クソ雑魚お兄ちゃんは私に逆らったらいけないんだよ?
縮小病。
男のみに伝染する病気で、これにかかったものは文字通り身体が縮む。
こうなった場合の治療法はなく、感染防止のために速やかな駆除が女性の義務である。
縮小病を発症した男性に関しては、発症時点で人権は剥奪され、いかなる法の庇護も失うものとする。
男にとって恐ろしい法律が当たり前となった世界。、縮小病にかからない女性の権利は圧倒的で男はひたすら媚を売るしかなかった。
そして、縮小病にかかった男を密かにペットとして飼育するケースが増えていた。
この渚一家もそんなケースに該当した。
「お兄ちゃ~ん、生きてるかにゃ~」
ふざけた声で部屋に入ってきたのは僕の妹の渚鏡華だ。
受験を控えた妹は午前で授業が終わったらしく、恐ろしく帰宅が早い。
「お、おかえり」
僕は目の前に聳える白色の柱を見て怯えていた。
僕は縮小病にかかってしまった。
日に日に縮む身体は今や20センチほどまでに縮み、鏡華のハイソックスよりも小さい。
自分の部屋のドアにも届かないため、鏡華がドアを閉めてしまえば、部屋から出るすべはないのだ。
鍵などいらない。
ドアを閉めればそれだけで僕は脱出手段を失うのだから。
僕の数倍はある妹はニヤニヤと僕を見下ろしていた。
「おかえりじゃないよね? 前に教えたよね? 私が帰ってきたらどうするんだっけ?」
圧倒的な高みから投げつけられる声。
兄と妹。
本来なら上のはずの立場など欠片も存在していなかった。
「はやくしてよ?」
「ひぃ!」
苛立った感情を隠さない鏡華の声に僕は怯えた声を漏らすと、以前させられたままに挨拶する。
床に正座すると床に両手をついて身体をおりまげた。
溝がはっきりと見えるフローリングに額を押しあて、
「おかえりなさいませ、鏡華様」
「あは♪ よくできたね~、お兄ちゃん♪」
ぐっ!
「うぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
背中から後頭部にかけて生暖かく、ずっしりとした感触と荷重が加わった。
もわり、とした熱気と甘酸っぱさにカビっぽい臭いが混ざった異臭。
今、僕は鏡華に踏まれている。
妹の足の下にいる。
その事実が臭いだけでもわかり、僕の心を抉った。
僕を屈服させるのを楽しむ鏡華は、楽しげに笑いながら、
「そうそう。いい忘れてたけど、お兄ちゃんの戸籍は市役所で抹消してもらったから」
「え! な、なんで!」
「いや、縮小病の発症者だからね~。小人になったお兄ちゃんの毛髪もっていったら、すぐに手続きしてくれたよ。お兄ちゃんと言う存在はこの日本から抹消。死んだことにしといたから」
「そ、そんなのひどすぎる! なんで!」
鏡華の言葉に僕は打ちのめされた。
縮小病になった男の扱いは知っていたが、自分がそうなった時のショックはとても言葉にできなかった。
「もうお兄ちゃんをどうしようと誰も気にしないんだよ? 私が飽きるまでお兄ちゃんは私が飼育してあげるね」
飼育……。
鏡華はもう僕を兄どころか人間としてもみていない。
お兄ちゃんと呼んでいるが、あくまでそれはペットの名前のような感覚なのだろう。
ひどすぎる。
「なんで! お母さんはなんて!」
「ママも同意に決まってるでしょ? というか、それが法律なんだから?」
バカなのと言いたげに鏡華は僕を見下ろし、
「はぁ、お兄ちゃんってやっぱりバカなんだね。と言うか口のきき方がまたなってないね。やっぱり躾しないとね?」
鏡華はため息混じりに僕の背中から足を退けると、
「私に口を聞くときは常に敬語っだよ!」
どごぉ!
サッカーボールを蹴りあげるように僕の鳩尾に鏡華の爪先がくいこむ。
「えごっ! おげっ!」
口から胃液を撒き散らしながら、フワリと宙に浮いた僕はそのまま一メートル近く飛ばされ、壁に叩きつけられて無様に床に落ちた。
「あはっ! 軽く蹴っただけで飛んでっちゃった! お兄ちゃんってざっこ~」
口に手をあててわざとらしく驚いて見せる鏡華。
悪魔だ。
「ごほっ! ごほっ!」
縮小病になった身体はとても頑丈だ。
女の子が蹴り飛ばした程度では死なない。
ただ、非力さはサイズ通りなので、鏡華が蹴れば僕の身体は人形のように吹っ飛ばされてしまう。
ズン、ズン、ズン。
床を揺らしながら迫る巨大な白い足。
床に転がる僕の目の前で足を止めた鏡華はニタニタと笑い、
「ほら、くそ雑魚お兄ちゃん。目の前に臭そうな足があるね。くそ雑魚お兄ちゃんはこういう時、どうするんだっけ? 教えてあげたよね?」
靴下に包まれた指を動かしながら笑う鏡華。
汗をたっぷりと吸い込んだ足の裏は灰色に汚れ、悪臭が鼻をさす。
「うぅぅぅ」
「泣いてないでどうするんだっけ? 毎回教えるのも面倒なんだけどなぁ」
「ごめ……申し訳ありません。鏡華様」
そう言いながら、僕は鏡華の爪先に顔を近づける。
巨大な爪先はまるで怪物をくるむ眉のようで、汗で濁った布の繊維がはっきりとよく見える。
「うぁぁぁ!」
僕は鏡華に教えられた通り、その爪先に口を押し付けた。
チュウチュウ。
赤子が母親の乳房に吸い付くように鏡華の爪先をしゃぶる。
(おぇぇぇぇ!)
口いっぱいに広がる苦味と塩味とざらついた感触に吐き気を催すが、必死にそれを抑え込む。
もし吐いたりしたら、どんな恐ろしい目に逢うかわからない。
もし、鏡華が僕を殺しても罪に問われるどころか誉められるのだから。
「そうそう……お兄ちゃんは這いつくばって無様に私の足を舐めるのがお似合いなんだよ? あははは!」
頭上から投げつけられられた笑い声が容赦なく僕の心を抉り、切り刻むのだった。
◆
私は渚鏡華。
お兄ちゃんが一人いる。
いや、いた。
お兄ちゃんは縮小病を発症してしまい小人になってしまったのだ。
こうなってしまっては末路は一つ。
処分だ。
でも、それって勿体ない。
小人だよ?
言葉をちゃんと理解できて、どんな扱いをしても構わないんだよ?
虐○とかなくて、こんな優越感に浸れる生き物っているかな?
お兄ちゃんが縮小病にかかったと知った時から私はお兄ちゃんを自分のペットにすると決めていた。
だって、学校だと他の子も小人を勝ってて、SNSなんかでも飼育してる画像をあげたりしてて羨ましかったんだ!
どのサイトでも縮小病を発症したばかりの小人はまだ自分の立場を理解できないでいる。
だから、徹底的にプライドをへし折り、惨めな思いをさせ、自分がいかされている立場に過ぎないのだと心と身体に刻み込めって書いてあったからね。
お兄ちゃんを踏みつけるのも、足を舐めさせるのもその一環。
お兄ちゃんは理解してくれてるかな?
お兄ちゃんは私に生かされてる立場なんだよ?
お兄ちゃんは私に逆らえない。
それを嫌と言うほど思い知らせてあげないといけないからね。