」と再び布が擦れる音がして、お姉ちゃんはパンツを穿いたらしい。

 お姉ちゃんがトイレのドアを開ける。僕は慌てて、二、三歩ほど後ろに下がった。まさか僕がドアのすぐ前に居て、お姉ちゃんの立てる音に聞き耳を立てていたなんて知られるわけにはいかなかった。

 トイレから出てきたお姉ちゃんと鉢合わせる。僕がいるとは思わなかったらしい。お姉ちゃんは驚いたように目を丸くしてから、少しばかりバツが悪そうに苦笑した。僕としても何だか悪いような気がして、目を逸らした。

 お姉ちゃんはそのまま洗面所に向かう。お姉ちゃんはトイレの中で手を洗わない。トイレを済ませた後はわざわざ洗面台で手を洗う。その気持ちは僕にもよく分かる。トイレの水というのは、キレイだと分かっていても何となく汚い感じがするのだ。

 洗面台で手を洗うお姉ちゃんの背中。その光景はまるで、デジャヴのようだった。


 鏡越しに、お姉ちゃんと目が合う。お姉ちゃんも僕の視線に気づいたらしかった。それ自体は何の問題でもない。今日のお姉ちゃんは秘密を隠しているわけじゃない。

 それでも。やっぱりお姉ちゃんにとっては見られたくなかった姿であったらしい。お姉ちゃんはトイレを我慢していたのだ。僕にもはっきりと分かるくらいに限界で、お姉ちゃんとしても僕に知られていることに気づいているだろう。

 そして、お姉ちゃんは『おしっこ』をしたのだ。それが僕に聞こえていたなんて、それを僕が聴いていたなんて、さすがにお姉ちゃんも思っていないだろうけど…。

 普段から顔を合わせている弟である僕に、生理的欲求を気取られてしまったのだ。もちろん『おもらし』の恥ずかしさなんかとは比較にならないだろうが、気まずさは大いに感じていることだろう。


「鍵。家に忘れちゃってさ…」

 お姉ちゃんは言い訳するみたいに言う。僕の思った通りだ。やっぱりお姉ちゃんはどこか抜けているのだ。

「純君が家に居てくれて良かった」

 もし僕が家に居なかったら、どうしていたのか?その時にはきっと…。

「そういえば、パパとママは?」

 お姉ちゃんは話題を変えようとする。そんなつもりはないのかもしれないけれど、少なくとも僕はそう感じた。

「買い物だよ」

 僕は答えた。

「そうなんだ。あれっ?純君はついていかなかったの?」

 お姉ちゃんは不思議そうに訊いてくる。せっかくのチャンスを僕が逃さないことをよく知っている。

「別に。ゲームしたかったから」

 僕は嘘をついた。「勉強するため」と言わなかったのは、そんな嘘はお姉ちゃんにお見通しだと思ったからだ。だからといって、本当のことなんて言えるはずもない。「お菓子より魅力的なチャンスを得るため」だとは…。

「へぇ~、何のゲーム?」

 タオルで手を拭きながらお姉ちゃんは訊いてくる。どうやら話題を変えることにはすっかり成功したらしい。

「アニマル・ハンター」

 僕は答える。それは僕がこの前の誕生日に買ってもらったばかりのゲームだった。(ちなみにお姉ちゃんには協力プレイ用のコントローラーを買ってもらった)

「そっか」

 お姉ちゃんは興味があるのかないのか分からないような反応をする。

「ねぇ、久しぶりに一緒にゲームしない?」

 まさかの誘いがお姉ちゃんの口から発せられたことに、僕は少なからず戸惑った。もうずいぶん長いこと、お姉ちゃんと一緒にゲームなんてしていない。

 だけどコントローラーをもう一つ買ってもらったのは、友達と遊ぶためというのももちろんあるけれど。元はといえば、お姉ちゃんと一緒にゲームをするためだった。話題のゲームを買ってもらうと知ったとき、お姉ちゃんから言い出したことだった。


――確か、そのゲーム。何人かで遊べるんだよね?

 お姉ちゃんに訊かれる。「四人まで、ね」僕は得意げに答えた。

――じゃあさ、私がコントローラーを買ってあげるから一緒にやろうよ?

 そこで、お姉ちゃんはまさかの提案をしてきた。

 昔はよく一緒にゲームで遊んでいたけれど。いつからか僕一人で遊ぶようになり、大学生になったお姉ちゃんはもうゲームなんて卒業してしまったのだと思っていた。それなのに。お姉ちゃんは僕が買ってもらうゲームに珍しく興味を示したのだった。

――え~。お姉ちゃん、ゲーム下手だもん…。

 照れ隠しから僕は渋った。だけど僕が隠していたのは嬉しさでもあった。

 約束通り、ママからソフトとお姉ちゃんからコントローラーを買ってもらった。「お姉ちゃんとゲームをする」というもう一つの約束が果たされることはなかった。

 結局、僕はほとんど一人で新しいゲームを進めた。発売前から期待していた通り、それは一人でも十分面白いゲームだった。僕は最近、主にそのソフトで遊んでいる。唯一、お姉ちゃんから買ってもらったコントローラーだけが今のところ出番がなく、新品のまま箱に仕舞われたままだった。


「別に、いいけど…」

 僕のどっちつかずの返答に対して。

「やった~!!」

 お姉ちゃんは大袈裟に喜んでみせる。

 今はあまりゲームをやりたい気分ではなかったけれど、特に断る理由もなかった。それにもしここで断ってしまえば、もう二度とその機会は訪れないような気がした。

「じゃあ、ちょっとお洋服着替えてくるから。先にお部屋で待ってて」

 お姉ちゃんから子供っぽくそう言われて、僕は大人しく部屋に戻ることにした。(洗面台のすぐ横、洗濯機の中のものに名残惜しさを感じながら…)


 数分後。僕の部屋のドアがノックされる。返事をするとお姉ちゃんが入ってきた。

 それからママとパパが帰ってくるまでの一時間。僕はお姉ちゃんとゲームをした。それは本当に久しぶりのことだった。

 お姉ちゃんはやっぱりゲームが下手で。僕が何度も「回復薬」を使ってあげても、あっけなく「死んだ」。その度にお姉ちゃんは僕に謝ったり、悔しがったりした。

 僕一人でなら簡単に倒せる「アニマル」でも、お姉ちゃんがいるせいで苦戦した。だけど僕はお姉ちゃんにムカついたりはしなかった。ただ純粋にゲームを楽しんで、どこか懐かしさのようなものを感じていた。

 それでも僕はゲームに集中できないでいた。お姉ちゃんの様子をチラチラと窺い、その度に洗濯機の中の記憶が蘇ってきた。

――お姉ちゃんは今、どんなパンツを穿いてるんだろう?

 僕の脳内はそのことで一杯で。お姉ちゃんの操作する「女性ハンター」が動く度、露出度高めの格好をしたアバター自体がまるでお姉ちゃん自身であるかのように。「見えそうで見えない」もどかしさに襲われるのだった。


 一時間後、パパ達が買い物から帰ってきた。僕が勉強してなかったことが分かるとやっぱり叱られた。

「ほら、言った通りじゃない!」

 鬼の首を取ったように、ママは鬼になったが如くお説教を始めようとしたものの。すぐにお姉ちゃんも一緒になってゲームをしていたことが分かると…。

「結衣も、あんまり純君の邪魔しちゃダメよ?」

 軽く注意しただけで、それ以上は何も言わなかった。僕たちは「イケない秘密」を共有するみたいに目配せをして、小さく笑った。

 その夜、家族皆が寝静まった頃。僕はトイレに行くふりをして洗面所に向かった。目的はもちろん洗濯機であり、中を漁るとすぐにお姉ちゃんのパンツが見つかった。

 本日のそれは「ピンク」だった。


 お姉ちゃんのパンツは、やっぱり汚れていた。

 昼間僕が見たのと同じく、いやそれ以上に。『おしっこ』がたっぷりと染み込み、ぐっしょりと濡れていた。今回は女子特有の汚れについてはそれほどでもなかった。僕はパブロフの犬のように、条件反射的に匂いを嗅いだ。

 お姉ちゃんのパンツは『おしっこ』臭かった。不純物がないせいか、より直接的にアンモニア臭が鼻腔を刺激した。

――お姉ちゃん、やっぱり『チビって』たんだ…。

『おしっこ』を便器に出し切ることができず、パンツの中に『チビって』いたのだ。いかにも生還したような顔をしておきながら、こっそりお股を弛緩させていたのだ。


 次に、僕はお姉ちゃんのパンツを舐めてみた。なぜそんなことを思いついたのかは自分でもよく分からない。だけど僕はすでに…。

「視覚」でお姉ちゃんの汚濁を認めて、
「嗅覚」でお姉ちゃんの芳香を確かめ、
「触覚」でお姉ちゃんの幻想と交わり、
「聴覚」でお姉ちゃんの音調を聴いた。

 残るはあと一つ「味覚」のみだった。

 お姉ちゃんのパンツの濡れた部分にベロを這わせ、そのままベロベロと舐め回す。サラサラとした舌触り、ピリピリとした味覚が僕の舌先を刺激した。

 甘味がするなんて思っていたわけではない。だけど想像を超える酸味は僕の思考を麻痺させ、同時に襲い来る苦味が僕を現実に引き戻したのだった。

 パンツから顔面を引き離す。そうしてさらに観察を続ける。お尻の真ん中辺りに、何やら薄っすらと『茶色いシミ』が付いていた。

――これって、もしかして…?

 疑念を抱くと同時に、僕はある疑問に囚われるのだった。


――あの時、お姉ちゃんは「小」ではなく「大」だったのだろうか?

 いや、そんなはずはない。トイレの滞在時間からも、ドア越しに聞こえた音からもそれは明らかだった。

 だとすれば今朝『排便』をした際(お姉ちゃんは毎朝「長めのトイレ」に入る)、上手くお尻が拭けずにパンツに『ウンスジ』を付けてしまったのだろうか?

 いや、それこそあり得ない。いくらお姉ちゃんが「カンペキ」ではないとはいえ、その失敗はもはや「ガサツ」を通り越し「フケツ」といっていいほどのものだった。

 再び僕はお姉ちゃんのパンツに鼻を近づけた。パンツの底ではなく後方の部分に。お姉ちゃんのお股ではなく、お尻が触れていた部分に。

 ふと僕の脳内に場違いな映像が流れる。あれは確か、春休みに動物園に行った時。あるいはもう少し直近の記憶でいうならば、急に催して公園の公衆便所に入った時。

 あまりにも野性的で暴力的な匂い。それは紛れもない『うんち』の臭いだった。

 お姉ちゃんは『おしっこ』のみならず『うんち』までもパンツに付けていたのだ。


 僕の部屋を訪れた、あの時――。

 お姉ちゃんは部屋着に着替えていた。だけどパンツはそのままだったのだろう。(その証拠に夕飯前に洗濯機を覗いてみたけれどお姉ちゃんの下着はまだ無かった)

 僕とゲームをしている間も――。(それが今では夢の中の出来事のように思える)
 晩御飯を食べている最中も――。(なぜかお姉ちゃんはいつも以上に饒舌だった)
 夕食後の家族団欒の一時も――。(お姉ちゃんのお胸やお尻ばかりに目がいった)

 お姉ちゃんはパンツを『おしっこ』や『うんち』で汚していたのだ。

 その現実に僕は混乱した。だけどその真実は僕を激しく興奮させたのだった。


 次の休日(その日も家族は全員留守だった)、僕はお姉ちゃんの部屋に入った。

 お姉ちゃんの本棚には相変わらず難しそうな本ばかりがたくさん並べられていた。だけど背伸びしたい年頃を過ぎた僕の、今日の目的はそこではなかった。

 片付いた部屋の中を移動し、背の低い家具の前に立つ。

 僕はしゃがみ込み、タンスの引き出しを上から順番に開けていく。

 一段目には、お姉ちゃんの服が入っていた。
 二段目にも、これまたお姉ちゃんの服があった。
 三段目にして、僕はついに「アタリ」を引き当てた。

 きちんと丁寧に畳まれ、整理整頓されたカラフルな下着たち。それは僕にとって、まさしく宝の山だった。僕は堪らずに宝箱の中に顔を埋めてみた。

 洗剤と柔軟剤の香り。不快な臭いなどするはずもなく、洗濯を終えたそれらからは現実のお姉ちゃんの不都合な情報が失われ、理想のお姉ちゃんの偶像を醸していた。


 ずっと、そうしていたかったけれど。やがて僕は顔を上げて、お姉ちゃんの下着を漁り始める。

 下着の種類は大きく分けて二種類。ブラジャーとパンツ。僕がより興味があるのはもちろん下半身に付ける方だった。

 可愛らしいデザインに目移りしそうになりながらも、あくまでも僕の目的は一つ。他の誘惑に負けないように探し求めていると、すぐにそれは見つかった。

(見たところさしたる装飾のない前面上部に取って付けたかのような小さなリボンがあしらってあるだけの)黒いパンツ。

 同じ色の下着は何着かあったものの、恐らくこれに間違いないだろう。

 あの日僕が見た、お姉ちゃんが手洗いしていた、僕にとってはきっかけとなった、お姉ちゃんの『おもらしパンツ』。後ろから盗み見ることしか叶わなかったそれが、時を経て今ついに僕の手に触れたのだった。

 僕の指は震えた。良心の呵責ではなく発覚の恐怖から平常心ではいられなかった。


 僕には前科があった。洗濯機の中のお姉ちゃんのパンツを漁ったという罪が…。

 だけど今回ばかりは、観察するだけではなく拝借するのだ。僕は揺るぎない証拠をこの手にすることになる。もし現物を押さえられたら、それでお仕舞いなのだった。

 とはいえ、これだけあるのだから一つくらい無くなったところでバレないだろう。

 本当ならばむしろ、洗濯する前の汚れた下着を手に入れたいところではあったが。そうするわけにはいかないいくつかの理由があった。

 お姉ちゃんは洗濯が終わった下着をきちんと「セット」でタンスに収納していて。もし片方が無くなれば不審がられる可能性があった。

 あるいは、お姉ちゃんの「シミ付き」のそれを僕が部屋に隠し持っていたとして。それの放つ臭いで気づかれてしまう危険性もあった。

 だからこそ僕は。お姉ちゃんが刻み付けた汚れは失われつつも、僕の網膜と記憶に刻み付けられた黒いパンツを「思い出」と一緒にポケットにこっそりと仕舞い込み、お姉ちゃんの代わりに「お守り」にすることにした。

 普段はそれを勉強机の鍵の掛かる引き出しに入れておき、たまに取り出してみてはそこにあるはずのお姉ちゃんの肉体を想像し妄想に耽るのだった。

 そうして僕は再び、元の生活へと戻った。


 朝起きて、顔を洗って、歯を磨く。トイレを済まして、手を洗って、朝食を取る。制服に着替えて、靴を履いて、登校する。授業を受けて、給食を食べて、下校する。帰宅して、漫画を読んで、ゲームをする。夕飯を食べて、TVを観て、お風呂に入る。歯を磨いて、宿題を終えて、ベッドに入る。深夜にベッドを抜け出し、下着を漁る。

 そんな毎日の繰り返し。これまでとほんの少し違った非日常の中にいるからこそ。まるで全てが本物のような、いつの間にか日常から抜け出してしまったかのような、どうにも落ち着かない気分だった。その原因はやっぱりお姉ちゃんだった。

 家族の誰も知らない秘密。それは僕とお姉ちゃんだけの秘密なのだ。


――続く――

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