投稿記事

2021年 06月の記事 (13)

GMA民話財団 2021/06/25 16:44

経過報告。及び今後のロードマップ(のような物)。

経過報告について。

ストック切れ及びデジタルノベル『華乃芽町怪異目録』の制作に入るため
小説『(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?』は
更新が止まります。
読んでくれる方には申し訳ありません。
七月中には再開出来ると思います。

華乃芽町怪異目録について。

華乃芽町怪異目録シリーズの第二作目、
華乃芽町怪異目録 第弐夜『沢山ーイッパイー』の制作中です。


完成度は35%くらいなので七月中旬には完成すると思います。
暫くお待ちください。

今後について。

華乃芽町怪異目録シリーズはデジタルノベルを五話までリリース予定です。
その後、RPGに近い形式でゲームのリリースを考えています。
華乃芽町怪異目録の完結編に相当する内容となる予定ですが、それまでにリリースしたデジタルノベルを読まなくても楽しめるよう配慮致しますのでご安心ください。
小説の方は完全にノリと勢いで書いているので自分でも何話続くかさっぱりわかりません。
完結は目指しているので許してください。

フォロワー以上限定無料

集合絵。まだ出てないアバもいたり?

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

GMA民話財団 2021/06/25 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?『第十話』

『ワン!』


【ABAWORLD MEGALOPOLIS 軌道エレベーター前広場】

 吸い込まれそうな青空。そこに突き刺さるように聳える遥か空高くまで伸びる塔のような建築物。
 電磁射出方式軌道エレベーター。
 現実世界ではまだ建築計画が打ち出されただけで存在しない筈のその超構造建築物は、仮想現実であるABAWORLDでも一際存在感を放っていた。
 そしてそのお膝元と言える場所をミカたちは歩いていた。ミカが歩きながらブルーへ尋ねる。
「その……『ゲン』ってアバが探している人なんですか?」
「あぁ。フォーラムでお前の姉ちゃんの名前知ってるヤツ尋ねたら、一人だけまともな反応返して来たヤツ。だから待ち合わせ頼んでみた。で、さっき検索してメール送ったらここで来いって言われたわけ」
「でも……そのアバの人……信用出来るんですか?」
「んー……まぁ普通のアバなら眉唾だとオレも判断したんだけど……返事してきたアバのゲンってそれなりに有名なヤツだから。会うだけあってみよって判断したわけ」
「有名……?」
「かなり個性的なヤツだよ。悪いヤツでは無いんだけど」
「個性的……――ん?」
 その時、どこからかタッタッタッタっと足音が聞こえた。ミカが音のした方へ振り向くと一人のアバがこちらへ向かって手を振りながら走ってくる。見覚えの無いハンチングを被った地味目の恰好のアバだった。側頭部から生えている白い獣耳が申し訳程度に獣人の意匠を感じさせる。そのアバは遠くからでも聞こえるような声で呼びかけてきた。
「おーい! そこの二人ー! 待たせたねー!」
 あまりに親し気なその様子にミカは思わず隣のブルーへ尋ねた。
「あれが……その……『ゲン』さんですか?」
「いや違うぞ。誰だアレ?」
 そのアバはブルーとミカの前まで来るとにこやかな笑顔を向けてきた。
「さぁ、ミカくん! 今日はよろしく! っね!」
 そう言ってそのアバは右手を差し出してくる。ミカは陽気なその声に覚えがあった。まさかと思いつつもそのアバに尋ねる。
「もしかして……ゆーり~さんですか……?」
「そのとーり! モフモフーきゅ~ん♥」
 その場でクルッとターンし全身を見せ付ける。その動き、完全に先程無駄な激闘を繰り広げた【ゆーり~♥♥もふキュート♥】と同一だった。
「え、でもその姿は……」
 明らかに別人と言えるその姿に困惑するミカ。しかしブルーは一人納得した様子で口を開いた。
「ほーん。サブアバ持ってたのかあんた」
「そう! これが歌って踊れて戦えるアイドル【ゆーり~♥♥もふキュート♥】の世を忍ぶ仮の姿! 【ゆーり~(オフモード)】です! モフ!」
「サブアバ……?」
 ミカが首を傾げているとブルーが説明し始めた。
「メインのアバとは別のアバだな。デルフォに申請しとけばワンボタンで切り替え出来る」
「モフッと変身!」
 ゆーり~がその場でまたターンするとパッと見覚えのあるあのモフモフなアイドルの姿へ変わる。まさに変身と言った感じだった。ミカはその変わり身の速さに感嘆の声を漏らす。
「おぉ……! 凄い……」
「バトルアバは結構サブで通常のアバ持ってるヤツ多いな。普段使いにはバトルアバ面倒だし」
 ゆーり~は再びターンすると地味目なアバの姿へ戻る。そしてブルーへ同意しながら言った。
「モフ~やっぱり常にバトル申請されるのを警戒しないといけないのは大変だからねー。お仕事中ならまだしもオトモダチと遊んでる時とかにも申請されると、ね……」
「なるほど……」
 ミカはその言葉に頷く。バトルアバの規約がある以上申請されたら絶対に戦わなければいけない。通常のバトルアバならまだしもアイドル活動との二足の草鞋のゆーり~の場合だと結構面倒だろう。そんな事を考えているとブルーがゆーり~へ尋ねた。
「良いのかよ、ファン放って置いてきて。まだあの馬鹿騒ぎ終わってねえだろ?」
「それは問題無いモフ。ちゃんと早引けをファンのみんなには伝えてきたからね! それに今日はゆーり~充分目立ったから後は他の子に出番を譲らないと」
「へぇ。それもアイドルの処世術ってヤツ?」
 ブルーが少々意地の悪そうな顔を浮かべつつ、そう聞くとゆーり~は別段気にした様子も無く答える。
「そう思って貰っても構わないモフよ~? でも単純に疲れたってのもあるモフけどね……ミカくんとのバトルは激しすぎたモフー」
 そう言ってゆーり~は大げさな動きで肩を竦める。ミカもそう思う気持ちは何となく理解出来た。。
「……疲れますもんね……バトル。実際に身体動かしてるわけじゃないのに。終わるとぐったりしますし……」
「ホントモフー。楽しいけど一日一回が限度モフー」
 同じバトルアバ同士、妙なところで共感しあう二人。そのまま二人揃って首を垂れていた。
「……お前らが通じ合うのは構わねえけどさ。そろそろ待ち合わせの時間なんだけど。帰っちまうぞ目的のヤツ」
「あっ……すみません……」
「それじゃ急いでレッツゴーモフよー!」
「え? お前着いてくるの……?」
 ブルーが困惑しながら尋ねるとゆーり~は見事なサムズアップを見せてくる。
「当然モフ! 何故なら今日のゆーり~はミカくんの一日ガールフレンドだから! どこまでも着いて行きます! モフ!」
「えぇ!? 何ですかそれ!?」
 寝耳に水な発言にミカは驚く。ゆーり~はさも当然と言った様子で胸を張りながら続けた。
「ゆーり~にアババトルで勝った特権モフ! ドキドキ!! オフのアイドルとデート権をプレゼントするモフ! 拒否権は無いモフよ! 最近オフ無くて脳みそがモフっとしてきてたから、それを解消するためにもたぁぁっぷりエスコートしてもらうモフ!」
「……お前もしかして仕事サボりたかったから、理由こじつけてきただけじゃねえだろな。まぁ……良かったな、ミカ。アイドルとデートとかファンが嫉妬で(ピー)しに来るだろ。じゃオレ先に行くから……ちゃんと後から着いて来いよ」
 ブルーは最早付き合いきれないと言った様子を見せつつ、はしゃぐゆーり~と困惑するミカを置いて一人だけ歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ――あっ!?」
 いつの間にかゆーり~が満面の笑みでミカの腕を掴んでいる。その細腕からは想像も出来ない力で、振りほどくことが出来ない。
「大丈夫モフ。傍目には女の子二人にしか見えないからきっとファンにバレても炎上しないモフ――多分。」
「い、嫌だー! そんな醜聞に巻き込まれるのはー!」
「さぁ行くモフよー」
 ミカはゆーり~に無理矢理腕を組まれるとそのまま引き摺られるような形でブルーの背中を追わされた。
「因みに何しに行くモフ~?」
「……それは色々と積もる話がありまして……――」



【ABAWORLD MEGALOPOLIS 軌道エレベーター完成記念碑前】

「すげえ。REXとバトったことあんのか」
「国際交流で呼ばれて戦ったモフよ。中々大変だったねー」
「あいつ、米軍所属だから普通はバトルやらねえんだよなぁ。あー裏山……どんな奴だった?」
「まさに軍人って感じだったモフ。鬼強かったモフねぇ。……一曲歌い切る前に空中でお手玉されて気が付いたら負けてた記憶しかないモフ」
「良いなぁ。その時の動画とかないん?」
「残念だけど無いねー配信禁止だったし。SSすらNGだったモフ」
「マジかぁーオレも見たかった……あいつのバトル見た事無いんだよなぁ」
 ブルーとゆーり~の二人は広場に置かれた巨大な卵型の記念碑に寄りかかりながら仲良さそうに会話をしていた。
(ブルーさんってホント、アババトル関連の話には直ぐ喰い付くなぁ……あの偏屈気味なブルーさんと平然と会話するゆーり~さんのコミュ力が凄いのかもしれないけど……)
 ミカはそんな二人を見つめつつ、近くで所在無さげにしゃがんでいた。
 ブルーの言っていた待ち人。ゲンというアバに指定されたこの場所。軌道エレベーター建造記念碑前。青空の下、そこで三人は肝心のゲンというアバが現れないせいで待ちぼうけを喰らっていた。
「どんな人なんだろ……ゲンさんって」
「ワン!」
「わん……?」
 突然、場違いな犬の鳴き声ががミカの背中に掛けられる。振り向くとそこに【犬】がいた。
 白い毛をした大型犬。ちょっと抜けた顔をしているけどそこに居たのはまぎれもなく犬だった。こちらに向かって下を出しながら息を荒く吐いている。
「ワン!」
 犬がその場から動かず座ったままもう一度吠える。まるでミカを呼んでいるようだった。ミカは立ち上がると犬へと近付く。近くで見るとその犬はリアルな犬とは違ってどことなくカートゥーンみたいな抜けたデザインをしていた。
(変な顔だけど結構可愛い……)
「どこから来たんだー? お前?」
「ワン!」
 声を掛けると犬が三度目の鳴き声を上げる。ミカはしゃがみこんでその犬の頭を撫でた。ちょっと固めの毛の感触が手に伝わる。その固さがむしろ本物の犬っぽさを出していた。まるで現実の犬みたいだ。
「クゥ~ン」
 撫でられた犬が目を細めながら気持ちよさそうに喉を鳴らす。こんなところまで再現されている事を素直に感動した。
「この犬ってNPCかなぁ……? 流石リアルさを売りにしてるだけあって凄い良く出来てる……あぁ~良いなぁー!」
 ミカは実はかなりの犬好きだった。だが不幸にも人生の中で犬を飼う機会には恵まれていなかった。そのため我慢できずに抱き着き、その毛を存分に堪能してしまう。頬を押し付け、顔を毛皮に埋めた。フカフカの触感を肌で感じ、更にうれしくなった。
「幸せ……」
「あー……ミカ?」
 いつの間にかブルーがすぐ隣まで来ていた。犬へ抱き着いているミカを見て非常に気まずそうな表情をしている。
「あっ! ブルーさん! 見てくださいよ! この犬! 可愛いですよねぇ。こういうNPCも居るんですね。知らなかったなー毛とかもホント良く出来てて――」
「そいつ……NPCじゃないぞ」
「は?」
 犬に抱き着いていたミカが固まる。ブルーが続けた。
「中身、人間入ってるれっきとしたアバだ。というかそいつが待ち合わせしてた【ゲン】だぜ」
「うぇぇぇええ!!!???」
 ミカは驚きのあまり両手を勢い良く離すと殆ど飛び退くようにして犬から離れた。相変わらず犬の方は荒い息を吐きながら座っている。騒ぎを聞き付けてゆーり~も覗き込んできた。
「へぇ~獣人型じゃなくてホントに獣型のアバって珍しいモフね」
「ひ、人が入ってるなんて……!? さ、触っちゃいましたよ!? ガッツリと!」
 ミカは衝撃の事実に動揺して思わず両手をブンブンと振り回す。ブルーは哀れなレベルで動揺しているミカへ同情的な視線を向けながらも犬へと話し掛けた。
「あんたがフォーラムで返事くれた『ゲン』だろ?」
 ゲンと呼ばれた犬が荒い息を吐くのをピタっと止める。そして先程まで鳴き声しか出さなかった口から人間の言葉を喋り始めた。
「はい。私がそうです。ゲンと申します」
 妙に知的さを感じさせる男性の声だった。それが犬の口から聞こえ、物凄い違和感がある。そのゲンと名乗ったアバは続けて口を開いた。
「B.L.U.Eさんとはフォーラムでお話しましたね。そちらのお二方は……お初のようです。どうもよろしく」
 ゲンは座ったまま頭をミカとゆーり~へ下げてくる。
「よ、よろしくお願いします」
「よろモフー!」
 挨拶を返す二人を余所にブルーはゲンのアバを上から下まで眺めていた。一通り眺め終えてから喋り出した。
「話には聞いてたけどマジで四つ足タイプのアバ使ってんだなぁ。非人型アバって超絶動かしにくいんだろ?」
 ブルー言葉にゲンはまたコクンと頷く。
「はい。このアバを使ってそれなりの期間が経っていますが……まだ上手く動かせませんね」
 ゲンはそう言って前足を上げようとするがその動きはどことなくぎこちない。直ぐに諦めて足を降ろしてしまった。
 流石に気になることが色々とありすぎたが取り合えずもっとも気になったことをミカは思わず質問でぶつけてしまう。
「あの……どうして犬のアバを使っているんですか?」
「それは研究のためです。イヌ科動物の動作の検証ですね。このアバの3Dモデルとボーンも本物のサモエド犬から骨格をトレースして作っています」
「な、なるほど……?」
 ミカが何とか半分くらい理解しながら頷くとゲンは続けていく。
「人間と四肢動物は基本的に骨格の作りが違うため、その差異の研究も兼ねていますね」
「作りってどういうことモフ?」
 ゆーり~の疑問を受けてミカの方へ視線を向けてくる。そして何故かこちらに指示してきた。
「ミカさん。ちょっと四つん這いになって貰えますか?」
「え? 私ですか……?」
「はい。両手は地面に立てて、両膝はちゃんと地面に付けてください」
「えっと……――こうですか?」
 その有無を言わさぬ物言いに流されてミカはその指示に従った。地面に四つん這いになり、顔だけ上げてゲンの方を見る。
「それではその状態で腎部を上げて、膝を地面から浮かせてください。更につま先立ちを意識してください」
 ミカは言われた通りにお尻を上げて膝を地面から離す。そしてブーツのつま先を立てて下半身を支えた。すぐさま下半身を負荷が襲う。
「これが基本的な犬の骨格になります。人間とはかなり差異があるでしょう?」
「ちょ、ちょっと待って! こ、これキツイです! あ、足がががが!」
 ミカは全身をプルプルさせながら想像以上の負荷に悲鳴を上げた。つま先立ちな上に腰を上げているせいで非常にバランスが悪い。体勢を保つのが非常に難しかった。生まれたての小鹿のように震えているその姿を見てブルーが関心したように呟く。
「なるほどな……犬って人間で言えばこんな感じのスタイルだもんな。そりゃアバでも人間の骨格動かすのと仕様が違う訳だ」
「ミカくん……人のいるところでしちゃいけない恰好になってるモフ……色々と見えちゃってるし……」
「え!? どわぁっ!?」
 ゆーり~の言葉に驚いて体勢を崩したミカはそのまま地面へと倒れ込んだ。ゲンは倒れたミカに一瞥もくれず話を続ける。
「人間は足が長く伸びるように進化しましたからね。バランスの問題で四肢動物と同じ体勢を維持するのは難しいのです。相当な訓練を積まないと人間が完璧に四肢動物の動きを仮想現実で再現するのは難しいでしょうね。AIで補助入れれば可能かもしれませんが、それだと本末転倒ですし」
 ゆーりが地面で伸びているミカへ手を差し出す。
「大丈夫モフ……?」
「ど、どうも……すみません」
 ミカはその手を取り礼を言いながら立ち上がった。フラフラと身を起こすミカを傍目に見つつブルーが改めてゲンへ尋ねた。
「それで本題なんだけど……例の『ネネカ』ってアバの情報。教えてくれるって話だったよな?」
「あぁ。そういう話でしたね。遂、熱が入って語ってしまいました。脱線して申し訳ない」
 ゲンはのったりとした動きでお座りの体勢を取る。
「立ち話も何ですからこれを使ってください――ワン!」
 ゲンが一度吠えるとその場に白いレジャーシートが敷かれた。犬の顔が沢山プリントされている妙に可愛いデザイン。三人はそのレジャーシートへ思い思いに腰掛ける。全員が座るのを待ってからゲンは語り始めた。


「フォーラムでもお話しましたがその方と出会ったのはデルフォニウム本社前でした。本社と言ってもABAWORLD内で再現されている建築物ですがね。そこで何時ものように私がアバの動作の練習をしているとその方が現れたのです」
 ゲンはミカの方へ顔向けてくる。そして鼻を少し鳴らした。
「その方はあなたのように私の毛皮を小一時間ほど堪能していました」
「……血は争えないようだな。なぁミカ?」
 ブルーが片眉を上げながらミカを見る。ミカはその視線から逃げるように目を逸らした。
(――姉さんも犬好きだからなー……絶対我慢出来なかったんだろうな……)
 ミカがそんなことを考えているとゲンはまた鼻を鳴らし口を開く。
「その方は去り際に強めに私を撫でると足早に去って行きました」
「どこへモフ?」
「デルフォニウム本社の建物です。なんと建物内へ入って行きました。だからこそ私も印象に残っていたので覚えていたんです」
「おいおい……そりゃどうなってんだよ」
「変モフねぇ。それは……」
 ブルーとゆーり~が二人で顔を見合わせる。如何にもあり得ない事と言った様子だった。
「あの……それって何が変なんですか……?」
 事情を理解出来ないミカが尋ねると二人の代わりにゲンが答えた。
「デルフォニウム本社の建物は一般アバは入れないようになっているんですよ。そもそも内部へ移動するためのリンク自体が無いので入るとか以前の問題なのですけどね。そこに彼女は入って行ったので私もアレ? と思ってその姿を記憶していたのです」
 ゲンの言葉にゆーり~が口を挟んでくる。
「多分見た方が早いんじゃないモフ? メトロポリスにデルフォの本社あるしここからならリンクで本社前に跳べるモフよ」
「それもそうですね。それでは跳びましょう」
「え――」
 ミカが反応するより早く三人と一匹の身体はその場から消えた。

【ABAWORLD MEGALOPOLIS デルフォニウム本社前】

 ヒュー――ボチャンッ!
「――ぐぼっ!? ゴボボボボ!?」
 空中から落ちてきたミカは何故か水面に叩き付けられる。そのまま全身が水中へと沈み込み大量の水に包まれた。バシャバシャと水の中で悶え両手を振り回す。
(み、水!? お、溺れ――あっ)
 誰かが水中で藻掻いているミカの首元の襟を掴む。そのままミカの身体は引っ張られ、水上へ引き出された。
「ぷはっ!」
 水から解放されたミカは自分の状況を確かめた。自分が落水したのはどうやら噴水のようだ。それなりの深さがあるせいでミカの全身が沈み込んだらしい。
 ミカが首だけ回して後ろを振り返るとゲンが服の襟を口で噛んで掴んでいた。そのまま彼は噴水の縁までミカの身体を引っ張っていき、噴水から引き揚げられ、側の地面へとべちゃっと降ろされた。
「大丈夫ですか? どうも複数人でリンクを使用したせいで座標がズレてしまったようですね」
「だ、大丈夫です……うぅ……服がビショビショに――って濡れてない?」
 ミカは濡れてしまった服の裾を持ち上げる。水へ落ちた筈なのに乾いたままだった。
「そりゃそうだろ。リアルじゃねえんだから。そこまで再現出来てたらビビるぞ」
 いつの間にか隣に来ていたブルーが呆れ気味にそう言う。ブルーの言葉にミカは自分の身体の見回して確かめた。どこも濡れてはいない。どうやらそこまでは再現されていないようだった。有難いと言えば有難い仕様だ。
「おーい! みんなー! ここモフよ~!」
 ゆーり~の声が聞こえる。声の方向を見るとそこには大きな白い建物があった。
 見るからに綺麗なガラス張りの建物で中央の広場にはとても大きな大樹が植えられている。それは建物全体を覆うように枝葉を伸ばしており、影を作っていた。ゆーり~はその建物の入口でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「じゃん! こちらが我々の生活しているABAWORLDの開発を行っているデルフォニウムさんです! モフ!」
「……お前はバスの添乗員か」
 何故か観光地を案内するように解説を始めるゆーり~。だが妙にそれっぽい雰囲気を出しており、呆れるブルーの声も気にせず彼女は解説を続けた。
「この本社は現実に存在するデルフォニウムの社屋が可能な限り再現されていますモフ! 実際ゆーり~も一度本社さん行ったことあるけどそっくりです! 凄いモフ!」
「凄い……これが現実にもあるんですね」
 ミカはゆーり~の解説を聞いて感嘆しながら建物全体を見渡す。その敷地の広さからでも大企業という事が伺えた。
「因みにここはバトルアバお披露目でも使われたりするのでテストルームと同じ仕様になっておりますモフ! ということで変! 身!」
 ゆーり~がクルッとターンし普通のアバからバトルアバの姿へ一瞬で変身する。その姿を見てゲンがつぶらな瞳を大きくした。
「おぉ。あなたもバトルアバだったんですね」
「そのとーり! 更に! エクステンド! モフ!」
 ゆーり~の姿が光に包まれ全身がモフモフとしたファーで覆われた。完全に戦闘状態へと移行した彼女は解説へと戻る。
「左手に見えますのが、デルフォニウムの社名にも使用されております社樹の『デルフォニウム』モフ! こちらは人工的に生育された樹木になっており、AI制御で活動が設定されておりまーす! モフ!」
 ゆーり~はそう言って大樹へ手を掲げる。幹だけでも十メートルはありそうな巨大な樹木。威圧感さえ覚えるその巨木が人工の物とはただただ驚きだった。
「デルフォニウム創業時はとっても小さくて可愛らしい木だったらしいモフ! でも研究と実験によってここまでドーン! と立派に育ったんですって! まさにデルフォニウム驚異の技術ですねー!」
「……何かお前。妙に詳しい上に説明慣れしてんな」
「……実は昔デルフォニウムの広報担当に応募したことあるモフ。書類選考で落ちたけど……」
「……そりゃ納得」
「さ、さて続きましては! こちらが社内への入口となります! ツアーのお客様はどうぞこちらへ来てね! モフ!」
 ゆーり~はそう言って建物の真ん中の方へ手招きした。導かれるままにミカたちはそこまで進み出る。ガラス張りの大きな扉があり、中を覗き込むと沢山の人たちが忙し気に働いているのが見えた。
「中では社員さんの皆さんが一生懸命働いておりますー! こうしてゆーり~たちの遊び場が作られているんですねー! それでは中へ入って下さいモフ!」
 ミカはゆーりの言葉に促され、その扉の取っ手に手を掛け社内へ入ろうとする。
「あれ?」
 手が扉に触れられない。空を切るようにスカっと通り抜けてしまった。その動きを見て隣でお座りしていたゲンが教えてくる。
「この建物自体は飾りみたいな物なんですよ、ミカさん。ここから見える社員も再現映像です。一応デルフォの提示しているロードマップだとその内、中も観光出来るようにするらしいですけどね。今はまだ中には入れません」
 ※ロードマップ アップデートなどの予定表。
「つーか多分建物の中身自体まだ作ってねえ筈。外人の解析で中身のモデルデータ無いの判明してたろ」
 ゲンがブルーの言葉に黙って頷く。添乗員ごっこを終えたゆーり~も首を傾げながら頷いていた。
「ここはまだ未完成ってことモフ。だからここに入って行ったって言うのはまぁ……変な話モフね。あー本当ならゆーり~もここで働いてた筈なのにー……口惜しや」
 顔を入口の扉に貼り付けながら恨みがましい視線を向けるゆーり~。
 隣で現実なら警備に連れて行かれそうな迷惑行為をしているゆーり~を横目に、ミカは扉の向こうを覗き込むのを中断し、一斉に首を傾げている一人と一匹に疑問を投げかけた。
「でも……姉――ネネカってアバはここを通って中に入ったわけですよね……?」
「実際、見間違えたんじゃねーかぁ? 扉の前でリンク使って別の場所へ移動したのとさぁ。どうなん?」
 足元のゲンへブルーが問い質す。しかしゲンは直ぐに顔を左右に振って否定した。
「間違いなくその方は扉をその手で開けていました。だからこそ私も驚いて記憶に残っていたのですから」
 ブルーがその言葉に腕を組んで思案し始める。
「うーん……そうなると……可能性は二つか」
「二つ……?」
「一つはお前の姉ちゃんがABAWORLDのデータ弄って弄んでるチーターってこと」
「チーター……」
 ※チーター ゲームなどでデータの改竄を行い仕様外の動きを行うこと。基本的には歓迎されない存在。
 幾らミカがネット関係に疎くてもその単語があまり良い言葉では無い事くらい分かっていた。
 姉さんがそんなことをしていたとは考えたくは無いけど……。不安な気持ちになるミカを余所にゲンが付け加える。
「その可能性は私も考えました。ですが改造行為は基本的に自分のデータを改竄するのが中心です」
 ゲンはまるで本物の犬のように後足で耳の後ろを搔いている。
「それに単に改造を行うだけならMODの使用が許可されている海外サーバーを使用すれば良いだけなので、わざわざデルフォニウムの本社のデータを弄るのも変でしょう。リスクも高すぎる上、得るものがありません。内部データ狙いのハッカーならそもそもABAWORLDを経由する必要がありません」
 ※MOD 主にパソコンゲーム用の改造データ。チートとの違いは……何時でも論争の元。
「そうなるともう一つ可能性だな。まぁぶっちゃけこれが一番確立高いわなーオレも薄々これじゃねーかと睨んでたけど」
「それは……一体?」
 ミカの言葉にブルーとゲンが顔を一緒に見合わせる。ゲンが一度鼻を鳴らしてから答えた。
「つまりその方はGM……つまりゲームマスターだったということです」
「ゲーム……マスター?」
 聞き慣れない単語に首を傾げるミカ。扉に顔を押し付けるのを止めたゆーり~がミカの方を向き、答える。
「所謂運営の人って事モフ。この場合だとデルフォニウムさんの社員さんって事だねー」
「社員……え!? 社員!?」
「ま、それが妥当なところだよな。それならミカのバトルアバがスポンサー無しとかも理由付くし」
 ブルーが頭の上で腕を組みながら言う。一方ミカは混乱する脳内を整理するために自分の姉『板寺寧々香《いたでらねねか》』の事を思い返していた。
(姉さんは普通の商社で経理をやっていた筈だから、デルフォニウムの社員なんてあり得ないとは思うけど……でも――)
「そう言えばミカさんって無所属なんですね。珍しい……というより初めて見ました。無所属のバトルアバ」
「こいつは野良バトルアバだからな。野良犬みたいなモンだよ、野良犬」
「その割に短期間でバトルの回数を重ねているので、フォーラムでもかなり騒がれています。劇場型バトルアバって言われていました」
「劇場型?」
「散々ピンチ演出してから逆転するタイプの戦い方って事です」
「……納得。いや演出してるつもりは本人にはねえけどな。間違いなく」
「ただ思っていた印象とはかなり違った方ですね。面白い方です……色々と」
 ミカが悩んでいる間にブルーとゲンは他愛もない話を始めていた。既に彼らの中で問題の『ネネカ』はデルフォニウムの社員ということで決着付いているようだった。
 彼らは姉さんの実際の職業知らないから当然の反応だろう。だけど弟である板寺三河《いたでらそうご》に取ってはそうも行かなかった。
(副業……ってことは無いよなぁ。デルフォニウムみたいな大企業がそんなバイトを雇うとも思えないし。そうなると姉さんは俺と母さんに嘘付いて別の仕事を……?)
「ミカくんって無所属モフよね? それならゆーり~の事務所に入って欲しいなぁ……」
「まだ諦めてねえのかそれ」
「だって同僚の子は誘ってもバトルアバやってくれないし……大変だけど楽しいのに……モフ」
「その《《大変》》が大変すぎるからやらねえんだろ」
(でも姉さんがそんな重要なことで嘘を吐くなんて……だけど何か理由があって嘘を……? あー……もうわからねえ)
「アイドルアバ出来そうなキュートな衣装してるのに勿体ないモフぅ……」
「そうか? まぁマニア受けは良さそうな恰好してるのは確かだな」
「私はエクステンド後の衣装の方が好みですね。動画でしか見た事ありませんが、ワンポイントとして優れていると思います」
「流石犬型アバ使うだけあってそっちの性癖かい……まぁあれもデザインした奴の趣味相当入ってるしな。あ、そういやオペレーターしてるから遠隔出来るか――」
(こうなったらやっぱり直接、デルフォニウムの本社に行って確かめてみるしか――)
 そこまで考えて突然頭と尻に覚えのある感覚がした。何時もエクステンドしている時に感じるあのむず痒さ。ポンッという音と共にミカの身体にあの犬耳と尻尾が生えてきた。
「ぎゃんっ!?」
 別なことに意識を集中させていたせいか予想だにしない刺激に驚き、変な声を上げるミカ。慌てて二人と一匹の方を振り返るとこちらを見て談笑している姿が見えた。
「何するんですか! 人が真剣に! 考え事している時に!」
「いやお前のエクステンド後の衣装見たそうだったから――っておい!」
「ここはテストルームと同じって言いましたよね……! なら!」
 ミカが右手を掲げるとブルーたちのいる場所に大きく影が出来た。
「――落ちろ! 黒檜!」
 ミカの怒りの声と同時に空から灰色の巨体が現れる。そして巨大な二対の履帯を唸らせながらそれは落下し始めた。しかしブルーとゲンは涼しい顔をしてその場に留まっていた。
「ハハッ。前に言ったろ。《《普通のアバ》》にバトルアバの攻撃は当たらない――」
「モフ―!?」
 絹を裂くような悲鳴がする。その方向を見るとブルーの視界に必死にその場から逃げ出そうとする《《バトルアバ》》ゆーり~の姿が映った。
「あっ」
 どぅぅぅぅぅん……。
 ゆーり~の悲鳴と同時に凄まじい落下音が鳴り響き、その巨体の大質量が生み出す衝撃でデルフォニウムの建物が揺れる。土埃が舞い、視界が非常に悪くなった。
「……そういやバトルアバ同士の攻撃は当たるんだったな」
 未だに悪い視界の中で空を仰ぎ見るブルー。そこには黒檜の巨体に吹き飛ばされ宙を木の葉のように回転しながら舞っているゆーり~の姿があった……――。



 

 

 



  

フォロワー以上限定無料

無料のプランです。 GMA民話財団の基本的なコンテンツにすべてアクセス出来ます。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

GMA民話財団 2021/06/24 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?『第九話』

第九話『地球騎士! ガイア・ブレード!』

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】
『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』
 ミカの身体が光に包まれ、犬耳と尻尾が生える。更に両手へ分厚いアーミーグローブが装着された。エクステンドという変身を終え、ミカは気合を入れるようにそのグローブを力強く握りこんだ。
【BATTLE ABA YURI EXTEND】
 ゆーり~の身体もミカと同じように光がその身体を包む。衣服に付けられたファーがモコッと膨らみ更にモフモフ感を演出している。彼女はエクステンドを終えるとクルッとターンを行い全身を観客たちへ見せつける。
『EXTEND OK BATTLE――START!』
 二人のエクステンドを確認し、バトル開始のアナウンスがステージ上へ鳴り響いた。直ぐにブルーがミカへ指示を伝える。
 ≪ミカ! アレの出番だ! 速攻ぶち込め!≫
「はい! 武装召喚!」
 ミカの声に応じてその手に長い銃が呼び出される。ムーンが用意してくれた【三式六号歩兵銃】だ。練習通りに素早く両手で構えるとアイアンサイトを覗き込み、ゆーり~をその照準で捉える。確実に命中させるために頭部ではなく胴体へと狙いを定めた。
 しかし彼女は不敵な笑みを浮かべて銃を構えるこちらを見ている。
「……っ!」
 ミカはその表情に一抹の不安を覚えつつも照準を終え、即座に発砲した。軽い発砲音と共に弾丸が銃口から発射され、ゆーり~へと向かっていく。
「モフ! ライブ中のアイドルは~!」
 ゆーり~の身体がどこからか降り注いだスポットライトの黄色い光で照らされた。更に薄いシャボン玉のような半透明の膜が彼女の全身を包んだ。
「御触り厳禁モフ~!」
 キィィン!
 甲高い音を立ててミカの放った弾丸がその膜に弾かれる。予想外過ぎる結果に思わず驚きの声を上げるミカ。
「弾かれた!?」
 ≪偏向フィールドか! ありゃ一定ダメージ受けるまで攻撃を無効化するヤツだ!≫
「そんなものまであるんですか!?」
 ブルーの説明を聞きつつミカは急いで銃のボルトを操作し空薬莢を排莢し、次弾を装填し始める。
 ヒューンッ。
「ん……? うぇ!?」
 突如フィールドへ観客席から何かが投げ込まれた。それはチャリーンという場違いな音を立てながらゆーり~の足元へ転がっていく。金色に光るそれは……コインだった。
「お、お金? ――うわっ!?」
 チャリーン! チャリーン! チャリン! チャリン!
 次々にフィールドへコインが投げ込まれゆーり~の足元へ転がっていく。彼女はそれを受けて笑顔で観客席へ礼を言い始めた。
「みんなー! ありがとモフー! ありがとモフモフきゅ~ん♥」
 困惑しているミカにブルーが通信で解説してくれる。
 ≪これハイチャリティって言って観客がバトルアバに投げ銭渡せる機能なんだよ≫
「観劇とかのお捻りみたいなのですかね……?」
 ≪ま、それだな。多分あっちが有効にしてたらお前も受け取れる筈。ほれ≫
 チャリーン。
 ミカの足元へ銅色のコインが転がってきた。それを拾い上げると【100円】の文字が書いてあるのが見える。
 ≪今オレがお前に投げ銭入れてやったぞ。感謝しろ≫
「あ、ありがとう御座います……」
 ゆーり~は一しきり周囲への礼を終えると再びマイクを構える。
「さぁ! みんな! 一曲目始めるモフ~! ノッていくモフよ~?」
『モフモフ~!』
 ゆーり~が観客席へ呼び掛けると観客たちは一斉に合いの手を返した。それを受けて彼女はマイクを口元へ持っていき口を開いた。
「【モフれば幸せ? ラブれば幸せ!】 スタート!」
 その声に合わせて突如、フィールド内へ音楽が流れ始める。どことなくポップで明るい曲だった。更に大きな文字でフィールド上に【モフれば幸せ? ラブれば幸せ!】という曲名が表示される。
「え、なんですかこれ……」
 困惑するミカを嘲笑うようにゆーり~はその曲に合わせて何とステージ上で歌唱を始めた。
『不思議なモフモフに~♪ 身を任せれば~♪』
 観客たちはゆーり~が歌い始めるとどこから取り出したのか一斉にサイリウムを掲げており、それを振り始める。観客席でピンクの光が次々に点滅し、鮮やかにフィールドを染めた。しかしミカはそれどころではなかった。
「歌ぁ!? なんか歌い始めましたよ、あの人!」
 ≪不味いな。ゆーり~が歌い始めたらヤツのパワーリソースがかなりの勢いで溜まりだした。そういう効果があるらしい。あの歌止めないと召喚モンス次々に呼ばれちまうぞ≫
「そ、それってかなりヤバイんじゃ!? なら仕掛けないと……!」
 ミカは銃を構え、再び射撃を行おうとした。既に次弾の発射準備は終わっており発砲が可能。躊躇う理由などなかった。
『今日からあなたも~♪ 幸せ?』
『モフモフ~!』
 ゆーり~の歌に合いの手を合わせる観客。彼女は狙いを付けているミカに気が付き、それを邪魔せんと言わんばかりに自身の召喚を行い始めた。
「おっと! それ以上の御触りはご遠慮お願いするモフ! 召喚! 【モフモフ軍団ちゃん】! ゆーり~を守ってね!」
 ゆーり~の召喚の呼び声と共に彼女の足元へ魔法陣のような物が現れる。そしてそこから何かが大量に溢れ出した。溢れ出したものを見てミカは驚愕する。
「ひ、羊ぃ!?」
『モフ~モフ~もふ~モフ~もふ~』
 魔法陣から現れたのは丸っこいフォルムをしたデフォルメされた羊……独特な鳴き声と共にフィールド内へ何頭ものモフッとした羊たちが現れた。それらはフィールドを浮遊しながらフワフワと漂っている。まるで風船だ。
 ミカは周囲を漂う羊たちに気を散らされながらもアイアンサイトで再び狙いを定め直し、ゆーり~へ向けて発砲した。しかし……。
『モフッ』
 一頭の羊がフワフワッとゆーり~の前へ庇うように現れた。羊にゆーり~へ向けた弾丸が直撃し、それと同時に大量の羊毛が羊の身体から吹き出し、羊本体はポンッと軽い音を立てて消えた。
 しかし吹き出した羊毛が次々に新しい羊へと形を変えていく。一瞬で羊が増殖した。他の羊たちもゆーり~の前へと集まりだす。まるで壁、羊壁だった。
「これじゃ切りが無――……あっ!」
 再装填を行っている間に気が付けばミカの周囲にもワラワラと羊たちが集まってきている。ミカはもう一度羊へ向けて発砲した。だが先程と同じように一体を倒しても直ぐにその数倍の数へ増えていく。更に羊たちは吸い寄せられるようにミカの身体にも纏わりついた。
 羊毛特有のフワフワモフモフを全身で堪能してしまい、動きが段々上手く取れなくなっていった。
『モフ~モフ~モフモフ~もふ~』
「モ、モフモフが! 身体にぃ!?」
『飛び交う羊さんたち~♪ 躱して可愛くして♪』
 羊たちに絡まれ身動きが取れないミカ。一方ゆーり~の方は身体を左右に振ってダンスさえ交えながら楽し気に歌唱を続けていく。
『会いに~♪ 来て♥ きゅんっ♥』
『モフモフ~!』
「こんなん! どうしろって言うんですかー!」
 ゆーり~の歌と観客たちの合いの手を横にミカは必死に銃床で羊たちを振り払いながら絶叫する。しかし幾ら振り払おうと羊たちは次々に纏わりついてきた……。


「ありゃーミカ見えなくなっちまった……」
 オペレータールーム内でブルーは一人呟く。視界の先には羊たちに纏わりつかれにっちもさっちも行かなくなっているミカが映っている。見る間に羊たちはミカの小柄な身体を覆い隠し、羊の塊の中へと消した。
「何か対策しようにもまだパワーリソースが足りねえ……困ったぞこりゃ」
 ブルーの目の前に表示されている情報ウィンドウからはミカのパワーリソースが不十分である事が告げられている。一方ゆーり~の方は順調にパワーが貯まっており、このままだとあちらが先に《《本命》》を召喚してくるのは明らかだった。
『ゆーり~に? 有利な! 遊離したいなら~♪』
 ゆーり~は羊に飲み込まれたミカを尻目に相変わらずステージ上で歌唱を続けている。本体は偏向フィールドで守り、あの羊たちで防御と相手への妨害を行い、その間にパワーリソースを貯蓄する。中々堅実かつ安定した戦い方だ。ブルーは関心しながら一人得心していた。
「結構やるなぁアイツ――ん?」
 その時、誰かからの連絡を知らせる通知音が鳴った。自分の腕を見るとそこには【M.moon】の名前が表示されている。文面には「なんで負けてんのよ! どうにかしなさい!」と簡潔に書かれていた。
「ちょうど良い。制作者様にご教授願うか。今回のバトルフィールドの仕様なら外野ここに呼べるし」
 直ぐにムーンへリンクを飛ばした。直ぐにオペレータールームに誰かが転送されてくる。だが予想したより大勢が転送されきた。トラのヌイグルミのようなアバ、星型のアバ、そしてメカ少女と言った様子のアバ。ムーンたち三人がそこにいた。
「って爺さんたちもいたのかよ」
「おぉ? おぉ! こんなプレミア席みたいなのあったんじゃな!」
「なんか今日は観客席に凄い数のアバおるな……どうしたんじゃ……」
 ラッキー★ボーイはウキウキした様子でオペレータールームから身を乗り出しフィールドを眺めている。一方トラさんの方は大観衆に圧倒されていた。そんな中ムーンがフィールド上で苦戦しているミカの姿を見てブルーへ喰ってかかってくる。
「ちょっと! なんでミカくんあんな山羊に苦戦してるのよ! さっさとあたしの黒檜《くろべ》出して吹っ飛ばしなさい!」
「無茶言うなよ。こっちはまだ黒檜呼べるほどパワーリソース貯まって無いんだぞ。あとあれ羊だろ」
「どっちでも良いわよ! もう!」
 ムーンはブルーから再びフィールドへ目を向ける。数秒ジッと飛んでいる羊たちをその青い瞳で見つめる。
「……遠距離攻撃に耐性あるタイプの召喚獣……なら――」
 何かを思いついたのかムーンはフィールドで悶えているミカへ向けて大声で呼び掛けた。
「ミカくーん!! オプションのバヨネットを使って―!!! そいつらは斬撃が有効よー!!」



「モゴ……ム、ムーンさん……?」
 羊たちに飲み込まれたミカの耳に辛うじてムーンの声が届く。一瞬何故ムーンの声がと考えたがそれよりもその声で武器のオプションを思い出す。ミカは何とか手放さずに保持していた銃を動かし、自分の方へ近づける。そして言った。
「――銃剣《バヨネット》……着剣!」
 銃の先端、銃口部に短刀のような物が装着される。ミカは銃剣の装着された銃を動かし一番近場の羊の身体へ何とか突き刺した。風船に針を刺した時のような感覚と共に刃先が羊毛を突き抜ける。
『もふー』
 やる気の無さそうな鳴き声と共に羊が破裂して消滅した。今度は増えなかった。
「モゴゴ……これなら! でりゃああああ!!」
 気合の雄叫びと共にミカは銃剣を周囲の羊たちに連続して突き立てる。ポンポンと軽い音が連続し、周囲の羊が消滅していった。消滅した羊たちの隙間に身体を潜り込ませ、何とか外へ身体を出した。
「ぶはっ!」
 久しぶりの羊毛混じりではない新鮮な空気にたっぷりと息を吸い込む。そのまま内部の羊をブーツで蹴り飛ばしながら外へ転げ出た。
「ひっぷし!! ――はっ!? 状況は!?」
 転がり出た勢いでステージに身体が叩き付けられるミカ。直ぐに立ち上がり周囲の状況を確かめる。


「いつでも~♪ モフモフ!」
『ラブラブ! モフモフ!』
『ラブラブ~♪ モフモフきゅ~ん?』
 ゆーり~は不適を笑みを浮かべ、歌唱を続けながらステージ上よりミカを見ていた。如何にもここまで来てみろと挑発的な視線を向けている。その視線を受け止めるようにミカは銃を両手に握りなおすと銃剣を槍のように構え直した。するとブルーから慌てたような通信が入る。
 ≪ミカ! 相手はもうパワーリソースが貯まるぞ! 本体への攻撃は間に合わねえ。先に周囲の羊を排除してこっちもパワー稼げ!≫
「はい!」
 ブルーの通信に応じて近場の羊たちを次々に銃剣で薙ぎ払い始める。
『もふー』『モフ―』『もふもふ~』
「チェストオオオオオ!」
 やる気の無い悲鳴と共にフィールドを漂っていた羊たちが数を減らしていく。ミカは残った羊たちにも銃剣突撃を仕掛け少しずつゆーり~のステージへ近付いて行った。しかし彼女の方も楽曲が佳境へと入ろうとしている。
『ゆーり~♪』
『ラブラブ!』
『もふ! キュート♪ きゅん♥』
『ワァアアアアアア!』
 観客席へ向けて歌いながらハートマークを投げつけるゆーり~。それに興奮して観客たちのボルテージが上がって行く。フィールドは既に中も外も激しくヒートアップしていた。
『モフってあなたに! ラッキーを届ける♪ モフ!』
 目元でピースをしながらゆーり~がポーズを決めて歌い切る。同時にフィールド内へ流れていた曲も停止した。観客席から一気に拍手が起こり、彼女は満足そうに手を振って応じる。ミカの方も羊を排除し終え、銃を構えなおそうとしていた。
「みんなー! ありがとうー! それじゃー二曲目いっくモフモフ~!」
 ゆーり~は改めてミカへ向き直ってきた。マイクを構えると高らかに二曲目の曲名を宣言した。
「次はみんな大好きタイアップの曲モフ! 【久遠の大地にて】! いっきまぁーす! モフ!」
 その宣言と同時にフィールド内へ今までの曲とは明らかに曲調の違う楽曲が流れ始める。激しいギター演奏のイントロだった。先程の曲と同じようにフィールドへ楽曲名が表示された。ミカはそれを見上げながら一体何が起きるかと身構える……。

「おいおい。随分今までとノリ違う曲だな。なんだこれ?」
 ブルーがオペレータールーム内で首を傾げながらその楽曲に聞き耳を立てる。かなり昔風のイントロだった。しかしトラさんとラッキー☆ボーイの方はこの曲を知っているようだった。
「おぉ? この曲なんか聞いたことあるぞ! 知ってるぞワシ! これ! なぁ大吉! これ知っとるよな?」
「ワシも覚えがあるなぁ……確か昔のアニメの曲だったような……」
 何か得心の行っている二人を余所にムーンも首を傾げている。
「これ……何かあたしも聞いたことあるわね……何かゲームで聞いたような……?」
 ブルーは三人を取り合えずスルーして通信でミカへと注意を促そうとした。既にゆーり~のパワーリソースはマックスまで貯まっている。間違いなく《《本命》》を呼び出すつもりだ。
「あぁ!! 思い出した!!」
「うぉ!? どうした!?」
 突然声を上げるムーンにぶったまげるブルー。ムーンは非常に慌てた様子でフィールドのミカを大声で呼び掛けた。
「ガイアブレードよ! ガイア! ブレード! ミカくんガイアブレードが来るわ!」
 二人の老人もその名前を聞いて同時に両手を叩く。
「おぉ! そうじゃ! これオープニングじゃわ!」
「ワシらがガキの頃やってたヤツじゃな!」
 トラさんとラッキー★ボーイが顔を見合わせながら同時に言った。
『【地球騎士《ちきゅうきし》ガイア・ブレード】!』



「……私たちの地球を守る……孤独な騎士……」
 ステージ上のゆーり~が今までのふわっとした喋り方から静かな喋り方へガラッと変わり、口上を述べ始める。それに合わせて彼女の足元へ魔法陣が現れ始めた。魔法陣には青い地球が映っている。
「地球から与えられしその力……今、星を穢す者へ! 下されん! パワーリソース全投入! 大! 召! 喚! 【地球騎士ガイア・ブレード】! モフ!」
 ゆーり~の言葉と同時に魔法陣から緑色の閃光が溢れ出した。フィールド内で流れるギターの音も激しさを増していく。その閃光の中からゆっくりと人型の何かが現れた。
 それは一見すると機械のようにも見える白色の鋼鉄の鎧を全身に纏い、顔さえも仮面に隠されて機械のような光を放っていた。仮面の上からは表情さえも伺えず、しかしその目線からはどこか悲し気な雰囲気を纏わせている。身体は見事なまでの逆三角形の体型。軽くミカの三倍はありそうな体躯からは凄まじい威圧感が放たれていた。
 その機械なのか人間なのか判別の出来ない《《騎士》》はゆっくりとゆーり~の前に進む。歩く度に機械を思わせる重苦しい足音がした。騎士は彼女を庇うように立つと真っすぐミカを見据え自らの名前を名乗る。
『地球騎士! ガイア・ブレード!』
『うぉぉぉぉ!!』
「しゃ、喋ったぁ!?」
 ≪なーるほど。これ昔のアニメとタイアップしてたってことか≫
 その名乗りに観客席から一斉に大歓声が巻き起こった。困惑するミカを余所にブルーは一人納得する。同時にゆーり~もマイクを再び構え歌い始めた。
『砕け散った 大地へ一人~♪』
『ブレェェェド!! ランスゥゥゥ!』
 ゆーり~の歌唱と共にガイア・ブレードは叫びながら右手を掲げる。その手に巨大なランスが現れ、それをクルクルと高速で回転させながらガイアブレードはミカへと向けて構えた。完全に呆気に取られていたミカにブルーの通信が届く。
 ≪おい! 何ボケてんだ! あのデカイロボット攻撃してくるぞ!!≫
「はっ!?」
『ウォォォォォ! オレの地球を穢させはしない!』
 慌てて我に返るミカ。しかし既にガイアブレードは巨大なランスの先端をミカへ向けながら突撃してきていた。
(回避は間に合わない……! 防御するしか……!)
 ミカは咄嗟に銃剣の剣先をランスの穂先へ合わせ、受け止める。金属同士の衝突により凄まじい火花が散る。しかし圧倒的なガイアブレードの突進力と元々の武器の攻撃力の差によって、銃剣は一瞬で砕け散った。
「うわぁぁああああ!?」
 突進を受け止めきれずミカの身体が後方へとぶっ飛ばされる。そのまま元居た自分のステージ上まで弾き飛ばされ、思いっきり身体をフィールドの壁に叩き付けられた。
『アームパルスガン!!』
 前へと突き出されたガイアブレードの左腕に二連装の銃口が現れ、そこから壁へ磔にされているミカへ向けて追撃と言わんばかりに弾丸が次々に放たれる。
「くっ……!」
『歩み進める 久遠の 一人♪』
 ゆーり~の歌声がステージに響き続ける。ミカは壁から身体を剥がすとそのまま床へ倒れ込むように腹ばいになった。頭上を弾丸が通り過ぎ、次々に壁へと突き刺さっていく。
 ミカは腹ばいのまま銃を構えるとアイアンサイトを覗き込み、ガイアブレードへ狙いを定める。即座に引き金を引いた。
 弾丸は高速で飛翔し騎士の鎧の胸部分に直撃し、その装甲を一部分弾き飛ばす。鎧に穴が開きそこから緑色の液体が漏れ出した。しかし騎士はその傷にさえ全く動じず再びミカへ向かってランスを下向きに構える。
『ガイア……! スラァァァッシュ!!』
 ガイアブレードはランスを地面を抉るように床へ叩き付け、衝撃波のような物が発生させた。その衝撃波が押し寄せる波のようにミカへと向かってくる。
「あぶなっ!」
 ミカは回避しようと伏せたまま横へ転がって回避を行った。しかし間に合わず床に伏せたまま衝撃波をまともに受ける。
「グァッ!?」
 痛みの代わりに全身を熱風が当たったような感覚が襲う。ヘルスが急激に減ったことによって警告のウィンドウがミカの視界へ表示された。だがもう一つウィンドウが出現していることにも気が付く。
 ≪ミカ! こっちもパワーリソースが貯まった。行けるぞ!≫
「……は、はい……パワーリソース全投入! だ、大召喚!」
 ブルーからの通信を受け、うつ伏せの状態のままミカは叫んだ。その言葉に応じて身体の下に魔法陣が現れる。
「来て下さい! 一式重蒸気動陸上要塞《ヘビースチームランドフォートレス》【黒檜《くろべ》】!」
『守るべき地球《ほし》さえも 砕きながら――モフ!?」
 ゆーり~がステージ上を突如包んだ水蒸気に怯み、声を上げる。観客席からもどよめきが起こった。対称的にオペレータールーム内の老人たちとムーンは歓声を上げた。
「来た! 来たぞ! 大吉! ミカちゃんのデカイヤツじゃ!」
「大艦巨砲主義の時間じゃあああああ!!」
「あたしの黒檜! あたしの! 待っていたわよ!」
「うるせー……」
 大騒ぎを始める三人を余所にブルーは煩そうに耳を塞ぐ。だがブルーはフィールドを見ながら今回ばかりは少々の不安を覚えていた。
 そこには黒鉄の大要塞、黒檜がフィールド全体を揺らしながら出現し始め、その威容を見せ付けている。だが相対するゆーり~は未だ不敵な笑みを崩さず、マイクを握りなおしていた。その前に【地球騎士 ガイア・ブレード】も守るように立っていた。
「黒檜は強力だけど相手の召喚モンスもフルパワーリソースで呼んだヤツだ……そう簡単に行かねえぞ」
 ブルーの不安を余所にいつの間にか黒檜の甲板上へ転送されていたミカは真っすぐ眼下のゆーり~とガイアブレードを視線で捉え叫んだ。
「行きますよ! ゆーり~さん! お覚悟を! あとアイドルデビューは勘弁してください!」
 ミカの言葉にゆーり~もマイクを構えて反論する。
「モフー! それだけは譲らんモフ! 後輩としてデビューしてもらうモフ! 実はバトルアバのアイドルっていないから一人で寂しかったモフ! 事務所からも普通のアイドルアバの方が良いんじゃない? って言われてるけど――ゆーり~は負けないモフ!」
(うっ……知りたくもない情報を……つらつらと……)
 ミカはその無駄に生々しい告白に少し狼狽える。
 ≪落ち着けよ、どうせ泣き落としだぜ≫
「そ、そうですかね……? ええい! もうそう言うことで!」
 ブルーからの言葉に気を取り直しミカは改めて右手を振り翳した。そして黒檜へ指示を伝えようとする。
「黒檜! 目標――うわっ!?」
 チャリーン! チャリーン!
 突如ミカの足元へ向かって金色のコインが投げ込まれる。甲板上に幾つものコインが転がっていった。同じようにゆーり~の足元にもコインが次々と投げ込まれている。どうやら観客席のアバたちが投げ入れているようだった。
 ≪あー……お前にもハイチャリティが……ファン出来てるみたいだな。良かったな≫
「そ、それは嬉しいですけど……やり辛いなぁ……」
「おっと! ハイチャ受け取ったらお礼するのが礼儀モフ! ちゃんと観客席の方へお礼して! モフ!」
「え? そ、そうなんですか!? あっ、そのありがとう御座います!」
 ゆーり~に促され慌てて観客席へ向けてペコペコとお辞儀を返した。客席のアバたちから「頑張れよー」「そっちも応援してまーす!」と次々に声が掛けられる。応援されるなど初めてのことだったので、あんまり悪い気分ではなかった。ミカは一応教えてもらったゆーり~にも礼を言う。
「すみません、ゆーり~さん。教えて頂いて……」
「気にすんな! モフ! 後輩の面倒を見るのは先輩の務めモフ!」
「ありがとう御座います!」
 ≪……おい。完全に乗せられてるぞ≫
「――はっ!?」
 ブルーからの呆れた声に自分がすっかり流されていたことに気が付くミカ。慌てて黒檜に指示を出した。
「く、黒檜! 目標! 【ゆーり~♥♥もふキュート♥】! 一番二番、砲門開け! 俯角十二度!」
 黒檜の二門の36サンチ単装砲塔が轟音を立てながら駆動し、ステージ上のゆーり~へ狙いを定めていく。
「モフ! そうは行かないモフよ! お願い! ガイアブレード!」
『トゥアッ!』
『――振り翳す その槍は 誰が為に~♪』
 ゆーり~が歌唱を再開するのと同時にガイアブレードは大きく跳躍した。黒檜の正面で滞空しながら叫ぶ。
『サイオニックゥゥゥゥ! ミサァァァァイル!!』
 ガイア・ブレードの背中から無数の赤い光弾が撃ち出されていく。それは一度扇状に広がってから一斉に黒檜とミカに向かって高速で飛来し始めた。
「……っ! 黒檜! 近接防御起動! 自動迎撃開始!」
 ミカの声に応じて黒檜に備え付けられた複数の近接防御兵器が一斉に駆動した。ガトリング機構によって生じる連続発射により、20ミリメートルタングステン弾が一本の線のように繋がって発射される。
 ブゥゥゥゥゥゥンッ!
 放たれた弾丸は飛来するミサイルを正確に捉え、撃ち抜いていった。黒檜の周囲で次々に爆風が起こり、甲板上のミカの身体を揺らす。屈みこみ爆風から身を守りながらミカは叫び、右手を降ろした。
「――っ撃ぇ!!」
 砲門から二発の砲弾が放たれ甲板上を衝撃波が包む。だがゆーり~向かう弾丸を黒い影が捉えた。
『ブレェェェェドォォォ! ラァァァァンスッ!』
 ガイアブレードが全身を軋ませながらランスを振りかぶり、砲弾へと一閃する。両断された砲弾が一瞬の間を置いて大爆発した。
「砲弾をき、切り払ったッ!? うわっ!?」
 空中で炸裂した砲弾によって発生した大爆発が黒檜の巨体すら揺らす。
 ≪防がれたな。しかしあちらさんも相当被害受けてるぜ≫
 ブルーの声でミカが顔を上げる。空中にガイアブレードがいた。しかしその姿は砲弾の爆発を直近で受けたせいか無残としか言い様の無い状態だった。鎧の至る所が焦げ付き、細かなひび割れがある。ひび割れた装甲の隙間から微かな黒煙と緑色の体液が漏れ出していた。しかしその満身創痍な状態でも闘志は衰えていないのか仮面の下の真っ赤に燃えた瞳がミカを見据える。
『オレは守る……例え孤独であろうとも! ファイヤァァァァァァア!! トルネェェェェドォォォォ!!』
『地球騎士 久遠の大地にて 独り~♪』
 雄叫びと共にガイアブレードの全身が赤色に輝き、光を放つ。全身から焔が吹き出し騎士自身を火球と化した。
『ウォォォォォォォオオオオオ!!』
「黒檜! き、近接防――わぁああああ!?」
 燃え盛る火の玉と化したガイアブレードは雄叫びと共に超高速で黒檜へ突撃してくる。あまりの速度にミカが防御指示を出そうとするも間に合わず、その火球が黒檜の前部装甲を削り、貫き、溶解させた。
 そのまま火球は黒檜の側面を兵器群を巻き込みながらぶち抜いていく。ミカの目の前に損害を知らせるウィンドウが次々に表示されていった。
「こ、このままじゃ……!」
 ≪ミカッ! あのロボ往復してくるぞ! 止めねえと今度こそ黒檜がぶっ壊れる!≫
 ミカが背後を振り返ると黒檜を貫通していったあの火の玉が旋回して返ってくるのが見えた。
『戦い終われば 救いあると信じ~♪』
(不味い……! 黒檜の背部には武装が少ない! 今から迎撃は無理だ……なら!)
「黒檜ぇ! 右方向へ超進地旋回!!」
 黒檜の右履帯と左履帯がそれぞれ逆方向へ急駆動し、巨体がその場で右方向へと回転を始める。ガリガリとステージが履帯によって削られ見るも無残な痕跡が付いた。黒檜は迫る火球へ右側面を晒す形になる。
「【近接補助起動】! 右腕《ライトアーム》展開!」
 ミカは自身の右腕に半透明の一回り大きい腕を纏い、それを迫る火球へ向けた。連動して黒檜の右側面から巨腕が迫り出す。ミカが手を開くと巨腕の先に備え付けられた三本の鋭利なクローが開き、突撃してくる《《それ》》を待ち構えた。
『リタァァァァン!! トルネェェェドォォォ!!』
「黒檜! 受け止めてくれっ!」
 三本のクローが火球と化したガイアブレードを掴み込んだ。一気に掴んだその手の内から火炎が吹き出し周囲を真っ赤に染める。クロ―の柔らかい外装部分が溶け出し、赤熱した液体となって階下のステージへ降り注いだ。
「くっ……!」
 連動しているミカの掌にも凄まじい熱が伝わる。だが今離すわけにはいかない。必死に耐えながら空いている左手で右腕を支えた。
 やがて焔の勢いが収まり、火球が消えていく。そこにクロ―へ鷲掴みにされたガイアブレードが姿を現した。三本のクロ―に身体を羽交い絞めにされ叫びを上げる。
『グァァァァ!!』
 ≪ミカ! 絶対に離すなよ! 右腕はコラテラルダメージとして諦めろ!≫
「……わ、分かってます……! 【目視照準】!」
 ミカの右目に赤色レンズの片眼鏡が装着される。そのまま右腕部で掴んだガイアブレードの姿を捉えた。
『敵を穿つ その槍は 誰が為に~♪』
「三番発射口……展開!」
 黒檜の後部、その甲板上で巨体に埋め込まれる形で存在している四角いの二つの蓋の内の一つががゆっくりと開いた。
 内部には空洞が広がり、奥の方に巨大な円筒形の物体がある。赤く染まった右目の視界の中で緑色の四角い枠がガイアブレードの身体を囲っていった。
 ビィーッ!!
 けたたましい警告音と共にその枠が完全に騎士の身体を捉える。それと同時にミカは叫んだ。
「垂直式大型誘導墳進弾……発射ぁ!!」
 黒檜の後部の大型墳進弾発射口から大量の煙が吹き出す。連動して発射口からゆっくりと巨大な墳進弾の弾頭が迫り出す。ミカの身体ほどもある大きさの巨大墳進弾はそのまま黒檜の背部から空へとゆっくり上昇していく。それは照明弾のように光跡を残しながら空へと昇った。
(……垂直式は威力はあるけど落下までタイムラグがある……でもそれまで耐えて右腕部ごと吹き飛ばすしか……!)
 だがミカの思惑を妨げるように掴んでいたガイアブレードに動きがあった。
『例えこの身砕けようとも……!』
『WOO GAIABLADE LONELY KNIGHT……』
『――リパルサー! オォン!』
「なっ!?」
 ガイア・ブレードの叫びとゆーり~の寂しげな歌声と共に両肩の装甲が吹き飛ぶ。吹き飛んだ装甲の下に丸い発射口のような物が幾つかあり、そこから緑色の如何にも危険な光が溢れ出した……。



「あっ! あかんあかんあかん! ミカちゃんそのままやとあかんぞ!」 
 オペレータールームで何かに気が付いたトラさんが騒ぎ出す。同じようにラッキー★ボーイもフィールドのミカへと呼び掛けた。
「最終話で使った技使う気じゃあああ!! 早う逃げえぇぇ!!」
「ちょっと! 何が起きるって言うのよ!」
 状況が理解出来ず困惑するムーン。一方そのただならぬ様子に危機を察し、ブルーは急いでミカに危険を伝えようとしていた。
「おい! そいつをすぐどっかへぶん投げろ! 何かしてく――」
 突如フィールド全体が一瞬無音になる。何事かとブルーが顔を上げフィールドを見た時には既に緑色の閃光がフィールドを覆い隠していた。



『サイオニックゥゥゥゥゥゥ!!』
「こ、これは!!」
 ガイアブレードの叫びと共に甲板上にも緑色の閃光が溢れ出す。流石のミカも危険を感じ、自身の右腕を振り翳すと黒檜の右腕に掴んでいたそれを遠くへ放ろうとした。だが最早手遅れであり、ガイアブレードのエネルギーは臨界へと達している。
『リパルサァァァァァ!! キャァァァァノォォォォォンッ!!』
 最早叫びというより絶叫と化したその声と共にガイアブレードの全身から緑色の閃光が幾つも瞬いた。その瞬間今まで溢れていた様々な音が全て消え去り、無音が訪れる。閃光は黒檜の巨体、そしてミカの身体を飲み込もうとしていた。
 だが爆縮が始まるその瞬間、黒檜のカメラアイがミカの姿を捉える。主の命令を待たずに黒檜は行動を起こしていた。
(黒――)
 ミカが反応する間も無く身体が光に包まれ、その身体が黒檜から遠く離れたステージ後方へと転送される。転送の勢いのままステージ上へ叩き付けられ、全身を打ち付けたミカは衝撃で立ち上がることも出来ずに横たわったまま、視線を先程まで自分がいた位置へと向けた。
 そこでは緑色の閃光の中で黒檜の巨体が地面から浮き上がるのが見えた。そしてそれは来た。 
 一際輝くような閃光と共に今まで経験したことの無いような大爆発が発生し、衝撃波と共にステージ中央が崩壊していく。爆風はミカの居る位置まで届き、凄まじい暴風となってその身体を襲った。
 何とか吹き飛ばされないように地面へ身体全体を押し付け踏ん張り耐える。それはいつ終わるかもわからぬ破壊の連鎖。それでもミカは必死に耐え続け、爆心地の遥か向こう、ゆーり~の立っているステージを右目の赤い視界に収めた。
 この破壊力、間違いなく黒檜は完全に破壊されてしまっている。だけどまだ黒檜の残した《《物》》があるからだ。最早目を開くことさえ困難な状況でも諦めずゆーり~の姿を捉え続けた。空へと撃ち上げたままの《《一本の矢》》を導くために……。
『WOO WOO GAIABLADE LONELY NIGHT……』
 ゆーり~が静かに歌い切り、マイクを口元からゆっくりと離す。彼女の曲が終わるのと同時に観客席から少しずつ拍手が起きていった。だがその拍手を彼女は右手を上げて制する。
「まだバトルは終わってないモフー! 拍手は早いモフよー!」
 そう言ってフィールドの真ん中を指差す。そこは綺麗に丸く削り取られたようにクレーターが出来ており、ガイアブレードの姿も、黒檜の巨体も、そのどちらも影も形も無かった。
 だがミカはいた。ちょうどゆーり~のステージと相対するように向かい側のステージ。そこで爆発の余波でボロボロになった身体を無理矢理動かし寝そべったまま三式六号歩兵銃を構えようとしている。緩慢な動きだが、確実に狙いを定めていた。
「諦めないその心意気! グッドモフ! その姿勢に敬意を表してきっちり最後まで全力! モフ! 召喚! 【突撃モフモフちゃん】!」
 ゆーり~の言葉に応じて一頭の厳つい顔をした羊が傍に現れる。それは鼻息荒く角を振り回し、向こうに見えるミカを威嚇している。彼女はマイクを向け、その羊へと指示をしようとした。
「とつげ――」
「ゆーり~! 上だー! 上ー!」「早く逃げろー!!」「落ちてきてるぞ!!」
 しかしそんなゆーり~に何かに気が付いた観客たちが一斉に声を掛ける。観客たちの言葉に釣られ彼女は視線を上へ向けた。
「上……? モフ!?」
 ゆーり~の遥か頭上。ステージの真上。そこに一つの光点があった。巨大な円筒形の物体。それは黒檜から放たれ、今まで上空で待機していた垂直式大型誘導墳進弾だった。
 既に目標への再ロックオンを済ませた誘導弾は上空で少しずつ修正を行っている。弾頭の先端に付いた黒檜と同じ赤い瞳のカメラアイが、驚愕の表情を浮かべているゆーり~の姿を捉えると同時に最後の推進剤へ点火がなされた。
 ブースターから提供される爆発的な推進力によって一気に超音速まで加速し、目標へと突き進む。
「モ、モフー!?」
 悲鳴を上げその場から逃げ出そうとするゆーり~。だが既に逃げ切れる距離では無かった。大型誘導弾の弾頭が彼女の張っている偏向フィールドへ触れる。瞬時に大爆発が発生し、ステージ上を爆炎が包んだ。
『モッフー!!』
 爆炎に巻き込まれ、先程呼び出された羊が出番も無く消滅していく。更にガラスが割れるような音と共にゆーり~を守っていた最後の砦とも言える偏向フィールドが砕け散った。
 許容できるダメージを超えたせいだ。だが偏向フィールドを破壊してもまだ余力のある爆風は熱波となり彼女自身を襲った。
「うぎゃ―!!! あっちぃー! モフー!!」
(……大事なのは呼吸……)
 ミカはムーンから最初の時に指導された事を思い出し、一度軽く息を吸う。そして照準を熱で悶えるゆーり~に合わせ、うつ伏せの状態のまま引き金を引いた。
 パンっという軽い音がバトルフィールドに響く。銃口から放たれた弾丸は出来たばかりのクレーターを越え、ステージ上で未だに悶えている目標へと向かっていく。そしてゆーり~のモフっとした頭部へと吸い込まれるように命中した。
 ゴンッ!
「――ぎにゃんっ!」
 頭部に弾丸の直撃を受けたゆーり~は短い悲鳴を上げながら、身体が大きく仰け反らせる。そのまま勢い良く頭からひっくり返りながら倒れ込むと、ステージの上でゴロゴロと転がり、やがて……完全にその動きを停止させた。
(確実にやるなら……もう一射)
 ミカはステージ上で横たわっているゆーり~を視界から外さず、もう一度射撃を行うためにボルトを操作し次弾を装填し始めていた。しかしそれをブルーの声が止める。
 ≪もう大丈夫だ――お前の勝ち≫
「え……? あっ……」
【ABABATTLE WIN MIKA CONGRATULATION】
 いつの間にかミカの勝利を知らせるウィンドウが目の前に表示されていた。
 ≪死体撃ちは荒れるから止めとけよー≫
「す、すみません……集中してたみたいで気が付きませんでした……」
 ≪謝んなくても良いだろ。まだ脳みそ戦ってるみたいだしさ。実際激闘って感じだったからしょうがねえわ≫
 ミカは銃を杖にしてヨロヨロと立ち上がる。今回のバトルは本当に何というか……疲れた。ただ不思議な事に充実感もまた感じていた。
 毎回毎回死にそうな(仮想現実でそれもおかしいけど)目に合っているのに楽しさのような物もある。まぁ今回は今までと違って勝たないと不味い事になっていたからかもしれないけど……。
 不意に声が聞こえた。
「モフきゅぅ~」
 すっかり破片やら弾痕やらで汚れ切っているステージ上でゆーり~は変な声を出しながら仰向けに伸びている。ミカは彼女へフラフラと近付くと一応、声を掛けた。
「あー……ゆーり~さん? だ、大丈夫ですか……?」
「――……モフ?」
 ゆーり~がパチリと片目を開く。ミカを視界に捉えるとすかさずウィンクをぱちりと決めてきた。そのまま勢いよくガバっと身を起こす。
「うわっ!?」
 突然の目覚めに驚くミカ。ゆーり~は驚いて固まっているミカの右手をガシっと掴む。そのまま引っ張り自分の方へ引き寄せてきた。
 柔らかくモフっとした身体の一部分がミカの腕に押し付けられる。それは仮想現実とは言え少女らしい柔らかな触感が限りなく再現されており、ミカは思わず赤面してしまった。
「ちょ、ちょっと……!」
「みんなー! アババトルは楽しんでくれたモフー?」
 観客席へゆーり~が呼び掛ける。観客のアバたちから一斉に大歓声が起き、それに答えた。ゆーり~は満足そうにうんうん頷きながら掴んだままのミカの右手を天高く掲げた。
「刺激的で! 楽しい! バトルを! たっぷり提供してくれたミカくんにも沢山の拍手と歓声をお願いしますモフ~!」
『わあああああああ!!』
「あっ、えっ私は……」
 四方八方から送られる大歓声と拍手に困惑しているミカにゆーり~が小声で囁く。
「――……ちゃんと笑顔した方が良いモフよ? しょっぱいお顔してるとフォーラムで晒されちゃうモフ♥」
「晒――えぇ!?」
「――ほら! 笑顔笑顔! モフモフ!」
 ミカはぎこちないながらも笑顔を何とか作る。隣のゆーり~を真似て観客席へと手を振っていた。その間もフィールド内は歓声と次々投げ込まれるコインで非常に騒がしかった……。



「あーあー……顔真っ赤にしちゃって……絶対DTだなアイツ」
 オペレータールーム内でブルーはゆーり~に未だ絡まれているミカを見ていた。横を見れば老人二人がミカの勝利を自分の事のように飛び上がって喜んでいる。更にトラさんが万札をハイチャしようとしているのを見てラッキー★ボーイがそれを止めていた。
「ん……?」
 ふとムーンを見る。彼女はジッとフィールドをその青い大きな瞳で見つめている。ただでさえ表情の分からないデザインのアバだが今は特に何を考えているか分からない。
「どうしたメカ女? ムスッとして。もしかしてあたしの《《黒檜》》ちゃんがぶっ壊されて! って怒ってんのか?」
「……別にそんなことは考えてないわ。バトルに出ればどれほど美しく、完璧に、作り上げた武器や召喚獣でも、傷付いたり壊れたりする。それは当然よ。むしろあたしの黒檜はちゃんとご主人様を守って仕事もきっちり出来てて感動したわ。ミカくんも全力で頑張ってたし文句なんて……とても、ね」
「じゃあなんでそーんな微妙な顔してんの?」
「……あたしって本当のバトルは何一つ知らなかったんだなって……」
 ムーンはオペレータールームからフィールドへと顔を出す。
「そりゃバトル自体は何度も見た事あるわ。でも……こうして自分の知っている人が、自分の作った物で……戦って傷付いて傷付けてるの見て……キューッと来たわね。ハートに」
 ムーンは右手を上げると人差し指を光った。それを空中に這わせ、ハートを描く。それを見てブルーは腕を組んで笑った。
「ハハッ。アババトルは普通のアバからしたら見てて楽しい、ちょっと過激なショー……だけどやってる奴らからしたら仮想現実とは言え、切って、刺して、撃って、ぶっ飛ばして……――ガチの傷付け合いだよ。そしてそれを中に生の人間が入ってやってるわけ。あんた知らなかったのか?」
「ええ。その通りだわ。あたしは知らなかったのよ……多分今までのあたしは戦ってるバトルアバたちの事を。NPCか何かと思っていたのかもしれないわ。メディアでスポーツ選手を見るのと同じ……知っていても本当にあたしの世界に存在してるわけじゃなかったのね」
「……それで? 新人バトルアバデザイナー様はこれからどーしたいわけ。ホントのバトルってヤツを知ったみたいだけど」  
 ブルーの言葉にムーンは何も言わずフィールドを見つめる。その視線の先には未だにゆーり~に弄られまごついているミカがいた。
 それを見てバトルアバデザイナー【M.moon】の青い瞳が一瞬だけ揺れた……――。

 







  

フォロワー以上限定無料

無料のプランです。 GMA民話財団の基本的なコンテンツにすべてアクセス出来ます。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

GMA民話財団 2021/06/23 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?『第八話』

第八話『新時代のアイドルは歌って踊れて戦える! モフ!』


【ABAWORLD MEGALOPOLIS行き 急行列車『鮫皮』】

「……普段使ってるリニアレールと違ってABAWORLDの電車って随分レトロだなぁ……」
 ガタンゴトンと振動が伝わってくるそれは、今や博物館でしか見ないような骨董品の電車だった。
 その座席から窓の外の移り変わる景色を眺めるミカ。様々な住宅街や建物が目の前を過ぎ去っていく。
「ブルーさんいつになったら帰って来るんだろう……」
 向かいに座っているブルーへ目を向ける。そこには座席の上でお行儀悪く寝そべりながら微動だにしないブルーがいた。胸のところに【離席中!】と表示されたウィンドウが出ている。
 この電車に乗って直ぐブルーは「わりい! ちょっと用事!」、と言って離席してしまった。
「でもわざわざ電車使わないと目的地には行けないって変なところ面倒だなぁ」
 今、向かっているのは【MEGALOPOLIS】、と呼ばれる場所。今までいた場所とは完全に別のエリアでブルー曰く、今までの場所が埼玉ならそこは東京との事。取り合えず……大都市ということで良いのだろうか。
 そこに姉さん――つまりはアバ【ネネカ】の情報を持っている……かもしれない人がいるらしい。
「どんなアバなんだろう……その人」
 そんなことを思いつつ再びブルーへ視線を向ける。未だに微動だにせず離席中のままだった。その時ふとブルーのアバとしての容姿に目が留まる。電車の窓から差し込んだ明かりがそのガラス細工のような碧い髪に乱反射して輝いていた。
(ブルーさんってホント高そうな人形って感じだな……あの髪どうなってるんだ?)
 比較のため何となく自分の髪に触れてみる。非常に柔らかな感触がした。仮想現実とは思えないほどリアルな触感だ。そんなに女性の髪へ触れた経験は無いから飽くまで想像だけど……。本来の自分の髪とあまりにも違いすぎる感覚だ。
(気が付けば随分この身体にも慣れちゃったなぁ……)
 当初感じていた違和感はどこへ行ってしまったのか。今では低い視界にも軽い挙動にも慣れてしまった。ABAWORLDの調整が凄いのかそれとも人間の順応性が凄いのか……。当初感じていたスカートの妙な感じも今では気にならない。
(まぁ……女の身体で一番目立つ部分が消極的だからってのもある……か?)
 そう思って自分の胸を見る。視界を落とすと障害物に当たらずそのまま下半身へと向かう。見事な平たさだ。被弾面積がかなり考慮されている。
(これ……胸……の感触とかどうなってんだ……?)
 遂、魔が差した。右手で恐る恐る自分の胸へと触れてしまう。指先に分厚い生地越しでも分かる柔らかな感触がした。
「……お前、何やってんの?」 
「ぶぇ!?」
 いつの間にかブルーがこちらへ訝しむような視線で見ている。ミカは慌てて自分の胸に当てていた手を離し、必死に言い訳を行った。
「ちょ、ちょっと! ふ、服にゴミが付いてまして!!」
「ふーん……?」
 ブルーは慌てふためくミカを見てニヤニヤと笑っている。
「まぁ気持ちは分かるぜ。オレもお前と同じ立場だったら同じことしただろなー」
 そう言って自らの胸の部分をブルーは軽く叩いた。非常に気まずくなりミカは思わず目を伏せる。
「うぅ……魔が差したんです……」
「そこまで気にすることかぁ? オレとかABAWORLD始めた時は全身触りまくってたぞ。すげー! 本物みてー! って思って」
「俺はなんてことを……」
 ショックで口調が素に戻るミカ。ブルーはそんなミカを気にも留めず窓の外の景色へ目を向けた。
「お。そろそろ到着か。ほら! 見てみろよ」
 ブルーが電車の窓から身を乗り出して、ミカに呼び掛ける。
「げっ! あ、危ないですって! そこから顔出したら!」
「ハハッ! 仮想現実なんだから大丈夫だよ」
「いやまぁ確かにそうですけど……」
 ミカも窓から顔を出す。吹き抜ける風で軍帽が跳びそうになり右手で押さえた。そして電車の向かっている先を見る。
「うわぁ……これは凄い……」
 そこには巨大な都市があった。現実ではあり得ないような高層建築物が立ち並び、まるで針山のようにそれらが群れている。かなり離れた位置から見ているにも関わらず都市の全貌は全く計り知れない。
 今までいたMINICITYはどこか現実の街と似た要素があったが、この都市は完全に未来の都市と言った様相で異質さが際立っている。更に都市の中心部には他の建築物に影を落とすような巨大な塔のような物が聳え立っており、それが一際目を奪った。
 ミカは天空まで真っすぐに伸びるその建物に見覚えがあり、ブルーに思わず尋ねる。
「もしかして……あの真ん中のヤツって軌道エレベーターですか?」
「あぁ。確か完成予想図を再現したヤツだったな」
 軌道エレベーター。現実ではアメリカの大企業がやっと構想段階に入ったという噂の代物だった。前にニュースで報道されていたからその形を覚えている。まさか本物(?)を見ることが出来るとは……。
 電車の速度が少しずつ落ちていくのを感じる。どうやら駅に着いたらしい。
 巨大都市から目を離して前を見ると幾本もの線路が伸びている先に巨大な駅があった。天井部はガラスで出来ており、それがドーム状になっている。まるで巨大なアーチだ。
「うわー……これまた凄い豪華な駅ですね……」
「こういうタイプの駅ってもうリアルじゃ無いからなー」
『――MEGALOPOLISへ到着致しました。降りる際は忘れ物へご注意下さい――』
 ミカが感嘆の声を上げると同時に車内へアナウンスが流れた――。



「何か思ったよりその……静かなんですね、ここ」
 電車から降り、駅のホームへと進んだミカだったが、想像していた光景との違いに困惑していた。
 予想ではHANKAGAIエリアのように沢山のアバがいると思っていた。しかし駅のホームは人っ子一人おらず閑散としている。古めかしささえ感じる駅内の内装も静けさを加速させていた。後から降りてきたブルーが説明を始める。
「基本的にメガロポリスってイベントの時以外使わねえからな。ぶっちゃけ殆ど施設も無いし、それにここ鯖番号もかなり後ろだし?」
 ※鯖 サーバーのスラング。
「そういう物なんですね。イベントって何をやったりするんですか?」
「そりゃ祭りとかだな。公式が主催するヤツ。七夕の時とか下手な性能のパソだとクラッシュするくらいウジャウジャ人集まるぞ」
「うじゃうじゃ……」
 ミカは相槌を打ちながらブルーと一緒に歩き出す。二人の足音だけが誰もいない駅のホームへ響いた。
「そう言えばここってどうして《《リンク》》で来れないんでしょうか? 移動手段が電車って聞いた時はビックリしましたよ」
 いつも移動に使っているリンクを使用すればここへも一瞬で来られる筈。毎度毎度着地失敗するけど……。
「ここって特別なとき以外はリンク禁止になってんだよ。今までいたミニシティとは完全に別のエリアだからここへ移動するときロードが発生しちまうし」
「ロード?」
「マップデータ読み込み中ってこと。ぶっちゃけさっきの電車はそれ誤魔化すための措置さ。仮想現実でロード画面なんて出ると萎えちまうからな。あれに乗せてる体にしてその間にロード済ませてんの」
「そ、そんなシステムだったんですね……」
「結構そういうトコで誤魔化してんだよ、色々データの読み込みをさ。アババトル始まる前の降下演出もそれだし」
 道を歩き続けると気が付けば駅の構内から明るい場所へ出ていた。広場のような場所で周囲を見ると先程までは見掛けなかったアバが何人もいるのが見える。それを見てブルーが少々不思議そうな顔をした。
「ありゃ……ここ過疎鯖だから殆どアバいないはずなんだけど……珍しいな今日」
「何かあるんでしょうか?」
 その理由はすぐに分かった。
「うぇぇ!? な、なんですこれ!?」
 広場から少し進むとそこら中で人だかりが出来ている。それに四方八方から音楽や歌、それに歓声のような物が聞こえ、凄まじい賑やかさだった。今まで見た事の無いような数のアバたちに圧倒されるミカ。
「おいおい……こりゃ一体どういうことだ」
 珍しくブルーも状況が飲み込めないと言った様子で困惑している。彼は自分の右手に指を這わせウィンドウを出現させると何やら調べ始めた。
 ミカも状況が飲み込めず周囲をキョロキョロと眺める。暫く観察して気が付いたが幾つかある人だかりの中心には必ず女性型のアバがいた。
 その中心にいるアバたちはみな一様に綺麗な衣装を身に着けており、しかも素人目に見ても可愛いと言えるアバばかりだった。彼女たちは踊ったり、歌を披露したりと様々なことを行っている。
「これは一体……?」
「あっ! ここにもいるじゃ~ん! すみませーん!」
 声を掛けられ振り向くと二人組のアバがいた。一人はウサギの獣人が着物を羽織っているような姿でもう一人は目元の隠れた修道女のような姿をしている。
「え……私ですか?」
「そうだよ、キミキミぃ~! わっ! しかもバトルアバじゃん! リリー! レアだよ! レア!」
 ウサギ獣人アバが隣にいる修道女のアバへ嬉し気に話し掛ける。修道女のアバは驚いたような表情をしていた。
「え……珍しいね。アイドルアバはバトル普通はやらないのに……」
 如何にもテンション高めな喋り方のウサギ獣人アバと違って少々くぐもった喋り方をしている。修道女のアバはミカの方へ近付いてくると話し掛けてきた。
「……すみません。チェキ一枚……貰えませんか?」
「チェキ?」
「写真撮らせろって事だ、ミカ」
 いつの間にかブルーが直ぐ傍に来ていた。
「しゃ、写真?」
「そこの二人! どんなポーズが良い?」
 ブルーがそう問いかけると二人は顔を寄せ合って何やら相談を始める。
「――サービス良いじゃん、このアイドルアバ。ポーズ選ばせてくれるなんて――」
「――……軍人モチーフっぽいし……敬礼してもらお、樫《かし》ちゃん……――」
 やがて意見が纏まったのかウサギ獣人のアバが威勢よく言った。
「それじゃ、右手を上げて敬礼を――」
「ダメ。それやるとこいつが大炎上しちゃうから」
 ブルーが両手をクロスさせて、速攻ダメ出しを行う。
「えー。じゃあ普通に敬礼で良いですーそれっぽい服装なのにケチめ」
 彼女は不満げな表情を浮かべていた。一体どんなポーズをさせるつもりだったのか……。ブルーがミカへと向き直り、指示をしてきた。
「ミカ。敬礼ポーズ取ってやれ。右手を頭にこう、だ」
 そう言ってブルーは右手を開いて、自分の頭に置いた。状況が良くわからなかったが一応それに従い、昔映画で見た敬礼ポーズを思い出しながらそれっぽい姿勢を取った。足をぴったりとくっつけ、背筋をピンと伸ばす。
「こ、こうですか?」
「おー! 良いじゃん! 良いじゃん!」
「……うん。ちょっとぎこちないのがまた良い……」
 その姿勢を見ていた二人のアバは嬉しそうにはしゃぐ。そのまま直立不動のミカの横に立つと同じように敬礼を行った。三人が並ぶのと同時に見覚えのある小さいウィンドウが前に出現した。そしてそのウィンドウが軽く発光した……――。



「つまり、私たちは偶然にもアイドルアバたちのイベントに紛れ込んでしまった、ということですか……?」
 ブルーとミカの二人は未だに大騒ぎの終わらないアイドルアバとそのファンたちから離れ、端っこのベンチに座り込んで肩身の狭い思いをしていた。
「そゆこと。いやーオレもまさかこんなイベやってるとは知らなんだ」
 ブルーは目の前のウィンドウに指を走らせながらそう答える。そこには【アバアイドル大集合! ファン歓喜の大交流祭!】とオレンジ色の文字で題された広告が載っていた。
「アバにもアイドルをやってる人たちがいたんですね」
「まぁちょっと可愛いデザインなだけで普通のアバと変わんねえ奴らだけどな。あぁ、あと歌とかも上手いのか?」
 妙にどうでも良さそうな感じでブルーが答える。色々とABAWORLDについて詳しい彼にしては妙に塩対応だった。
「……色々名前あるけどさっぱりわかんねえや」
 ブルーが興味無さげに広告から目を離し、ウィンドウを閉じる。その視線を広場へ向け、そこで未だに騒いでるアバたちへ向けた。
「自分で可愛いアバ使うならまだしも、それ見てるだけってのはオレには何が楽しいかわからん」
「ブルーさんはあまりアイドルとかは興味が無いんですか……?」
「無い」
「うっ……断言するんですね……」
 あまりにもストレートな否定に思わず狼狽えた。
「あの可愛いデザインでアババトル戦ったりするならオレも興味あるけどさ。普通アイドルアバはやらねえしな。デザイン凝ってるのに勿体ねえ」
「そう言えばさっきの私をアイドルアバと勘違いした二人も、バトルアバのアイドルは珍しいって言ってましたね。どうしてなんですか?」
「そりゃバトルアバは面倒だからな。スポンサーも必要だし、それにバトルアバの規約でバトル申請されたら絶対戦わなきゃいけないからアイドル活動と両立なんてやってらんねーよ」
「なるほど……アイドルって大変そうですもんね。ダンス練習したり歌の練習もありますし……」
「あと後輩虐めたり、ライバルのライブ邪魔したりな」
「…………なんかブルーさんってアイドルに対してすっごい偏向した印象持ってませんか?」
「そうか? 気のせいだと思うぜ?」
 そう答えたブルーの表情は何故かとても良い笑顔だった。その笑顔に気圧されたミカは少し引きつつ、この話を続けるのは危険と判断し、話を変えようとここへ来た本来の目的の話題を出した。
「そ、そう言えば姉さんの事を知っている人ってこのメトロポリスにいるんですよね? どうやって会うんでしょうか?」
「――あっ。そうだったな。忘れてたわ」
 ブルーが思い出したように手を叩き、直ぐにウィンドウを出すと操作し始めた。
「フレじゃねえから直接検索してメール送ろうと思ったけど……流石にこうアバの人数多いと検索も時間掛かるな」
「あっ。私にも検索方法教えてもらえますか? 同時にやった方が見つかるの早いでしょうし」
「それもそうだな」
 ブルーはミカへウィンドウを寄せ画面を見せてきた。ミカもそれに習い、ウィンドウを出して操作し始めた。
「検索ウィンドウ出したらそこに調べたいヤツの名前を入力するんだ。そうすりゃ自動的に周囲のアバ検索してくれるから」
 ブルーが横からウィンドウに指を差して教えてくれる。ミカは自分のウィンドウとブルーのウィンドウを見比べていた。
(あれ……こっちのウィンドウのにはブルーさんのウィンドウとは違う色の検索ボタンがある……)
 ブルーのウィンドウと違いこちらのウィンドウには赤色の検索ボタンがあった。気になりブルーへ尋ねる。
「ブルーさん。この赤いボタ――あっ」
 うっかり指がそのボタンに触れてしまった。ウィンドウに検索中の文字が表示される。ミカの声に自分のウィンドウへ視線を戻していたブルーが気が付く。ウィンドウに表示されている文字を見て慌てたように声を上げた。
「あっ! おバカ! そのボタンは周囲のバトルアバ探すヤツだぞ! 早くもう一回押してキャンセルしろ! 自動でバトル申請されちまう!」
「え!? そ、そんな機能が!?」
 ミカは急いでもう一度ボタンを押した。検索中の表示が消える。二人は周囲の様子を暫く伺ってから、顔を見合わせた。
「だ、大丈夫そうですね……」
「ふー……取り合えず近場にバトルアバはいなかったみたいだな。まぁ今日はアイドルアバのイベだしな。早々いねえ――」
 突如二人の周囲が明るく照らされる。スポットライトの光のような物が頭上から降り注いだ。
「え!? な、何!? なんですかこれ!?」
「この演出は……あぁ……そういや例外中の例外がいたな……アイドルアバにも」
 困惑するミカを余所にブルーが額に手を当てて困ったような表情をしている。この状態に心当たりがあるようだ。いつの間にか周囲のアバたちの視線もこちらへ移ってきている。スポットライトの下にいるミカたちに気が付いたようだ。
『モフモフ~!』
 広場全体に聞こえるような大きさで声が響く。元気な子供の掛け声のような明るさのある少女の声。周囲のアバやアイドルアバたちがその声のする方向へ振り向いていく。ミカとブルーも群衆たちが見つめる方向を見た。
『モフフ~! こんな大観衆の中で! 不遜にも! バトルを申し込んでくるその心意気! 嫌いじゃないしむしろ大好きモフ!』
 その声に反応して群衆が左右に割れていき、まるでモーゼの十戒のように道を開けていく。開いた道のその先にミカとブルーと同じようにスポットライトで照らされた一人のアバがいた。
 柔らかそうな金色のウェーブヘアー。頭にちょこんと乗せているピンクの帽子。側頭部から生える羊のように屈曲した白色の二本の角。ぱっちり開いた翠色の瞳に長いまつげ。薄いリップの乗った唇。童顔と言っても良い幼さの残る顔。着ている服は淡い桃色の柔らかい生地のコートでところどころに羊毛のようなファーが付いていた。まさに《《モフモフ》》と言った印象の容姿だった。
 そのアバは歩く度にモフッという効果音が鳴り、何とも言えない足音を立てている。彼女が左右に分かれたアバたちの傍を通ると一斉に歓声が上がり、声を掛けられていた。
「うぉー! ゆーり~!!」「モフってくれ! モフってくれ!」「ラブラブ~!」
 彼女は掛けられる声へ律儀に応じ、ウィンクを返したり、可愛いポーズを取っていた。そうしながらもゆっくりとミカの前へと辿り着く。彼女は挙手でもするかのように右手を上げた。
 ポンッ。
 軽い音と共に彼女の右手にカラフルな模様のマイクが出現した。そしてマイクを自らの口元へ向ける。そしてたっぷりと溜めを入れながら彼女は自己紹介を始めた。
「――ゆーり~♥♥(ラブラブ)」
 彼女が自らの言葉に合わせて指でハートマークを作る。更に全身を見せつけるようにゆっくりとターンし始めた。柔らかい生地の服と各部に付いているファーが動きに合わせて揺れ、更に観衆から合いの手が一斉に入る。
『ラブラブー!』
「もふキュート♥(ハート)! モフモフ~!」
『モフモフー!』
 彼女の声と観衆の声に合わせてハート型の文字が周囲へ大量に出現し、風船のように空へ上がっていった。
「えっと……」
 呆気に取られて完全に固まるミカ。助けを求めるようにブルーの方へ視線を向けるといつの間にかログアウト用のウィンドウを自分だけ出現させ逃げようとしていた。慌ててその腕に縋りつきログアウトを止める。
「なに一人だけ逃げようとしてるんですか!! 見捨てないで下さいよ!」
「離せ、ミカ! オレはこういうのマジで無理なんだよ! 無理ぃ~! サブイボ立つわ!」
 言い争う二人を余所にゆーり~と名乗ったアバはミカへマイクを向けながら話しかけてきた。
「モフフ~! ゆーり~は【ゆーり~♥♥もふキュート♥】モフ! 今をときめくバトルアバアイドル! モフ! あなたのお名前を教えるモフ~?」
「あっ……私はミカです……しがないバトルアバです……」
 その独特な語尾に圧倒され、妙に卑屈な自己紹介を返すミカ。ブルーはその名前を聞いていた周囲のアバの何人かが「最近よくバトルやってるアバじゃん」「あぁ、あの派手派手バトルアバか……」と反応している。一方ゆーり~の方はミカの名前を聞いて嬉し気に続けた。
「こうして羊飼いのみんなが沢山集まってくれたお祭りで、とっても良い余興が出来そうで嬉しいモフ! みんなにバトルを見せられるのは嬉しい! モフ~!」
「それは……どうも……」
(これはうっかりミスでバトル申し込んだとは言えない空気だ……)
 これから始まるバトルを期待して段々と周囲のテンションが上がってくるのが分かる。今更間違いでしたとは絶対に言い出せない状態だった。しかしミカの心中に気が付かず、ゆーり~は妙に不敵な笑みを浮かべた。
「――但し!」
「え?」
 ゆーり~は勢いよくマイクをビシッとミカへ向けると宣言した。
「ゆーり~にバトルを挑んできた以上! あなたには負けた時には罰を受けてもらうモフ!」
「罰!? 何故!?」
「その方が盛り上がるから! モフ!」
「えぇ……」
 実際、周囲は明らかにさっきより盛り上がり始めている。アバたちからの歓声を受け止めながらゆーり~は罰を発表し始めた。
「このバトルに負けた場合! あなたにはアイドルデビューして貰います! モフモフ!」
「ア、アイドルデビュー!?」
 予想外過ぎる罰にミカは思わず声を上げてしまう。周囲のアバたちからも驚きの声が上がっていた。
「……おいおい。こりゃ負けられねえぞ、ミカ。大変だー」
 隣にいたブルーも半ば呆れつつそう言ってくる。完全に他人事と言った様子だった。
 一方、他人事ではいられないミカは言い渡された罰に戦々恐々としていた。アイドルデビューという意味不明な罰。
 自分が踊ったり、歌ったりする姿を想像してしまい、戦慄した。慌ててその罰を考え直させるためにゆーり~へ向けて自分の性別を伝えた。
「ま、待ってください! 私中身は男なんですよ! だからアイドルなんて出来ませんよ!?」
 状況的にかなりの爆弾発言の筈。それでも覚悟の上で伝えた。しかし周囲から予想したよりどよめきは起きなかった。ミカの言葉を聞いてゆーり~は不思議そうに首を傾げる。
「今の時代、中の人の性別なんてだーれも気にしないモフよ? この広場のアイドルアバちゃんたちにも何人かいるモフ~男の子。ね~?」
 ゆーり~の呼び掛けに反応して周囲のアイドルアバたちの何人かがポーズを決めている。見た目はどうみても女の子にしか見えないがまさかアレ全員男なのか……。決死の告白も通用せず絶望しているミカの肩に手が乗せられた。振り返るとブルーが諦めろと言わんばかりに首を振っている。
「頑張れよ。まぁお前がアイドルになっても応援はしてやるからさ。特別に」
「どうして負けること前提なんですか!! あっ――」
 無情にもミカの身体が光に包まれ始める。転送が始まったようだ。目の前のゆーり~も光に包まれ始めている。彼女は観衆へ向き直り一段と芝居がかった口調で言った。
「新時代のアイドルは歌って踊れて戦える! モフ!」
 周囲から一際大きく歓声が上がる。その歓声に包まれながら二人は戦いのライブステージへと移動していった。



【ABABATTLE スタンバイルーム】

 ≪あの羊野郎のスポンサーは【EiAi(エイアイ)プロダクション】。芸能事務所らしいな≫
 ブルーの言葉に合わせてミカの前に情報が次々に表示されていく。既に三度目となるスタンバイルーム。流石のミカも慣れており、その緑色に包まれた異空間でも特に動じなくなっていた。ミカは表示された情報に目を滑らせ、読んでいく。
「【ゆーり~♥♥もふキュート♥】……これがフルネームなんですね……」
 ≪こいつ……お前と同じ召喚タイプだな。ちと面倒だぞこりゃ。今回はお前がバトル申請したから戦うフィールドも選べねえしなぁ≫
「召喚って事は……私と同じように何かを呼び出してくるんですね」
 ≪こいつの情報、興味無かったからあんまり覚えてねえや……何呼び出すんだったか……≫
 そんなことを言っている間にスタンバイルーム内へアナウンスが流れ始めた。
『相手のバトル・アバがバトルフィールドを選択しました。フィールドは【虹彩のライブステージ☆】です』
「ライ?――うわっ!?」
 突如足元が揺れ、それと同時にミカの居た場所がゆっくりと上へとせり上がって行く。いつもと違う出撃方法に戸惑う暇もなく凄まじい明るさがミカの身体を包んだ。
 そこは今まで戦ってきたフィールドとは明らかに様相が異なっていた。綺麗に整えられた光り輝く床。かなり高い天井。そこへ大量に設置されたスポットライトから色んな種類の光が降り注いでいる。これはバトルフィールドというより……。
「ここは……ステージ……?」
 ミカの居る場所はステージの上だった。周囲からは自分を照らすように照明が設置されており、かなり眩しい。
 かなり異様なバトルフィールドだが、それ以上に今までと明らかに違っている要素があった。
「うわっ! ア、アバが一杯!!」
 ステージを囲むように観客席があり、そこに大勢のアバがいた。先程の広場にいたアイドルアバたちのファンたちがそっくりそのまま移動してきたのか百……いや千を超えるアバたちがいる。そのざわめきというか観客たちの声の圧力は凄まじくステージ上のミカの身体を震えさせた。
 ≪どうやらこのフィールドは観客映るタイプみたいだな。オレも初めてだわこんなに沢山アバに囲まれるの。大会とかは基本的に見えてるけど≫
 ブルーからの通信が来た。しかし大観衆からの圧力に圧倒されているミカは最早それどころではなかった。
「こ、こんなに沢山の人たちに見られながら戦うなんて! し、視線が! 声が!?」
 ≪落ち着け。八時の方向を見ろ≫
「は、八? あっ!」
 その方向へ目を向けると観客席の下に小さなボックス席があった。そこにブルーの姿があり、こちらへ向かって手を振っている。
 ≪見えるか? こっから見てるから安心しろ≫
「は、はい!」
 見慣れたその姿に少し安心し、落ち着きを取り戻すとミカは改めてフィールド全体を見回した。観客席ではアバたちが歓声を上げたり何かダンスのような物を集団で踊ったりとお祭り騒ぎとしか言い様の無い状態だった。そして彼らは皆一様に階下のステージへ向かってあの名前を呼び掛けていた。
『ゆーり~! ゆーり~! ゆーりぃ~!』
 彼らが呼び掛ける方向を見るとミカの真正面に同じようなステージが設置されている事に気が付いた。こちらと同じように大量の照明がステージ上へ降り注ぎ、その中心にバトルアバでアイドル……ゆーり~がいた。
 彼女は目を瞑り、マイクを胸の前で持ち、静かに何かを待っている。先程までの明るいテンションが嘘のように静かだった。周囲からの熱気さえ感じるような圧力なのに一切動じていない。明らかに場慣れしているその様子にミカは思わず息を呑んだ。
【EXTEND READY?】
 何時ものウィンドウがミカの前に表示された。それと同時に正面のステージ上のゆーり~が静かに目を開ける。そしてミカをその大きな瞳で見据えるとこちらへ向かってマイクを使い呼び掛けてきた。
「さぁ! 始めるモフよ! ゆーり~と! あなたのツインラァァイブ!! モフ!!」
『ウォォォォォォォ!!』
 ゆーり~の声に合わせて観客席から一斉に大歓声が起こる。フィールドが壊れんばかりの大歓声に思わずミカはたじろいだ。
 ≪やべぇなこりゃ。観客席は殆どあの羊毛女のファンか。超アウェイって感じだな≫
「……確かに……こ、これは今までに無くヤバイですね……」
 ≪……こういう状況って燃えるわ。俄然やる気出てきた。あのアイドルアバ、ファン共の目の前で焼き討ちしてジンギスカンにしてやろうぜ≫
 通信で聞こえるブルーの声がダルそうな声から一気にやる気全開の声に変わった。
(ホント……この人は……屈折してるというか何というか……でも――)
 ミカは内心呆れつつ、やる気を出してくれたことを素直に喜ぶ事にした。何せ今回は負けたら罰が待っている。勝たなければ事だ。流石にアイドルデビューだけはご遠慮したい。そんなこちらの心境を知らずにゆーり~はマイクパフォーマンスを続けていた。
「羊飼いのみんなー! 応援よろモフモフ~!!」
『ウォォォォォ!! 頑張れ―!!』『モフモフ~! ラブラブ~!』
 観客席から次々に応援の声がゆーり~へと掛けられていく。彼女はそれに手を振ったりして答えている。やがて一通り返礼を返すと再びミカへ向き直った。不適な笑みを浮かべながら問いかけてくる。
「モフフ~? 負けたらアイドルデビュー忘れてないモフよねぇ~?」
「うっ……拒否権は無いんですか……?」
「無いモフ!」
 断言するゆーり~。狼狽えるミカを余所に更に続けた。
「バトルアバのあなたがアイドルデビューしたらゆーり~の初後輩モフ! たぁぁっぷり! アイドル業界の恐ろしさを味合わせてあげる! モフ! 沢山可愛がってあげるから覚悟するモフ! 初ライブ邪魔したり! コンビニにパン買いに行かせたりしてやるモフ!」
「なんて事を……! ア、アイドルがそんな発言して良いんですか!」
 あまりにもアイドルらしくない発言に思わずミカが抗議する。しかし観客席のアバたちはその発言を別に気にしていないのか「またゆーり~の黒いとこが出たぞー」「あいつ時々黒いよな」と口々に漏らしていた。ゆーり~はミカからの抗議を不敵な笑みで受け止めるも無視し、黄色い声を張り上げた。
「会場のみんなのボルテージもマックスモフ! いっくモフよぉ~!!」
「くっ……! もうやるしかないですね……!」
 ミカも最早逃げ場は無い事を悟り、覚悟を決める。ステージ上で二人の声が同時に鳴り響いた。
「……エクステンド!」
「エクステンド~! モフモフ!」
 二人のエクステンドと同時に大歓声が轟音のようにフィールド全体を揺らした……――。

フォロワー以上限定無料

無料のプランです。 GMA民話財団の基本的なコンテンツにすべてアクセス出来ます。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

GMA民話財団 2021/06/22 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?『第七話』

『どうしてあたしの黒檜が……』


【某国 某所】
 
 薄暗い部屋の中で一人の人物が机に座ってPCを眺めていた。
 PC画面には英語の配信サイトが映っており、そこに動画が流れている。
 動画名は【ABABATTLE EPIC MOMENT】。
 そこには軍服を着た少女がこれまた巨大な物に乗りながら、敵へ向かって砲撃を行っている姿が場面ごとに編集されて流れている。
 所謂名場面総集編のような物であり、配信サイトの投稿動画では良くあるスタイルだった。
 しかしそれを見ていた《《女性》》は信じられないと言った様子で口元を押さえながら呟いた。
 「どうしてあたしの黒檜が……」


【ABAWORLD MINICITY HANKAGAIエリア  スナック『みっちゃん』店内】

 薄暗い店内。少し古い歌謡曲が流れるそこでミカとブルー、そしてドスコイ武蔵丸の三人はカウンターへ一緒に座っていた。
「つまり、試斬りならぬ試し斬られを頼まれたって事ですか?」
 ミカはドリンクを飲む仕草をしながら、武蔵丸に尋ねた。
「そうっス。その時は何時ものやられ役の仕事と思ったでゴワす……」
 スナック『みっちゃん』の椅子の上で狭そうに座る武蔵丸はその時の事を思い出すように語り始めた。
「そのバトルアバは恐ろしく強かったっス。そして……容赦が無かったっス。何度負けても許してくれなかったでゴワす……」
「あれ? 同じバトルアバとは一日一回までしか戦えないんじゃ……」
「多分、練習モードでやったんじゃねえか。あれなら一日に何度も出来る筈」
 『みっちゃん』の床に行儀悪く寝そべりながらブルーがスルメを齧りつつ口を出す。武蔵丸はそれに黙って頷いた。
「押忍……練習モードっス」
「結局何回くらい戦ったんですか?」
 武蔵丸は大きなその手で指を三本出す。ブルーがそれを見て呆れたように言った。
「三回くらいなら良いじゃん。獅子王のスパーとか二桁やるらしいし」
「違うでゴワす……三百回っス」
「さ、三百~!?」
 ミカとブルーの驚きの声が重なる。
「途中で止めようとしてもそのバトルアバは『契約したんだからちゃんと最後までやれ、戦士だろう』って言って許してくれなかったっス」
「そ、それで最終的にどうなったんですか……?」
「最後はこっちが気が付いたら気絶してたっス。現実の事務所のSVR用の椅子で眠り込んでて同僚に起こされたでゴワす……」
「それは……大変でしたね」
(姉さん……何やってんだ……)
「うぅ……! それから暫くはあのバトルアバの顔が夢に出てずっとうなされてたでゴワす……! その時のトラウマを払拭するためにも何時か……何時かリベンジしようと……うぅ……」
 嗚咽を漏らし始める武蔵丸。ブルーは寝そべっていた体勢から身を起こした。
「一応聞きたいんだけどさ。その時バトったアバとここにいるバトルアバと同じヤツ?」
 ブルーがミカを指差す。武蔵丸はミカをそのマスクから見える目でジッと見詰めた。
「……よく見たら違ったでゴワす。服装は似てるっス。でも、もっとこう……身体は豊かだったでゴワす。豊かで豊満で……バトルアバだけどグッと来る感じがしたっスね」
 武蔵丸は手で胸を抱えるように表現する。それを見て呆れながらもブルーが続けた。
「じゃあなんで間違えたんだよ」
「同じアカウントからのメールだったんでうっかり……早とちりだったみたいゴワす」
「こいつ事情あってあんたが戦ったっていうバトルアバの引き継いでてさ。ついでに前の中の人探してんの。前、戦った時のバトルアバの名前とか覚えてねえか?」
「名前でゴワすか……確か……」
 武蔵丸が記憶を辿り始める。
「あぁ! 思い出したでゴワす! ネネカという名前だったっス!」
「ぶふぉ!?」
 ミカが思わずドリンクを噴き出す。ブルーと武蔵丸はいきなり噴き出したミカに驚き軽く身を引いた。
「ど、どうしたんだよ急に。何か覚えのある名前だったのか?」 
 ブルーが心配したように声を掛けてくる。覚えがあるどころではない。どう考えても自分の姉、板寺寧々香《いたでらねねか》、その名前そのまんまだった。
「い、いえ大丈夫ですから!」
(姉さん、実名使ってんのかよ! 俺でさえ本名使わないようにしたのに!)
「大丈夫なら良いけどよ……けどこれで一歩前進だな。名前が分かればかなり調べやすくなる」
 ブルーは食べ掛けのスルメを放り投げて立ち上がった。放り投げられたスルメが床に落ちると光の粒子になって消えていく。
「武蔵丸さん。その……あー……誤解はあったみたいですけど……色々と情報ありがとうございます」
「押忍! こっちも間違えて悪かったでゴワす! 謝罪と言っては何でゴワすが、何時でも困った事あったらこれに連絡して欲しいっス」
 武蔵丸がウィンドウを出し操作する。ミカの方にフレンド登録のウィンドウが出現した。
「……はい! よろしくお願いしますね!」
 ミカは二つ返事でそのフレンド登録を承認する。図らずも激闘を繰り広げてしまった二人だったがそれが良かったのか、どこか通じ合うモノがあった。
 正面からぶつかり合った当人たちはここに友情(?)のようなモノが生まれていた。経緯はともかくとして。

「それでは達者で~っス~……――」
 ドスコイ武蔵丸はドスドスという足音を立てながら往来の向こうへと走り去って行った。
 ブルーとミカはそれを手を振って見送る。改めて二人は話始めた。
「凄い……まともな人でしたね。ちょっと早とちりなだけで」
「ま、バトルアバってスポンサーの看板背負ってるからな。早々ラフな奴はいねえよ――で、これからどうする?」
 ブルーに尋ねられてミカは少し逡巡する。武蔵丸のお陰で姉さんの使っていたアバの名前が分かった。でもそれ以上に姉さんがこの世界……ABAWORLDで生活していた足跡が残されていたのが嬉しい。今まで不透明だった姉さんの姿が少しだけ明らかになったような気がした。
「――……まだまだ姉さん探しをしますよ! 手掛かりをやっと手に入れましたからね!」
 元気よくそう意気込むミカを見てブルーは笑顔を笑みを漏らす。
「フッ……ま、オレとしてはお前の姉ちゃんが本当に実在したって事に割とビックリしたがな」
「……まだ信じていなかったんですね」
「信じる方がおかしいだろ。ネットでのお話は話半分に聞いとくのが常識だし。お前もオレの話を信じすぎんなよ~?」
「でも……――あれ?」
 その時、HANKAGAIの往来の向こうに特徴的な星型が見えた。あの姿は……。
「ブルーさんあそこにラッキー★ボーイさんがいますよ」
「あぁ? ホントだ。おーい爺さんー!」
 ブルーの呼び掛ける声にラッキー★ボーイが気が付いて振り向く。
「おぉ! ミ――」
「このぉぉぉぉぉ!!! (ピー)爺ぃぃぃぃー!」
「おぶぇぇ!?」
 突然、叫び声と共に何者かがラッキー★ボーイの横っ腹へ跳び蹴りを喰らわせた。
 ラッキー★ボーイはその蹴られた勢いでそのまま横っ跳びに吹っ飛んでいき、ミカとブルーの視界から瞬時に消滅する。何が起きたのかも分からず二人は呆然とそれを眺めていた。
「……え?」
「……爺さんが消えたぞ」
 未だに状況の理解出来ない二人を余所に何者かがこちらへ向かって来ていた。その手にラッキー★ボーイの星の先端部を掴んでズルズル引き摺りながら……。
 ミカとブルーの前まで歩み寄ると軽い感じで挨拶をしてきた。
「ハロー~」
 そのアバは一見すると少女のように見えた。しかし肌が灰色の金属質で構成されており、だが艶消しが施されているせいか金属特有の光沢は無い。
 口の無い顔に備え付けられた機械仕掛けの二つの目からは青い光が常に漏れ出しており、その人工的な色は工業品を連想させた。
 その機械の少女がミカへとその青い視線を向け、話し掛けてくる。
「キミがミカってバトルアバだよね?」
 女性の声だった。
「あの……そのラッキー★ボーイさんが、その……死に体ですけど……」
 既にラッキー★ボーイのアバは抵抗もせずなすがままにされていた。目に光も無い。機械の少女はそのモノ言わぬ身体には一瞥もくれず続けた。
「それは気にしないで。良いから答えて」
「うっ……そ、その私がミカですけど……」
 威圧感さえある少女の問答にミカは狼狽えながらも答えた。
「そう……」
 少女は引き摺っていたラッキー★ボーイをごみのように放り捨てるとミカへゆっくり近付き、そしてその身体に両腕を回してひしと抱きしめた。
「わっ!? え!? な、何!? なんだぁ!?」
「ありがとう……」
 予想外過ぎる行動に驚愕し戸惑うミカ。慌てて振り払おうとするも思ったより抱きしめる力が強くてその抱擁から逃れることが出来なかった。
「あー……何やってんだお前ら?」
「た、助けてぇ!」
 ブルーの呆れている声とミカの助けを求める声が重なった……。


【ABAWORLD MINICITY HANKAGAIエリア 『湯豆腐遊戯屋・AOBA』】

 
「デザイナー!?」
 ブルーとミカの驚愕する声が重なった。
「そ。あたしはバトルアバの諸々デザインやってるアバデザイナーの【M.moon(ム・ムーン)】。ムーンで良いわ。まぁデザイナーって言ってもまだエッグなんだけど……そこ。もう茹ってるわよ」
「あっ! は、はい!」
 【M.moon】と名乗った機械少女に指で指図されミカが慌てて鍋の中で揺れ動く豆腐へとうふすくいを差し込む。しかし焦ってしまったのか豆腐が崩れてしまった。崩れた豆腐から『MISS』の文字が表示される。悲し気に崩れた豆腐を自分の器に取るミカを見てブルーが呆れたように言った。
「お前は焦りすぎ。オレのように優雅なとうふすくいをしろ」
 そう言って見せたすくいには全く崩れず『PERFECT』の文字が表示されている豆腐がある。完璧な湯豆腐だった。その完璧な豆腐を青い瞳でどうでも良さそうに見つめながらムーンが声を出す。
「大体なんで鍋囲みながら話さなきゃいけないのよ」
「あのまま往来で抱き合ってたら目立ってしょうがねーだろ。ただでさえミカはバトルアバだから目立つってのに。何かのイベと勘違いされてみんなハグ求めてきてすげー面倒くせえ事になりかけてたぞ」
「別に良いじゃない。あんなの挨拶みたいなモノなんだし」
「……外国被れめ。しかしあんたが――」
 ブルーは完璧な出来の豆腐を自らの器に取りながら続ける。
「――アバデザイナーとはおったまげたね。あぁ……ミカはデザイナーの事知らんか」
「名前的に……アバのデザインをしている人ってのは想像付きますけど……」
 首を傾げているミカにムーンが鍋に豆腐を追加投入しながらブルーの代わりに答えた。
「アバデザイナーはね。依頼を受けてアバの3Dモデリングとかを作成する人たちの事。バトルアバの場合は武器とかのデザインも担当するのよ?」
「なるほど……」
「ムーンだっけ? あんた元々爺さんのPCショップで働いてたのか?」
「そう……店長――この星野郎のとこでね。ねー? 店長?」
 テーブルの端で存在を出来る限り消していたラッキー★ボーイが話を振られ、ビクッと身体を震わせる。左右に目を泳がせ明らかに動揺していた。ムーンからの咎めるような視線に気圧されるように話始めた。
「み――ムーンちゃんはワシの店で去年くらいまで働いてたんじゃ。い、良い店員じゃったで? 真面目やし、お客さんにも親切やったし……」
 そう褒めるラッキー★ボーイをムーンはその青い瞳で見据えている。表情が無い筈のアバだったが何故か目が笑ってないように見えるのが不思議だ。
「あら。褒めてくれてありがとう、店長。ま、渡米のための資金貯めるために働いてたけど、色々融通して貰ったりで実際感謝は……しているわね。で、お店で働きながらデビューした時用の売り込み作品の試作品作ってデルフォに登録したりしてたの。で! も! ね!」
「ひゃい!?」
 ズイッとミカの方へムーンが寄ってくる。青い瞳が赤色に変わり発光した。
「こいつあたしが資金貯めてやっと渡米する時なんて言ったと思う!? 『ミズキちゃんがデザイナーとして有名になったら残していったパワー・ノードを店頭に非売品として飾るんじゃ! ウチの店に天才デザイナーがいたんだぞって自慢出来るからな! だから安心して置いていってええぞ。しっかり保存しておくから』って! ええ! あたしは感動したわよ! その時はね!」
 激昂するムーンを余所にブルーが合点が行ったように頷く。
「ハハァ……そして預けていった大事な大事なパワー・ノードを勝手に爺さんがミカにインスコしちまった……と」
 ムーンが乗り上げた身体を戻し、目も青色に戻る。そして呆れ気味に両手を上げた。
「そ。しかも草野球で勝つためになんてふざけた理由で、ね……」
「うっ……何かその……すみませんでした……」
 自分にも一因があると判断したミカはムーンへ謝罪を行う。
「別にあなたは良いわ。知らなかったことだろうしね。それに――」
 ムーンが自分の腕に指を這わせ、操作を行った。テーブルの上にウィンドウが出現し、何か動画が流れ始める。
「あっ……これもしかして私ですか!?」
 その動画にはミカの姿が映っていた。黒檜の上で指揮を行っている姿が様々な角度から流れている。ブルーとラッキー★ボーイも同じように動画を覗き込んだ。
「おーもうミカのバトル、動画サイトで上げられてるんだな。お前のバトルは無駄に派手だから目立つなーやっぱり」
「おぉ! ミカちゃんの大暴れじゃな!」
 ムーンは動画内で暴れているミカの姿に指を這わせていく。段々と指を下方向へなぞっていきそこにいる黒檜を指で突いた。
「あたしの【黒檜《くろべ》】が、あたしの与り知らぬ所で、アババトルに参加しているのだもの。そりゃあ驚いたわ。というか頭抱えたわね。あたしこれでもバトルアバデザイナーに憧れて? 態々アメリカまで行ってモデルデザインの勉強してたのよ?
これから企業に売り出しして、さぁデビューだ! と意気込んでたのに……」
 ムーンが項垂れて自嘲気味に漏らす。
「ふふっ……夢叶っちゃったぁ……あはは……あたしの作った黒檜があんなに生き生きと敵へ砲弾ぶち込んで……夢みたい……」
 鍋を囲んだ四人の間に何とも言えない空気が流れていく。ブルーとミカも顔を見合わせ、反応に困っていた。鍋で煮込まれ過ぎた豆腐から次々に『MISS』の文字の表示される。
「ワ、ワシはそろそろ老人会出んとあかんから後はよろしく!」
 場の空気が湿り出したことを感じてラッキー★ボーイがその場からパッと消え去った。ログアウトして逃げたらしい。
「あっ! ラッキー★ボーイさん!?」
「放っておいて良いわよ。店長には後できっちり落とし前付けるから」
「お、落とし前……?」
「おいおい暴力は感心しねーぞ。東京湾にでも沈めるくらいにしとけよ」
 ブルーの過激な発言に青い瞳を点滅させてムーンが応じる。
「……流石にそこまでしないわよ。結構恐ろしい発想するわね、あんた……パワー・ノード代請求しておくだけよ。さて――」
 ムーンは改めてミカの方へ向き直ると再びその瞳で真っすぐ見据えてくる。大きな機械仕掛けの青い瞳はミカの上から下まできっちり全てを見透かしてくるようだった。
「動画で見たときも思ったけどモデリングがやっぱり良いわね……」
「ぐぇっ!?」


 ムーンの金属質な手がミカの頬を掴む。伸ばし、引っ張り、撫でる。遠慮も何も無い容赦ない触り方だった。
「肌がきめ細かいし、色もよろしい。触感の設定パラもグッド。服飾も良いデータ使ってるわ。これデルフォのアセット一覧に生地データあったかしら……?」
「ふぇえふえ~」
 容赦の無いチェックに晒され、頬を引っ張られる。ミカは声にならない声でブルーへと助けを求める。しかし自分にはどうにもならないと言った様子で彼は崩れた湯豆腐を鍋から《《救う》》作業へと戻っていた。
「諦めろ、ミカ。デザイナーなんてみんなそんなもんだ。受け入れろ」
「あら? あたしとしてはあんたもチェックしておきたいけどね。自動人形《オートマータ》型アバは珍しいし」
「勘弁してくれ。オレは公式のアセット流用してるだけだ」
「ふふっ。ま、あんたは後回しってところね――ホント男性が使うには勿体ない出来の女型アバ……」
「ふぇ!?」
「へー分かんのか。そいつの中身男って」
 突然性別を看破され驚くミカ。その横でブルーが豆腐を次々に自分の器に移しながら意外と言った様子で目線をムーンへ向けた。
「流石に卵とは言えデザイナーだしモーション見てれば分かるわ。女型と男型じゃ骨格の設計からして違うから動きに影響かなり出るのよ。あんたみたいな中性型ならどっちかわかんないけど」
「わぷっ!? か、顔が伸びた……」
「伸びるわけないでしょ、3Dモデリングなんだから。取り合えず本体の方のチェックは終わったわ――本題に入りましょうか」
「本題?」
「《《黒檜》》の事よ。あの子は……未完成なの」
「そりゃそうだろうな。召喚モンス以外武装無しの召喚タイプ、パワー・ノードなんて聞いたことねえし」
 ブルーが鍋で揺れる豆腐をすくいで突きながら当然と言った様子で漏らす。その言葉にムーンは顔を俯かせながら頷いた。
「……まさか置いていったパワー・ノードが勝手に使われるなんて思ってなかったのよ。帰国したら仕上げようと考えてたし……」
 またムーンがダウナー気味に陥り始めたのを察し、ブルーが話を進める。
「ま、まぁ未完成はともかく制作者のあんたが態々ミカに会いに来たって事は何か目的があってのことなんだろ?」
「当然よ。あたしはね。例え素性の分からないバトルアバだろうと自分の作ったパワー・ノードが使って貰えるなら構わないわ。ラッキーは活かすべきって考えてるから。でも――」
 ムーンがビシッとミカへ向けて指を突き付ける。
「未完成品を使われるのは我慢ならないのよ! 生煮えの人参食わせる料理人がいないように、完成させるまではあたしも一枚、いや二枚は噛ませて貰うわ! ってことで――」
 ムーンが指をパチッと鳴らす。それと同時に三人がどこかへと転送された。

「――ぐげっ!」
 ビターンッ!
 ミカが空中から床へ叩き付けられ、全身を打ち付ける。それを尻目にブルーとムーンは静かに転送後の着地を終えていた。床で伸びるミカを見てムーンが青い瞳を点滅させる。
「……何やってんの?」
「気にすんな。いつものことだから」
「うっ……ここは……」
 ミカが顔を上げるとそこは見覚えのある薄緑色の部屋だった。でも前にブルーから案内された部屋と少し様相が異なっている。
 部屋内には沢山の箱や、人型のマネキン、大小様々な銃器、如何にも物騒な刀剣類。沢山の武器が並べられている。
「凄い……武器が一杯だ……」
「ここはバトルアバのアームズパワー・ノードを試すためのお・へ・や。あっ。並んでる武器はあたしが趣味と実益で置いてるだけだから気にしないでね」
「うひょー! こりゃテンション上がるわ! おりゃー! ――ぐはっー!」
 ブルーがいつの間にか一本の長く巨大な剣を握って振り回して遊んでいる。自分の身長より大きいそれに振り回され、床に転がって楽しそうにしていた。
(……めっちゃ楽しそうだな)
「混ざりたいなら混ざっても良いわよ?」
「い、いえ……結構です……」
「まぁミカくんにはあんなお飾りの玩具じゃなくてちゃんとした《《武器》》を用意してあげたわ。遊ぶならそっちでね。【カテゴリーバトルアバ。武器ラック表示】!」
 ムーンの言葉と同時にミカとムーンの周囲へ巨大な兵器の群れが展開されていく。巨大な飛行機のような物、重装甲の車両、ヒトが持つにはあまりに大きすぎる重火器たち……その威圧感に圧倒され言葉を失ってしまう。
「これがミカちゃんへインストールされたパワー・ノードが使用出来る武器――」
「こ、これを私が全部!?」
「――の予定」
「え?」
 周囲へ展開されていた兵器群が一斉に引っ込み一気に片付けられていく。あっという間に元の無味乾燥な部屋に戻っていた。いや一個だけ残っている物があった。簡素なラックが一つだけミカの前に置かれている。そこには一丁の……長い木製の銃が懸架されていた。
「実はね……ここら辺まだ作成途中な上、デルフォニウムからの使用許可が降りて無いのよ……今使えるのは、これ」
 ムーンがラックから銃を取り外し、ミカへ手渡してくる。それを受け取るとしげしげと眺めた。
 銃身全体が木製で構成されていてどことなく古めかしい。驚くべきはその銃身の長さだ。縦に構えるとミカの身長に迫る全長だった。
 その全長からそれなり以上に重さがあるが、不快な重さではない。高級な工芸品特有の頼りになる重さ……というべきか。
「何かすっごい……その……長い銃ですね」
「【三式六号歩兵銃《さんしきろくごうほへいじゅう》】……タイプ的には突撃銃に近い分類ね。今はこれだけ申請が終わってるの」
「何だよその……骨董品通り越して化石みてーな銃は……?」
 いつの間にかブルーが傍に来ており、ミカの持っている銃を訝し気に眺めている。
「ミカくん、それ構えてみて。この図を参考に」
 ムーンが両手をパンッと叩くと大き目のウィンドウが出現し、そこに絵で銃の構え方が表されていた。
「ええと……こう……ですかね」
 図を参考に銃を両手で構えるミカ。軍人を思わせる服装と相まってそれなりに様になっていた。
「よし。あれを撃ってみなさい。一度息吸って一呼吸入れると良いわよ。そうすると安定するわ」
 ムーンが右手を掲げると30メートルほど先に丸い的のような物が出現した。ミカは銃に備え付けられたアイアンサイト越しにその的を覗き込む。息を一度軽く吸い、引き金を引いた。
 軽い音と共に銃口から弾丸が放たれる。亜音速で放たれた弾丸は即座に的へ一つの穴を穿った。
「おぉ。ど真ん中じゃん。やるぅ」
「命中補正あるとは言え初射撃、しかもスタンディングで当てるとは結構やるわね……」
 ブルーが手を叩き賞賛した。ミカは次弾を放つためにもう一度引き金を引く。
 カチッ。
「あれ?」
 引き金を引いたのに弾が出ず、ミカは銃を改めた。困惑しているミカにムーンが指図する。
「ミカくん。ダメよ、ちゃんとボルト操作して、排莢しないと」
「は?」
 ムーンの言葉にブルーが信じられないような物を見るような目でミカの持っている銃を二度見する。
「……まさかと思うけどこれボルトアクション式なのか……?」
「そうよ? 因みに装弾数は五発。弾頭のダメージは狙撃銃並みに設定されてるわ。はい、ミカくん、次の図へ注目」
 悪びれもせずに答えながら次の図をウィンドウに出現させるムーンにブルーは絶句していた。その間にミカは図を見て操作を確認する。
「えっと……ボルトを引っ張って――」
 再び図を参考に銃の側面へ備え付けられたボルトレバーを掴んで引き下ろし排莢を行い、次弾を装填していく。かなり面倒な手順で手間取ってしまう。
 ミカが戸惑いながらも銃の操作と格闘しているとブルーがムーンへ喰ってかかっていく。
「おい! なんでこんな化石みてーな武器なんだよ! 今時、ボルトアクション方式って正気の沙汰じゃねーだろ! 200年近く前の装弾システムだぞ!?」
「あら? 未だに精密射撃には使われてるシステムよ。信頼性抜群だし」
「アババトル用の武器なんだからそんな無駄リアル性要らんだろ! 自動装填で良いじゃねえかよ!」
「甘いわね。リアルさは重要よ。特にショー的側面が強いアババトルではね。それにこの銃はオプションで拡張性あるから……古めかしいけどかなり使えるわよ?」
「だからって限度あるわ!」
「あっ……! 出来た! 出来ました! よっと……」
 言い争う二人を余所にミカは装填を終わらせ、嬉しそうに銃を再び構える。アイアンサイトを覗き込み的を視界に納め、引き金を引く。
 ルーム内へ乾いた発砲音が響いた……。





 

フォロワー以上限定無料

無料のプランです。 GMA民話財団の基本的なコンテンツにすべてアクセス出来ます。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

« 1 2 3

月別アーカイブ

記事を検索