月島奏 / ChildMaid 2021/06/29 19:00

恋してイジめて姪っ子さまっ!#01-2

有り触れた風景…そしてまた、いつもの誤解?

 四方を校舎に囲まれた中庭には、昼時の静けさを掻き消す怒声が響き渡っていた。
 先程まで優雅に昼食を取っていた生徒たちの姿はどこにもない。残されたのは、怯えた様子で尻餅をつく気弱そうな一年生男子と、彼をこんな姿に追いやった上級生だけだ。
 二年の俺は、見ず知らずの後輩である彼を庇う形で、問題の上級生の前に立ちはだかっていた。
「で、どうなんスか? これ以上続けようって言うなら、俺も容赦しませんが」
 既に配下の二年生は俺が蹴散らしていた。皆、対峙する俺たちの様子を窺っている。
「ぁん? テメェ、なに粋がってやがんだ、あんな雑魚どもとオレ様を一緒にしてんじゃねぇぞコラッ!」
(くっ、ヤル気か…面倒くせぇ)
 コイツの噂は、予てから聞かされていた。
 特別進学コースと比べて質の低い生徒が寄り集まるクラスであるせいか、学園の治安を乱すような連中も、中には存在する。そんな輩を束ねているのが、今、目の前にいるこの男だ。
「この野郎、後悔させてやるぜ!」
 下卑た笑いを浮かべながら、懐から得物を取り出した。
「テメェ――」
 凶悪な光を湛えるソイツに、背筋が凍る。
(本気で、いくしかねぇのか…)
 内心でつぶやき、臨戦態勢を取る。
互いの間に緊迫した空気が流れた、その矢先――
 ピピーッという、鼓膜を劈くような笛の音に、我を取り戻した。
「そこっ、何をやっているの!? そのまま動くんじゃないわよ!!」
(げっ、秋本か!)
 相変わらず、首からぶら下げた喧しい笛の音にも負けないぐらいデカい声だった。
 窓から顔を覗かせた彼女は、そこが三階でなければすぐにでも飛びかかってきそうな勢いで、身を乗り出している。
 こちらが固まっているのを確認すると、上半身を校舎内へと戻した。直後、猛ダッシュで廊下を駆け抜けて行く姿が、疎らに開く窓越しに窺えた。
「クソッ、運の良い野郎だ。次はタダじゃおかねぇぞっ、覚えてろよ!」
 今やテンプレともなったお決まりの台詞を吐き捨てると、そいつは足早に校舎内――現在、猛ダッシュでこちらに向かっている少女と鉢合わせない方角――へと駆けて行く。
「ほらよ、これ、お前の財布だろ?」
「あっ、ありがと…ございます」
 一年とはいえ、噂はそれなりに知っているのだろう。俺の助けを借りて難を逃れたものの、逆に何かを要求されるのではないかと怯えているらしい。
「前から揺すられてたのか? そういうのはな、最初が肝心なんだよ。一度でも言うことを聞けば、ああいう連中は――」
「こらぁあああああ!あんたって奴はもうっ、そんなひ弱そうな一年生相手にして、なに脅しなんてかけてんのよ!」
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ。で、今更何の用ですか?」
 彼女は俺の姿になど目もくれず、被害に遭っていた一年生の手にした財布だけを見て、全てを判断しようとしているらしい。
「そう、そういうこと。これは立派な犯罪行為です。場合によっては、外部の機関にも連絡する必要があります」
「なんだよ、外部の機関ってのは。それよりも、随分と遅い到着でしたな、風紀委員長殿」
 肩口までの長さに切りそろえられた髪型に、何がそんなに気に食わないのか、常に不機嫌を溜め込んだような鋭い目付き、左腕の腕章と、何の意味があるのか首から下げた笛。
 コイツこそ、我が校を牛耳っている風紀委員長の秋本沙夜、俺が長年想い続けてきた女の子…なのに俺に対する評価は。
「騒ぎの元凶のくせに、良くもまぁ、そんな口を利けたものねぇ」
「おいおい、本当に何も見てなかったんだなお前は。良いか? よく聞けよ、俺はだな、この一年生が、連日お騒がせ中の安西にカネを巻き上げられそうになった挙句、ボコられているところを助けてやってだな――」
「安西貞太君っていうのは、確かあなたに次ぐ不良グループの頭で」
「逆だろ逆! 俺のが下の学年なんだぞっ。それに不良でも頭でも番長でもなくてだなっ」
「はいはい、事情は後程じっくりと伺います。とにかく二人とも、委員会室に来てもらいますからね」
 沙夜は、この場での話は済んだとばかりに被害者である一年生男子の肩に手をかけて、中庭と校内を繋ぐ出入り口へと足早に歩いて行く。
 同時に俺も、他の風紀委員によって両腕を掴まれたまま委員会室へと連行される。正に行政システムの縮図というべきだろうか、横暴な権力を彷彿とさせるような組織だよ、風紀委員って連中は。
「いつものことだとは思うがな、聞かれたところで言うことは何も変わらねぇぞ。俺は何も悪くないし、その一年だって困ってるだろ。そんなことより、ああいう風紀の乱れをどうにかしたらどうだ? 遅いんだよ対応が! そんなことだから学生が自分たちの身を守るために力を行使しなけりゃならねぇんだ!」
 矢継ぎ早な俺の言葉に、沙夜の肩がピクりと震える。
 一瞬、挑発的な態度でビビらせてしまったのではないかと焦ってしまったが、次に発せられた彼女の言葉は、意外なものだった。
「あたしだって、分かってるわよ。そんなことぐらい…」
 気丈に接していながらも、どこか覚束ない。
 そんな心細そうな華奢な後ろ姿を目にした瞬間、俺の脳裏に、ある日の光景が蘇る。
 進学以前から成績優秀で、学園内でも一目置かれる立場であった沙夜は、素行の悪い学生たちから付け狙われることも珍しくなかった。
 間違っていることを堂々と指摘するクラス委員として、子供の頃から疎まれていたのだろう。
 どんなに不満をぶつけられても、陰口を叩かれても、自分の信じる道を突き進む、そんな不器用な少女は、下種な輩にとっては恰好の獲物だったのかも知れない。
 それを象徴する事件が、過去にもあった。それは、俺と沙夜の間で暗黙の了解であるかのようにひた隠しにしている出来事だが、俺にとっては、しばしば記憶の引き出しから取り出しては鑑賞している、決して忘れられない記憶なんだ。

中○部二年の夏、昼休みに起こった悲劇

「早く、こっちです!」
 鬼気迫る様子の新入生が案内する先へと、沙夜は駆け付けた。
 彼の表情、焦り具合、どれを取っても演技とは思えなかったのだろう。疑う気持ちなど、微塵も持ち合わせていなかったんだ。
「その男子はどこにいるの!?……って、ここって、ぇええ!?///」
 彼女が驚いたのも無理はない。連れて来られたのは、普通の女生徒であれば決して近付くことのない場所、男子トイレだったからだ。
「でも、私は――」
「お願いします、緊急事態なんですっ!」
 思えば、彼にとっては本当に緊急事態だったのだろう。嘘偽りの無い、訴えるような眼差しや、気弱そうな印象は、信用するに足るものだったのだ。
 困っている下級生が、自分に助けを求めている。彼女にとって、断る理由などない。
(そ、そうよ沙夜、恥ずかしがっている場合ではないわ!)
「分かったわ」
 こうして、沙夜は下級生の導く先へと足を踏み入れることとなった。
「どこに…いるのかしら?」
 普段、彼女たちが使っている個室だけが並ぶ場所とは明らかに異なる。一瞬だが、困惑を覚えたことだろう。
 個室の反対側、向かって左手に、小用の便器が並んでいる。男子が用を足すための場所だ。
 ゴクリ、と喉を鳴らす。しかし、一般の女生徒とは違うのだ、羞恥に頬を染めている場合ではない。
「だ、大丈…夫?」
 それでも、恐る恐るといった様子で声を掛ける。
 案内して来た下級生の背中が、役目を終えたとばかりに眼前から離れる。その直後、彼女の視界に衝撃的な光景が広がった。
「――ッ?」
 小便器を背にして、股間を抑えながら苦しむ上級生が、そこにはいたのだ。
 学園の優等生らしい生真面目な少女は、面倒見がよく、初○部の頃から怪我人や体調を崩した生徒を介抱する機会は何度もあった。しかし、この時遭遇した事態は、過去のどの経験にも属さないケースだった。
 男子トイレの中、異性の生徒が取り囲む中、成す術もなく立ち尽くす彼女に、一人の生徒――その後、不良グループの一人と分かった――に促される。
「コイツ、小便してたら急に苦しみ出したんです。ちょっと見てやってくれませんか!?」
 後から考えれば、おかしな話だった。もし本当に痛みを訴えていたのだとしても、保健室に運ぶなり、病院へ搬送するなりの対処をすれば済んでいたはずだ。けれどもこの時、混乱していた沙夜からは、冷静な思考というものがすっかり取り払われていたのかも知れない。
「ヤバいですよ、早く見てやって下さい!」
「ま、待って…わ、わかったから」
 すがるように訴える男子たちに、沙夜が仕方なく応じる。
「どこ、見せて?」
「こ、ここです」
 トイレの床に膝を突き、男子の股間に手を伸ばす沙夜を、取り囲む者たちが固唾を飲んで見守っている。
 そんな中、あまりにも優しすぎる先輩女子の態度に居た堪れなくなったのか、案内して来た下級生が、小さな声で呟いた。
『ご、ごめんなさい』
「…ぇ?」
 耳に届いたその言葉に、我を取り戻す。
「ほら、もたもたしてないで見てくれよ!」
 だが、この姿勢、この状況では全てが遅過ぎた。下級生の声に視線を逸らした沙夜の頭を強引に引き寄せると、そいつは力任せに自身の股間へと向けさせたんだ。
 ズボン越しにも、その部分が膨らんでいるのが分かったのだろう。この時、沙夜は酷く困惑していた筈だ。
(なに? これ、どういうこと!?)
 意味が分からないというように混乱する沙夜の姿を、取り囲んでいた男子たちが笑い飛ばす。それに便乗するように、先程まで苦しんでいた筈の上級生男子も高笑いを上げながら、凶悪な本性たる逸物を取り出していた。
「ほら、これ、凄く腫れてるだろ? 痛いんだよ!」
 ジッパーが開いた瞬間、眼前に飛び込んできたのは、いきり勃った男のシンボル。知識としては知ってはいても、本物を目にする機会などありはしない。まして、年頃の女子である自分の顔前に晒される日が来ようとは、想像もしていなかったのだろう。濁りを知らない、大きく澄んだ黒い瞳に涙の幕が広がる。
 その中に浮かび上がったものは、純真な少女にはあまりにも醜悪な印象を放つ勃起した男性器だった。
 先端の括れた肉の棒に無数の血管を貼り付かせて、ビクビクと脈打ちながら震えている。少女には存在しない生殖器、陰茎。
 沙夜は、泣き出しそうになる自分の顔を必死に隠すため、頬を引き締めていた。
「騙したの? どうして、こんなことを……」
 怒りよりも憐れみを滲ませるその表情が、勃起を震わせる男子や周囲を取り囲む者たちの間に罪悪感を抱かせる。けれど、その程度で改心してくれたら苦労はしない。心よりも、肉欲。彼らの身体が欲しているものは、人としての気持ちよりも性処理だった。
「な、なんだよ、その顔……それより、どうしてくれるんだよっ、こんなになっちまったのはお前のせいだぞ! 風紀委員の優等生さんよ!!」
「んむっ!?」
 油断した隙を突いて、沙夜の頭が抑え込まれる。そのまま、悔しさに引き結ばれた唇目掛けて肉棒が捻じ込まれた。
「んっ? ふぇっ、あむっ…ジュビュ…クチュ…」
 汗に蒸れた肉棒が、口腔内を掻き回す。先端に溢れたカウパー線液の味が、少女の小さな口の中へと広がり、軽い吐き気を覚えるが、声を発することのできない彼女は息を詰まらせながら噎び泣くことしか出来ない。
 困っている人を助けるためであれば仕方がない。だけど、人助け以外で意に反する行為を強いられることは許せない。真面目な沙夜の正義感に火を点けてしまったことは、言うまでもない。
 異性と口付けさえも交わしたことの無い唇を、陰茎に割り開かれることは、彼女に強烈な不快感を齎した。
 虫歯一つない清潔な口腔内で、凶悪な肉棒が蠢く感触。今までに感じたことの無かった、胃の内容物が逆流するような感覚を味わう。
 苦しみは、いつしか怒りへと変わりつつあった。頼れる優等生という立場を超えた、一人の少女としての本性が姿を現す。同時に、心の奥に秘めた異性への反撃心が芽生え始めたのかも知れない。
『いきなりイラマチオかよ』
『もっと激しく掻き混ぜろっ』
『さっさと出して俺らにも順番廻せよ~』
 屈辱的な笑いが、アンモニア臭の漂う密室内に響き渡る。
 その瞬間、秋本沙夜という少女の中で、何かが吹っ切れた。
 これまでに学んだ知識を総動員して、この状況を脱するに最も相応しい選択だと判断したのだろう。
「くちゅ…ぴちゅ……」
「あっ、んあっ…ひひっ、へ、へぇ、上手いじゃん。もっと喉の奥に…あっ、そう、こ、これなら…俺専用の…っう、オナホに…してやっても、へへ、良いぜ」
 近付く絶頂に熱い呼吸を繰り返しながらも、奉仕を続ける少女に挑発的な言葉を浴びせかけるのは、男としてのプライドからか。
『すげぇ淫乱女。本当は初めてじゃなかったんじゃねぇの?』
 取り囲む男子の一人が発したその言葉が、相手を想い、反撃するか否か戸惑っていた沙夜の背中を押した。秋本沙夜の優しい心が、怒りに負けた瞬間だった。
 そして。
「――ガリッ!!!」
 快感に頬を緩ませ、気持ち良さそうに鼻の下を伸ばしていた男の顔が、一瞬にして痛みと絶望に歪められる。
「あぐッ……い、痛ってぇええッ!! や、やめろ、は、放して!!!」
『お、おい、どうしたんだよ!?』
 沙夜の口の中で何かが噛み潰される音と、ただ事ではない蒼白した男の表情に、仲間の一人が不安そうに近付いた。背後で動揺する男子たちと、股間から離そうとして必死に少女の小さな頭を押さえて泣き叫ぶ男の様子に、ようやく沙夜が口を離す。
「ん…だよ…これ、お、俺のちんこが…」
 振り返った少女の顔に、先程まで馬鹿騒ぎしていた男子たちが凍り付く。
 凛々しくも可愛らしい眼鏡少女の口端からは、少しずつ赤い雫が垂れ始めていた。その量から見ても、前歯で軽く傷付けた程度のものではないことが分かる。
「ぅ…ああっ……ぅああああッ」
 射精の直前だったのだろう、勃起を震わせながらペニスの根元を抑える男子の顔が青ざめている。
 同性の只ならぬその姿に視線を下げると、そこにはトラウマを引き起こすような末路を遂げた肉棒が、変わり果てた姿で萎え始めていた。
 沙夜はきっと、本気で噛み潰すつもりでやったのだろう。今や、健康そうにプクリと膨らんでいた亀頭の面影は無く、奥歯で抉られ、肉を剥き出しにされていた。
痛みとショックで力尽きたその男子が、脚を震わせながらタイル張りの床へと倒れ込む。
「――秋本ッ!」
 そのときの光景は、今でもよく覚えている。遅すぎる登場だった。
秋本の級友から、下級生の男子が案内するところに向かって行ったという話を聞いた瞬間に危機感を抱いた俺は、校舎中を探し回り、そこらにいる生徒を片っ端から捕まえて、彼女の行方を訪ねて歩いた。だが、まさか上級生の男子トイレに連れ込まれていただなんて、いくらストーカー張りに沙夜の行動に目を光らせていた俺でも想像が及ばなかった。
 正座を崩したように膝を折り曲げて座り込む女の子が、今にも泣きそうになりながら俺の声に振り返る。
「何やってんだよ…テメェらっ」
『お前、二年の瀬戸稔彦』
 そいつが言い終わる前に、怒り任せに殴り飛ばす。
 予期せぬ後輩男子の登場で、その場の全員が顔を見合わせる。
「お前ら、何やってた。事と次第によっては地獄を見てもらうぜ?」
 自分でも、驚くほど冷静に話していた。それが逆に脅威と思われたのか、連中は顔を見合わせて答えに窮している。だが、沙夜の表情を見れば、どういうことが起きたのか想像は付く。
「ッ…チクショウ」
 所詮、弱い者にしか手が出せないのだろう。
 連中はすぐに弱腰になり、その場を離れようとするが、残念ながら、全員を許すつもりなんて、俺にはなかった。
「おい」
「ひっ」
 ペニスから血を流しながら蹲っている仲間を引き起こし、連れ去ろうとする男子に、俺はわざと凄みを利かせる。
「貞太の仲間か?」
 そいつは、怯えながらも頷いた。
「そうか。だったら、今回の件は俺の中で止めておくが、一人犠牲が出る。そう、兄貴に伝えとけ」
 静かに言うと、そいつは何度も首を縦に振っていた。
 俺は視線だけで、外に出て行くように伝える。すると、薄情にも怪我をした仲間を見捨てて全員がトイレを後にした。
「ざまぁねぇな、お前らの仲間意識はそんなもんか?」
 震えながら股間を抑える男子の姿を見れば、大体のことが分かる。
 タイルに落ちる赤い雫から、想像は付いた。
「咥え…させられたのか?」
 沙夜が、無言で頷く。
「手を出してきたのは、コイツだけだな?」
 もう一度、肯定を示した。
「そうか。で、そこのお前」
「はっ、はい」
 一応、責任は感じているのだろう。貞太の仲間に脅されたと見られる、初○部から上ったばかりのその少年は、肩をびくつかせながら返事をした。
 典型的なショタっ子だ。そんな中性的な可愛らしい容姿と小柄な身体を前に凄みを利かせていると、何やら罪悪感のようなものが込み上げて来るから困る。
「貞太の命令だってのは分かるし、ここまで逃げずに留まったのも褒めてやる。だがな、こうなった責任は、しっかり取ってもらうぞ」
「…っ!?」
 怯える後輩に、俺はすぐに笑顔を作り、安心しろと言う。
「ちょっとな、協力して欲しいことがあるんだ。秋本、お前がどんなに拒否しても、今日だけは俺の言うことを聞いてもらう。次はどうなるか分からねぇんだ。必ずしも反撃の隙が出来るとは限らないんだぞ」
 亀頭に残る、噛み切られたような傷、秋本の濡れた唇から流れる血液。口を犯されていたことは想像に容易い。
 俺が駆け付けるまでの間の状況は後から確認したが、この時点で何があったのか、その場の状況からも予測は出来ていた。
「おい、そいつを立ち上がらせろ」
「……は、はい!」
 真新しい制服に身を包む幼い顔立ち、男装した少女に見える彼にこそ、この役目は相応しいだろう。
 後輩に抱え上げられたそいつは、これから俺達のやろうとしていることが分かったのか、血を流す陰茎を押さえながらも、微かな抵抗を示す。だが、気力も体力も削ぎ落されているのか、女生徒同然の小柄な一年生の少年に、いとも簡単に動きを封じられてしまった。
「そのまま立たせてろ。お前は少し腰を引いておけ」
 少年が、不良の先輩を押さえ付ける。逆転したその姿に、俺は湧き上る嗜虐心を震わせた。
 三年でありながらも身長の低いそいつは、両脇の下に手を入れられ、動きを封じられている。その姿が、怒りに支配された俺を楽しませた。
 今考えてみても信じられないのが、その時の沙夜の行動だ。これまでにも護身のために練習――男子から付け狙われていたので――させようとしたことはあったけど、そこはやはり年頃の女の子なんだろう。羞恥心が反撃を躊躇わせていた。だが、今日はこれまでとは状況が違う。実践させる好機だ。レ○プ寸前にまで追い込まれていた沙夜には悪いが、復讐ついでに俺の欲望を満たす手伝いもしてもらう。
「お前を騙して犯そうとしたそいつを練習台にして、思う存分股間を蹴り上げてやれっ」
 唐突な俺の言葉に、意外のも素直に頷くと、沙夜は涙を拭い、股間を丸出しにした男子の前に立つ。強い意志を思わせる瞳は、決して悪を許さない、正義感溢れる少女のものだった。
 学業のみならず運動神経にも優れた沙夜の鍛え上げられた美脚が、陸上の競技前のように軽く慣らされる。眼鏡の奥の瞳が、的を捕える。狙いの先はもちろん、金的だ。
「や、やめてくれっ、もう、もう勘弁してく――」
 泣き言を漏らし始めたところへ、沙夜の容赦ない蹴りが、今も出血を続ける醜棒へと直撃する。
「ぐッ…ぎゃぁあああああああ!!!」
 しばしの沈黙の後、長い悲鳴がその場に響き渡った。
 普段は優しく、決して人を傷つけるようなことをしない、風紀を正す真面目な少女が、自分を犯そうとした男子の股間をこれでもかと言うほどに蹴り上げ、責め立てる。
 その光景は、俺の特殊な性癖を刺激した。高まる熱狂が空間に広がったのか、羞恥心に躊躇するはずの沙夜が、無心に蹴り続けていた。
 悶絶する間も与えられずに震える不良男子を、後ろからしっかりと押さつける少年も、嗜虐心に満ちた笑顔を見せていた。ぱっと見、女子二人で男子をシメているようでおもしろい。
「いいぞ、そこじゃねぇ、玉だ! 金的を狙え!」
 振り上げる度に翻るスカートから生脚が姿を表し、強烈な金的を男性器に叩き込む。上履きの爪先が肉玉を打ち砕く。その度に、男は涎を垂らして苦しんでいた。
 どのくらい繰り返されたのか。二つの肉玉を叩く衝撃音が密室に響き渡る中、俺たちは時間の経過も忘れていた。既に対象は気を失いかけている。
「おい、何をやってるんだ!?」
 そこでようやく、というべきだろうか、制御不能となった俺たち三人の元へ、教師の一人が駆け付けたんだ。
 開かれた扉の隙間から、一瞬だけ、沙夜のクラスメイトの女の子たちの姿が見えた。
 理由があったとしても、あれだけのことをしたんだ、俺たちには相応の処罰が与えられるものと覚悟していたが、学園側の対応は、体裁を優先させたものだった。
 事の発端からして、相手方にも相当な非があったし、校内の風紀の乱れや、学生の質の低さが窺える事件でもあっただけに、学園側が仲裁に入り事を収めた。悪く言えば、揉み消したのだ。
 幸い、沙夜のした行為は、犯されそうになった際の反撃であったこと、俺が間に入ったのも、助けに入ったものとして多くは追及されなかったが、事が終った後の連続金蹴りについては触れられなかった。
 あの時の俺は、復讐心に支配されていたんだ。決して下心などは無かった、と信じたい…。だが、不良男子の股間を力いっぱい蹴り上げる沙夜の姿は、鮮明に脳裏に焼き付けられていて、思い出すたびに股間が熱くなってしまう。
憧れの少女にとって最悪の出来事が、後々オカズになっているだなんて知られるわけにはいかないな。
 彼女なりに思うところがあったのか、これまでに輪をかけて真面目になったように感じられる。失敗は態度で示すタイプなのだろう。それ以降は、一度もこの話題に触れることはなかった。
 俺としては、事態の重さを考えると、あれは正当な行為だったと思っている。咄嗟に噛み付いてしまったのも、状況から考えれば仕方の無いことだ。沙夜に促した金蹴りだって、下種な野郎を反省させるためには必要な仕打ちだったんじゃないだろうか。
分かってるよ。どんなに自分を擁護する理由を並べてみたところで、俺にはどうしてもある性癖というものが付きまとってきてしまうんだ。
 幼少期に覚えてしまった、あの感覚。身体形成の違いが圧倒的な逆転を齎し、普段華奢な女子が男子を負かすその光景。想像するだけでも、股間に血流が集まって行くのを感じてしまう。
 そうさ、正直な話をすれば、あの時、追加で加えた制裁は、俺が自分の怒りを鎮めるための行為であり、同時に己の欲望を満たすためのものだったんだ。
 結果として、沙夜にとっては復讐にもなり、護身術の練習にもなったのかも知れないけど、混乱していた彼女や、逆らうことを知らない一年生を利用したことに変わりは無いんだ。
 あれから、俺も沙夜も、表面上では何も変わっていない。

――だけど

「っ…何を思い出してニヤニヤしてるのよ? 気持ち悪いっ」
 こんな態度を取っていても、あの時助けてもらったことを、沙夜は素直に感謝してくれている。
 冷静になった後、自分のしてしまったことに後悔し、相手を心配していたときのあの泣き顔は、今でも忘れられない。
 残念ながら、あの一件で二人の距離が縮まることはなかったが。
「なんでもねーよ。それより、言葉で何でも解決できるなんて思うなよ。また危険な目に遭ったらどうするんだ?」
 俺の言わんとしていることを察したのか、沙夜の背中が微かに震えた。
「わ、分かってるわよ、そんなこと。だけど、放っておくわけにもいかないでしょっ」
 困ってる奴を放っておけない。そこは、俺も同感だ。
 この考えを持つようになったのは、餓鬼の頃の出来事が切っ掛けなんだが、その時のことを、俺は今ひとつよく覚えていない。
「ああ、同感だ」
 世話焼きで、自力救済が出来ないくせに正義感だけは人一倍。コイツのそんな性格は、今も変わることがない。
 俺は、そんな不器用な女の子が大好きだし、魅力も感じている。
 だけどよ、どうして自分の身の安全よりも他人優先なんだ?
 理不尽な暴力は俺も好まねぇが、こいつの天使のような在り方は決して褒められたものじゃない。
 先を歩く沙夜は、相変わらず長身で、だけど頼りなさ過ぎるぐらいに細い。
 そんな無力な少女に、これ以上ぶつける言葉なんて、見つからなかった。

◆◇◆

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