たがわリウ(星月夜) 2024/06/02 16:34

【BL1話】イケメン絵師×大手絵師

2話目以降はFANBOXで公開し、完結しだい投稿サイトにも載せていきます!


憧れのち恋


 開けている窓から爽やかな風が入る。なんとなく緑の匂いがする空気を吸い込みながら、マウスを操作しスクロールした。探していた投稿を見つけてクリックする。
 リポストは五百弱、いいねは四千。長く息を吐きイスの上で脱力する。

「また少なくなってる……つれー」

 画面に映し出されているのは一昨日投稿したイラストだった。流行アニメのファンアートで、制服姿の女の子が手でハートを作っている。
 いつも通りに描いたし、塗りも手を抜いたわけじゃない。それなのに四ヶ月前の投稿より反応が半分にまで減少していた。

「年末のイベント後はネットでしか活動してないしなー……まぁいいね四千なんて描き始めた頃だったら有り得ない数字だし、満足しなきゃだよな」

 年末に参加したイベント前後はフォロワーが沢山増えた。増えた分なぜか減りもしたけど、あの時は多くの人に見てもらえている実感があった。
 もちろん原作の魅力あってこそだが今も四千人は俺のファンアートに「いいね」と思ってくれている。それは奇跡みたいなものだし感謝しているけど、タイムラインを流れる神絵を見ては、その度に比べ落ち込んでいた。

「あー、何がダメなのかわからん」

 自分のアカウントのメディア欄を見返す。アニメやソシャゲのファンアート、仕事のお知らせ、オリジナル漫画。
 どれも自分のイラストなのに、どこが良くてどこが駄目なのか何も分からなかった。
 ぐっと腕を上げ伸びをすると姿勢を正す。

「……仕事しよ」

 ペイントソフトを開きペンを握る。描きかけのファイルを読み込んだ。
 ありがたいことにイラストの依頼もいただいているし、時々参加してる同人誌即売会では規模によっては壁配置、いわゆる壁サーになることもある。
 イラストを描き始めた頃は投稿しても反応がないことが普通だったのに、これだけ「いいね」をもらっても満足できない。もっと反応が欲しい、もっと伸びて欲しい。
 いや、こんなに頑張っているんだから、伸びなきゃおかしいだろ。
 頑張ったから伸びるわけでもないことは十分わかっているのに、そんなことを思ってしまう。満足しなきゃ、楽しく描かなきゃ、最近ではその言葉を心の中で繰り返している。

「……集中できねー」

 煩悩を捨てろ。何も考えずペンを動かし続けろ。答えはシンプルなのにシンプルだからこそ難しい。
 読み込んだラフを見つめるが視線があっちこっちに行って、ただ時間が過ぎていく。
 マウスに持ち替えると慣れた動作で俺はまたSNSを開いた。罪悪感と共に更新したタイムラインには呟きやイラストが流れていく。
 あるリポストが目に入った瞬間、俺はスクロールを止めていた。

「またこの人の絵か……」

 画面に表示されているのは俺が一昨日投稿したファンアートと同じアニメの絵だった。主人公とその親友の下校風景が描かれている。
 俺と同系統の塗り方だけど、なんとなくノスタルジーというのか、エモさが滲んでいる。
 リポストは九、いいねは二十。さっき投稿されたばかりだから、いつも通りならいいねは八百はいくだろう。
 やめろ、やめろ、と繰り返す頭の中の声を無視してユーザーアイコンをクリックする。すぐにプロフィールページに切り替わった。
 ユーザー名「渚」。アイコンは手のイラスト、フォロワー二千弱。アカウント開設日は二年前。
 下にスクロールして投稿を少し遡る。イラストの他に日常生活の呟き、定食の写真、他ユーザーのイラストに感想をそえた引用リポストが流れていく。
 他のユーザーとの交流も楽しんでいるみたいで「渚」の投稿にもいつも数件の感想が寄せられていた。

「大学生っぽいんだよなー……」

 投稿の中には「今日はあと一コマで帰れる!」「レポートめんどくさい、絵描きたい」「バイトのシフトまだ出ない」など、学生だと思わせるものが度々ある。

「年下かー」

 俺より年下で、投稿したイラストには毎回感想がついて、着実にフォロワーも増えて、絵描きの友達もたくさんいて、どんどん上手くなっていく「渚」。絵を描くのが楽しくて仕方ない様子が伝わってくる。

「はぁ……」

 純粋に描くことを楽しむ「渚」と、他人に嫉妬しいつまでも結果に満足できない自分。その差に虚しさが込み上げる。
 俺は突き動かされるように自分のアカウントに移動すると、一昨日の投稿を表示させた。ゴミ箱のマークにカーソルを持っていく。
 かちっと音を鳴らせば「削除しますか?」と文字が浮かんだ。

「……っ」

 載せるのも自由なら削除するのも自由だ。でも頑張った時間が無駄になるのは勿体ない。こだわった眉毛の形も気に入っているし。
 絵を描かなければこんな葛藤しなくて済むのに。それでも辞められない自分に呆れながら、表示されている選択肢の「いいえ」を選ぶ。

「もう限界かもなぁ……ちょっと離れるか」

 以前から考えていたことだった。他人の絵と比べ、反応を比べ、嫉妬し、絶望する。健全とは言えないし、余裕がないからそうなってしまうのだろう。
 分かってはいても手を止めたらフォロワーは減るし、どんどん忘れ去られていく。今までしがみついてきたものが崩れるのは怖くて、なかなか決意ができずにいた。いつも焦燥感が体にまとわりついている気がする。

「……依頼分だけ描いて、SNSは封印しよう」

 プロフィール編集をクリックする。並んでいる文字の最後に「低浮上、ご依頼は引き続き受け付けてます」と付け足した。
 わざわざお知らせするほどのことでもないし、プロフィールにだけ書いておけばいいだろう。変更を保存し、ログアウトする。
 なにか変わるだろうか。少しは楽になれるだろうか。重い腕を動かし、俺はまたペンを握った。

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