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元ネタの記事 (6)

遠蛮亭 2021/11/02 09:42

21-11-02.世界包括神話-エジプト(4)

お疲れ様ですの遠蛮です!

本日でエジプト編最終。ゲブとヌトの5人の子と、トート、アヌビスの7柱を紹介して終わらせたいと思います。それではさっそく。

・オシリス
 おそらくははシリアから来た穀物の神。古くはアンジェティという田園神と同一視され、その物質的象徴は切られたシリア杉。この神の名がオシリスに転化した理由も名前の意味もよくわかっていませんが、「眼の力」と解されることが多いです。豊穣神としてのオシリスは緩やかかつ着実に相殺儀礼の神と同化し、死せるファラオと同一視されるようになります。のちにラーとならんで全エジプトの王、統治者とみなされるにいたりますが、原初神話に組み込まれるとヘリオポリスの「九神」の一人としてゲブの子に……大地の神の子が植物と豊穣の神というのは自然なので……収まります。
 また、「初めの時」の人間は食人嗜好を持つ野蛮人だったので、オシリスはこれを教化して耕作と収穫を教えたとされ、神々を崇拝する方法と、そのために法を制作し、その仕事のために書記の神トートの助けを得ています。この事業を完成させた後、オシリスは世界の残余の血にも教えを広めるべく旅に出て、ありとあらゆる国の民にありとあらよることを教えたとされます。が、のちセト神の謀略により殺され、トート、ネフティス、アヌビス、ホルスの助けを得たイシスにより蘇生させられますが、この時すでにオシリスは死者の国の住人となっていたので、地上には戻ることなく死者の国の王としての王権を維持することになりました。このオシリスとセトの争いはかなり長くなるので端折りますが、興味があったら是非にとオススメできる神話です。
 一般的にはオシリスはイシスを妻に、ホルスを息子にした三位一体で崇拝され、中エジプトにおける崇拝センター、アドビスでは「西方人の筆頭者」と言われました。これはケンティ・アメンティウというアドビス本来の神の異名で、これまた死者の王を意味します。エジプト人にとってアドビスは伊勢神宮であったりメッカであったりガンジス川だったりするようで、すべてのエジプト人はここに詣でることを望んだとか。また、死せる王としての姿は牧人の杖と鞭を持ったヒゲ面のミイラ。

・イシス
 オシリス同様、もとは北デルタのセベントニス地方に独立した民衆神。オシリスと同じ理由でヘリオポリスの晩神殿に組み込まれ、かれの妹にして妻と呼ばれるようになりました。その名イシス(あるいはアセト)は「座席」を意味し、おそらくは王座の意。オシリスの死後に彼と霊的な結婚をしてホルスを生んだ、とされます。オシリス神話そのものの中での彼女の役割はホルス留守中の宰相であり、さして大きな意味のある神格ではありませんでしたが、むしろオシリス死後の活躍において人気と信仰を得ました。即ちセトに殺されたオシリスの死体を探し当て、復活させ、乞食に身を落としてもの雌伏の末息子ホルスにセトを倒させて、さらに敗者セトを許したということ、さらには息子ホルスを太陽にして至高の神ラーと一体ならしめた母神としてですね。
また彼女は「ヒケ」という魔術の使い手でもありました。すべての存在が二つ持つ名前のうち「真実の名」を支配するというもので、これによつてイシスはラーを凌駕したというお話は前述した通り。
 しばしばイシスは王冠を被った女性の姿で描かれます。またハトホル女神と胴体としてあつかわれるときは羽毛と牛の角をあしらった太陽円盤として表されます。

・セト
 おそらくはリビアから流れてきた神格。オシリス神話の敵役ですが、もともと信仰の範囲と言い熱心さと言いオシリスに匹敵できるものではなかったようです。これがパンテオンに組み入れられるとオシリスの弟ということになって互角の存在になり、ラー信仰と対立するようになります。神話李中で彼はラーの同一体であるホルストの闘争を主軸に描かれ、ホルスの出征の正統性に疑問を投げかける神でもあります。
 エジプトの諸神格の中でも群を抜いて邪悪かつ暴力的な破壊神であり、母の子宮から自らを引きちぎり、母の脇腹を破って生まれたとされ、目は赤く髪は赤く、エジプト人にとっての悪徳の色を帯びた存在とされます。
 上エジプトのファラオが下エジプトのラー信者より優勢であった頃はセトは「セト陛下」とラー以外の存在には与えられない損傷で呼ばれたほどでしたが、のちラーの継承者ホルスが成長し台頭すると両者の激突は不可避となり、ホルスはセトを去勢し、セトはホルスの片目をえぐりました。この神話からセトは日食と、欠けゆく月の象徴ともされます。両者の争いはラーに裁かれ、ラーはホルス優位の審判を下しましたが、セトの主張を棄却もしませんでした。なぜかというに、ホルスがラーの息子であると同時に、セトもそうであり、毎夜太陽の船で地平を超す際、敵(蛇アポピス)からラーを守る神の中で最も強力なのが好戦の神セトだったからです。しかしこの役割はのち、トート神にとってかわられ、セトは完全に不毛と邪悪の化身、暴風雨の神として最果てに追放されてしまいます。最終的にはかつて彼が斃した敵アポピスと同化される始末。セトは多頭の竜(ギリシア神話におけるテュポーン)、または野猪の頭を肩に乗せた逞しい人間の姿で描かれます。

・ネフティス
 ヌトの娘でセトの妻。セトの妻ではありますがその忠誠はイシスのもとにあり、愛情はオシリスに向けられていました。ためにセトとの間には一児ももうけず、オシリスをあの手この手で欺いてイシスと自分を混同させ、その密通の成果としてアヌビスを生みました。ただイシスの報復を恐れたネフティスは、生後間もないアヌビスを戸外に捨てましたが。アヌビスはのち、イシスの養子になりました。
 その後、ネフティスはイシスの最大の理解者、従者、保護者となり、おもにセトからイシスとイシス信者の民を守り抜きました。彼女の得意は変身魔術で、万物を意のままの動物の姿に変えることができたといいます。ネフティスはおもに、鳶の姿で描かれました。
・ホルス
 ナイル谷の侵入者が崇拝した隼神。もともと天空神であり、その両目は太陽と月。制服民族の主神であるだけに戦いと勝利の守護者とみなされ、王の称号の一つとしてホルスという名前はしばしば使われるようになります。さらに太陽神である彼は自然にラーと同一視されますが、民間信仰においてはオシリスの息子としてのホルス信仰が根強かったため国家宗教との間に対立が起こった時期もありました。ですが後世になると太陽のホルスとオシリスの子ホルスは混同されるようになります。太陽神系の神話においては彼はラーの息子であり、オシリス系の神話ではオシリスとイシスの息子ですが、このあたりの協会はあいまいなものになりました。どちらにしても、彼はセトを征服してラーの後継者となり、ラー・オシリスから王権を譲られてエジプトの主神になるという点はだいたい共通しています。

・アヌビス
 犬、あるいはジャッカルの頭を持つ神。ジャッカルは砂漠の動物であるゆえに砂漠=死者の国という連想が成り立ち、そこからアヌビスは死者の国、西の砂漠の神となりました。しかしこの役割も「西方人の筆頭者」の称号も、しだいにオシリスに奪われます。そしてアヌビスの権能は運命の予知と魔法と占い、というゲームに使えそうな分野に絞られました。のち、オシリスの来世と同一視されてオシリスの復活における相殺儀礼をつかさどり、これがのちのミイラ創造の範となります。遺体の防腐処置と仕上げを監督し、また彼は死者の魂の計量をつかさどる神にもなりました。彼の採決は直接トトとホルスとオシリスの承認を受ける重要なものだったといいます。

・トート
 朱鷺の頭を持つ神。数学と天文の神であり、魔法と占いの神。オシリスに文明の諸術を授け、イシスに多くの呪文を教えて彼女を「偉大な女魔法使い」に仕立てた神です。また書記の神でもあり、文字の発明者でもありました。「ラーの心臓」ともいわれ、太陽の船が昼夜の地平を超える際、蛇からラーを守る役割をセトから奪ったのもこの神。その魔術的存在感からギリシアのヘルメス神と同一視されることも多く、魔術書、とくにカバラ関係の書籍では「トート・ヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大なトートにしてヘルメス)」といわれることがよくあります。

……今日は文章のみの投稿なので侘しいですが、あと10日くらいで広輪さまのイラストが上がる予定。ほぼ同じ頃に音声作品もたぶん、納品されるのではないかと思います。そういう武器が手に入るまで皆様に飽きられないようにするのが遠蛮の役目、ちゃんと果たせているか心許ないですが、とりあえず本日これにて。

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遠蛮亭 2021/08/12 08:30

世界包括神話-5.メソポタミア編(1)

※今回もこれはカクヨムさんにあげたものとほぼ同一です。お含みおきくださいませ。

 最近こっちを更新してませんでしたので、世界包括神話の5、メソポタミア編をやりたいと思います。ちなみにアイヌ神話とかもやりたいんですが、手元の資料が「ユーカラ」と「カムイユーカラ」の2冊しかなく、アイヌ・ラックル(オキクルミ)伝説やら虎杖丸の話はともかくとして創世神話がわからんのですね。だからこれは資料が揃うまであと回し。ちなみに最近、故ジョーゼフ・キャンベル氏の著作をいくつか読みましたが、あの人こそ我が心の師匠と仰ぐべき人でした。神話や歴史を知らないで成長したとしたら、それはひどく虚しいことでしょうねと言う精神性がまったくといっていいほどに相似で、そのうえで今の自分の1000歩先を行く知識。自分もいつかあそこにたどりつきたいものです。

 さておきましてメソポタミアの神話ですが、まず地理的なことを。「メソポタミア」というのは「川の間」を意味し、チグリス川とユーフラテス川の中間地帯、チグリスの語源としてはシュメール語のイグディナ、あるいはアッカド語のイディグラトに拠ります。ユーフラテスの語源はシュメール語プラヌンらしいですが、こちらはほとんど原型ないですね。まあだいたい、イランの西から地中海、ギリシアの手前あたりの結構広い地域に跨がります。

 メソポタミア最初の古人類というとウバイド人とかになりますが、やはり最初に文明と言葉を持った人びととなるとシュメール人。もともとはこの地の人種ではなく、海の彼方から来たとか山を越えたてきたとか諸説あって判然としません。出土品の図像などから察するに東方系の人種? という説が有力。男性は頭を剃っているのがほとんどだったといいますから、あまり現代的に美男子というイメージではないかも知れません。中国北斉の蘭陵王こと高長恭、あのひとも高車族=弁髪面長だったはずで、現代日本人から見ると「ラーメンマン」にしか見えないはずなんです、時代ごとに美形の定義変りますからね。で、巻きスカートが普通だったと。その彼らが建てた都市国家ウルとかウルク、ラガシュなんかに創建された神殿で崇拝されたのが世界最古の宗教ということになります。ちなみに神殿における巫女は神聖娼婦と言うのを兼ね、これが世界最古の職業であったことは案外有名。あと神殿中央にはジッグラトというピラミッド状建造物があり、シュメール語でエ・テメン・アン・キ(天地の基の塔)といわれました。この最も有名な者がバビロンのそれで、いわゆる聖書の「バベルの塔」です。

 シュメール人の時代から数百年するとアッカド人が入ってきてシュメール人を征服、都市国家アガドを首都にしてアッカド王朝を立てます。ここでシュメール神話とアッカド神話という二つの流れに分岐、さらにアッカドがバビロニアとアッシリアに分かれてここでも話が分岐していきます。楔文字とかハンムラビ法典なんかにも言及したいところですが、これ神話ばなしなのでさっさと神話に行けという話ですね。それでは次から神話。

 まずシュメールの最高神は天神アン(アヌ)と地母神キ。この二人が夫婦神で、間に産まれたのが嵐神にして大気の神エンリルを筆頭とする「アヌンナキ(貴き神々)」たちですが、これがアッカド神話になるとエンリルは主宰神から降ろされてマルドゥークというバビロニアの主神に代わられます。といってもまずはシュメール神話主体で話を進めますので、エンリルを主神として考えます。

 エンリルから産まれたのは月神ナンナル、太陽神ウトゥ。ナンナルから金星神にして愛の女神イナンナが産まれます。この神話の系譜として主流はニッブールなのですけど、のちにエリドゥの主神エンキ(智慧と水の神)がエンリル弟神として祀られるようになり、アトラ・ハシース物語……いわゆるノアの箱舟の元ネタですが……で人類を救済するなど、アヌンナキの中でも最重要な役割を果たすことになります。アッカド神話においてもほぼ、これらの神は名前が変わっただけでそのままに存在し、エンリルはベール、イナンナはシン、ウトゥはシャマシュ、イナンナはイシュタルとなりました。有名どころの神としてはエンリルの息子・戦神ニンギルス、禍の神にして冥府の王ネルガル、そしてのちにキリスト教の唯一神ヤーウェの母体となった山と嵐の神アダドなんかがいます。

創世神話
まず天地が無極から起こり、天地の中から天神アンと地母神キが産まれます。アンとキの間にアヌンナキが産まれ、彼らから多くの神、女神が産まれました。

 この当時天地はまだ別たれておらず、ウルクリムミという巨人がひとりで天と地をつなぎ止めていました。この巨人はすべての神が束になってもかなわないほど強大な存在でしたが、智神エンキは天の金床で造った大鋸によってウルクリムミを殺し、天と地を切り離したということです。

 天地が別たれ、天にはアヌンナキが、地には下位の神々が暮らすことになりました。全ての神々の最高権威者は、大気と嵐の神エンリルです。天地が別たれ、イディグナ川とブラヌン川が定められると、エンリルはほかのアヌンナキたちに次はなにを造るべきか尋ねます。これに応えた二人の神が「ニップールの神殿ウズムアで、工芸神ラムガの血から人間を造りましょう」といいいましたが、人間の役割は最初から神々の仕事の肩代わりをする、労役奴○として生み出されることを約束されたものでした。かくて創造された最初の男をアンウレガルラ、女の方はアンネガルラと名付けられます。彼らは土地を耕し収穫し、神殿を清めて祭祀を行うよう命令されました。その恩恵として神々は様々の知識と智慧を、人間たちに与えます。ちなみに最初の人間は全裸で水中に住み、必要以外地上にはいなかったし地上にも牛や羊などの獣はいなかったと言うことでした。神々は彼らにまず羊を与え、大麦も地上にはなかったのでこれまた与えました。人びとは農耕に励み、神々は太陽光を注ぎ、そこから植物が芽生えて豊かな実りをもたらします。シュメールの地は豊かになり、人びとは水中から地上に移動して粘土の家を建て、そこに住むようになります。また神々のために清浄な神座をたて、人も神もすべて豊かとなりました。

 というのがシュメールの創世神話。これがアッカドになると少々、というかだいぶ変わります。

 天も地もなく混沌があった頃、男神アプスーと女神ティアマト(それぞれ、「真水」「塩水」の意)だけがありました。ちなみにこの二柱の神は世界最初の「竜」でもあります。ティアマトは天地の間のすべてを生み出しました。男神ラフムと女神ラハム、その二神からまたアンシャルとキシャル、かれらが所謂別天つ神(ことあまつかみ)というべき存在で、アンシャルとキシャルから産まれたのが天神アヌでした。アヌの息子がエア(エンキ)で、全ての神々の中でもっとも傑出した力と知恵の持ち主でした。

 神々が増えてくるにつれ、アプスーはその騒々しさを煩わしく思うようになります。眠れらし亡いからどうにかしろとティアマトに言うのですが、ティアマトはわたしの子供たちですから、と優しくそれを諫めます。

 これを伝え聞いて驚き慌てた神々は恐慌状態に陥りますが、エア神だけは泰然自若、魔術でアプスーを眠らせ、殺してしまいます。この際エアはアプスーが纏っていた衣冠……最高神としての「神威」を奪い取って自らまとったとされます。とはいえこの神話の主人公はエンキではないのですが。

 やがてエンキの妻神ダムキナが身ごもり、息子マルドゥークを産みます。エアは大いに喜んでこの息子に普通の神の2倍の力を授けました。ゆえに4つの瞳と4つの耳、火を噴く口と輝く身体を持って、マルドゥークは成長します。大神アヌはマルドゥークに四つの嵐風を与え、マルドゥークはこれを戯れにティアマトに向けたので、ティアマトの勘気に触れました。他の神々もこの不遜に不愉快を表明し、ティアマトをたきつけるとティアマトは「よろしい、彼を殺せる怪物を造り、彼ら(アヌ・エンキ・ティアマト系の神々)と戦おう」と言います。ここに古き神と新しい神の戦いが始まります。

 ティアマトは無数の怪物、七岐大蛇ムシュマッヘー、毒蛇バシュム、蠍の尾を持つ竜ムシュフシュ、海獣ラハム、大獅子ウガルルム、狂犬ウリディンム、蠍人間ギルタブリ、魚人クリールなどなどを産み出し、彼ら息子の中でも最強のものキングーに軍勢司令官の地位を授け、彼を玉座に座らせるに当たって《天命のタブレット》というものを与えます。これはアヌンナキおよび下級神たちへの絶対統帥権を意味する者で、のちにアンズーという凶鳥がこれを神々から盗んで天界がパニックに陥るという話もありますが今のところは割愛。

 とにかく原初の女神である巨竜ティアマトと、司令官キングーは味方の神々を集め、戦いの準備を進めます。これと知ったエアは祖父アンシャルに「ティアマトとキングーがわたしたちを滅ぼそうとしております、どうしましょう?」と聞きますがアンシャルも当惑し、「お前がアプスーを殺したのが悪いのだ、ティアマトを宥めるほかなし」ということで息子の天神アヌを使者に立てるのですが、怒り狂うティアマト陣営は聞く耳持たず。かくなるうえは怪物とティアマトを倒すしかなく、それが可能なのはマルドゥークのみと。

 父から「ティアマトを宥め賺し、そして撃ち殺せ」という頼みを受けたマルドゥークは喜び、これは天界における自分の権力拡大のチャンス到来と、曾祖父アンシャルに「戦勝の暁には天命のタブレットをいただきたい」と乞い、容れられます。そして神々を集めて歓待して上機嫌にさせたマルドゥークは、彼らに天命を自分に与えることを約束させました。

 そしていよいよマルドゥーク出征。彼は弓と矢と三叉の鉾をとり、稲妻と燃える矢を取り、さらにはティアマトを拿捕するための網を取って出かけました。ティアマトの勇姿にほかの怪物やキングーはたちまち及び腰となりますが、ティアマトはマルドゥークをおそれません。「お前が天命の持ち主に選ばれるはずがない(神々は自分の味方である)」というティアマトに、マルドゥークは「愛を持つべきおまえが殺意をもつのか、資格を持たないのはキングーのほうである」といい、ここに両者の対決が始まります。

 マルドゥークは網を開いて凶風とともに投げつけ、ティアマトはこれを飲み込みます。暴風はティアマトの腹の中で荒れ狂い、腹を膨らませました。その腹めがけてマルドゥークが矢を放つと、腹が破れて鏃が心臓を貫き、ティアマトを打ち倒しました。

 ティアマトが死ぬとその配下の怪物と神々は戦うまでもなく恐れおののき、そのままマルドゥークの網に絡め取られます。そしてマルドゥークは捕えたキングーから天命のタブレットを奪い取り、自らの身につけて神々の主権者たる証を手にしました。

 その後、マルドゥークはティアマトの死骸から天と空と天水を造り、星と太陽と月をつくってその周期をさだめ、雲と雨と霧を創り、山をつくって川の流れを創りました。プラヌン側とイグディラト川は、ティアマトの両目から流れているそうです。そしてティアマトの尾を《天の結び目》につなぎ、最後に大地を創って天地の創世を完了しました。

 そして神々の王として認められたマルドゥークは神々から「何事も須くわれわれに命令されよ」と唱和され、「下界に神殿をつくり、わたしの王権を確かで末永いものにしたい。神々が集うとき、そこは安らぎの場となるだろう。そこをわたしはバーブ・イル(神の門。バビロン)と名付ける」と宣言、神々はこれを認め、「王よ、我々はあなたの下働きとなろう」。

 さらにマルドゥークは労働力として人間を創造しますが、その材料となったのはキングーでした。ティアマトについた神々と怪物の中で最も罪深い、ティアマトを唆したものは誰かということでつるし上げられたキングーは首を切られ、流れ出る血潮から最初の人びとが生み出されました。産まれたままの人間たちはただマルドゥークの命令に従い、神殿建設に奔走させられることになります。

 こちらがアッカドの創世神話で、シュメールのそれが牧歌的であんがい平和であるのに対し、こちらはずいぶん戦闘的な側面が押し出されています。まあ、アッカド人はのちに戦闘民族アッシリア人を生み出すベースでもありますから、神話も戦闘的なのでしょう。というか原初の神の死骸から天地を創造するというのは一種のパターンですね。世界各国あちこちに似たタイプの神話があります。

 今回メソポタミア神話はこれで終わりにして良いぐらいキリが良いのですが、他にアトラ・ハシース物語とギルガメシュ叙事詩くらいは紹介した方がいいでしょうか。ともかく、今回はこれで。

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遠蛮亭 2021/07/23 16:36

世界包括神話⁻北欧編(2)

昨日は住宅売買契約その他で10時近くまで出先、4時過ぎまで自宅作業でしたがようやく一休み、実に40日以上? ぶりの休養日です。とはいえ家のお仕事、うちのおかんの世話やら、炊事洗濯はやらねばなりませんがお出かけやら契約やら諸手続の必要がないのはだいぶ違います。というか昨日の契約のあと、精神の緊張が解けたんでしょうね、二日市駅から博多駅に移動して博多駅にいる間中、脳神経がおかしくて妙な具合でした。普段から相当につらくはあるのですが、昨日のはかなり格別。よく倒れずに済んだなと思います。

さておきまして本日は北欧の(2)。ロキの子供たちの説話と、神々の宝物の説話になります。

ロキの子ら
ロキにはシギュンという貞淑な妻がいましたが、彼の有名な三人の子供はロキとシギュンの間の子ではありません。ロキがシギュンの貞淑と忠実に満足せず、ヨトゥンヘイムの女巨人アングルボザと間にもうけた子です。

長子は狼フェンリル、次子は蛇ヨルムンガンド、三番目はヘル。神々はいつもロキのいたずらに手を焼いていましたから、この子供たちがロキから生まれたと知ると非常に不安がりました。ノルン(運命の三女神。上からウルド、ヴェルダンディ、スクルド)たちに相談しましたが、彼女らは「彼から被る最悪のこと以外、なにも期待するな」と言うのみで解決法を提示しません。なのでオーディン以下の神々は4人(母アングルボザ含む)を捕えることに決めます。ヨトゥンヘイムを強襲、アングルボザに猿ぐつわを噛ませて捕え、まずヨルムンガンドをミッドガルド外辺の海に放り捨てます。溺れさせるはずでしたが、ヨルムンガンドはたちまちに成長してミッドガルドの海を囲みきってしまいました。このためヨルムンガンドはミッドガルドの大蛇とも言われます。

ついでオーディンはヘルをニフルヘイムの霧と闇の中に放り込みます。彼女はニフルヘイムの9つの国を支配し、死者の家エリュードニルを築き、悠々と女王然として過ごします。彼女のナイフは《飢え》であり、ベッドは《病床》、病床のとばりは《ほのめく不幸》でした。フェンリル狼だけは普通の狼に見えましたが、一番強力なのはこの魔狼でした。全ての神の中にあって彼に食事……肉の塊……を与えられたのはオーディンの子(という扱いにされた)チュールだけでした。ノルンたちは「彼こそオーディンに死をもたらす者」と警告し、以後フェンリルは日に日に巨大化していきます。ノルンたちはしきりに警告を繰り返し、神々は彼に足かせをはめることを決意しました。まずリングウィル島にフェンリルを連れ出し、レーティングという鉄の鎖がフェンリルの足に巻きましたが、瞬時に砕かれます。ついでドローミという鎖はレーティングの数倍の硬度でしたが、これも粉々。最後に、小人たちに作らせたグレ○プニルの縄、「猫の足音、女の髭、山の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾」で作られたこれがついにフェンリルを絡め取ります。フェンリルはこれが小人の魔術の品であることが分かったので身に巻かせることを拒んだのですが、チュールが担保として自分の右腕をフェンリルの顎門に差し入れたので我慢して巻かせ、そしてやはり謀られたと知った瞬間、チュールの腕を食いちぎりました。そのときほかの神々が笑っているわけです。これは神喰らう狼をようやくとらえたという意味でもあり、かつての主神チュールの王権がこれによりオーディンに移ったことの象徴神話でもあります。

神々はグレ○プニルの端にゲルギヤという鎖をつけ、その端をギョルという、大丸石につなぐと1マイルほどの深さに埋めました。さらにギョルを固定するためスヴィティという大岩を落としました。フェンリルはなおも身をゆすり、暴れ、大口を開けますが、このとき神の一人が剣を抜き、フェンリルのあごを地面に串刺しで縫い留めます。フェンリルは遠吠えし、涎を垂らし、これがリングウィル島の支流アーム《期待》川となりました>
フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル。この三匹の怪物はそれぞれに終末の日を待ちます。

神々の宝物
神々はオーディンのグングニル、トールのミョルニルなどそれぞれの持物がありますが、これはもともと神の持ち物ではなく小人たちが作って与えたものです。小人たちが進んで神々にプレゼントしたのではなく、ロキの計略により献じさせられたのでした。いきさつとしてはロキがまず雷神トールの妻シフの髪を刈り取るといういたずらをします→トールブチ切れ→殺すぞロキぃ! →ロキは冗談だったから許せというものの、トールは聞かず。殺そうとしますがロキがシフの髪と、それともっと素晴らしい宝を持ってくると言ったのでかろうじて命だけは助けました。

シフの髪をもとに戻せるとしたら小人しかいません。なのでロキはまず小人イーヴァルディの息子たちに会いに生き、まず前以上に見事な、輝き風になびく金のかつらを作らせます。ついでにスキーズブラズニルという分解可能な大船と、稲妻の神槍グングニルをも作らせ……そしてすぐ帰るのではなく、ブロックとエイトリという小人の館を訪れるとイーヴァルディの息子らと彼らの対抗意識をあおり、これより優れたものを作るなんて、キミらには無理だよ、と煽ります。

煽られたブロックとエイトリは完璧な黄金の猪、草原も海も空も構わず駆けるグリンブルスティ、また同じく完璧な黄金の腕輪、9日ごとに自分と全く重さの金腕輪を8つ生み出すドラウプニル、そしてもう一つ完璧なものを作るはずがロキの横やりで不完全になった銀の大斧、雷霆のミョルニルを作りました。

ロキは両者を連れてアスガルドに戻り、彼らにプレゼンさせて、「勝者に神々の感謝と友情、そして褒賞を与える」と約束。イーヴァルディはシフにかつらを、スキーズブラズニルをヴァン神族の王子であり神々の福王であるフレイに、グングニルをオーディンに捧げ、ブロックとエイトリはグリンブルスティをフレイに、ドラウプニルをオーディンに、ミョルニルをトールに捧げます。そして神々が最も素晴らしいものと決したのは、ロキが邪魔をして不完全なものとなった大斧ミョルニルでした。ブロックは賞品としてロキの頭を求め、神々は進退窮まるロキを嘲笑しますが、ロキは「頭をとってもいいが、首に触れるのは許さない」こう言ってまぬかれるものの、ブロックはならせめてお前の口を縫い合わせる、と腕を伸ばします。ブロックのナイフでロキを傷つけることは出来なかったのですが、兄エイトリの錐を借りると刃が通り、革ひもでロキの口を縫い留めます。この革ひもはすぐに引きちぎられますが、激痛にロキは復讐の事ばかり考えるようになったとのこと。それまでのロキはいたずら好きの変質者ではあっても外道な悪魔ではなかったのですけども、このあたりから神々の黄昏の予兆が始まります。

本日これにて。次話で光の神バルドルが死に至る顛末と、ロキの捕縛、最後に神々の黄昏ラグナロクを語りたいと思います。

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遠蛮亭 2021/07/20 07:33

世界包括神話⁻3.ケルト

ゲームとはあんまり関係ないようで実は物語のベースということで非常に関係ありなこのエッセイ、なのでタグは「ゲーム制作」「元ネタ」でいきます。

本日はケルト神話いきましょう。くろてんといえばケルトな訳です。主人公、辰馬くんの本来の名(真名、という言い方は使いたくないです、あんまりにも手垢がつきすぎて)、つまりノイシュ・ウシュナハはアルスター神話の英雄「黒髪紅顔のノイシュ」からですし、実父「銀腕の暴君・魔王オディナ・ウシュナハ」の名はフィオナ神話のディルムッド・オディナから。「銀腕」というのはダーナ神話の隻腕の主神「銀腕のヌァザ」からの借用でした。

というわけで。ダーナ神話→フィオナ神話→アルスター神話と続きますけども、まず今日はダーナ神話。ちなみに「ケルト=アーサー王伝説」と誤解しているかたが多分、ものすごくたくさんいらっしゃると思いますが、あれはケルトの神話伝説とは違います。むしろローマとかキリスト教圏から持ち込まれてケルトにあった伝説を換骨奪胎したもので、詳しくお知りになりたい方は「ブリタニア列王史」とかご覧下さい。なのでアーサー王伝説は除外。いちおう、あそこからも借用はしてる(1幕3章、本編から数百年前の東西戦争期、伽耶聖が一戦で900人を斬った、というのは源アーサー王伝説に依拠します。だいたい作中でアーサー王の話をもってきたのはそれくらい)のですが。

創世神話
ケルトにはキリスト教やらインド・ヨーロッパ語族系のような創世神話はありません。創世がなかった、というよりそれは現在進行形で行われている「現実」であり、その「第一日」が最初から最後まで、永遠に繰り返される……という考え方なのですけども、世界は今日創られたのであると同時に、明日もまた最初から創られて、終わって、またその翌日最初から、です。

ドルイド(ギリシア人が見事な示唆をもって「哲学者」と表現した)は時間と空間その相対性およびその内包する欺瞞について、かなり的確な認識を持っていました。『「現在の瞬間」とは今はもう存在しない過去から、未確定の未来への時間を伴わない移行である』と。無から無への、時間を超越した移行、ということになります。人間の世界とはかように不確定で、確実なものは神だけ。その中でも唯一「完璧なる者」はイルダーナフ(なんでもできる者)ことルーグ・ラファーダただひとり。で、神という完全なる前性の存在を舞台に上げるためには照応する悪(不完全性の証明)が必要になり、そこでケルト人が求めたのはこの、「完全」が「不完全」を打破する作用ということになります。ケルトの源神話としてもっとも旧いものは「海蛇の卵探し」であり、卵=性交と受精の象徴=宇宙の創成にかかわるもので、その卵の居所が海にあるのは海=生命の源であると言うね、そういうお話です。実のところドルイドが持っていたものは海蛇の卵ではなく、巨大なウニだったそうですが。海蛇の卵=宇宙卵(ヒラニヤ・ガルパ)だとすれば、インド神話やイラン神話に通ずるところが、やはりケルトにもあるわけです。ちなみにこの宇宙卵のエネルギーを持って氾濫した海を平定し大海蛇を征したのは太陽神ベレノス、別名ヒュー・カルダンといいますが、ウェールズローカルの神話なので有名ではないかもしれません。

ついでバローロンの神話になります。ある年のベレノスをたたえる祭りの日に、バローロンとその眷属は海を越えやってきました。彼らはただの荒れ地であったケルトの地を開拓し開墾し湖や川や平野を創って、豊かに変えます。この人々が最初のケルト人というべき存在で、彼らがフォモール族……悪魔と言うべき存在……と激戦を繰り広げることになりますがまあ5000年、平穏に過ごします。

しかしこれが疫病により一週間で全滅。生き残ったのはトゥアン・マッカラルという変身能力を持つ男ひとりでした。彼は神話の最後まで、変身を続けて生き続けますが、最後はなんか、魚になって食われて死んだ、のではなかったかなと思います。確か。

次いでネヴェ族がアイルランドにやってきます。マッカラルは鹿に変身してこれに合流。ケルト神話には「変身物語」というたくさんの姿に変身するお話がありますが、そのベースになっています。ちなみにネヴェ族は24隻の船でアイルランドを目指したものの嵐に遭って座礁、たどり着けたのは9隻という、結構な損害に見舞われます。で、彼らがたどり着くやいなや、魔王バロール(バローロン族と似てますが、まったく別存在)とフォモール族、そしてバロールの戦士長コナンが襲いかかり、4度戦い4度目でほぼ全滅。ただしフォモール族にも大損害を与えます。

ついでフィル・ボルグ族がやってきます。彼らの王ヨッキーは公明正大な英主でしたが、やはり力を盛り返したバロール以下フォモール族に皆殺しにされる。

そしてついについに。北の海から……たぶんノルマン系でしょう……ダーナ神族、トゥアハー・デ・ダナーン族がやってきます。彼らは最終的に「マー・トゥラの戦い」でバロールを滅ぼしアイルランドの正統支配者に……キリスト教によりその座を逐われるまで……なるのですが、一番最初にやったことはというとバロールやフォモール族と手を結んでフィル・ボルグ族を滅ぼすことでした。その後両雄並び立たなくなりますが、この最初期の同盟のときにダーナ神族は医学の神ディアン・ケヒトの息子キュアンと、バロールの娘エトネを結婚させました。この婚姻により「神と魔の血を継ぐ完璧な存在」太陽神ルーグ……まさしく新羅辰馬くんの出自……神魔双方の血統……はこのあたりに依拠します……が生まれるのですが、それはちょっと後。

フィル・ボルグとダーナ神族の戦いは一進一退、ダーナ神族の王ヌァザはその戦中のある夜素晴らしい美女の訪問を受け一夜をともにし、実は魔女モリガンだった彼女から授かった力でフィル・ボルグを圧倒、それでも地力はあちらだったのか、フィル・ボルグの英雄スレングとの激闘の果て、右腕を切りおとされます。ちなみにこの戦の乱戦でフィル・ボルグの王ヨッキーは戦死、これによりダーナ神族はフォモール族とアイルランドを共同統治する立場を得ましたが、片腕になったヌァザは統治者としての資格を失っています。差別表現を避けてもまあ、四肢を欠損しているものは王や貴族としての資格がない、というのが古代社会での考え方。

王権はフォモールのエラッハが犯したアイルランドの化身でダーナ神族の女王エリウが産んだ息子ブレシュに継がれましたが、ブレシュはフォモールを優遇、ダーナ神族を冷遇して父神にして魔術の神ダグザに要塞を築かせ、武神オガムには王宮で使う薪運びをさせるなど酷使します。ここでリアルな話になりますが、王が王に値しない存在であったために国が衰退し、そこにつけ込んでダーナ神族はゲリラ戦でブレシュを突き上げ、退位を求められたブレシュは猶予を求め、フォモール族に泣きつきます。

その時期にディアン・ケヒトはヌァザに銀の義手をつけました(このために銀の腕=アーケツラーヴ)が、さらにその息子ミァハはヌァザの切りおとされた腕をそっくりそのまま移植します。これでヌァザは王権を取り戻し、「銀腕」という異名も「佩剣クラウ・ソラス」の銀光のことを指すようになりますが、ともかくヌァザは神王に返り咲きました。しかしその裏でディアン・ケヒト、このひとは自分を上回る医療技術を持った息子を惨殺してしまいます。

そしてフォモールに泣きついたブレシュ、これが母の認知を受けてフォモールと大王バロールの援軍を得まして、このとき大戦起こる、の直前に登場するのが「ルーグ・ラファーダ(長腕のルー)」です。俺はキュアンとエトネの息子、ルーグやから登城させろ、というと、門番はどんな資格と能力を持つか、と誰何。ルーはアレが出来るこれが出来ると列挙しますが、門番は「お前の言う才能は、すでに他の神々が持っている」とはねつけるのです。しかし「ではそのすべてを一人で兼ね備えるもの(イルダーナフ)はいるのか?」と問い返すことで、ルーグは神王の前に目通りを許されました。ちなみにルーグはヌァザからダーナ神族の「マー・トゥラ」における戦いの指揮官に任ぜられますが、それは過去に一度もチェスで負けたことのないヌァザを完璧に負かせたから、だったりします。

そして始まる「マー・トゥラ会戦」。神王ヌァザはバロールの前に陣没、次いでルーグとバロールが対峙して言葉を交わすものの、古ゲール語よりさらに旧い言葉でしか記録されていないためにこの会話を読み解くことが出来る人間は現在地上に一人もいないそうです。バロールの必殺武器と言えば邪眼であり、普段は閉ざされたその巨大な瞳を見てしまった相手は何千人いようと即死してしまうと言う凄まじいもの。これはフォモール族の勇士4人がかりで開かせるのですが、これが開く瞬間、ルーグは投石機から放ったタスラムという魔弾……もうひとつブリューナクという槍もあり、どちらも必中にして必殺の武器です……で射貫き、バロールは戦死。この戦いの死者は少なくとも7000人といわれ、農耕が主体=牧歌的戦争=戦死者の数が非常に少なかった古代社会の戦争にしては非常に大きい死傷者率となりました。

最後にモリガンが登場し、ダーナ神族に祝福の魔法……バフですね……をかけると勝負は一方的となり、殲滅戦へ。オガムはフェモール王の一人インデモクと差し違え、そのため武神で力の神、而して知恵とルーンの守護者オガムは死んでしまい、ルーンの秘密はここに断たれることになるものの、戦争の趨勢は決しました。ちなみにブレシュは人間に耕作の方法とよき収穫の方法を教えて生き延びたそうですが、実のところアイルランドの土地の痩せ具合を見るにこの助言が役立ったとは思えません。

ここで直接は言及されませんが、この話はなにかというとブレシュは大地の化身だから悪行……自然氾濫……があっても結局は許すほかなく、ルーグは祖父でもある冥界神バロールを殺したことで深遠なる宇宙の秘密から手を離した、とかそういう含蓄を含むのだそうです。流石に「哲学者」が編んだ、ケルト神話。奥深い。

ついでアルスター神話。

まずクーフランは太陽神にして全知全能のルーグの息子。お母さんはコーンウォールの王妹デヒテラ。しなやかな容姿の美男子ですが戦闘時には顔が二倍に膨れあがり、太陽のごとく光り輝き、片目は細く、片目はバケモノのように大きくなり、口は耳まで裂け、脳天から光を発す……どー見てもバケモンやないかと。デヒテラからすぐ生まれたわけではなく、まず息子がいて愛情注いで育てたその子が病死するのです、不幸ながら。そして悲嘆に暮れて泣き疲れたデヒテラはコップの水を飲みますが、この中に入っていた小さな虫。これがルーグの化身した姿でした。そして解任したデヒテラにルーグは夢のお告げで「お前の腹ン中におるのワシの子やけん」と告げ、ついでに死んでしまった赤子ももう一度デヒテラの腹から産まれることになるだろうと告げて消えます。

デヒテラはストルヴという人物と結婚、太陽神ルーグのおつげにより生まれた子の名前はセタンタと名付けられ、おおくの養育係が名乗りを上げるもコーンウォール王は自分達の妹フィンコムにその役を任せます。このときとあるドルイド僧が「王侯も戦士も、みながこの子のしたことをたたえるようになるでしょう、あらゆる悪と戦い、禍を防ぎ、そして争いを解決するでしょう」と言いたたえますが、最後に「そのかわり、長生きは出来ますまい」と告げます。

7歳の時、武技と球技をあわせたような競技があって2対1でも負けなかったとされ、それを目にとめたコーンウォール王からたたえられて「宴会ひらいちゃるわ」と王の下に招かれますが、宴会自体はアルスター赤枝騎士団のクランの屋敷で行われます。このときクランは番犬として巨大な猛犬を買っていたのです……勇者10人がかりでも太刀打ちできないという、どこが犬だみたいな猛犬を……が、王はセタンタを呼びつけたことを忘れていたためにクランは犬を鎖につなぐことをせずに放置していました。

どっこいセタンタはのちのクーフラン。荒れ狂う猛犬に襲わるも逆にこれを裂き殺し、忠犬の死を悼むクランに「じゃあ僕があなたの番犬になりましょう」と約しました。というわけでこの約束からセタンタは「クーフラン(クランの猛犬)」と呼ばれて名を知られます。名付け親はコーンウォール王。

クーフランは「今日元服したら栄光を手に入れるが早死にする」と言われた日に元服、普通の武器や戦車は彼の武技に耐えられず、よって王の武器と戦車を賜与されました。

そして冒険の旅に出ますが、このときアルスター赤枝騎士団の戦士の実に半数が殺されています。主犯はネフタ・スケニュという男の息子たちで、クーフランはこいつらを探し回って皆殺し。に、したまではいいのですが戦闘欲求が高まりすぎて敵味方手当たり知らずに殺す殺人鬼となり、ために女性の裸を見せて彼が顔を逸らした隙にアルスターの戦士たちがこれを拿捕。3つの桶の冷水に彼を突っ込み、一つ目は瞬時に沸騰して割れ、二つ目は煮えかえり、三つ目でようやく、お湯になってクーフランは平常心を取り戻したというそんな話。

その後、ただの戦士では役に立たぬということで武芸と戦術の深奥を極めます。師匠は影の国の女王スカサハ。このとき、全ての技を相伝された証として魔槍ゲイ・ボルグを授かりました。

影の国から帰るとクーフラン……というよりコーンウォールがクノートの女王メイヴの侵攻を受けます。メイヴの目的はドーン(夜明け)の名を持つ「クーリーの雄牛」で、夜明けを巡る「太陽と昼」のクーフランと、「闇と夜」のメイヴの闘争という側面を持ちます。最終的に戦争は和睦で終わりますがメイヴの恨みは深く、クーフランに倒されたガラティーンの六人の息子らに魔術を授けてクーフランを幻惑させ、さらにはドルイド僧を使ってクーフランの必殺兵器ゲイ・ボルグを借りる……というか盗むことに成功。敵は「この槍は王を貫く」と呪いしてゲイ・ボルグを投擲、最初は御者の王レーグにあたり、ついでクーフランの遭い馳せマッハ、その次とうとうクーフランの脇腹を貫いて致命傷を与えました。さらになお戦い続けるクーフランの命を絶ったのはクノートの勇士レウイですが、この男はのちにリ・ウィ河畔の戦いでクーフランの親友「勝利の」コナルによって討ち取られます。

やはりクーフランだけで長くなりました。ノイシュまでやりたかったんですが、とにかく「優雅で優美、品格あり、狩りに際しては俊敏、戦いに明いては勇敢で、烏羽の黒髪と白鳥の肌、そして仔牛の血のような赤い頬」を持ち合わせ、王女ディアドラとの道ならぬ恋で知られます。最後は王の嫉妬によりノイシュとディアドラは別々に葬られるんですが、そこからはえたイチイの木が互いを思い合うように絡み合った、というお話。ところどころちがいはありますが、たぶんトリストラム・シャンディの元ネタになってるんだと思いますこのお話。だから悲恋物語として最高水準。

ここまでが2021/07/18まで書いたエッセイ分。
ここからケルト神話のラスト、フィアナ神話となります。今回フィンとオシァンの二人は絶対必要として、ディルムッド・オディナも語りたいですが……先日のノイシュみたいに竜頭蛇尾で終わる予感も。

ともかくまず、フィン・マックールことディムナ・フィン。この名前すごい有名ではありますが、フィンというのは「美しい、美貌の」という意味で、自分の顔が大好きでそう名乗っていたという、相当のナルシストです。ナルキッソスか。実際金髪の腰まである長髪で、肌は白く、神々しいまでの美貌であったと伝わりますが。ちなみに母マーナは神王ヌァザの孫に当たるので、フィンもまた神的英雄でした。いやまあ、「ケルト民話物語集」という作品があってその中でフィンは頭でっかちのもやしっ子でクーフランに喧嘩売られて腰抜かすとか、そういう説話もたまーに、見受けられるんですが、一応は堂々たる「フィアナ騎士団」の団長。

師匠はフィネガス。といっても武芸のではなく、知恵の方です。ボアーン(ボイン)川ほとりに住むドルイド僧、フィネガスは全知を与える「知恵の鮭」を7年間探していましたが、これを見つけて喰ったのがフィン。フィネガスは「お前、ディムナゆーたばってん、他に名前は?」フィン「フィンゆわれとります」この名前にフィネガスは大いに驚き啓示を受け……フィネガスは知恵の鮭のことをフィンと呼んでいたので……「お前は聖なる知恵の人になるんや!」と改めて鮭をフィンに与え、それによってフィンは勇気プラス知恵までをも身につけたというお話。

父クール(故人)の地位を継ぎたいと願ったフィンは父の仕えたターラ王の元に単身、向かい、その放胆からターラ王より騎士に叙任されます。こののち人々を苦しめる妖怪……竪琴の音で眠らせ、炎の吐息で焼き殺すというバケモノ……がターラを脅かし、フィンはこれを討伐してフィアナ騎士団の頭領に任命されました。このとき使われたのが「魔の槍」というもので、たぶん原語では「○○ボルグ」とかそれに連なるものだと思われますが、これは必中必殺、ということではなく「竪琴の魔力を払う」ために使われました。かくしてフィアナ騎士団団長となったフィンは男には寛容、女には優しさを示し、万民に暖かみを向ける騎士団長としてフィアナ騎士団を最盛に導きます。詳述は避けますがフィアナ騎士団入団試験というのは非常に厳しい上、それを優雅に独創的に決めなければならないとあってなかなか、なれるものではなかったとのこと。

ちなみにフィンは二匹の猟犬ブランとスコローを飼っていましたが、この二匹はフィンの母の妹チレンの子です。妖精に一方的に恋情を向けられたチレンは魔法で犬に変えられた上でレ○プされ、この二頭を産みました。まあともかくこの二頭がフィンをある場所に連れて行きます。そしてフィンが気づけば美しい女性が。女性の名はサヴァ、妖精の求愛を断ったため鹿にされた女性でしたが、フィンに遭うことで……じっさいもっと細かい条件ありですが……呪いが解けるとされていてここに解呪されたわけです。事情を聞いたフィンはサヴァに惹かれ、同情もあり、求愛してやがて二人は結婚。フィンが七日間戦場に赴く間にサヴァは偽物のフィン(妖精が化けた)に連れ去られ、七年が経過。サヴァは貞節を守って自分とフィンの間の子を育て抜き、フィンはようやく自分の息子に巡り会いました。この子がオシァン(子鹿)です。もうひとりファーガスという息子もあるのですが、戦士として勇敢でフィアナ騎士団の語り部としても有名なのがオシァン。そのものズバリで「オシァン」という、オシァンその人の口述によるとされる、ケルト・フィアナ騎士団の問答集みたいな著作があるくらいです。

ちなみにフィアナにはディルムッド・オディナという騎士がいて、美貌と勇敢を兼ね備えた理想的な騎士でしたが、フィンが後妻にと見初めたコルマック・マックアート王の娘グラーニャと駆け落ち(当時祖父さんになっていたフィンを嫌って、グラーニャの方からディルムッドを口説いた)しますがフィンはここで寛容さをかなぐり捨てて執拗に二人を追跡、ディルムッドを殺し、グラーニャを妻とします。いやまあ、そうなるまでグラーニャはディルムッドと自分の息子たちにフィンの命を狙わせたりするんですが。

ディルムッドの話はさておき、フィンの息子オシァンです。母は前述通りにサヴァで、シーという、妖精というか半妖精というか? そういう存在でした。妖精で悪のドルイド僧ドゥル・ヴァハによって鹿に変えられたサヴァを、フィンが救って妻にしたのは前述通り。

成人したオシァンはフィアナ騎士団最高の詩人にして最強の騎士の一人になり、フィアナ騎士団がほろびさらにずっとずっと時間が経ってキリスト教の聖パトリックに出会うまで長生きすることなります。これについては後述。

フィアナ騎士団の最激戦と言われるガウラの戦い、これにも生き延び(息子オスカーはここで戦死)たオシァンですが、このとき妖精の女王ニャヴという女性が、オシァンを迎えに来ます。妖精の国……正しくは常若の国であるティル・ナ・ノーグの主マナナン・マク・リルが、娘婿に王座を奪われるという予言から美しいニャヴをブタ顔の女性に変えていましたけども、オシァンと結ばれれば呪いは解けるという条件がついていました。本質を見るオシァンは彼女を受け入れ、たちまちニャヴは本来の美貌を取り戻します。

本来の姿に戻ったニャヴを見て、オシァンは一発で参ってしまい、そしたらニャヴは「一緒にティル・ナ・ノグにいくことをあなたのゲッサ(誓い=ギアス)とします」ということで常若の国に行くことに。ちなみになんでダーナ神族がティル・ナ・ノグなんて僻地というか隠れ里に住んでいるかというとこの時期、ダーナ神族はミレシウス族……おそらくはローマ=キリスト教圏の種族と思われます。確か古代秘教のひとつにミレシウス派というのがあったはず。この時期から旧来のケルトの神は排斥されて「妖精」に堕とされ、かつてあったケルト神話の代わりに押しつけられたのがアーサー王伝説、という流れが始まりつつありました。かつての神々は敗れてひっそり隠れ住む時代になっていたのです。世知辛い。

さまざまな冒険を経ながら、オシァンとニャヴは3年、一緒に幸せに過ごしました。しかしオシァンの心の中にはやはり、父フィンや仲間の騎士たちの様子を知りに戻りたいというものがあり。ニャヴもオシァンの真摯な願いは断れずこれを聞き入れます。ただし、「白馬から絶対に、足を地に着けてはいけません」というゲッサを付け加えますが。そしてオシァンは3年ぶりに地上(エリン)に戻るのですが、地上では300年間が経過していたという、浦島太郎状態。そして人々が大岩を動かそうとして苦闘しているのを見たオシァンはきやすく彼らを助けようとして、足を地に着け。その瞬間300年分の時間が経過して老人になってしまいます。で、このときすでにアイルランドを征していたキリスト教の聖パトリックが彼と出会い、オシァンの後述を元にありし日のフィアナ騎士団の様子を著した、とされています……けれども聖パトリックが実在ではないという説がかなり強く、アイルランド人が過去の栄光を伝えるために創作した架空の人物といわれています。それでも「オシァン」の文学的価値が下がるものではないですが。

以上早足でダーナ神話、アルスター神話、フィアナ神話でした。他にもブランウェンの話とかタリシエンの話とか語りたいところはたくさんありますが、その辺は原書房「マビノギオン」をお読み下さい。

このエッセイはもともと1神話ごとに2~3日かけて書いている書き付けなので、今後はそう毎日更新はできないと思いますが、たぶん次は「陸のケルト」北欧神話を。

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遠蛮亭 2021/07/19 03:25

小説1章発売&声優さま決定&世界包括神話2-イラン

一応いままでのところ毎日更新できている遠蛮です。ただ今週は月曜=母の病院、火曜=自分の精神科、木曜=家の移転に伴い不動産屋さんと会談、とやることてんこもりなのでどれだけやれるか心配ではあります。可能な限り更新したいものですが、まず今日は夕方以降に帰ってくるまでここにこれないので、今のうちに。

まずはくろてん一幕1章、女神サティア編が販売開始となりました。ガチ凌○ありとは言えあのくらいの表現だったら問題なかったようで、まあここで「ガチ凌○」と言ってはいますがハードエロゲみたい「ひぎいぃぃ!」とか「んほおぉぉ♡」とか言うわけではないのでですね、期待されると存外肩すかしかも知れません。ハードなのは2年後のゲーム版で。あっちは本気でえげちーのでご期待下さい。表紙は一応これですが、中に挿絵とかは一切、入っておりません。そこのところご了承下さい。

一応リンク張っておきます。

https://www.dlsite.com/maniax/work/=/product_id/RJ335679.html

それと、販促用紹介音声作品。その瑞穗さんの声の声優さまが、まずは決定しました。ほぼ確定となったので解禁して良いでしょう。Venusblood-ABYSS-セレナ・オペコット役だったり同じくVenusblood-GAIA-のエステリア女帝陛下役だったりする「榊木春乃」さまです! これからお金の支払いと、ルビ振った台本(台本自体は完成済み。漢字が‥自分の文章難しい感じが多いとよく言われるので)をお渡しして、収録していただきます。瑞穗さんと雫お姉ちゃんによるかけあいなので雫お姉ちゃん役にも一応、打診はしているのですがまだ返事がなく……とはいえまずはメインヒロインが決定と言うことで、重畳!

ついでに、世界包括神話2回目、イラン編。

※これまたカクヨムさんで2回に分けて連載したエッセイの焼き直しなので、つなげると少しおかしいところあるかもです、お含み置きを。

まず、インド・イランの人々の宗教的根幹は「ヴェーダ(基本的にリヴ・ヴェーダ)」と「ヤシュト」でした。……「リヴ・ヴェーダ讃歌」は岩波さんから出てるので結構簡単に手に入るんですが、ヤシュトってたぶん「アヴェスタ」にしか入ってないと思うんですよ。ちくま学芸の「原典訳・アヴェスター」ではなくて。アヴェスタというのはゾロアスター教における「聖書」とか「クルアーン」みたいなもんで、最近新版が出たばっかなので入手困難ではないですが、専門書の中でもとくにニッチなものなのでお値段8800円(税抜き。国書刊行会)もするのですよね。しかも資料価値はともかく、読み物として小説みたいに面白いかというと……という弱点があります……さておきまして、この二つの讃歌に共通するのは熱帯地の遊牧民であり戦士である人々の人生観、死生観。なもので自然を愛し、同時に恐れる、ある意味日本人にとって共感しやすい宗教の下地があります。

このヴェーダとヤシュトの信仰はたぶん前1400年前後に、ちょっとした……というかもしかしたら世界最大の変革を迎えることになります。ザラシュストラが登場するので。もしかしたら、というのは彼の影響がキリスト教世界を染め上げているという点を鑑みれば、ということですが、実のところ彼が生前にそこまで巨大な名声を博していたかというと、キリストとおなじでゾロアスター教がペルシアの国教になるまで、彼の死後数百年後のダリウス一世の時代までかかります。ゾロアスター教えというとやはり、善悪二元論が有名ですね。あと鳥葬。ほかにもたっぷり厳しい戒律がありますが、一般的にはこの二つがパッと思いつくと思います。ペルシアはその後長いこと東南アジアの覇者でしたが、670年頃? 最後には新興のイスラームにより根だやされました。それで残念なことに現在、アヴェスタは「原アヴェスタ」という本来の姿の4分の1しか残っていません。8800円出しても。

なのでアヴェスタから神話物語をひねり出すのはやや難しくあるのですが、ただひとつ、イランと言えばこれ、という文学作品が存在します。お察しの通りフェルドゥシーの「王書(シャー・ナーメ)」というやつで、まあ日本語資料としては岩波さんと平凡社さんの二冊、それもどちらも抄訳版しか存在しないのですが、かなりに面白い話なので一読の価値ありです。最近あちらの国で映画やらドラマを国家事業として始めたという話を聞いて、じゃあロスタムとかソフラープのお話が本場の配役で見れるのかなと、今年の、最近そう思ったのでした。

イラン神話のおこりというと、まず宇宙には善と正義の神‥というか純然たる「善」があった。太陽も星も築茂大地も、すべて完成した状態で静止していた。しかし時として悪なる者が宇宙に闖入し、世界を擾乱し、そして成長もさせた。霊峰アルブルズは800年かかって天の星辰の高みにとどいたといいます。このアルブルズが今現在の宇宙を支える枠組みになっているという壮大な話で、この山頂からそびえる橋チンワントが死者の国・悪魔たちの王国となっているという話。この宇宙図を絵に起こしたものを見ると分かるのですが、やはりというかインドの宇宙卵(ヒラニヤ・ガルパ)の内部構造に似ています。

雨の創造主はティシュトリヤ神で、彼が大海ウォルカシャを創り、広大無辺、アルブルズ外辺に広がるそのほとりには水の女神アナーヒターの管理する、1000の泉があるのだとか。またこの海には2本の木が立ち、1本はガオクルナ、もう一本はハオマ。二つとも霊薬の材料で人は宇宙が更新される際にこれを服用するといいます。もう一本、ありとあらゆる樹木の種を産する百種樹というのもあって、この木の枝に住むのが有名なシームルグ、王書にも登場する霊鳥です。まあなんで雨の神の話が最初に登場するかというと、このティシュトリヤが創造神にあたるのです。即ち最初に雨が降った時、世界は7つに分割されて、中央のフワニラサ、その外辺の6か所はキシュワルという土地になって、互いに行き来できなくなりました。いや、実のところたったひとつ行き来する方法はあり、スリソークという牡牛に乗れば行き来できるのですが。

‥大体こんな神話があるのですけれども、具体的に「神話物語」はあまりないのです。次回「王書」から英雄物語を引っ張ってきますのでお待ちを‥と、その前にいくつか面白い神格の紹介を。

ワユ
インドだとヴァーユという名前で、暴風と命の運び手。なんというかスケールの大きい存在で、絶対のはずの創造神オフルマズドも悪神アンリ・マンユも、等しく彼には生贄を捧げるという、「なら彼が最高神やんか」というところですが、野心なき神、といいますかオフルマズドのように天を支配したり、アンリマンユのように地上を支配したりと思わないわけです。彼が支配するのは両者の中間、「虚界」。

ウルスラグナ
勝利の神であり攻撃性、威圧する力の象徴。10回変身する神として知られ、その変身の中で人間と雄牛と馬に変身する、というあたりが創造神にして天の神にして星神、三度化身するティシュトリヤと類似しています。なのでティシュトリヤの「ゲーティーグ(目視可能な力)」がウルスラグナなのかもという説もありです。ちなみにインドだとインドラ神に照応しますが、インドラやアルメニアのヴァハンのような竜殺しのエピソードは持ちません。どちらかというと国家だったり将軍だったりの勝利の象徴。

ほかにも樹神ハオマ=ソーマだったり、火神アータル=アグニだったりです。インドとイランは本当に、根っこの部分で実に似ているというお話でした。 

そしてここから二日目のぶん。シャー・ナーメのお話です。

まず、サームという英雄がおりました。彼には子がなかったのでこれを乞い求めました。後宮(ハレム)を持っていたというからそれなりの地位ある人物だったのでしょう、将軍だったと言いますから。そこに「薔薇の頬と漆黒の髪の美女」がいて……この表現されるとケルトの美男子ノイシュ・ウシュナハ(うちの子たちの主人公、新羅辰馬君の「真の名」というやつが、まさしくここからとってノイシュ・ウシュナハだったりします)を連想してしまうんですが……この美女との間に子をなします。娘は順調に子を産みましたが、その生まれた子が総白髪だったんですね。それで皆の衆は「英雄サームに幸いあれ、元気な男の子です」と言祝ぐのですが、実際こどもを見た瞬間、サームの落胆たるや。いろいろ賢者たちが悲しんではなりませんと諫めますが、結局サームはこの子を捨てます。

ですがこの子はアルブルズ山の霊鳥シームルグに救われて生き延び、白髪ながら美貌と、たくましさと、賢さを兼ね備えた英雄へと成長します。そして夢で息子を捨てられたことを賢者……おそらくは神……になじられたサームはシームルグのもとを訪れ、息子に会って「お前の父はこのサームである」と口づけます。ちなみに鳥の王(正しくは女王)シームルグにつけられた名前はダスターンでしたが、サームに新しくつけられた名前がザール・エ・ザル。ゆえに彼は「白髪のザール」と呼ばれます。ザールはカブールのメヘラーブ王の娘・ルーダーベと結ばれ……る前に一つ障害があり。メヘラーブ王ってザッハーク(蛇王……邪竜の総帥みたいなものです。VenusBlood-LAGOON-の主人公と同名)の血統でして、周囲の賢者たちがいろいろ理屈捏ねて止めるわけです。結局結ばれはしますが、まずこれを知ったマヌーチヒル王……ザールの父サームの王……が激怒して息子を殺すよう、命じます。サームは英雄ファリードゥーン(イランの英雄であり、蛇王ザッハークを殺した勇者)の旗を立てて進軍しますが、ザールは戦うことなくサームの所を訪れ、「なんなら自分を殺して下さい、ですがカーブルのことを悪くいい給うな。カブールを悪く言うなら父上、あなたをも殺さなくてはなりません」と。このくだり、すっごい好きなんですけども。父の方も「お前の言葉は全て正しい」と矛を収めました。ついでザールは王の前で見識を試され、賢者たちから矢継ぎ早の質問攻めに遭いますがこれを全部瞬殺で論破。そしてようやくルーダーベと結婚を許されます。

このザールとルーダーベの間に生まれるのがロスタム、ペルシア史上最大の英雄ということになります。生まれ方が「お腹からズズズッ」と引っ張り出されるという、なんかよく分からん生まれなんですが、普通の生まれでは説明がつかないほどに赤子の時点で大柄だった、ということで。このとき「わたしは(苦しみから)救われた(=ロスタム)」とルーダーベが言ったので命名はロスタム。十人の乳母に育てられ、乳離れすると5人前の食事を摂り、正確に何歳で、とは記述がないながらたぶんかなり幼年にして、身長6尺(180センチ)に達します。そしてすぐ冒険の旅に出て、まずどこぞの戦場で数多の武勲をあげた巨象を殺し、さらにスィバンド山で塩商人を護って山賊退治。イランに侵攻してきたアフラスィヤープ王と戦いますが、その前に名馬ラクシュを手に入れます。最初野馬と勘違いして捕えた馬が凄い暴れ馬で、誰も乗りこなせない、ていうか死ぬ、とまで言われたものなんですが、ロスタムにかかるとこれが従順な名馬となり、以後ロスタムの無二の相棒となります。これはアレクサンドロス三世大王のお話……ブーケファラスのお話に似てますが、よそにも赤兎とか似た話は多くあるのでパクりというわけではないかもしれません。むしろテュルク系の「狼信仰」……モンゴルをはじめとして……のほうが規模も範囲も凄い……さておき、ラクシュを得て、さらにファリードゥーンの子孫カイ・クバード王をペルシア全体の王に迎えたロスタムの快進撃はここから始まります。といってもカイ・クバード王は完璧な王なので武勲を捧げる相手は彼ではなく、マーザンダラーンのカーウース王ですが。

これ以後ロスタムはハフト・ハーン(七つの栄光)と呼ばれる大功を立てます。まず大獅子を退治し、ついで沙漠に泉を捜し当て、3番目に竜を倒し、ついで魔女を殺し、若き勇士ウーラートを捕え、悪鬼アルザングを殺し、最後に白鬼を殺して以上で7つ。これを達成してカーウース王に献じ、祝福を受け、カーウース王はかつて自分をマーザンダラーンから追い立てた王……名前が、忘れたのかそもそもなかったか、とにかく名無しの王に宣戦布告、しかしカーウース王は能力か運か、どちらもかがなく、毎度失敗してそのつどロスタムに救われます。

そしていよいよトゥラーン王アフラスィヤープとの戦い。この戦いで敵を圧倒したロスタムを見てアフラスィヤープは、「夜まで戦いが続いたら、我が軍には一人も残らないだろう」と恐怖したと言います。この戦いの中でロスタムに挑むピールサムという若獅子がいますが、敗北、自信喪失して退走。そもそもロスタムには7人の千軍万馬の配下と、10万の軍勢がいるわけで一人で戦っているわけではないのですけど。で、結局アフラスィヤープも退走、だいたいここでロスタムの人生の絶頂なのですが、あとちょっと続きます。ドラゴンボールみたいに「ちょっと」がやたら長くはなりませんが。

ソフラープという勇士がいるわけです。サマンガーンの王女タハミーネと、ラクシュを失い探していた当時のロスタムの子ですが、ロスタムはそのことを知らずに過ごしました。ロスタムはタハミーネに「自分の子の証」として腕輪を与えたのですが、タハミーネは息子に自分の出自を隠せと告げたわけです。彼女のサマンガーンはロスタムの仇敵、アフラスィヤープの陣営でしたので。このソフラープが父とまったく似たような英雄になり、そしてラクシュの血を引く名馬まで手に入れて、結局最終的にロスタムと敵対することになるのですね。

で、またカーウース王の下のロスタムですが、この主従はこの時期大げんかのまっただ中にありました。でも仲直りして出陣、ソフラープもアフラスィヤープの将として出陣します。息子は父と戦場でまみえることを望み、そして父は近年台頭した若造をブチ殺すための出陣です。ロスタム不在の時、ソフラープは王の陣に奇襲をかけて蹂躙しますが、ロスタムとの一騎打ち。その戦前の会話で「わたしの出自を知らないか」と問うも「しらぬ」と言われ、絶望して血統に挑み、勇戦するもやはり父に叶わず殺されます。ここから悲劇になるのですけども。

死にゆくソフラープは
「戦いの前、何度かわたしはあなたに血筋を問うたが、貴方の愛が動くことはなかった。
 今さら嘆かれるは尚悪いこと。
 なにが変わりましょうや、起こるべくして起こるべき事が起こったのです」
こう言って息を引き取りました。ロスタムはその後、故郷のザーブリスターンに帰り、ソフラープを痛んで一生を終えたと言うことです。

……とまあ、こんな話です。なんというか救いがないというか、そこがいいのだという向きも多いのですが。遠蛮はかつて父にナイフで脅された経験とか、ぼんごしで殴られた経験があって。その父と母は離婚して絶縁したのでだいぶ救われはしているのですがそういう、気のおかしい父がいたからなのか家族愛とかに飢えるところがあって、物語でも親子の間には無私の愛情があってほしいと思うのでした。それでは、本日はこれにて。

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