おかず味噌 2020/05/03 04:11

ちょっとイケないこと… 第十話「互換と五感」

(第九話はこちらから↓)
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 僕は「長いトンネル」から抜け出せないでいた。

 朝起きて、顔を洗って、歯を磨く。トイレを済まして、手を洗って、朝食を取る。制服に着替えて、靴を履いて、登校する。授業を受けて、給食を食べて、下校する。帰宅して、漫画を読んで、ゲームをする。夕飯を食べて、TVを観て、お風呂に入る。歯を磨いて、宿題を終えて、ベッドに入る。

 そんな毎日の繰り返し。これまでと何一つ変わらない日常の中にいるはずなのに。まるで全てが偽物のような、いつの間にか非日常に迷い込んでしまったかのような、どうにも落ち着かない気分だった。その原因は間違いなく、お姉ちゃんだった。

 といっても。別に、お姉ちゃんの様子に何か変わったところがあるわけじゃない。今朝もお姉ちゃんは僕らと一緒に朝御飯を食べて、パパとニュースの話をしていた。僕は朝は眠いからあまり喋らないけど、それでもお姉ちゃんの声に耳を傾けていた。そして、僕の方が先に家を出た。今日はお姉ちゃんもバイトが休みらしく、晩御飯も家族全員で揃って食べた。お姉ちゃんは大学の話やバイトの話、最近観て面白かったテレビの話をした。いつも通りの何も変わらないお姉ちゃんだった。

 だけど僕は知っている。家族の誰も知らない、お姉ちゃんの秘密を…。


 深夜の洗面所でパンツを洗っていたお姉ちゃん。『おもらし』をしたお姉ちゃん。顔を見るたび、挨拶を交わすたび、そんなお姉ちゃんの姿がいくつも浮かんできた。だから僕はお姉ちゃんとなるべく目を合わせないようにした。変わってしまったのはどうやら僕の方なのかもしれない。

 それでも。僕の些細な変化に、お姉ちゃんも、家族の誰も気づくことはなかった。せいぜいママに「純君、今日はやけに大人しいわね」と言われたことくらいだ。

 お姉ちゃんは知らないのだろう。あの夜、僕がすぐ後ろで息を潜めていたことを。じゃなきゃ、そんな風に平然としていられるはずがない。お姉ちゃんは僕に対してもごく自然に話しかけてきた。「学校はどう?」とか、「好きな子は出来た?」とか。僕はそれが嬉しかった。お姉ちゃんは今まで通りのお姉ちゃんで、誰のものでもない僕だけのお姉ちゃんでいてくれることが。でも僕は知ってしまった。一歩外に出れば僕の知らないお姉ちゃんで、もう僕だけのものじゃないということを。

 僕はお姉ちゃんに訊いてみたかった。

――お姉ちゃんは『おもらし』したの?
――だからあの夜、パンツを洗っていたんでしょ?

 でも訊けなかった。訊けるはずもなかった。もし訊いたなら、本当にお姉ちゃんは僕の知らないお姉ちゃんになってしまうような気がして怖かった。

 一人で洗面所にいる時はまさに気が気じゃなかった。この場所で、僕は目撃した。ここで、お姉ちゃんは『おもらし』の後始末をしていたのだ。それを思い出すだけで顔が熱くなった。そして洗面台のすぐ横には、洗濯機があった。

 その中には、洗う前の家族の洗濯物がある。もちろん、僕の服や下着だってある。そこには当然、お姉ちゃんのパンツもあるはずだった。

 僕は今まで洗濯機の中を覗いたことなんてなかった。汚れ物を洗濯機に放り込むとその先は全部ママ任せで、きちんと畳まれた衣類がタンスに仕舞われることになる。きれいになったそれを、僕はまた着るだけのことだった。

 だけど。僕はいつからか洗濯機の中を覗いてみたいという衝動に悩まされていた。そこにあるお姉ちゃんの下着を確かめてみたかった。とっくに洗濯を終えたはずの、お姉ちゃんの『おもらしパンツ』がまだ残っているような気がして…。

 僕はお姉ちゃんのことを知りたいと思った。より正確には、お姉ちゃんの下着を。僕のパンツとはだいぶ形の違う、お姉ちゃんの黒いパンツを。もう一度見てみたい、という盲動に苛まれていた。

 そして。僕がその一歩を踏み出したのは、ある休日の午後のことだった。


 その日、家族は全員出掛けていた。

 パパとママは買い物に行くらしく、僕もついて来ないかと誘われた。いつもならばお菓子を確保できるチャンスなので絶対ついて行くけれど、僕はその誘いを断った。

「勉強があるから」と明らかに嘘と分かる理由を言ったが特に疑われることもなく、パパが「おっ!純君はエラいな!」と感心しつつ手放しで褒めてくれたのに対して。ママは「どうせ、ゲームの続きがしたいんでしょ?」と見透かしたようなことを言い「ゲームばっかりしてないで、ちゃんと勉強もしないとダメよ?」と釘を刺された。

 お姉ちゃんは今日もバイトで、夕方まで帰らないらしい。

 一人きりでいると、家の中がいつも以上に広く感じられた。もちろん今までだって留守番したことは何度もある。中学生にもなれば、それくらいは普通のことだった。だけどその日の僕はとても普通じゃない、とある計画を遂行しようとしていた。

 早速、洗面所に向かう。そこは僕にとってもはや特別な場所へと成り果てていた。まずは手を洗う。洗面所でする当然の行動だ。誰に見られているわけでもないのに、ここに来た理由を作った。鏡に僕の顔が映り込む。いつもと変わらない自分だった。だけど内側にいつもと違う自分がいるせいか、どこか歪で醜いものに感じられた。


 僕には選択肢があった。今ならばまだ引き返せる。このまま自分の部屋に戻って、ママの監視がないのを良いことに、心ゆくまでゲームを堪能することだってできた。あるいはママの予想を裏切って、真面目に勉強するというのも悪くない考えだった。ママは僕を見直すだろう。次に買い物に行った時、ゲームはさすがに無理だろうが、漫画くらいなら買ってもらえるかもしれない。

 僕にはまだ幾つものより良い選択肢が残されていた。だが同時に僕は思っていた。この機会を逃したら次にチャンスが巡ってくるのは果たしていつになるだろう、と。僕はそれまで待てそうになかった。僕の我慢はすでに限界を越えていた。

 それは。お菓子や漫画やゲームなんかよりも、僕にとっては魅力的なものだった。ママを見返すことはできない。だけどある意味で、ママの予想は外れることになる。

 もしバレたら、こっぴどく叱られるだろう。いや、叱られるだけならまだマシだ。僕は家族から軽蔑されることになるだろう。ママやパパ、そしてお姉ちゃんからも。僕は犯罪者になってしまうかもしれない。家族のものとはいえ、許されない行為だ。僕は牢屋に入れられて、二度とお姉ちゃんと会うことさえできないかもしれない。

――それでもやるのか?

 ついに。最後の選択肢が与えられる。「このまま犯罪者になってしまうのか」、「ごく一般的な中学生のままでいるのか」という最終的な決断を迫られる。それは「宿題をする前に遊ぶのか」、「宿題をしてから遊ぶのか」という日常の選択肢とはあまりに規模の違うものだった。結局、僕が選んだのは…。


 僕は洗濯機の中を覗き込んだ。その頃には、罪悪感のようなものは失われていた。あるいは単に麻痺していただけなのかもしれない。いや麻痺なんてしていなかった。僕は後ろめたさを抱えたままだった。要は、それに打ち克ったというだけのことだ。打ち克ってしまったのだ。

 一番上に、タオルがあった。昨日家族の誰か(お姉ちゃんかもしれない)が使ったものか、今日家族の誰か(やっぱりお姉ちゃんかもしれない)が使ったものだろう。それを取り上げる。すると、次にワイシャツが出てきた。間違いなくパパのものだ。昨日、最後にお風呂に入ったのはパパだった。その情報を元に逆算する。

 昨日、お姉ちゃんがお風呂に入ったのはパパの前だった。僕は生唾を呑み込んだ。しんとした家の中で、その音だけがやたらと大袈裟に響いた。僕は後ろを振り返る。誰かに見られているんじゃないか、と警戒する。だけどもちろん、入口にも廊下にも誰もいなかった。分かりきっていたことだ。それでもなぜか視線を感じる気がする。それは、あの夜の僕自身のものだった。

 パパの服を取り去る。正直あまり触れたいものではなかったけれど、仕方がない。僕はタオルとパパの服を抱えることになった。ひとまずそれを床に置くことにした。こんな所に置くのは不衛生かなとも思ったけれど、どうせ洗うのだから一緒だろう。そうして手ぶらになった僕は再び洗濯機の中を覗き込んだ。ここから先はいよいよ、お姉ちゃんの「ゾーン」だ。


 やはり最初にタオルがあった。それは紛れもなくお姉ちゃんが使ったものだろう。だけど僕はそんなものに興味はなかった。僕が求めているのは…。

 そして。ついに、それが現れた。タオルをめくると、その下にそれは隠れていた。まるで、宝物のように。それを見つけた瞬間、僕は目眩を感じた。待ち望んだものが突然出現したことに、僕の脳は情報を上手く整理できないでいるらしかった。

 それは「白のパンツ」だった。

 僕の思っていたものと違う。てっきり黒なのだと思い込んでいた。だけど違った。すぐに予想を修正する。

 お姉ちゃんだって色んな下着を持っているだろう。男子の僕もトランクスの柄には様々な種類がある。女子のパンツにいろんな色があっても不思議じゃない。

 それでも。お姉ちゃんの下着の色は黒だと、僕の中ではそう決めつけられていた。それは、あの夜に見た光景が僕にとっての情報の全てだったからだ。僕のイメージはしっかりと固定されていた。

 だけど「白」というのもなかなか悪くない気がした。より女の子らしいと思った。黒に比べると子供っぽいような気もしたけれど、どこか可愛らしい雰囲気もあった。それに。あくまでも異性として扱うのなら、その方が好都合だった。


 僕はお姉ちゃんのパンツに手を伸ばした。動作自体は何てことないものだけれど、行為の意味を考えるとたちまち僕の鼓動は早くなった。ドクドクと自分の心臓の音がはっきりと耳に聴こえた。

 ついに。僕はお姉ちゃんのパンツに触れた。それは同じ布なのに、僕のパンツとはずいぶん違う手触りだった。なんだかサラサラとした不思議な感触だった。

 僕はお姉ちゃんのパンツを持ち上げた。それはとても軽かった。ハンカチみたいにポケットに入りそうなくらいの大きさだった。しかもハンカチよりずっと薄かった。よくママに「ハンカチくらい持って行きなさい」と言われて僕はそれを嫌がるけど、これなら全然苦にならなそうだった。

 僕の手にパンツが握られている。あの夜見たものと色こそ違うけれど、紛れもないお姉ちゃんのものだった。お姉ちゃんが穿いて、脱いだものなのだ。それを思うと、微かに温もりを感じるような気がした。(お姉ちゃんがこのパンツを洗濯機に入れてもう長い時間が経っているのは分かっているけれど)

 昨日一日のお姉ちゃんの生活を振り返る。とはいえ、僕が知っているのはせいぜい家にいるお姉ちゃんだけで外でのことは知らない。家にいる時といってもリビングにいる時のことくらいでそれ以外のことは知らない。後は想像することしかできない。それでも一つだけ確かなことがある。それは…。


――お姉ちゃんが昨日一日、このパンツを穿いていた。

 ということだ。それだけでお姉ちゃんの秘密を全て知れたわけではもちろんない。それは秘密と呼べるほどのものでさえないかもしれない。秘密というならそれこそ、あの夜の出来事のほうがずっと…。だけど僕は考える。

――この小さな布が、お姉ちゃんの大事な部分に当たっていたんだ。

 お姉ちゃんの、女の子の部分に。『おしっこ』の出る部分に。僕は思い浮かべる。これを穿いたまま『おもらし』するお姉ちゃんを。

 そんなはずはない。このパンツは乾いている。お姉ちゃんは自分で洗うことなく、これを脱いでそのまま洗濯機に入れたのだろう。だとしたら…。

 僕はお姉ちゃんのパンツをより詳しく知りたい、という次なる願望に思い当たる。中身を見たい、内側を確かめたい、という欲望に襲われる。

 僕は手の中でパンツを動かした。両端を握るのを止め、片手で下から支えながら、もう片方の手で裏返すようにして、底の部分を露わにした。

 僕はお姉ちゃんのパンツの内側を見た。そして、思わず自分の目を疑った。

 お姉ちゃんのパンツは、とても汚れていた。

 普段僕を子供扱いしてくるお姉ちゃんを十分見返せるくらいに、それは汚かった。小学生の頃の僕だって、ここまで下着を汚したりはしない。『おしっこ』をした後は入念におちんちんを振っているし、もちろんパンツの中で『チビったり』もしない。それに。女子は『おしっこ』をした後だってちゃんと拭くのではなかっただろうか。実際見たことがあるわけではないけれど、たぶんそうだ。それなのに…。

 お姉ちゃんの白いパンツには、ばっちりと黄色いシミが付いていた。紛れもなく『おしっこ』によるものだ。それが、お股の部分にたっぷりと染み込んでいる。

 ふと僕の中に、ある疑問が生まれる。

――お姉ちゃんは『おしっこ』した後、拭かないのだろうか?

 几帳面でキレイ好きなお姉ちゃんに限って、そんなはずがないとは分かっている。だけどそうじゃないと説明がつかないほど、お姉ちゃんの下着には恥ずかしい痕跡が現に証拠として刻み付けられているのだった。


 さらにお姉ちゃんの下着の汚れはそれだけに留まらなかった。僕は観察を続ける。お姉ちゃんのアソコが当たっていた部分に、カピカピとした白いシミが出来ていた。それは、女子が「えっちな気分」になった時に溢れるものらしい。

 最初に『おしっこ』によるシミを見つけた時から僕はそれに気づいていた。だけど一度は見て見ぬ振りをした。なぜならその液体は女子特有のものであり、男子の僕が知らないものだったからだ。

 よく「濡れる」とか言うらしいが。僕にその感覚は分からず、同級生の女子たちがそんな話をしているのを聞いたこともない。僕の主な情報源は深夜のテレビ番組と、いつ知ったのかも分からない曖昧なものばかりだった。だけど僕が知らないだけで、実は同級生である女子中学生たちも「濡れたり」しているのかもしれない。そして、実は同級生である男子中学生たちも口に出さないだけで知っているのかもしれない。

 そう思うと、何だか僕だけが周りから取り残されているような焦りを感じた。


 僕は、童貞だった。

 とはいえ、僕の歳でそれは珍しいことじゃないはずだ。クラスメイトのほとんどが僕と同じだろう。むしろ「童貞」という言葉とその言葉の指す意味を知っているだけ僕は同級生たちよりも進んでいるのかもしれない。だけどそれは僕が彼らと比べて、人一倍「えっち」なことに興味がある「ヘンタイ」というだけのことで。だとしたらあまり誇らしいこととは言えなかった。

 あるいは周りの友人たち(よく一緒に遊ぶ雅也や淳史)も実はすでに経験済みで、僕にそのことを隠しているのかもしれない。

 いやいや、とすぐにその考えを否定する。僕はアイツらの顔を思い浮かべてみた。とてもじゃないが、女子からモテるとは思えない。確かに淳史は運動神経が抜群で、男子の僕から見ても憧れる部分はある。だからといって女子からモテるのかといえばそれは別問題だ。「かけっこ」が速ければチヤホヤされていた小学生の頃とは違う。同級生の女子たちは男子よりもずっと大人で、そんなに単純ではないだろう。

 それに。雅也なんかは、僕がクラスの女子とちょっと話しているのを見ただけで「お前、アイツのこと好きなの?」などとからかってくる。そんな彼がまさか女子と秘密の関係になっているだなんて、それこそ「ぬけがけ」というものだ。

 とにかく。少なくとも僕の知り合いには、そんなマセたヤツなんていないはずだ。女子の裸を見たこともなければ、女子のアソコがどうなっているかなんて知らない。それどころか女子のパンツさえ見たこともなく、だとしたら今の僕の状況というのはお姉ちゃんがいる者だけに与えられた特権なのかもしれない。

 いや普通はお姉ちゃんがいるからといって、その下着を漁ったりはしないだろう。これまでの僕がそうであったように。お姉ちゃんというのは性別としてはともかく、だけど「女子」として扱うべき存在では決してないのだ。


 それでも。僕の手は股間へと伸びていた。左手でお姉ちゃんのパンツを持ちつつ、右手でズボン越しにアソコを握り締めていた。僕の意思によるものでは断じてない。無意識に、自然にそうしていたのだ。いつか女子からされることを期待するように、あくまで予行練習として自分を慰めていた。

――お姉ちゃんはどうなんだろう…?

 それはつまり「お姉ちゃんは処女なのだろうか?」という意味だ。僕は想像する。このパンツの持ち主を、これを穿いているお姉ちゃんを。

 お姉ちゃんは大学生だ。中学生の僕とは違う。まだ二十歳になってないとはいえ、立派な大人なのだ。家族にも話せない秘密の一つや二つ(あるいはもっとたくさん)抱えているに違いない。その内一つが『おもらし』であり(それはどちらかといえば子供の秘密だけど)、経験済みということなのかもしれない。

 お姉ちゃんは、どこで、誰と、したのだろう?聞くところによると、そういうのは男性側からアプローチするものらしい。やっぱり女子よりも男子の方がスケベだし、そういうことに興味がある。

 お姉ちゃんは興味ないのだろうか?いや、そんなはずはないだろう。だからこそ、こうして下着を濡らしていたのだ。少なからず期待し、興奮していたのだ。

 お姉ちゃんが発情し、お股を湿らせる。普段のお姉ちゃんからは想像もつかない、好きな男子の前でしか見せない、僕の知らないお姉ちゃん。


 僕の妄想は膨らんだ。淋しさと嫉妬に焦がれつつも、やはり興味は尽きなかった。僕はズボン越しの右手をより速く動かした。未知なる快感が得られることを信じて、僕は疑似体験を加速させた。想像の相手は他の誰でもない、お姉ちゃんだった。

 今まさに僕の興奮は最高潮に達しようとしていた。だけど、まだ何かが足りない。想像だけではどうしても補えないもの。僕のまだ知らないお姉ちゃん。

 僕の左手にはお姉ちゃんの下着が握られている。そこに刻まれた秘密を知ることで自分を昂らせていた。いわばそれは視覚のみによる情報。それだけじゃ物足りない。もっと別の方法で、別の感覚で、お姉ちゃんのことを知りたいと思った。

 僕の顔はお姉ちゃんのパンツに近づいていった。顔がパンツに近づいているのか、あるいはパンツの方が顔へと近づけられているのか、「卵が先か、ニワトリが先か」僕には判らなかった。だけど確実に、その距離は縮まっていった。

 僕はお姉ちゃんのパンツの匂いを嗅いでみた。クンクンと鼻を鳴らすのではなく、深々と息を吸い込んだ。そこには「ステキ」で「えっち」な香りが待っている――、はずだった。


――ゲホッォ!!!

 僕は激しくむせた。鼻腔を満たした臭気に、吐き気さえ催した。吸い込んだものを吐き出そうと、異物を排除しようとする条件反射に思わず涙目になる。

――クサい!クサすぎる!!

 お姉ちゃんのパンツは異臭を放っていた。未だかつて嗅いだことない臭いであり、他に何にも例えようもないのだけれど、それでもあえて表現しようとするなら…。

 チーズや牛乳などの乳製品を腐らせ、そこに微かにアンモニア臭が混じっている、そんな独特の香りだった。興奮を高めるものではなくむしろ萎えさせるものだった。幻滅させる、といってもいいかもしれない。そこに女子に対する幻想は微塵もなく、妄想を醒めさせ、理想を破壊するものだった。

 現実のお姉ちゃんに重なるものでもなければ、非現実のお姉ちゃんを補うものでもなかった。あるいは僕の最も知りたくなかった部分であるかもしれなかった。

 それほどまでにお姉ちゃんのパンツはとんでもない悪臭がした。良い香りなどでは決してなかった。それ自体がもはや『汚物』のようですらあった。とてもじゃないがもう一度だって嗅ぐのは御免だった。それは、きつい罰ゲームのようだった。


 それでも。僕は再びお姉ちゃんのパンツを嗅いでみた。一度は背けた顔を寄せて、鼻を近づけた。そして今度は慎重に、少しずつ息を吸った。

 やはり鼻にツンとくる刺激臭。耐え難い臭い。一秒だって堪えることはできない。僕の嗅覚はすぐに悲鳴をあげた。だけど同時に体中に血液がみなぎる感覚があった。それは主に下半身へと向かい、僕の股間を痛いくらいに勃起させた。

 いや、すでに元々勃起はしている。これ以上ないくらいに、はっきりしっかりと。むしろ一度は萎えさせかけられもした。だけど今では…。

 僕はお姉ちゃん匂いで股間を愛撫されていた。いや、そんな平穏なものじゃない。乱暴すぎるその臭いは、僕のアソコを激しく励まし鼓舞したのだった。

 もはや居ても立っても居られなくなった。ズボンを下ろし、トランクスを脱いだ。僕のアソコが剥き出しになる。そそり立った僕のおちんちんが。

 すぐに直接、自分の手で触ろうと思った。ズボン越しより気持ちいいに違いない。だけど僕はその欲求を何とか抑えた。おちんちんを握りたくなるのを必死で耐えた。それはなぜなら、僕はあることを思いついていたからだ。

 僕の目先にはお姉ちゃんのパンツがある。僕の鼻先にはお姉ちゃんのシミがある。それを嗅ぐことで、匂いを確かめた。視覚と聴覚、その次は…。


 手に持った下着を下半身に移動させる。お姉ちゃんのパンツを股間に巻き付ける。柔らかくて薄い布の感触。先っちょに当たる部分はもちろん、お股の部分だった。

 僕はその小さな布を介してお姉ちゃんを感じ取り、その汚れた布と触れ合うことでお姉ちゃんに触れている。かつてお姉ちゃんのアソコにあてがわれていた部分が今は僕のアソコに当たっている。それを思うだけで、おちんちんの先から何やらヌルヌルとした液体が溢れてきた。

 お姉ちゃんの「染み付きパンツ」が僕から出たもので濡れる。お姉ちゃんの汚れと僕の穢れが直接的に混じり合うことで、間接的にお姉ちゃんと交わっている。

 ふと。全身に何かがこみ上げてくるような感覚があった。背筋がゾクゾクと震え、何かがアソコから飛び出してしまいそうだった。僕のまだ知らない何かが…。

 それを許してしまえばこれまで以上の熱情を得ることができる、そんな気がした。だけどそれをしてしまえば二度と正常に戻ることはできない、そんな危機も感じた。

 僕は予感を抱いた。今さら罪悪感に襲われた。だが快感には勝てそうになかった。

 僕のスピードはさらに高められた。右手の動きが、意識が、現実さえも凌駕した。

 そして。ついにその瞬間を迎える。

――ピンポ~ン!!

 ふいに、甲高い音が家中に響き渡る。僕の行為を正解だと肯定してくれるものではもちろんない。

 僕は心臓が止まりそうなくらい驚き、動きを止めた。チャイムの音だと気づくのに数秒掛かった。

――ピンポン!!

 再びチャイムが鳴らされる。今度は短く、客人の焦りが伝わってくるようだった。

 それは誰かの呼ぶ声であり、あるいは神様からのお告げなのかもしれなかった。「もう、それくらいにしておきなさい」と。

 僕は迷った。訪問者を無視して継続すべきか、預言者に従い中断すべきか、を。

 結局、僕は「神さまの言うとおり」にした。お姉ちゃんのパンツを洗濯機に戻し、トランクスとズボンを履き直し、玄関の方へと向かった。

 その選択が僕にとって正解であったのかは分からない。だけど結果的にいうなら、僕はその選択によってある一つの「洗濯」の可能性を失ってしまったのだった。


――ピンポン!!

 廊下を歩いている間、もう一度だけチャイムが鳴らされる。切羽詰まったような、そんな音。

――うるさいなぁ…。

 僕は不機嫌になる。あと少しのところで邪魔をされたから、という理由もあった。果たして、そんなにも急かす必要があるのだろうか?

 ようやく玄関にたどり着いた。だけど、すぐにドアを開けることはしない。

――ドアを開ける前に、まず誰が来たのかをちゃんと確認しなさい。

 ママからきつく言われていることだ。一人で留守番する時なんかは、特に。

 ママの言いつけに従い、僕は覗き穴に近づこうとした。だがその必要はなかった。


「ねぇ、誰かいない…?」

 ドア越しに心細く言ったその声は、僕のよく知っているものだった。

――なんで、お姉ちゃんが…?

 僕の頭は混乱する。

――お姉ちゃんはバイトで、夕方まで帰らないんじゃ…?

 確かにそうだったはずだ。だからこそ昨日の夜ママに「晩御飯はいらないから」と言っていたはずだ。それなのに。僕は動揺を隠せなかった。

 ふと昔読んでもらった童謡を思い出す。「三匹の子豚」や「赤ずきんちゃん」を。それらの物語を聞きながら、子供ながらに思ったものだ。

「どうして、ちゃんと姿を確認しないのか?」と。

 警戒しつつも僕はドアに近づいた。覗き穴に顔を寄せ、外に居る人物を確認する。


 そこにはお姉ちゃんがいた。僕の想像なんかとは重ならない現実のお姉ちゃんが。やっぱり本物だったんだ。僕がお姉ちゃんを偽物と間違えるはずがなかった。

 だとしたら、ドアを開けることにもはや躊躇う必要はなかった。

「ちょっと待って!」

 僕は答えた。

「あっ!純君…!!」

 お姉ちゃんは僕が家に居たことに喜び、安堵しているらしかった。ついさっきまでお姉ちゃんのパンツで僕が何をしていたかなんて、お姉ちゃんは知る由もなかった。

 僕はすぐに鍵を開けて、お姉ちゃんを家の中に入れてあげるつもりだった。だけどその間際、お姉ちゃんは言った。

「良かった。お姉ちゃん『トイレ』に行きたかったの…」

 僕は再び、股間に集まってくる熱さを感じた。


――続く――

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