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2020年 09月の記事 (2)

毛ガニデパート 2020/09/26 09:25

【名文紹介】トキベ『女装日誌』【生存報告】

Ci-enで生存報告をすると書きましたが、読んでくれた方が面白く感じてもらえる物にしたいです。
僕は、文章専門ですので、これはいい文章だと思ったものを紹介して、簡単に説明してみる事にしました。
宮部みゆきも、エンターテイメント作家は「いい!」と思った作品を、蹴落として芽を摘んでおくんじゃなくて、他の人にも「いい!」って思ってもらいたい「お子さま」みたいな奴だって言ってた。
とりあえずサブカル多めの方向で月1くらいで書いてみて、楽しんでもらえているようでしたら続けたいと思います。

さて、第1回目ですので、同業の音声作品から。
紹介したい作品は、こちら。

女装日誌~彼女の玩具になりました~

サークル:りんご晴れ
シナリオ:トキベ
声優:沢野ぽぷら

尖った作品が多く、ブッ飛んだ設定ながらも何故その設定にしたのかが文章から伝わってくる構成力と表現力、そしてトキベ節とでも言うべき独特の言語センスが光るトキベ氏。
そんなトキベ氏の文章の中でも屈指の文章だと思うのがこの作品の冒頭、体験版でも聴けます。

あさっての方向、アサリ貝の砂、アサシンみたいなパーカー、この三つの共通点、分かります?
この三つの共通点はですねぇ、私に嫌われている事、でした。
あっ、もう一つ忘れてました、朝寝坊野郎。

「文章が上手い人は3行で分かる」、などとは言われますが、正にそれを体現した文章かと思います。
言葉遊びの謎かけで聴き手の注意を引き、話に能動的に関わらせようとします。
書かれた言葉でしたら、一度読むのを止めて考える事もできるでしょう。
しかし、これは読み上げた声を聴く作品です。
一聴しただけで分かる、「あさ」という音で始まるという、分かりやすい共通点を想像させるように言葉が選ばれています。
しかし、それはミスリード、「私に嫌われている事」という、予想外のゾクッとする囁き。
そして、付け加えられる『朝(「あさ」)寝坊野郎』の一言が主人公を責めます。
この3行だけで、2人がいつも一緒に登校するという関係性、主人公が寝坊をしている事(恐らくは常習犯)、ヒロインがそれに腹を立てている事、ヒロインが頭が回る事、Sっぽい性格、ヒロインの方が立場が上である事、等が透けて見えます。
そういった事に関する、直接的な言及がほとんど無いにも関わらずです。
言葉遊びと、わざとらしく無い設定の説明を兼ねた、非常に言葉の経済効率が良い文章、まぐれで書けるものではありません。
しかも、それを冒頭で行えるというのはパーフェクト。
僕は、この文章を聴いて、即座に作品を購入しました。

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毛ガニデパート 2020/09/25 10:33

新作、『アラビアンナイト</breath>』

前作から、1年以上間が空いて申し訳ありません。
ネタが思い浮かばなかったり、仕事が忙しくなったり、参考文献読んだりでずいぶんと時間がかかってしまいました。
が、ようやく納得がいくシナリオが書けました。
タイトルは『アラビアンナイト</breath>』、バイノーラル音声作品らしく「(ささやき声で)アラビアンナイト」という程度の意味。
全年齢対象作品で、『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』の改変物です。
相変わらず尖りに尖った作品ですが、興味を持って頂けるようでしたら幸いです。
11月には、発売できるかと思います。
なお、もう1作シナリオは書きあがっているので、次は早めに出せる予定です、予定。

以下、プロローグ部分。

科学の曙光で退屈の闇を駆逐せよ。
無為は悪なり、娯楽は善なり。
幸福の追求という至上命令をけん引する両輪。
一つはハード、携帯端末は発達して寸暇に入り込み。
一つはソフト、誰もが発信者となれる環境は、コンテンツの多様性を爆発的に増大させた。
産めよ、増やせよ、電脳世界に満ちよ。
世は、大エンターテイメント時代。
そして今、一つの悪が打ち倒されようとしていた。
布団に入ってから眠りに落ちるまでの時間。
それは、ゲームや動画には向かない時間。
明るい光は意識を覚醒させ、眠りの質の低下を招き、翌日に障ってしまう。
集中力の低下は仕事や勉強の効率の低下にも、そして何よりエンタメの満足度の低下にも繋がる悪である。
故に、かつては布団の中では音声作品が嗜まれてきたが、より良い物を追求するのが資本主義、消費社会、自由経済、そして科学の徒の習わしである。
そんなこんなで白羽の矢が立ったのは、『千夜一夜物語』の語り部、シェヘラザード。
「マスターのご命令とあらば」
現代サブカル的サムシングによって召喚された伝承の語り部は、うやうやしく一揖した。
顔を上げると、目を伏せてフッと微笑してみせる。
宵も過ぎて更ゆく夜を閉じ込めたような、ラピスラズリ色の瞳が深い知性を感じさせた。
かすかな衣擦れの音を残し、ベッドに入ると、そっと耳に口を寄せる。
薄い唇から紡がれる囁きは、砂漠の夜に吹くそよ風のように涼やかで、サラサラと流れる砂やシュロの葉擦れの音、異国の宵に長くさえずる小夜啼鳥の声を運んで来るようで耳に心地良い。
それは、魔法や魔神が息づく不思議な世界の話。
生き生きとした語りの巧みさは、まるでそれ自体が魔法の如くで。
「マスター、今宵のお話はいかがでしたか?」
語りを終えたシェヘラザードは、惣闇色の髪をかき上げてクスリと笑った。
それは不思議な話だった、とても不思議で……不思議なだけで、全く面白くなかった。
なまじ語りが上手いだけに、内容の稚拙さが際立って、一層残念だった。
悲しいかなエンタメの進歩は、碩学な王妃の話を陳腐にしてしまっていたのであった。
その反応は、シェヘラザードのプライドをいたく傷つけた。
「ひ、ひと月のおいとまを頂けますでしょうか?」
タブレットを一台与えられ、シェヘラザードの現代文化缶詰め生活が始まった。
そして、ひと月後。
シェヘラザードは、濃いクマをこさえた眼を輝かせながら切り出した。
「今宵お話致しますのは、AFでございます」
「AF?」
聞きなれないジャンルに問い返す。
「Alcamy Fiction(アルケミー・フィクション)、空想錬金物語でございます。ふふっ」
かくして、新たな『千夜一夜』の帳が落ちる。

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