新戸 2023/04/18 17:33

ブルアカ:ゲーム開発部の十戒

「うぐぐ……ぬわーーーーーっ!!」

廃部の危機を乗り越えた数日後。
寮の自室に、お姉ちゃんの叫びが響き渡った。

「……どうしたのお姉ちゃん、急に叫んだりして」
「どうしたもこうしたもないよ! やっぱりおかしいでしょ、G.Bibleの中身! 神ゲーマニュアルって聞いてたのに!!」

あぁ、と私は嘆息する。
どうやらこれは思い出し怒りらしい、と。

──G.Bible。
廃部を免れるため、藁にもすがる思いで探し出し。
中身を見るためにヴェリタスと協力し。
C&Cとドンパチをやらかすハメになった、伝説のゲームクリエイターが残したデータ。
ちょうどいい記録媒体がなかったせいでお姉ちゃんのゲーム機に入れることになり、セーブデータがロストしたあの一件は記憶に新しい。

それだけの犠牲と労力を払った以上、それなり以上の報酬を求めてしまうのは人の常。
けれど、実際に表示されたのは内容は『ゲームを愛しなさい』ただそれだけ。

……確かにそれは、ゲームクリエイターに必要な素養なのだろう。
事実、もうダメかと思われたゲーム開発部も、頑張ってゲームを完成させたことで存続できた。

ゲームが好き。
ゲーム開発部が好き。
みんなと一緒に過ごす、この時間が好き。
だから、あの短時間で完成に漕ぎ着けることができた。
それは間違いのないことだ。

だけど、「終わりよければ全てよし」と言えない人も居るわけで。
そう、大切なセーブデータが消えたお姉ちゃんだ。

「よし! こうなったら、私たちも書こう!」
「書くって、何を?」
「G.Bibleみたいなのを!」

……ついでに言うと、テイルズ・サガ・クロニクル2の評判がそこそこ良かったから、調子に乗ってる部分もありそうだ。



そんなこんなで、明けて翌日。

「──というわけで! 書くよ、私たちのG.Bible!」

ユズちゃんとアリスちゃんも交えて、部室で話し合い。

「でも私たち、まだ二本しかゲーム作ってないよ? クオリティも、片方はその……だし」
「だいじょーぶだって! あれと同じくらいの内容だったら今の私たちでも書ける書ける!」
「はい! テイルズ・サガ・クロニクルシリーズを作ったみんななら神ゲーマニュアルも書けると、アリスも思います!」
「……まあ、お姉ちゃんの憂さ晴らしみたいなところもあるし。そこまで気負わなくていいと思うよ、ユズちゃん」
「そういうことなら……」

表には出さない、私たちだけのG.Bibleを書くことになった……のだけれど。

「どうすれば神ゲーを作れるか……分かれば苦労はしないよね。そもそもそれを知りたくてG.Bibleを探してたわけだし」
「ぐぬぬぬぬ……」

早々に、マニュアル制作は暗礁に乗り上げた。
私たちがそれぞれ「神ゲーだ!」と思うゲームはあっても、その作り方まではわからない。
解析すれば、プログラムの内容はわかるだろう。
でもそれでわかるのはプログラムの書き方であって、ゲームを作る上での理念や方法論ではない。

「……ひょっとすると、G.Bibleを書いた人は自分が「こうしなさい」って言ったらゲームの幅が狭まっちゃうから、あの一文だけを残したのかも」
「それは……あるかも。もし明確な手引きがあったら、あの時はそれに頼っちゃってただろうし」
「うん。それに、私たち自身がどんなゲームを作りたいかを考えて作ったからこそ、もらえた感想も特別賞も、素直に喜べたんだと思う」

もし仮に──G.Bibleに神ゲーの作り方が詳しく載っていて、その通りにゲームを作って。
それがミレニアムプライスで一位を取ったとしても、あの時もらった特別賞ほど心を動かされたとは思えない。
結局は神ゲーマニュアルのお陰……そんな気持ちが付きまとっただろうから。

「えー!? じゃあ私たちのG.Bibleは!?」
「諦めようお姉ちゃん。私たちじゃ、書けてもクソゲー回避マニュアルくらいだよ」
「そんなぁ~……」

お姉ちゃんが情けない泣き顔を作るけど、こればっかりはどうしようもない。
そもそものところで私たちには制作の経験が足りなさすぎるんだから。

「つまり、不評だった点を分析すればいいんですね?」
「え? まあ、うん。そういうことになるけど……アリスちゃん、もしかして本当に書くつもりなの? クソゲー回避マニュアル」
「はい! なぜ成功したかはわからなくても、なぜ失敗したかはわかるとエンジニア部の皆さんも言っていました!」
「なんで動いてるのかわからないプログラムと機械ほど、怖いものもないような……?」
「なのでまずはテイルズ・サガ・クロニクルシリーズのレビューを参考に改善点を──」

『ダントツで絶望的なRPG』
『一番足りてないのは正気』
『デッドクリームゾーンさえ名作に思える』

「う、うわぁん……っ!!」
「ああっ、アリスちゃん! 1のレビューはあんまり見ないほうが!」

ゲームを作った私たちは「そう感じる人もいる」ということを直視しないといけないかも知れない。
けれど、いちプレイヤーとして楽しんでくれたアリスちゃんに、あれを見せるのは忍びない……!

「レビューを参考にか~。私たちとしてはベストを尽くしてリリースしたつもりだったけど──」
「うん。確かに、って思える部分も、いくつかあったし……」
「そういう部分を忘れないように書き留めておくのもいいかもね」
「タイトルはどうするんですか、モモイ?」
「んー。クソゲー回避マニュアルは流石にイヤだし……」

G.Bibleを真似るなら……
ゲーム開発部──GameDevelopmentDepartment──ううん、G.D.D.Bibleは長すぎるよね。
Bibleと言えばトリニティだけど……あ、そうだ。

「開発部の十戒、とかどうかな?」
「じっかい?」
「十の戒律、してはいけないこと……だよね?」
「うん。数が合わなかったら数字は変えればいいし」
「封印みたいでかっこいいです!」
「うん! じゃあ、よし! それでいこう!」

そういうことになったのだった。



「とりあえず、最初のチュートリアルで騙すのはダメだよね」
「うっ! いきなり狙い撃ち!?」
「……ただの騙し討ちは、プレイヤーからの信頼を失くしちゃうもんね」
「アリスも……あれは衝撃でした」
「うううっ! ごめんなさぁい……」
「あれのお陰で衝撃と印象を残せたのはあると思うけどね」

「開幕でいきなり殺しに来るのも、なくした方が良かったのかな……?」
「それを削るなんてとんでもない! 死んで覚えるのはレトロゲーの醍醐味だよ!」
「はい! 試行錯誤をして強敵を倒せた時の爽快感と達成感もありました!」
「復活をシステムに組み込んだ方がいいのかも。ただゲームオーバーにするんじゃなくて」
「スピリッツライクみたいな?」
「うん。そのまま真似るんじゃなくて私たちなりのやり方で、だけどね」

「難易度は……下げた方がいいのかな……?」
「色んな人にやってもらう前提なら下げた方がいいのかも」
「作って何回もテストしてると慣れてきちゃうもんね」
「? 何度かやれば慣れるものじゃないんですか?」
「それはできる人の理屈なんだよ、アリスちゃん。苦手な人は……本当、何回やっても、だから」

「グラフィックがチープ……ミドリ、これってどうにかできそう?」
「ドット絵で豪華にするのは難しいかも。魔王城ドラキュラみたいなのは職人芸の領域だし」
「でも3Dだとレトロのイメージからは外れちゃうよね……」
「アリス、知ってます! そういう時は会話時にキャラクターの立ち絵を付けるといいです!」
「それなら……うん、いけるかも。時間さえあれば、だけど」
「攻略本のキャラとかアイテムのイラストって、読むだけでテンション上がるもんね!」

「2が完成したのは期限が迫ってたから、っていうのもあったよね……」
「今は商売でやってるわけじゃないし、資金繰りに追われることはないけど──」
「結果を出し続けないと、またユウカに叱られてしまうかも知れません」
「延期するかもだけど、スケジュールは立てておいた方がいいかもね」



……とまあ。
レビューとか、感想とか、とっくに出てた反省点とか。
そういうのを諸々詰め込んで、私たちのゲーム制作マニュアル『開発部の十戒』は完成した。

もっとも、そのうち半分以上が身内同士での刺し合いだったけど。
お姉ちゃんが書くテキストの問題とか。
ユズちゃんの難易度設定とか。
私の作業開始が遅れがちだー、とか。

……いやいや、そもそもシナリオ上がってくるのが遅いのが元凶でしょ。
1にしたって、ファンタジーのはずが他のジャンルも混じってくるような内容だったし。

……けど、まあ。
ダメ出ししなかった時点で私も同罪か。
作ってる最中は行ける気がしちゃうのが怖いよね。
よく分からない熱のようなものに背中を押されるっていうか。
でもその「熱」が冷めないうちに完成させないと、未完成のままお蔵入りになっちゃったりもして。
なんともままならないものなのだ。



「ひとまず十戒は完成したけど……」
「やっぱり気になるかな? 最後の数合わせ」
「私は、いいと思うな。これも一つの答えだと思うし……」
「はい! アリスもそう思います!」
「や、私もイヤってワケじゃないんだよ? ただ、なんていうかこう、気持ちの問題って言うか……」
「G.Bibleのために、セーブデータが犠牲になっちゃったからね」
「うう……私の汗と涙と時間の結晶……」

レビューと向き合い、反省点を列挙し、身内とやり合ってもなお出てきた戒律は九つで。
誰の悪いところ探しをしてやろうかと、最後の戦いが始まりかけたところで、
『G.Bibleの「ゲームを愛しなさい」を採用するのはどうだろう?』という案が出てきたのだ。

ゲームがあったからこそ、私たちは今の関係を築くことができた。
私とお姉ちゃんの関係だって、ゲームのお陰で良好になったのだ。
だからきっと、これから先も、私たちがゲーム自体を嫌うことはない……と、思う。

だけど、だからこそ。
最初に抱いたその気持ちを敢えて言葉にしておくのは、アリなんじゃないかとも思うのだ。
それは多分、お姉ちゃんも同じだろう。
大きな代償と労力を支払って得たものがあの一文だったから、思うところがあるってだけで。

「──よしっ! 吹っ切れた! ゲーム開発部の十戒はこれにて完成! お疲れ様!」

そんな気持ちも、ひとしきり唸って発散したのだろう。
一枚のルーズリーフ……十戒を書き記した、走り書きや落書き混じりの紙片を掲げ、お姉ちゃんが言った。

言い出しっぺであるお姉ちゃんが終了を宣言したのなら、この会議はこれでおしまい。
私たちはささやかな歓声を上げながら、パチパチと拍手をしたのだった。



その後、私たちの十戒はリングバインダーに収められた。
ゲーム開発部の活動記録、その一枚目に。

これから先、迷うこともスランプに陥ることもあるだろう。
そんな時にそっと取り出し、ここに記された文字を辿れば、
「ああでもない、こうでもない」
と、みんなでやり合ったことを思い出せるはずだ。

その時の気持ちを忘れさえしなければ、きっと私たちは頑張れる。
だって、ここにはゲーム開発部のみんなの思い出が詰まっているのだから。

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あとがきとかです。

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