flower spiral 2021/05/12 21:30

アルトボイス彼氏 沙月奏太 前日譚③

・販売予告はこちら
https://www.dlsite.com/girls/announce/=/product_id/RJ325675.html

春休みからアルバイトをはじめて、二ヶ月半ほど経過した。
ゴールデンウイークが終わるまで、お客さんが多くて忙しかったけれど、楽しいこともあった。
副店長に料理をするのが好きなら、それを活かしてみないかと提案されたのだ。
「この前、奏太から聞いたの。貴女って、どの料理が年代別に人気があるか分析できてるって……!それで、お願いなんだけど、そのデータにあわせて、うちの店の新しいメニューを考えてもらえない?」
料理に関することは、挑戦させてもらえるなら、なんでもしてみたい。
私は『沙月』さんで一番多い、20代のお客さんが好みそうな鳥料理を考えて、たくさん試作した。
奏太くんは「俺が叔母さんに話したせいで、手間かけさせて、ごめんな」と言って、料理を作るのを手伝ってくれた。
そうして、お店で出しても大丈夫な料理が完成したときは、一緒に喜びをわかちあった。
いつも奏太くんは周りに気を配っていて、私だけじゃなくて、誰にでも優しい。
それはわかっているけれど、彼とあれこれ料理を考えるのは楽しくて……。
――気が付くと、私は奏太くんを好きになっていた。
(奏太くんと今よりも仲良くなりたい……)
どうすれば異性として気にしてもらえるのか。
私の誕生日にお祝いを自宅に持ってきてくれた友達に相談した。
すると「あんた、色気より食い気だったのに!?」と驚かれた。
心外だ。確かにいつも食べ物の話ばかりしていたが、恋愛にも興味がある。
(奏太くん、恋人いないんだよね。好きな人とかも、いないのかな……?)
告白する前に失恋するのは嫌だ。
だから私は、奏太くんと、もっと距離を近づける努力をはじめた。
彼とバイトの休憩が重なった時は、自分から話しかけたり。
バイトの先輩たちから、奏太くんについてさりげなく訊いたり。
情報収集をしているうちに、気になることができた。
いつも奏太くんは、一緒に駅まで帰ってくれるけど、早上がりの日は駅前で別れていた。
(どこに行ってるんだろう?)
こっそり後ろをついていくと、彼はラーメン屋さんに入っていった。
後から本人に訊いてわかったことだけど、そこは奏太くんのお気に入りらしい。
恋愛相談をしている友達に報告したところ『あんた、それ絶好のチャンスよ!ラーメン屋さんに、ひとりで入るの緊張しちゃって……とか、可愛い感じで言ってみなさい!』とアドバイスをくれた。
(可愛くは言えないけど、頑張ってみよう)


私はシフト表を見て、奏太くんと同じ早めあがりを調べて、その日を迎えた。
いつも通り、ふたりで帰っていると、奏太くんのほうから話しかけてくれた。
「今日は久しぶりに忙しかったな。すげぇ腹減った」
「からあげは買わなかったんですか?」
「おぉ、飯食って帰るつもりだからな。駅の近くに美味いラーメン屋があるんだ」
「!」
言うなら今だと、私は深呼吸する。
「前にお話ししてくれた、赤いのれんのお店ですよね?」
「おぉ、そうだけ――」
「私、ラーメン大好きなんです!でも、ひとりでお店に入るの緊張しちゃって。一度でいいから、あのお店のラーメン食べてみたいなー……」
ドキドキしながら早口で、友達のアドバイス通りの嘘をつく。
私はラーメン屋さんだけじゃなくて、どこにでもひとりで入れる。
でも今は、奏太くんとお話する時間がいっぱいほしいから、困っているふりをした。
彼は少し驚いたように瞬きした後、首を傾げる。
「じゃあ、今から一緒に行くか?」
「っ……はい!」
「あんた、どこでもひとりで行けるタイプだと思ってた。なんか意外だな」
「あはは……」
アドバイスをくれた友達に感謝しつつ、私たちは駅前を通り過ぎて、ラーメン屋さんに向かった。

ラーメン屋さんは少し晩御飯の時間をずれているにもかかわらず、大賑わいだった。
店員さんに案内されて、カウンター席に座る。
大将らしき男性が奏太君に明るく声をかけてくる。
「おっ、兄ちゃん!お疲れさん」
「こんばんは。いつものとんこつチャーシューお願いします」
「わ、私も同じものをお願いします!」
「はいよ」
ラーメン屋の大将は手ぬぐいで顔を吹きながら、興味深々な目で私をみてきた。
「なんだ、兄ちゃん。今日はバイトじゃなくて彼女とデートか?」
「違います。バイト仲間です」
早口でそっけなく否定されて、しょんぼりしてしまう。どうすれば、奏太くんに女子として意識してもらえるのかな?
(落ち込んでもしょうがないよね)
こうしてふたりきりで、ゆっくり世間話をするのは初めてだ。
可能な限り奏太くんを知りたい。
「奏太くん。よくここに来てるんですよね?ラーメンが好きなんですか?」
「いや、普通。ここのチャーシューが美味いから、通ってるだけだ」
「そうなんですね。えっと、お菓子で好きなのとか、ありますか?」
前に料理の試作を手伝ってもらったお礼がしたくて、質問する。
(奏太くんが甘いの好きなら、私のおすすめのお菓子を買って、渡そう)
彼は口元に手を当てて、小さく唸った。
「甘いのなら……アイスとか、かき氷が好きだな。アイスは季節関係なく、食べてる」
「なるほど」
溶けるお菓子は渡せないな……と肩を落とす。
でも、奏太くんが好きなものが、わかったこと自体は嬉しい。
「マンゴーが、いっぱいのってるかき氷が流行ってから、一気におしゃれなかき氷屋さん、増えましたよね。私、いちごミルクが好きです!あっ、ピスタチオのかき氷も美味しかったです」
「なんだそれ、はじめて聞いた。マンゴーのやつ、すげぇ美味そうだな」
「一時期、テレビとかでも特集されてましたよ」
「俺、あまりテレビとか見ねぇからな。そういうおしゃれな感じのやつ知らねぇんだ。……今から、調べてみる」
奏太くんは真剣な顔でスマホを取り出して、検索する。
該当の画像がすぐにみつかったのか、大きく目を見開いた。
「これ、マジか!すげぇ……めちゃくちゃ美味そうだな」
彼の声が弾んでいるのを聞いて、良いことを思いつく。
ちょうど、彼が興味をもってくれたかき氷が食べられるフードフェスに、私は行くつもりだったのだ。
これは仲良くなれるチャンスかもしれない。
「そ、奏太くん。そのかき氷が食べられるイベントがあるんですけど、一緒に行きませんか?たしか、この日曜日はお休みでしたよね?」
私はスマホでフードフェスティバルを検索して、彼に画面をみせた。
奏太くんが画面を覗きこんだとき、軽く肩が触れて、頬が熱くなる。
「へぇ……色んな地域から食べ物屋が来る祭りか。行ってみたけど、この日は用事があって休みをとったんだ」
「……そうですか……」
勇気を出して誘ったぶん、声が沈んでしまうのを隠しきれなかった。
運に味方してもらえず、私はしょんぼりしてしまう。
スマホを手元に戻そうとしたとき、奏太くんがこちらをみてきた。
「あのさ……朝のうちに用事はすませるから、昼からでもよければ、一緒に行ってくれるか?」
「っ、ぜんぜん大丈夫です!もし用事がずれても、お待ちします!」
「そ、そっか。ありがとうな」
(嬉しい……!奏太くんとお出かけできる!!)
今日の私は落ち込んだり、喜んだり、我ながら忙しいと思う。
私の動きが奇妙だったのだろう。奏太くんはたじろいでいるように見えた。
(やっぱりやめるって言われる前に、話を進めなきゃ……!)
「お昼ご飯も、ここで食べますよね?」
「そうだな。せっかく行くなら、かき氷以外も食べたい」
「私、食べたいものがいっぱいあって迷ってるんです」
「じゃあ、あんたが気になるやつ、いくつか教えてくれよ。俺がそれを買うから、はんぶんこしようぜ。そうすれば、色んな種類が食べれるだろ?」
「は、はい……!ありがとうございます!」
なんだか、はんぶんこって、仲良しっぽい感じがする……。
口元が緩まないように唇に力を入れていると、奏太くんは自分のスマホでフードフェスを見る。
「マジで全国から出店してるんだな。当日に見ながら決めるのは無理っぽそうだ」
「そうですね。ある程度、どれを食べるか決めて行ったほうが、ゆっくりできると思います」
話ながら私は奏太くんのスマホをちらっと見る。
ゆっくり相談するためにも、お互いの連絡先を知っておきたい。
でも、教えて欲しいなんて言ったら、迷惑かな?
(一緒に遊びに行くんだし、訊いておかしくないよね?うん、たぶん大丈夫。よし……!)
「あの……奏太くん――」
「そういえば、あんたの連絡先、聞いてねぇな。交換しとくか」
「あ……うん!交換する!」
彼のほうから言われたのが嬉しくて、つい敬語を忘れてしまった。
「……ご、ごめんなさい!バイトの先輩に失礼ですよね……」
「いや、前から思ってたんだけど、俺たちタメだろ?バイト先以外では、普通に話してもらえると助かる」
「わかった!」
「はは……めちゃくちゃ順応はやいな」
「……すみません。私、奏太くんと仲良くなりたかったから、嬉しくて」
「え……。あ、それは、どうも……」
一瞬、そわっとした空気になったとき、注文していたラーメンが来た。
「麺が伸びるから、先に食べようぜ」
「うん。いただきます!」
(そういえば、誰かと晩ごはんを食べるの久しぶりだな……)
ちらっと彼を見ると、幸せそうな顔でチャーシューを食べている。
クールな表情じゃない奏太くんを見ていると、不思議と自分も幸せな気持ちになれた。
彼と一緒に食べるとんこつチャーシューは、すごく美味しかった。

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