-freya- 2023/06/05 14:55

【改稿版】閉鎖病棟体験その1~その3

 看護師を目指している川嶋麻乃( かわしま あさの)は郊外から外れた山奥にある閉鎖病棟へ看護学校の紹介で三日間の研修を受けに行くことになった。
 学校側から指定された研修開始の日付は、麻乃の十八歳の誕生日。
 自分の生まれを祝う日に、閉鎖病棟などという場所へ麻乃は行きたくはなかったが、麻乃は以前の合同研修を病欠で休んでしまっており、今回はその埋め合わせという名目で学校側が特別に用意してくれた研修だった。

 この研修を逃してしまうと卒業するための必須単位が足りなくなるということを学校側から説明されてしまっては断ることもできず、学校の指示通りにセミロングの黒髪やおしゃれのために伸ばしていた爪の長さなども短く切りそろえて麻乃は研修に備えた。
 
 そして、研修当日。
 目的の閉鎖病棟に向かうため、麻乃は十八歳の誕生日の早朝から家を飛び出し、電車を4つほど乗り継いで郊外の奥地へと向かった。
 そこで待ち合わせていた学校側の手配で用意された車で片道数時間という長い山道を走り抜け、午前10時を過ぎたころ目的の場所が見えてきた。

「うわ、刑務所みたい」

 木々が鬱蒼と生い茂る山の一部に隠れるようにそびえ立つ病棟の周りには、背丈の高い金網の柵があり、その上部には有刺鉄線まで設置されている。
 刑務所のような外観の病棟に麻乃は不安感を拭えないまま、学校からの紹介状を手に警備員が配置されている入口で車から降りた。
 長い道のりを送り届けてくれた運転手のおじさんにお礼を伝えて別れたあと、麻乃は警備員の人に連れられて、病棟内部の待合室へと通される。
 そこで数十分ほど待たされたのちに、ノック音とともに研修を担当してくれる看護師さんが現れた。

「はじめまして。看護師の新井です」

「は、はじめまして。川嶋麻乃です……!」

 現役の看護師である新井さんは昭和時代のようなタイトスカート式のナース服を着用しており、ポニーテールに結んだ明るい髪とスレンダーな体格からは大人の女性特有の色気が感じられた。
 
「それで、川嶋さんにはさっそくなんだけど。研修を受ける前にいくつかの書類にサインをして欲しいの」

「えっと、どういうことですか?」

 お互いに自己紹介を終えると、単刀直入に。という感じで大きなファイルにバインダーされた書類の束がテーブルの上に広げられ、流れのままに新井さんからボールペンを手渡されてしまい、麻乃は首を傾げる。
 
「学校側から説明は受けてるでしょう? ここの研修は患者の気持ちを理解するために行われるもので、一時的に患者さんと同じ扱いを受けるから、それに対する同意書が必要になるって」

「そんな話し、聞いてないですよ?」

 新井さんから聞かされる説明に、麻乃は酷く動揺した。
 閉鎖病棟にいる患者さんの面倒を見ると思いきや、閉鎖病棟の患者さんに成り切って医療行為を体験するのがここでの研修だというのだ。
 予想していなかった状況に何かの間違いではないか。と麻乃は研修について新井さんに聞いてみるが、
 
「申し訳ないけど、川嶋さんが研修を受けないというのなら単位を上げることはできないし、学校側には川嶋さんが研修を辞退したと伝えることになってしまうわ」

「――っ!? それだと、私が困ります……ッ!」

 新井さんから返ってきた言葉は、無慈悲なものだった。
 誕生日の日に長い時間を掛けてここまで来たのに単位がもらえないだけでなく、学校側に研修を辞退した。と伝えられてしまうなどとても許せるようなことじゃない。
 そんなことをされてしまったら、卒業を控えているはずの麻乃の内申点に大きく響いてしまう。
 なにより、この研修の必須単位をもらえなければ、麻乃が学校を卒業するための条件を満たせなくなってしまう。それは、麻乃の人生を大きく左右してしまうほどの問題だった。
 
「でも、ここでの研修は受けたくないでしょう? あなたの反応を見ただけでもわかるわ」

「うぅ……ッ」

 新井さんは研修を受けるかどうかは強○をしていない。
 あくまでも、選択権は麻乃自身にある。
 本来なら、患者側という立場ではなく、看護師としての研修を受けさせてくれればいいのだが、その話をしても「規則だから」とあっさり却下されてしまう。
 閉鎖病棟といえば、あまりいいイメージはない。
 それは、ここに来た時の外観からも見て取れる。
 少しだけ待ってもらうように新井さんへ伝えてから、麻乃はしばらく、考え込む。

 考えて、考えて、考え抜いた結果に。

「あの、ここでの研修を受けさせてください」

 研修は受けてから帰る。という答えがでた。
 結局のところ麻乃が学校を卒業するためには研修を終わらせなくちゃいけないのだ。
 
「本当にいいの? 無理に受けても辛いだけよ?」

「はい、大丈夫です……!」

「それなら、この書類へサインしてちょうだい」

「わかりました……!」

 新井さんに促されるまま、麻乃は次々と書類へサインしていく。
 そこには、麻乃がどのような事例をもって閉鎖病棟へ入院することになるのか記載されていた。

 数分後。

 新井さんの案内で、麻乃は病棟の一階にある控え室へ移動していた。
 室内には長方形のベッドのような診察台と車イスが配置されており、テーブルの上には、これから麻乃が身につけるであろう拘束衣と名前も知らない道具がいくつか並べられている。
 壁にはロッカーが設置されていて、その内の一つに荷物を預けるように新井さんに指示された。
 言われたとおり、持っていたすべての貴重品をロッカーに預けると、私服もロッカーに預けるように言われる。「全部ですか?」と麻乃が問うと「そうよ」とあっさり答えられてしまった。
 裸になるのは嫌だったが、書類にサインも記入して了承してしまったのだから、仕方がない。
 麻乃はスカートから順に服を脱いでロッカーへしまっていく。

「……っ」

 スカートとブラウスを脱いでしまえば、麻乃の白く瑞々しい肌を隠すのは下着だけになった。
 新調したてのレースの下着も脱ぎ終えると、麻乃の恥部までもが空気に触れる。
 空調がしっかりしてるおかげで寒くはないが、女性同士とはいえ人前で裸になるのはやはり落ち着かない。
 左手で胸を隠しながら、ロッカーの扉を締めるとぴぴッと電子音が鳴なり、取手のランプが緑から赤に変わった。

「え……?」

 麻乃は呆気にとられながら、取手を引いてみるが、ガチャッと引っかかり、開く気配はない。
 もう一度試してみるが、やっぱり開いてくれない。

「大丈夫よ、心配しないで」

 麻乃の肩に手を伸ばしてきた新井さんがロッカーの説明をしてくれる。
 ロッカーには防犯システムが備わっており、専用の電子キーがなければ開かないらしい。
 現在麻乃が利用したロッカーの電子キーは新井さんが所持しており、麻乃が私物を入れ終えたから鍵をかけたとのことだった。
 それならそうと、最初に教えて欲しかった。
 研修に付き合ってくれている新井さんに文句を言うわけにもいかず、「こっちに来てくれる?」と指示をする新井さんのあとを麻乃は丸裸のままついて歩き、診察台のそばへ移動する。
 
「まずは、コレから着ていってもらおうかしら」

「これ……パンツですか?」

「そうよ」

 麻乃が受け取ったのは黒色の三角形の小さなパンツ。
 ゴムみたいにぴちぴちとした伸縮性を兼ね備えた生地で作られているが、引っ張ってもなかなか伸びず、生地が厚めで丈夫な作りであることが伺える。
 ゴム製のパンツなど初めてで、履いたらどんな感じがするのかわからず、ちょっとだけ胸のところがドギマギする。
 よく見てみるとクロッチの部分にはジーパンのようなファスナーが付属していて、ファスナーを開けるだけで排泄ができる仕組みになっているようだった。
 ファスナーを開けるだけでアソコが丸見えになってしまうような下着に思わず着用するかどうか迷ってしまうが、このまま丸裸でいる訳にもいかない。
 そう判断した麻乃は、両足を黒いパンツへ通していく。
 
「――ッ」

 サイズがなぜか子ども用みたいに小さくて、履くのに苦労する。
 パンツに足を通すだけでも、くるぶしだったり、ふくらはぎだったり、足にある凹凸部に何度もギュムッと引っかかってしまうのだ。
 肌に擦れさせながら、それでもなんとか股間に収まるまで引き上げる。
 完全に穿ききると三角形の黒いフォルムが麻乃の局部にぴっちりと吸いつくように密着してきた。
 通気性はほとんどなく、穿き続けたら汗で蒸れてしまいそうだった。
 さすがに汚れたりした場合は取り換えてくれるはずだけど、きっと同じ種類のパンツに履き替えさせられるのは間違いないだろう。
 次はどうするのか。と視線を新井さんへ戻すとテーブルに置いてあった拘束衣を引き寄せて、背面を大きく広げながら麻乃に向けてきた。

「これは、両腕を袖に通しながら着用してね」

 ぱっくりと開いたキャンバス生地には、ベルトや金具がいくつも垂れ下がっており、どこからどう見ても健常者が身に着けるような衣服ではないのがわかる。

 ——拘束衣。

 本人のための医療行為であったとしても、特定の状況に限定して装着することが許されている代物である。
 麻乃は別に何かの病気に罹っている訳でもないし、犯罪者のように何か悪いことをした訳でもない。
 だというのに、その拘束衣の抱擁の中へ麻乃は自ら身をあずけようとしている。

「あの……本当にソレ、着なくちゃダメなんですか?」

「川嶋さんが裸のまま研修を受けたいのなら、着なくてもいいのよ? 代わりに別の拘束具を装着することにはなるけど」

「うぅ……ッ、さすがにそれは、嫌です」

「それなら、ちゃんと袖を通して身につけたほうがいいわ」

 胸を隠す麻乃の指先が痺れるように震える。
 本当は、拘束衣を身につけたくなどなかった。
 しかし、拘束衣を身につけなければ他に肌を隠す手段がないし、結局拘束具を装着されるなら受け入れるしかない。

「……ッ」

 拘束衣を広げたままの新井さんに促され、麻乃は息をのんで両手を袖の中へ差し込んでいく。
 指先から腕に掛けてキャンバス生地独特の乾いた柔らかさが伝わってくる。
 そのまま一番奥まで両腕を差し込むと、両手を差し込んだ袖先は、閉じた袋状になっており、袖の先から帯のようなベルトがだらしなく垂れさがっていた。
 おまけに指に触れるキャンバス生地の厚みがさらに強くなった気がする。
 指先での作業ができないようにあえて、そのような作りにされているのだろうか。
 
「整えていくわね」

 麻乃の両腕が袖の中へ通ったことを確認した新井さんは、背後へ回ると麻乃の白い柔肌を閉じ込めるようにまばらに広がっていたキャンバス生地を引っ張って、拘束衣の背面を閉じていく。

「うわぁ……ッ」

 ズズッ、ズズッ、と新井さんが拘束衣の生地を正していくたびにキャンバス生地は柔道着のような柔らかい質感を麻乃の肌に擦りつけてくる。
 しかし、その心地よさを消し去るように、首元から裾と袖の先まで、身体のラインに沿うように縫いつけられているいくつものベルトの存在が、拘束衣を拘束衣足らしめるように肌そのものへ窮屈な圧迫感も与えてくる。
 その息苦しさに麻乃が「うっ」と喉を鳴らすと、首もとのタートルネックみたいなベルトに付属した金具がカラカラと鳴り響いて麻乃の鼓膜を刺激した。
 
「一応、サイズは他にも用意してたけど、思ってたよりぴったりね」

「ほんと、ぴったりですね……?」

 着る前はサイズについて何も聞かれなかったのだが、あらかじめ用意されていた拘束衣が麻乃の身体にぴったりなのに、新井さんも驚いてるようだった。
 それが不思議で肩をすくめると喉もとや肩、胸と腹部にも生地が馴染むように拘束衣がさらに正されていく。
  
「さて、次はベルトを締めていくわね」

「は、はい……っ」

 袖の中に閉じ込められた両手に気を取られて、胸の前でブラブラ振っていると背面の口を閉じるために首もとのベルトからキュっと締められてしまう。
 新井さんはその後も背中のほうで作業を続け、拘束衣の背面にある五つのベルトに手を伸ばしていく。
 そうやって、一つずつ順番に背中や腰などに付属されたベルトが締められていく中。麻乃の頭に一つの疑問が浮かび上がる。

「この拘束衣って、着せるのも脱ぐのも大変そう、ですね……?」

「確かにそうかもしれないわね。けれど、患者さんがパニックなんかを起こして突然暴れ出したときに人に危害を加えてしまったり、すぐに自殺しようとしてしまうこともあるから、ここの患者さんのほとんどは拘束衣を必ず着せる決まりになってるわ」

 背面にあるいくつかのベルトが締められ、露出していた麻乃の素肌はベージュのキャンバス生地の中に収まっている。
 肌が空気に触れていないことで、恥ずかしさは軽減したのだが、そのような重篤な患者さんが身につけることになる拘束衣を看護学生である麻乃が身につけていることに、新しい戸惑いが芽生えてくる。

「わたしは、その……暴れたりしないですよ?」

 胸が奥がもやもやして、不安になってしまった麻乃は、自分はそのような患者さんとは明確に違うことを告白する。

「そうね。たしかに川嶋さんは本当の患者さんじゃないから暴れないかもしれない。でも、これは患者さんの気持ち知るための研修だから、あえて暴れてみてもいいのよ?」

 新井さんはそのことを理解しているからこそ、麻乃に向かってあえて逆の意見を提案してきた。

「いや、さすがに乱暴なことはしたくないですよ……!」

「まぁ、そうね。どんな風に研修期間を過ごすのかは、川嶋さんの自由だから何事もなく大人しくしているのもいいと思うわ」

「そ、そうします――っん」

 不意に、バストの辺りが後ろから強く締めつけられ、麻乃の黒い瞳が拘束衣の胸元へ向けられる。
 いつの間にか、胸の下を横に割くベルトが豊満な麻乃の乳房の形を崩さないようにみぞおちへと密着していたのだ。
 形状からして、この拘束衣は女性用なのかもしれない。

「もう少し、締めるわよ?」

「あ、はい……ッ」

 新井さんがもう一度ベルトを締め上げると拘束衣の胸元がブラジャーのように麻乃の乳房の形を維持して吸いついてきた。
 大きく息を吸うと先ほどよりもアンダーバストにフィットするキャンバス生地がみぞおちを締めつけてくる。
 これだけぴったり乳房の形を浮き彫りにされるとかなり恥ずかしい。
 だが、その後も背面のベルトは次々と締められていき、裾の部位にあるウエストのベルトも固定される。
 しかし、拘束衣にはまだ他にもベルトが残っていた。
 首元から胸の間を縦に流れて、谷間の下で輪を作っている一段と幅の広いベルトがある。このベルトの輪っかは何のために用意されているのだろうか。

「あの、この胸のところにあるベルトの輪っかって――」

 背面のベルトの緩みを確認しながら微調整している新井さんに麻乃は聞いてみた。

「そうね。胸の前で交差するようにその輪に片手ずつ両手を通してもらえる?」

「こう、ですか……?」

 言われたとおり、谷間の下のベルトへ、麻乃は左右から交互に両手を差し込んでいく。
 閉じた袋状の袖が少し引っかかったが、両手を通すとお腹を抱きかかえるように、乳房を持ち上げる姿勢になった。

「そうそう、そのままね」

「あ……ッ!」

 何をするのかと待っていると、両肘の近くに移動した袖の先端にあるベルトを新井さんがグイっ、と背面へ引っ張ってしまう。
 両腕を組んだまま、左右の手のひらを肋骨に這わせるように拘束衣の袖が移動させられ、袖のベルトが麻乃の背面で固定されていく。

「んぅ……ッ」

 ギュッ、とベルトが締まりこみ、背骨の高いところに圧力が加わる。胴体から腕を動かそうと引っ張っても、袖のベルトが背面で固定されたせいで麻乃の両腕は、お腹で組んだまま動かせなくなってしまった。

「こっちも締めちゃうわね」

 そのまま流れ作業のように両腕を挿入した谷間の下のベルトも、新井さんはギュッと締め上げてしまう。
 そうすることで、麻乃の両腕に十字方向からの締めつけが加わり、自らの腕で胴体を圧迫するように固定されてしまった。

「腕を拘束するためのベルトだったんですね……?」

「そうよ。そのベルトがあるだけで、拘束力が何倍も変わってくるの」

 たしかに谷間の下のベルトは、腹部で交差している麻乃の両腕を纏めるようにキッチリと締め上げている。このベルトの存在があるから、麻乃の両手は拘束衣と一体になり、腹部から上に持ち上げることができない。
 たとえ、両腕を動かすことができたとしても左右に向かってわずかに揺れるくらいだ。

「これ、本当に腕が動かせない……っ」

「えぇ、でも、まだ途中よ」

 麻乃にとっては、その拘束だけでも十分な拘束に思えた。
 これ以上拘束しなくたって、両腕は胸の前から動かせることはない。

「——えっ」

 それなのに、新井さんは拘束衣の上腕の外側に縫いつけられているベルトに付属したリング状のバックルに、背面から引っ張ってきた新たなベルトをくぐらせ、盛り上がった麻乃のバストを真横に押しつぶすように二の腕を胴体に固定してしまう。

「うわぁ……ッ」

 長袖のジャケットのような形状をしているこの拘束衣には、薄い生地の部位が簡単に破けてしまわないように各所を補強するように縫いつけられているベルトがある。
 それが、格子状のように拘束衣の上を這いまわっているから、通常の衣類のような伸縮性は確保されていない。
 おかげで麻乃が少しでも二の腕に力を込めると、おっぱいの上を締めつけるベルトが胴体を圧迫し、息苦しさを与えてくる。

「次は股のところにも通すから、ちょっと、くすぐったいと思うけれど我慢してね」

「ま、まだあるんですか……?」

「これで最後よ」

 新井さんが次に手を掛けたのは、肩から縦に流れるように両胸の上を真っすぐ降りながら、拘束衣に縫い付けられている二本のベルト。
 そのベルトは拘束衣の裾から股のほうへ飛び出して、麻乃の膝のあたりに垂れ下がっていた。
 新井さんは慣れた手つきでその二本のベルトを黒いパンツを履いている麻乃の股の下に通して、左右の鼠頸部に合わさるように這わすと、背面にある裾のバックルへ繋げてしまう。

「引っ張るわよ?」

「――ぁんッ!?」

 ギュッと、ベルトが締められた途端に、お尻が一瞬持ち上げられる。
 鼠頸部に深く食い込む二本のベルトの締めつけがじんわりと股間の周囲へ拡散していく。
 それに加え、胴体を包み込む拘束衣の重みが全身を包むように伝わってきて、麻乃の華奢な身体は四方八方から圧縮されたみたいに締めつけられていた。
 自分の身体がキャンバス生地によって別のものへ作り替えられていく歪な感覚に、踵からぞわぞわしたものが下腹部へ向かって這い上がってくる。

「ふふ、拘束衣すごく似合ってるわね」

「ひっ」

 ――ギッ、キギッ。

 囁かれた言葉に、麻乃は思わず、両腕から肩にかけて力を入れ、拘束衣の縛めに抗った。
 しかし、拘束衣に閉じ込められた麻乃の身体はただ無力な肉塊に成り果ていた。

 「――――ッ」

 その事実を知り、急に胸のあたりが締めつけられる。

 なぜなら、この拘束衣はどう考えても自力では脱げないのだ。

 どれほど麻乃が渾身の力で抵抗してみても、お腹を抱きかかえるように固定された両手はびくともせず、背中で締めあがるいくつものベルトが声高に、「お前を逃がさないぞ」と自己主張を強めてくるだけ。

 どうして、こんなものを着てしまったのだろう。

 なぜ、疑問も抱かず、受け入れてしまったのだろう。

 脳裏に焼きついてくる後悔の嵐が瞬く間に麻乃を不安にさせてくる。

「さて、次は――」

「あの……っ! この拘束衣って、いつまで着用してることになるんですか?」

 麻乃は乾いた唇に舌を走らせて、テーブルの上にある装具へ手を伸ばそうとしている新井さんに質問を投げかけていた。

「そうねぇ、入浴のとき以外は常時着用する決まりになってるわ」

「それって、つまり……?」

「二日後の研修最終日にある入浴までは、そのままってことね」

「そんなぁ……!」

 研修期間は二泊三日。
 今日も合わせると研修が終わるまで三日間ある。
 その間ほぼ全ての時間を拘束衣の姿のまま過ごすなんて、絶対に嫌だった。
 しかも、このまま二日間もお風呂にも入れないなんて、イジメだ。

「大丈夫、さっきの書類に書いてあったように川嶋さんは私たちに看護されるだけだから、変に心配する必要はないの。どうせ、ほとんどベッドの上で寝ているだけだし、必要なことはなんでもしてもらえるから安心して」

「うぅ……ッ」

 テーブルから離れ、麻乃のそばへやってきた新井さんは、拘束衣に包まれている麻乃の肩へ手を添えたかと思うと、そのまま首筋へ指先をゆっくりと這わし続ける。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。ちゃんと患者さんと同じように扱ってあげるから――あら、ここちょっと緩いみたい」

 新井さんは麻乃の黒いショートヘアをさわさわと軽く撫でると拘束衣の歪みを見つけたらしく、背面に回って、ベルトの締め具合を確認していく。
 できることなら、麻乃は今すぐに拘束衣を脱いでしまいたい。しかし、書類にサインをした以上。今更になって拒否するわけにもいかない。

 ——ギ、ギギッ。

 麻乃が頭を悩ませている間にも、拘束衣が緩んでいる個所のベルトをギュっと締め直し、僅かな綻びがないように新井さんはベルトを微調整していく。
 先ほどにも増して、麻乃の肌に拘束衣が密着して馴染んでくる。

「さて、時間も迫ってきてるし、そろそろ急がなくちゃマズイわね。次はこのマスクを口に咥えてもらおうかしら」

「な、なんですか……? それ……?」

 新井さんの手にある道具は、分厚い革マスクのような茶色いカバーから、左右上下のあらゆる方向に細長い革の帯が伸びている装具だった。
 よく見てみるとマスクの中心部の内側には、黒色の突起が飛び出しており、その突起はシリコンのような見た目で中芯部に穴が空いている。
 逆に、シリコンの突起がある外側には銀色のリングのついた金具で蓋がされており、蓋を開けると突起物の穴と繋がっているみたいだった。

「口を保護するためのフェイスクラッチマスクよ。今回の川嶋さんのケースだと、妄想が酷かったりして、大声で突然叫んだり、人にかみついたりするから、舌をかんだりして怪我しないようにこのマスクで口を保護をすることになっているの」

「保護……ですか? けど、わたしは妄想なんて起こさないし、叫んだり、噛みついたりもしないですよ?」

「そうね。わかってるわ。これはあくまでも研修よ。だから、川嶋さんは患者さんの気持ちを知るために装着することになるわね」

「ですよねぇ……」

 新井さんの手にある口枷を麻乃は咥えたくはなかった。
 しかし、現在麻乃が受けている研修は最近若者に多くなってきた重度の統合失調症を想定した看護される体験ということになっている。

 そう、これは研修。

 あくまでも麻乃は“閉鎖病棟に入院する患者”という立場なのだから、新井さんから施されるものは、すべて医療行為に他ならない。
 目の前にかざされている口枷を咥えたくないが、あくまでも医療行為。
 それら全てを受け入れるという書類にサインをしてしまったし、研修が始まってしまってる以上、麻乃が嫌だと思っても咥えなければいけない。

「はい、川嶋さん。口を開けて、深く咥えて」

「――ッ」

 自分に言い聞かせるように麻乃は脳内で理由を連ねてみるが、目の前に近づけられた黒い突起におもわず身体がたじろいでしまう。
 奥歯が浮いたまま、唇が震え、口がうまく開いてくれない。
 拘束された腕が拒否反応を示して、勝手に動こうとするが、麻乃の両腕は拘束衣に囚われていてお腹を抱えたまま動かない。
 目の前で起きている現実を否定したくなってきて、口枷から目をそらすように拘束された自分の腕を見つめてしまう。
 
「ほら、この次は病室に移動するんだから、ちゃんとしなくちゃダメよ? 警備員の人も待たせてるんだから」

「わかってるんですけど……ちょっと、拘束衣を着てから怖いっていうか……なんというかその、心の準備ができてない、です……ッ」

「たしかに、拘束されることは怖いわよね。それは私もよく知ってるわ。でも、もしも川嶋さんが今の研修を受けてなかったらそういう患者さんの気持ちも知れなかったのよ? だから、最後まで頑張って」

 新井さんに励まされ、麻乃はどうにかして目の前のマスクを受け入れようとするが。

「い、いや……っ、やっぱだめです……ッ、胸のところがドキドキしちゃって……もう少し待ってください……ッ」

「そう……それなら先に、車イスにでも乗ってもらおうかしら」

 新井さんの視線は、室内に不自然に置かれている車イスへ向けられた。
 ただ、その車イスは麻乃が知っている普通の車イスとは少し様子が違う。
 座席へ座った人を固定するための茶色い抑制帯——革製のベルト——がいくつも付属されており、普通の車イスよりも骨組みがしっかりとした頑丈な作りをしていた。
 大体の車イスは持ち運びを楽にするために折りたためる仕組みが備わっているのだが、この車イスにはその仕組みはなく、強度のみを重視した物々しさが感じられる。
 麻乃には、囚人を運ぶためだけに作られたような、歪な雰囲気を漂わす車イスに見えた。
 
「こ、これに乗るんですか……?」

「そうよ。研修中の川嶋さんの移動は、基本的に車イスのみの移動になるから」

「でも、これ……ベルトがいっぱいありますよね……?」

「まぁ、子どもを車に乗せるときのチャイルドシートみたいなものよ。移動中に患者さんが突然暴れ出して転落や転倒があると、危ないでしょう?」

「たしかに、そうですけど……」

「歯切れが悪いわね。書類にもこのことは書いてあったし、研修を受けるためにサインもしたでしょう?」

「うぅ……ッ、はい、そうです……」

 新井さんに対して、生返事をしているのは麻乃もわかっていたが、あまりにも顕著すぎたらしく、新井さんの声色が一段強まる。
 しかし、拘束衣を身につけてからドキドキが収まらなくて、目の前のことに集中することができないのだ。
 このまま研修を続けても、麻乃にとって良い収穫が得られるとは思えない。
 だから、研修を中止してもらいたいのだが、書類にサインをしてしまった手前、言い出すにも言い出せなかった。
 でも、曖昧のままでいるよりも、はっきりと麻乃の意志を伝えたほうがいいのかもしれない。
 そう、決意を固め麻乃が口を開こうとすると――

「あぁ、もう! いつまでもうじうじしてないで、ほら、こっちに来てさっさと座りなさいっ! 早くしないと時間が過ぎちゃうわ!」

「あっ――はいッ……!?」

 拘束衣の側面にあるベルトを新井さんに掴まれて力を加えられただけで、麻乃の足はコントロールを失い、トタトタと歩き出し、車イスの座席へあっさりと腰かけてしまう。

「あとは、座ってればいいからジッとしてて」

「わ、わかりました……!」

 新井さんは、車イスに付属されている抑制帯を麻乃の身体に合わせ、一つずつ金具へ固定していく。
 胸と肩。
 股と腰。
 最後に足首。
 たったそれだけで、麻乃は車イスに身体を固定され、座ったまま立ち上がれなくなっていく。

「ん……ッ!? あの、もう少し緩くできませんか?」

「ダメよ。移動の際は、しっかり固定する決まりだから」

 心なしか抑制帯の締めつけが強いような気がして、麻乃はベルトを緩めるように頼んでみたが、あっさり拒否されてしまった。

「うぅ……ッ」

 あっという間に麻乃は車イスに拘束されてしまい、新井さんのいったとおり、チャイルドシートに座らされた赤ん坊みたいになっていた。

「これから病室へ移動するけれど、その前にさっきの口枷も咥えなきゃね」

「……あ、あの、やっぱりわたし……ッ!」

「嫌がってもダメよ? 研修でも決まりは決まりだから。さぁ、次はちゃんと咥えてね」

「ンむッ――!?」

 研修の中止を願おうとした意図に気づいてくれず、新井さんは赤ん坊に咥えさせるおしゃぶりよりも大きく膨らむマスクの先端を、麻乃の閉じた唇にふれさせる。

「~~ッ!? ~~っ!」

 車いすに固定されているから、顎を引いて顔をそらそうとしても、背後にいる新井さんの手からは逃れられない。
 だから、口を必死に噤み続ける。

「ほら、どうしたの?」

 麻乃が一言でも言葉を発すれば、その隙に口の中へ押し込んできてしまいそうな緊張が漂っていて、奥歯が震えてしまう。
 
 ――やっぱり怖くて開けられない。

「もしかして、無理やり咥えさせてほしいのかしら……?」

「ち、ちがッ――ぅぐ!?」

「違うなら、ちゃんと咥えなさい!」

「んむ~~~~ッ!?」

 舌を圧しつけるように入りこんできた冷たいシリコンの柔らかい突起が歯茎の裏に収まってくる。
 口の中が異物で満たされていく感覚が受け入れられなくて麻乃の身体は反射的に暴れ出す。
 しかし、抑制帯によって車イスに固定されている麻乃の身体は、わずかに揺れるだけ。

「ほら、暴れないの」

 麻乃が深く突起を咥えこめるように、麻乃の顎をホールドしながら、口元をしっかりと抑えつけるように口枷を奥まで押しこんで、新井さんは左右の革紐のバックルを調節していく。
 シリコンの突起は、麻乃の小さな口の中を埋め尽くすには十分な代物で、口に咥えるだけで言葉を奪っていた。
 
「んッ――あぅ……ッ!? ン、んううッ!」

 下を向いたり、左右に振ったり、と麻乃が嫌がるように頭を動かしたところで意味はない。
 鼻の下からほっぺたの周りにまで、柔らかい革のカバーが密着し、頭の後ろでキュっと革紐が留められてしまうと、舌が突起のポケットに収まり、押し出すことも、吐き出すこともできなくなった。

 しかし、カバーから伸びている革紐はそれだけではない。

 口もとの革帯と繋がる逆Y字の革紐が、麻乃の眉間を通り、頭頂部を抑えつけるように頭の後ろで固定され、さらに、頬の左右の革帯から伸びる革紐が顎下で交差しながら首の後ろで固定される。
 口で呼吸をすることもできず、ドクドクと鳴り響く鼓動に合わせて、ふすーっ、ふすーっ、と麻乃は鼻呼吸を繰り返すことしかできない。
 それが嫌で、マスクを外そうにも、両手は拘束衣によって完全に拘束されており、腹部で腕を組んだまま微動だにせず、僅かに揺れるだけ。

「暴れないって言ってたのに……川嶋さん暴れてたわね?」 

 胸の鼓動が激しく鳴り響く中。麻乃の紅く染まる顔を新井さんが横から覗き込んでくる。
 その顔は麻乃が抵抗することを見通していたかのようにニコっと微笑んでいた。

「ンぐ!? んぐうッ!」

 うるさいくらい鳴り響いている心臓の鼓動に抗うように、麻乃は精いっぱい身体を動かして、首を大きく左右に振りながら瞳を見開く。
 正直なところ麻乃は、抵抗するつもりなどなかった。
 ただ、突如として強引に口の中へ入ってきた異物に身体が反応してしまっただけのだ
 そのことを新井さんに伝えたいのだが、マスクに塞がれた口からはうめくような声しか発することができず、ふすぅーっ、ふすぅーっ、とただ息が乱れるだけ。
 
「そうやって拘束に抗うのも意外と楽しいのよね」

「~~~~ッ!?」

 さらには、その行為が何か別のものと勘違いされている。
 そう思って、麻乃はさらに首を振って、新井さんの言葉を否定するように何度も拘束に抗ってみせる。
 だが、拘束されている麻乃の身体は車イスの上で軋み声をあげるだけで、何一つ状況は変化しない。
 
「ングううう! ん、ン~~~ッ!」

 どんなに身体を揺らしても、麻乃を拘束している拘束衣の縛めは解けないし、今は口枷のせいで大きな声もだせない。
 拘束衣を着せられて、車イスに固定されて、口枷までも装着された麻乃は、新井さんのなすがまま。

「大丈夫よ。さっきも言ったけど、研修が終わるまで川嶋さんのことはちゃんと患者さんとして扱ってあげるから心配ないわ」

「……ッ!?」

 新井さんは、赤ん坊をあやすように麻乃の黒いショートヘアをポンポンと撫でてくる。
 それがなんとも言えない屈辱さを味合わせてきて、胸の奥がズキズキと痛む。

「さてと、それじゃあまずは病室へ向かいましょうか」

 新井さんは車イスのハンドルを握り、ブレーキを解除すると、麻乃の返事も聞かずに車イスを走らせる。
 車イスに磔にされている麻乃はそれに抗う手段は持ち合わせていない。
 自分の意志に関係なく、視界が強○的に移動させられていく。

「んむぅうう!?」

 連れていかれる病室がどこなのかわからず、声を上げる麻乃が背後にいる新井さんへ視線を向けると、部屋を出るときに「研修なんだから、存分に楽しんでね」と告げられた。
 つい忘れてしまいそうになるが、拘束衣に身を包み、車イスに固定され、口枷を咥えさせられている麻乃だが、これらはすべて研修のために行われていることだ。
 拘束衣も、口枷も、身に着けてしまったのなら最後まで研修を受けるしかない。

「――ッ」

 幾重ものベルトに締めつけられるマスクの内側で、口内を埋め尽くすシリコンを強く噛みしめながら、麻乃は覚悟を決めるしかなかった。

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