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flower spiral 2021/05/13 23:09

アルトボイス彼氏 沙月奏太 前日譚④

・販売予告はこちら
https://www.dlsite.com/girls/announce/=/product_id/RJ325675.html

「……私、馬鹿だ」
奏太くんとフードフェスに行く当日。
私は楽しみすぎて、待ち合わせの場所の駅に、三十分もはやくついてしまった。
(どうしよう。目の前にあるコンビニで、適当に時間をつぶそうかな……)
スマホを鞄に入れて、歩き出そうとしたとき、奏太くんがコンビニから出てきた。
私に気付いてくれているのか、まっすぐ向かってくる。
「えっ……奏太くん?」
「お、おぉ」
「あれ?待ち合わせって1時30分だよね?」
「用事が予定より早く終わったんだ。だから、早めに来て時間潰してた。あんたは?」
「えっと、あの……遅刻するよりいいかなと思って、早めに来たの」
「……あんた、真面目だな」
「そ、奏太くんよりは、不真面目だよ」
「ははっ……なんだよそれ」
おかしな返しをしてしまったのに、面白いという感じで笑ってくれた。
どうしよう。まだ、目的地についていないのに、すごく楽しい。
「めちゃくちゃ運動してきたから、すげぇ腹減った。早く行って色々食べようぜ」
「うん!」


フードフェスティバルの会場は、たくさんの人で賑わっていた。
大きな公園の広場や道を利用して開催されているので、客層も家族連れから私たちと同年代くらいまで幅広い。
焼きそばのいい匂いが鼻をくすぐってくる。
「はぁ……食べ物のにおいって食欲をそそるよね……」
「そうだな。まず、どこから行く?あんた、決めてくれていいぜ」
「ありがとう!」
私は事前にネットから印刷しておいた、フードフェスティバルのマップを鞄から取り出した。
赤いペンで、どこに行くかチェックを入れてある。
(まずはお昼ご飯になりそうなものを食べよう!)


和洋中問わず、私たちは事前にふたりで決めた食べ物を順番に買って、はんぶんこした。
「このオムそばチーズ、具が色々入ってて、すげぇボリュームだな。一個をふたりで分けて、ちょうどいい感じだ」
「牛タン、柔らかい……!いいお肉って、塩コショウだけで十分美味しい……!」
「そうだな。これと一緒に、飯が欲しい。あ、予定外だけどあのおにぎり買おうぜ」
「うん!」
「この地鶏南蛮サンドのタルタルソース、らっきょうが入ってるのいいな。すっぱ甘くて、軽く食える」
「パン自体も美味しい!食パンも売ってたから、買おうかな……」
ひとつのものをはんぶんこして、感想を言いあいながら食べることが、こんなに楽しいなんて、知らなかった。
一通り美味しいものを堪能した私たちは、ベンチに座って休憩する。
「ちょっとずつでも色々食べると、けっこう腹にたまるよな」
「私、デザートぶんくらいは余裕あります」
「マジか……。俺、ちょっと苦しい。かき氷メインのつもりで来たのに、調子にのって食べ過ぎた」
「えっ!?私のペースに付き合わせちゃって、ごめんなさい!」
「いや、俺も食べたかったし、楽しかったし」
本心からそう言ってくれているのが、明るい表情でわかって、ほっとする。
奏太くんはベンチに座ったまま、大きく伸びをした。
「もう少し休憩したら、腹ごなしに、歩いてもいいか?お土産系の店とか、軽く見てみたい」
「うん!」


マップを確認して、私たちはお土産系のエリアに着いた。さっきまでいたエリアと比べて、食べ物のにおいはあまりしないけど、干物系のしぶいお土産から、可愛いお菓子まで色々な出店がある。
奏太くんは地方から来ているお酒屋さんの前で足をとめた。
「へぇ……果物の酒も売ってるのか」
「パッケージ可愛い!どれも美味しそうだね。奏太くんは、どういうのが好き?」
桃のお酒を手にとりながら訊ねると、彼は眉をさげる。
「いや、俺は二十歳になるの来月だから……って、あんた誕生日すぎてたんだな」
「うん。友達が一人飲み用の可愛いお酒、いっぱくれたから、色々飲んでるよ。……奏太くんは6月のいつ?」
「18日だ」
「じゃあ、もうすこししたら飲めるんだね」
「おぉ。解禁になったら、あんたのおすすめ教えてくれよ」
「わかった!」
偶然にも彼の誕生日を知る機会を得て、嬉しくなる。
「誕生日過ぎたら、美味い酒を飲ませてやるって、言ってくれてる人がいてさ。けっこう、楽しみにしてる」
「そうなんだ?」
(奏太くんと初めて一緒に飲めるの……羨ましいな)
一瞬、そんな気持ちが頭によぎって、私は慌てて首をふる。
誕生日を過ぎたら、いつでも飲めるんだし、そういうふうに考えるのはやめよう。
そうだ!おすすめを教えて欲しいって言われたし、宅飲みに誘ってみるのはどうかな?
あ、でも……恋人じゃない男の子を一人暮らしの家によぶなんて、軽率な子だと思われる……?
(せめて誤解されないように、来月までに、もっと奏太くんと仲良くなりたい……)
「あんた、この店の酒、買うのか?」
「えっと……ひとつだけ買おうかな」
どれにするか悩んで、私は桃のお酒を買った。
「じゃあ、〆のかき氷に行くか!」
「うん!」
お酒を販売している店員さんから商品を受け取って、歩き出そうとしたとき――
後ろから子供の声が聞こえてきた。
「お姉ちゃんっ!よかった、みつかった!」
「わっ!?」
いきなり後ろから抱きつかれて、私は振り返る。
5、6歳くらいの男の子だ。彼は私の顔を見上げて、目を丸くする。
「あ……ごめんなさい……。ぼく……お姉ちゃん……ひっく……」
きっと、泣くのを我慢してお姉さんを探していたのだろう。
男の子は、ぽろぽろと涙を零して泣き出してしまった。
「うっひっく、うう……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
「ど、どうしよう……!?えっと、迷子だよね?」
「そうだな。とりあえず、落ち着かせようぜ」
奏太くんは男の子を軽々と抱き上げて、近くのベンチまで連れて行く。
男の子をベンチに座わらせて「大丈夫だよ。お姉さんがみつかるまで、私たちが一緒にいるから」と声をかけ続けると、ようやく泣き止んでくれた。
「君、お名前は?」
「……カケル」
事情をゆっくり聞くと、一緒に来たお姉さんとお菓子のお土産エリアで、はぐれてしまったらしい。
「下手にうろうろするより、迷子のアナウンスしてもらったほうがいいかな?」
「それが一番確実だな」
うつむいて不安そうなままのカケルくんに、奏太くんは優しく話しかける。
「とりあえず、肩車してやるから、案内所に行くまで姉ちゃんを探してみろ」
「ありがと!」
奏太くんは軽々とカケルくんを肩車した。
視界が高くなって楽しくなったのか、カケルくんははしゃぐ。
「前から思ってたんだけど、奏太くんって力持ちだよね」
「あー……関係あるか、わからねぇけど……一応、子供の頃から柔道やってる。今日も朝から道場に行ってきたんだ」
「すごいね!柔道って、なんか……カッコいい」
「そうか?あんたみたいに言ってくれた女子、はじめてだ」
「また今度、お話とか聞かせて欲しいな」
「お、おぉ……」
奏太くんは少し頬を染めて、咳払いした。
「カケル。姉ちゃんって、どんな感じなんだ?」
「えっとね。怒ると怖いけど、いつも優しいよ!」
「いや……性格じゃなくて、見た目とか年齢とか、どんな服をきてるとかを教えてくれ」
カケルくんは「んー……」と考えてから、私を指さす。
「このお姉ちゃんに似てる。服、おんなじ色。髪の毛もふわふわ」
「了解。じゃあ、似てる感じの女子、探しながら歩くぞ」
案内所に向かう道すがら、カケルくんから教えてもらった情報を元にお姉さんを探す。
目を凝らして遠くまで見て歩いていると――
「あっ!!お姉ちゃんだ!!おねーちゃんっ!!」
カケルくんが見ているほうに視線を移すと、高校生くらいの女の子が走ってきた。
奏太くんが彼を肩車から降ろす。
ふたりは、ぎゅっと抱き合ってから私たちに頭を下げてきた。
「ありがとうございます!私がしっかりしてなかったせいで、おふたりにご迷惑をおかけしました……。本当に、みつかってよかった……」
「無事会えたんだし、そんなに落ち込まなくていい。あんた、良い姉ちゃんだと思うぜ」
「っ!」
「もうはぐれないように気をつけろよ」
「はいっ、ありがとうございました!」
「カケルくん。お姉さんの傍から離れちゃダメだよ」
「うん!」
奏太くんは穏やかな眼差しで、ふたりを見送る。
「すぐにみつかって、よかった……」
「そうだな。せっかく遊びに来たのに、嫌な思い出が残ったら悲しいからな」
私たちは、お互いを見て、笑いあう。奏太くんの言葉は、いつも優しくて胸が温かくなる。
(私……奏太くんのことが好きだな)
今日、一緒に遊ぶことができて本当によかった。
告白はまだできないけれど、このイベントをきっかけにして、これからもっと仲良くなりたい。
また、一緒に美味しいものを食べて、楽しくお話したい。
……お付き合いも……いつか、できたらいいな。
(奏太くんに好きになってもらえるように、頑張ろう……!あ、今日のことも友達に報告しなきゃ……!)
「じゃあ、今度こそかき氷、食べに行くか」
「うん!」
いそいそとかき氷屋さんに行くと、ちょうど誰も並んでいなかった。
奏太くんはマンゴーのかき氷を注文した。
「あんたは、どうするんだ?」
「実は……悩んでるの。……濃厚イチゴ氷かミルクチョコイチゴ……どうしよう」
「お客様の好みによりますが、今日は濃厚イチゴ氷が一番売れてますね!氷自体もイチゴの果汁がたっぷり、まわりにも瑞々しいイチゴがいっぱいのってるので、イチゴがお好きでしたら、おすすめですよ!」
「うっ……じゃあ、濃厚イチゴ氷の一番大きいサイズでお願いします!」
「かしこましりました!」
店員さんからかき氷を受け取った私たちは、近くにあったベンチに座った。
今日はたくさん歩いて汗をかいたので、かき氷は〆にちょうどいい。
「わぁ……すごく美味しそう!」
「あ、俺のも、先に食べてみるか?」
「いいの?ありがとう、食べる!」
私は自分のスプーンで奏太くんのマンゴーかき氷を少しだけ削って、口にはこんだ。
すると、奏太くんはクスッと笑う。
「……なに遠慮してるんだよ。もっと、いっぱいマンゴーのところもすくえよ」
「え、でも……」
「いいから。ほら、食えって」
奏太くんは、まだ使っていない自分のスプーンでマンゴーをすくう。
そして、私の口に近づけてきた。
「早くしないと、溶けるぞ」
「っ!」
反射的に、ぱくりと食べてしまう。
肉厚なのに柔らかいマンゴーは少し噛んだだけで、トロッとけていった。
「お、美味しい……!」
「そりゃ、よかった。俺も食べ……」
笑っていた奏太くんは、はっとした顔をして、しゃべるのをやめる。
彼も間接キスになってしまうと気付いたみたい。
(ど、どうしよう!?)
私が内心、おろおろしていると――
奏太くんは、すごく真剣な顔をして、かき氷を食べ始めた。
(い、嫌じゃなかったかな?)
これ以上、彼の口元をみつめていると、変に思われてしまうだろう。
(今は自分のかき氷に集中しよう)
大きく口をあけて、かき氷とイチゴを食べようとしたとき、前を通り過ぎた二人組の男子と目があった。
「うわぁ、でっけー!あれひとりで食うの?マジで?」
「やば、金かかりそう。俺だったら無理」
「オレもカノジョにしたくねー!」
ゲラゲラと笑う声につられて、周りの人たちが私に注目してくる。
何人かは目配せしてクスクスと笑っている。指をさして、なにかを話してる人もいた。
(は、恥ずかしい……!でも、それよりも――)
一緒にいる奏太くんに嫌な思いをしてほしくない。
私は、できるだけ明るい調子で言った。
「ご、ごめんね!私なんかと恋人に間違われたら、迷惑だよね!あはは……」
「無理して笑わなくていい。今通ったやつらが言ったことなんか、気にするな」
「!」
慰めてくれる奏太くんの優しさに泣きそうになる。
「俺は、美味しそうに食べてるあんたの顔、すげぇ可愛いと思ってる」
「……え?」
彼の言葉に混乱して涙がひっこんだ。
なぜか奏太くんは遠くを見て、すうっと息を吸い込む。
「もし彼女でも、俺はぜんぜん迷惑じゃねぇし、可愛いと思うし!!他人の気持ちなんて、どうでもいい!」
つられて奏太くんがみているほうへ視線を移すと、さっきの二人組の男子と目があう。
彼らは一瞬、気まずそうな顔をして、早足で去っていく。
奏太くんは溜飲がさがったとう顔で、ふんっと鼻を鳴らし、私をみつめてきた。
「ごめんな。今のは俺がスッキリしたかっただけだ」
「……っ、そんな……庇ってくれて、ありがとう……」
「お、おぉ……」
奏太くん、本当に良い人だな。それから可愛いって――
(っ!?)
今、奏太くん……私のこと可愛いって二回も言ってくれた?え?可愛いって、誉め言葉だよね?
『もし彼女でも、俺はぜんぜん迷惑じゃねぇし』
それって、私と付き合ってもいいってこと……?
「……どうした?」
「あ……えっと……」
私、今……変な顔になってないかな?口、おおきく開けすぎてないかな?
奏太くんが好きだって言ってくれた、可愛い顔で食べれてるかな?
彼の視線が気になって、手が止まってしまう。
「っ……」
長い沈黙の後、奏太くんが溜息をはく音が聞こえた。
慌てて彼を見ると、かき氷を勢いよく食べはじめる。
奏太くんの視線が外れたことで、ようやく私も自分のかき氷を食べることができた。
でも、さっきの好きと言ってもらえたことが気になって、ぜんぜんかき氷の味に集中できない。
ドキドキして頭が熱くなっているのに、かき氷は私の身体を冷やしてくれない。
(これを食べ終わったら、どういう意味かって聞く……!)
――急いで食べ終わって一息つくと、彼は、こめかみを手の平で叩いて唸っていた。
「あ、あの……大丈夫?」
奏太くんは私から目をそらしたまま「おぉ」と答えてくれた。
なんだか様子がおかしい。きっと私が上手く返事できなかったせいだ。
「奏太く――」
「……ごめん。俺、余計なこと言いすぎたな」
「え?」
「食べたいものは制覇したし、帰るか」
奏太くんはベンチから立ち上がり、出口に向かって歩き出した。
私も慌てて腰をあげて、彼のあとを追う。
奏太くんは私が横に来たのを見て、ぽつりと言った。
「あのさ……。さっき、言ったこと……ごめんな」
「え……?」
「だから……。俺なんかに可愛いとか言われて、困っただろ?」
誤解されているのだと分かって、私は、とっさに彼の腕をつかんだ。
「そんなことない!奏太くんにほめられて、困ったりしてない。すごく……嬉しかった……」
「……嘘つくなよ。俺があんたを可愛いって言ったあと、あからさまに固まってただろ」
「それは」
「気を使わなくていい。マジで悪かったな。あんたのこと、馬鹿にしたやつらに腹がたって、余計なことまで言ったな」
「だから、違うよ!私、奏太くんに……可愛いって思われ続けたくて……!い、意識しすぎて、普段の食べかたが、わからなくなって固まってたの……!」
正直に言うと、彼は赤面する。私は奏太くんへの気持ちを勢いのままにぶつけた。
「そ、それから……彼氏に間違われてもいいって、言ってもらえたの、嬉しかった……」
「あんた……」
「奏太くんこそ、私が可愛くみられようとしたって聞いて、狡い子って、がっかりしなかった?」
「そんなことない……!俺は、今もあんたのこと可愛くて、いいやつだって思ってる!」
奏太くんは頬を真っ赤にしたまま、まっすぐ私をみつめてくれた。
「なんでも美味しそうに食べる、幸せそうなあんたが好きだ。だから、俺の前では気にしないで、いつでも、好きなだけ食べてくれていいっ!あんたが嫌な目にあったら、ちゃんと守ってみせる!」
「っ!そ、それって……あの……えっと……」
「だからっ、その……つまり……」
奏太くんは私と向きあって、そっと両手で肩に触れてきた。
「あんたが嫌じゃないなら、俺と付き合ってくれ。……俺は、あんたの彼氏になりたい」
奏太くんの告白に、私は泣きそうになる。
彼も私を好きだと言ってくれていた。
夢のような現実に、じんわりと幸せな気持ちがこみあげてくる。
(私……いつも優しくしてくれる奏太くんの、特別な存在になれるんだ)
嬉しいのに目の奥が熱くなって、唇が震えそうになる。
今、涙を見せたら、奏太くんに心配されてしまう。
だから、私は精一杯の笑顔でこたえた。
「あ、ありがとう。……私も……奏太くんの彼女になりたい……です」
「マジか!?」
大きな声に、通った人が驚いた顔をしてこちらを見てくる。
奏太くんは、とりつくろうように咳払いしてから、私の耳元に唇を近づけてきた。
「……じゃあ、今からあんたは俺の彼女ってことで、いいか……?」
「う、うん……」
吐息混じりの声が、くすぐったくて、返答がどもってしまった。
奏太くんは頬を染めて微笑んだあと、少しだけ拗ねるような口調で言った。
「あー、くそ……。こんな事故みたいな告白するなんて、思ってなかった」
「奏太くん、かっこよかったよ!いつも、奏太くんは優しくて、素敵だよ」
「お、おぉ……そっか……」
まっすぐ伝えると、奏太くんは視線を泳がせて口元を隠す。
「……お、俺も……あんたのこと、いつも可愛いって……思ってた」
「ほ、本当?」
「あんた、バイト先でも明るくて感じいいし。笑ってる声とか聞いてると、こっちも元気なれて――って、なに言わせてるんだよ!?」
「えっ、ご、ごめんなさい……?」
「あ……いや、今のは俺が悪い。ごめんな」
奏太くんは頬をかいて、幸せそうに笑う。
「今日は、すげぇ楽しかった。また、こういうのあったら来ようぜ」
「うん、探しておくね!」
「俺もあんたに喜んでもらえそうなイベント、探しとく。……食べ物系がいいか?」
「食べるのは大好きだけど、奏太くんと行けるなら、どこでもいいよ。……遊ぶ系のデートも、してみたい」
「わかった。……これからは、そういうの、もっと話しような。……あんたのこと、教えてくれ」
今までよりも、さらに優しい甘い声に、ドキッとする。
「……私も、奏太くんに聞きたいこといっぱいある」
奏太くんは「おぉ」と照れくさそうに笑ってから、はっとした顔になる。
「店長たちに、俺らが付き合うこと言ってもいいよな?」
「うん。そうしたほうが、多分お休みもとりやすいよね」
「……もし、叔母さ……副店長に冷やかされたら、言えよ。あの人、俺に彼女ができたってわかったら、めちゃくちゃはしゃぐと思う。先に謝っとくけど、ごめんな」
「私、奏太くんの彼女になれて嬉しいから、気にしないよ」
奏太くんは「……あんた、けっこう恥ずかしいこと平気で口にするよな」とつぶやく。
そして、考える素振りをしてから、なぜか自分の手をシャツで拭いた。
「……とりあえず……手とか、繋いでみるか?」
「う、うん!」
手を差し出すと、奏太くんは優しく繋いでくれた。
男の子の手って、こんな感じなんだとわかって、ドキドキが増していく。
(私……奏太くんの彼女になれたんだ……)
これからは、デートでお出かけができるし、手を繋げる。
浮かれて、手をそっと揺らすと、奏太くんも真似して揺らし返してくれる。
家に帰ったあとも、私の胸は幸せな気持ちでいっぱいだった。

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flower spiral 2021/05/12 21:30

アルトボイス彼氏 沙月奏太 前日譚③

・販売予告はこちら
https://www.dlsite.com/girls/announce/=/product_id/RJ325675.html

春休みからアルバイトをはじめて、二ヶ月半ほど経過した。
ゴールデンウイークが終わるまで、お客さんが多くて忙しかったけれど、楽しいこともあった。
副店長に料理をするのが好きなら、それを活かしてみないかと提案されたのだ。
「この前、奏太から聞いたの。貴女って、どの料理が年代別に人気があるか分析できてるって……!それで、お願いなんだけど、そのデータにあわせて、うちの店の新しいメニューを考えてもらえない?」
料理に関することは、挑戦させてもらえるなら、なんでもしてみたい。
私は『沙月』さんで一番多い、20代のお客さんが好みそうな鳥料理を考えて、たくさん試作した。
奏太くんは「俺が叔母さんに話したせいで、手間かけさせて、ごめんな」と言って、料理を作るのを手伝ってくれた。
そうして、お店で出しても大丈夫な料理が完成したときは、一緒に喜びをわかちあった。
いつも奏太くんは周りに気を配っていて、私だけじゃなくて、誰にでも優しい。
それはわかっているけれど、彼とあれこれ料理を考えるのは楽しくて……。
――気が付くと、私は奏太くんを好きになっていた。
(奏太くんと今よりも仲良くなりたい……)
どうすれば異性として気にしてもらえるのか。
私の誕生日にお祝いを自宅に持ってきてくれた友達に相談した。
すると「あんた、色気より食い気だったのに!?」と驚かれた。
心外だ。確かにいつも食べ物の話ばかりしていたが、恋愛にも興味がある。
(奏太くん、恋人いないんだよね。好きな人とかも、いないのかな……?)
告白する前に失恋するのは嫌だ。
だから私は、奏太くんと、もっと距離を近づける努力をはじめた。
彼とバイトの休憩が重なった時は、自分から話しかけたり。
バイトの先輩たちから、奏太くんについてさりげなく訊いたり。
情報収集をしているうちに、気になることができた。
いつも奏太くんは、一緒に駅まで帰ってくれるけど、早上がりの日は駅前で別れていた。
(どこに行ってるんだろう?)
こっそり後ろをついていくと、彼はラーメン屋さんに入っていった。
後から本人に訊いてわかったことだけど、そこは奏太くんのお気に入りらしい。
恋愛相談をしている友達に報告したところ『あんた、それ絶好のチャンスよ!ラーメン屋さんに、ひとりで入るの緊張しちゃって……とか、可愛い感じで言ってみなさい!』とアドバイスをくれた。
(可愛くは言えないけど、頑張ってみよう)


私はシフト表を見て、奏太くんと同じ早めあがりを調べて、その日を迎えた。
いつも通り、ふたりで帰っていると、奏太くんのほうから話しかけてくれた。
「今日は久しぶりに忙しかったな。すげぇ腹減った」
「からあげは買わなかったんですか?」
「おぉ、飯食って帰るつもりだからな。駅の近くに美味いラーメン屋があるんだ」
「!」
言うなら今だと、私は深呼吸する。
「前にお話ししてくれた、赤いのれんのお店ですよね?」
「おぉ、そうだけ――」
「私、ラーメン大好きなんです!でも、ひとりでお店に入るの緊張しちゃって。一度でいいから、あのお店のラーメン食べてみたいなー……」
ドキドキしながら早口で、友達のアドバイス通りの嘘をつく。
私はラーメン屋さんだけじゃなくて、どこにでもひとりで入れる。
でも今は、奏太くんとお話する時間がいっぱいほしいから、困っているふりをした。
彼は少し驚いたように瞬きした後、首を傾げる。
「じゃあ、今から一緒に行くか?」
「っ……はい!」
「あんた、どこでもひとりで行けるタイプだと思ってた。なんか意外だな」
「あはは……」
アドバイスをくれた友達に感謝しつつ、私たちは駅前を通り過ぎて、ラーメン屋さんに向かった。

ラーメン屋さんは少し晩御飯の時間をずれているにもかかわらず、大賑わいだった。
店員さんに案内されて、カウンター席に座る。
大将らしき男性が奏太君に明るく声をかけてくる。
「おっ、兄ちゃん!お疲れさん」
「こんばんは。いつものとんこつチャーシューお願いします」
「わ、私も同じものをお願いします!」
「はいよ」
ラーメン屋の大将は手ぬぐいで顔を吹きながら、興味深々な目で私をみてきた。
「なんだ、兄ちゃん。今日はバイトじゃなくて彼女とデートか?」
「違います。バイト仲間です」
早口でそっけなく否定されて、しょんぼりしてしまう。どうすれば、奏太くんに女子として意識してもらえるのかな?
(落ち込んでもしょうがないよね)
こうしてふたりきりで、ゆっくり世間話をするのは初めてだ。
可能な限り奏太くんを知りたい。
「奏太くん。よくここに来てるんですよね?ラーメンが好きなんですか?」
「いや、普通。ここのチャーシューが美味いから、通ってるだけだ」
「そうなんですね。えっと、お菓子で好きなのとか、ありますか?」
前に料理の試作を手伝ってもらったお礼がしたくて、質問する。
(奏太くんが甘いの好きなら、私のおすすめのお菓子を買って、渡そう)
彼は口元に手を当てて、小さく唸った。
「甘いのなら……アイスとか、かき氷が好きだな。アイスは季節関係なく、食べてる」
「なるほど」
溶けるお菓子は渡せないな……と肩を落とす。
でも、奏太くんが好きなものが、わかったこと自体は嬉しい。
「マンゴーが、いっぱいのってるかき氷が流行ってから、一気におしゃれなかき氷屋さん、増えましたよね。私、いちごミルクが好きです!あっ、ピスタチオのかき氷も美味しかったです」
「なんだそれ、はじめて聞いた。マンゴーのやつ、すげぇ美味そうだな」
「一時期、テレビとかでも特集されてましたよ」
「俺、あまりテレビとか見ねぇからな。そういうおしゃれな感じのやつ知らねぇんだ。……今から、調べてみる」
奏太くんは真剣な顔でスマホを取り出して、検索する。
該当の画像がすぐにみつかったのか、大きく目を見開いた。
「これ、マジか!すげぇ……めちゃくちゃ美味そうだな」
彼の声が弾んでいるのを聞いて、良いことを思いつく。
ちょうど、彼が興味をもってくれたかき氷が食べられるフードフェスに、私は行くつもりだったのだ。
これは仲良くなれるチャンスかもしれない。
「そ、奏太くん。そのかき氷が食べられるイベントがあるんですけど、一緒に行きませんか?たしか、この日曜日はお休みでしたよね?」
私はスマホでフードフェスティバルを検索して、彼に画面をみせた。
奏太くんが画面を覗きこんだとき、軽く肩が触れて、頬が熱くなる。
「へぇ……色んな地域から食べ物屋が来る祭りか。行ってみたけど、この日は用事があって休みをとったんだ」
「……そうですか……」
勇気を出して誘ったぶん、声が沈んでしまうのを隠しきれなかった。
運に味方してもらえず、私はしょんぼりしてしまう。
スマホを手元に戻そうとしたとき、奏太くんがこちらをみてきた。
「あのさ……朝のうちに用事はすませるから、昼からでもよければ、一緒に行ってくれるか?」
「っ、ぜんぜん大丈夫です!もし用事がずれても、お待ちします!」
「そ、そっか。ありがとうな」
(嬉しい……!奏太くんとお出かけできる!!)
今日の私は落ち込んだり、喜んだり、我ながら忙しいと思う。
私の動きが奇妙だったのだろう。奏太くんはたじろいでいるように見えた。
(やっぱりやめるって言われる前に、話を進めなきゃ……!)
「お昼ご飯も、ここで食べますよね?」
「そうだな。せっかく行くなら、かき氷以外も食べたい」
「私、食べたいものがいっぱいあって迷ってるんです」
「じゃあ、あんたが気になるやつ、いくつか教えてくれよ。俺がそれを買うから、はんぶんこしようぜ。そうすれば、色んな種類が食べれるだろ?」
「は、はい……!ありがとうございます!」
なんだか、はんぶんこって、仲良しっぽい感じがする……。
口元が緩まないように唇に力を入れていると、奏太くんは自分のスマホでフードフェスを見る。
「マジで全国から出店してるんだな。当日に見ながら決めるのは無理っぽそうだ」
「そうですね。ある程度、どれを食べるか決めて行ったほうが、ゆっくりできると思います」
話ながら私は奏太くんのスマホをちらっと見る。
ゆっくり相談するためにも、お互いの連絡先を知っておきたい。
でも、教えて欲しいなんて言ったら、迷惑かな?
(一緒に遊びに行くんだし、訊いておかしくないよね?うん、たぶん大丈夫。よし……!)
「あの……奏太くん――」
「そういえば、あんたの連絡先、聞いてねぇな。交換しとくか」
「あ……うん!交換する!」
彼のほうから言われたのが嬉しくて、つい敬語を忘れてしまった。
「……ご、ごめんなさい!バイトの先輩に失礼ですよね……」
「いや、前から思ってたんだけど、俺たちタメだろ?バイト先以外では、普通に話してもらえると助かる」
「わかった!」
「はは……めちゃくちゃ順応はやいな」
「……すみません。私、奏太くんと仲良くなりたかったから、嬉しくて」
「え……。あ、それは、どうも……」
一瞬、そわっとした空気になったとき、注文していたラーメンが来た。
「麺が伸びるから、先に食べようぜ」
「うん。いただきます!」
(そういえば、誰かと晩ごはんを食べるの久しぶりだな……)
ちらっと彼を見ると、幸せそうな顔でチャーシューを食べている。
クールな表情じゃない奏太くんを見ていると、不思議と自分も幸せな気持ちになれた。
彼と一緒に食べるとんこつチャーシューは、すごく美味しかった。

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flower spiral 2021/05/11 19:53

アルトボイス彼氏 沙月奏太 前日譚②

・販売予告はこちら
https://www.dlsite.com/girls/announce/=/product_id/RJ325675.html




開店からお客さんが途切れなかったお陰か、瞬く間にあがりの時間になった。
「新人ちゃん。そっちのテーブル片づけたら、終わってくれていいからねー」
「はい!」
お客さんが居なくなったテーブルに行き、食器を重ねていく。
厨房の流しに食器を置いて、なんとか初日は無事に終わりそうだと、ほっとする。
「おい、注文!」
「っ!」
大きな声のしたほうをみると、カウンター席の端っこにいる男性が、こちらを見ていた。
「あ……」
「……奏太に行ってもらうから、貴女は先にあがっていいわよ」
副店長が大量のお酒を作りながら、小声で言ってくれた。
けれど、奏太くんは奥の座敷の団体さんから、注文を受けている。
すぐにあのお客さんの対応ができそうにない。
「注文を聞くだけですし、私が行きます!」
「あっ、待って――」
私は副店長の止める声を気にせず、早足でカウンター席の男性のところへ行った。
「お待たせしました!ご注文でしょうか?」
「枝豆」
「はい、枝ま……」
「おい、ねーちゃん!注文全部言ってねーだろが!ちゃんと最後まで聞いてから、繰り返せや!!」
「っ!……あ、申しわけありません」
「返事するな!!オレがしゃべるまで、ちゃんと聞いとけ!!」
畳みかけるように怒鳴られて、固まってしまう。
赤ら顔の男性は私を睨んだまま、舌打ちをしてきた。
「あ、あの……」
「だから、黙っとけって言ってるだろ!注文言うからぁ……書け!」
「……」
「おい、黙るな!!」
短期のバイトをしていたときには、相手をしたことがないタイプのお客さんだ。
支離滅裂な男性にどうしたらいいのか、わからない。
冷や汗がでて、心臓が壊れそうなぐらい鳴っている。
(落ち着いて、対応しなきゃ)
震える手で注文を書こうとしたとき、奏太くんが私と男性の間に、すっと入ってきた。
「申しわけありません。こちらで書きますので」
「この姉ちゃん、ちゃんと教育しとけ。何度も同じこと言わせんな」
「はい、申しありませんでした」
奏太くんが頭をさげると、男性は再び舌打ちしてから注文を繰り返す。
……結局、男性が頼んだものは枝豆だけだった。
「ほら、行くぞ」
「は、はい……」
私は奏太くんと厨房の近くまで戻った後、小声で話しかける。
「ご、ごめんなさい」
「気にするな。あとは俺がするから、あんたはバックヤードで待っててくれ」
「はい……」
副店長は忙しそうにしながら「ごめんね。貴女は悪くないから、気にしないで」と声をかけてくれた。
大丈夫ですと言ったものの、バックヤードに入ったとたんに、涙があふれてきた。
職場で泣くなんて、ダメなことなのに。
これから先、もっと納得がいかない理由で、お客さんに怒られたりするかもしれない。
だから、今のうちに慣れておかないと。
嗚咽を殺して、なんとか気持ちを落ち着かせようとしたとき、ドアが開いた。
「っ!」
「……あんた、泣いてるのか!?」
奏太くんは、焦った顔をして、早足でこちらに来る。
慌てて涙を拭いたけど、ごまかせそうにない。
「あ、あの……」
「大丈夫か!?もしかして俺が行く前に、おっさんになにかされたか?」
首を横に振ると、奏太くんは苦々しい顔をして言う。
「嫌な気分にさせて、ごめんな。あのおっさ……お客様な、いつもあんな態度なんだ」
奏太くん曰く、他のお客さんの空気も悪くなるから、男性に注意はしているらしい。
「でも、あまり効果なくてさ。今、店長たちが、あのおっさんは出禁にしようって話してる。だから、安心してくれ」
「は、はい……。あの、泣いたりして、すみませんでした……」
「謝るなって。あんた、おっさんに怒鳴られても、落ち着いて対応してただろ?それだけで、すげぇよ」
「っ!」
「あんたも大学卒業したら、就職するだろ?それまで、できるだけ長くここで働いてもらえると嬉しい。……こういうのも、縁だと思うしさ」
「奏太くん……」
「怖い思いさせて、マジでごめんな。こういうことがないように、俺も店長たちも気をつけていくから」
今後を含めて私を気遣ってくれる言葉に、胸が温かくなる。
改めて奏太くんにお礼を言おうとしたとき。
ぐうう~きゅるるると盛大に私のお腹が鳴った。
奏太くんの眉が、ぴくりと動く。
「……今の音……あんたか?」
「あ……う……真面目な話をしているときに、すみません……」
「いや、気にしなくていいけど。……あんた、賄いの鳥おろし丼、めちゃくちゃ大盛りで食べてたよな」
「は、はい。このお店の鳥おろし丼、はじめて食べたんですが、すごく美味しかったです」
しっかり働くために気合をいれて、大盛りを食べていたのに。
あんなにも大きくお腹が鳴るなんて、恥ずかしい。
きっと奏太くんは、私に呆れてしまっただろう。落ちこんで、うつむいていると――
「ふっ……はははっ……そっか。じゃあ、これあんたにやるよ」
カサッという音に反応して顔をあげると、ビニール袋の中に明太子からあげのパックが入っていた。
「この店、持ち帰りできる食べ物をバイトは半額で買えるんだ。これ食べて、元気だしてくれ。この明太子からあげも、すげぇ美味いから」
「そ、そんな……!これ奏太くんが食べるために買ったんですよね?」
遠慮しつつも、私は大好きな明太子からあげに釘付けになっていた。
「二つ買ったから、俺のぶんはこっちにある。あ……もしかして、からいの苦手か?」
「平気です!明太子からあげ、大好きです!」
素早く答えると、奏太くんは再び吹きだした。
クールそうにみえるのに、良く笑うのが意外で、ますます彼の印象がよくなる。
「好きなら、もらってくれよ。ほら、遠慮するな」
「……ありがとうございます!」
袋をうけとると、まだ温かかった。からあげの香ばしいにおいがして、頬が緩んでしまう。
「からあげって、あげたてがいちばん美味いよな」
「そ、そうですね……。いいにおいがします」
「なかにつまようじ入ってるぜ。帰りながら、ちょっとだけ食うか」
「はい!……って、一緒に帰ってくれるんですか?」
「ここらへんって、夜は閉まってる店が多くて、危ないんだ。だから、女子と帰りが同じ男子は、駅まで送っていくように店長たちから言われてる」
「店長たちに、皆さん信頼されてるんですね」
「……まぁ、俺はともかく、他の奴らは一応ちゃんとした面接して、雇ってるからな」
それは少し含みのある言い方だった。
けれど、質問する前に奏太くんが「じゃあ、さっさとタイムカードの説明終わらせて、帰るぞ」とタイムレコーダーの前に行ってしまったので、なにも聞くことができなかった。


先に着替えて廊下で待っていると、男子更衣室から奏太くんが出てきた。
水色のシャツと黒いジーンズのシンプルな格好がクールそうな彼に似合っている。
「ごめん、待たせた」
「いえ、大丈夫です!」
外に出た私たちは、さっそく明太子からあげを爪楊枝にさして、歩きながら食べはじめた。
週3回、お昼のお弁当で食べている明太子からあげ。
このサクッした触感と塩辛さは何度食べても、飽きない。口の中に肉汁が広がっていく。
あぁ、ごはんがほしい。
「お、美味しい……!幸せ……」
「からあげってシンプルだけどさ、店によって触感とか味とか、けっこう違うよな。俺はサクサクしてるのが好きなんだ」
「私はやわらかいのもサクサクも、どっちも好きです。味も甘いのも醤油も……あっ、チキン南蛮も大好きです!」
「……あんたと一緒に食べたら、なんでも美味しくなるんだろうな」
「え?」
「今も、すげぇ美味そうに食べてるし。そういうの見てると、こっちも良い気分になれる」
「っ!」
そんな風に言われたのは、はじめてだった。
なんだか照れくさくなって、私は笑っておどける。
「あはは……友達には「食いしん坊だとモテないよ」って、笑われちゃうんです。だから、そういってもらえると、嬉しいです」
「へぇ……女子って大変だな。ここのバイトでは、気にせず食べろよ……って、俺の店じゃないけどな」
たわいもない話をしているうちに、駅に着いた。
「じゃあ、気を付けて帰れよ」
「はい、ありがとうございました!」
ホームの階段を降りていく奏太くんを見送ってから、ふと気が付く
今日お客さんに怒鳴られた恐怖は、彼のお陰で、すっかり頭から消え去っていた。

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flower spiral 2021/05/10 22:08

アルトボイス彼氏 沙月奏太 前日譚①

・販売予告はこちら
https://www.dlsite.com/girls/announce/=/product_id/RJ325675.html


サークル主です。ちょっと予定外のことでバタバタしておりまして、対応が遅れておりました……!
本日から、前日譚を載せていきます。
がるまに様に納品が完了次第、こちらとTwitterでも発売日のお知らせしますので、チェックしていただけると嬉しいです……!!
今回はヒロイン視点の前日譚になっております。









アルトボイス彼氏 沙月奏太 前日譚

私が小学生の頃、大好きな友達が遠いところに引っ越してしまった。
すごく落ちこんでいた私に、お母さんはふわふわのパンケーキを焼いてくれた。
蜂蜜たっぷりかかったパンケーキをほおばると、少しだけ悲しい気持ちが和らいだのを覚えている。
料理が得意なお母さんのおかげで、私は大学生になって一人暮らしをするまでに、色々な食べ物を知ることができた。
美味しい食事は幸せを運んでくれる。
だから私は、料理を作るのも食べるのも大好きだ。
まだちゃんとした目標は決まっていないけれど、大学を卒業したら、食に関わる仕事に就きたいなと考えている。

大学生になって二年目の春休み。
一人暮らしに慣れてきた私は、飲食店で長期のアルバイトをすることにした。
場所は大学の最寄り駅から、少し離れた場所にある焼き鳥屋『沙月』さんだ。
壮年のご夫婦が経営していて、お昼は店前でお弁当を販売している。
私はこの焼き鳥屋さんの明太子からあげ弁当が大好きで、週に三回は買っていた。
(お昼のお弁当しか食べたことないから、まかない楽しみだな……)
今日が初めてのアルバイトなので、副店長が更衣室の前で待ってくれている。
私はお店のユニフォーム――紺色のバンダナとシャツに着替えた。
パンツは私服のままでいいと言われたので、汚れても目立たない黒色にした。
その上にユニフォームと同じ色の前掛けをつける。
急いで廊下に出ると、笑顔の副店長と目があった。
「おまたせしました!」
「ふふ、大丈夫よ。じゃあ、行きましょうか」
少し緊張しつつ、私は副店長についていく。
「飲食店の短期バイト経験はあるって言ってたけど、お酒を扱うお店は初めてよね?もし仕事中にトラブルがあったら、すぐに私か今から紹介する子に言ってね」
「は、はい!」
(そういえば、いつも外でお弁当を買ってたから、お店に入ったのはじめてだ)
店内は従業員が3人いれば回せる広さだった。
五人掛けのカウンターに、三つの木製のテーブル席、掘りごたつの座敷が二つ。
全体的に和風な内装で整えられている。
私と同い年くらいの男の子が、奥の座敷でテーブルを丁寧に拭いていた。
彼は私たちに気づいて、近づいてくる。
透明感のある綺麗な目で、鼻筋がとおっている、和服が似合いそうな男の子だ。
「副店長、おつかれさまです」
「奏太もおつかれさま。この子が前に話してた新しいバイトちゃんよ。今日が初めてだから、面倒みてあげてね」
奏太くんは「はい」と言ってから、クールな顔で私をみつめてくる。
「えっと……」
「私の甥っ子だから名字同じなのよ。奏太って名前で呼んであげて」
「わかりました!」
私は緊張しつつ、奏太くんに話しかける。
「奏太くん、よろしくおねがいします」
「おぉ、よろしく」
「あまりしゃべらないけど、良い子だからね。貴女と同い年で大学生よ。あ、ちなみに彼女は募集中」
「してねぇし!……叔母さん、余計なこというなら、手伝うのやめますよ」
「はいはい、ごめん、ごめん!それじゃ、後は頼んだわよ!」
副店長はにこにこ笑いながら厨房に行ってしまった。
奏太くんは諦めたように溜息をはく。
多分、さっきみたいなやりとりは、頻繁に行われているのだろう。
(いつもお弁当を買うときに副店長と世間話をしてたから、良い人だってわかってるけど……。ああいうのって、言われるほうは困るよね……)
「あんた、何時までだ?」
「22時です」
「そっか、俺と同じ時間だな。タイムカードの説明とかあるから、終わるとき声かける」
「はい、ありがとうございます!」
「忙しくなる前に、必要そうなこと教えとく。こっちに来てくれ」
私はパンツのポケットからメモ帳とペンを出して、彼について行った。


奏太くんは、とても丁寧に仕事内容を説明してくれた。
「これで終わりだ。あんた、のみこみ早くて助かった」
「ありがとうございます」
「あ、まかないは、このメニュー表に書いてる。好きなの選んでいいからな」
「えっ!?別メニューあるんですか!?」
手渡されたメニュー表をわくわくしながら見る。
「おぉ、どんぶり系しか選べないけどな。ちなみに大盛りもできるぞ」
「すごい……!」
まかないは十種類もあった。
親子丼から始まり、鳥肉を使った多彩な創作丼に私は目移りする。
えっ!?明太子からあげ丼は温泉卵付き!?なんて豪華な!!
そぼろ&照り鳥丼もお得感がすごい。
鳥おろしに、ネギ塩……あぁ……ぜんぶ美味しそう!!
「順番に食べるの、楽しみです!!」
嬉しすぎて大きな声が出てしまった。
奏太くんは、一瞬たじろいだ後、ぷっと笑う。
「……あんた、元気だな」
「っ!」
クールな表情がくずれたのを見て、なぜか胸がドキリとする。
こんなに優しく笑う人なのか……。
(さっきも仕事の説明、すごく丁寧にしてくれたし。副店長が、困った時は奏太くんを頼れって言った理由がわかるな……)
良い人がバイト仲間だと、働くのも楽しくなる。
ここのアルバイトも、長く続けられたらいいなと思った。

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flower spiral 2021/04/28 22:43

第二弾のお知らせ色々。

・発売予告はこちら
https://www.dlsite.com/girls/announce/=/product_id/RJ325675.html

サークル主です!!女性声優さまが青年を演じるシチュ音声の第二弾
アルトボイス彼氏 沙月奏太~いちゃらぶ甘々お泊り旅行~の発売予告が開始されました!

宣伝ボイスも含めて試聴を4つご用意しましたので、購入の参考にしていただけると嬉しいです。
カッコ可愛くて、優しいクール男子、沙月奏太をよろしくお願いいたします!!

今回、お値段があがっているぶん、早期割引(30%)をさせていただきます!
合わせて前作の桐野千歳も20%割引させていただく予定です。

当サークルの制作物をお得に購入していただける機会になるかと思いますので、よろしくお願いいたします~

これから発売まで、前日譚を載せたりしていきますので、引き続き、チェックしていただけると嬉しいです。

サークル主も早く聞き手に回るために(笑)残りの作業をがんばります!

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