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2021年 09月の記事 (10)

GMA民話財団 2021/09/21 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!? 『第25話』

第25話『俺がバトルアバ――『ミカ』です』

【群馬県 木の芽町】



「まだこういう町並みって現存してたんだな……」
 板寺三河(イタデラソウゴ)は並ぶ家々や商店を見てそう呟いた。
 時が止まってしまったような年代物の家屋。舗装されて数十年以上経っているのか、一部、土が露出している道路。その道路を今は電気自動車が主流になってしまって、殆ど使われていない筈のガソリン車が走っている。
 その風景を見ているとタイムスリップしてきたような錯覚に陥りそうになるが、商店に設置されているホログラム機器から流れるニュース映像や簡易式強化外骨格(エクソスケルトン・イージー)を着て仕事をしている人たちを見て、ここが現代なのだと思い出した。
 ソウゴは自分の電子結晶を取り出して、道に翳す。結晶から青い一筋の光が放たれる。登録されたマップ情報を元に、その青い光は地面を這って行き、目的地への道を指し示した。
 その道案内に導かれて、ソウゴは道を進んでいく。歩く度に右手へ提げた紙袋がガサガサと音を鳴らした。
 そこまで広くはない町だ。進めば進むほど住宅や商店の姿は消え、工場地帯特有のだだっ広い駐車場や大きな建物が見えてくる。
(おぉ……大型のエクソスケルトンだ……初めて生で見た)
 建設系の会社だろうか。高いコンクリートの塀の向こうに、身の丈三メートルを超える工業用強化外骨格(インダスエクソスケルトン)が全身のシリンダーを軋ませながら資材を運んでいるのが見えた。
 一歩、その鋼鉄の足を踏み出す度に、軽く地面が揺れ、近くを通っていたソウゴの足裏にも振動が伝わってくる。
「やっぱり普通のと比べると迫力が違うなー……カッコいい」
 普通の強化外骨格と違って工業用は整備性を高めるために外殻が取り付けられておらず、内部のシリンダーやパイプの機構が剥き出しになっていた。またそれが無骨さを醸し出していて、色々と目を惹かれる。唯一外殻に守られている操縦席には【藤平重機工業】と書かれた社章が刻まれていた。
(色々終わったら資格勉強してアレの免許取りたいなぁ……今はバイトで何とか生活費賄ってるけど、何れちゃんと就職しておかないと将来的に困るし……)
 そんなことを考えつつ、足を進めていく。やがて手に持っていた電子結晶から目的地への到着を知らせる振動が伝わってきた。
(……しょ、醤油の匂い……?)
 どことなく香ばしいというか、甘ったるいというか何とも言えない香りが鼻腔をくすぐった。不快……というほどの匂いでは無いが、経験の無い匂いなので少し戸惑う。
 手に持っていた結晶が導く青い光は小規模な工場の敷地内へと吸い込まれている。
 工場の入口へ設置された看板には丸っこい文字で【片岡ハム】と書かれ、更にその隣に見覚えのあるキャラクターが描かれていた。
 恰幅の良い黄色の虎獣人のキャラクター。満面の笑みでピースをしている。少々、雨などで絵面が擦れている様子からそのキャラクターが年代物なのが察せられた。
(……トラさんがABAWORLDで使ってたアバって、工場のマスコットキャラそのままデザインで使ってたのか……)
 ソウゴは持っていた電子結晶をポケットに仕舞うと工場の敷地内へと足を進めた。
 敷地内の建物自体は二つあり、一つは直売所になっているようで、中に何人かの買い物客が見える。
(あっ……良い匂い……)
 試食で何か焼いているのか、香ばしい匂いがここまで漂ってきた。
 少しばかりその匂いに釣られて、足がそっちに引っ張られ掛ける。しかし被りを振る様に頭を振ってその誘惑を振り払った。
(危ない、危ない……何しに来たか忘れてるぞ、俺……)
 少々名残惜しくも、直売所から離れて実際に製品を作っている工場の方へと足を向かわせる。
 流石に工場内部へ入る訳にも行かないので、事前に連絡した時に教えてもらった【事務室】とやらを探した。
「……事務の人は工場入ったら直ぐ場所分かるって言ってたんだけどなぁ。どこだ……?」
 辺りを見回してもそれらしき場所が分からない。流石にあんまりうろついているのは不審者として通報されなかった。
(一度、直売所まで行って店員さんに場所を――)
 そう思って振り向いた時、ある物が目に入った。
「あっ。こ、これかぁ……」
 入って来た時には気が付かなかったが、直売所の端の方に――トラさんのキャラクター絵が描いてあった。
 【じむしつはここだよ!】という丸っこい字の一文と共にトラさんのイラストが指差す方向には至って普通の扉があった。
(なんか独特な工場だなぁ……一般向けの工場見学とかもやってるみたいだし、子供向け意識してるのか……?)
 色々と考察しつつもソウゴは事務室の扉の前へと移動した。
 呼び鈴のような物は見つからなかったので、持っていた紙袋を左手に持ち替えて、右手でノックをする。
 暫く返事は無かったが数分くらい経った後に、ゆっくりと扉が開き、室内から声がソウゴへと届く。
「入ってええぞ」
 ある意味で聞き慣れたその声。しかし当然と言えばそうだが、現実で聞くと感覚が異なる。ソウゴは軽く頭を下げながら事務室へと上がって行った。
「……失礼します」
 応接用の部屋も兼用しているのかテーブルと長椅子が置かれている。それ以外には幾つかのパソコンとホログラム式のプロジェクターが設置されているだけの簡素な作り。何故か部屋の隅に冷蔵庫が四つも設置されており、それだけが異彩を放っていた。
 その部屋の奥に如何にも社長机と言った様相――ではない普通の事務机にその人物はいた。
「……まさかホンマに来るとは正直思ってなかったなぁ……こんな辺鄙なところまで――」
 そこにいたのは作業服を着た七十代くらいの老人だった。顔に刻まれた皺が年齢と今までの経験してきた豊富な人生を想起させる。ソウゴはその事務机の前まで近づいた。
「片岡虎次郎(カタオカトラジロウ)さん、ですよね……連絡した――板寺三河です。一応……はじめまして」
「……おう。何か変な感じじゃが……まぁはじめましてか」
 挨拶をし終えたソウゴは本題に入る前に謝罪を始めた。
「すみません……色々と話はあるんですが、その前に――お孫さんのマキちゃんの事……申し訳ありませんでした。怖い目に合わせてしまって……」
 そう言って深々と頭を下げるソウゴ。その謝罪する姿を見て虎次郎は気にするなと言いたげに口を開く。
「まぁ……その事はソウゴ君が謝る必要は無いわ。どっちかというとABAWORLDの問題やろうし、そもそもぶっ倒れたっていうそっちのが心配やったわ」
「一応、デルフォニウムの方で看護されたので、大事には至りませんでした。本当に心配掛けて申し訳ありません」
 謝罪を終えたソウゴは頭を上げて、持っていた紙袋を虎次郎へ向かって手渡す。
「これ……つまらない物ですが、どうぞ……」
 虎次郎は黙って紙袋を受け取ると覗き込むようにして中身を確認する。直ぐに顔を上げると嫌そうな顔をしながらソウゴへ尋ねてきた。
「……これ誰の入れ知恵?」
「……マキちゃんから……トラさ――片岡さんは最中が大好物だと聞いて……」
「確かにそうやけど……食べるけど……後で食べるけども! こういう鼻薬嗅がせようとするのは感心せんわっ! 若いのにっ! 性根が腐ってる! ――……ハァ……」
 貰った紙袋をそっと机の下に隠しつつ虎次郎は興奮した自分を落ち着けるように一息吐く。それから改めてソウゴの方を向いて尋ねた。
「一応聞きたいんやけど、ホンマにミカちゃんなんよな?」
「はい。俺がバトルアバ――『ミカ』です」
「声あっちだと完全に女の子やったんやけど……」
「それは……俺にもよくわからなくて……あのアバを使うと勝手にあの声になるんです」
「よう言っとる姉探してるってのもホンマなんか?」
「はい……暫く前から行方不明なんです」
 ソウゴの言葉を聞いて虎次郎は複雑な表情をしながら頭に手を置いて呻いた。
「……それで姉からの伝言で、大会に出て優勝しろ言われたんか? しかもデルフォの社長から直々に伝えられて……」
「はい。あの時は流石にビックリしましたね……姉さんがデルフォの社長と知り合いとか、その他色々と……」
 そこまで聞いて虎次郎は腕を組む。そのまま目を瞑ってまた口を開いた。
「……あっちでも話したけど、金がかなり掛かる事を承知で……ワシにスポンサー頼むんだな? ウチみたいな規模の小さい工場がそういう費用を捻出するのは大変な事を知った上で」
「……はい。分かってます。その代わり俺を――バトルアバ『ミカ』を好きなだけ広告塔として使って構いません。どんなCMにも出ます」
 はっきりと言い切るソウゴを見て、暫く逡巡する虎次郎。かなり間を置いてから……観念するように言った。
「……結局、ソウゴ君があのメール見てホンマにここまで来てもうた時点でワシの負けやったんやろなぁ」
「――っ!! じゃっ、じゃあっ……!!」
 ソウゴは身を乗り出すようにして、虎次郎へ近付く。彼はその勢いに少し押されながら答えた。
「なってやるわい、ソウゴ君の――バトルアバ『ミカ』のスポンサーに」
「あ……有難うございます!!! こ、このご恩は必ず返しますっ!!」
 猛烈に感謝の意を告げるソウゴに虎次郎は少々照れつつも笑った。
「ま、まぁ……これからは【片岡ハム】所属、バトルアバ『ミカ』や! 大手を振って隣町の奴らに自慢出来るわっ! ガハハっ! ――あっ」
 急に何かを思い出したかのように動きを止める虎次郎。ソウゴはその様子を不思議に思って訪ねてしまった。
「……あれ? どうしたんですか? 急に固まって――」
「……これ言ってええんかわからんけど――デルフォからワシの方にもスポンサー契約の持ち掛け来とったんや。しかもソウゴ君から連絡来る前に」
「えっ!? か、片岡さんのところへ!? 何故!?」
 寝耳に水な発言に驚愕するソウゴ。虎次郎は事務机の引き出しを開けて、何やら取り出し、それを机の上に出した。
 ホログラム式のデータ書類で、自動的に内容が再生され始める。
『簡単! 小規模からでも始められるバトルアバ契約! お得なプランやデザイナーとの契約まで――』
 明るい女性の声でと共に立体映像で次々と色々な情報が表示されていく。それを見ながら虎次郎は口を開いた。
「パリッとした美人の社員さんがウチの会社に来て、これ置いていったわ。バトルアバとのスポンサー契約をお考えなら、こちらの書類が参考になりますって……」
(椿さんだ……。ど、どうやって片岡さんの工場調べたんだ……? というかそもそもまだスポンサーについての話すら済んで無かった筈なのに……)
 虎次郎は映像を表示し続けている書類を指で軽く小突く。それで表示されていた映像と音声が途絶えた。
 改めてソウゴの方を向くと何とも言えないような表情を浮かべつつ喋り出す。
「正直、怖いんやが。何か大きな力が裏でこう……ワサワサと動いてる感凄いんやけど――老人の妄執……ならええんやけどな」
 ソウゴは虎次郎の言葉に何も言えず、押し黙った。
「……ワシ、なんかとんでもない事に巻き込まれてる……――わけやないよね?」
 虎次郎の言葉にはオレオレ詐欺に合った老人のような不安さが混ざっていた。
 実際、デルフォニウム社に怪しいところ……というか不審な点があるのはソウゴも感じていた。
 最も、不審に思った理由は社員である椿が時折放つ、謎の挙動不審さ故だったが……。
 二人の間で嫌な沈黙が流れる。
 ――チリチリチリッ……。
 その時、沈黙を破るように事務室の外から電磁バイクの駆動音が聞こえてくる。音は扉の前で止まり、そこからバタバタと複数人の足音が聞こえた。
 ――バァンッ!
 大きな音と共に勢い良く扉が開かれた。
「――社長っ! スポンサー契約するって聞いてわざわざアメリカから帰って来てやったわよ! 観念して契約しなさ……い?」
 現れたのは自分より少し年上くらいの女性だった。
 黒髪の表面を薄く茶色に染め上げたボブカットヘアー、ラフなシャツとショートパンツを身に纏っている。顔を見るともう明らかに自信満々、我が前に敵は無しと言った顔つきでぱっちりと開いた目からは身体の奥に抱えるギラギラとしたパワーが伝わってきた。
 その女性はソウゴの姿を見つけ、一瞬、誰だこいつみたいな表情を浮かべる。しかし直ぐに不敵な笑みを浮かべた。
 そのまま女性はソウゴの側まで近付いてくる。隣まで来ると急にズイッと眼前まで顔を寄せて来た。
 くりくりとした意志の強そうな瞳がこちらの瞳を覗き込んでくる。流石に面食らってしまい、ソウゴは一歩後ずさる。
「な、なんですか……?」
「……ま、及第点か……――なーんか拍子抜けね。マス・オーヤマみたいのとか、世紀末覇者みたいのが中身だったらと覚悟したけど……想像通りって感じ」
 そう言って女性は肩を竦めて、鼻を鳴らす。ソウゴはその声に聞き覚えがあった。
(この声……それにこの感じ……もしかして……)
「久しぶりにやなぁ、瑞樹ちゃん。ゆーてもABAWORLDで会っとるからそんな離れてた感じせんけど。また美人になったんとちゃうか? カカカッ」
 虎次郎が座ったまま、女性の方へ声を掛ける。彼女はパッと振り向くと両手を腰に置き、胸を張って答えた。
「フフンッ。社長も見ないうちに随分老け込んだじゃない。まだ人間続けててくれて結構だわ――店長の方は色々と様変わりし過ぎて、誰か一瞬分からなかったし……ちゃんと片岡社長と認識出来る顔で嬉しいわね、ホント」
 女性の言葉を聞いて、虎次郎は困ったように溜息を吐く。
「……大吉はなぁ……老い先短いし、家族もおらんし言うてやりたい放題や……一応止めたんやがな」
 二人はそう言ってお互いに溜息を吐く。
「……ムーンさんですか。もしかして……?」
 ソウゴが女性へ向けて声を掛けると彼女は少し嬉しそうに答える。
「正解。あたしがデザイナー『M.moon(ム・ムーン)(ム・ムーン)』よ。現世じゃ島本瑞樹(シマモトミズキ)って名前だけど。どう? イメージ通りだったかしら、板寺三河くん?」
「ど、どうして俺の名前を……?」
 瑞樹と名乗った女性は虎次郎の方を見やりつつ、喋り出す。
「昨日くらいにこの人……社長から『ミカちゃんがホンマに会いに来るみたいやっ! ワシどうすればええねんっ!?』ってTell入れてきてね。そこで名前教えてもらったのよ――あっ! そうだ! 社長!」
 そこまで言って瑞樹は再び虎次郎のいる机に詰め寄り、問い詰める。
「スポンサー契約! どうすんのよ! するの!? しないの!? あたしの将来的問題も関わってくるんだからはっきりしなさいよ!」
「い、いやそれはじゃな……」
 虎次郎はたじろぎながら横目でソウゴの方を見る。その動きを見た瑞樹は色々と察したのか安心したように机から離れた。
「なーんだ。もう話自体は終わってるって訳ね。心配して損したわ。あの青髪人形から社長口説き落としてくれなんて言われたから何事かと思ったのに、拍子抜けね。じゃあ……――店長~! さっさと運び込んじゃってー!」
 瑞樹が外にいる誰かに向かって大声で呼び掛ける。その声に応じて誰かが事務室へと入ってきた。
「人使い荒いのう……老人虐○じゃろこれ」
「うぇっ!?」
 ソウゴは入ってきたその人物を見て、思わず声を上げてしまった。
「……良く言うわね。サイボーグ老人の癖に」
 瑞樹もその姿を見て呆れたように言う。
 鈍く赤い光を放つ両目の義眼。頭部に備え付けられた小型の電子結晶。辛うじて見える肌からかなりの年齢の男性なのが伺えるが、一見しただけでは判別するのが難しかった。
 一瞬で人工物と分かるケーブルとパイプ剥き出しの左腕。その左腕の先には手の代わりに、精密作業で良く使用されている遠隔触手(リモートテンタクル)の塊がくっついており、それがワサワサと蠢いていた。
 右腕は人間の物のようだが、内部はかなり改造を行っているようで、明らかに膨れ上がっており、量子素子が通信を行っている時の薄い青い発光が皮膚の下から透けて見える。
 その老人(?)は肩に如何にも重そうな箱を担ぎながら、瑞樹へ指示を煽ってきた。
「どこ置きゃええねん、これ。幾ら腕に補助筋肉入れてる言うても流石にずっと持ってると重いんやけど」
「扉の前で良いわよ。どうせ後で他に動かさないといけないし」
「あいよ……っと」
 その身体の各部を機械化している老人は担いでいた箱を降ろした。ズンッと重そうな音と共に箱が床に置かれる。
「はぁーホンマ重かったわ。大体なんやねんこれ」
「社長のお孫ちゃんへのお土産よ」
 疲れたように機械化老人は声を漏らす。流石のソウゴもその異形さには驚き、声も出せずにいた。しかしその"声"には聞き覚えがある。
「ま、まさか……『ラッキー★ボーイ』さんですか……?」
 老人はソウゴの言葉にニカっと笑って答えた。
「せや。ワシがラッキー★ボーイやで。本名は川下大吉(カワシタダイキチ)、大吉やからラッキー★ボーイ……運気上がりそうな名前やろ?」
「そ、その身体は……一体……」
「あぁこれか? ええやろぉ?」
 大吉と名乗った老人は自慢げにマッスルポーズを決めつつ、ソウゴへその身体を見せ付けてきた。左腕の触手が拳のような形を作る。
「前に事故って大怪我した時に義手入れたんや。で、それから改造にハマってしもうてなぁ。今じゃこんな感じや! ワハハハッ!」
 笑顔でそう言う大吉に虎次郎と瑞樹も呆れたような表情を見せていた。
「少なくともあたしが留学した時は、ここまでサイボーグ化していなかったんだけどね……最初見た時は店長だと分からなかったわ……」
「ワシも止めたんじゃがなぁ。どんどんエスカレートしていってもうて……もう諦めたわ」
 二人は諦観したように口々に漏らした。
「す、凄いですね……義足とかで機械化している人はニュースとかで見た事ありますけど……こ……ここまで機械化している人は初めて見ました」
 困惑しているソウゴに大吉は尚もポージングを決めている。
「まぁ老後の贅沢みたいなもんや! ふんっ!」
 大吉が力むと各部に埋め込まれた人工筋肉が膨張し、力こぶを作る。最早ソウゴは言葉も無くただその姿を眺めていた。
「……まぁ店長の事は気にしなくて良いから……それより社長、どうせ"アレ"の用意……してるんでしょう? あたしお昼食べて無いからお腹減っちゃってるのよ」
 瑞樹が虎次郎へ近付き、猫撫で声で何かねだる。
「……元々、ソウゴ君用のヤツなんやがなぁ……まぁどうせ積もる話はあるやろうし、丁度ええか」
 虎次郎は自身の電子結晶を取り出し、表面を撫でる。それに呼応して来客用のテーブルの中央からズズズッと何かが迫り出してきた。
(ホ、ホットプレート……?)
 そこにあったのは電熱式のホットプレートだった。虎次郎は椅子から立ち上がるとノソノソと部屋の隅にある冷蔵庫の方へと向い、開ける。ガサゴソと中身を物色しつつ、ソウゴへ呼び掛けた。
「ソウゴ君もお昼まだやろ? 今日はウチで食べてきや」
「えっあっ……その……」
「なーにやってのよ、主賓が席に着かなきゃあたしたちが座れないじゃない!」
「あっ……」
 まだ状況を飲み込めていないソウゴに後ろから瑞樹が近付いてきて、両手でその身体を押していった。
 無理矢理テーブルの方まで押し込まれ、そのソファーに座らされる。
 冷蔵庫を漁っていた虎次郎も何かを抱えてテーブルの方へと来ていた。そのまま抱えていた物をドサドサと降ろす。
「ウチの製品ばっかりやから野菜無くてバランス悪いけど許してや」
(凄い……見事に肉、肉、肉、肉だらけだ……)
 ソウゴが見ている前でソーセージ、ハム、サラミ、味付け済みの生牛肉、焼売……真空パック詰めされた様々な加工食品がゴロゴロとテーブルの上になだれ込み、広がった。
「やっぱり肉食わなきゃパワー足りないわよねー。ブルックリンじゃ節約して栄養補食(エネルギーバー)ばっかりだったから、味気無かったしぃ~」
 いつの間にか正面のソファーへ着席していた瑞樹が真空パックをビリビリと力任せに破き、その中身をホットプレートへぶちまけていった。
 既に加熱され始めた鉄板の上で肉が踊り、香ばしい匂いが事務室へ漂い始める。
「瑞樹ちゃん! まだ窓開けとらんから肉焼かんでや! また事務の子に怒られてまうわ」
「ごめ~ん。でも我慢出来なくてぇ~」
 勝手に肉を焼き始める瑞樹へ注意しながら、虎次郎が事務室の窓を開けている。
「ソウゴ君、隣座るで」
「あっ……はい」
 大吉がカチャカチャという機械的な音を立てながらソウゴの隣へ腰掛けてくる。見た目以上に体重があるようで臀部がソファーへドンドン沈んでいった。
「店長、その見た目で食事取る気なの? 肉がケーブルに詰まるわよ」
「胃まで改造しとらんから、普通の食事も必要なんや! ロボットやないんやから」
 瑞樹が鉄板の上に並べられた肉類をひっくり返しつつ、大吉へ向かって揶揄うように言う。彼は少々怒りつつ反論していた。
 かなりアットホームかつ強引な雰囲気に押され、ソウゴは肩身を狭くしつつも虎次郎へ尋ねる。
「あの……俺がご一緒しても良いんですか……? その……こんな皆さんのお食事会に参加なんて……」
「なーに言ってんじゃい。今日はソウゴ君が主賓なんじゃから遠慮せずにたんとお食べ。ほれ、皿」
「あっ。どうも……」
 虎次郎から手渡された皿と箸を恐縮しながら受け取った。自分の手元に皿を取り合えず置く。
「ほらっ! 焼けたわよ~第一陣は譲ってあげるからガンガン食べちゃって良いわっ!」
 瑞樹の言葉と共に良い感じにこんがりと焼けたハムやソーセージが、ソウゴの皿へ盛られていく。
 燻製と肉の焼けた香ばしい匂いが鼻を刺激してきて、すきっ腹に堪えた。
(うっ……今日はまだ昼飯まだ出し、ご相伴に預からせてもらおうかな……)
「す、すみません……それじゃお先に頂きます……」
 ソウゴは箸を持ち、盛られたソーセージの一つを口に運んだ。歯で噛み千切ると同時にアツアツの肉汁が迸り、それが口内で弾けた。
「あちっ! あちあちっ!」
 悶えるソウゴを瑞樹が呆れた目で見つつ、虎次郎へそっと言う。
「……社長、水」
「分かっとるわい、ほい。お茶」
 予想していたように虎次郎がペットボトルのお茶をソウゴへ手渡してきた。
「す、すみません……どうも。でも美味しいです……このソーセージ」
 未だに咽ながらソウゴはお茶を受け取り、それの口を開けて飲んだ。
 確かにここのソーセージは美味しかった。いつもコンビニで買っている弁当に付いている小さなソーセージとは比べ物にならない。
 やっぱり工場で直接作っているから鮮度(?)が違うのだろうか。
 お茶をテーブルへ置いて、ソウゴは再びソーセージを口に運ぶ。今度は少し息を吹きかけて冷ましながら慎重に食べた。
 そんなソウゴを三人はにこやかに見つめている。
「不思議よねぇ……こうして見てると、ABAWORLDでいっつもボコられたり、吹っ飛ばされたりしてるミカくんだって何となくわかるのよね。なんでかしらね、動きが共通してるから?」
 自分の皿へ肉を取りつつ、瑞樹が首を傾げながらそう漏らす。どうやっているのか分からないが、左腕の触手でハムを細切れにしている大吉が訳知り顔で答えた。
「昔のモーションキャプチャー式VRならともかく今の脳波式は殆ど実際に動いとるのと変わらんからな。本人の所作とかそういうのが伝わりやすいんやろ」
 大吉の言葉に同意するように虎次郎が続ける。
「今のVRはホントに目の前、おるようにしか思えんからなぁ。ワシがガキの頃はこんなに進歩するなんてとても思わんかったわ」
「わっはっはっ! 虎はあの頃、エロ動画見るためにやっすいVR機器買って、その度、壁に叩き付け取ったもんな!」
「やめーや! その話はぁ! ワシも反省しとるんやから!」
 笑い話に花を割かせている二人に苦笑いしつつ、瑞樹も思い出したかのように口を開いた。
「でも……老人組が驚くのも無理ないわよね。当時と今じゃ本当に技術レベルが二段階くらい違うらしいし」
「技術レベル?」
 聞き慣れない言葉にソウゴが聞き返してしまう。瑞樹が口に放り込んだ焼売を飲み込みつつ答える。
「モゴ……あたしたちの文明が持ってるテクノロジーのレベルってこと。今は六ってとこね」
 瑞樹の言葉を大吉が補足してくる。
「ワシらが爺じゃなかった頃は四か五ってとこやったな。その時は所謂文明のどん詰まりってヤツで技術が上がるスピードが鈍化してて、よく破滅主義者共がこのまま人類は地球を出られずに滅ぶ! ってよう騒いどったわっ! ハハハッ!」
 明らかに馬鹿にするように笑う大吉を虎次郎が少し冷めた目つきで見ていた。
「まぁ……取り越し苦労やったんやがな。今じゃ夢物語だった火星への正式な移住始まるくらい技術進んどるし」
 ――ブブッ。
 三人の話をハムを齧りつつ聞いていたソウゴはふとポケットから振動を感じた。
 ポケットに手を突っ込んで電子結晶を取り出すと、メールが来ている事を知らせる赤い発光が見える。
 そのまま結晶を指で撫でて画面を表示し、メールを確認した。
(あっ……ブルーさんからだ)
【話は上手くいったか?】
 文面にはシンプルに一文だけそう書かれていた。ソウゴは結晶を操作して返信する。
(どうにか上手くいきました。色々と有難うございます……っと)
「2030年くらいだっけ? 急に色々と新技術発見されてバァーっと一気に発展したの」
「せやな。あの時はホンマ、テレビ付ける度に画期的な新技術が発見されましたー! 言うて大騒ぎやったわ」
 大吉が両手を掲げて大袈裟なジェスチャーを行い、当時の大騒ぎっぷりを表現していた。
 ――ブブッ。
 再び、電子結晶が揺れる。どうやらもうブルーからの返信が来たようだ。
(ブルーさんってホント返信早いよなぁ……女子高生みたいだ。内容は……)
【そりゃ良かった。これで大会出れるな。そうなると次はお前のアプデか】
 相変わらずシンプルな一文だったが、その文面を読んで自身の……バトルアバ『ミカ』のアップデートについて思い出した。
「あの……瑞樹さんちょっと良いですか?」
「あら? どうしたの? そんな改まって」
「俺の……いや『ミカ』のアプデってどうなったんですか? デルフォニウムからの権限は貰えたんですよね?」
 その言葉を聞いて瑞樹はしまったと言わんばかりに自身の額を叩いた。
「あっ! ゴメンねぇ。伝えるの忘れてたわね。権限はきっちり貰ってきたわっ! これで本格的に弄れるわよ~」
 瑞樹はテーブルの周りを少し片付けてから、ゴソゴソと自分の胸元を探り出した。
「丁度良いからここで見せてあげる。社長たちも、もう他人事じゃないから見ていきなさい」
 彼女は胸元から自身の電子結晶を取り出し、それを起動させる。紫色の発光が始まり、ブブブッと音が鳴った。
「社長ー。プロジェクター使っていい?」
「構わんで」
「ありがとー」
 彼女は虎次郎に感謝しつつ、電子結晶を操作してデータを送信した。テーブルの側にあったプロジェクターの一つが起動し、量子通信特有の青い発光が起きる。それと同時にテーブルの上に一枚のホログラム画像が表示された。
 ソウゴ、そして老人二人もその画像を覗き込む。瑞樹は自慢げに胸を張りながら言った。
「これがバトルアバ『ミカ』の――Ver1.0の完成図よ!」
 ホログラム画像には様々な兵器群と軍服姿の少女の姿が映し出されていた……――。


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GMA民話財団 2021/09/20 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!? 『第24話』

第24話『私のパトロンになって下さい!』


【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア ボードゲーム酒場『風光明媚亭』】

 少し薄暗い店内。明かりと言えば壁に設置されている蝋燭が頼りであり、手元くらいしか見えない。店内には幾つもの酒樽が設置され、その上に様々な種類のボードゲーム盤が広げられている。将棋、チェス、碁……etc。二人、或いは三人のアバたちが酒樽を囲んで遊びに興じていた。
 そんな中、店内の最奥に板寺三河改めミカとブルーがいた。
「今回の一件で確信したけどさ。お前を一人で行動させたまま放置すると何れ世界が滅ぶわ。間違いない」
 ブルーは酒樽に肩肘を立てながら、盤面に並べられた裏返しの駒の一つを指先で持ち上げる。
「そ、そこまで言わなくても……」
 狼狽えるミカにブルーは掌で駒を弄びながら尚も続けた。
「いーや、絶対にそうだぜ。どうやったらあの短い時間で謎のアバに襲われて、マキを泣かせて、デルフォニウムの救急隊に運ばれるんだよ」
「……本当にこの前は申し訳ありませんでした……マキちゃんを怖い目に合わせてしまって――マ、マキちゃんは大丈夫でしたか……?」
「あいつはケロっとしてるわ。むしろお前の方を心配してたぞ、トラの爺さん共々さ」
「そうですか……後でトラさんにもマキちゃんにも謝っておかないといけませんね……」
 ミカは気落ちするように肩を落とした。色々とみんなにも心配を掛けてしまったようだ。
「つーかバイト終わって、ABAWORLD戻ったらマキしかいねえからオレもビックリしたぞ。お前はマキの側でぶっ倒れてて微動だにしねえし、マキは半べそで縋りついて泣いてるし、気が付いたら強○ログアウト処理されて消えちまうし」
 その時の光景を思い出すかのように空を指し示すブルー。
「それで三日ぶりくらいに現れたと思ったら、アホみたいな話してくるし、突然大会に出場するとか言い出すし、お前の事が本当に心配になってきたわ。マキから話聞いてなきゃとても信じられねえよ、あのトンデモな内容はさ」
「それは……正直なところ私にも未だにあの時の事が現実の事かわからないですからね……仕方ないと思います」
 実はブルーにはあの時、痛みを感じていたことを伝えていない。無用な心配を掛けるのもアレだし、それに今になって思えば――あの痛みが本物かどうかも分からなかったからだ。もしかしたら自分でも本物と思いたくないだけなのかもしれないが。
「しっかしバケモンみたいな謎のアバねぇ。前にも変な場所に転送されてキャンディ持たされたとかわけわかんねえ事、言ってたし、お前だけホント異世界に片足突っ込んでるよな――行け、【少佐】。ミカの司令部、蹂躙しろ」
 ブルーが会話しながら、ミカ側の陣地へ持っていた駒を進める。それと同時に盤上へ【総司令部占領】の文字と青い旗が表示された。
「あっ! そ、それ【タンク】じゃなかったんですか……」
「突入した【タンク】はおめーがさっき【地雷】で吹っ飛ばしただろ。嫌らしいトコに設置しやがって」
【軍人将棋は B.L.U.E が 勝利しました ゲームを続けますか?】
 二人の間にアナウンスが流れた。それと同時にゲーム継続を選ぶウィンドウが出現する。
「これ普通の将棋と違って盤面が見えないから、感覚が違いすぎて――とてもじゃないけど相手の駒まで覚えられないですよ……暗記ゲーじゃないですか」
 ミカの言葉にブルーはウィンドウを操作しながら答える。
「慣れりゃ直ぐ覚えられるわ。オレは普通の将棋よりこっちのが好きだぜ。マイナーだけどさ」
「……もしかしてルール知らない初心者をボコれるからじゃないですよね。好きな理由」
 ミカの追及にはっきりと目を逸らすブルー。そのまま口を開く。
「――話は変わるけどさ」
「話、逸らしましたね……」
「お前、またオレの不在中に限って、まーた(ピー)有名なバトルアバに遭遇したらしいじゃねーか! しかもあのBLOOD・MAIDENって……」
 ブルーは少し興奮した様子で酒樽の上に身を乗り出し、ミカの方へ寄ってくる。
「前の時はガザニアで、今回はあの伝説のバトルアバってさぁ……何? オレに恨みでもあるの? オレがアババトルオタクと知っての狼藉なの? 実は内心嫌ってたの?」
「い、いやそういうわけでは無いですけど……」
 戸惑うミカをじとっとした目つきで見つつ、ブルーが乗り出した身体を戻していった。
「なら気を利かせてサインの一つくらい貰ってきてくれよ。お前のこの――厳つい帽子にでも【ぶらっどめいでん】とか書いて貰ってさ」
 ブルーは他人の軍帽へ手を伸ばすとその人形みたいな細い指で勝手にツンツンと突いてきた。頭に衝撃を感じてミカの視界が揺れる。
「勘弁してくださいよ……そんなとこにサインされたらこれからどんな顔して戦えば良いんですか」
 嫌そうな顔をするミカにブルーは軽く笑っていた。
「ハハッ。オレもそんなヤツのオペレーターやるの嫌だわ――因みにさ、ミカ。お前が大会出るってのならオレは歓迎だぜ。オペレーターも続けてやるよ」
「え? 良いんですか? てっきり参加しないかと……」
 ミカはその言葉に少し驚いてしまった。流石にアババトルオタクを自称するブルーとは言え、大会出場は面倒臭がると思っていたからだ。
「なんだよ、その顔はよぉ。オレだってお前とそれなりに長い付き合いなわけだしさ。ここで手を引くってのも寂しいじゃん。最後まで付き合ってやるさ」
「ブルーさん……」
 意外な彼の言葉にミカは思わず、ジーンと来てしまった。
 思えばブルーと出会ったお陰でこのABAWORLDで何とかやれてきた。色々な場所へ連れて行って貰い、彼の強引さに助けられ――まぁ不要な厄介事が二、三増えたのは否定出来ないが。それでも彼がいなかったらここまで姉の情報を探し続けることは出来なかっただろう。
(……最初に知り合ったのが、ブルーさんで良かったなぁ……)
 そう感慨深く振り返っていると、ブルーは先程までの雰囲気をぶち壊すように調子を変えて喋り出した。
「それにさ、考えてみろよ、ミカ。これまではアマで解説齧ってる程度のオレだったが、大会出場者のオペレーターとかいう最強のカード手に入れるんだぜ。ケケケッ……」
 ブルーはそこまで言って邪悪な笑みを浮かべた。
「あー……妄想するだけで楽しみだわ。もうアババトルの事でオレにフォーラムで反論出来るヤツいなくなるからな。何か言ってきたらでもお前大会出てねえじゃんの一文で黙らせる事が出来るってわけ」
「……十秒前くらいの感動していた自分を、ぶん殴りたくなりましたね。薄々そんな事じゃないかと察してはいましたけど」
 先程まで感じていた感動を全て空の彼方へとぶっ飛ばすブルーの発言を、ミカは著しくトーンダウンしながら受け取る。
「ま、欲望のためにお前を利用するつもりだからな、オレ。しっかりとオレのイキリ用友人として頑張ってくれ。ちゃんとその分サポートはしてやるからさ」
 ブルーはそう言って何時もと変わらぬ意地の悪そうな表情を見せつつ、ケタケタと笑っていた。
「ホント悪い意味でブレませんね……ブルーさん」
 ミカが呆れているとブルーが少し悩むような表情を見せながら言った。
「ただ問題はスポンサーだよなぁ。こればっかりはオレもどうすれば良いのかようわからん。時期も悪いし」
「時期?」
「もう大会開催近いからさ。今からどっかスポンサー探すってなるとキツイぞ。大体出場者決めて、エントリー終えてるとこが殆どだし」
「どこか募集とかしていないんでしょうか? 企業側から募集している例もあるって、自分で調べた時に目にしましたけど」
 ミカの言葉にブルーは腕を組んで唸る。あまり良い答えが返ってきそうな様子ではなかった。
「うーん……現実的な問題としてお前みたいな出所不明の怪しいバトルアバ、雇うか? どこのデザイナー制作って聞かれても答えられないんだぞ。メカ女は飽くまで武装のみのデザインだし」
「そ、それは……確かに」
「仕事の面接に置き換えて考えてみろよ。資格はあります、けどその資格証明するものありませーんって感じの舐めた野郎が面接に来るんだぞ。しかも何か声まで変えてる不気味な女体化野郎だし」
 ブルーの妙な例はともかく言っている事は間違っていない。自分の状態的に怪しいヤツという誹りは避けられないだろう。もし自分が雇う側の立場でそんなバトルアバを雇うかどうかで言えば――NOだ。
 彼は頭の上で手を組みながら、思案するように空中に視線を漂わせながら続ける。
「それでも諸々完成済みバトルアバって触れ込みで、売り込み自体は出来るだろうがな。単純に戦うだけじゃなく、チルチルみたいにCMとかへの出演を許可すれば、契約もし易い筈。ただ当然まともなスポンサーなら実際に雇用する前に審査があるし、それの期間を加味すると――」
「大会まで間に合いませんよね……。うーん……一体どうすれば……ムーンさんに相談しようにも連絡が取れませんし」
 大会出場の件も合わせてM.moonに連絡入れておいたのだが、未だに返信は来ていない。ミカもブルーと同じように頭を悩まさせる。お互いにうんうんと唸りながら何か、妙案は無いかと思案していた。
 そんな折、ブルーが何か思いついたかのように呟く。
「いや……待てよ……? 要はまともなスポンサーじゃなくて審査も無いようなロクでもないトコなら良いわけだ」
「……そんなところあるんですか? というよりもそんなところにスポンサー頼んで大丈夫なんですか……?」
「……うーん、正直微妙なトコではあるんだけどさ。まぁダメ元つーことで――連絡してみるか」
 そう言ってブルーは自らの右腕を撫でてウィンドウを表示させると何やら誰かへ連絡をし始めた――。





【ABAWORLD MINICITY KUIDAOREエリア 関東炊き屋台『ひょっこり八兵衛』】

 ABAWORLDの気候再現システムが久しぶりの雨を選択したため、KUIDAOREエリアにはザーザーと雨が降り注いでいた。
 そのため、何時もはアバで賑わうこのエリアも人影が少なく、ひっそりとしている。仮想現実であるため雨に濡れる事を気にする必要は無いのだが、それでも普段の習慣からどうしても雨に対して人間は忌避感を持ってしまう。それはリアルさが売り故の弊害かもしれない。
 そんな降雨の中、道沿いの屋台の一つにぼんやりと明かりが付いていた。
 その屋台の正面には白いテントが置かれ、その中に人影が三つあった。
「いや、無理に決まっとるじゃろ!」
 ラッキー★ボーイは雨音に負けないような大声でそう言ってテーブルを両手でドンと叩いた。その衝撃による物理演算により、テーブルの中央に設置されていた関東炊き鍋が揺れ、そこからアツアツの汁が飛び散る。
 その飛び散った汁に当たり、正面で座っていたブルーが喚き、更に机を叩いたラッキー★ボーイ本人ですらアチアチ汁の攻撃を受けて悲鳴を上げた。
「ぎゃっ! アチアチアチッ!」
「アッチィ!! 爺さん、気を付けてくれよ! 飛んでるぅ! 汁っ!」
 そんな二人を余所にミカはバトルアバ特有の反射能力で、飛来してくる汁を軽いスウェーで全て回避し、涼しい顔をしていた。
「やっぱりダメですかね……ラッキー★ボーイさんにスポンサーとなって頂けたらと思っていたのですが……」
「おー……熱かった熱かった――ワシの店ってホンマにしがないPCショップだからなぁ。流石にバトルアバのスポンサー出来る規模やないわ」
 自身へ飛んだ汁をその丸っこい手で拭いつつ、ラッキー★ボーイはミカへ説明する。
「そうは言っても爺さんくらいの店の規模でバトルアバ使ってるとこだってあるだろ? バトルアバ『衛(マモル)』のトコの【小日向製作所(コヒュウガセイサクジョ)】とかさ。どうにかならねえのか?」
 ブルーの言葉にラッキー★ボーイは首(?)を横に振って応じた。
「無理無理。そういう店はどっかと提携して支援受け取るとこが殆どやし。ワシみたいな完全な個人店じゃスポンサー登録用の一時金すら払えんわ」
「やっぱりお金掛かりますもんねぇ……」
 ラッキー★ボーイの言葉にミカも頷く。ミカ自身もデルフォニウム本社から帰宅した際に、スポンサー関連を調べていた。
 一番お金が掛かるバトルアバ自体の製作費を別にしても、会社のスポンサー登録には他にも費用が必要になってくる。それは決して安い金額では無かった。
「スポンサーになると広告料をデルフォに払わなあかんしな。バトルアバのチューニング費用も別途必要じゃろうし。老い先短いワシの財力じゃキツイわ」
 つらつらと語るラッキー★ボーイを見て、ブルーが何かに気が付き、訝し気な視線を送る。
「何か爺さんさぁ……妙に詳しいじゃん、スポンサーの事。さては……ミカのスポンサーやるの一回くらい考えた事あんだろ?」
「うっ……」
 ブルーの看破にラッキー★ボーイが少しだけ口籠る。少し間を空けてから観念したように口を開いた。
「……まぁ無いわけじゃ無いわ。折角ノンスポンサーのバトルアバと知り合えた訳やしな。トラともちょっと話したわ、その事」
「……やっぱりー。わりー爺さんたちだなぁ、不良老人共め。まだ儲けるつもりだったか」
 揶揄うようにニヤつくブルー。ラッキー★ボーイは少々気恥ずかしそうに星型の身体を右手で掻いていた。
「そうは言っても酒の席で、酔っ払いの戯言程度やし……――やっぱり夢あるじゃろー! それこそ小日向製作所とかバトルアバ輩出してから、知名度鰻登りやったんやから! ワシと同じ零細のPCショップだったんに! うぉぉん!」
 悔しそうに嗚咽しながらテーブルへ突っ伏すラッキー★ボーイ。それをブルーは呆れつつ、見据えていた。
「……爺さんの嫉妬ほど、見苦しい物はねえな――あっ? ちょっと待て、そういやトラの爺さんはどうなんだ? 確か結構、そこそこの規模の食品工場やってたよな?」
 ブルーの思い出しような発言にラッキー★ボーイがテーブルから顔を上げた。
「――あいつならそらスポンサー出来ると思うで。規模的にも資金的にも充分じゃな。ただなぁ……あぁ見えて結構真面目で頭固いヤツじゃから、難しいと思うで。社員抱えるだけあって金勘定は厳しいし」
「トラさん……」
(……マキちゃんの事、しっかり謝らなくちゃなぁ……)
 二人の会話でミカはあの事を思い出し、少しだけ憂鬱になる。メールで一応の謝罪はしておいたけど、何分色々あった後だ。
(やっぱり直接会って謝罪すべきだよな……色々と心配も掛けてしまったみたいだし)
 ミカは手元の菜箸を手に取ると関東炊きの鍋を突いた。すっかり出汁の染み込んだ大根が箸に突かれて揺れる。
 ABAWORLDに香りを感じる機能は無いが、もし仮にそれがあったら食欲を駆り立てる良い香りがしていた事だろう。
 横目でブルーとラッキー★ボーイを見るとまだ話し込んでいた。
「前にワシが強引にSVR機器買わせようとした時も、中々頭を縦に振らんかった。最終的には孫のマキちゃん出しにして買わせたけど」
「……老人の癖に随分良い機器使ってんなと思ったら、ラッキーの爺さんが買わせてたのか……知り合いを食い物にするとは恐ろしいやっちゃな」
「ちゃんとサービスして割安で提供したんやぞ! ワシも! 最終的には虎も納得しとったし!」
 そんな二人から視線を離し、ミカは再び鍋の中身を菜箸で弄びつつ思案し始めた。姉の事、そして姉から指定された例の場所の事……。
(姉さんは本当にその……チャンピオンアバ決定戦の、王座とかいう所で待っているのかな。当然、あんな場所を指定するくらいだから、スポンサーが必要というのも知っての上での指定だろうし……)
 スポンサー。恐らく自分の人生の中では初の、家族以外の他人に、お金――出資を頼まざるを得ない状況だ。それも相当な額の……。
(バイト代集めて後で返す……なんて、とてもじゃないけど言えない額が必要だし……)
 絶対に自分の財力ではどうにもならない問題だ。結局のところ他のバトルアバたちのように自らを売り込んで、商品として、投資して貰うしかない。
 それにスポンサーが付くということは今までと違って、その会社の看板――名前を背負うということだ。
 それはバトルに対して責任を持つということでもある。好き勝手やってきたこれまでバトルと違って、自分の行動によっては迷惑が掛かってしまう。そして――他のバトルアバたち同じように観客である普通のアバたちを楽しませる義務と責任がある。
(姉さんは試しているのかもしれない。俺が責任とちゃんと向き合えるかどうかを――一度責任を放棄した俺だからこそ――もう一度向き合うチャンスをくれたのかもしれない)
 ――向き合うべき物が定まったら、また戦いましょう――
 ふとガザニアの言葉を思い起こされる。
 自分が向き合うべき物――それは責任だ。
 それに今、自分にはもう一つ目標が出来た。
 今までは姉さんを探すという目標しか無かった。
 大会優勝……バトルアバとして新参者の自分が本来目指すべきではない高い目標。烏滸がましくもそこへ挑もうとし、その事に胸の高まりを抑えられない自分がいる。
 まだ見ぬ強敵に、そして――あのガザニアとの再戦を想い、心根が震える。
 自分自身にこんなところがあるなんて想像したことも無かった。
 どちらかと言えば何かを争うなんてことは避けてきた人生だった。
 でも――この胸の高まりはきっと――今まで持っていたけど気が付かなかった物なんだと思う。
(結局……俺はまだまだ姉さんの掌って感じだよなぁ……ホント敵わないよ)
 自嘲気味にそう思いつつも、"バトル・アバ『ミカ』"は心を決めた。
 ふと屋台のテントの外を見るとそれまで降り続いていた雨がすっかり止んで、雨音が聞こえなくなっていた。
 薄暗い仮想現実の空には夜の闇が拡がっている。珍しく静かだったこのKUIDAOREエリアにも、これからアバたちが戻ってきて騒がしくなるのは間違いなかった。
 ミカは一度深く息を吸い、目を閉じる。それからゆっくりと目を開けて言った。
「……トラさんと会いましょう。スポンサーをお願い出来るか頼んでみます」
 唐突なミカの言葉にブルーとラッキー★ボーイが振り向く。今まで黙っていたミカが急に口を開いたので二人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「どうしたん、ミカ? 何か如何にも覚悟完了したみたいな顔してっけど」
「本気かぁ、ミカちゃん? ワシが言うのもアレやけど、アイツ早々、ウンとは言わんと思うぞ。実際の金絡む以上」
 二人共明らかに様子の違うミカに少し困惑していた。
「構いません。なんなら土下座でも何でもします。今の私にはスポンサーが必要なので」
 はっきりと言い切るミカに、二人は少しだけ顔を見合わせる。未だに困惑しているラッキー★ボーイを余所にブルーはしょうがねえなと言いたげな様子で肩を竦めながら言った。
「……ウチの司令官殿がそう言うじゃ仕方ねえな。参報のオレは着々と作戦立てるまでさ」
「さ、作戦ってどうするんじゃ……?」
 ラッキー★ボーイの問いにケケケッとブルーは笑う。
「ラッキーの爺さんにも協力してもらうぜ。まずは外堀を埋めねーとな――さぁて……そうと決まれば色々と連絡の必要があるな」
 ブルーは自身の右腕を撫でてウィンドウを出現させると何やら色々と操作を始めた。
 行動を始めるブルーを見て、ミカも勢い良く立ち上がって気合を入れる。
「よっしゃぁっ! やりますよ、私は! トラさんを口説き落として見せます!」
 その勢いでテーブルが激しく揺れた。
「ホンマに大丈夫かいなぁ……?」
 色々とテンションを上げている二人を余所に一人ラッキー★ボーイは不安げな表情を浮かべていた。



【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア】


「トラさぁぁぁぁんっ!!!」 
 大勢のアバが行き交う中、トラさんの姿を見つけたミカは殆ど叫びながら突進していった。
 その勢いと大声に気圧されて、他のアバたちがモーゼの湖割りの如く身を引いて行く。
「おぉっ! ミカちゃん! 大丈夫やったんか!? なんか急に倒れたらし――」
 トラさんの方も全速力で駆け寄ってくるミカに気が付き、心配そうに声を掛けようとした。
 ――ズサー!
 ミカは殆ど転がるようにしてトラさんの前へ滑り込む。そのまま五体を投げ出すようにして見事な土下座を決めつつ、叫んだ。
「私のパトロンになって下さい!」
「へ? パ、パトロン……?」
 その聞き慣れない言葉にトラさんは髭をピクピクさせながら困惑の表情を浮かべる。ミカは頭を下げたまま続ける。
「どうしても大会に出場しないといけないんです! そのために資金が必要なんです! だからトラさん! 私に援助してください!」
 援助という言葉に周囲が騒めき始める。ヌイグルミみたいな見た目のトラさんとは言え、男性型のアバへ見た目は少女のアバ(中身はともかく)が土下座しながら援助を求めている。色々アレな発想に辿り着くのは仕方がなかった。
「ちょっ、ミカちゃん、ここでそういう発言は色々と誤解を受けてまうから……ほ、他のとこで――」
「もう私には時間が無いんです! 頼れるのはトラさんくらいで――お願いします! 私にはこの身体くらいしか使える物が無いんです。だから――幾らでも(工場の宣伝とかに)使って良いですからっ!」
「言い方ぁっ! その言い方は誤解受けまくるから止めんかいっ!」
 トラさんは色々と語弊のありまくるミカの言葉に気色ばんだ。
「取り合えず! こ、こっち来いや、ミカちゃん!」
「あっ!」
 トラさんは慌てて土下座を決めていたミカを引っ張り起こすと、SHOPPINGエリアの端の方までその手を取って連れていく。
 その過程で周囲のアバたちが何やら色々と口騒いでいたがそれを気にする暇も無く、二人は店舗の影まで移動していた。
「はぁ……はぁ……あ、あのままじゃワシのABAWORLDの評判がトンデモない事になっとったわ……全く」
 肩で息をしながらトラさんがミカへ話しかけてくる。
「取り合えず、話自体は大吉――ラッキー★ボーイから聞いとるわ。ワシにスポンサー頼みたいらしいな、ミカちゃん……?」
「はい。バトルアバ『ミカ』としてトラさんにスポンサーをお願いしたいんです」
 トラさんからの問いにしっかりと答えた。それを受けてトラさんは何時になく真面目な様子で言葉を続ける。
「……当然、少なくない額掛かるの知ってて言うとるんやろな?」
「……はい」
 ミカの返事を聞いてトラさんは目を瞑る。そのまま腕を組んで暫く思案していた。
 やがて静かに口を開いた。
「……実際のところ、バトルアバのスポンサーやれるなんて渡りに船なんや。広告効果の凄さくらいワシだって知っとるしな」
「それなら……!」
「じゃけども! 幾らミカちゃんとそれなりの付き合いあったり、色々世話になったりしたとしても、ワシはやっぱり仮想現実の付き合いだけで会社の金は使わせられんよ。頭が固い言われてもそこは譲れんわ」
「……そうですか……」
 ミカはがっくりと肩を落とす。彼の言っている事はもっともだ。あくまで自分とトラさんはネット上の知り合い程度の関係でしかない。そんな自分がいきなりスポンサーになってくれと言われても断るのが当然だ。
(やっぱり……甘かった、かな。幾らトラさんと知り合いだからってスポンサーになって貰えると考えたのは……)
 しゅんと気を落としているミカをトラさんは横目で見つつ、自らの右腕を撫でた。ウィンドウが出現し、それを操作する。
 ――ピコンッ。
 ミカは自身から聞こえた電子音で顔を上げた。
(……メール? 若しかしてトラさんから……? でもなんで直接言わずにメールで……?)
「……それ見てどうするか決めればええ。仮想現実だけの関係で終わらせるかは……ミカちゃんが決めるんや。そんじゃ、またな、ミカちゃん」
 トラさんはそこまで言い切るとその場から急にログアウトした。
「あっ、待って――」
 ミカが止める間も無く、トラさんの姿は完全に消えた。
 残されたミカは仕方なく自身の右腕を撫でて、ウィンドウを出して、送られてきたメールを閲覧する。
 文面を見て、ミカはトラさんの言っていた事を直ぐに理解した。
 直ぐにネット検索用のウィンドウに切り替えて、ある情報を入力する。
「……ここが……」
 ウィンドウの検索結果にはとある場所の情報が表示されていた。
【片岡ハム】
 それはトラさんが現実で経営している――食品加工工場の名だった……――。

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GMA民話財団 2021/09/19 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?『第23話』

第23話『王座で待つ』


【デルフォニウムデータサーバー 仮想バトルフィールド】



「あ、あのツバキさん!? ちょっ、ちょっと落ち着いた方が良いんじゃないですか? 明らかに様子が変ですけどっ!」
 バトルが始まるなりソウゴは頭上のツバキへ向けて呼び掛ける。彼女は相変わらず上気した様子で身体をくねらせながら答えた。
「お気になさらずぅ……♥ このバトルアバは色々と新ベーシックシステムが搭載されているのでぇ……♥ このように少々、精神状態が高まってしまうのです……アハッ♥ 他にも幾つか問題はありますけど……でも愛し合うのには問題はありません……♥」
 そう言ってツバキは両手を顔に当てて、恍惚とした表情で笑う。もう完全に正気とは言えない状態だった。
(気になるわっ! というかやり辛いわっ!)
「ええいっ! もう良いです! 【武装召喚】!」
 ソウゴは最早まともな会話は不可能と判断し、【三式六号歩兵銃】を右手に呼び出した。
 そのまま即時に射撃を行おうと銃を構え、アイアンサイトを覗き込み、ツバキの顔へと狙いを定める。
 ――ガァンッ!
 発砲音が響き銃弾が彼女へと撃ち出されていく。ツバキは不敵な笑みを浮かべるだけでそれを避けようともしない。
 銃弾がツバキの顔面に直撃し、衝撃から思いっ切り仰け反った。
「あぁんっ♥」
「なっ……!?」
(よ、避けないのかこの人!?)
 ツバキの行動に困惑しながらも次弾を装填するために銃のボルトを操作していくソウゴ。
 銃撃を喰らって変な喘ぎ声を上げたツバキはゆっくりと顔を起こし、囁くように言った。
「愛というのはお相手との歩み寄りも重要です♥ だから敢えて……受けましたぁ♥ これは私からのお返しです♥ ――カウンター・フレグランス……♥」
「え……!? ぶほぁっ!?」
 彼女の声と共にソウゴの足元へ一輪の真っ赤な花が咲いた。驚く暇も無くその花から桃色の煙が吹き出す。
 突然の事で避けることが出来ず、まともにその煙をソウゴは吸い込んでしまった。
「ゴ、ゴホッ……!? な、なんだこの煙――みゃっ!?」
 身体に異常を感じて、ソウゴは変な声を上げてしまう。
(な、何これ!? か、身体が勝手に動いてるっ!?)
 自身の意思に反して足が勝手に動いて行く。ソウゴの視界には【魅了】という文字が表示されており、それが状態異常だと知らせてきた。
「アハッ……ソウゴ様ぁ……♥ どうぞこちらへ……♥ 一緒に実らせましょうねぇ♥」
 妖艶な表情を浮かべながらツバキは待ち兼ねるように手招きをしていた。隣で侍らせている双頭の蛇も獲物の待ち構えるように舌なめずりをしている。
(く、喰われる……! 色んな意味で……!!)
 ソウゴの身体は巨大な花弁を広げて咲き誇っているツバキの方へとどんどん引き寄せられていく。抵抗しようにも首くらいしか動かず、どうにもならない。
(ま、不味いぞこれは……! どうすれば――あっ!)
 ソウゴの視界に右手へ構えかけた歩兵銃が映る。幸運なことにその銃口はギリギリ、ツバキの方へ向いていた。
「パ……パワーリソース投入っ! 小銃擲弾(ライフルグレネード)、装着っ!」
 ソウゴの声と共に銃口へ緑色の擲弾が装着される。
「――発射ッ!!」
 即座に銃口から擲弾が発射され、ツバキの方へ飛翔していった。
「――ツツジ、レンゲ。お願いしまぁす……♥」
 彼女は自身へと向かってくる飛翔体を目で捉えると、両隣の大蛇へ指示を送る。それに応じて二匹の蛇が彼女を守護するかのように進み出た。
 擲弾の先端が大蛇の身体へと接触し、即座に爆発が発生する。巨大な花全体を爆炎が包み込んだ。
(……っ! 魅了が解けた……!)
 身体の自由が戻ってきた事を察し、ソウゴは足に力を入れて、一気に後方へと跳躍した。
 床へ左手を地面に着けて着地し、動物のように低姿勢を取る。前方で未だに硝煙へ包まれているツバキを警戒しながらそのまま歩兵銃のボルト操作を行い、再装填を終わらせた。
「ソウゴ様から来て頂けたら嬉しかったのですが……残念です……♥」
 収まり始めた硝煙が晴れていくのと同時に煙の中からツバキが再び姿を現した。
 侍らせている二匹の蛇を労わる様に撫でながら、彼女は再び眼下のソウゴへ誘うように言った。
「今度はぁ……♥ こちらから出向かせて頂きますねぇ……♥ パワーリソース投入――ラブ・スポア……♥」
 ツバキの隣の大蛇たちが顔を空へと向け、大きく口を開いた。その口から緑色をした拳大の胞子のような物が大量に吐き出される。それは空中へ撒き散らされていき、やがて重力に従い、落下を始めた。
 ソウゴの周りへとその胞子たちはゆっくりと降下してきて、辺りを漂い始める。
(こ、これはヤバイ予感っ……!)
「銃剣(バヨネット)、着剣っ!」
 その不穏な胞子に危機感を感じ、ソウゴは歩兵銃へ銃剣を装着した。そのまま槍のように構える。
「せいやっー!」
 剣先を近場の胞子の一つへと向け、刺突する。柔らかい感触と共に胞子へ銃剣が突き刺さった。
(――え。何だこれ……刺さってる……のか?)
 あまりの手応えの無さに不安を感じて、直ぐに銃剣を引き抜こうとした。しかし――。
「――抜けないっ!? というか取れない!?」
 胞子は銃剣の刃に刺さったままくっついてしまっている。慌ててブンブンと歩兵銃を振って胞子を剥がそうとした。しかし一向に剥がれる様子は無い。
「フフッ……♥ ソウゴ様、私からの愛を受け取って頂けましたねぇ……♥」
「――えっ……げぇっ!?」
 ツバキからの言葉に自身の身体へ視線を向ける。いつの間にか背中やスカート、更に尻尾や耳へ胞子がくっついていた。銃剣から胞子を取り外そうとして気が付かない内に他の胞子と接触してしまっていたらしい。
(ヤバ――)
「アハッ……♥ ラブ・スポア――開花♥」
 ツバキの言葉と共にソウゴの身体の至る所に張り付いていた胞子が一斉に緑色へ発光した。
 ――ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ!
「ぎゃぁぁぁあぁぁっ!!!?」
 胞子が閃光と軽い音と共に次々と爆発を始め、ソウゴの身体は衝撃で揺れ動く。そこまで威力の無い爆発だったが、連続して爆発した事でソウゴの小柄な身体はまるでダンスを踊っているかのように、上下左右へ振り回された。
 爆発は尚も続き、まだ爆発していない他の胞子さえもソウゴの身体の方へ引き寄せられていく。
 ソウゴは衝撃で揺れている視界の中、辛うじてパワーリソースがマックスまで溜まったことを知らせるウィンドウが出現したことを確認する。連続爆発の中、必死に叫んだ。
「パワー、リソース全投入っ! だ、大召喚っ!!」
 ソウゴの声に応じて足元に機械仕掛けの魔法陣が出現する。その魔法陣から大量の電流混じりの水蒸気が吹き出し、ソウゴの身体ごと周囲の胞子を巻き込んだ。
 その熱気と電流に刺激され、辺りを漂っていた胞子が次々と誘爆を起こし、爆発音が連続して鳴り響いていく。
「――くっ! 頼む! 一式重蒸気動陸上要塞(ヘビースチームランドフォートレス)【黒檜(クロベ)】!」
 ソウゴは未だに続く爆発に身を焼かれながらも、【要塞(フォートレス)】の招集を宣言した。ゆっくりと足元から黒鉄の巨体が競り上がって来る。それを見ながらツバキが感嘆したような声を漏らした。
「それがソウゴ様の召喚物ですか……生で見るの初めてですねぇ♥ 本当におっきぃ……♥ でも……そのまま出させてあげませんよ♥ ツツジ、レンゲ――食べちゃいなさい♥」
 ツバキの言葉と共に彼女の侍らせている大蛇たちがその鎌首を擡げ、大きな口を開き、召喚途中の黒檜へと迫る。甲板でそれを見ていたソウゴは咄嗟に叫んだ。
「【近接補助起動】! 【主腕(メインアーム)】展開!」
 ソウゴの声と共に黒檜の両側面に備えられた駆動し、前方へと突き出されていく。連動するようにソウゴの両手にも半透明の腕が出現する。そのまま迫る二匹の大蛇へ向けて両手を突き出した。
「おりゃぁぁぁあ!!」
 気合の声と共にソウゴは黒檜の二本の腕で操作して、接近する大蛇たちの顔へ向けた。開かれた三本の鋼鉄のクローが大蛇たちの口へ突っ込まれ、その動きを止める。
「ぐっ、ぬぬぬっ!」
 大蛇たちは牙を振り翳しながら甲板上のソウゴを直接飲み込もうと暴れた。それを抑えるために黒檜の腕が軋みを上げながら力を振り絞る。連動しているソウゴの両手にも衝撃が伝わり、かなりの負荷が掛かってきた。
「アハッ♥ 男性の方ってやっぱり乱暴ですよね♥ でも力づくっていうのも私、結構好きですよ……♥ パワーリソース全投入――プレデター・アンプル♥」
 ――ビキビキビキッ!!
 ツバキの言葉に応じて二匹の大蛇が更に巨大化していく。その表皮が硬質化していき、顔付きも凶暴性を増していった。それまで以上の力が黒檜の両腕を襲い、その凄まじい力を抑えきれず、限界を迎えた。
 ――ベキッ。
 破滅的な破壊音と共に黒檜の両腕が大蛇たちに圧し折られる。連動していたソウゴの半透明な両腕も弾き飛ばされるように破壊された。
「ぐっ……!?」
 遂に抑えの無くなった二匹の大蛇は甲板のソウゴへと迫る。真っ赤な口を開き、一飲みにしようしてきた。
「く、黒檜ッ!! 全力後退っ!」
 咄嗟にソウゴは黒檜へ指示を出す。主の命令を受けた黒檜は巨大履帯を全力で駆動させ、後方へと下がろうとする。逃がさんと言わんばかりに二匹の大蛇は追い縋り、牙を黒檜の前部へ喰い付かせた。牙が装甲と砲台に食い込み、引っ張られ、履帯が空転し、黒檜の動きが止まる。
「目視照準!! 近接防御兵器群起動!! 手動(マニュアル)射撃化!」
 ソウゴの右目に赤色レンズの片眼鏡が現れる。そのまま大蛇たちの硬質化していない部分、その真っ赤な四つの瞳に視線を合わせた。黒檜の各部に備え付けられた近接防御兵器群が一斉に起動し、そのつぶらな瞳へと狙いを定める。
「――撃ぇっ!!」
 ――ブゥゥゥゥゥゥンッ!
 ――ブゥゥゥゥゥゥンッ!
 ――ブゥゥゥゥゥゥンッ!
 ――ブゥゥゥゥゥゥンッ!
 号令と共に放たれた20ミリメートルタングステン弾による弾丸の暴風雨が大蛇たちへ降り注ぐ。硬質化した表皮に当たった弾丸が激しく跳弾し、辺りを火花が飛び散った。
 喰らい付いていた大蛇たちが怯み、仰け反る様にその口を離した。
 その間隙をついて黒檜の履帯が轟音を上げて回転を始める。一気に馬力が生み出され、大蛇たちから巨体を引き剥がしていった。
「あぁん……♥ ソウゴ様、イってしまわれるんですかぁ……♥」
「紛らわしい言い方をしないで下さい! くっ……! 損害が大きい……!」
 名残惜しそうに変な物言いをするツバキを窘めつつ、ソウゴは黒檜の状態を専用ウィンドウで確認していた。
(ダメだ……! 砲塔部は全壊だ……くそっ! このままじゃまともに攻撃も――んっ?)
 ふと甲板上からツバキへ視線を送る。遠目に彼女の侍らせている二匹の巨大蛇が蠢いているのが見えた。視線を彼女の足元……床から生えている根本部へと移していく。そこは茶色の太い幹となっており、床へしっかりと根を張っていた。
 それは先程の激戦でも微動だにしておらず、床へガッシリと喰い付いている。
(……まさか……)
 ソウゴはある事を思い付き、後ろを振り向くと黒檜のカメラアイへ向けて命令を下した。
「……黒檜。目いっぱい後退。フィールドの端っこまで行ってくれ」
 主の命令を受けて黒檜の巨体が後退していく。あっという間にツバキから距離を取り、彼女の姿が豆粒レベルになるまで後ろに下がった。
 ゴンッという重い音と共に黒檜の後部が壁に当たる。ここがフィールドの端のようだ。
 改めて遥か彼方のツバキへ視線を送る。目を凝らすと辛うじてウネウネと蠢いているのが分かる。何故か離れていった黒檜を追ってくる気配は何時まで経っても無い。
「……やっぱり……」
 ソウゴは確信した。
「――動けないんですね……ツバキさん」
 そう……ツバキのバトルアバは完全に床と固定されていた。植物モチーフ故か否かは不明だが下半身から下方へと伸びる幹、そこから伸びる根はしっかりどっしり床へ根を張り、微動だにしない。
 全く攻撃してこない辺り、恐らくここまで遠距離戦になってしまうと対応する武装も無いのだろう。仮にあの胞子を撒いてきたとしてもこの距離では充分逃げる時間がある。
 ――他にも幾つか問題はありますけど……――
 ツバキの言葉が思い起こされる。なるほど確かにこれは問題である。というより完全に欠陥としか言えなかった。
(どうしよう……これ……本当にやって良いのか……?)
 ここまで離れてしまうと黒檜も砲撃を行えない(そもそも砲塔部は全壊しているが)。だが……黒檜にはこの超遠距離戦でも使用可能な武装が二つある。ソウゴは躊躇いつつも右目の片眼鏡で遠方のツバキの姿を視線に捉える。
 片眼鏡のズーム機能により赤い視界の中で彼女の姿が拡大された。こちらへ向かって手招きをしたり、胸を寄せて扇情的なポーズをしているのが見える。
(何やってんだ……あの人……本当に別人みたいだな……というよりもアレ自分が何やってるか、わかってんのかなぁ……)
 ソウゴはその行動に呆れつつ、ツバキを視界の中心に捉えるとロックオンを開始した。次々と緑色の円が彼女へと重なっていき、続いて四角い緑の枠がそれに重なる。
 ――ピッピッピッピッピッピッピッ……――ピー!
 ――ビッー!!
 多重ロックオンの音が響き、更に大型誘導弾用のロックオン完了を知らせるブザーが鳴り響く。
 黒檜の後部にある二基の誘導弾発射機が稼動し、空を向く。続いて大型誘導弾の格納されたセルのハッチがパカッと開いた。
「……小型誘導墳進弾、全弾発射。ついでに垂直式大型誘導墳進弾も発射」
 かなりやる気の無い声でソウゴは黒檜へ攻撃を命じる。その声に応じて無数の小型誘導弾が空へと撃ち出されていく。遅れてセルから大型誘導弾の弾頭部が迫り出し、ゆっくりと上昇し始めた。
 先んじた小型誘導弾たちは真っすぐ空へ上がり、やがてその推進剤に火が付く。それと同時に急降下を始め、床と水平になりながら超低空飛行でツバキへと向かっていった。
 流石のツバキも気が付いたのか、向かってくる小型誘導弾を迎撃しようと二匹の大蛇を繰り出す。しかし小型誘導弾たちは意思を持つかのように、ツバキへの着弾寸前、飛び魚のようにその弾頭をホップアップさせて突き出された大蛇たちを避けた。
 驚愕するツバキの表情がソウゴのズームされた視界からでも見える。飛び上がった小型誘導弾たちはそのまま彼女の咲き誇る花びらへと殺到し、次々に着弾した。
「弾着確認……」
 命中を確認したソウゴはゆっくりと右目の片眼鏡を外す。赤く染まっていた視界が消え、通常の色へと戻った。


 遥か彼方の着弾地点で爆炎が次々に発生し、ソウゴの犬耳が辛うじて遠方から聞こえる爆発音を捉える。今のツバキの身に起きている状況は想像に難くない。
 後から遅れて空を飛翔してきた大型誘導墳進弾が、爆炎に包まれているツバキの真上へと到達し、降下を始める。その弾頭が"花"に触れるのと同時に激しい閃光が煌めき、着弾地点で巨大な火柱が立ち昇った。
 これだけ離れていても減衰し切れない爆風が黒檜の甲板上にいるソウゴまで届き、スカートや耳、そして尻尾を揺らす。そこまで強い風では無かったが、何時もの癖か、被った軍帽を飛ばされないようについ右手のグローブで押さえてしまった。
(こ、これ……追撃した方が良いのか……? アナウンス無いからツバキさん、ヘルス残ってるよな……多分)
 あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、どうやらツバキのヘルスは残っているようだ。その証拠にバトル終了を知らせるアナウンスが流れていない。
 着弾地点は巨大な黒煙が吹きあがっており、どうみてもそこにいる人物が無事とは思えないが、バトルが終了していない以上攻撃を加える必要がありそうだった。
(すっごい耐久力ありそうな見た目だったもんなぁ……ツバキさん。何かやだなぁ……こういう一方的に攻撃するの……)
 逡巡しているソウゴの目の前にウィンドウが現れ、黒檜から小型誘導弾及び大型誘導弾の無慈悲な再装填終了連絡が来ていた。
 そっと振り返って黒檜のカメラアイと目を合わせる。その大きな赤い瞳がさっさと止めを刺せと言わんばかりに拡大と収縮を繰り返した。
(流石、親に似て容赦が無い……ごめんなさい、ツバキさん……)
 ソウゴは心の中で謝りつつも、申し訳ない様子で再攻撃を指示しようとした。
「おーい~! そんなもんにしておいてくれ~それ以上ボコボコにされるとウチの片瀬くんが壊れちゃうよー」
 その時、犬耳がピクリと反応する。何処からか男性の声が甲板上のソウゴへ届いた。黒檜のカメラアイが自動的にその声のした方向を捉え、ウィンドウに映像を送ってくる。
 画面に映っていたのはツバキのアバが変身前に着ていたのと同じスーツを着た男性のアバだった。顔の部分が大きなヒマワリになっており、ちょっと不思議な感じがする。
「黒檜、転送してくれ」
 黒檜へ向かってそう呼び掛けると、カメラアイが一度拡大し、ソウゴの身体は甲板上から消えていった。
 ソウゴはそのヒマワリの顔をしたアバの目の前へ瞬間的に現れる。いきなり目の前に現れたソウゴにそのアバは驚いて身動ぎした。
「おぉ!? きゅ、急に現れるねぇ……」
 ソウゴは床へ着地しながら、改めてそのアバを観察した。黒いビジネススーツ、そして特徴的な顔のヒマワリ。近場で見て分かったが頭部自体がヒマワリになっているらしい。目も口もというより顔自体が無い。中々凄いデザインだ。
 そのアバは気さくな雰囲気でソウゴへ話し掛けて来る。
「いやー話には聞いてたけど、キミのバトルは派手だねぇー。途中から観戦してたけど音凄くて、ボリューム下げちゃったよ」
「あの……あなたは一体……?」
 その何とも言えないラフな感じに戸惑いながらもソウゴは尋ねた。彼(?)は軽い口調で答えてくる。
「あっ、自己紹介してなかったっけ? 僕は向日田理人(ヒナダリヒト)。一応、日本デルフォニウムの代表取締役社長やってるよ。こじゃれた感じでCEO(Chief Executive Officer)って呼んでくれても良いけどね。どうせ肩書的にはどっちも入ってるし」
「……え……そ、それって――社長っ!?」
 ソウゴは驚愕のあまり飛び退くようにして、その向日田と名乗ったアバから一歩離れてしまう。
「ハハハッ! 社長って言っても親の七光りアンドコネで社長になったボンボンだけどねー!」
 相変わらず軽い感じで自嘲する向日田。それでもソウゴにとっては目の前の人物は大企業の社長という雲の上の人であり、どう会話して良いのか分からなかった。
「え、えっと……板寺三河(イタデラソウゴ)デス……こ、この度はお会いして頂きま、誠にありがとうございます……?」
「呼び出したの僕だからそんな畏まらなくても良いよー、板寺――いやソウゴ君。いつもABAWORLDでバトルやってお客様たちを楽しませてくれてありがとね。キミ、結構ウケ良いからこれからも頑張ってくれると嬉しいなー」
「は、はい。ガンバリマス……」
 すっかり萎縮してしまうソウゴ。相変わらず権威に弱い悲しい性を発揮していると背後から声が聞こえてきた。
「――社長。そろそろ本題の方に入っては如何でしょうか?」
 いつの間にかツバキがソウゴと向日田の元へ来ていた。見た目的には元の彼女に戻っており、雰囲気も落ち着いている。相変わらず背中の蔓がウネウネとしていて、それがこちらへ伸びようとしているのが少々気にはなるが。
 それでも先程の豹変を間近で目撃したソウゴは少し後ずさってしまい、警戒するように尻尾を無意識に立ててしまった。
 ツバキはそれに気が付いたのか申し訳なさそうに軽く頭を下げてくる。
「私はどうもバトル中は興奮してしまい、記憶が飛んでしまうようで……ソウゴ様へ失礼が無かったでしょうか?」
(さっきのアレ、覚えて無いのか……な、ならこっちからも触れないでおこう……忘れよう……)
「え? あ、あぁ……だ、大丈夫でした……よ」
 言葉を濁しながら目を逸らしつつ、ソウゴは答えた。"あの"状態のツバキを説明するのはこっちも辛い。
 ツバキは一応安心したのか今度は向日田の方へ顔を向ける。
「ソウゴ様は貴重なお時間割いてくれている上に、まだ体調面での不安もあります。社長も御用があるならば手短にお願いします」
 向日田はツバキの言葉に思い出したようにその手を叩いた。
「おぉ、そうだった、そうだった! 僕の方にソウゴ君のお姉さん――『板寺寧々香(イタデラネネカ)』君から伝言があるんだよ。それを今日は伝えようと思ってね」
「え……えぇええ!!?」
 あまりに寝耳に水なその発言にソウゴは思わず大声を上げてしまった。流石に動揺を隠せずに聞き返してしまう。
「あ、あの……! ね、姉さん……いや姉の板寺寧々香とは一体どういうご関係で……?」
 向日田は顔のヒマワリをクルクルと回転させながら明るく答える。
「仕事上の付き合いがあってね。何か月か前にキミ宛の伝言を預かったんだよ。片瀬君から話は聞いていたんだけど、中々こっちも時間取れなくてさ。本当なら僕から出向いて伝えるべきだったんだろうけどね。ゴメンね、待たせちゃって」
 申し訳なさそうにしている向日田。しかしソウゴはそれどころではなく、急かすように捲し立てた。
「そ、それは良いですけど! あ……姉は俺になんと? なんて言ったんですか!」
「彼女はこう言ってたよ。『王座で待つ』ってね」
「王座……?」
「王座というのは【チャンピオンアバ決定戦】で設置される物の事でしょうね。つまり――」
 それまで黙っていたツバキが口を挟み、説明してくる。更に向日田が付け加えるように言った。
「――当然! 優勝者に与えられる栄誉! 栄光! その他諸々の詰まった特設スタジアムの玉座だろうね! はい、こちら!」
「うわっ!?」
 彼の言葉と同時にソウゴの目の前へ巨大なウィンドウが表示された。そこには巨大なスタジアムが映し出されており、更にその中央に石造りの荘厳な玉座が設置されている。
「これぞ! バトルアバなら誰しも一度は憧れる、ABAWORLDで最強の肩書! ――あくまで日本でだけど。その肩書を持つモノだけが座る事を許された玉座でーす! この場所に立つには当然、大会勝ち進まないとだよ!」
「こ、ここで待つって事は……まさか……」
 動揺しているソウゴの心の内を読んだのかツバキが静かに口を開き、代弁した。
「大会に出て優勝してこい、という事でしょうね」
「え、えぇ~!!  いや、ちょっと待ってくださいよ! そもそも大会に俺出れないんじゃないですか!? スポンサーもいないし、それに試合数足りないと出れないって――」
「アレ、片瀬君。試合数足りて無いの? 彼?」
 向日田が隣のツバキへ尋ねると彼女は自らの右腕を蔓で撫でてウィンドウを出現させる。表示された情報を眺めながら口を開いた。
「バトルアバ『ミカ』、戦闘経験数は――1897"体"。数字的には全く問題ですね。スポンサーが居ないのは確かですが、これから見つければ問題ないでしょう」
「――……は?」
 全く身に覚えの無い数字に呆けるソウゴ。ツバキは口を開けて呆然としているこちらへ補足してくる。
「バトルアバ『ネネカ』からバトルアバ『ミカ』へ譲渡契約が成された際に、試合数も引継ぎされましたので。新規契約の場合と異なり、譲渡の場合は前任者の一部データが引き継がれるんです。最も再作成時に戦歴をリセットする事も可能ですが、今回ソウゴ様はそうなさらなかったようですね」
 ツバキの言葉を聞いて向日田は嬉しそうに声を上げた。
「良かったねぇ! 後はスポンサー見つけるだけで大会出れるよ! スポンサー探しも簡単じゃ無いと思うけど、ソウゴ君なら直ぐ見つけられるって!」
 そう言って彼はソウゴの肩をバンバンと力強く叩いた。呆然としているソウゴの身体が叩かれた衝撃で揺れ動く。
「い、いやあの……これはどういう――」
「はい! これで伝える事全部終わったから! 今度は大会の開会式で会おうね、ソウゴ君! 今日は長々引き留めて悪かったね! あっ、帰る時は案内のドローンに従ってね! 片瀬君はまだ僕と用事があるから! それじゃ!」
「え――」
 ソウゴの身体がその場からパッと消滅する。強○的に仮想バトルフィールドから離脱させられたのだった。
 ツバキと向日田の二人は真っ白な空間に取り残される。ソウゴが完全にログアウトしたのを確認してからツバキが呆れたような口調で向日田へ話し掛けた。
「……社長。あなたが余計な事を言ったせいで彼が何故か大会の優勝を目指す事になってしまいました。一体どう責任を取るつもりなのですか? 特別顧問は王座で待つとしか言っていないのに……」
「ホント慣れない事はするもんじゃないよねぇ……誤魔化そうと思ったらどんどん口が滑っちゃってさ。でも片瀬君も途中から乗り気だったよね?」
「あれは社長に合わせただけです。どうせなら優勝を狙って頂いた方が我が社的にも嬉しいのは確かですが」
「ありゃそうだった?」
「それに特別顧問からもソウゴ様を大会出場へ促すように指示はされています――スポンサー問題に関しては丸投げなのは……あの方らしくはありますけど、ちょっと酷いですね」
「あー……どうするんだろうね、彼。時期的に大変だよねぇ。まぁ、真面目にアババトルやってて、健全に知名度稼いでたみたいだし、何とかパトロンも見つかるでしょ。あー疲れた……」
 向日田は空中に腰掛ける。それと同時に彼の下へ椅子が現れ、それに座り込んだ。
「でもさ。結果的には良かったと思うよ。これで時間稼ぎは出来たし、それに嘘は付いてないしねー。ただ罪悪感はあるかなぁ……」
「全くです……出来ればソウゴ様にも全て話すべきだと思うのですが……」
 ツバキはそう言って苦悩するように額へ手を当てる。その姿は見て向日田は自嘲気味に笑った。
「ハハッ……そりゃ無理だろうね。僕だって親父殿から社長引き受けるまでこんなバカバカしい話、信じられなかったんだから。今、聞かされても混乱するだけだよ。それに下手に話すと彼が危ないし。【協会】に狙われちゃうよ」
 向日田は椅子へ深く腰掛けながら、思い出すように口を開く。
「――あの時の親父の顔、今でも忘れられないよ。どうみてもあぁ、やっと面倒事から解放された……って顔してたし。酷いよねぇ、息子に全部押し付けちゃうんだからさぁ」
「ふふっ。しかも向日田社長は見事に貧乏くじを引かれましたからね。少しだけ同情致します」
 ツバキの言葉に向日田は大きく溜息を吐く。
「本当にねぇ……まさか僕の代で恐れていた有事が起きちゃうなんてさぁ……折角最低限仕事熟してれば一生安泰! とか思ってたのに……」
「既にこちらの方で有事へ対応した人事変更を開始しています。向日田社長も時期を見て、社長職を辞して頂き、会長職へ移って頂きますのでご準備を」
「この歳で会長になっちゃうのかぁ、僕。はぁ……。でもどっちにしろ"彼女"が目覚めてくれないとどうにもならないよ。まだ例の紛失したデータも見つかって無いし」
 向日田の言葉を受けてツバキが表示させていたウィンドウを蔓で操作していく。映像が切り替わり、文字が表示されていった。
「今のところ当社に現存しているのはソウゴ様が使用している【TypeBeast-Ⅳ(タイプビーストフォー)】のみ……Ⅰ、Ⅱ、Ⅲは未だに所在が分かりません」
「『悪夢の三秒』でデータサーバー、燃えちゃったもんねぇ。管理していた社員も亡くなってしまったし……秘匿して情報統制してたのが裏目になったよ、ホント……」
 向日田の口調には少し悲し気な響きが混じっている。ツバキも少し顔を伏せながら黙祷するかのように静かに聞いていた。
「ⅠからⅢは型番も普通のバトルアバと変わんないから調べようが無いし。慌てて唯一製作途中だったⅣのデータだけ保護したけど、あれはファインプレーだったねぇ」
「その【Type Beast-Ⅳ】もまだ自己修復が完了していないので、対抗戦力としては力不足です」
「前回の戦闘で完全に破壊されちゃったもんねぇ……『ネネカ』はさ。【消滅】させられなかっただけマシだけど」
「急遽、残存データでバトルアバ『ネネカ』も複製していますが……間に合うかどうか。私の使っている『ツバキ』にもある程度、獣素子を組み込んでいますが、所詮劣化コピー……まだ実戦レベルとはとても……」
「はぁ……彼女が最初の侵攻止めてくれてなきゃあのまま、全部終わってたからしょうがないけど代償はデカかった――なぁ、眠り姫の様子はどう? 少しは変化あった?」
 向日田は振り返ると自身の背後、何も無い筈の空間に向かって呼び掛ける。その空間にオレンジ色の粒子の吹き出し、それがおぼろげな人型を形作った。
 その人型はノイズ混じりの声を発し始める。
『なんにも。ブラザー来たから起きるかと思ったのに。幾らなんでもねぼすけすぎるよ、姫。今、えいぞーだすね』
 その人型の言葉と共に巨大なウィンドウが白い空間に浮き上がる。そのウィンドウには薄暗い室内が表示されていた。
 部屋の中央には巨大な円筒形をしたガラス張りのカプセルが存在し、中にはピンク色の液体が満ちている。
 そして――そのピンク色の液体の中、膝を抱えた一人の若い女性が漂うように浮いていた。
 向日田とツバキは映像の中の女性へと一緒に視線を向けた。
「肉体と精神的には全快してる筈なんだけどねぇ。何か理由があるのかな」
 その女性を見つめる向日田の横にオレンジ色の光の粒子が移動して話し掛けてきた。
『戦士は眠れるときにしっかり寝ておくって姫が前に言ってた。やっぱり強き勇士は違う。何時でも戦いに備えてる』
「……相変わらずキミたちの価値観って独特だよねぇ。親父殿がテクノ蛮族呼ばわりしてたのも解るよ」
『褒められてる?』
「多分褒めて無いんじゃないかなぁ……」
 取り留めのない会話をしている社長と人型の存在を横目にツバキは改めて映像の中の女性を見た。
「……板寺特別顧問。あなたは弟さんを――どうするつもりなんですか……?」
 ツバキの問いにカプセルの中の女性は答えない。未だ静かに眠り続けている。
 板寺三河の実姉――板寺寧々香(イタデラネネカ)はただフヨフヨと液体の中で漂い続けていた……――。

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GMA民話財団 2021/09/18 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!? 『第22話』

第22話『一度言ってみたかったんです……♥』






 誰かの背中が見える。
 直ぐに誰の背中か分かった。
 思わずその人に声を掛けようとする。
 でも声が出ない。
 その人が振り向いてこちらへ笑い掛けてきた。
 もう二度と見ることは無いと思っていたその顔。
 俺は必死に、何度も、声を出そうとする。
 でもそれは叶わず、その人は再び前を向いて歩きだす。
 俺は声にならない声で叫んだ。
 ――父さん……!!





【東京都 赤羽 デルフォニウム本社内 医療施設】


「うっ……」
 少し開けた瞼に薄っすらと白い光が見える。眩しさを感じて自分の右手をその光へと翳した。
 一瞬、光に照らされてか細い少女の腕が自分の視界を映った気がした。しかしよく見るとそれは男の腕。現実の世界の板寺三河(イタデラソウゴ)、自分自身の腕だった。
(ABAWORLD……じゃ、無いのかここ……)
 ソウゴはまだはっきりとしていない意識ながら、目を開けて自分の置かれている状況を把握しようとした。
 真っ白な天井。清潔さを感じる室内。壁にある窓からは風が入ってきており、少しだけ草の香りがした。
 自分はベッドに寝かされているようで、柔らかい感触を背中に感じる。ゆっくりと身を起こして周りを見た。
(病院……?)
 病院の個人用の病室。そこに寝かされていたようだ。前の方を見るとシックな色の扉がある。特に施錠されている雰囲気は無い。
 横を見ると幾つかの医療機器が並べられており、天井には吊るされた医療用ジェルパック。それから伸びるチューブが左腕に刺さっていた。
 自身の身体の方に目を向ける。如何にも入院患者と言った感じの薄緑色の入院服を着せられていた。着ていた軍服はどうやら脱がされたようだ。
(――軍服って……何考えてんだ俺は……ホント頭ABAWORLDに毒されてるなー)
 そこまで考えて自分の思考に呆れてしまった。ここは仮想現実じゃない。現実だ。アバの服を着ている訳が無い。室内を見回すと机があり、そこに現実での自分の服が綺麗に畳まれて置かれていた。
 改めて自らの身体を見回す。あの仮想現実で受けた傷は見当たらない。
(でも……あの痛みは、受けた痛みは……本物だった。アレは一体なんだったんだ……)
 ソウゴはあの時の事を思い出す。あの痛みを。
 あの異形のアバたちに斬られ、貫かれ、撃たれ、血を流したあの痛み。本来仮想現実で存在しない筈の痛み。あれだけは現実(リアル)だった――。
 ――カチャッ。
 何処からか扉の開くような音がした。音の聞こえた方向を見ると誰かが扉から入ってくる。
 部屋に入ってきたのは女性だった。その背後には二本の腕が付いた医療用ドローンが付き従っており、フヨフヨと空中で漂っている。ソウゴはその女性に見覚えがあった。
「片瀬……さん?」
「どうやら目が覚めたようですね、板寺三河(イタデラソウゴ)様」
 片瀬椿(カタセツバキ)。前にデルフォニウムの本社を訪れた時、会った社員。今日はスーツ姿ではなく医者のような白衣を着ている。
 椿は俺の寝ているベッドの傍まで来る。ソウゴは困惑しながらも彼女へ話し掛けた。
「あ、あの……ここは……一体……?」
「ここは当社――デルフォニウムに併設された医療設備です」
「デルフォニウム……」
「ソウゴ様は当社のABAWORLDをプレイ中にご自宅で意識を失い、その急激なバイタル変化を当社で確認致しましたので、当社の定める救護義務に基づき、誠に勝手ながらこちらへ緊急搬送させて頂きました」
(意識を失ったって……マジかよ)
 ソウゴがベッドから降りて話をしようとする。それを椿の背後にいた医療用ドローンが二本のアームで身体を抑えて制止してきた。
『アンセイ アンセイ ネガイマス』
「うっ……でも」
「そのままで結構です。まだ安静にしていないといけませんよ。ソウゴ様は二日も眠っていたのですから」
「ふ、二日……!?」
 ソウゴは医療用ドローンによってベッドへと戻されながら椿の言葉に驚いた。
(そんな……あれから二日も経っていたなんて……そ、そうだ――マキちゃんは!!)
「あ、あの!! もう一人……! ABAWORLDで一緒に子供がいた筈なんです! その子はどうなったんですか!?」
 椿へ慌てて尋ねると彼女は少し笑顔を浮かべる。まるで聞かれることを予想していたかのようにスラスラと答え始めた。
「アバ『マキ』様ですね。残念ながら詳細な個人情報については答えられませんが、無事です。登録住所へスタッフを派遣して、メディカルチェックも行わせて頂きました。そもそもソウゴ様と違って通常のログアウトにて、ゲームを終了しております。そのため精神及び肉体に問題は無いと判断されました」
(……良かった……マキちゃん、無事だったか……。怖い目に合わせてゴメンよ……)
 ソウゴは心の中でマキへ謝罪しながら、俯く。そんなソウゴを横目に見ながら椿は自らの電子結晶を取り出す。そのまま結晶の表面を撫でて、青色に変化させた。
 それを右手に携えたまま再び話し掛けてくる。
「申し訳ありませんが……ここから先の会話は音声記録として残させて頂きます――ソウゴ様。あの時、ABAWORLDで一体何が起きたのか……話して頂けませんか?」
「それは……」
 あの時。それは当然……自分とマキがABAWORLDで謎のアバたちに襲われた事だろう。しかしそれはあまりにも非現実的な内容だ。
 そもそもあれは本当に仮想現実での出来事だったのか……? 
 あの痛み。目の前で行われた生々しい死の光景。とても信じて貰えるとは思えない。
 椿は言いよどむソウゴを見ながら静かに言葉を続けた。
「残念ながら……当社の管理しているログではソウゴ様とアバ『マキ』様は一時的にログアウト状態となり、我々の管轄しているエリア外で活動をしていた……以外の情報を得られていません。マキ様の方へ事情聴取を行うことも考えましたが、年齢を加味し飽くまで簡単な質問のみと致しましたーー少し休憩にしましょう」
 椿はそこまで喋ってから一息を入れた。横で待機させていた医療用ドローンへ右手を上げて何か指示を送る。ドローンが動きだし、自らの胴体から紙パックのような物を取り出した。
『ノミモノ ジカン デースデース』
 妙な口調と共にアームでそれをソウゴへと手渡してくる。表面に葉っぱのイラストが描かれているその紙パック。昔、医療ドラマとかで見た事がある物だ。確か栄養ドリンク的な物だった筈。
 ソウゴがドローンから受け取って繁々とその紙パックを眺めていると椿が説明を入れてくる。
「成分調整済みの経口栄養液です。まだ胃が本調子では無いでしょうから、こちらをどうぞ」
「ど、どうも……」
 ソウゴは付いていたストローを紙パックへ差し込み、それから口で中身をチュルチュルと吸った。
(……なんだろこれ……豆乳? いや塩気の無いスポーツドリンク……?)
 妙にコクがあり、ほんのり甘く、それでいて濃厚というかドロっとした舌触りの液体。飲めないほど不味い訳ではないが、美味しいとは言い難い味だった。
 形容しづらい味に顔を顰めながらソウゴは経口栄養液を飲んでいく。それを見ながら椿が尋ねてきた。
「お味の方は如何ですか?」
「え、えっと……」
 言葉に詰まるソウゴを見て椿はイタズラっぽく笑った。
「フフッ、やっぱり美味しくないですよね。私も試供品を飲んだ事があるので、味に関しては知っております。何度開発部に言っても味の改善が出来なかった逸品ですので。その分、栄養価に関しては充分すぎる効果があります」
「そうですか……」
『ゴミハ コッチ コッチ リサイクルシマース』
 ソウゴが経口栄養液を飲み切るのを確認したのか、医療用ドローンがアームを伸ばしてきた。空になった紙パックを手渡すとそれを胴体部へ仕舞い込む。
(ここのドローンって特徴的なAIしてるなー……バイト先のコンビニの配達ドローンとかもっと口調事務的っぽいのに)
 妙に愛嬌のあるドローンの動きを目で追っていると、椿が改まった様子で話し掛けてきた。
「……緊急搬送された際、ソウゴ様のメディカルチェックを我々も行いました。しかし……ABAWORLDプレイ中に意識を喪失した原因を特定することが出来ていません。ユーザー様に安心安全なプレイを提供する義務のある当社としてはお恥ずかしい限りです。問題解決のためにソウゴ様の……お力を貸して頂けないでしょうか――お願いします」
 椿はそこまで言って深々と頭を下げてきた。ソウゴはその姿を見て、少し思案する。正直なところあの時の事を思い出すと未だに心臓が締め上げられるような想いだったが、それでも自分の中だけで抱えているよりはここで吐露した方が気が楽になるかもしれない。それに……。
 ソウゴの脳裏にブラッドメイデンの姿が思い起こされる。彼は一体何者だったのか。突如現れ、あのアバたちを殺戮し――自分とマキを、乱雑な方法とは言え、多分……救ってくれたあのバトルアバ。その正体が気になって仕方なかった。デルフォニウムの社員である椿なら何か知っているかもしれない。
 そこまで考えてソウゴは意を決したように口を開いた。
「――分かりました。全て話します」
「……ご協力ありがとう御座います」
 ソウゴは椿へあの時起こった事を全て話した……――。




「……お話有難う御座います。今回録音させて頂いた会話内容を元に調査委員会を設置します。調査結果に関しては追って説明致しますのでお待ちください」
 ソウゴが語った全てを電子結晶の録音機能で記録した椿。彼女は電子結晶を懐にしまうと何時に無く真剣な様子で言った。
「先程、ソウゴ様の遭遇されたというバトル・アバ……【破瓜の処女『BLOODMAIDEN』】様ですが……彼女は既に当社のデータ上では削除済みとなっております。だから存在しない筈のバトルアバなのです」
「えっ!? で、でも確かに俺は見ましたよっ!?」
 驚くソウゴ。椿は頷きながら続ける。
「……ソウゴ様のお話を聞いて、バトルアバ『ミカ』のプレイヤーとの遭遇データを確認しました。驚くべきことですが、確かにブラッドメイデン様との遭遇データが存在しました。データが破損しているため詳細データは不明でしたが、どうやらあなた様が遭遇したというのは本当に彼女のようです」
 椿にとってもブラッドメイデンの事は予想外だったのか少し声が上擦っていた。
「……この事も含めて調査委員会にて、監査を行います。必ずソウゴ様には結果を報告しますので、申し訳ありませんが――今しばらくお待ちください」
 彼女は再び深々とソウゴへ頭を下げてくる。それから顔を上げると待機していた医療用ドローンに指示を出した。
「シマー、残りの処置を終わらせ次第、私へ連絡を入れて下さい」
『アイアーイ アドミニストレーター カンジャサーン フクヌイデー』
「わっ!?」
 ドローンのアームが突然ソウゴの患者服へと伸び、勝手に脱がせようとしてくる。まだ椿がいるというのに。慌てているソウゴを余所に椿は少しだけ笑みを浮かべながら病室から出て行こうとする。去り際に思い出したように強○脱衣をされているソウゴへ振り返った。
「申し訳ありません。一つ伝え忘れていました。うっかりしていました」
「な、何を!? ぬ、ぬがすなー! 自分で脱げるからっ!」
『アバレナイデ アバレナイデ』
 ドローンのアームに取り押さえられながら、ソウゴは椿へ聞き返す。
「社長がソウゴ様へお会いしたい様です。処置が終わったらそちらへご案内致しますので」
「えぇっ!?」
「――それでは失礼致します」
 とんでもない事を言い残し、椿は今度こそ去っていった。
 後には困惑しながら医療用ドローンと格闘しているソウゴだけが残された……――。






【東京都 赤羽 デルフォニウム本社地下 データルーム】




「うぉー……」
 ガラス張りの壁の向こうに拡がる無数の植物の根を見て、ソウゴは思わず感嘆の声を上げた。隣で一緒に歩いている椿が解説をしてくる。
「当社の社樹である【デルフォニウム】ですが、地上部分の大樹はほんの一部。このように地下へ拡がる根が本体なんです。量子通信を使った植物素子によってABAWORLDのサーバーデータ管理もここで行われています」
「凄いですね……でもこんなところに俺入っちゃって大丈夫なんですか……?」
 ソウゴが不安げに尋ねると椿は問題ないと言った様子で答えた。
「ここはまだ一般公開しているエリアです。重要な施設は更に地下となっております」
「なるほど……」
 二人が歩いているのは薄暗い通路だった。側面にはガラス張りの壁があり、その先には土と張り巡らされた植物の根がある。その根は時折ぼんやりと緑色に発光し、その度に量子通信が行われている事が伺えた。
 通信が行われる度に起こる淡い発光に通路は照らされ、幻想的な空間を演出している。
「でも……社長さんが俺なんかに会いたいなんて……一体何の用なんですか?」
「私にも分かりかねます。飽くまでソウゴ様を呼び出してくれと頼まれただけなので。実際にお会いして頂くのが一番でしょう」
 素っ気なくそう言う椿。ソウゴは歩きながら仕方なく自分で社長が呼び出してきた理由を考察する。
(そうは言われてもなぁ……デルフォニウムってかなりの大企業だし、そこの社長が俺に用って……。勝手にバトルアバ使った事怒られたり……は無いか。椿さんも前に問題無いって言っていたし。バトルアバとしての仕事ちゃんと頑張ってるね! 的な激励とか……)
「着きました。こちらの部屋へどうぞ」
 椿の言葉にソウゴは顔を上げた。そこには通路の壁に埋め込まれた青いドアがある。社長室という割にはプレートや装飾も無く、簡素な扉だった。
 椿が扉を開け、中の様子をソウゴへ見せてきた。
「え……? これは……」
 幾つかのモニターやパソコンが置かれた部屋。部屋の中央には幾つものリクライニングチェアーが円形に並び、そして……見慣れた"アレ"が全ての座席に置いてあった。
「残念ですが、社長は多忙につき、今は当社におりません。ソウゴ様を呼び出しておいて、失礼な方ですね。申し訳ありません。幸い、機器の使用出来る環境下ですので――」
 椿はツカツカと部屋に進むとソウゴに取ってあまりにも慣れ親しんだ"それ"を手に取った。
「――仮想空間にてお会いして頂きます」
 そう言って椿はSVR(シンクロヴァーチャルリアリティ)用のヘッドセットをソウゴへ手渡した――。




【デルフォニウムデータサーバー 仮想応接室】


 ――ゴンッ!
 空中から逆さまに落下してきたソウゴは見事に頭を床にぶつけ、そのままバタリと床に倒れた。倒れた状態のまま呟く。
「――……まぁ痛くは無いよな」
 あの謎の空間で感じた痛み。当然ながらそんな痛みは感じない。これだけ強かに頭をぶつけても、衝撃くらいしか感じない。
(……ホント、アレは一体なんだったんだろう――よっと)
 身体を起こして立ち上がった。軍帽の上から頭を摩りながら、自分の身体を見る。もう見慣れてしまった軍服を着た少女の姿。最初の頃感じていた声への違和感も無く、逆に現実で喋っている時、違和感を時折感じるようになってしまった。
 完全に第二の自分となってしまっているバトルアバ『ミカ』としての姿。自身の分身というよりもこの姿も自分自身という感覚に襲われる。
(こういうのってネット依存症とか、そういう系の初期症状っぽくて嫌だなぁ……大丈夫なんかな俺……)
 自身の先行きに不安を感じつつも、ソウゴは自身の身体から目を離して、周囲を見渡した。
 白一色の簡素な小部屋。壁にある四つの窓からは不自然に海が見えており、そこから波がさざめく音が聞こえてきた。
 部屋の中央には向かい合った二つのソファーが置かれ、この部屋が応接室の代わりという事を察せさせる。
 ――ポンッ。
 ソウゴが室内を観察していると背後で誰かが床に着地する音が聞こえた。
 振り向くとそこに黒いスーツを身に纏った……薄緑色の肌をした女性のアバがいた。
 薄緑色の肌に、深緑色の長いウェーブヘア。頭に真っ赤なヘッドドレスを付けており、利発そうな雰囲気を感じさせる顔。更に目に付くのは背中から生えている緑色の植物の蔓のような物だ。それは本人の意思とは関係無さそうにゆったりと蠢いている。
「も、もしかして……椿さんですか?」
 ソウゴが尋ねるとそのアバは静かに頷く。
「はい。こちらが私のABAWORLD用……正確に言えば仮想現実用ですが、バトルアバ『ツバキ』となっております。改めてお見知りおきを」
「バ、バトルアバ!?」
 椿の発言にソウゴは驚いた。言われてみれば確かにバトルアバらしい。彼女はソウゴの様子を見て、少し胸を張って自慢げに語り出す。
「現在開発中の新ベーシックシステムを盛り込んだプロトタイプのバトルアバです。まだ市場に出ていない特別仕様となっております。如何ですか? 可愛らしいでしょう」
 そう言ってツバキは何故かターンをして全身をしっかりと見せてくる。深緑色の髪がフワッと揺れ、背中の蔓がフラフープのように円を作った。
 確かに可愛らしい感じではあると思った。ただ……やっぱり緑色の肌は気になる。それが無ければ普通の人型のアバに見えるのだが……。
「た、確かに可愛らしいですね。お花みたいな感じで……」
 ソウゴが何とか世辞を絞り出して褒めるとツバキは意味深な笑みを浮かべた。
「ふふっ……花ですか。確かにこのバトルアバは花がモチーフとなっております。もっとも……綺麗な花には棘がある、ということも覚えて頂きたいですね」
「は、はぁ……?」
 ツバキのよくわからない意味ありげな言葉に困惑するソウゴ。彼女は意味深な笑みを崩さずソファーへ右手を差し向けた。それに連動して背後の蔓もそれに追従する。
「どうぞ、こちらへ」
 ツバキに促され、ソウゴはソファーへ腰掛けた。フカフカとした高級そうな触感をスカート越しに感じる。ソウゴが座るのを確認すると彼女は正面のソファーの横へ立った。
 そのまま暫く、お互いに無言で沈黙がその場を支配する。ツバキの背中の蔓がシュルシュルと動く音と窓の外から聞こえる波のさざめきだけが二人の間で響いた。
(ん……?)
 静かに社長の到着を待っていたソウゴは突如背中へ何かが擦れるような感触を受ける。何事かと思わず振り向くとそこには何故か緑色の蔓があった。
 ツバキから伸びている蔓が背中をさわさわを触っている。
(え……何これ……)
 正面にいるツバキへそっと視線を送る。彼女は相変わらず静かに待機しており、こちらへ謎のおさわりを行っているとはとても思えない態度だった。
 蔓は何時しかソウゴの腕や足にも伸びてくる。全身にシュルシュルと絡みつき、遠慮なく色々な所を触ってきた。流石にくすぐったくなり、ツバキへ物申す。
「ちょっ、ちょっとツバキさん! これ何ですかっ!? 何か絡まってきてるんですけど!」
「――えっ。あぁ!! も、申し訳ありませんっ!」
「グェッ!?」
 ソウゴの声にツバキがその冷静な表情を崩して、慌てたように自らの背中から伸びる蔓を右手で引っ張った。
 蔓に絡み取られていたソウゴは引っ張られたことでソファーから引き摺り下ろされる。そのまま乱雑に蔓ごとツバキの元まで引き寄せられた。
「この蔓は私の脳波に応じてある程度勝手に動いてしまうのです。まだ試作段階なので私が興味のあるモノ全てへ勝手に接触してしまって……」
 そう言ってツバキはソウゴへ絡みついた蔓を両手を使って外していく。
「興味って……」
(……それって俺に興味あるって事か……? ツバキさんが……?)
 困惑するソウゴ。更にツバキも自らの発言に気が付いたのか少しだけ頬を赤らめながら、乱暴に蔓を取り払った。
 蔓から解放されたソウゴは非常に気まずい空気の中、立ち上がる。それを見ながらツバキが話を変えるように口を開いた。
「……社長が来るまでまだお時間が掛かりそうなので、折角ですし……ソウゴ様。私と手合わせを致しませんか?」
「へ? 手合わせ?」
「えぇ。つまり……私とアババトルをして頂きたい、という事です。実は私、ソウゴ様……つまりバトルアバ『ミカ』と一度試合をしてみたいと思っておりました。是非、この機会に……」
「え、えっと……構いませんけど……ツバキさんって、その……戦えるんですか?」
 ソウゴの心配するような言葉を聞いてツバキは不敵な笑みを浮かべた。
「ご心配無用です。私はこれでもバトルアバのテストプレイ担当として、百戦錬磨の経験があります。むしろソウゴ様こそ努々侮ること無きように、願います。ふふふっ……」
 そう言って妙に楽し気な表情を浮かべるツバキ。
(若しかしてこの人……時間潰しは口実でただ戦いだけなんじゃ……)
 何故か明らかにウキウキでバトルを始めようとしているツバキにソウゴは色々と察していた。
「この応接室ではいささか手狭で御座います。【バトルフィールド展開】」
「うわっ!?」
 ツバキの言葉と共に応接室自体が消失し、だだっ広い真っ白な空間が二人の周りで拡がった。かなり広いフィールドで端から端まで相当な距離がありそうだ。真っ白な事も相まって距離感がおかしくなってくる。
「このフィールドは通常のフィールドより広くなっております。だから幾ら暴れても大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……」
 困惑するソウゴを余所に見慣れた【EXTEND READY?】のウィンドウが目の前へ現れた。同じようにツバキの前にもウィンドウが現れている。
「ソウゴ様、お先にどうぞ」
「は、はい――エ、エクステンド!」
 ツバキに促され、ソウゴはウィンドウのボタンを右手で叩いた。
【BATTLE ABA MIKA EXTEND】
『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』
 聞き慣れたアナウンスと共にソウゴの身体は光に包まれ、エクステンドが行われていく。握りこんだ拳に分厚いグローブが装着され、灰色の犬耳が軍帽を突き破り、スカートを貫くように灰色の尻尾がピンと突き出す。変身を遂げていくソウゴを見ながらツバキは微笑んだ。
「やはり……あなたの考案されたデザインは優秀ですね、特別顧問。だからこそ――私も咲きましょう! エクステンド……!」
【BATTLE ABA TSUBAKI EXTEND】
 ツバキが右手を一気に天へ掲げ、エクステンドを宣言する。それと同時に彼女の足元から大量の植物の根のような物が現れた。
「う、うわっ!?」
 エクステンドを終え、身構えようとしていたソウゴはその勢いに押され、思わず後ずさる。
 ツバキの足元から出現した根は彼女の身体を飲み込み、覆っていく。それは完全に彼女を覆い隠すとゆっくりと肥大化し、大きな花の蕾のようになった。
「こ、これは……こんなエクステンドがあるのか……!?」
 目の前で起こっている事態が理解出来ず、動揺するソウゴ。一体何が起きているのか理解出来ず、完全に固まってしまう。そうこうしている間に目の前の蕾は根に押し上げられるように浮き上がった。
 そして完全に膨れ上がり、やがて――その花を咲かせた。
 パァッという音と共に蕾が開き、辺り一面にピンク色の花びらが散っていく。巨大な花弁が拡がっていき、それによってソウゴへ影が落ちた。
 その咲き誇る巨大な花の中央。そこにスーツを脱ぎ捨てパレオのような物を身に纏っているツバキの姿があった。
 彼女の下半身は花に飲み込まれ、上半身のみが外に出ている。完全なる異形と化したツバキ。その姿は今まで辛うじて人型を維持していたバトルアバたちと違って、完全にヒトの姿からはみ出していた。
 彼女は明らかに先程までの落ち着いた様子から急変しており、恍惚とした表情を浮かべながら熱に浮かされるように言った。
「あぁ……咲いてしまいましたぁ……♥」
「え、えぇ……?」
 そのあまりの変わりようにソウゴは色々と引いてしまっていた。完全に別人というか人ですらない姿になってしまったツバキ。彼女は全身から伸びる蔓をウネウネとさせながら、上気した表情を浮かべていた。
「おいでぇ……♥ レンゲにツツジ……♥」
 彼女の猫撫で声に応じて巨大な花の中から二本の巨大な蔓が空へと向かって伸びていく。その蔓は先端が膨らんでおり、そこが裂けるように開いた。
 それは巨大な蛇。緑色をした双頭の大蛇。二本の蔓は巨大な蛇と化し、赤い舌をチロチロと見せながらソウゴをその赤い瞳で威嚇するように見据えた。

(何だこのデカイ蛇は……。それに、大丈夫なのか、この人……何か色々と別人になってるけど……)
 最早、驚きを通り越して彼女が心配になってきたソウゴ。そんなソウゴへツバキは艶のある声でその興奮を隠そうともせず、話し掛けてきた。
「一度言ってみたかったんです……♥」
「……な……何を?」
「――私と受粉しませんかぁ……♥ ソウゴ様ぁ……♥」
「はぁ……!? 何言ってんだあんた!? 大丈夫かよ、おいっ!?」
 最早色々と意味不明過ぎる状況に敬語も忘れ、聞き返すソウゴ。ツバキは困惑しているソウゴの事も気に掛けず、一方的に喋り続ける。
「アハァッ……♥ 綺麗なお花を一緒に咲かせましょうねぇ……♥ 辺り一面花畑にするんです……それって素晴らしい事だと思いませんかぁ? 二人で作った愛が実るんですよぉ……♥」
「か、勝手に愛を実らせないで下さい! まだ恋も知らないのに!」
「愛から始まる恋があっても良いでは無いですかぁ……♥」 
 そんな滅茶苦茶な状況の中、無情にバトル開始を告げるアナウンスが二人の間に鳴り響いた……――。

『EXTEND OK BATTLE――START!』

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GMA民話財団 2021/09/17 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!? 『第21話』

第21話『BATTLE ABA BLOOD・MAIDEN EXTEND』


【驥丞ュ千阜 閧臥阜蜑 繧カ縺ョ豌乗酪縺ョ鬆伜沺】


 ――ドシュッ!!
「ミカ姉ちゃんッ!!」
 マキの悲鳴とも叫びとも分からない声が耳に入る。しかしミカはそれを気にする余裕は一切無かった。
 白いヒョロヒョロとしたアバは刃を一旦退き、跳躍するように後ろへ下がる。
 ミカはダラりと力なく下がった左腕を右腕で庇う。その左腕には切り裂かれた服とそこから見える赤い筋があり、そこから鮮血がゆっくりと地面へ滴り落ちた。
 向けられた刃を咄嗟に左腕で庇ったミカ。しかし攻撃されたことよりも別の事に驚愕していた。
(――……痛い……!! 斬られた場所がまるで現実で斬られたみたいに……!? そんな馬鹿な……!? ABAWORLDに痛みを感じる機能なんて無い筈なのに……!)
 斬られた左腕からジワジワと針で刺すような痛みが拡がっていくのが分かる。それは現実で怪我をした時と何ら変わらない。それに斬られた部分からゆっくりと流れ出す血液もまるで現実のようだった。ABAWORLDに無い筈の機能、痛覚。それを今、ミカは、はっきりと感じる。
(こいつらは一体何なんだ……!? 本当に人間なのか……!?)
 目の前の異形のアバたち。会話も行えず、コミュニケーションを取ることすら出来ない。無い筈の痛みを与えてくる彼らは人間性というモノを欠片も感じられなかった。
 だがNPCとも違う。間違いなく自分自身の意思を持っており、明確な殺意を向けてきている。別種の生命体……そう感じさせた。
「繧ャ縺ョ謌ヲ螢ォ縺ォ縺励※縺ッ蜍輔″縺梧が縺?↑?√??谺。縺ッ繧ェ繝ャ縺瑚。後¥縺橸シ!!」
「くっ……!」
 今度は機械蜘蛛のようなアバが動き出しその背部が発光し始める。ミカはその動きに危険を感じ、半ば飛び込むようにして身体ごと右方向へ跳躍した。
 機械蜘蛛型アバの背部から次々に細いピアノ線のような糸が射出されていく。それはミカがいた地面へ連続して突き刺さり、銀色に輝いた。
 必死に転がるようにしてその糸を避けるミカ。だが回避し切れずその内の一本がミカの右足のブーツを貫いた。
「グァッ!!?」
 足から刺すような痛みを感じ、ミカは叫び声を上げる。その激痛で動きが止まり、転がることすら出来なくなった。
 糸に貫通されたブーツには赤い染みが出来ており、継続した痛みが襲ってくる。そこを機械蜘蛛型のアバが再び狙った。
 下腹部から今度は白い糸がフシュッと射出され、今度はミカの身体全体へと絡みついてくる。粘性を持ったそれは軍服や軍帽に張り付き、手足へ絡みつく。地面にもくっつき、どんどん動きが制限されていった。
「い、糸がっ!? くっ! 取れない!!」
 足から感じる痛みに呻いていたミカは急いで脱出しようとしたが、痛みと混乱する頭では上手く糸を解けず、ただただその場でじたばたと悶えるだけだった。
「謐峨∴縺溘◇?√??繧?l!」
 蜘蛛型のアバが叫ぶ。それに応じて白色の球体のアバが中空へと浮き上がり、ミカの方を向く。その表面に付いた無数の穴が一斉に発光した。
 キョアキョアキョアキョアキョアキョアキョア!!
 奇妙な音と共にその穴から無数の白い光線がミカへと放たれた。
(……ッ!! ダメだ、逃げ切れない……!)
 眼前に迫る光線へ対処するため咄嗟に身体を丸めてミカは被弾面積を減らす。それでも回避し切れず幾つかの光線が軍服を貫通し、肉体を貫いた。
 ミカの取った行動は今までのアババトルで得た経験から、導き出された最適とも言える行動だった。
 だがそれは飽くまでまともなバトルでの上。
 今、この異常な事態の中では、その行動に対する代償は凄まじい物となり、自らの肉体でそれを支払う事になった。
「がぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
(痛い! 痛い! イタイイタイイタイイタイィィィィィィ!!!!)
 身体を次々に針で貫かれるような激痛によって、ミカは悲鳴を上げながらのたうち回る。視界が明滅し、まともな思考が出来なくなっていく。少しでも痛みから逃れようとして動き回り、そのせいで更に糸が全身に絡まり、身動ぎする事すら困難になっていく。
「繧ャ縺ョ謌ヲ螢ォ縺ォ縺励※縺ッ謇九#縺溘∴縺檎┌縺?↑」
「螂エ繧峨?蜍?」ォ縺?縲?謌代i縺ョ豐ケ譁ュ繧定ェ倥▲縺ヲ縺?k縺ョ縺九b縺励l縺ェ縺???豐ケ譁ュ縺吶k縺ェ」
 攻撃を受けて悶えるミカを見ながら異形のアバたちは何か会話をしている。
(に、逃げなきゃ……殺される! い、嫌だ!! 死にたくない……!!)
 ミカはそのあまりにも現実的過ぎる痛みに恐怖した。間違いなくこの痛みは実際に感じている。そして……この痛みを受け続けた先にあるのは――間違いなく、死だ。
(死にたくない、死にたくない……! なんで俺がこんなとこで死ななきゃいけないんだ!! ふざけるなっ!! 嫌だ!! 嫌だぁぁ!! 誰か助けてくれ!! 誰か!!) 
 半狂乱になりながら糸の中藻掻く。しかし糸による拘束は強く、動かせる右手だけではどうにもならなかった。全身から感じる痛みは鈍い鈍痛へと変わっていき、傷付いた部分からジワジワと流血していく感覚もある。それは確かに自分の生命が削られていく感覚。死へと近付いていく感覚。
 現実でもここまでの重傷など経験の無いミカはその現実的過ぎる死への恐怖に震え、耐えきれず、涙さえ流した。
 嗚咽を漏らし、現実逃避でここにはいない家族へ助けを求める。
(た、たすけ……母さん、姉さ――)
 その時、誰かが迫りくる死への恐怖に打ち震えるミカの前に立った。
「マ、マキちゃん……!?」
 マキが全身を震わせながら、倒れているミカの前に立ち、両手を広げていた。倒れているミカを守るように彼女は異形のアバたちへ向かい合い、立ち塞がる。
「縺サ縺??ヲ窶ヲ豬∫浹閧臥コ上>縲?蟄蝉セ帙〒繧ょ酔譌上r螳医m縺?→縺吶k縺」
「邏?譎エ繧峨@縺?姶螢ォ縺?縲?謌代i繧よ噴諢上r謇輔>謌ヲ縺?∋縺阪□」
 マキの姿を見て異形のアバたちが何か会話をする。そして彼らは再び闘気を放ち始めた。
(こ、こいつらマキちゃんを攻撃するつもりか……!? 子供なんだぞ!! 何考えてやがるっ!! そんな事俺が――)
 自分の痛みも構わず、何とか身を起こしてマキを守ろうとするミカ。しかしその時、身体の奥、そこにある心臓が、仮想現実で存在し無い筈の心臓が、大きく跳ね上がった。
 ――ドクンッ……――
(――俺が……なんだ……? オレ、ガ……)
 湧き上がる奇妙な思考と共に全身から伝わる痛みが徐々に強くなっていく。本来ならそれだけで気絶しそうな痛み。しかしそれが何故か――心地良い。
 傷を受けて動かなかった筈の左腕がピクピクと動き出し、勝手に拳を握りこむ。自然と右腕が動き出し、今までに無い力が生み出され、身体を拘束していた糸をぶちぶちと引き千切り始めた。
 恐怖も消えず、痛みも消えず、傷も消えていない。だけどミカの心にあるものが生じていた。
 それは敵意。今までしてきたアババトルでミカが持っていなかったモノ。感じていなかったモノ。戦ってきたバトルアバたちに敬意や畏敬を抱くことはあっても明確な敵意は今まで持っていなかった。
 当然だ。彼らは"敵"などでは無かったのだから。初めて――目の前にいる"敵"に初めて、群れの"仲間"であるマキを害そうとする者へミカは敵意を抱き、憎悪した。
 その敵意に呼応するように、今まで無反応だった筈のシステムUIが再起動した。
 ミカの視界に【EXTEND READY?】の文字が表示される。普段の文字と違ってノイズが混じり擦れた明らかに異常な文字。しかも表示後、ゆっくりと文字が書き換えられていき、その表示は【TRANSFORM READY?】へと変貌する。
 その文字を見てミカは獣のように牙を剥き出しにして笑った。
 必死にミカを守ろうとしているマキが前を向いていて、その変化に気が付かなかったのは幸運だったかもしれない。もしミカの表情を見ていたら目の前の異形のアバたち以上に恐怖することになっただろう。
 その表情は明らかに、ヒトのするべき表情ではなく、獲物を前にした醜悪なケモノのモノだった。
 ――群れのために、狩れ――
 ミカの脳内の何かが囁くようにこれからすべきことを教えてくる。口に出すべき言葉を教えてくる。
 それに促され、遂にミカは"あの言葉"を口に出そうとした。
「――……トランスフォ――……っ!?」
 バキッ! バキバキバキッ!!!
 しかしミカの言葉を中断し、突如何かを引き裂くような音が空間全体へ響いた。
「ひゃっ!?」
 マキが悲鳴を上げて頭上を見る。ミカも釣られて音のした方を見た。
 先程まで闇しかなかった空間に大きな亀裂が出来ている。そして――そこから大きな"何か"が落下してきた。
  風を切りながらそれは降下し、異形のアバたちとミカたちの間に降り立った。
「きゃぁっ!?」
「――……あっ! マキちゃん!!」
 マキがその落下によって生じた衝撃波で吹き飛ばされる。その悲鳴で正気に戻ったミカはハッとし、痛む全身を無理矢理動かして、その身体を両腕で何とか受け止めた。マキを受け止めた衝撃で全身が軋む。
「ぐっ……! 一体何が――」
 ミカは全身から感じる痛みに歯を食いしばって耐えつつ、マキの身体を抱き寄せながら、落ちてきた物の正体を確かめようとすした。
「……これは……」
 そこにあったのは円筒形をした灰色の鋼鉄の物体だった。表面には大量のリベットが打ち込まれ、更に幾つもの穴が存在し、その穴から赤黒い染みが見える。鋼鉄の表面には一本の筋が通っており、そこが観音開きになることが伺えた。
 異様な物体。だがその異様さを際立たせるのは上部に備え付けられた鋼鉄の顔だった。
 表面に造形された女の顔。泣いているかのようにその片目からは赤い血の筋が走っている。ミカはその異形の物体に見覚えがあった。
 中世の時代に存在したという○問器具。悪辣にも処女(おとめ)の名が付けられた処刑器具。
「鉄の処女(アイアン・メイデン)……」
 鋼鉄の処刑器具、鉄の処女(アイアン・メイデン)。それがミカと敵たちの間に立ち塞がっていた。
「うっ……!?」
 その鉄の処女を見ていたミカの胸が突如としてざわつき始める。胸がムカムカとするような感覚に襲われ、思わずミカは俯いた。
(これは……ガザニアさんと初めて会った時の……!?)
「迢ゥ莠コ窶ヲ窶ヲ」
「鮟偵?繧カ縺ョ迢ゥ莠コ窶ヲ窶ヲ!!」
 突如、現れたその鉄の処女を見て、敵たちが明らかに動揺、興奮しているのがミカにも伝わる。
(一体……これは何なんだ……?)
 ――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ。
 まるで鞭を振るうような音が聞こえ始めた。それは鉄の処女の背部から飛び出した三本の鎖。錆び付き、血に染まったそれは鞭のようにしなりながら、敵を威嚇するように地面を削り、空を削る。
 その勢いに圧され、敵たちは警戒するように後ずさった。
(俺たちを……守っている……?)
 その鉄の処女はミカたちから敵を遠ざけているようにも思えた。
 ――ヒュンッ……カチッ。
 鎖が鉄の処女の内部へと収納されていく。そして――ミカに取ってアババトルで聞き慣れたあのアナウンスが鳴り響いた。
【BATTLE ABA BLOOD・MAIDEN EXTEND】
「なっ……!?」
(今……なんて言った……!? ブ、ブラッド……メイデン!? 前にブルーさんたちが言っていた……初代大会優勝者の――)
 聞き覚えのある名前に驚愕するミカを余所に、鉄の処女の観音開きの扉が軋みを上げながらゆっくりと開き始めた。
 ――ゴポッ……。
 それと同時に内部から大量の赤黒い血液が吹き出すように零れ、溢れ出す。それは黒い地面を汚し、穢し、拡がっていく。
「ひっ!」
 飛び散った血液がマキとミカの方まで降り懸かり、マキが身体をビクッと振るわせて悲鳴を上げ、ミカの身体を強く掴む。
 鉄の処女の中の暗闇から灰色の鋭利な手甲を纏った一本の腕が現れる。血濡れの装甲を纏った腕。その尖った装甲を纏った手が扉へギリギリと爪を喰い込ませた。
 ゆっくりと、非常にゆっくりと鉄の処女の中からそれは現れた。

 傷だらけの西洋鎧を身に纏うフルプレートの長身の騎士。右手には抜き身の巨大な剣を携え、ダラりと力なく下げている。一歩進む度にガシャッと足甲から金属音が鳴り響き、踏みしめた血溜まりから血が飛散した。飛び散った血はその纏ったフルプレートに付着し、弾かれ、再び、地面へと落ち新たな血溜まりを作る。
 顔は完全にフェイスプレートに覆われて、表情も性別も分からない。
 騎士は敵の方へその身体ごと向き直る。そのまま左手を上げ、自らの顔面へとその爪を突き立てる。金属を引き裂く不快な音と共に顔面の右半分を自分の手で抉り取った。
 その異様な行動にマキが声も出せずに恐怖し、ミカの手の中でガタガタと震えた。ミカも同じように目の前の光景が理解出来ずに動揺し、震える。
 騎士が自ら抉った顔面から真っ赤な目が露出する。殺意と敵意しか感じられないその瞳。その狂気混じりの瞳を騎士は眼前の"獲物"たちへ向けた。
「ラ、ランク1……破瓜の処女(はかのおとめ)『BLOOD・MAIDEN』……」
 ミカはブルーたちとの会話を思い出し、声を震わせながらその名を思わず呟いた。
 第一回チャンピオンアバ決定戦、優勝者。優勝後、その姿を消したという伝説のバトルアバ。今、ミカたちの前にいるそのバトルアバはあの映像で見せてもらったブラッドメイデンの姿、そのままだった。
「讒九∴繧搾シ√??繝、繝?′蜍輔¥縺橸シ!」
 機械蜘蛛型のアバが何かを叫びながらその騎士へ攻撃を開始する。背中から再びピアノ線のような糸が発射されブラッドメイデンの身体を貫こうとした。
 ブラッドメイデンは躊躇いなくその糸を左手で掴む。当然無事では済まず手甲を切り裂いて掴んだ部分から赤い鮮血が迸った。しかしそんなことを気にも止めず、そのまま糸を手繰り寄せ一気に自分の元へと引き寄せる。
「縺励∪縺」窶ヲ窶ヲ!?」
 機械蜘蛛型アバはまだ身体と繋がったままの糸に引っ張られ、引き摺られ様にしてブラッドメイデンの近くに移動させられた。六本の足を地面に突き立てて必死に抵抗しているが、その力が相当な物らしくその抵抗も空しい。
「迢ゥ莠コ繧?シ√??!!」
 球体型のアバが仲間を助けようとしたのかブラッドメイデンへ向かって、攻撃を始める。全身の穴を発光させ、光線を連続発射した。だがブラッドメイデンはそれを見越していたのか、引き寄せていた蜘蛛型のアバの大きな瞳へ左手を躊躇いなく突き立て鷲掴みにする。
「縺弱c縺√=縺√=縺√≠!!」
 理解出来ない言葉で悲鳴を上げる蜘蛛型のアバ。しかしブラッドメイデンは意に介さず、その身体を片腕で持ち上げ、向かってくる光線への盾とした。
 放たれた光線は次々に着弾し、蜘蛛型アバの身体を貫き、破壊していく。
「讒九o縺ェ縺?°繧画?縺斐→迢ゥ莠コ繧呈カ域サ?&縺帙m縺翫♀縺翫♀!!」
 蜘蛛型アバが全身を光線で破壊されながら何かを叫ぶ。それに応じて球体型のアバから放たれる光線が更に数を増やした。
 ブラッドメイデンは蜘蛛型アバを盾にしたまま、剣先を持ち上げ、水平に構える。そして両足をすり合わせてから、一気に前方へ踏み込んだ。
 その長身からは想像も出来ないような高速の踏み込みで、球体型アバへと突撃する。
「騾溘>縺!?」
 その素早さに驚きつつも、球体型のアバは回避をしようとその翼をはためかせた。
 それを制するかのようにブラッドメイデンは一気に懐まで接近すると盾にしていた蜘蛛型アバを乱雑に球体型アバへと投げつけた。
 凄まじい衝撃音と共に二体のアバがぶつかる。
 ――ドシュッ。
 間髪入れずにブラッドメイデンは両腕で剣を構えなおすと凄まじい力でその剣を突き立て、抉り、二体纏めて串刺しにする。蜘蛛型アバの瞳を貫き、球体型アバの口部を貫いた。
「マ、マキちゃんっ!! 見ちゃダメだ!!」
「ひゃんッ!?」
 ミカはこれから起こる凄惨な光景を予想し、慌ててマキの視界を右手で覆った。
 二体のアバが声にならなら悲鳴を上げる。言葉は分からないがミカにはそれが痛みに悶える悲鳴だと理解できた。
 ブラッドメイデンはそのまま技術も何も無い力任せの動きで剣を上へ、上へと持ち上げていく。刃先によって強引に傷口が開かれ、切断されていった。
 刺し貫かれ、両断されていく二体のアバ。その傷口からは白い体液のような物が迸り、地面を汚し、ブラッドメイデンの鎧を穢していく。
 最後の一撃と言わんばかりに彼が剣を上方へと思いっ切り振り抜く。一気に二体のアバは両断され、激しく白い体液が周囲へ飛び散った。
 両断されたアバは金属音を立てながら地面へと落下し、転がる。暫くぴくぴくと動いていたがやがて動きを止めた。
「あっ……!?」
 驚くべきことに二体のアバは白い光の粒子となって消滅していく。それを見たミカは背筋へ冷たい物が流れるのを感じた。
(し、死んだ……? いや、殺し……た……? ブラッドメイデンさんが……この人たちを……殺した!?)
 何故かミカにはそのアバたちが"死んだ"と感じ取れた。そんな事、この仮想現実であり得ない筈なのに、何故かそのアバたちが本当に死んだと確信することが出来た。
 ーーガキンッ!!
「……っ!?」
 金属と金属のぶつかる音。ミカが消えていく二体のアバたちに注意を惹かれている内にブラッドメイデンは最後に残った白いひょろひょろとした人型のアバと戦いを始めていた。
 白い人型のアバは両手の刃を次々と繰り出し、ブラッドメイデンの身体を切り裂こうとしていた。
 しかし彼はそれを剣を使うことすらせず、左手の手甲で弾き全ていなしていく。既にボロボロとなっている左手が更に傷付き、赤い血が飛び散った。
 ブラッドメイデンは相手の刃を手甲で大きく弾く。その勢いに圧され体勢を崩す白い人型アバ。次の瞬間、その穴の開いた顔へブラッドメイデンの左手が伸びた。
 そのまま首根っこを鷲掴みにする。ギリギリと首を締め上げながら、片腕で持ち上げていった。
「髮「縺帙▲!!縲?髮「窶補?!!」
 白い人型のアバは何か叫びながら、悶え、抵抗するように両手の刃でブラッドメイデンの腕を何度も斬りつける。しかし腕甲に弾かれ、刃先が滑るばかりだった。
 ブラッドメイデンが右腕に携えた剣を自らの頭上へと掲げる。そして一気に白い人型アバの左腕へ向けて振り下ろした。
 ――ザンッ!!
「繧「繧ャ繧ャ繧ャ繧ャ繧。繧「繧「繧「繧「??シ!!!」
 切断された白い人型アバの左腕が空を舞う。切断面から白い体液が吹き出し、理解出来ない言葉の絶叫が響いた。
 悶え苦しむ相手をその赤い瞳で見据えるブラッドメイデン。躊躇いなく振り下ろした刃を返した。
 ――ザンッ!!
 断ち切られた右腕がぼとりと地面に落ちる。そして切断部から零れた白い体液が地面を汚した。
 両腕を切断され、最早悲鳴を上げることも出来ずただ痙攣するだけになる白い人型アバ。
 ブラッドメイデンは抵抗が無くなったと見るや、首根っこを掴んだままその無抵抗なその身体を地面へと叩き付けた。
 何かが砕ける音が鳴り響く。彼はそのまま再び、腕を持ち上げ、返り血を浴びるのも構わず何度も、何度も、何度も……叩き付けた。
 砕ける音。引き千切れる音。弾ける音。それが何度も鳴り響く。
「うっ……」
 ミカはそのあまりの残虐さに思わず口元を裾で押さえて呻く。先程まで自分の命を奪おうとしていた相手とは言え、その光景はあまりにも……あまりも、酷い。ブラッドメイデンの行為は目を背けたくなるほど凄惨だった。
(マキちゃんに見せなくて良かった……)
 ミカが目隠しをしているせいか状況が分からず、不安そうにもぞもぞしているマキ。とてもじゃないがまだ解放出来そうに無かった。
 遂に動く事すらしなくなったアバ。ブラッドメイデンはそれを確認してからゴミのようにそれを打ち捨てた。
 それは地面へ投げ捨てられ白い体液を撒き散らしながら転がる。暫くして先程の二体のアバと同じように光の粒子となって消えた。
(また死んだ……本当に死んだんだ……)
 ミカにはやっぱりそれが死んだ事が何故か分かった。目の前で本物の死を経験し、そのおぞましさと現実感に打ち震えるミカ。そしてその行為を躊躇いなく行ったブラッドメイデンに……恐怖した。
(……っ痛……! 痛い……やっぱりこの痛みも本物だ……。さっきまで興奮していたから何とか誤魔化せていたけど……くっ……)
 異常な状況を見てかえって落ち着いたことでじくじくとした痛みがぶり返してくる。痛み以外にも本当に血液を失ったかのように頭がフラフラとしてきた。身体に力が入らなくなり、マキを抱き寄せていた手を離してしまう。
(ダ、ダメだ……意識が……もう……)
 ミカはそのまま崩れるようにして、バタリと地面へ倒れ込んだ。
「ミ、ミカ姉ちゃん!?」
 マキが倒れたミカへ縋りつき、心配しながらその身体を揺らした。
「うっ……うぅ……」
 既に肉体、精神共に限界を迎えつつあるミカはマキの声に答えることが出来ず、ただ呻くだけだった。
 ――ザッ。
「――ヒッ!!」
 そんな二人を覆い隠すように影が差す。近付いてくる者に気が付き、マキが短く悲鳴を上げた。ブラッドメイデンがいつの間にかマキとミカの傍まで来ている。
 彼は無言でその場に屈みこむと右手に携えた剣をミカたちの隣の地面へと突き立て、そのまま抉った。
 ――バキッ。
 何かを引き裂くような音と共に地面の闇が抉れ、二メートルくらいの亀裂が出来る。そこから紫色の光が漏れ出した。
 ブラッドメイデンは自らの作った亀裂を一瞥してから、立ち上がり、倒れているミカの方へ視線を向ける。その真紅の瞳とミカは目を合わせた。
 燃えるように真っ赤な瞳。何を考えているのか全く分からないその瞳。彼はその視線を向けながら突如ミカの身体を縋りついていたマキごと右足で蹴り飛ばした。
「ぐっ……!!」
「きゃぁっ!?」
 ミカはその衝撃で呻き声を上げ、マキは悲鳴を上げる。蹴り飛ばされた方向には先程、ブラッドメイデンの作った亀裂があり、二人は吸い込まれるようにそこへ落ちていった。
「――きゃぁぁぁぁあぁ!!!」
 下方へ落下していく感覚があり、マキの悲鳴がミカの耳に届く。しかし既に意識が朦朧としていたミカはどうする事も出来ず、落ちるに任せようとした。だが一緒に落下するマキの姿が微かに視界へ映る。
(ダ、ダメだまだ耐えろ――マ……マキちゃんだけでも……助けないと――)
 必死に消え入りそうな意識を覚醒させて、最後の力を振り絞り、右手を伸ばした。
 辛うじて落下しているマキの尻尾を掴み、彼女が驚き悲鳴を上げるのにも構わず、自分の方へ無理矢理引き寄せる。そのまま抱きかかえた。
 周囲は相変わらず闇ばかりで何も見えず、ただ落下しているという感覚だけを感じる。
(ごめん……トラさん、ブルーさん……マキちゃんに怖い目合わせて――やくそ、く……守れませんでした……)
 二人への謝罪を心の中で告げながら、マキを抱きかかえたまま、ミカの意識は今度こそ闇の中へ消えていった……――。

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次回予告。

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