遠蛮亭 2022/08/29 08:41

22-08-29.くろてん1幕3章8話.変化して勝ちを取る者、神と言うべし

おつかれさまです!

もう一枚お絵描き。今度は髪がちょっときちゃなくなりましたが……。

これもヒノミヤでの生き地獄シーンですね。ボコボコにされて這い蹲る瑞穂さん。昨日、最近自分が純愛に傾きすぎてると言ったので、今日は意識的に鬼畜モードです。うちの子をいたぶるのは久しぶり。

それではくろてんもう一つ。

………………

黒き翼の大天使.1幕3章8話.変化して勝ちを取る者、神と言うべし

 アカツキからはるか西。

「央国」ラース…イラ。

 アルティミシア大陸9列国において、版図と国力、その両方においてまぎれもなく最強の国である。かつて栄華のすえに復古した二度目の神話の時代、最終勝者として覇を握ったのはユーグ、すなわちケルトの流れであり、根をたどれば今世の創世神グロリア・ファル・イーリスも魔王オディナ・ウシュナハもその流れをくむ。ラース・イラという国はその、ユーグの民(ティル・ナ・ノグ)の正統な末裔を称し、きわめて誇り高く自尊心が強い。

 その王中の王たるが座すことを許される、ケルト様式の大理石の玉座にかけるのは、年端もいかぬ可憐な少女。色素の薄い金髪はなかば白髪のようであり、細身の身体は触れただけではかなく消えてしまいそう。蒼き陽の国アカツキに対して紅き月の国といわれるこの国の象徴たる、金糸を散らして衣装を凝らした深紅のガウンは彼女の身体にはいささか重たげに見えるが、しかし彼女をただはかなくなよやかな嫋々(じょうじょう)たる手弱女(たおやめ)と見せないのはその瞳に宿る意思の力による。

 覇気や烈気、鋭気といった荒々しいものではない。むしろ静謐な、海の水面の凪を思わせる静かな包容力は、騎士の国といわれる央国の主にはふさわしくないかも知れない。しかし彼女に仕える騎士のことごとくがその瞳に無私にして無二の忠誠を捧げ、命をかえりみない勇敢を発揮することは事実である。

 美しき金髪の君……女王エレアノール・オルトリンデは静かに息を吐く。

 想うのはラース・イラが誇る最強の軍勢、「騎士団」の団長にして世界最強、そしてエレアノールに剣と命と誇りを捧げた騎士であるガラハド・ガラドリエル・ガラティーンのこと。単騎で一軍に匹敵する彼の戦闘力を心配することほど馬鹿らしいことはないのだが、それでも考えてしまうのだから仕方ない。なぜそんなことに煩悶するかといえば。

 そこまで考えて、目の前に立つ男に目をやる。

 ラース・イラの肌白き民ではなく、肌の色はアカツキや桃華帝国の黄色人種のそれ。年齢はまだ50歳かそこらのはずだが、これまでの人生でなめた辛酸ゆえか実年齢より軽く十歳は老けて見える。切れ長の瞳は炯々と鋭く、鼻は鷲鼻、ひげと髪は長く、灰色交じりの赤い長髪は後ろで束ねてある。

 宰相ハジル。

 かつて若かりし日のアカツキ皇帝…永安帝率いる20万の軍勢を数千の手勢で打ち破った、国境の小国テンゲリの王子。その後永安帝の報復によりテンゲリが滅ぼされると腹心たちが命と引き替えに彼を逃してこのラース・イラに逃げ延びさせたわけだが、彼にとって地獄がそこで終わったわけではなかった。白人至上主義国家において黄色人種であるというだけで彼は排斥され、一時は奴○同然の扱いを受けた。彼の半生を論じれば一作の長編ができあがるだろうが、それはこの際置くとしよう。

 ともかくアカツキへの復讐の念、それひとつでのし上がったハジルは今、世界最強の国ラース・イラの支配者階級、その最首たる宰相となっている。

「ガラハド卿には死んでもらいましょう。彼ならば恨みますまい、この一挙でアカツキを滅ぼせるとありますれば」

 平然と、感情を乗せることなく。ハジルは駒をひとつくれてやって国をとりましょう、と進言する。エレアノールの中に人種差別感情はないが、むしろこの男の性質の合理性が、黄色人種への嫌悪を喚起してしまいそうになる。

「その策は採れません。わたしは騎士の命を捨てて国を盗るというやりかたを看過できません」
「戯言を。いま、アカツキ内戦に介入しないという手はございますまい。ガラハド卿がここにいれば、自分ごとアカツキの背を撃てと言うでしょう」
「それでも、です」


……
………

 エレアノールとの平行線で実りない会話ののち、ハジルは騎士団副団長、セタンタ・フィアンを執務室に喚んだ。

 セタンタ・フィアン。42歳。巨躯に赤毛の騎士は第二騎士団の長であり、必中必殺、魔眼の魔神バロールの巨眼を射貫いて殺したといわれる魔槍ブリューナクの使い手。彼の魔力は身体強化という一見は地味なものだが、強化された肉体から十二分に魔力を込めて放たれたこの槍は決して外れず、確実に敵の命を刈り取るとされる。ユーグ(古ケルト)の伝承にはほかにもゲイ・ボルグ、フラガナッハなど「必中にして必殺」の武器が存在するが、武具としての出自において主神にして太陽神「長き腕の」ルーの武器とされるブリューナクに勝るものはほかにない。この、ガラハドに次ぐ第二の騎士は豪放なる戦闘狂であり、エレアノールへ無上の忠誠は別として、なによりも戦場を喜ぶ。ハジルが戦いの場を与えるというのなら、彼はよろこんで騎士団を率いる。

「アカツキ内戦の間隙を突く、ですか。戦線を拮抗させるために団長を派遣したとあれば、なかなかあくどい」
「問題があるかね、セタンタ」
「いえ。それでも国境の軍は十分に歯ごたえがありそうだ。宰相さま念願の勝利のために、よろこんで往きましょう」

 ラース・イラ国内の鉄道網はアカツキや西方諸国の多くに比べると、やや劣る。なぜかといえば、彼らの軍馬と騎乗技術は蒸気機関にたよるまでもなく圧倒的速力を誇るからだ。必要としないものが発達しないのは道理であり、この時代にあってなお鉄道というものを必要としないほどに、ラース・イラの鉄馬はあらゆる戦場で見せつける。高地民族である彼らの馬術は、騎馬の民の末裔ハジルの教導を経て、山岳や森林であってすらほとんど速力を落とさないレベルになっており、セタンタ・フィアン率いるラース・イラ60万の軍勢は、女王エレアノールの承認を得ぬままに王都を出陣、3日でアカツキ国境に迫った。


……
………

 ラース・イラ介入!

 この報せは、ヒノミヤ戦線の、とくに傭兵諸士に影響を与えた。彼らはなかなか戦果の上げられないヒノミヤをうち捨て、ラース・イラ国境戦で名をあげるべきと転身、それだけならまだ良かったが、彼らはヒノミヤ戦線に投ぜられた兵士20万の大多数をも自分の兵士として連れて行ってしまう。これによりアカツキ、ヒノミヤの戦力比は20万対8万から9万対7万ほどにまで下がった。

 後方でそういう動き。というのを密偵の報告で聞いた辰馬は、急遽晦日美咲(つごもり・みさき)からの増援4000を返すことを余儀なくされた。後方が抜かれたらこちらも正面を向いていられないのだから、やむない仕儀ではある。

「とはいえ、予定の兵数が減るのはキツいな……麓の前進防御はどんだけ数がいても足りないんだが……」

 銀髪をいじりそうぼやきながら、辰馬は兵の部署を割り振る。まずヒノミヤ内宮直撃ルート、この指揮官が辰馬、副官…朝比奈大輔、参謀…長船言継、以下参将上杉慎太郎、出水秀規。山麓前進防御陣営指揮官、明染焔。副官エーリカ…リスティ…ヴェスローディア、参謀…神楽坂瑞穂、参将厷武人。本来であれば瑞穂を自分の参謀として置きたかったが、どうにも反復常ない長船から目を離すわけに行かないために、この配置になる。


……
………

 情報戦の天才である磐座穣(いわくら・みのり)がこの報せにどう接したか。

 よし。

 小さく拳を握る。ラース・イラの介入はヒノミヤ20万がアカツキ100万を覆すのに絶対必要なピースであり、そもそもラース…イラ宰相ハジルにこの話をもちかけたのは穣その人であったから、驚くには値しない……むしろあちらが腰を上げるのが遅く、焦れたくらいだ。このまま挟撃、そしておそらくはヒノミヤまで征服したがるラース・イラ軍を、長駆疲れているところで叩いて退け有利な講和を結ぶ。磐座穣という少女はその先、ヒノミヤの倉廩が満ちていよいよ世界征服に乗り出すそこまでを見据えている。そのために今の時点で躓くわけにいかず、現状すべては彼女の手のひらの上に掌握されている。唯一の不確定要素は新羅辰馬……というかその麾下にいる神楽坂瑞穂の頭脳であり、彼女が本来の自分の才覚というものを自覚したなら穣の予測もしのがれるかも知れない。だが未だ伏竜は眠ったままであり、穣はそれを起こす暇を与えるつもりもなかった。


……
………

 山麓に布陣した明染焔以下の隊だが、初手からおおいに苦戦させられることになった。

「おぉ!!」

 咆哮一閃。逆落としに突っ込んでくる単機と、それに追従するラース…イラ騎兵1000。ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンの圧倒的突破力を前に、野戦陣をたちまち突き崩される。こちらとしても地元民から聞き調べて入念に調査した隘路険要を選んでの布陣なのだが、地形の効果というものがほとんど関係ない。半壊する兵士たちを再集結させるための時間稼ぎに、焔たちは最前線に出てガラハドの前に立つ。

「あー、震えるわ。あんなバケモン、一生に何度も相手するもんやないで」
「今日こそ止める。最強の称号、いまでも欲しいままにはさせない!」
「なんとか時間稼ぐから。瑞穂、あんたの策が頼りだかんね!?」
「はい、了解しています!」

 瑞穂は焔、厷、エーリカの三人がかろうじて踏みとどまりガラハドを引きつける間に、陣立てを急ぐ。焔から委譲された指揮杖を振るい、全軍を動かしていくのだが、驚くべきはその統御の才。単に兵略を識るというだけでなく、用兵家としての才能で神楽坂瑞穂は敵衆を瞠目させる。敵前で陣形変更、これを敵につけいる隙を与えず実行する将器がどれほど希有か。

 そして、瑞穂が採った陣形は、輜重車を前衛に、その奥にマスケット銃兵。側翼に騎兵という一見、何を考えているかわからないもの。輜重車=荷車でしかなく、そんなものが防衛線としての機能を果たしうるか大いに疑問ではある。

「明染さん、エーリカさま、厷さん、下がって!」

 瑞穂が、声も限りに叫ぶ、焔たちは後退。これに勢いを得たラース・イラ騎兵と、それに続くヒノミヤ勢もまた、瑞穂の立てた急ごしらえの陣地へと猛襲をかける。兵とは勢い。ガラハドといえどその理を曲げてまで兵を御しきることはできず。

 突進はしかし、輜重車に施された装甲板やら足下に撒いた鉄条網、それらに阻まれて翕然、不自然なほどに勢いを殺された。後退しようにも高地から逆落としを仕掛けた彼らの後方は上り坂であり、転身に向かない。

 そこに。

「一斉射撃、撃ーっ!!」

 可憐な声が響き、つづけて銃砲が轟音を奏でる。今回のマスケットは風嘯平のように少なくない。一気に敵兵1000人近くの命を刈り取る。血と硝煙の臭いのなか、瑞穂は眉も動かさず、次の指示を出す。そもそもの瑞穂はかぎりなく気弱で、臆病な少女であり、およそ戦場に向くとはいえないのだが、新羅辰馬のために自分にできる限りのすべてのことをなす、そう心に定めた瑞穂は、辰馬のためなら心を殺して修羅になれた。

「敵が浮き足立っている、今が好機です! 騎兵隊、敵側翼に突撃ーっ!!」


……
………

 一方で新羅辰馬。
 
 こちらもなかなかに苦闘させられることになった。ガラハドとそれに追従する数千という構図はともかくとして、そちらへ移ったヒノミヤ勢が思いの外に寡い。なお磐座遷(いわくら・うつる)のもと1万近くがフリーで、こちらは1800、しかも巧みに側翼をたたかれる。先手衆首座、磐座遷という人物も、剣術だけの護衛官ではなくなかなか凡庸ではなかった。

「仕方ねぇ、輪転聖王(ルドラ・チャクリン)で……」
 虚ろの勾玉を握る辰馬を、長船が制す。この男の手にも、同じものがあった。あと一つは神楽坂瑞穂の手に。

「八雲立つ、耳目欺く影法師、朧に築く、その高楼(たかどの)を」

 瞬時にどこからか、無数の武装兵が沸き、敵を威嚇して辰馬たちを守る。「幻覚だ、恐れるな!」指揮官級のヒノミヤ士官がそう叫んだが、武装兵は果敢に敵へと斬りかかり、斬られた敵兵が激痛に悲鳴を上げると全軍に動揺が走った。幻覚じゃないじゃないか、あの数を相手に? おまえ掛かれ、おまえが先に行け! そういう感情がぶつかり合い、収集がつかなくなったところに辰馬たち1800が突撃、浮き足だった敵を切り崩し、退ける。

「幻、だよな? さっきのは?」
「あぁ、幻肢痛ってやつですよ。人間の心ってやつぁ実際に斬られてなくても「斬られた」って思うと実際と同じ痛みが走るものでね。そうやって使ってやれば、幻覚だって役に立つってわけです……くく、こいつは貸し1つってことで……」
「あぁ、まあ……確かに借り、だな。今のは……」

 いかんな、助かったけど……あんまし貸しを作ると瑞穂を差し出せとか言われる……。気ぃつけんと。

 そして磐座遷を振り切り、進んで山上。

「待っていたぞ、神敵」

 巨大な螺旋の砲炎が走る。

 それを。

「全軍伏せーッ!!」

 辰馬の短い号令、新兵とつい先日まで敵兵だった1800は熟練兵の動きで辰馬の手足のごとくに動き、総員すぐさま地に伏せる。辰馬も含め騎乗のものは取るものも取りあえず、馬上から飛び降りた。

 その頭上を駆け抜ける、紅蓮の炎。それは砲火に10倍する威力で猛然と直進し、背後の森に吸い込まれ、森を焼く。

「ふん、かわしたか……」

 そう呟く声。

 辰馬と兵士たちが立ち上がり、声の主を見た。桜をあしらった薄緑の着物、炎のように燃え立つ赤毛。

 ヒノミヤ内宮前、荒涼たる丘陵全体を満たすように広く陣された2万ほどの兵の前に立つ少女は、山南交喙(やまなみ・いすか)。女神ホノアカの御霊の器たる、新しい齋姫。

「まあいい、おまえたちはここで終わり……わが神の戦士たちよ! 眼前にあるは神敵、わが理想世界の顕現を阻む、邪悪の輩(ともがら)ども! いざ勇んで進め、一人殺せば功徳が増すぞ! もし討たれ倒されたとしても、わが火之緋(ホノアカ)の神名において卿らの魂の救済、神の庭に迎えることを約束しよう! 一切恐れることはなし!」

 交喙はおよそ人間性の欠けたそれこそ神が人間という虫けらを見る瞳でつぶやくと、下がりながら指揮杖を振る。すかさず、鍛えられた兵士たちが律動的に展開した。大兵に戦術なし、この戦力差で、新羅辰馬は敵を迎えることになる。

………………
以上になります、それでは!

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