flower spiral 2021/05/14 20:03

アルトボイス彼氏 沙月奏太 前日譚⑤

・販売予告はこちら
https://www.dlsite.com/girls/announce/=/product_id/RJ325675.html


奏太くんと恋人同士になって、一カ月が過ぎた。
今日は土曜日。
ふたりでお休みをあわせて、彼が子供の頃から通っている、柔道教室の交流会に遊びにきていた。
バイト先の厨房を借りて、一緒に作った大量の料理を、長いテーブルに並べていく。
「奏太くん!持ってきた料理、まんべんなく置いたよ。ここにあるお茶とジュースも適当に並べとくね!」
「おぉ、助かる」
「あっ、割り箸たりるかな?」
「今、先輩が追加の買い出しに行ってるから大丈夫だ」
道場の生徒の小学生組は、さっきまで交流試合をしていたので、お腹がすいているのだろう。
待ちきれない様子で私たちの周りに集まってくる。
「腹減った~!オレ、からあげ食べたい~!!」
「ぼく、お母さんに晩御飯いらないって言ってきた!奏兄、料理が余ったら、前みたいにお母さんに持って帰ってあげてもいい?」
「わーい!ポテトあるっ!」
「とりあえず、落ち着け。ほら、紙コップを並べるの手伝ってくれよ」
「わかった!」
奏太くんと子供たちのやりとりに和んでいると、おませそうな女の子が、彼の袖をひっぱる。
「ねぇねぇ、奏太お兄ちゃん!私、知ってるよ。これって、あのお姉ちゃんの愛妻料理だよね?」
「……は?そんなわけねぇだろ!ま、まだ結婚してねぇし!」
「いつするの~?」
「……それは大学卒業して、仕事が安定したら……って、なに言わせてんだよ!!」
「っ!」
衝撃の未来予定を聞いて、私はドギマギしてしまう。
奏太くんは、しまったという顔をして私をみてくる。
「いや、これは……その……」
「わ、私は、奏太くんがそんなふうに考えてくれてるの、嬉しいよ」
「お、おぉ?……そっか」
お互いに恥ずかしくなって、もじもじしていると、今度はおませそうな男の子がトドメをさしてきた。
「なぁ、お姉ちゃん。奏太と、ちゅーしたの?」
「えっ!?し、してない……」
「あんた、答えなくて良いって!!」
「ふたりとも、真っ赤になってる~!」
「う、うるせぇ!俺の彼女まで、からかうなよ!」
奏太くんは、笑いながらほたえてくる子供たちを優しく小突く。
彼らは交流会が終わるまで、ずっと奏太くんにくっついていた。


交流会が終わった後、皆でわいわい片づけをしていたら、八時を過ぎてしまった。
いつもデートしてる時間より遅くなったからと、奏太くんがマンションまで送ってくれることになった。
「今日はマジで助かった。……チビたちが、うるさくしてごめんな」
「私は楽しかったよ!またなにかあったら、お手伝いさせてね」
「あんた、優しいな……」
ふたりで並んで歩きながら、今日の出来事を振り返る時間が幸せだ。
「奏太くんに家の近くまで送ってもらうの、はじめてだね」
「そうだな」
「……あの道場に通ってるの、長いって言ってたよね? 奏太くんは柔道の選手を目指してるの?」
「あー……厳しい世界だからな。俺、柔道はすげぇ好きだけど、将来の夢は別にあるんだ」
「なにになりたいの?」
「……通訳士」
はじめて聞くお話に私は耳を傾ける。
「中学の時に、柔道している海外の人たちと、今日みたいな交流会があったんだ」
大人と大学生に交じって、奏太くんと同い年の男の子がひとり来たらしい。
男の子のお兄さんは他の人と交流会の準備で忙しくて、彼は寂しそうにしていた。
奏太くんは彼と仲良くなるために、色々ネットで言葉を調べて、会話を試みた。
「最初は全然、通じなくてさ……。でも、翻訳アプリとか駆使して、簡単にだけど話せるようになった。……そしたら、そいつがすげぇ喜んでくれて……俺も嬉しくなったんだ」
「それで通訳士になりたいって思ったの?」
「単純だけどな。あの柔道教室って、海外の柔道家が、たまに生徒を連れて遊びにくるんだ。だから、もし仮に通訳士になれなくても、誰かの役に立てる……って、俺うしろむきだな」
「そんなことないよ!……奏太くんの夢、叶うといいね」
「おぉ、頑張る」
あんたは将来の夢とかあるのかと聞かれて、私は少し答えに悩む。
「……私は料理で、人を幸せにする仕事がしたいなぁって思ってるよ。具体的には決まってないけど、ちゃんとした目標をはやくみつけたいな」
「焦らなくていいと思うぜ。あんたの夢って、選択肢が色々ありそうだしな」
「そうかな?あっ、そうだ。夢とは違うけど、いつか勉強のために世界を巡って、美味しい料理を食べたいな」
「ひとりで旅行は危ないぞ。……俺でよければ、一緒に行くけど」
「本当!?嬉しい!奏太くんが一緒なら、すごく心強いよ」
「……じゃあ、決まりだな。ちゃんと計画的に貯金しとく」
奏太くんは、ふと何か思いついた顔をして、繋いでいる手をぎゅっと握りなおしてくる。
「あ、あのさ……勉強のための旅行もいいけど、普通の旅行も……したいよな」
「うん、そういうのもいいね!美味しいものいっぱい食べたい!」
「あー……どんなところに興味あるんだ?」
「私、温泉とか行ってみたいな。あっ、海もいいよね!綺麗な景色が見られるところで観光したい」
「……なるほどな。じゃあ、もし行くことになったら、泊まりになるな」
「っ!」
確かに、日帰りだと遊びつくす時間が足りない。
(私たちはお付き合いしているし、同じ部屋になるよね?)
一瞬、ふたりきりでお泊りするのを想像して、顔が熱くなる。
(奏太くん……お泊りとかしたら、私にもっと触ってくれたりするのかな?)
「お、お泊り旅行ってあこがれるよ。楽しそう……だし」
「そうだな。めいいっぱい遊んで、疲れたらごろって寝れるの助かる」
「……う、うん?」
楽しそうな奏太くんの言葉に違和感を覚える。
今のって、お泊りして……えっちをするお誘いとかじゃないの?
(キスとか、えっち……してみたいと思ってるの、私だけ?……わからないよ)
さっき、道場の子供たちに訊かれたことが頭をよぎる。
恋人同士になって一カ月くらい経ったけれど、私たちはキスもえっちもしてない。
奏太くんが私と結婚したいとおもってくれているのは、すごく嬉しかった。
だからこそ、余計にそういうことに関して、気になってしまう。
前に恋人同士になったら、いつえっちするのかネットで調べたりしたけれど、体験談が激しすぎて当てにならなかった。
奏太くんは優しいから、私に気を使ってくれてるのかもしれない。
(わ、私から、そういう空気をだしたほうがいいのかな?でも、どんなふうに言えばいいの?『キスとか、えっちしたい』なんてダイレクトに言ったら、ひかれないかな?)
あれこれ悩んでいるうちに、マンションについてしまった。
奏太くんはそこで帰らず、心配だからと部屋の玄関前まで送ってくれた。
「ありがとう……」
「おぉ、じゃあな。俺も家に着いたら、連絡する」
今日は楽しいだけじゃなくて、すごく嬉しいこともたくさんあった。
(奏太くんと、もっと恋人らしいことがしたい……!)
このまま別れてしまうのが寂しくなって、去ろうとした彼の手をぎゅっと掴む。
すると奏太くんは、振り返って、びっくりした顔をする。
「どうした?」
「……もうちょっと一緒にいたいな。今日、あんまりお話できなかったし」
ドキドキしながら言葉を選んで、話を続ける。
「実はね、前にフードフェスで買ったお酒、奏太くんと一緒に飲みたくて、置いてるの。誕生日過ぎたし、もう解禁だよね?」
じっとみつめると、彼は頬を染めて、私から目をそらす。
「あんたの気持ちは嬉しいけど、やめとく。終電なくなったらマズいだろ」
「よ、よかったら……うちに泊まっていってくれていいよ。男女兼用の部屋着あるから、貸せるし。大きめのだから奏太くんでも着れると思う」
「……は?と、とと、泊まるとか、だめに決まってるだろ……!付き合ってるからって、軽率なこと言うなよ……」
奏太くんの顔がさらに真っ赤になった。早口で注意されて、すこしムキになってしまう。
「っ!……ちゃんと考えて言ってるよ」
ぎゅっと手を握りなおすと、彼はきまずそうに言った。
「……あんた、こういうの、慣れてるんだな」
「え?」
「その、ほら……アレだ。前の彼氏とかさ、泊まったことあるんだろ? まぁ、俺は気にしてねぇけど――」
「っ!私、奏太くんが初めての彼氏だよ!えっち、誰ともしたことないよ!!」
誤解されたことが悲しくて、とっさに叫んだ声がマンションの廊下に響く。
奏太くんは固まったまま、ついに耳まで真っ赤になった。
「な、なっ、あ、あっ、あんたっ、大きな声だすな!落ち着け!」
「ちゃんと冷静だよ!奏太くんとなら、したいって思ったから誘ったのに……」
「……!」
自分だけが、やらしいことを考えているのかもしれない。
そう思うと、勇気を出して誘ったことが恥ずかしくなって、目の奥が熱くなる。
「……っ、ひっく……私、おかしいかな?大好きな人と、キスとか……えっちしたいよ……。奏太くんは違う?」
泣きながら伝えた次の瞬間、奏太くんは私の背中に両腕を回して、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「あんたはおかしくない。ごめん。……俺が悪かった」
「私、誘うの、慣れてなんか、ないよ……。奏太くんに遊びなれてる人だって、思われたくないの……」
「っ!そんなこと思ってねぇよ!」
きっぱりと否定して、彼は私の背中を優しくさすり続ける。
「あんた……可愛いし、いいやつだから……今までに彼氏がいてもおかしくないって勝手に思ってたんだ。ごめんな」
「……あやまらなくていいよ。私も大きな声だしたりして、ごめんなさい……」
奏太くんは腕を緩めて、私をほっとした顔で見つめてくる。
そして、流れた涙を指で柔らかく拭ってくれた。
「……奏太くんは?今までお付き合いした人とか、いるの?」
「いねぇよ。大学に入るまで、柔道と勉強しかしてなかったからな。……女子に興味持ったのも、あんたが初めてだ」
「そ、そうなんだね……」
嬉しいと恥ずかしい気持ちが混ざって、お互いに上手く次の言葉がでない。
「あのさ……やっぱり、泊まってくよ」
「えっ……いいの?」
「それはこっちの台詞だろ。俺……今からあんたと、そういうことするつもりなんだぞ」
私をみつめる彼の視線が熱っぽくて妖しい。
こんなふうに欲望が感じられる眼差しは、はじめてだった。
「私も……したいと思ってるから、大丈夫……」
「……わかった」
奏太くんの顔が、もっと近づいてきて唇が軽く重なった。
離れるときに、また視線があって、一気に身体が熱くなる。
「あ……あの……」
「キス……ずっと俺もしたいと思ってた。だから、今した。……後で、またしてもいいか?」
「う、うん……!」
奏太くんは「ありがとうな」と甘く微笑んで、頭を優しく撫でてくれた。
「ちょっとコンビニ行ってくるから、部屋で待っててくれ。俺が戻ってくるまで、鍵かけとけよ」
「う、うん……?」
奏太くんを見送りながら首をかしげる。
どうしてコンビニに行くんだろう?
お腹がすいてるなら、簡単な夜食くらい用意できるのに。
「あっ、部屋……一応、片づけておこう!」
私は慌てて、部屋干ししていた服や下着をハンガーから外して、クローゼットに緊急避難させる。
友達に借りていた漫画を重ねて、部屋の端に置いたところで、チャイムが鳴った。
私はドキドキしながら、奏太くんを迎える。
「おかえりなさい。どうぞ、中に入って?」
「おぉ……」

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