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-freya- 2023/06/05 14:55

【改稿版】閉鎖病棟体験その1~その3

 看護師を目指している川嶋麻乃( かわしま あさの)は郊外から外れた山奥にある閉鎖病棟へ看護学校の紹介で三日間の研修を受けに行くことになった。
 学校側から指定された研修開始の日付は、麻乃の十八歳の誕生日。
 自分の生まれを祝う日に、閉鎖病棟などという場所へ麻乃は行きたくはなかったが、麻乃は以前の合同研修を病欠で休んでしまっており、今回はその埋め合わせという名目で学校側が特別に用意してくれた研修だった。

 この研修を逃してしまうと卒業するための必須単位が足りなくなるということを学校側から説明されてしまっては断ることもできず、学校の指示通りにセミロングの黒髪やおしゃれのために伸ばしていた爪の長さなども短く切りそろえて麻乃は研修に備えた。
 
 そして、研修当日。
 目的の閉鎖病棟に向かうため、麻乃は十八歳の誕生日の早朝から家を飛び出し、電車を4つほど乗り継いで郊外の奥地へと向かった。
 そこで待ち合わせていた学校側の手配で用意された車で片道数時間という長い山道を走り抜け、午前10時を過ぎたころ目的の場所が見えてきた。

「うわ、刑務所みたい」

 木々が鬱蒼と生い茂る山の一部に隠れるようにそびえ立つ病棟の周りには、背丈の高い金網の柵があり、その上部には有刺鉄線まで設置されている。
 刑務所のような外観の病棟に麻乃は不安感を拭えないまま、学校からの紹介状を手に警備員が配置されている入口で車から降りた。
 長い道のりを送り届けてくれた運転手のおじさんにお礼を伝えて別れたあと、麻乃は警備員の人に連れられて、病棟内部の待合室へと通される。
 そこで数十分ほど待たされたのちに、ノック音とともに研修を担当してくれる看護師さんが現れた。

「はじめまして。看護師の新井です」

「は、はじめまして。川嶋麻乃です……!」

 現役の看護師である新井さんは昭和時代のようなタイトスカート式のナース服を着用しており、ポニーテールに結んだ明るい髪とスレンダーな体格からは大人の女性特有の色気が感じられた。
 
「それで、川嶋さんにはさっそくなんだけど。研修を受ける前にいくつかの書類にサインをして欲しいの」

「えっと、どういうことですか?」

 お互いに自己紹介を終えると、単刀直入に。という感じで大きなファイルにバインダーされた書類の束がテーブルの上に広げられ、流れのままに新井さんからボールペンを手渡されてしまい、麻乃は首を傾げる。
 
「学校側から説明は受けてるでしょう? ここの研修は患者の気持ちを理解するために行われるもので、一時的に患者さんと同じ扱いを受けるから、それに対する同意書が必要になるって」

「そんな話し、聞いてないですよ?」

 新井さんから聞かされる説明に、麻乃は酷く動揺した。
 閉鎖病棟にいる患者さんの面倒を見ると思いきや、閉鎖病棟の患者さんに成り切って医療行為を体験するのがここでの研修だというのだ。
 予想していなかった状況に何かの間違いではないか。と麻乃は研修について新井さんに聞いてみるが、
 
「申し訳ないけど、川嶋さんが研修を受けないというのなら単位を上げることはできないし、学校側には川嶋さんが研修を辞退したと伝えることになってしまうわ」

「――っ!? それだと、私が困ります……ッ!」

 新井さんから返ってきた言葉は、無慈悲なものだった。
 誕生日の日に長い時間を掛けてここまで来たのに単位がもらえないだけでなく、学校側に研修を辞退した。と伝えられてしまうなどとても許せるようなことじゃない。
 そんなことをされてしまったら、卒業を控えているはずの麻乃の内申点に大きく響いてしまう。
 なにより、この研修の必須単位をもらえなければ、麻乃が学校を卒業するための条件を満たせなくなってしまう。それは、麻乃の人生を大きく左右してしまうほどの問題だった。
 
「でも、ここでの研修は受けたくないでしょう? あなたの反応を見ただけでもわかるわ」

「うぅ……ッ」

 新井さんは研修を受けるかどうかは強○をしていない。
 あくまでも、選択権は麻乃自身にある。
 本来なら、患者側という立場ではなく、看護師としての研修を受けさせてくれればいいのだが、その話をしても「規則だから」とあっさり却下されてしまう。
 閉鎖病棟といえば、あまりいいイメージはない。
 それは、ここに来た時の外観からも見て取れる。
 少しだけ待ってもらうように新井さんへ伝えてから、麻乃はしばらく、考え込む。

 考えて、考えて、考え抜いた結果に。

「あの、ここでの研修を受けさせてください」

 研修は受けてから帰る。という答えがでた。
 結局のところ麻乃が学校を卒業するためには研修を終わらせなくちゃいけないのだ。
 
「本当にいいの? 無理に受けても辛いだけよ?」

「はい、大丈夫です……!」

「それなら、この書類へサインしてちょうだい」

「わかりました……!」

 新井さんに促されるまま、麻乃は次々と書類へサインしていく。
 そこには、麻乃がどのような事例をもって閉鎖病棟へ入院することになるのか記載されていた。

 数分後。

 新井さんの案内で、麻乃は病棟の一階にある控え室へ移動していた。
 室内には長方形のベッドのような診察台と車イスが配置されており、テーブルの上には、これから麻乃が身につけるであろう拘束衣と名前も知らない道具がいくつか並べられている。
 壁にはロッカーが設置されていて、その内の一つに荷物を預けるように新井さんに指示された。
 言われたとおり、持っていたすべての貴重品をロッカーに預けると、私服もロッカーに預けるように言われる。「全部ですか?」と麻乃が問うと「そうよ」とあっさり答えられてしまった。
 裸になるのは嫌だったが、書類にサインも記入して了承してしまったのだから、仕方がない。
 麻乃はスカートから順に服を脱いでロッカーへしまっていく。

「……っ」

 スカートとブラウスを脱いでしまえば、麻乃の白く瑞々しい肌を隠すのは下着だけになった。
 新調したてのレースの下着も脱ぎ終えると、麻乃の恥部までもが空気に触れる。
 空調がしっかりしてるおかげで寒くはないが、女性同士とはいえ人前で裸になるのはやはり落ち着かない。
 左手で胸を隠しながら、ロッカーの扉を締めるとぴぴッと電子音が鳴なり、取手のランプが緑から赤に変わった。

「え……?」

 麻乃は呆気にとられながら、取手を引いてみるが、ガチャッと引っかかり、開く気配はない。
 もう一度試してみるが、やっぱり開いてくれない。

「大丈夫よ、心配しないで」

 麻乃の肩に手を伸ばしてきた新井さんがロッカーの説明をしてくれる。
 ロッカーには防犯システムが備わっており、専用の電子キーがなければ開かないらしい。
 現在麻乃が利用したロッカーの電子キーは新井さんが所持しており、麻乃が私物を入れ終えたから鍵をかけたとのことだった。
 それならそうと、最初に教えて欲しかった。
 研修に付き合ってくれている新井さんに文句を言うわけにもいかず、「こっちに来てくれる?」と指示をする新井さんのあとを麻乃は丸裸のままついて歩き、診察台のそばへ移動する。
 
「まずは、コレから着ていってもらおうかしら」

「これ……パンツですか?」

「そうよ」

 麻乃が受け取ったのは黒色の三角形の小さなパンツ。
 ゴムみたいにぴちぴちとした伸縮性を兼ね備えた生地で作られているが、引っ張ってもなかなか伸びず、生地が厚めで丈夫な作りであることが伺える。
 ゴム製のパンツなど初めてで、履いたらどんな感じがするのかわからず、ちょっとだけ胸のところがドギマギする。
 よく見てみるとクロッチの部分にはジーパンのようなファスナーが付属していて、ファスナーを開けるだけで排泄ができる仕組みになっているようだった。
 ファスナーを開けるだけでアソコが丸見えになってしまうような下着に思わず着用するかどうか迷ってしまうが、このまま丸裸でいる訳にもいかない。
 そう判断した麻乃は、両足を黒いパンツへ通していく。
 
「――ッ」

 サイズがなぜか子ども用みたいに小さくて、履くのに苦労する。
 パンツに足を通すだけでも、くるぶしだったり、ふくらはぎだったり、足にある凹凸部に何度もギュムッと引っかかってしまうのだ。
 肌に擦れさせながら、それでもなんとか股間に収まるまで引き上げる。
 完全に穿ききると三角形の黒いフォルムが麻乃の局部にぴっちりと吸いつくように密着してきた。
 通気性はほとんどなく、穿き続けたら汗で蒸れてしまいそうだった。
 さすがに汚れたりした場合は取り換えてくれるはずだけど、きっと同じ種類のパンツに履き替えさせられるのは間違いないだろう。
 次はどうするのか。と視線を新井さんへ戻すとテーブルに置いてあった拘束衣を引き寄せて、背面を大きく広げながら麻乃に向けてきた。

「これは、両腕を袖に通しながら着用してね」

 ぱっくりと開いたキャンバス生地には、ベルトや金具がいくつも垂れ下がっており、どこからどう見ても健常者が身に着けるような衣服ではないのがわかる。

 ——拘束衣。

 本人のための医療行為であったとしても、特定の状況に限定して装着することが許されている代物である。
 麻乃は別に何かの病気に罹っている訳でもないし、犯罪者のように何か悪いことをした訳でもない。
 だというのに、その拘束衣の抱擁の中へ麻乃は自ら身をあずけようとしている。

「あの……本当にソレ、着なくちゃダメなんですか?」

「川嶋さんが裸のまま研修を受けたいのなら、着なくてもいいのよ? 代わりに別の拘束具を装着することにはなるけど」

「うぅ……ッ、さすがにそれは、嫌です」

「それなら、ちゃんと袖を通して身につけたほうがいいわ」

 胸を隠す麻乃の指先が痺れるように震える。
 本当は、拘束衣を身につけたくなどなかった。
 しかし、拘束衣を身につけなければ他に肌を隠す手段がないし、結局拘束具を装着されるなら受け入れるしかない。

「……ッ」

 拘束衣を広げたままの新井さんに促され、麻乃は息をのんで両手を袖の中へ差し込んでいく。
 指先から腕に掛けてキャンバス生地独特の乾いた柔らかさが伝わってくる。
 そのまま一番奥まで両腕を差し込むと、両手を差し込んだ袖先は、閉じた袋状になっており、袖の先から帯のようなベルトがだらしなく垂れさがっていた。
 おまけに指に触れるキャンバス生地の厚みがさらに強くなった気がする。
 指先での作業ができないようにあえて、そのような作りにされているのだろうか。
 
「整えていくわね」

 麻乃の両腕が袖の中へ通ったことを確認した新井さんは、背後へ回ると麻乃の白い柔肌を閉じ込めるようにまばらに広がっていたキャンバス生地を引っ張って、拘束衣の背面を閉じていく。

「うわぁ……ッ」

 ズズッ、ズズッ、と新井さんが拘束衣の生地を正していくたびにキャンバス生地は柔道着のような柔らかい質感を麻乃の肌に擦りつけてくる。
 しかし、その心地よさを消し去るように、首元から裾と袖の先まで、身体のラインに沿うように縫いつけられているいくつものベルトの存在が、拘束衣を拘束衣足らしめるように肌そのものへ窮屈な圧迫感も与えてくる。
 その息苦しさに麻乃が「うっ」と喉を鳴らすと、首もとのタートルネックみたいなベルトに付属した金具がカラカラと鳴り響いて麻乃の鼓膜を刺激した。
 
「一応、サイズは他にも用意してたけど、思ってたよりぴったりね」

「ほんと、ぴったりですね……?」

 着る前はサイズについて何も聞かれなかったのだが、あらかじめ用意されていた拘束衣が麻乃の身体にぴったりなのに、新井さんも驚いてるようだった。
 それが不思議で肩をすくめると喉もとや肩、胸と腹部にも生地が馴染むように拘束衣がさらに正されていく。
  
「さて、次はベルトを締めていくわね」

「は、はい……っ」

 袖の中に閉じ込められた両手に気を取られて、胸の前でブラブラ振っていると背面の口を閉じるために首もとのベルトからキュっと締められてしまう。
 新井さんはその後も背中のほうで作業を続け、拘束衣の背面にある五つのベルトに手を伸ばしていく。
 そうやって、一つずつ順番に背中や腰などに付属されたベルトが締められていく中。麻乃の頭に一つの疑問が浮かび上がる。

「この拘束衣って、着せるのも脱ぐのも大変そう、ですね……?」

「確かにそうかもしれないわね。けれど、患者さんがパニックなんかを起こして突然暴れ出したときに人に危害を加えてしまったり、すぐに自殺しようとしてしまうこともあるから、ここの患者さんのほとんどは拘束衣を必ず着せる決まりになってるわ」

 背面にあるいくつかのベルトが締められ、露出していた麻乃の素肌はベージュのキャンバス生地の中に収まっている。
 肌が空気に触れていないことで、恥ずかしさは軽減したのだが、そのような重篤な患者さんが身につけることになる拘束衣を看護学生である麻乃が身につけていることに、新しい戸惑いが芽生えてくる。

「わたしは、その……暴れたりしないですよ?」

 胸が奥がもやもやして、不安になってしまった麻乃は、自分はそのような患者さんとは明確に違うことを告白する。

「そうね。たしかに川嶋さんは本当の患者さんじゃないから暴れないかもしれない。でも、これは患者さんの気持ち知るための研修だから、あえて暴れてみてもいいのよ?」

 新井さんはそのことを理解しているからこそ、麻乃に向かってあえて逆の意見を提案してきた。

「いや、さすがに乱暴なことはしたくないですよ……!」

「まぁ、そうね。どんな風に研修期間を過ごすのかは、川嶋さんの自由だから何事もなく大人しくしているのもいいと思うわ」

「そ、そうします――っん」

 不意に、バストの辺りが後ろから強く締めつけられ、麻乃の黒い瞳が拘束衣の胸元へ向けられる。
 いつの間にか、胸の下を横に割くベルトが豊満な麻乃の乳房の形を崩さないようにみぞおちへと密着していたのだ。
 形状からして、この拘束衣は女性用なのかもしれない。

「もう少し、締めるわよ?」

「あ、はい……ッ」

 新井さんがもう一度ベルトを締め上げると拘束衣の胸元がブラジャーのように麻乃の乳房の形を維持して吸いついてきた。
 大きく息を吸うと先ほどよりもアンダーバストにフィットするキャンバス生地がみぞおちを締めつけてくる。
 これだけぴったり乳房の形を浮き彫りにされるとかなり恥ずかしい。
 だが、その後も背面のベルトは次々と締められていき、裾の部位にあるウエストのベルトも固定される。
 しかし、拘束衣にはまだ他にもベルトが残っていた。
 首元から胸の間を縦に流れて、谷間の下で輪を作っている一段と幅の広いベルトがある。このベルトの輪っかは何のために用意されているのだろうか。

「あの、この胸のところにあるベルトの輪っかって――」

 背面のベルトの緩みを確認しながら微調整している新井さんに麻乃は聞いてみた。

「そうね。胸の前で交差するようにその輪に片手ずつ両手を通してもらえる?」

「こう、ですか……?」

 言われたとおり、谷間の下のベルトへ、麻乃は左右から交互に両手を差し込んでいく。
 閉じた袋状の袖が少し引っかかったが、両手を通すとお腹を抱きかかえるように、乳房を持ち上げる姿勢になった。

「そうそう、そのままね」

「あ……ッ!」

 何をするのかと待っていると、両肘の近くに移動した袖の先端にあるベルトを新井さんがグイっ、と背面へ引っ張ってしまう。
 両腕を組んだまま、左右の手のひらを肋骨に這わせるように拘束衣の袖が移動させられ、袖のベルトが麻乃の背面で固定されていく。

「んぅ……ッ」

 ギュッ、とベルトが締まりこみ、背骨の高いところに圧力が加わる。胴体から腕を動かそうと引っ張っても、袖のベルトが背面で固定されたせいで麻乃の両腕は、お腹で組んだまま動かせなくなってしまった。

「こっちも締めちゃうわね」

 そのまま流れ作業のように両腕を挿入した谷間の下のベルトも、新井さんはギュッと締め上げてしまう。
 そうすることで、麻乃の両腕に十字方向からの締めつけが加わり、自らの腕で胴体を圧迫するように固定されてしまった。

「腕を拘束するためのベルトだったんですね……?」

「そうよ。そのベルトがあるだけで、拘束力が何倍も変わってくるの」

 たしかに谷間の下のベルトは、腹部で交差している麻乃の両腕を纏めるようにキッチリと締め上げている。このベルトの存在があるから、麻乃の両手は拘束衣と一体になり、腹部から上に持ち上げることができない。
 たとえ、両腕を動かすことができたとしても左右に向かってわずかに揺れるくらいだ。

「これ、本当に腕が動かせない……っ」

「えぇ、でも、まだ途中よ」

 麻乃にとっては、その拘束だけでも十分な拘束に思えた。
 これ以上拘束しなくたって、両腕は胸の前から動かせることはない。

「——えっ」

 それなのに、新井さんは拘束衣の上腕の外側に縫いつけられているベルトに付属したリング状のバックルに、背面から引っ張ってきた新たなベルトをくぐらせ、盛り上がった麻乃のバストを真横に押しつぶすように二の腕を胴体に固定してしまう。

「うわぁ……ッ」

 長袖のジャケットのような形状をしているこの拘束衣には、薄い生地の部位が簡単に破けてしまわないように各所を補強するように縫いつけられているベルトがある。
 それが、格子状のように拘束衣の上を這いまわっているから、通常の衣類のような伸縮性は確保されていない。
 おかげで麻乃が少しでも二の腕に力を込めると、おっぱいの上を締めつけるベルトが胴体を圧迫し、息苦しさを与えてくる。

「次は股のところにも通すから、ちょっと、くすぐったいと思うけれど我慢してね」

「ま、まだあるんですか……?」

「これで最後よ」

 新井さんが次に手を掛けたのは、肩から縦に流れるように両胸の上を真っすぐ降りながら、拘束衣に縫い付けられている二本のベルト。
 そのベルトは拘束衣の裾から股のほうへ飛び出して、麻乃の膝のあたりに垂れ下がっていた。
 新井さんは慣れた手つきでその二本のベルトを黒いパンツを履いている麻乃の股の下に通して、左右の鼠頸部に合わさるように這わすと、背面にある裾のバックルへ繋げてしまう。

「引っ張るわよ?」

「――ぁんッ!?」

 ギュッと、ベルトが締められた途端に、お尻が一瞬持ち上げられる。
 鼠頸部に深く食い込む二本のベルトの締めつけがじんわりと股間の周囲へ拡散していく。
 それに加え、胴体を包み込む拘束衣の重みが全身を包むように伝わってきて、麻乃の華奢な身体は四方八方から圧縮されたみたいに締めつけられていた。
 自分の身体がキャンバス生地によって別のものへ作り替えられていく歪な感覚に、踵からぞわぞわしたものが下腹部へ向かって這い上がってくる。

「ふふ、拘束衣すごく似合ってるわね」

「ひっ」

 ――ギッ、キギッ。

 囁かれた言葉に、麻乃は思わず、両腕から肩にかけて力を入れ、拘束衣の縛めに抗った。
 しかし、拘束衣に閉じ込められた麻乃の身体はただ無力な肉塊に成り果ていた。

 「――――ッ」

 その事実を知り、急に胸のあたりが締めつけられる。

 なぜなら、この拘束衣はどう考えても自力では脱げないのだ。

 どれほど麻乃が渾身の力で抵抗してみても、お腹を抱きかかえるように固定された両手はびくともせず、背中で締めあがるいくつものベルトが声高に、「お前を逃がさないぞ」と自己主張を強めてくるだけ。

 どうして、こんなものを着てしまったのだろう。

 なぜ、疑問も抱かず、受け入れてしまったのだろう。

 脳裏に焼きついてくる後悔の嵐が瞬く間に麻乃を不安にさせてくる。

「さて、次は――」

「あの……っ! この拘束衣って、いつまで着用してることになるんですか?」

 麻乃は乾いた唇に舌を走らせて、テーブルの上にある装具へ手を伸ばそうとしている新井さんに質問を投げかけていた。

「そうねぇ、入浴のとき以外は常時着用する決まりになってるわ」

「それって、つまり……?」

「二日後の研修最終日にある入浴までは、そのままってことね」

「そんなぁ……!」

 研修期間は二泊三日。
 今日も合わせると研修が終わるまで三日間ある。
 その間ほぼ全ての時間を拘束衣の姿のまま過ごすなんて、絶対に嫌だった。
 しかも、このまま二日間もお風呂にも入れないなんて、イジメだ。

「大丈夫、さっきの書類に書いてあったように川嶋さんは私たちに看護されるだけだから、変に心配する必要はないの。どうせ、ほとんどベッドの上で寝ているだけだし、必要なことはなんでもしてもらえるから安心して」

「うぅ……ッ」

 テーブルから離れ、麻乃のそばへやってきた新井さんは、拘束衣に包まれている麻乃の肩へ手を添えたかと思うと、そのまま首筋へ指先をゆっくりと這わし続ける。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。ちゃんと患者さんと同じように扱ってあげるから――あら、ここちょっと緩いみたい」

 新井さんは麻乃の黒いショートヘアをさわさわと軽く撫でると拘束衣の歪みを見つけたらしく、背面に回って、ベルトの締め具合を確認していく。
 できることなら、麻乃は今すぐに拘束衣を脱いでしまいたい。しかし、書類にサインをした以上。今更になって拒否するわけにもいかない。

 ——ギ、ギギッ。

 麻乃が頭を悩ませている間にも、拘束衣が緩んでいる個所のベルトをギュっと締め直し、僅かな綻びがないように新井さんはベルトを微調整していく。
 先ほどにも増して、麻乃の肌に拘束衣が密着して馴染んでくる。

「さて、時間も迫ってきてるし、そろそろ急がなくちゃマズイわね。次はこのマスクを口に咥えてもらおうかしら」

「な、なんですか……? それ……?」

 新井さんの手にある道具は、分厚い革マスクのような茶色いカバーから、左右上下のあらゆる方向に細長い革の帯が伸びている装具だった。
 よく見てみるとマスクの中心部の内側には、黒色の突起が飛び出しており、その突起はシリコンのような見た目で中芯部に穴が空いている。
 逆に、シリコンの突起がある外側には銀色のリングのついた金具で蓋がされており、蓋を開けると突起物の穴と繋がっているみたいだった。

「口を保護するためのフェイスクラッチマスクよ。今回の川嶋さんのケースだと、妄想が酷かったりして、大声で突然叫んだり、人にかみついたりするから、舌をかんだりして怪我しないようにこのマスクで口を保護をすることになっているの」

「保護……ですか? けど、わたしは妄想なんて起こさないし、叫んだり、噛みついたりもしないですよ?」

「そうね。わかってるわ。これはあくまでも研修よ。だから、川嶋さんは患者さんの気持ちを知るために装着することになるわね」

「ですよねぇ……」

 新井さんの手にある口枷を麻乃は咥えたくはなかった。
 しかし、現在麻乃が受けている研修は最近若者に多くなってきた重度の統合失調症を想定した看護される体験ということになっている。

 そう、これは研修。

 あくまでも麻乃は“閉鎖病棟に入院する患者”という立場なのだから、新井さんから施されるものは、すべて医療行為に他ならない。
 目の前にかざされている口枷を咥えたくないが、あくまでも医療行為。
 それら全てを受け入れるという書類にサインをしてしまったし、研修が始まってしまってる以上、麻乃が嫌だと思っても咥えなければいけない。

「はい、川嶋さん。口を開けて、深く咥えて」

「――ッ」

 自分に言い聞かせるように麻乃は脳内で理由を連ねてみるが、目の前に近づけられた黒い突起におもわず身体がたじろいでしまう。
 奥歯が浮いたまま、唇が震え、口がうまく開いてくれない。
 拘束された腕が拒否反応を示して、勝手に動こうとするが、麻乃の両腕は拘束衣に囚われていてお腹を抱えたまま動かない。
 目の前で起きている現実を否定したくなってきて、口枷から目をそらすように拘束された自分の腕を見つめてしまう。
 
「ほら、この次は病室に移動するんだから、ちゃんとしなくちゃダメよ? 警備員の人も待たせてるんだから」

「わかってるんですけど……ちょっと、拘束衣を着てから怖いっていうか……なんというかその、心の準備ができてない、です……ッ」

「たしかに、拘束されることは怖いわよね。それは私もよく知ってるわ。でも、もしも川嶋さんが今の研修を受けてなかったらそういう患者さんの気持ちも知れなかったのよ? だから、最後まで頑張って」

 新井さんに励まされ、麻乃はどうにかして目の前のマスクを受け入れようとするが。

「い、いや……っ、やっぱだめです……ッ、胸のところがドキドキしちゃって……もう少し待ってください……ッ」

「そう……それなら先に、車イスにでも乗ってもらおうかしら」

 新井さんの視線は、室内に不自然に置かれている車イスへ向けられた。
 ただ、その車イスは麻乃が知っている普通の車イスとは少し様子が違う。
 座席へ座った人を固定するための茶色い抑制帯——革製のベルト——がいくつも付属されており、普通の車イスよりも骨組みがしっかりとした頑丈な作りをしていた。
 大体の車イスは持ち運びを楽にするために折りたためる仕組みが備わっているのだが、この車イスにはその仕組みはなく、強度のみを重視した物々しさが感じられる。
 麻乃には、囚人を運ぶためだけに作られたような、歪な雰囲気を漂わす車イスに見えた。
 
「こ、これに乗るんですか……?」

「そうよ。研修中の川嶋さんの移動は、基本的に車イスのみの移動になるから」

「でも、これ……ベルトがいっぱいありますよね……?」

「まぁ、子どもを車に乗せるときのチャイルドシートみたいなものよ。移動中に患者さんが突然暴れ出して転落や転倒があると、危ないでしょう?」

「たしかに、そうですけど……」

「歯切れが悪いわね。書類にもこのことは書いてあったし、研修を受けるためにサインもしたでしょう?」

「うぅ……ッ、はい、そうです……」

 新井さんに対して、生返事をしているのは麻乃もわかっていたが、あまりにも顕著すぎたらしく、新井さんの声色が一段強まる。
 しかし、拘束衣を身につけてからドキドキが収まらなくて、目の前のことに集中することができないのだ。
 このまま研修を続けても、麻乃にとって良い収穫が得られるとは思えない。
 だから、研修を中止してもらいたいのだが、書類にサインをしてしまった手前、言い出すにも言い出せなかった。
 でも、曖昧のままでいるよりも、はっきりと麻乃の意志を伝えたほうがいいのかもしれない。
 そう、決意を固め麻乃が口を開こうとすると――

「あぁ、もう! いつまでもうじうじしてないで、ほら、こっちに来てさっさと座りなさいっ! 早くしないと時間が過ぎちゃうわ!」

「あっ――はいッ……!?」

 拘束衣の側面にあるベルトを新井さんに掴まれて力を加えられただけで、麻乃の足はコントロールを失い、トタトタと歩き出し、車イスの座席へあっさりと腰かけてしまう。

「あとは、座ってればいいからジッとしてて」

「わ、わかりました……!」

 新井さんは、車イスに付属されている抑制帯を麻乃の身体に合わせ、一つずつ金具へ固定していく。
 胸と肩。
 股と腰。
 最後に足首。
 たったそれだけで、麻乃は車イスに身体を固定され、座ったまま立ち上がれなくなっていく。

「ん……ッ!? あの、もう少し緩くできませんか?」

「ダメよ。移動の際は、しっかり固定する決まりだから」

 心なしか抑制帯の締めつけが強いような気がして、麻乃はベルトを緩めるように頼んでみたが、あっさり拒否されてしまった。

「うぅ……ッ」

 あっという間に麻乃は車イスに拘束されてしまい、新井さんのいったとおり、チャイルドシートに座らされた赤ん坊みたいになっていた。

「これから病室へ移動するけれど、その前にさっきの口枷も咥えなきゃね」

「……あ、あの、やっぱりわたし……ッ!」

「嫌がってもダメよ? 研修でも決まりは決まりだから。さぁ、次はちゃんと咥えてね」

「ンむッ――!?」

 研修の中止を願おうとした意図に気づいてくれず、新井さんは赤ん坊に咥えさせるおしゃぶりよりも大きく膨らむマスクの先端を、麻乃の閉じた唇にふれさせる。

「~~ッ!? ~~っ!」

 車いすに固定されているから、顎を引いて顔をそらそうとしても、背後にいる新井さんの手からは逃れられない。
 だから、口を必死に噤み続ける。

「ほら、どうしたの?」

 麻乃が一言でも言葉を発すれば、その隙に口の中へ押し込んできてしまいそうな緊張が漂っていて、奥歯が震えてしまう。
 
 ――やっぱり怖くて開けられない。

「もしかして、無理やり咥えさせてほしいのかしら……?」

「ち、ちがッ――ぅぐ!?」

「違うなら、ちゃんと咥えなさい!」

「んむ~~~~ッ!?」

 舌を圧しつけるように入りこんできた冷たいシリコンの柔らかい突起が歯茎の裏に収まってくる。
 口の中が異物で満たされていく感覚が受け入れられなくて麻乃の身体は反射的に暴れ出す。
 しかし、抑制帯によって車イスに固定されている麻乃の身体は、わずかに揺れるだけ。

「ほら、暴れないの」

 麻乃が深く突起を咥えこめるように、麻乃の顎をホールドしながら、口元をしっかりと抑えつけるように口枷を奥まで押しこんで、新井さんは左右の革紐のバックルを調節していく。
 シリコンの突起は、麻乃の小さな口の中を埋め尽くすには十分な代物で、口に咥えるだけで言葉を奪っていた。
 
「んッ――あぅ……ッ!? ン、んううッ!」

 下を向いたり、左右に振ったり、と麻乃が嫌がるように頭を動かしたところで意味はない。
 鼻の下からほっぺたの周りにまで、柔らかい革のカバーが密着し、頭の後ろでキュっと革紐が留められてしまうと、舌が突起のポケットに収まり、押し出すことも、吐き出すこともできなくなった。

 しかし、カバーから伸びている革紐はそれだけではない。

 口もとの革帯と繋がる逆Y字の革紐が、麻乃の眉間を通り、頭頂部を抑えつけるように頭の後ろで固定され、さらに、頬の左右の革帯から伸びる革紐が顎下で交差しながら首の後ろで固定される。
 口で呼吸をすることもできず、ドクドクと鳴り響く鼓動に合わせて、ふすーっ、ふすーっ、と麻乃は鼻呼吸を繰り返すことしかできない。
 それが嫌で、マスクを外そうにも、両手は拘束衣によって完全に拘束されており、腹部で腕を組んだまま微動だにせず、僅かに揺れるだけ。

「暴れないって言ってたのに……川嶋さん暴れてたわね?」 

 胸の鼓動が激しく鳴り響く中。麻乃の紅く染まる顔を新井さんが横から覗き込んでくる。
 その顔は麻乃が抵抗することを見通していたかのようにニコっと微笑んでいた。

「ンぐ!? んぐうッ!」

 うるさいくらい鳴り響いている心臓の鼓動に抗うように、麻乃は精いっぱい身体を動かして、首を大きく左右に振りながら瞳を見開く。
 正直なところ麻乃は、抵抗するつもりなどなかった。
 ただ、突如として強引に口の中へ入ってきた異物に身体が反応してしまっただけのだ
 そのことを新井さんに伝えたいのだが、マスクに塞がれた口からはうめくような声しか発することができず、ふすぅーっ、ふすぅーっ、とただ息が乱れるだけ。
 
「そうやって拘束に抗うのも意外と楽しいのよね」

「~~~~ッ!?」

 さらには、その行為が何か別のものと勘違いされている。
 そう思って、麻乃はさらに首を振って、新井さんの言葉を否定するように何度も拘束に抗ってみせる。
 だが、拘束されている麻乃の身体は車イスの上で軋み声をあげるだけで、何一つ状況は変化しない。
 
「ングううう! ん、ン~~~ッ!」

 どんなに身体を揺らしても、麻乃を拘束している拘束衣の縛めは解けないし、今は口枷のせいで大きな声もだせない。
 拘束衣を着せられて、車イスに固定されて、口枷までも装着された麻乃は、新井さんのなすがまま。

「大丈夫よ。さっきも言ったけど、研修が終わるまで川嶋さんのことはちゃんと患者さんとして扱ってあげるから心配ないわ」

「……ッ!?」

 新井さんは、赤ん坊をあやすように麻乃の黒いショートヘアをポンポンと撫でてくる。
 それがなんとも言えない屈辱さを味合わせてきて、胸の奥がズキズキと痛む。

「さてと、それじゃあまずは病室へ向かいましょうか」

 新井さんは車イスのハンドルを握り、ブレーキを解除すると、麻乃の返事も聞かずに車イスを走らせる。
 車イスに磔にされている麻乃はそれに抗う手段は持ち合わせていない。
 自分の意志に関係なく、視界が強○的に移動させられていく。

「んむぅうう!?」

 連れていかれる病室がどこなのかわからず、声を上げる麻乃が背後にいる新井さんへ視線を向けると、部屋を出るときに「研修なんだから、存分に楽しんでね」と告げられた。
 つい忘れてしまいそうになるが、拘束衣に身を包み、車イスに固定され、口枷を咥えさせられている麻乃だが、これらはすべて研修のために行われていることだ。
 拘束衣も、口枷も、身に着けてしまったのなら最後まで研修を受けるしかない。

「――ッ」

 幾重ものベルトに締めつけられるマスクの内側で、口内を埋め尽くすシリコンを強く噛みしめながら、麻乃は覚悟を決めるしかなかった。

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-freya- 2023/06/05 14:55

閉鎖病棟体験その4~その5

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-freya- 2023/06/05 14:54

ご主人様とペットライフ

「アウッ! アウウッ!!」

 朝六時。起床の時間を告げるようにご主人さまが飼育しているペットが吠え始める。
 この声を合図に私――アンドロイド――の一日が始まります。
 
「アウうッ! アウッ!!」

「今、出してあげますからね」

 ケージの中で騒がしく吠えるペットをなだめながら、首輪と連動している装置のスイッチを切ります。
 これはペットのための目覚まし時計のようなものです。
 設定した時間に首輪から刺激を送り込むもので、ご主人様がペットのためにオーダーメイドで用意したものです。
 設定を変えることは私にはできないようになっているので、ご主人様が設定を変更しない限り、毎朝この時間にペットは起床することになっています。
 
「うぅ……ぁっ、うぅ」

 ケージの中に這いつくばるように寝そべるペットは、激しく吠え続け、疲れてしまったようでした。銀色にきらめく口からかわいらしい紅い舌をさらけ出して、息を整えているようです。しかし、このままという訳にはいきません。ご主人様のいいつけどおりにペットに餌を与えなくてはならないのです。

「さぁ、朝ごはんにしますよ」

 施錠を外してケージの入口を開き、ご主人様が予め用意してくださったリードを黒色の首輪に付属された銀色の金具へ取り付けます。
 以前はリードの使用はしていなかったのですが、昨日から私が独自に判断し、使用するようにしています。
 ご主人様に飼育を頼まれてから四日目にペットが脱走しようとしたのが事の発端です。
 ご主人様に設定された飼育プログラムを最後まで継続させるためにも、ペットを大切に管理しなくてはなりません。
 ですから、脱走の可能性が考慮される限り、リードを使用しての飼育は必要不可欠なのです。
 ペットが脱走を企てることがなくなれば、リードを使用することもなくなるでしょう。
 
「ひあッ! ほへ、はふひへえ!」

 しかし、ペットは首を横に大きく振ってケージから出ることを拒んでしまいます。
 困りました。これでは朝ごはんを食べさせることもできません。

「そんなこと言わずに、朝ごはんにしましょう」

「あううっ!! ひあぅッ!! はあううッ!!」

 リードを軽く引き、もう一度促してみますが、次は前足を使ってリードを外そうと抵抗してしまいます。
 リードを無理やり引っ張ることも考えましたが、それでは根本的な解決には至らないでしょう。
 どうやら、アレを使うしかないようです。

「仕方ありませんね」

 メイド服のスカートのポケットから、リモコンを取り出します。
 ペットがいうことを聞かないときはご主人様から託されたリモコンを操作するように言いつかっています。
 このリモコンは先ほどの首輪の装置を操作するものです。
 他にも多彩な機能が搭載されているのですが、今回は首輪の装置を起動するにとどめます。

「アウウウウウッッ!!」

 リモコンを見た途端にペットが大きく声をだして吠えてきますが、構わずに、弱。と書かれたスイッチを押します。

 ピッ。

「ヒャッ!? アウッ、アウウッッ!!」

 首輪から刺激を与えられて、苦しいようです。
 大きく首を横に振ってペットが抗議の声をあげてきますが、これは言いつけを守らないペットへのお仕置きです。その責任を私には負うことはできません。私はご主人様の言いつけを守っているにすぎないのです。

「これは、いうことを聞かないあなたへご主人様からのお仕置きです。指示どおりに動いてくだされば、このようなことはしません」

「ひあッ、ヒアフゥ……ッ!? アアッ、アウウッッ!!!」

 私の言葉が気に障ったのか、ペットは一層激しく抵抗の姿勢を見せつけてきます。
 リードを外すために革のグローブを履いた前足を動かし、銀色にきらめく口から、だらしなく涎をたらして床を汚していきます。
 床までも汚してしまうとは、本当にしつけがなっていないペットです。
 このままではご主人様に叱られてしまいます。

「はふひへえッッ!!!」

「わがままなペットですね」

 やはり、「弱」では効力は薄いようです。
 「弱」のまま継続して刺激を与えても、らちが明かないので、次は「中」と書かれたスイッチを押します。

 ピッ。

「アガッ!? あガァあああッッ!!!」

 ペットは姿勢を崩し、床に倒れながら、四肢を投げうつように悶え始めます。
 どれほどの刺激が首輪から流れているのか、私にはわかりません。
 ですが、これほど苦しい声を上げてしまうほど強い刺激であれば、お仕置きとして十分に効果はあると思われます。

「そのまま反省していてください。私は朝食の用意をしてきます」

「アガアアアッ、ゥガアアアアッッ!!!!」

 スイッチは切らずに、ケージを再び施錠してから、ペットの朝食の用意をします。
 準備を終えるまでの五分間。ずっと声をあげて吠えていましたが、全て無視しました。
 最初に警告はしましたし、昨日にも同じようなことをしています。
 同じ過ちを犯し、学習をしないペットが悪いのです。

 朝ごはんの準備を終え、ペットの元へ戻ると首輪を外せないことを理解したのか、四肢をなげうって悶えているだけになっていました。さすがにやりすぎたかもしれません。

「反省しましたか?」

「アウ……ッ! アウウ……ッッ!!」

 ケージの中で瞳に涙を浮かべながら、私の目を見つめて頷くようにペットが返事をします。
 どうやら、理解してくれたようです。これ以上のお仕置きは必要ないと判断し、首輪の装置をオフにします。

「あは……あッ、……ぅぅ、ぅ」

 刺激の余韻が残っているようでペットは未だにケージの中でぐったりしていました。
 ですが、このままでは朝ごはんの時間が少なくなってしまいます。
 ケージの施錠をはずし、リードを掴んでペットに立ち上がるように指示します。
 立位を保つのもおぼつかない足どりですが、歩けなくはないようです。

「うぁ……ッ、あぅ……あぅッ」

 ケージの中は唾液と涙でびちゃびちゃでしたが、あとで掃除をすれば問題ないでしょう。
 家事全般についても私のお仕事なので、責任をもって実行します。
 ちなみに、ペットが全身に着用している黒色のドッグウェアには自動洗浄機能があるので、ペットがどれほど粗相をしてドッグウェアを汚してしまっても清潔に保たれるようになっています。こちらについてはご主人様に感謝してもらいたいです。
 
「さぁ、行きますよ」

「……うぅっ」

「お返事は?」

「あう!」

「ふふ、いい子ですね」

 朝ごはんは至ってシンプルです。
 ご主人様が予め用意してくださったペット用の甘い流動食ととろみをつけた水です。
 現在、ご主人様が飼育されているペットは物を噛むことができないので、咀嚼する必要がない餌が用意されています。
 朝ごはんの際に私がペットへできることは餌の盛り付けと食べ終わった容器の洗浄です。
 上記とは別に脱走防止のため、近くの柱にリードを結びつけているのは私独自の判断で行っております。
 他にも独断で行っていることは多々あるのですが、全てご主人様のためにしていることです。

「うぅ……、うぅ……っ」

 器に盛りつけた流動食に顔を近づけて、銀色にきらめく口から紅い舌を伸ばし、丁寧に餌を食べていくペットの様子をじっと眺めます。
 ご主人様にペットの栄養管理を頼まれており、食事の栄養バランスは全て私が計算し、算出しています。
 本日は上手に食べていますが、最初のころは容器の外へ餌をこぼしたり、最後まで食べずに残してしまうこともあったので、注意が必要です。

 ペットの食べ残しについてご主人様からの指示は何一つありませんが、体型や体重にわずかな綻びが生じてしまうだけで、ペットが着用しているドッグウェアに支障をきたしてしまう可能性があります。
 つまり、食事をおろそかにするとオーダーメイドで作成されたドッグウェアが壊れてしまうこともあり得るわけです。

 ご主人様の大切なものを壊してしまえば、お叱りを受けるのはそれを管理しているアンドロイドの私であり、ペットに責任は問われません。
 ご主人様の指示がなくとも、ペットの最善の健康状態を維持し続けるのは、私の役目ということになります。

「今日は上手に食べてえらいですね」

「あうッ、あう!」

「ふふ、いいお返事です」

 ペットに使用している餌や生活物資全般はインターネット通販を使用し、勝手ながらご主人様のアカウントで定期購入をさせていただくことにしました。荷物の受領や管理などはアンドロイドである私でも可能になっておりますし、ご主人様から前もって、それらの権限は受諾しておりました。
 以前までそのような管理はご主人様に任されてはいませんでしたが、数日経過した今も、お叱りなどのお言葉は承っておりませんし、ご主人様の手を煩わせることもないので、特に問題はないのでしょう。

「ゥア……ッ!? ヒッ、うぁッ! アゥッ、アウウッ!?」

 器の流動食を平らげ、残りはお水だけになったところで急にペットが喘ぎ声を漏らしながら尻尾を激しく振り始めました。どうやら、アレの時間になったようです。

「間に合いませんでしたか……仕方ありません。お水はそのまま飲み切ってください」

 ヴィィィィィィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。

「アゥ……ッ、ゥゥ! アウっ……ッ! オウウッ!?」
 
 ペットの臀部、下腹部あたりから、低い振動音が鳴り響いてきます。
 これはペットの尿道、膣、肛門、それぞれに挿入されている機械が稼働し、体内に溜まっている老廃物を処理している音です。
 おかしい。とは思いますが、ご主人様が飼育されているペットは自ら排泄をすることができない品種のようで、このように機械で排泄の管理をしてあげなくてはいけません。

 ウィンッ、ヴィンッ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィイイイイイイイイイッッ。

「アゥッ、アウゥ……ッ! ア……ッ、あッ! オッ、オオぅッッ!!」

 体内に溜まっていた老廃物が処理されていく感覚はペットには気持ちのいいものらしく、いつも喘ぐようにかわいらしい声を室内に響かせてきます。
 水を飲みながら装置が稼働することは初めてでしたが、紅い舌を器用に使って上手にすくえているようで安心です。

「アッ、……ッ、アゥ……ッ、ハァ、アッ、……ッ!」

 この声を聞いていると、アンドロイドである私も不思議と癒されているような気持ちになります。
 どれほど気持ちのいいことなのか想像はできませんが、淫らに悶絶しながら、高くつき上げた腰を振っている様子を見る限り、相当な快楽を味わっているに違いありません。
 
「ウッ、ウウッ! ゥオ……オッ、オ、オ、オゥッ、ぅあッ、アウッッ!?」
 
 見ていてとてもだらしない行為ですが、ご主人様がペットのために一生懸命探し出し、手に入れた装置です。
 特定の決まった時間に稼働し、ペットの体内を清潔に保つことを目的とした全自動自立型の排泄管理装置。

 アンドロイドの私には排泄の必要性はよくわからないのですが、排泄という生理現象を伴ううえで、生活に必要不可欠な装置から生じる快楽を享受することはペットの義務であり、責任でもあると私は考えています。
 こんなにも大切に扱われているとは、羨ましい限りです。

 生憎、この状態のペットへお仕置きをするようには言いつけられておりません。
 ですから、老廃物の処理が終わるまでの二時間は、快楽に悶えるペットを見守ることしか私には許されていないのです。それだけは非常に残念でほかなりません。

 ヴィィィィィィッ、ヴィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。

 ウィンッ、ヴィンッ、ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴゥンッ、ヴィイイイイイイイイイッッ、ヴヴヴッ、ヴィイイイッッ。

 ペットが排泄の処理に悶えている二時間のうちに、ご主人様に任されている室内の掃除に手を伸ばし、可能な範囲で片づけます。室内の環境を清潔に保つこともアンドロイドである私に課せられた任務なのです。
 もちろん、いくらリードでつなげているとはいえ、ペットのことを放置しているわけではありません。必ずペットに目が届く範囲で室内の清掃に取り掛かります。

「うぁ……ッ、ぁぁ……ッ、ぅぅ、ぁ……はぁ、ぁ」

 すると、ペットの声色が穏やかになり、ぐったりとその場に寝転んでしまいました。
 どうやら、排泄の処理が終わったようです。
 時刻は朝の九時。
 ここからはペットの休憩時間です。
 朝ごはん。排泄。と続き、疲労しているペットの身体を休ませるために、漆黒のドッグウェアに備え付けられた別の装置が自動で稼働し始めます。

 このドッグウェアもご主人様が特別に用意したもので、体内に挿入されている装置と連動する仕組みになっており、着用者の身体の表面から排出される老廃物を処理し、エネルギーへ転換するシステムが搭載されております。
 他には血行を促進するマッサージ機能が搭載されており、着用者の健康維持に努めるようになっております。

 人は一生のうちに衣服を何度も着替えるものらしいですが、このスーツは着替えを必要としないシステムが備わっているので、あくせくと場面に合わせて衣替えをする心配をすることもありません。
 衛生面。精神面にも気を遣った安心設計のものを用意するとは、さすがご主人様です。

「はぁぁ、ぁぁ……っ、ぁぁ、ぅぅ……っ」

 アンドロイドには必要のない機能ですが、ご主人様やペットなどの生き物が長生きするための健康グッズということもあり、特定の人気を博している逸品です。
 ただし、私のような特別製のアンドロイドを購入できるような富裕層にしか手に入れることができない貴重なものらしく、その絶対数は限られているようです。
 それほど貴重な品を自らのペットに使用しているご主人様には頭があがりません。
 大切に管理されているペットが本当に羨ましいです。

「……あぅ、あぅ」

 一時間の休憩時間も終わり、十時になりました。
 全身のマッサージを受けたおかげで、ペットも気力を取り戻したようです。

「運動のために、移動しますよ」

「あう」

 私がリードを握り、軽く引くと、おぼつかない足取りですが四肢を上手に使ってついてきてくれます。
 銀色にきらめく口からは相変わらず涎を垂らしてしまいますが、仕方ありません、許しましょう。

「……あぅ、……あぅ」

 十時からは運動の時間です。
 健康を維持するためにも、日々の活動量を増やす必要があります。室内に篭りっぱなしで運動もせずにだらけることは生物に著しい体力の低下を起こしてしまいます。
 アンドロイドには関係のない習わしですが、ペットには必要不可欠なものと言えるでしょう。

 それに、ご主人様が飼育しているペットは室内専用です。なおのこと運動は必要不可欠と言えます。外への散歩などは一切お許しをいただいておりませんので、散歩代わりにペット専用の運動用の装置をご主人様が用意してくださったのです。

 人間もよく使う、ウォーキングマシーンというものです。
 この装置を使って、三十分の歩行運動をしていただきます。
 しかしながら、昨日は運動中に脱走を試みた前科があります。
 今回はウォーキングマシーンに首輪と連結しているリードを繋ぎ、さらにウォーキングマシーンから降りられないように左右には高透過ガラス――水槽や展示ケースに使われるガラス――で仕切りを用意しました。
 私の膝丈ほどの高さしかありませんが、ペットが飛び越えるには難しい高さなので問題はありません。

「さぁ、こちらに乗ってください」

「……あぅ」

 さっそく、ペットをウォーキングマシーンのベルトの部分に乗せ、リードをハンドルに連結します。
 ペットに視線を合わせると瞳を弱弱しく潤ませて、私を見つめてきます。どうやら、あまり乗り気ではないようです。
 しかし、これも健康維持のためです。ペットの飼育をご主人様に頼まれている以上やらないわけにはいきません。
 
「では、稼働させます。三十分間がんばってください」

「あうッ」

 パネルから速度を最低値に設定し、スタートボタンを押します。
 モーターが起動すると、ベルト部位がゆっくりと回転し、ペットの運動が始まりました。

「あぅ、あぅ、ぅぅ、あぅ……っ」

 初めてのころはウォーキングマシーンの上で歩くこともできていませんでしたが、回数を重ねたおかげで、本日は上手に歩けているようです。
 短い四肢を前後左右交互に動かし、リードが突っ張らないように、維持して歩いています。

「あ……ぅ、うぅ……っ、はぅ……っ!」

 五分。

「はふ……っ、ふぅ……っ」

 十分。

「はぁッ……はぁッ……!」

 時間が経過していくにつれ、動きに乱れが生じてきました。
 ハンドルとの距離が広がり、リードが突っ張るように伸び始めます。
 このままでは首輪がリードによって吊り上げられ、首が締まってしまうでしょう。
 ペットもそれがわかっているようで、必死に四肢を前後左右に動かして歩き続けます。

 十五分。

「ひっ、ふぅっ! ふぅーっ! あぅーっ!」

 二十分。

「あぅッ! はへッ! はぁッ! ああぅッッ!!」

 二十五分。

「はふへへッ! ひゃええッッ!! アぐッッ!? ぅぅッ、ぐぅっ!!」

 残り二分のころでしょうか。リードが完全に突っ張り、ペットの首輪を締め上げます。
 しかし、足元のベルトの動きはとまることなく稼働し続けるので、足を前に伸ばさなくては苦しみは継続してしまいます。
 以前はリードを付けていなかったので、ウォーキングマシーンのベルトから落ちたりしていましたが、リードを連結した状態で力尽きてしまえば、ベルトの上から落ちることなく引きずられることになります。
 そうなってしまえば、首輪によって延々と首が絞められ、呼吸を阻害されてしまうのは明白でしょう。
 ですが、それもすべてペットが脱走を試みたことが悪いのです。
 脱走などせず、与えられた役目を果たしていればこのようなことにはならなかったはずです。
 全て、自業自得の結果でしょう。

「ゥグウウッッ!! ……ガッ、はッ! ……ッああぅッッ!!」

 案の定、残りの一分はベルトに引きずられながら苦しそうに喘いでいました。
 もし、万が一にも呼吸が止まり、心臓が停止するようなことがあってもスーツが全自動で心臓マッサージを行い、人工呼吸をすることも可能なので、息絶える心配はありません。
 とてもハイテクですね。

「……はぁ、……はぁ、……っ、あ」

「ご苦労様でした」

「アゥッ……ぅぅ、ぅ……っ、はぁ……ぅっ」

 歩行運動を終え、疲れ果てたペットの身体にマッサージが施されているようです。
 著しく体力を消耗したあとなど、スーツの安全機能が働き、肉体へのストレスを軽減するシステムが備わっています。
 甘い声を漏らしながら、気持ちよさそうに床に伏せる仕草はとてもかわいらしいです。

 ご主人様からのご褒美ともいえる管理システムに羨ましささえ感じてしまいます。
 
「さぁ、自由時間ですよ」

「あう」

 運動後のマッサージ時間を終えると、ここから夕食までは、ペットの自由時間です。
 フローリングの床が広がる何もない六畳ほどの個室に移動し、自由に過ごしていただきます。
 この時間は、ご主人様の命令でペットに触れることは一切禁止されており、私は見守ることしか許されておりません。
 万が一のトラブルなどの際は「対応するように」とのことで、待機のみしています。
 ご主人様のいう「万が一」が起きないように努めるべきなのですが、触れることを一切禁止されている以上それは叶いません。

 そんなトラブルを生み出してしまう可能性を秘めたペットは、この時間中は疲れ果てて眠っていることが多いのですが、今日は昨日とどうように、前足の黒革のグローブを外そうと躍起になっています。
 編み上げ紐と幅広のベルトで固定してあるので、簡単には外れないのですが、どうしても外したいようです。

 ドッグウェアの上に装着しているこのグローブはペットの足を保護するためのものです。
 なんとも言い難いですが、グローブを装着していなければ、ペットは床の上に立位を保ち、歩くことさえ困難なのです。
 そのことをわかっていながらグローブを外そうとしているのですから、困ったものです。

「あぅ……っ、ぅぅ! あぅ、あぅう……っ!」

 フローリングの床に涎を垂らしながら、何度も何度も左右の前足をこすり合わせています。
 そうしているうちに、息切れをするペットの健康維持のためにドッグウェアのマッサージ機能が稼働し、銀色の口から紅い舌をだらしなく伸ばしながら、喘ぎ声を漏らし始めます。
 さらに、自由時間の間に挟まれている排泄時間とマッサージのタイミングが重なり、気持ちよさそうに腰を振りながら、よがり声をあげていました。

「ふぅ……ぅ、あふっ……うっ!」

 結局、グローブのベルトを緩めることもできずに時間だけが過ぎ去り、床に倒れながら二時間ほど眠りこけてしまいました。

「ふふ、かわいいですね」

 疲れ切ったかわいいらしい寝顔を眺めているだけで、満たされた気持ちになります。アンドロイドであるはずの私が満たされるという表現を使うなど不思議ですが、たしかにそう感じたのです。

 十八時になり、晩ごはんの時間になりました。
 朝ごはんと同様の流動食とお水を用意します。
 朝のように嫌がる素振りもなく、紅い舌を上手に使って餌を食べていきます。
 これだけお利口に動いてくださるとこちらとしても助かります。
 ペットが安心して毎日を暮らしていけるように最善を尽くしている甲斐があります。

「これからも毎日、面倒を見てあげますからね」

「アゥッ、……ぅぅ! はふッ……ふぅうッ!?」

 ヴィイイイイイッ、ヴぃ、ヴぃッ、ヴィイイイイイ。

 食事が終わったころに声を掛けると、本日三回目の排泄の時間が始まったようです。
 かわいらしい喘ぎ声を漏らしながら、腰を高く上げて、尻尾を振り回しながら悶え始めました。

 ヴィィィィィィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。

「アッ、アゥッ、アウウッ! ゔぅッ……オゥッ!?」

 顎を床に突き出して、銀色にきらめく口から紅い舌をだらしなく晒しだし、涎を床にたらしながら、ビクビクと腰を揺らしています。

「はしたない声を出して、そんなに気持ちいいですか?」

 ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴィンッ。

「アゥッ!?」

 私は一体何を言っているのでしょう。
 ペットの様子を見守ることが責務であるのに、だらしないペットの姿を見ていると自動的に言葉が発せられてしまいました。

「腰を振って、よがり、淫らに喘ぎ声を漏らしながら、気持ちのいいことをされて、満足ですか? 嬉しいですか?」

「アゥっ! アゥゥ!! ぅあッ、ぅ……あふうッ!!」

 足もとで声を荒げるペットは私の言葉を否定するように首を横に振っていました。ですが、快楽に身を委ねながら、腰を振ることはやめません。
 まるで私の言葉を肯定しているようではありませんか。

「大丈夫です。あなたがこれからも毎日そのように喘ぐことができるように私があなたを管理して差し上げます。自ら望んで腰を振り、一時の快楽を享受して、自分が何者であるか考えることもせず、何もかも全て、受け入れてしまえるように」

「あぅ! アゥウッ!!」

 黒革のグローブを履いた前後左右の足をバタバタ動かして、ペットはさらに私の言葉を否定してきます。必死に何かを訴えているその様子が何故か愛おしく感じてしまいます。

「どれだけあなたが否定しようと、どれほどあなたが抵抗しようと無駄ですよ。あなたが快楽に身を委ねて生きている事実は一生変わることなく、あなたの身体を少しずつ蝕み、本来のあるべき姿へと思考を変貌させていくことでしょう」

「アウウウウッッ!!!」

 このペットはご主人様のもの。ですが、今までも、これからも、見守り、管理し、飼育していくのは私の役目。それだけは誰にも譲ることができません。

「大丈夫です。安心してください。どのような姿でもあなたが最大限長く生きていられるように、私があなたのすべてをサポートして差し上げます。あなたは自らの欲望のままに生き続けるだけでよろしいのです。わずかな綻びは私が修正して差し上げますので心配する必要はありません。好きなだけよがり狂って、生き恥を晒しながら調教されていく自分を受け入れてください」

「ゥグウウッッ!!!」

「あなたは一生、私に管理されて生きていくのですから」

 ヴィンッ、ヴィ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ。

「~~~~~~~ッッ!!!」

 声にもならない咆哮をあげながら、ペットが力尽きました。
 尻尾をぶんぶん振り回しながら、ピクピクと腰を痙攣させて気を失っているようですが、尿道、膣、肛門で稼働する装置は動き続けています。おまけにドッグウェアのマッサージ機能まで稼働し、ペットの全身をなぶるようにあらゆる機能が稼働しているようでした。

「これはいけません」

 ご主人様が与えてくださっている快楽にもかかわらず、意識を失ってしまうとは、とても見逃せるものではありません。
 本来ならば、排泄時間は見守りのみの対応となっておりましたが、今後は見直さなければいけないようです。
 僅かな綻びは私が責任をもって修正していかなくてはいけないのです。

「起きてください」

 ヴィイイイイイッ、ヴぃ、ヴぃッ、ヴィイイイイイ。

「……ぅぅ、うう……っ」

「起きるのです」

 ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。

「……あぅ……ぅっ」

 リードを軽く引っ張り、覚醒を促しますが、装置の音だけが響いているだけで反応がありません。

「仕方ありませんね」

 床に這いつくばるペットを横目にポケットからリモコンを取り出します。
 きっと、軽い刺激では目を覚まさないのでしょう。
 初めての使用になりますが、今回は「強」と書かれたスイッチを押してみます。

 ピッ。

「――ッああ、アグゥゥゥああああああああああああッッ!!??」

 叫び声をあげながら、ペットが激しくのたうち回ります。
 
「これはお仕置きです。ちゃんと目を開けて、ご主人様からの施しを享受してください」

 ヴィンッ、ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴゥンッ、ヴィイイイイイイイイイッッ

「~~~~~~~ッ!!」

 その後もペットが意識を失うたびにリモコンを使用し、首輪の装置を起動させながら、ペットにご主人様のありがたみを二時間にわたって教えてあげました。


――――――――――――――




「本日はご苦労様でした」

「……あう」

 二十一時。ケージの傍までやってきました。
 ケージはペット一匹がギリギリ納まる程度の大きさですが、ペットという生き物は狭い寝床のほうが安心するようです。

「では、中へ入ってください」

「…………っ」

 私が指示を出したにもかかわらず、俯いたまま動こうとしません。

「就寝の時間ですよ」

「……あう」

 二度目の指示で、しぶしぶとケージの中へ入っていきました。
 入り口を施錠し、本日最後の挨拶をしてあげます。

「それでは、よい夢を。おやすみなさいませ」

 寝室の照明を落とし、ペットが完全に就寝する前に別室で様々な雑務を済ませてきます。
 直径三センチの鉄格子を使用したケージから外へ出ることは不可能なので安心して雑務に専念できます。

 二十四時。
 雑務を終えてから、ペットのいるケージをこっそり確認すると、スヤスヤと寝息をたててペットが眠りに落ちていました。
 銀色の口から相変わらず紅い舌をだらしなく伸ばしています。
 明日も、ケージの掃除は必要そうです。

「まったく、だらしないペットですね」




END

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ヒトイヌスイートプランを利用する女の子

「ねぇ、光瑠ちゃんってパパ活してるでしょ?」

 放課後の喫茶店で高城璃音に告げられた言葉は私を動揺させるのに十分だった。
 過去の記憶が走馬灯のように浮かんでは消える。
 どこから情報が漏れたのか。自分の記憶を頼りに色々考えるけれど、たぶん意味はない。
 私、三枝光瑠がサポート交際を行っていた事実は変わらないのだから。

「ちゃんと写真もあるよ」

 それは高城璃音が見せてきたスマホの画面にもくっきりと刻まれている。

「な、なんで……あんたがこんなの持ってんのよ」

 彼女のスマホにある写真は、五日前の日曜日に40代半ばの男性とランチを食べたときのものだ。
 琥珀色のストレートヘアーを肩まで下ろし、メイクやファッションを何倍も綺麗に見繕って本来の自分らしさを押し出すように煌びやかな衣装まで着飾ってる女の子は間違いなく私と同じ顔をしてる。
 学生姿の私を知っているクラスメートたちなら大人びた外見すぎて見向きもしないはずだけれど、高城璃音は違ったらしい。

「それはナイショ」

「……そう」

 こういう身バレが起きないように学校に通うときはあえて地味なメイクとファッションを心掛け、私は普通の生徒を演じてきた。
 メイクに気を遣いすぎると高嶺の花になりすぎて目立つし、逆に何もしなさすぎると名前もわからない雑草に成り下がりイジられキャラにされてしまう。
 そうならないように最善の注意を払って、丹精込めて梳いた髪をあえてポニーテールに束ね、田舎にいる学生のような芋っぽさを前面に押し出しながら悩みのない明るい高校生として振舞ってきた。
 クラスメートと親しめる中間的な立場を継続していくことはリスクもあったかもしれないけれど、高校卒業を控えた今の今まで誰にもサポート交際のことがバレたことはなかったし、周囲に迷惑を掛けた覚えもない。
 なのに、よりにもよってクラスで一番の不良少女である高城璃音にバレてしまうなんて最悪にもほどがある。
 彼女の口からクラス全体に私のサポート交際の噂が広まれば「パパ活女」って蔑まれるのは目に見えているし、それが教師に伝われば、私の学歴に傷がつくのは避けられない。
 どうにかしてスマホの写真を消してもらわないとこのままでは社会的な立場が潰えてしまう。
 
「……何が目的?」

 高城璃音といえば、麻薬の取引をしてるとか、風俗店で働いているとか、臓器を売り捌いてるとか、そういうヤバい噂でしか名前を聞いたことがない。
 私もサポート交際をしているから、まともではない側の人間だけれど、あくまでも交際をして楽しんでもらった分のお金を受け取っているだけで、犯罪までは手を染めていない。
 まぁ、ちょっとばかりエッチなことに興味があってそういうのに首を突っ込みそうになった場面はあったけど、本格的な行為には至らなかったからあれは、ノーカウントだ。

「大したことじゃないんだけれどね、あたしに付き合ってほしいの」

 ふふ、と口角を吊り上げながら高城璃音はこれでもかというほど明るく染めたサラサラの金髪を指で梳いて、蒼いカラコンの入った瞳を輝かせる。
 その様子は新しいおもちゃを手に入れた三歳児のようだった。

「悪いけど、危ないことは絶対やらないから」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ? あたしと一緒にホテルに泊まってほしいだけだし、それに最後まで一緒にいてくれたら写真は削除する。まぁ、途中で帰ったり、断ったりしたら写真は学校に送り付けるけどねー」

 高城璃音は横髪を指でくるくる巻きながら冗談めいたように笑うけれど、脅迫してくるような人間に警戒しないほうがおかしい。
 そして、彼女の言葉からして、わかったことがある。私に拒否権はないらしい。
 マジでどうしよう。
 このままだとめんどくさいことになりそうだ。

「……ちょっと、考えさせて」

「うん、コーヒーもあるしゆっくり考えて」

 何か逃げ道はないかと模索する私の前で高城璃音はブラックコーヒーの入ったカップを左手で持ち上げて桜色のリップを縁につける。
 なにも喋らず、制服も着崩してなければ、金髪碧眼のその仕草はどこぞのお嬢様って感じで上品さを漂わせてる。

「うん、おいしい」

 彼女に脅迫されるという形ではなく、友だちとして喫茶店に訪れていたのなら、もう少し違った雑談ができていたのかもしれない。
 実のところ、私は高城璃音のことをよく知らないのだ。
 教室で時々目が合うことはあったけれど、それ以上の関係になったことはない。
 言葉を交わしたとしても挨拶程度だったし、高城璃音にまつわる情報は、すべて噂だけ。
 だから、彼女が私をホテルに連れていってなにをさせるつもりなのかまったく検討がつかないし、なぜ私が目をつけられているのかさえわからなかった。

 学校には私以外にも危ない橋を渡りかけてる奴らはたくさんいる。そういう奴らは学校で教師の目を掻い潜りながら表立って行動してるから、悪い噂でもちきりの高城璃音と実にお似合いな関係を築けるはずだ。
 考えれば考えるほど、そっちを誘えばよかったのに、と謎の私怨が立ち込めてくるばっかりで、一向にこのピンチを乗り切るための作戦は浮かばない。
 関われば、ろくでもないことないことになるぞ、と私の直感が告げてくるだけだった。

「そういえば光瑠ちゃんってさ、お金に困ってたりするの?」

「……別に困ってないけど」

 高城璃音はカップを置くと興味ありげな眼差しを向けてくる。私はその眼差しから目を背けるように残り少ないカフェオレをストローで吸い取る。ここのカフェオレはミルク感が強くて結構好きな味をしてるから気持ちが落ち着く。

「そうなんだ? サポしてるからてっきり困ってるかと思ったんだけどなぁ」

「逆だよ。サポしてるから困ってないの」

「あぁ、なるほどねぇー」

 ヤバい、口が滑った。
 いつもなら、お金とサポのことについては適当にはぐらかして絶対話さないのに、考え事で意識を反らされてるせいなのか喋ってしまった。
 挙句の果てに氷しか残ってないグラスのストローを咥えてズロロと虚しい音を立ててしまう。めちゃ恥ずかしい。

「ならさぁ、あたしも光瑠ちゃんにお金払ってあげるってのはどう?」

 ……は?
 お金払うって言った?

「ホテルに一緒に来てくれたら、サポ代としてお金あげる。最後まで一緒にいてくれたら写真も削除してあげる。コレなら条件いいでしょー?」

 要するに、私をお金で買おうってわけか。

「あんた、マジで言ってる?」

「本気だよ。なんなら前金であげてもいいし」

 高城璃音はスクールカバンから有名ブランドの長財布を取り出して、そこから諭吉を何枚か抜き出すとテーブルの上に差し出した。

「一緒に来てくれたら、コレの三倍追加で出してもいいよ?」

 現時点でも諭吉が5枚並んでる。
 その三倍を出すってことは合計で20枚ってことになる。
 明らかにヤバい。
 ここまで高いサポはしたことないし、逆に怪しすぎる。てか、どんだけお金持ってんだ?

「本当に危ないことはしないの?」

「しないよ? 一人じゃ心細いから、光瑠ちゃんにも一緒に来て欲しいだけ、それに」

 何かを言おうとして私から視線を外すと高城璃音は周囲を物思いに確認する。周りに聞き耳立ててる人がいないかどうか探っているみたいだった。

「……それに?」

 首を傾げる私へ口元を隠すように手を添えながら高城璃音がテーブルに身を乗り出し口を開いた。

「すっごく、気持ちいいと思う」

「……はぁ?」

 確実に弄ばれた。
 意味がわからなくて若干怒りが溢れてくる私とは違って、高城璃音は悪戯が成功した幼稚園児みたいに整った白い歯を見せてニヤニヤ笑ってる。まさかコイツ、レズとかバイとかそっち系のやつなんだろうか。

「まぁ、これから行くホテルだけにしかない特別なサービスなんだけど、あたし一人で受ける勇気がなくってさぁ、光瑠ちゃんに一緒に受けて欲しいんだよね」

 一人で受けるのが怖い特別なサービスってなに?
 ますます混乱してきた。

「てか、なんで私なの?」

 ずっと気になっていたことも聞いてみる。
 高城璃音が私を選んだ理由を知りたかった。

「それは、光瑠ちゃんならアタシの秘密を守ってくれそうだったから、かなぁ?」

 先ほどまでの悪ガキっぽい表情から一転して、璃音は真顔で答えてくる。

「なにそれ、写真で脅しておいて何も説得力ないじゃん」

「だって、付き合ってもらっちゃったら写真は消さなきゃいけないし、口止めしておけないでしょ? つまり、終わったあとはアタシの秘密を握られちゃうってわけ。それなら、秘密主義の光瑠ちゃんが一番信用できると思ったんだよねー、変かなぁ?」

 私が考えていた答えの数倍は筋が通ってて気持ち悪い。てっきり、都合のいいオモチャを見つけたから弄んでやろうとしてるのかと思ってた。
 たしかに高城璃音がいうとおり、私は自分のことも他人のことも分け隔てなく秘密が外に漏洩しないよう心がけてる。なぜなら、秘密を破るのは碌でもないことって知っているからだ。
 完璧に見える繋がりも、一つの小さなヒビが亀裂を生み、大きく崩れ去ってしまう場面を何度もこの目にしてきた。
 秘密を守る誠実さは人間として必要不可欠な素質であることを理解してなければ高城璃音が放った言葉は出てこない。
 彼女の言葉すべては納得できない……けど。

「一理あるかも」

「ほら、光瑠ちゃんのそういうところが信用に値するんだよ」

 蒼い瞳をキラキラ輝かせて頬を緩ませる高城璃音が妙になれなれしく感じてしまう。
 彼女から見れば、私は同じ穴の貉なのかもしれない。
 もし、彼女が秘密についてリスクを負うつもりで声を掛けてきたというのなら、私もリスクを負うのは当然だと言える。

「だから頼むよー、光瑠ちゃんしかいないんだぁ」

 最後の一押しと言わんばかりに高城璃音は両手を合わせてお願いしてくる。
 もしも、この言葉が彼女の本心からのものであるとするならば、高城璃音が私の生活の障害にならないようにとるべき選択は一つしかない。
 彼女の秘密の一端を聞いた私がこの申し出を断れば、彼女は確実に、私を社会的な立場から蹴落とそうとしてくるはずだからだ。

「あんたの秘密がどういうものか知らないけど、さっき提示してきた条件は忘れてないよね?」

「うん、一緒に来てくれたら写真は削除するし、そこにある前金もあげる。終わったら残りの分もちゃんとあげるよ」

「……なら、その話し乗ってあげる」
 
「ふふ、決まりだねー」

 私と彼女の接点は写真だけしかないのだから、写真が消えれば、私と彼女の関係も消えてなくなる。一回きりの関係なら、今のうちに終わらせておいたほうがいいだろう。
 たぶんそれが今の私が選べる最善の選択だ。
 
「じゃあ、さっそくだけど行こっか」

「え? 今から?」

 高城璃音はテーブルの伝票を取り上げるとコーヒーの入ったカップを残して会計に向かおうとする。

「そうだよ、光瑠ちゃんならオッケーしてくれると思ってたから予約してあるんだ」

 いくらなんでも計画的すぎるでしょ。

「問題でもある?」

 フリーズしてる私に高城璃音が問いかけてきた。
 問題は大ありな気がするが、これ以上話をややこしくしたところで私にメリットもない。ここはとりあえず大人しく従ったほうが賢明だろう。早く終わるならそれに越したこともないし、マジでヤバそうなら写真のことなんて放っておいて引き返せばいい。

「大丈夫、親に泊まることだけ伝えておく」

「オッケー、じゃ先に行ってるね」

 スマホで「友だちの家に泊まる」と親にメッセージを送ってから、レジへ向かう。
 そのころには会計が終わってた。
 
「いくらだった?」

「誘ったのはアタシだから払うよ」

「いや、自分の分は出すし」

「だめだめ、そこはきちっとしておかなくちゃね」

 結局押し負けて高城璃音に奢られてしまった。
 店員さんに「ごちそうさまでした」と挨拶してお店を出てから、高城璃音にも「ありがとう」と言っておく。
 サポート交際をするような私でも、人に奢られたらお礼はする。

「いいよ。それよりもう来てたみたい」

「来たってなにが……?」

「お迎えだよ」

 高城璃音の見ているほうへ視線を移すと白くて大きな縦長の車が停まってた。
 どこからどう見ても高級車の風貌を携えているその車はリムジンっていう名前だった気がする。
 扉の前には白と黒の不自然な光沢を放つメイド姿の女性が立っていた。
 ショートボブに揃えた栗色の髪に端正な顔立ちをしたその人は、プロフェッショナルな大人の笑顔で一瞥してから、私と璃音にお辞儀した。

「お迎えにあがりました。璃音お嬢さま、光瑠お嬢さま」

「お、お嬢さま?」

 メイドさんの言葉に開いた口が塞がらない。目を凝らすと彼女のメイド服はゴムでできているように見えるし、何がなんだかわからなくて混乱する。

「光瑠ちゃん面白い顔してるね」

 そりゃ面白い顔にもなる。「お嬢さま」なんていう恥ずかしい言葉で他人に自分の名前を呼ばれたことなど生まれて一度も経験したことなんてなかったし、ゴムのメイド服も初めて見る。

「あんたってお金持ちなの?」

「いやぁ、アタシのメイドじゃなくてホテルのスタッフさんだよ。あと『あんた』じゃなくて親しみをこめて『璃音』って呼んでほしいなー」

「へぇ~……」

 名前の呼び方についてはどうでもいいけれど、ゴムのメイド服を着た女の人がホテルのスタッフさんとは驚きだ。
 お迎えにあがるほどのサービスとは、よほど高級なホテルであることは間違いなさそうだけれど、特別なサービスっていったいどんなサービスなのだろう。『すっごく、気持ちいいと思う』と璃音は言っていたが、謎は深まるばかりだ。

「どうぞ、お乗りください」

 私と璃音の話しに一区切りがついたところでメイドさんはリムジンの扉を開けた。「いつもありがとうございますカエデさん」とちゃっかりメイドさんの名前を発しながら璃音はリムジンの中に乗り込んでいく。その様子を他人事のように眺めていると「光瑠ちゃんも早くおいでよ」と璃音に急かされて、カエデさんを一瞥してから軽くお辞儀し、私も乗り込むことにする。
 
「うわ、すご」

 車内は純白と金色で統一された空間が広がっていて、ゴムのような甘い香りに満たされていた。
 普通の車と同じで天井は低いけど、奥行きは広い。奥のほうにソファーみたいな横長のカーペットがあり、まさにリムジンという高級車ならではの雰囲気を漂わせている。
 ただし、車内は光沢を放つ白いゴムで覆われていることだけは違和感の塊だった。
 
「光瑠ちゃん、こっちに座ろ」

 どこに座るべきか迷っていると奥にいる璃音に促され、隣に座ることにする。

「……うっ」

 手のひらが車のカーペットに触れるたびにギュチギュチとゴムの感触が伝わってきて背筋がゾワゾワした。
 そこへカエデさんが乗り込んできて扉を閉める。

「この度はヒトイヌスイートプランをご利用いただき誠にありがとうございます。お嬢さま方は移動の前にアイマスクの着用をお願いします」

 ホテルのサービス名のようなことをカエデさんは発してから、私と璃音にアイマスクを手渡してきた。
 なんとかスイートって言ってたような気がするけど、ゴム塗れの空間に気を取られていて聞き取れなかった。アイマスクもエナメルっぽいゴム製でできてる。意味わかんない。

「どういうこと?」

「移動中は目隠しをする決まりなんだよ。特別なサービスだから、所在地は秘密になってるの」

「……いや、そういうことじゃなくってさ」

「大丈夫だよ、心配ないって」

 ゴムだらけのことについて璃音に聞きたかったのだけれど、伝わらなかった。
 どう考えても不安しかないけれど、璃音は笑いながらアイマスクをつけてしまう。
 蒼い瞳が黒いゴムの膜に隠されて、テレビのロケを受けるタレントさんみたいな見た目になっていた。

「さぁ、光瑠お嬢さまもお願いします」

「……わかりました」

 カエデさんに促されて私も渋々アイマスクを着用する。当たり前だけど何も見えなくなった。
 アイマスクを使うとよく眠れると噂で聞いたりするけれど、たしかにこれほど視覚情報を遮るならありかもしれない。ゴムじゃなければの話だけれど。

「では、発車いたします」

 走行中は特に会話というものもなく、リムジンは数十分ほどで目的地に停車した。
 アイマスクを外したい衝動に駆られるけれど、まだアイマスクは外さないように、とカエデさんからレクチャーされたからどうすればいいか合図を待つ。
 ガチャ、とリムジンの扉が開く音が聞こえると「光瑠お嬢さまは私が手引きいたしますね」とカエデさんのゴムに包まれた細長い指に手を取られ、ゆっくりと車を降りていく。

「そのまま、ついて来てください」

「あの、璃音は?」

「璃音お嬢さまは私がお連れいたします」

「え、もう一人いるの?」

「申し遅れました、私はツバキと申します。以後お見知りおきを」

 視界が塞がっているから姿までは見えないけれど、どうやらカエデさんと同じホテルのスタッフさんらしい。規則正しい言葉遣いから想像するにカエデさんとおなじくゴムのメイド服を着ていそうだ。「アタシは心配ないよー」と璃音の声も後ろから聞こえてきて一人で連れていかれるわけじゃないことを理解してちょっと安心する。

「では、光瑠お嬢さま。参りましょう」

「はい」

 カエデさんに促されて歩みを進めるが、真っ暗の視界のまま他人の手を頼りに歩くというのは中々に恐怖心をくすぐってくる。
 一歩ずつ地面を確認しながら歩いていても、どこかで床を踏み外してしまいそうな予感が脳裏によぎっては消える。
 おかげでカエデさんのゴムに包まれた手をぎゅっと強く握ってしまったりする場面が何度かあったけれど、そのたびにカエデさんが身体を支えてくれるから足を踏み外すことはなかった。

「アイマスクをはずしていいですよ」

 カエデさんの手が離れたから、指示通りアイマスクを外す。

「うわ、なにここ!?」

 そこは想像していたホテルの空間ではなかった。
 
 右側にはダンスの練習場みたいに一面が鏡で覆われた壁があり、周囲は白と黒を基調としたモノクロタイルの壁が佇んでいる。
 それらを挟みこむように天井は白一色で、床は黒一色に覆われていた。
 やはりというべきか、鏡以外はゴムで作られているようだった。

 白と黒が入り乱れる異世界に迷い込んでしまったような違和感に現実との区別が曖昧になる。
 私が想像していたのは、きらきら光る豪華な装飾を施された照明や壁があって、名前もわからない絵画が飾られていたり、床は幾何学模様のペルシア絨毯などが敷かれている高級ホテルだったのだけれど、全然違った。

 目の前に映るすべて、そのどれにも当てはまらなくてガッカリしてしまう。
 私はとんでもないところへ来てしまったらしい。
 
「光瑠ちゃん、こっちに荷物預けるよ」

 いつのまにか入ってきてた璃音に鏡とは反対側にある部屋の隅っこへ来るように手招きされる。そこだけ白黒の壁に鋼鉄製の扉が備え付けてあるように見えた。
 私が歩み寄っていく間に璃音の隣にいるもう一人のメイドさんであるツバキさんがその扉を開けて、璃音から受け取ったスクールカバンを中へ収納してる。ツバキさんの外見はカエデさんを見習ったような装いをしていて、はたから見ると姉妹のように見えた。
 ぼーっとしていると「お預かりしますね」とツバキさんに私のスクールカバンも収納されてしまう。どうやら、この鋼鉄製の扉は荷物を預けるためのロッカーのようなものらしい。
 さらに横からカエデさんもやってきて、入り口にあった私と璃音の靴を収納スペースへ入れてしまう。おまけに璃音はなぜか制服のブレザーに手を掛けて衣服を脱ぎ始めてた。

「な、なんで脱いでんの?」

 乳白色の柔らかそうな肌が開け放たれたブラウスから露出して水色の下着が見え隠れする。女の子同士とはいえ何も言わずに脱がれるのはさすがに困る。っていうか、何故脱ぐ必要があるのか説明してほしい。
 やっぱそっち系なんだろうか。

「これから着替えるから、服も全部預けるんだよ。光瑠ちゃんも早く脱いじゃって」

「……まじ?」

 スカートもブラウスも脱いでしまったら、残るのは恥部を隠すだけの布切れだけになるというのに、璃音は遠慮なしにすべて脱いでロッカーの中へ収納していく。羞恥心って奴は持ち合わせていないらしい。
 璃音が痴女っていう噂はあながち間違いじゃなかったかもしれない。

「ほら、カエデさんとツバキさんが待ってるよ? それとも、二人に脱がしてもらう?」

 璃音の言葉に二人へ視線を向けると「いつでも脱がせますよ」という凛々しい面立ちを私に向けてくる。

「いや、自分で脱ぐからいい」

「じゃあ、早く裸になっちゃって」

 急かしてくる璃音にちょっとイラつく。
 ニヤニヤ笑ってる様子からして動揺してる私を見て楽しんでるみたいだ。
 今ここで殴ってしまいたい衝動に駆られるけれど、カエデさんとツバキさんが見ているからやめておく。
 いまいち状況は理解できていないけれど、制服に手を掛けて璃音と同じように衣類を脱ぐことにした。
 私は痴女じゃないからね?

「お、やっぱ光瑠ちゃんってスタイルいいね。お肌もスベスベで毛の処理もしっかりしてるみたいだし、ジムとか通って鍛えてたりするの?」

 下着姿まで制服を脱ぎ終えたとき、酔っ払いのオヤジみたいに振る舞う丸裸の璃音がじろじろと私の身体を視線で舐めまわしてきた。その目は明らかに品定めをしているようにしか見えない。

「ちょ、変な目で見んなっ!」

 胸をターゲティングしてる蒼い瞳から咄嗟に胸を隠す。他人に見せるために頑張ってきたわけじゃない。

「いいスタイルしてるんだから、別に隠さなくてもいいのに〜」

 口をすぼめながら璃音はぷるぷる揺れる自分のおっぱいは隠さずに、腕で隠してる私のおっぱいを覗きこもうとしてくる。ホント、タチが悪い。
 痴女というよりも変態オヤジかもしれない。無理矢理にでも話題を変えないとずっと身体について色々と聞かれそうだ。

「うるさい……っ! てか、あんたもスタイルいいじゃん?」

「え、光瑠ちゃん褒めてくれた? 超嬉しいんだけど」

「別に褒めてない、客観的な事実を言っただけ」

「えへへー、照れ屋さんなんだからぁ〜」

「だから、うっさい……っての!」

 マジで褒めたつもりはないけれど、胸は璃音のほうが私よりも大きいのは確かだ。
 同年代で自分のFカップよりも大きいサイズを見たことがないからわかる。
 おまけに手足の締まり具合と身体の曲線や腰のくびれからして璃音は相当絞ってる。毎日運動をしたり、栄養制限を設けたり、様々なところで気を遣っていないとここまでの体型は作れないはずだ。
 背の高さも私と大差ない。こうしてみてみると私と璃音はほぼ同じ体型をしているのかもしれない。
 意外にも努力家なのだな、と璃音の評価は改めながら脱いだ下着をロッカーの中に入れる。ポニテに結んでる髪留めをどうするか迷ったけど直すのも面倒だし、外さずにそのままにしておいた。

「では、閉じますね」

「あ、はい」

 横にいたツバキさんが鋼鉄製の扉を閉めるとピピッと音が鳴りガチャンッ、と鍵のかかる音がした。数秒の沈黙を得て、目の前で起きたことに疑問が浮かび上がって、気づく。

「ちょっと待って」

「どうしたの?」

 セミロングの金髪を揺らして首を傾げる璃音の問いかけなど気にもとめず、ロッカーを開けようとしたのだが。

「開かないんだけど?」

 把手はロックされており、いくら扉を開けようとしても開いてくれない。鍵を持たずに家の外へ閉め出された気分だ。

「サービスが終わるまではロックされるんだよ」

 それをあたりまえって感じで言われる。

「早く言ってよ!」

「言ってなかったけ」

「言ってない!」

 胸を隠す腕の力が強くなる。
 こんな訳の分からない空間で裸になるだけでも恥ずかしいのに荷物が自由に取り出せないなんて酷すぎる。
 鍵を閉められるとわかっていたら、せめて下着だけは身に着けていた。

「光瑠お嬢さま、こちらにお召し物をご用意いたしましたのでどうぞいらしてください」

 そんな私の気持ちを察してくれたカエデさんが、用意されている着替えのもとへ来るように手招きしてきた。
 璃音よりカエデさんのほうが頼りになる。
 全裸から解放されたい私は、奥にいるカエデさんのもとへ駆け足で移動して、

「こちらが光瑠お嬢さまが着用するラバースーツです」

 目の前に広げられたキャットスーツみたいな黒いゴムスーツを見て足を止めた。

「な、なんですかそれ?」

「ラバースーツです」

 顔色一つ変えずにカエデさんは復唱するけど、ぜんぜん説明になっていなかった。
 ラバースーツってなに?

「きゃ、キャットスーツ……なんですか?」

「そうですね。キャットスーツをラバーで作った、というところでしょうか」

 カエデさん曰く、全身にドレッシングエイドという潤滑液を塗ってから着用するラバー製のキャットスーツらしい。
 ラバーの生地を肌に密着させるために私の身体よりも少し小さめのサイズを用意してあるとかなんとか説明されたが、右から左に話が抜けていく。カエデさんの後ろにある作業台のようなテーブルには他にも名前のわからない道具がたくさん並べられていた。

「光瑠ちゃんって、ラバースーツ初めてだった?」

 あとからやってきた璃音は、まるで私が経験済みだと思っていたかのような口振りで話しかけてくる。

「こんなスーツ知らないに決まってるでしょ」

 レザーのキャットスーツなら、パパ活してたおじさんからプレゼントされたことがあり、恥ずかしい見た目をしてたけど好奇心から自室で試着してみたことがある。
 でも、あれはフロントにジッパーがあって前開きになるタイプだったし、手や足先にまで生地はなかった。
 このラーバースーツをよく見てみると、クロッチの部分にしかジッパーがないし、手も足も完全に包み込んでしまう仕様になっている。おまけに私の知っているキャットスーツよりも小さくて薄っぺらくてテカテカしてた。まさに完全にゴムって感じだ。
 これだとラバーの生地が皮膚に密着して、着用してもストッキングのように裸同然のラインが維持されてしまうのではないだろうか。
 表面がツルツルしてて滑らかだし、コレを身に着けるのは裸よりも恥ずかしいような気がする。

「着るの結構難しいから、カエデさんに手伝ってもらってね。アタシはツバキさんにやってもらうから」

「まさか、着なくちゃダメなの?」

「別に着なくてもいいけど、裸のままでいるつもり?」

「それもいやだけどさぁ……」

「だったらほら、ちゃんと着せてもらってよ」

 璃音と話している間にも、カエデさんとツバキさんはそれぞれにドレッシングエイドという液体を手に取って用意していた。
 二人の手を黒く染めているゴムがテカテカと光沢を放ち、天井の照明を反射して妖しく光る。

「……うわ」

 どうして気づかなかったのだろう。
 カエデさんとツバキさんの二人はゴムのメイド服の下にラバースーツを着用してる。
 私たちの正装です、と言わんばかりの振舞いに、今の今まで気がつかなかった。

「光瑠お嬢さま、準備はよろしいですか?」

 頬をひきつらせてる私に気を遣ってくれているのかどうかわからないけど、璃音の下半身にドレッシングエイドを塗布しているツバキさんとは違ってカエデさんは待機してくれている。
 この空間にいる人間で目の前で起きている状況に抵抗を示しているのは、私だけしかいないらしい。
 想像していた状況の何倍も意味不明だけれど、璃音に付き合うことを条件として取引をしてしまったし、ここまで来たのに引き下がるというのもなんだか癪だ。
 それに、こんなにも意味不明な見た目をしてるラバースーツがどんな着心地なのかちょっと気になってしまった。

「……もう、カエデさんにお任せします」

「かしこまりました」

 意思確認を終えたカエデさんは、私の足にドレッシングエイドという液体を丁寧に塗り込んでいく。
 ラバーに包まれた細い指が足を這いまわって、液体が肌に馴染んでいくのがわかる。
 他人に身体を触られるのっていつぶりだろう。

「上は光瑠お嬢さまご自身で塗布してください」

「わ、わかりました」

 ドレッシングエイドを手のひらの上に出してもらい、腕や肩、胸周りなど、デリケートなところは自分で塗っていく。
 ローションだとヌメヌメしてて滑りが良すぎるけど、これはさらさらしてる。
 ローションとは成分が違うらしい。
 結構な量を全身に塗り込んだところでカエデさんからラバースーツを渡された。
 そのまま説明されるままに首の部分から、足先にあたる部位までを手繰り寄せていく。

「まずは片足を入れてから、爪先が底に当たるまで引き上げてください」

「は、はい」

 カエデさんに説明されるままに爪先からストッキングを履くように黒い膜の中へ右足を突っ込んでみる。
 ギチチッ、とラバーが肌に擦れて変な音が足先から太ももへ伝わってくるし、空気が邪魔をして上手く入っていかない感じがしたけれど、ラバースーツを手繰り寄せつつなんとか奥まで足を到達させた。

「お上手ですよ」

「あはは……」

 カエデさんに褒められたけど、苦笑いする。たしかにラバースーツにはちょっと興味はあるが、この行為を全面的に受け入れたわけじゃない。あくまでもお試し中って感じだ。

「んっ……と」

 残っていた左足もいれて、さらに上に引き上げていく。今にも破けてしまいそうな薄い材質だから、壊れてしまうんじゃないかと少し不安になる。けど、「思い切りが大事ですよ」とカエデさんに唆され、その通りに引っ張り上げる。

「うぁ……っ!」

 まだ両足だけなのに、ピチピチに肌に密着するラバーの感触がヤバい。ストッキングの締め付けとは訳が違う。肉の形を極限にまで絞ってしまうような圧迫感が常に足を掴んで放してくれない。
 このままラバーの膜に全身を入れてしまったら、私、どうなっちゃうんだろう。まさか脱げなくなるとかないよね?

「失礼しますね」

 ラバーの膜を股下まで上げたところで手を止めた私を見兼ねたのか、カエデさんが足先から太もものほうへラバースーツを馴染ませるように何度も撫でてくる。
 何をしているのかカエデさんに聞くと、中に残った空気を外に出しているらしい。

「んっ……ッ」

 事務的な行為のはずなのに、その手触りがどこか艶かしく感じてしまう。
 たぶん、ラバーの生地が私の足と一体化していく異様な感覚のせいだ。
 時間を掛けて着るよりもさっさと着てしまったほうが気持ち的に楽なのかもしれない。

「これ、上も着ちゃっていいんですよね?」

「よろしいですよ」

 変な気を起こす前に、股下で止まってるラバーの生地を着てしまうことにする。
 ネックの部分を破けてしまいそうなほど大きく広げて、ドレッシングエイドが馴染んだ両手で生地を掬いあげるように胸のところまで一気に持ち上げた。

「んッ……!」

 おっぱいの上をするりと抜けて、ラバーが肩を締めつける。
 そのまま勢いを殺さずに両手を袖の中へ通し、グイっと両手を伸ばしたら首もとでラバーがキュッと縮こまり、首のサイズにぴったり合わさってしまう。
 こんなにも小さい首元からラバーの膜の中に全身を押しこんだって考えるだけで背筋がゾワゾワしてきた。

「では、空気を外に出していきますね」

 指先を袖の先端まで差し込むと、カエデさんは再び撫で上げるように何度も何度もラバーの膜を肌に馴染ませてきた。
 右手が終わったら左手。
 左手が終わったら、肩や胸。
 そして再び足のつま先から上半身のほうへ向かってラバーの表面を撫でまわし、内側に残った隙間を消し去っていく。
 ギチ、ギチチ、と空気一つ残さずに、黒いゴムの膜が私の肌に密着してきて、ぷっくりと膨らんだ胸の形から、腰の括れまで、ありとあらゆる身体のラインがラバースーツの締め付けによって強調されていくのがわかる。

「んッ、っ……!」
 
 ふと視界入り込んだ壁の鏡に映る私は、ピッチピチの光沢を放つ黒いゴム人間になり果ててしまっていた。
 全身を黒一色のラバーに包んで身体のラインをこれ見よがしに浮き彫りにしてる自分の身体は、どこからどう見ても痴女にしか見えない。
 でも、カエデさんはそんな雰囲気を一切作らずに相変わらず事務的な動作で私の身体にラバースーツを馴染ませてくる。
 何度も、何度も、繰り返し、容赦なくまさぐって、なんとも言えないくすぐったさをひたすらに与えてくるのは反則にもほどがある。

「……ん、これ、やばッ」

 おかげで変な声が出そうになって、咄嗟に喉元で堪えた。

「なになに? 光瑠ちゃん、もう感じちゃってるの?」

「は、はぁ!? か、感じるって……っ、ど、どういう意味よ?」

 そのくすぐったさを我慢してるところに、ラバースーツを纏った璃音が野次を飛ばしてくるから最悪だった。
 カエデさんに変態だと思われちゃうじゃん。

「強がっちゃってぇ、ホントは気持ちいいんでしょー?」

「んなわけないでしょっ!」

 私と同じように首から下まで黒一色に染まってる璃音に反抗するけど、自分の言葉が図星にしか聞こえなくて、言ってるそばから顔が熱くなってきた。
 ラバースーツに包まれるだけで、自分が得体の知れない快感を味わいつつあるとは信じたくない。
 もしもそれを認めてしまったら、私はラバースーツを着るだけで性的な快楽を感じる変態ってことになってしまう。
 喫茶店で璃音に『すっごく、気持ちいいと思う』と告げられてはいるけれど、この気持ちは絶対に受け容れたりしない。

「てか、このスーツってあんたの趣味? こんなの着てどうするの?」

「アタシの趣味じゃなくて、ここに宿泊するのに必要なだけだよ……? まぁ、説明するより経験したほうが早いから、ツバキさん次のヤツお願いします」

「かしこまりました。では、テーピングしていきますね」

 璃音のそばにいるツバキさんの手には、ラバースーツと同じように光沢を放つ黒いフィルムが握られていた。
 ツバキさんは顔色ひとつ変えず、肘を曲げている璃音の腕にそのフィルムをくるくると巻いていく。
 肘を曲げたままフィルムに巻かれてしまったら、腕を伸ばせなくなるのに璃音は一切抵抗せず、一巻き一巻き丁寧に隙間を作らないように腕を梱包されていくのをただ眺めてる。
 
「な、なんで、腕を拘束してるわけ?」

「プレイに必要だからだよ。ほら、光瑠ちゃんもカエデさんにやってもらって」

「光瑠お嬢さま、よろしいですか?」

「……まじ?」

「はい、マジです」

 カエデさんの手にはツバキさんが持っているフィルムと同じものが用意されていた。いつでも準備はできていますよ、って感じでカエデさんは私が腕を折り曲げるのを待っている。
 璃音が進んで受け入れているからには、私も従うしかない感じだ。

「……ぅぅ」

 口を噤みながら、折り曲げた右腕をカエデさんに差し出すと璃音がツバキさんにされているのと同じように私の腕もフィルムでテーピングされていく。
 肘を曲げたまま腕を固定されるなんて初めてだ。
 一体こんなことをして何の意味があるというのだろう。
 急に不安になってきた。


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