GMA民話財団 2021/09/05 00:00

(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!? 『第17話』

第17話『――ギョワァオ!!』

【ABAWORLD MINICITY SHOPPINGエリア 『蜘蛛糸紡績』】



「えぇ!? リンダさんってムーンさんの先生だったんですか!?」
 ミカの驚きの声が店内で響く。ムーンはその大声を気にも止めず、棚に並んだ色鮮やかな生地を一つ一つ手に取って眺めながら吟味していた。
「そ。あたしがデザインの専門学校通ってる時に講師としていたの。あの頃から嫌味ったらしい(ピー)野郎だったわ――あ、ミカくんそっちの赤いヤツ取って」
「は、はい。えっと――」
 ムーンが指差した棚へミカは近付くと赤い布を取り出す。固めの感触の布。それを持ってムーンへと側へと向かいてわした。
「うーん……色は良いけどちょっと触感が固いわね。風にたなびく感じにしたいからこれだとちょっとアレか……保留かしらね」
 ムーンは受け取った布を暫く眺めたり、触ったりしていたが、どうにも気に入らなかったようでそのまま空中へ放り投げた。布が光の粒子となって消えていく。
「教師と教え子かお前ら。お前のあいつへの態度見る限り……どう考えても甘酸っぱい関係では無さそうだな。どんな因縁あんの?」
 店の壁に寄り掛かって手持ち無沙汰に腕を組んでいるブルーがムーンへと尋ねる。
 ムーンは棚を物色する手を止め、ブルーの方へ振り向くと怒り心頭と言った様子で捲し立て始めた。
「あの(ピー)野郎はあたしが何か提出するたびにいっつも……いっつも! 小言ばっかり言って来るのよ! 『ロマンを追い求めるのも良いですが、使う人の事を考えていません。それでは認めてもらえませんよ』とか! 『あなたの作品は目指す場所が整理出来ておらず、とっ散らかっているだけです。それをディティールに拘ったとか言って誤魔化すのは止めなさい』とかああああ!! あー! 思い出してまた腹立ってきたぁ!!!」
 激昂するムーンの大声は店の外まで届き、通りを歩くアバたちの何人かが何事かと振り向いた。
 アバ用の衣装やマイルームを飾るための家具を販売している店が立ちならぶSHOPPINGエリア。
 ミカたちはその中の服飾確認用ショップの一つ『蜘蛛糸紡績』にいた。
 ムーンから"例のあの人"を待つ間に寄りたいと言われ、立ち寄ったのだった。
「店員! お会計お願い! リストの品、全部、あたしの倉庫へぶちこんでおいて!」
 ムーンがレジの方へ向かって怒鳴ると店員が反応する。
『かしこまりました』
 彼女の言葉を受けて人間の上半身に蜘蛛のような下半身がついた独特な姿の女性NPCが脚(?)を使ってレジを打ち始める。ブルーが遠目にそれを見ながら言った。
「ここのNPC良デザしてるよなぁ……制服も可愛いし。こういう系のアバってまだ人間じゃ動かせねえんだっけ」
「所謂半人タイプね。今のところAI制御じゃないと無理よ。単純な四方向移動なら素人でも出来ると思うけど、自分の手足として動かすのはかなり難しいわ。バトルアバだとこういう系統結構いるけどそいつらはみんなそれなりの期間訓練して、それでも完璧に動かすの無理だからAIで補助入れてたかしら、確か」
 流石に落ち着いたのかムーンが棚から離れつつ、バトルアバデザイナーらしく専門的にブルーの疑問へ答える。
「バ、バトルアバにこういう姿の方もいるんですか……?」
 ミカはレジでにこやかに会計を進めている蜘蛛のような異形の姿のNPCを見て、戦慄する。確かに顔とか服装とかは自分から見ても可愛らしいと思うけど、下半身が完全に蜘蛛特有の多足とまだらの大きな腹部で構成されており、それがとても異形に見えた。
(こ、この姿で襲ってくるのは普通に怖いぞ……結構デカイし……)
「それこそ、このNPCの制作に協力したデザイナーが、下半身が蜘蛛の近接戦闘型バトルアバ使ってたわね。名前忘れちゃったけど」
「地蜘蛛《じぐも》の『カラシェ』か。本職がデザイナーなせいか忙しすぎてたまにしかバトルやらねえんだよなぁ。オレも動画でしかバトル見たことねえわ」
「そうそうカラシェ、カラシェ……あんたホントバトルアバの事は直ぐ思い出すわねぇ。脳みその構造どうなってんのよ」
 レジで会計を済ませているムーンが呆れながらそう言った。それに対してブルーは如何にも自慢げに腕を組んで答える。
「オレはどんなイキリ野郎が質問してきても、アババトル関連なら即マウント取れるようにしてんだよ。マウント合戦は何時起きるかわからねえからな」
「ホント、根性ねじ曲がってるわね――はい、これで買い物終わり。ミカくん、悪いわね、付き合わせちゃって」
「いえ、構いませんけど……こういう布とかって何に使うんですか?」
「後で説明してあげるわ。一先ず、店を出ましょう」
『ありがとうございました~』
 店員に見送られ三人は店を後にする。外では未だに大勢のアバたちがウィンドウショッピングに興じており、賑やかな様相だった。
「うぉー……アバが沢山いる。ここ……ショッピングエリアって初めて来ましたけど……現実と同じ店が結構あるんですね」
 ミカは立ち並ぶ店を見て思わず呟く。道に連なる店舗には架空の店舗に交じって現実と同名の見覚えのある店舗があった。
 ファッションに疎いミカでも名前くらいは聞いたことある店名があり、それが有名ブランドの店だと理解出来た。
 ミカの呟きを聞いてムーンが話し掛けてくる。
「何か今日は確かにアバ多いわね、いつもはここまで混んでいないんだけど。実名の店は所謂協賛企業系の店ね。そっち系のお店はABAWORLDで商品買うと現実の方に実物の商品が届くの。便利でしょ?」
「えぇっ!? 実物がですかぁ!? す、凄いなぁ……」
「流石に実物はゲーム内マネーだと買えないけどね。リアルマネーが必要よ」
 驚愕するミカにブルーが呆れた様子を見せる。
「そんなに驚く事かぁ、ミカ? ネット販売くらいお前だって使ったことあんだろ。それと変わんねえよ」
「い、いやそうですけど……なんか仮想現実で買い物して現実に商品が届くっていうと実感が無くて……」
「結構人気あるのよ、このサービス。普通のネット販売と違って実際に触って……いやまぁホントに触ってるわけじゃないだけど、それでもやっぱり実物見てから買いたいって層には好評だし」
 ムーンの解説を聞いてミカは改めて立ち並ぶ店舗を眺めていた。色々なアバたちがウィンドウショッピングに興じていたり、アバ同士で商品の感想を言い合っていたりする。
 確かにこれなら離れていたところにいる友人たちと、実際の店を一緒に見ているような体で買い物が楽しむ事が出来る。良く出来たシステムだと思った。
 ミカが感心しながら店舗を眺めている横で、ブルーとムーンが駄弁り始める。
「ホント、量子通信様様って感じだな。アレのお陰で大容量の通信でもほぼラグ無くなったし。こういうネットショップも実物スキャンしたらリアルタイムで質感とかのデータ反映されるしさ」
「アレの開発者って幾ら儲けたのかしらね……今、世界中のネット関連の基幹システム全部アレに挿げ替えられてるし。億どころか兆の儲けあるでしょ」
「さぁ? つーか開発者、宇宙人って話じゃなかったか?」
「どこの都市伝説よそれ……」
「だって開発者明らかにされてねーんだろ? ぜってー宇宙人だよ宇宙人。地球外生命体から技術提供受けたってやつ」
「……そういう眉唾はともかく、あたしが《《ブルックリンから接続しても》》ラグ無いのは間違いなく量子通信のお陰ね。あたしがガキの頃は海外接続したら結構ガクガクだったのよ?」
「は? お前アメリカから接続してんの!?」
 何気無いムーンの一言。しかしブルーが驚いたように声を上げる。その声にミカは思わずムーンの方へ振り向いてしまった。
「あぁ。そう言えば説明してなかったっけ。あたし、アメリカ……ブルックリン区のネットカフェからABAWORLDログインしてんのよ」
「え、えぇ!? ムーンさん、海外在住なんですか!?」
 流石のミカも驚いてムーンの方へ駆け寄ってしまう。ブルーも驚いた様子で顎に手を置いていた。
「ラッキーの爺さんから渡米してたってのは聞いたけどよ。ABAWORLDログインしてるし、てっきり日本にいるもんだと思ってたぜ、オレ。まさかどっちにもVR用設備用意してんのか」
「日本の自宅には確かに機器あるけどね……あっちでも機器揃える余裕は流石に無かったわ。日本じゃまだあんまり流行って無いけど、あっちだと簡易版じゃないSVR(シンクロヴァーチャルリアリティ)機器の時間貸しやってるトコあるのよ。毎回そこ使ってログインしてたってわけ」
「うわぁ……何かすっごくグローバルな感じですね……」
 どうにもスケールの大きい話に付いていけずただ感嘆するだけになるミカ。そんなミカを見つつムーンは青色の瞳を発光させながら話を続けた。
「ミカくんの本格的な調整行いたいから、そろそろ帰国する予定だけどね。流石にデータ量増えてきたからリモートで改造するのもキツいし――あっ、改造で思い出したけど……修正データ渡すの忘れてた」
 ムーンは思い出したように自らの右腕を撫でる。それと同時に彼女の前にウィンドウが出現した。
「この間のガザニアとのバトル見て、ちょっと黒檜《くろべ》の防衛機能を強化しておいたわ。流石に突貫だったから見た目上の変化はあまり無いけど、次同じように突破してくるヤツがいたら――ふふふふっ……!」
 無表情な筈なのに何故か邪悪な笑みを感じさせる笑い声を漏らすムーン。彼女はウィンドウを操作し、何か白色に輝く宝石のような物を空中に出現させる。
「はい。パワー・ノードの修正データ。パクッといきなさい」
 空中に浮かぶ宝石を顎で指してくるムーン。
「は? パクッ……て……食べるんですか、これ……」
「味なんてしないから。というかABAWORLDに味覚感じる機能は無いわよ。さっさと修正データ受け入れなさい」
「は、はい……えいっ!」
 ミカは軽くジャンプして空中に浮かぶ宝石をパクッと飲み込む。モゴモゴと口を動かして、その修正データを咀嚼していく。固形物を飲んだ筈だが、別に何か異物感を覚えることも無く、宝石はミカの体内へと消えていった。
「……犬の餌やり」
 ブルーがボソッと失礼な事を呟く。ミカは口を動かしながら無言でブルーへ抗議の視線を向けた。
(俺だって好きでこんなもん喰ってねえよ!)
 ムーンは自身の見ているウィンドウに【データ修正完了】の文字が表示されているのを確認し頷いた。
「よし。これで修正完了ね――はぁ~……外部データは弄れるけど、ミカくん本体のデータはどうしようも無いのよねぇ。こればっかりはあたしの権限じゃ手が出ないわ」
「それって例の《《アクセスキー》》が必要ってヤツですか……?」
 ミカが尋ねるとムーンは青色の瞳から漏れる光を少し暗くさせる。
「そう……本来バトルアバって本体用のアクセスキーの発行と登録してからベーシックシステム作って、パワーノード追加とかの改造を行っていくんだけど……ミカくんの場合は出所不明の本体に武装追加したから、アクセスするためのキーが無いのよ」
 ムーンはウィンドウを閉じながら困ったように腕を組む。
「アクセスキーを後から発行するためには制作元調べなきゃいけないんだけど、あたしはそれが記載されたパーソナルデータ閲覧する権限すら無いし……」
「なんでぇ。お前その権限も無いのかよ。じゃあやっぱりアイツ来ないとミカの姉ちゃんの情報聞けねえじゃん」
 ブルーの言葉にムーンは青色の瞳を赤色に染めていく。ブルーへと喰ってかかって行った。
「当たり前でしょ! 正しい順番はアクセスキー作成! 諸々の権限発行! その後にバトルアバ本体作成なの! 今回みたいにいつの間にかあたしのパワーノードが勝手に使われて! 実戦投入されるなんて想定してないの! お分かり!?」
「はいはい……そうかっかするなよ。でも逆に言えばアクセスキーさえあればどうにかなるんだろ? チャンスじゃねーか。リンダに勝てばくれるって言ってんだから」
 ブルーは激昂して突っかかってくるムーンを軽くあしらいつつ、なだめる。ブルーの言葉を聞いてムーンは冷静さを取り戻したのか瞳が赤色から青色に戻っていった。
「……確かにチャンスではあるわね。ただあいつ……(ピー)野郎なだけあって、かなり強いわ。なんせデザイナーの癖に大会出場経験あって、しかもそこそこ勝ち進んだようなヤツよ。ミカくん……いやあたしの作品でヤツに勝てるかどうか――正直わからないわ」
 微妙に顔を俯かせるムーン。そこに普段の勢いは無く、明らかに自信が無いという様子だった。
 リンダの実力を良く知っているが故の気落ち。そんな彼女を見てブルーは励ますつもりか少し明るい声で言った。
「おバカ、今更お前がダウナーになってもしょうがねえだろ! 三日あったし作戦自体はちょっち立てたしな。それにどうせ、戦うのはミカだし~! 負けた時はこいつに全部責任押し付けりゃ良いさ」
「え!? い、いやそれはちょっと……」
 ブルーは冗談めかしてミカの肩をバシッと右手で叩いてくる。急に全責任を押し付けられ困惑するミカ。ムーンは狼狽えているミカを見て少しだけ目を細めた。
「……まぁ責任の所在はともかくミカくんに頑張ってもらうしか無いわね。あたしが現状用意出来る最高の物は用意したし……頼むわよ、ミカくん。あのく……そ……野郎をぶっ飛ばしてやって頂戴」
「NG避けしてまで私を罵倒したいなら、直接コールでもすれば良いでしょうに。相変わらずですね、ミズキ」
 ※NG避け 本来使えないワードを工夫して使う事。
 聞き覚えのある声がミカたちの所へ届く。三人は一斉に声の聞こえてきた方向へ振り向いた。
「こんにちは、皆さん」
 アバたちが行きかう往来の中、道の向こうに一回り大きな身体のアバがいた。
 リンダ・ガンナーズ。ここへミカたちを呼び出した張本人だった。
 リンダは紫色に淡く発光する二つの大きな瞳でミカたちを見据えながらゆっくりと近付いてくる。床をプラスチックで擦ったような独特のキュムキュムという足音と共に彼はムーンの前へ立った。
 そして無言で右手を上げる。その手に握られてキラキラと光り輝く鍵のような物があった。
「これは私が発行したアクセスキーです。まだ所有者登録がされていないので、ミズキ、あなたでも使えます」
「あれがアクセスキー……」
 リンダの手の中で輝く鍵を見てミカが呟く。彼は右手を下げて鍵をどこかへ仕舞う。そして今度はとんでもない事を言い出した。
「私にバトルアバ・ミカが勝てばこれを差し上げましょう。しかし負けた場合はミズキ、あなたにはバトルアバ・ミカのパワー・ノードをアンインストールして頂きます。バトルアバ・ミカには私が代わりのパワー・ノードをお渡ししましょう」
「ちょ、ちょっと! それどういう事よ! なんでアンインストールする必要があんのよ! ふざけないで! やっと掴んだチャンスだって言うのに、それ放棄しろって事!?」
「これは温情なのですよ、島本瑞樹《シマモトミズキ》」
「うっ……」
 流石に気色ばみリンダへ喰ってかかるムーン。しかしリンダは威圧感のある声色で彼女の罪を咎めるようにそれを制する。
「パーソナルデータを覗いた時に気が付きましたが、バトルアバ・ミカは未完成です。Ver(バージョン)で言えば1.0に満たないでしょう。デザイナーが未完成の作品をクライアントへ渡すなど言語道断。本来ならばこの時点で強○的にパワー・ノードを回収すべき案件なのです」
「ま、待ってください! ムーンさんもわざと完成させなかったわけじゃ無いんですよ! 私の方にも原因があって――」
 一方的なリンダの発言にミカがムーンを庇うように口を挟んだ。しかし彼は右手を上げて指を一本立てるとミカの言葉を止める。そのままムーンを見据えたまま、続けた。
「バトルアバ・ミカ。例えどんな理由があろうとそのままパワー・ノードを継続使用させた以上、それは言い訳に過ぎません。ミズキがすべき対応は未完成のパワー・ノードをアンインストールし、別のデザイナーをあなたへ紹介することだったのですから」
「そんな……!」
「良いのよ、ミカくん。そいつは(ピー)野郎だけど言ってる事は間違ってないから」
 ムーンはズイッと進み出てリンダの前へと立つ。覚悟を決めたように、彼の放つ威圧感を正面から受け止め、言い放った。
「分かったわ。ミカくんが負けたらアンインストールだろうが、修行し直しだろうが何だってやってやろうじゃない。但し、あたしの作品が……あんたを超えたら、きっちりアクセスキーを貰っていくわよ。良いわね?」
「勿論……私への罵詈雑言も幾らでも言って構いませんよ」
 ムーンの覚悟を決めた様子を見てリンダの声が咎めるような声から、穏やかな声色へと変わる。彼は学校の先生のように、生徒へ諭すようにゆっくりと彼女へ語り掛けた。
「ミズキ、あなたは何時だってロマン優先で実用性などを考えていませんでしたね。使う方の気持ちなど考えず、自分勝手な作品ばかりでした。アメリカという新天地で揉まれたお陰で少しはその傲慢さ、矯正されましたか?」
「……まぁ多少はあたしの鼻が天狗だったことは認める。あっちでそれを嫌というほど自覚したわ――でもね」
「わっ!?」
 いきなりムーンはミカの両肩をその手でガッと掴み、リンダの前へと押し出す。急に前へと出されたミカは思わず声を上げた。
「それ以上にね! 自分の色出せないくらいなら死んだ方がマシって事を学んだわ! それに昔と違って今のあたしには作品を使いこなせるこの子がいるの! 独りよがりなんて言わせやしないわ! 今、ここにいるミカくんが与えてくれたチャンス、あたしはそれに賭ける! さぁこの高慢ちきの鼻っ柱、圧し折ってやりなさい! ミカくん!」
 そう言ってムーンはリンダへ向けて指をビシッと突きつけた。
 そんな彼女を見て彼は嬉しそうに微笑みの声を漏らす。
「ふふっ……――さて、バトルアバ・ミカ」
「……っ!」
 明らかにリンダの纏う雰囲気が変わったことにミカは気が付いた。先程までの穏やかな雰囲気から、戦う者特有の闘気を感じる。紫色の瞳が無感情に狙いを付ける無人兵器のようにミカの姿を捉えた。
「デザイナー、リンダ・ガンナーズとしての処務は終わりました。ここからは【Future Mech(フューチャーメック)】
 所属。バトル・アバ、リンダ・ガンナーズとして、あなたの……バトル、見せて頂きましょう」
 仮想現実だと言うのに目の前の人物からピリピリとした緊張感が伝わってくる。思わずミカの全身が総毛立った。
(……人が変わったみたいだ……ガザニアさんみたいな凄みを感じる。流石、大会出場者……でも怯むわけにはいかない……。偶然とは言えムーンさんのパワー・ノードを使わせて貰って、それで今まで黒檜とかにはお世話になってきたんだ。俺が彼女へチャンスを与えたのなら……その責任は果たす……!)
「――……望むところです、リンダさん! 私は今までムーンさんが作ってくれた武器や黒檜のお陰で戦ってこれたんです。だからこそ……だからこそ! このアババトルでムーンさんが立派なデザイナーであることを証明します! 独りよがりなんかじゃ無い事を見せてあげます!」
「……ミカくん……!」
 ミカの熱い言葉に感極まったのか、ムーンが少々涙声でミカの名前を零す。二人は一度目配せし合うと一緒にリンダへと向き直り、ファイティングポーズを取りその闘志を燃やした。
「……熱い展開なのは良いけどさぁ。ミカは姉ちゃんの事聞くの完全に忘れてるな……良いのか、アイツ……」


 ヒートアップする三人を余所に少々離れたところからそれを見ていたブルーは一人冷静にそんな事を漏らした。
 闘志メラメラと言った様子のミカとムーン。完全に目の前のリンダ打倒というシチュエーションに酔って、行方不明の姉探しという本来の目的を忘れているようだった。
「相変わらず流されやすいヤツだなぁ、アイツ……まぁ、良いか。アクセスキー手に入れば自ずと分かることだし、何時も通りぶっ飛ばしてからお話する流れで……――」
「ブルーさん! 何やってんですか! バトル始まりますよ! 今回もオペレートお願いします!」
「はいはい……わかったよ」
 ブルーがミカたちへ近付いて行く間にリンダが改まった様子で喋り始めた。
「今回は教え子の処女作とアババトルという事で特別な場を用意させて頂きました。認証――【予約バトル番号0024】」
 リンダの言葉と共にミカの目の前に何時ものアババトル申請ウィンドウが現れた。それと同時に聞き慣れたアナウンスが流れる。
『――ゲリラ・アバ・バトルが申請されました。バトル終了までログアウトが出来ません。ご了承ください――』
「ゲ、ゲリラ?」
 何時もとちょっと違うアナウンスに戸惑うミカ。更にショッピングエリア全体にもアナウンスが流れ始めた。
『――事前告知通り、MINICITY、SHOPPINGエリアにてABABATTLEが開催致します。対戦カードは【Future Mech(フューチャーメック)】所属リンダ・ガンナーズVS【無所属】ミカ、となっております。試合開始は五分後を予定しており、試合のご観覧を希望するお客様は指定エリアまでお越し下さい。チケット及び、予約の必要は御座いません。なお、当試合はゲリラ・アバ・バトルとなっておりますので、激しい光や音、爆発などが至近距離で起きる可能性があります。ご鑑賞の際は充分にご注意下さい』
「はぁ!? マジでゲリラかよ!? あれって大会限定じゃないのか!?」
「私としてもこのバトルは特別ですから。デルフォの方へ申請を行っておきました。そのために三日ほど頂いたのです」
「……おったまげー……そこまでやるかね、普通。だから妙にショッピングエリアのアバが多かったのか……」
 驚愕するブルーにリンダが軽く説明する。ブルーは納得と言った様子で頷いていた。
「ゲリラって一体……?」
「ゲリラバトルは……まぁ説明しなくても直ぐに分かるわ。つーかオペレーターのオレはどうなるんだこれ――うぉっ!?」
「えっ!? ブルーさん!? どこへ!?」
 状況が分からないミカがブルーに尋ねようとする。しかし彼が答える前にその姿が消えていった。慌てて辺りを探す。
「ミカくん、上上」
「上……? あっ……」
 ムーンの声で上を見る。そこには空中に浮かぶウィンドウが一つあり、その画面に如何にも気怠そうな顔をしたブルーの顔が表示されていた。
 ≪こういうのは予想しとらんかった。つーか何時にもまして狭いんだが、ここ≫
「ブ、ブルーさん……随分とまぁ平ったくなっちゃって……」
 ≪どうもゲリラバトルだとウィンドウで追従するスタイルらしいな。まぁオペレータールームの場所確保出来ねえから仕方ねえのか≫
「さぁ、そろそろバトルを始めましょうか、バトルアバ・ミカ。観客たちを待たせるのは良くありません」
 リンダがミカへ声を掛けてくる。
「観客……?」
「周囲を見てください。もう皆さん待ちかねて居ますよ」
 彼に促されて改めて周りを見渡す。
「え……うわぁっ! い、いつの間にこんな沢山のアバが!?」
 リンダとミカを囲むようにしてアバたちが沢山立ち並んでいた。
「うぉー! ゲリラやるのホントだったのか!」「これ避難しなくて良いの? 危なくない?」「大丈夫だよ、バトルアバの攻撃は普通のアバには当たらないし」「うひゃーもう前の方ぎゅうぎゅうじゃん」「あっちのショップの二階からも見れるからそっちいこ」
 皆、一様に興奮し、これから始まる《《ショー》》を待ち兼ねて居た。
(こ、これはまさか……何時もと違ってバトルフィールドへの転送が始まらないのはもしかして……)
 ミカの考えを肯定するように目の前へ【EXTEND READY?】と書かれたウィンドウといつものボタンが出現する。
「ま、まさか……! ここでバトルするんですか!? このショッピングエリアで!?」
 ≪そのとーり。ゲリラバトルはバトル用フィールドじゃなくて一般エリアでやんのさ≫
 周囲をフヨフヨと漂っていたウィンドウからブルーの声が届く。
「い、いやでもお店とか買い物してるアバとかバトルに巻き込んじゃいますよ!? 大丈夫なんですかこれ!?」
「気にしなくて良いでしょ。本当にぶっ壊れるわけじゃないんだし。むしろ臨場感あって喜ぶわね、多分。あいつも中々粋なバトル用意してくれたじゃない。それじゃミカくん! 頑張ってね! あたし、コーヒーショップのテラスから見てるから」
 そう言ってムーンの姿がパッと消える。どこかへ転送して移動したらしい。
 異質過ぎる状況に戸惑うミカを余所にリンダは静かに言った。
「……エクステンド」
【BATTLE ABA RINDA EXTEND】
 ガチャガチャと機械的な音を立てながらミカの目の前でリンダの姿が変身……いや変形していく。
 両手が内部へと格納され、代わりに銃口が迫り出す。両足がスカートの中へと消えていき、代わりにスカートが大きく広がった。
 スカート部から空気のような物がシューシューと噴出され始め、それと同時に彼の身体はゆっくりと浮き上がり、地面から少しだけ浮遊する。最後に背中から二対の巨大な砲口が現れ、それがカチャっという音と共に両肩へ装着された。
 変形を完全に完了させるとリンダは紫色の瞳を一際怪しく発光させる。周囲をその光で一瞬染め上げた。
 完全に戦闘形態へと姿を変貌させたリンダの姿を見て周囲の観客たちが驚きの声を次々に漏らす。眼前で行われた変形にミカも圧倒されていた。
「へ、変形した……」
 ≪流石ロボ系デザの大御所。凝ってやがる。割と感動したぜ。だけどこっちも負けてられねえぞ、ミカ! エクステンドだ!≫
「は、はい! エクステンド!」
【BATTLE ABA MIKA EXTEND】
 ブルーに促されミカは右手を天へと掲げると大声で自身もエクステンドを宣言した。それと同時にミカの全身は光に包まれ姿を変えていく。
『タクティカルグローブ、セット――』
 アナウンスと共にミカは右手を下げ、自身の眼前で拳を強く握り込む。分厚いグローブが纏われていき、革特有のグッという音が響いた。
『タクティカルイヤー、セット――』
 頭に被った軍帽を突き破り灰色の犬耳がピンッと空へ向かって伸びる。
『タクティカルシッポ、セット――』
 軍服ワンピースのスカート部からモフっとした灰色の尻尾が突き出し、上下に揺れた。
 ミカは変身を終えるとその場で一回転ターンを行う。耳と尻尾が揺れ動き、スカートが軽く舞う。そのままブーツで地面を強く踏み、ピタっと止まって右手をリンダへ向けて突き出して如何にもなポーズをした。
「おぉー! いいねぇ!」「キュート感あるわぁ」「こういうバトルアバもいるんだな」
 リンダとはまた違った感じの歓声が周囲から上がり、SS(スクリーンショット)を撮る音がそこら中から聞こえてきた。
 一方、一連のミカの動きを見ていたブルーは呆れ顔だった。
 ≪……なんかお前、今日さ。カッコつけてない? いる? その動き? いつもはそんな仰々しくエクステンドしてねーだろ……≫
「い、いや何かここまで他の方々に間近で見られてると、ちゃんと魅せた方が良いのかなって思いまして――前にゆーり~さんに教えてもらった感じでやったんですけど……」
 ≪あの羊女は何を教えてるんだ、一体……言っておくけどそれ、かなりハズい動きしてるからな。後で悶絶しても知らんねえぞ≫
「え? そ、そうなんですか? でもゆーり~さんはこれやるとオーディエンス盛り上がるって……」
 ≪そりゃ盛り上がるだろうけどよ……方向性がな。またフォーラムでお前のSSが貼られまくるぞ……≫
『EXTEND OK BATTLE――START!』
 諦観したようなブルーの声を掻き消すようにバトル開始を告げるアナウンスがショッピングエリア全体に鳴り響いた。
 それと同時に周囲のアバたちから歓声がミカとリンダへ送られる。
 ミカは直ぐに武装を呼び出すため"左手"を構えた。
「行きます! 武装召――」
「――自動攻撃、ブレイクレーザー照射」
 ――ギョワァオ!!
 しかしそれ制するようにリンダの左目から紫色の閃光が迸り、奇妙な音と共に一筋の熱線が放たれる。
 それは光の速さでミカの元へと届き、回避する暇も与えず激しい閃光と共にその身体を貫いた……――。

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