恵夢字状/荒湯制作所 2024/04/27 12:00

BSSVS

「今日から体調を崩された丸々先生の代わりに君たちの担任になる毒鳥です」
 春の騒乱が鳴りを潜める。五月の教室は新しい指導者を迎え動き出した。
「丸々先生に何かあったんですか?」
 生徒の疑問に、「体調不良です」の言葉だけが返される。
 毒鳥自身も詳しい事情を知らない配置換えだった。というよりは、補欠の教師枠で採用され、主任教師の手伝いで採点やら道具の準備やら、残業時間削減に奔走している四月の職務から、急転のお達しだった。
「とりあえず、中だるみの学年と呼ばれる二年生ですが、高校受験への蓄えを作るため一緒に頑張りましょう」
 毒鳥に人一倍強い教育論がある訳ではない。市の区域分けで進学する志堕中学校にテレビ番組で表現されるような明確な堕落があるはずもなく。官僚が考える理想の生徒と、家庭が求める中学生。教師が目の当たりにするサルの集団生活が軋轢を生み続けてタイムリミットで卒業していくだけなのだ。
 志堕中は新興住宅街が作り上げた核家族集合体の子孫の集団活動拠点だった。下手に祖父母世帯が裕福であるが故の新天地は、失楽園を思わせるような開放の音頭に乗せられて老齢者の知恵袋が披露される機会を得ず無秩序なサル山を形成していた。あたかも経済成長の黄金期に知恵の果実を咬み砕いた野蛮人が作ったかのような現実が存在し。中学生が余韻に浸り人生の方向性に千鳥足になる。いつしか酔いが醒めたおっさんのように理性を獲得して社会に帰っていくのだが。中だるみの学年が中だるみを孕むのは、時代世代年頃的に致し方のない事であり、最も堕落した時期であったとしても、大きな事件はなく。些細な脱線を繰り返す日常の中で多少の理性が芽生え始めるのである。周囲の大人は成長期と呼んで見守るだけ。学力、体力、人間力が伸びる時期の一幕が五月の日差しで加速していくのである。

「毒鳥先生、教室の雰囲気はいかがでしたか?」
 ホームルームを終えるとやたらに色目を使うエロおやじこと教頭がご機嫌を取りにやって来ていた。
「ボクを子ども扱いしないでくれるかい?」
「毒島ちゃん。私からの推薦がなければ新年度早々にニート生活まっしぐらだった貴女には私に少なからず恩があると思いますが」
 教頭は毒鳥家と親戚関係の間柄だった。中学生にも背比べで追い抜かれそうな小柄な体型と、運動音痴が祟って有り余った脂肪が作り出すワガママボディーは教育に好ましくないという風当たりを形成していた。肉感的なボディーが一念奮起して手に入れた教育者としての資格を腐らせかねない危機を引き起こしていた。その災難を救ったのが縁故採用であった。
 学歴社会で裏口入学を非難するテレビの野次を傍観しつつ、我が身の汚点は不幸中の幸いと享受する図太さ。五月病に罹ってリタイヤした前任者との明確な面の皮の厚さが毒鳥のバイタリティーだった。
「ボクは楽して一年間生活できる職に就けるだけで良かったの。なんでモンスターペアレンツばかりの教室で教鞭を振るう事になるのよ、契約違反よ!」
 噂で聞く事案として、アフターファイブと共に鳴り響く電話、子供の学習進度に対する苦言やら交友関係に対する面倒の押し付けなど、親と教師の子育て機会のバランスの均衡が崩れて不満の矛先になっている。年長者を生活圏から追放した出来損ないの愛の巣故に子育てに失敗しストレスの捌け口に教師が叩かれる。未熟さを罵声に変えて喚き散らす。獰猛な若獅子に担当外の飼育員が咬まれるような欠陥が生じていた。
「仕方がないじゃないですか。社会で起きた不満を吸収するマスコット的な子供像が中学生になり変質するので父兄のストレスが増大するのもやむなし」
 頭を掻く教頭の諦めた言動と空気。結局は急場凌ぎよか選択がない現場の指揮系統。サンドバックがジャラジャラと鎖に繋がれ揺られていた。
「ボクは適当にやりますからね。伯父さんの学校だからっておとなしくしませんからね」
 毒鳥に教室を任せるのは火に油を注ぐ策であったが、毒を盛って毒を制す。小悪魔系教師に放任してみる作戦が一年間の不毛な争いを繰り広げた教職員の結論だった。教師の質が落ちているわけでも。生徒の質が落ちているわけでもない。ただその社会に責任を持つべき存在がいなかっただけ。根本的な欠陥を治す方法が見つからぬまま義務としての中学校生活が展開していた。
 誰しもが心地の良い寝床にありつく為に日々の振る舞いを模索する。そうやって型に嵌ってしまう前の義務教育期間にのみ許された自由が深酒のように野蛮な本性をむき出しにする生徒の流行りだった。親も親とてストレスの捌け口に理性を眠らせるべく。酒や権力に溺れるのだ。

「新しい先生はどうだった?」
 

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