ご主人様とペットライフ
「アウッ! アウウッ!!」
朝六時。起床の時間を告げるようにご主人さまが飼育しているペットが吠え始める。
この声を合図に私――アンドロイド――の一日が始まります。
「アウうッ! アウッ!!」
「今、出してあげますからね」
ケージの中で騒がしく吠えるペットをなだめながら、首輪と連動している装置のスイッチを切ります。
これはペットのための目覚まし時計のようなものです。
設定した時間に首輪から刺激を送り込むもので、ご主人様がペットのためにオーダーメイドで用意したものです。
設定を変えることは私にはできないようになっているので、ご主人様が設定を変更しない限り、毎朝この時間にペットは起床することになっています。
「うぅ……ぁっ、うぅ」
ケージの中に這いつくばるように寝そべるペットは、激しく吠え続け、疲れてしまったようでした。銀色にきらめく口からかわいらしい紅い舌をさらけ出して、息を整えているようです。しかし、このままという訳にはいきません。ご主人様のいいつけどおりにペットに餌を与えなくてはならないのです。
「さぁ、朝ごはんにしますよ」
施錠を外してケージの入口を開き、ご主人様が予め用意してくださったリードを黒色の首輪に付属された銀色の金具へ取り付けます。
以前はリードの使用はしていなかったのですが、昨日から私が独自に判断し、使用するようにしています。
ご主人様に飼育を頼まれてから四日目にペットが脱走しようとしたのが事の発端です。
ご主人様に設定された飼育プログラムを最後まで継続させるためにも、ペットを大切に管理しなくてはなりません。
ですから、脱走の可能性が考慮される限り、リードを使用しての飼育は必要不可欠なのです。
ペットが脱走を企てることがなくなれば、リードを使用することもなくなるでしょう。
「ひあッ! ほへ、はふひへえ!」
しかし、ペットは首を横に大きく振ってケージから出ることを拒んでしまいます。
困りました。これでは朝ごはんを食べさせることもできません。
「そんなこと言わずに、朝ごはんにしましょう」
「あううっ!! ひあぅッ!! はあううッ!!」
リードを軽く引き、もう一度促してみますが、次は前足を使ってリードを外そうと抵抗してしまいます。
リードを無理やり引っ張ることも考えましたが、それでは根本的な解決には至らないでしょう。
どうやら、アレを使うしかないようです。
「仕方ありませんね」
メイド服のスカートのポケットから、リモコンを取り出します。
ペットがいうことを聞かないときはご主人様から託されたリモコンを操作するように言いつかっています。
このリモコンは先ほどの首輪の装置を操作するものです。
他にも多彩な機能が搭載されているのですが、今回は首輪の装置を起動するにとどめます。
「アウウウウウッッ!!」
リモコンを見た途端にペットが大きく声をだして吠えてきますが、構わずに、弱。と書かれたスイッチを押します。
ピッ。
「ヒャッ!? アウッ、アウウッッ!!」
首輪から刺激を与えられて、苦しいようです。
大きく首を横に振ってペットが抗議の声をあげてきますが、これは言いつけを守らないペットへのお仕置きです。その責任を私には負うことはできません。私はご主人様の言いつけを守っているにすぎないのです。
「これは、いうことを聞かないあなたへご主人様からのお仕置きです。指示どおりに動いてくだされば、このようなことはしません」
「ひあッ、ヒアフゥ……ッ!? アアッ、アウウッッ!!!」
私の言葉が気に障ったのか、ペットは一層激しく抵抗の姿勢を見せつけてきます。
リードを外すために革のグローブを履いた前足を動かし、銀色にきらめく口から、だらしなく涎をたらして床を汚していきます。
床までも汚してしまうとは、本当にしつけがなっていないペットです。
このままではご主人様に叱られてしまいます。
「はふひへえッッ!!!」
「わがままなペットですね」
やはり、「弱」では効力は薄いようです。
「弱」のまま継続して刺激を与えても、らちが明かないので、次は「中」と書かれたスイッチを押します。
ピッ。
「アガッ!? あガァあああッッ!!!」
ペットは姿勢を崩し、床に倒れながら、四肢を投げうつように悶え始めます。
どれほどの刺激が首輪から流れているのか、私にはわかりません。
ですが、これほど苦しい声を上げてしまうほど強い刺激であれば、お仕置きとして十分に効果はあると思われます。
「そのまま反省していてください。私は朝食の用意をしてきます」
「アガアアアッ、ゥガアアアアッッ!!!!」
スイッチは切らずに、ケージを再び施錠してから、ペットの朝食の用意をします。
準備を終えるまでの五分間。ずっと声をあげて吠えていましたが、全て無視しました。
最初に警告はしましたし、昨日にも同じようなことをしています。
同じ過ちを犯し、学習をしないペットが悪いのです。
朝ごはんの準備を終え、ペットの元へ戻ると首輪を外せないことを理解したのか、四肢をなげうって悶えているだけになっていました。さすがにやりすぎたかもしれません。
「反省しましたか?」
「アウ……ッ! アウウ……ッッ!!」
ケージの中で瞳に涙を浮かべながら、私の目を見つめて頷くようにペットが返事をします。
どうやら、理解してくれたようです。これ以上のお仕置きは必要ないと判断し、首輪の装置をオフにします。
「あは……あッ、……ぅぅ、ぅ」
刺激の余韻が残っているようでペットは未だにケージの中でぐったりしていました。
ですが、このままでは朝ごはんの時間が少なくなってしまいます。
ケージの施錠をはずし、リードを掴んでペットに立ち上がるように指示します。
立位を保つのもおぼつかない足どりですが、歩けなくはないようです。
「うぁ……ッ、あぅ……あぅッ」
ケージの中は唾液と涙でびちゃびちゃでしたが、あとで掃除をすれば問題ないでしょう。
家事全般についても私のお仕事なので、責任をもって実行します。
ちなみに、ペットが全身に着用している黒色のドッグウェアには自動洗浄機能があるので、ペットがどれほど粗相をしてドッグウェアを汚してしまっても清潔に保たれるようになっています。こちらについてはご主人様に感謝してもらいたいです。
「さぁ、行きますよ」
「……うぅっ」
「お返事は?」
「あう!」
「ふふ、いい子ですね」
朝ごはんは至ってシンプルです。
ご主人様が予め用意してくださったペット用の甘い流動食ととろみをつけた水です。
現在、ご主人様が飼育されているペットは物を噛むことができないので、咀嚼する必要がない餌が用意されています。
朝ごはんの際に私がペットへできることは餌の盛り付けと食べ終わった容器の洗浄です。
上記とは別に脱走防止のため、近くの柱にリードを結びつけているのは私独自の判断で行っております。
他にも独断で行っていることは多々あるのですが、全てご主人様のためにしていることです。
「うぅ……、うぅ……っ」
器に盛りつけた流動食に顔を近づけて、銀色にきらめく口から紅い舌を伸ばし、丁寧に餌を食べていくペットの様子をじっと眺めます。
ご主人様にペットの栄養管理を頼まれており、食事の栄養バランスは全て私が計算し、算出しています。
本日は上手に食べていますが、最初のころは容器の外へ餌をこぼしたり、最後まで食べずに残してしまうこともあったので、注意が必要です。
ペットの食べ残しについてご主人様からの指示は何一つありませんが、体型や体重にわずかな綻びが生じてしまうだけで、ペットが着用しているドッグウェアに支障をきたしてしまう可能性があります。
つまり、食事をおろそかにするとオーダーメイドで作成されたドッグウェアが壊れてしまうこともあり得るわけです。
ご主人様の大切なものを壊してしまえば、お叱りを受けるのはそれを管理しているアンドロイドの私であり、ペットに責任は問われません。
ご主人様の指示がなくとも、ペットの最善の健康状態を維持し続けるのは、私の役目ということになります。
「今日は上手に食べてえらいですね」
「あうッ、あう!」
「ふふ、いいお返事です」
ペットに使用している餌や生活物資全般はインターネット通販を使用し、勝手ながらご主人様のアカウントで定期購入をさせていただくことにしました。荷物の受領や管理などはアンドロイドである私でも可能になっておりますし、ご主人様から前もって、それらの権限は受諾しておりました。
以前までそのような管理はご主人様に任されてはいませんでしたが、数日経過した今も、お叱りなどのお言葉は承っておりませんし、ご主人様の手を煩わせることもないので、特に問題はないのでしょう。
「ゥア……ッ!? ヒッ、うぁッ! アゥッ、アウウッ!?」
器の流動食を平らげ、残りはお水だけになったところで急にペットが喘ぎ声を漏らしながら尻尾を激しく振り始めました。どうやら、アレの時間になったようです。
「間に合いませんでしたか……仕方ありません。お水はそのまま飲み切ってください」
ヴィィィィィィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。
「アゥ……ッ、ゥゥ! アウっ……ッ! オウウッ!?」
ペットの臀部、下腹部あたりから、低い振動音が鳴り響いてきます。
これはペットの尿道、膣、肛門、それぞれに挿入されている機械が稼働し、体内に溜まっている老廃物を処理している音です。
おかしい。とは思いますが、ご主人様が飼育されているペットは自ら排泄をすることができない品種のようで、このように機械で排泄の管理をしてあげなくてはいけません。
ウィンッ、ヴィンッ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィイイイイイイイイイッッ。
「アゥッ、アウゥ……ッ! ア……ッ、あッ! オッ、オオぅッッ!!」
体内に溜まっていた老廃物が処理されていく感覚はペットには気持ちのいいものらしく、いつも喘ぐようにかわいらしい声を室内に響かせてきます。
水を飲みながら装置が稼働することは初めてでしたが、紅い舌を器用に使って上手にすくえているようで安心です。
「アッ、……ッ、アゥ……ッ、ハァ、アッ、……ッ!」
この声を聞いていると、アンドロイドである私も不思議と癒されているような気持ちになります。
どれほど気持ちのいいことなのか想像はできませんが、淫らに悶絶しながら、高くつき上げた腰を振っている様子を見る限り、相当な快楽を味わっているに違いありません。
「ウッ、ウウッ! ゥオ……オッ、オ、オ、オゥッ、ぅあッ、アウッッ!?」
見ていてとてもだらしない行為ですが、ご主人様がペットのために一生懸命探し出し、手に入れた装置です。
特定の決まった時間に稼働し、ペットの体内を清潔に保つことを目的とした全自動自立型の排泄管理装置。
アンドロイドの私には排泄の必要性はよくわからないのですが、排泄という生理現象を伴ううえで、生活に必要不可欠な装置から生じる快楽を享受することはペットの義務であり、責任でもあると私は考えています。
こんなにも大切に扱われているとは、羨ましい限りです。
生憎、この状態のペットへお仕置きをするようには言いつけられておりません。
ですから、老廃物の処理が終わるまでの二時間は、快楽に悶えるペットを見守ることしか私には許されていないのです。それだけは非常に残念でほかなりません。
ヴィィィィィィッ、ヴィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。
ウィンッ、ヴィンッ、ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴゥンッ、ヴィイイイイイイイイイッッ、ヴヴヴッ、ヴィイイイッッ。
ペットが排泄の処理に悶えている二時間のうちに、ご主人様に任されている室内の掃除に手を伸ばし、可能な範囲で片づけます。室内の環境を清潔に保つこともアンドロイドである私に課せられた任務なのです。
もちろん、いくらリードでつなげているとはいえ、ペットのことを放置しているわけではありません。必ずペットに目が届く範囲で室内の清掃に取り掛かります。
「うぁ……ッ、ぁぁ……ッ、ぅぅ、ぁ……はぁ、ぁ」
すると、ペットの声色が穏やかになり、ぐったりとその場に寝転んでしまいました。
どうやら、排泄の処理が終わったようです。
時刻は朝の九時。
ここからはペットの休憩時間です。
朝ごはん。排泄。と続き、疲労しているペットの身体を休ませるために、漆黒のドッグウェアに備え付けられた別の装置が自動で稼働し始めます。
このドッグウェアもご主人様が特別に用意したもので、体内に挿入されている装置と連動する仕組みになっており、着用者の身体の表面から排出される老廃物を処理し、エネルギーへ転換するシステムが搭載されております。
他には血行を促進するマッサージ機能が搭載されており、着用者の健康維持に努めるようになっております。
人は一生のうちに衣服を何度も着替えるものらしいですが、このスーツは着替えを必要としないシステムが備わっているので、あくせくと場面に合わせて衣替えをする心配をすることもありません。
衛生面。精神面にも気を遣った安心設計のものを用意するとは、さすがご主人様です。
「はぁぁ、ぁぁ……っ、ぁぁ、ぅぅ……っ」
アンドロイドには必要のない機能ですが、ご主人様やペットなどの生き物が長生きするための健康グッズということもあり、特定の人気を博している逸品です。
ただし、私のような特別製のアンドロイドを購入できるような富裕層にしか手に入れることができない貴重なものらしく、その絶対数は限られているようです。
それほど貴重な品を自らのペットに使用しているご主人様には頭があがりません。
大切に管理されているペットが本当に羨ましいです。
「……あぅ、あぅ」
一時間の休憩時間も終わり、十時になりました。
全身のマッサージを受けたおかげで、ペットも気力を取り戻したようです。
「運動のために、移動しますよ」
「あう」
私がリードを握り、軽く引くと、おぼつかない足取りですが四肢を上手に使ってついてきてくれます。
銀色にきらめく口からは相変わらず涎を垂らしてしまいますが、仕方ありません、許しましょう。
「……あぅ、……あぅ」
十時からは運動の時間です。
健康を維持するためにも、日々の活動量を増やす必要があります。室内に篭りっぱなしで運動もせずにだらけることは生物に著しい体力の低下を起こしてしまいます。
アンドロイドには関係のない習わしですが、ペットには必要不可欠なものと言えるでしょう。
それに、ご主人様が飼育しているペットは室内専用です。なおのこと運動は必要不可欠と言えます。外への散歩などは一切お許しをいただいておりませんので、散歩代わりにペット専用の運動用の装置をご主人様が用意してくださったのです。
人間もよく使う、ウォーキングマシーンというものです。
この装置を使って、三十分の歩行運動をしていただきます。
しかしながら、昨日は運動中に脱走を試みた前科があります。
今回はウォーキングマシーンに首輪と連結しているリードを繋ぎ、さらにウォーキングマシーンから降りられないように左右には高透過ガラス――水槽や展示ケースに使われるガラス――で仕切りを用意しました。
私の膝丈ほどの高さしかありませんが、ペットが飛び越えるには難しい高さなので問題はありません。
「さぁ、こちらに乗ってください」
「……あぅ」
さっそく、ペットをウォーキングマシーンのベルトの部分に乗せ、リードをハンドルに連結します。
ペットに視線を合わせると瞳を弱弱しく潤ませて、私を見つめてきます。どうやら、あまり乗り気ではないようです。
しかし、これも健康維持のためです。ペットの飼育をご主人様に頼まれている以上やらないわけにはいきません。
「では、稼働させます。三十分間がんばってください」
「あうッ」
パネルから速度を最低値に設定し、スタートボタンを押します。
モーターが起動すると、ベルト部位がゆっくりと回転し、ペットの運動が始まりました。
「あぅ、あぅ、ぅぅ、あぅ……っ」
初めてのころはウォーキングマシーンの上で歩くこともできていませんでしたが、回数を重ねたおかげで、本日は上手に歩けているようです。
短い四肢を前後左右交互に動かし、リードが突っ張らないように、維持して歩いています。
「あ……ぅ、うぅ……っ、はぅ……っ!」
五分。
「はふ……っ、ふぅ……っ」
十分。
「はぁッ……はぁッ……!」
時間が経過していくにつれ、動きに乱れが生じてきました。
ハンドルとの距離が広がり、リードが突っ張るように伸び始めます。
このままでは首輪がリードによって吊り上げられ、首が締まってしまうでしょう。
ペットもそれがわかっているようで、必死に四肢を前後左右に動かして歩き続けます。
十五分。
「ひっ、ふぅっ! ふぅーっ! あぅーっ!」
二十分。
「あぅッ! はへッ! はぁッ! ああぅッッ!!」
二十五分。
「はふへへッ! ひゃええッッ!! アぐッッ!? ぅぅッ、ぐぅっ!!」
残り二分のころでしょうか。リードが完全に突っ張り、ペットの首輪を締め上げます。
しかし、足元のベルトの動きはとまることなく稼働し続けるので、足を前に伸ばさなくては苦しみは継続してしまいます。
以前はリードを付けていなかったので、ウォーキングマシーンのベルトから落ちたりしていましたが、リードを連結した状態で力尽きてしまえば、ベルトの上から落ちることなく引きずられることになります。
そうなってしまえば、首輪によって延々と首が絞められ、呼吸を阻害されてしまうのは明白でしょう。
ですが、それもすべてペットが脱走を試みたことが悪いのです。
脱走などせず、与えられた役目を果たしていればこのようなことにはならなかったはずです。
全て、自業自得の結果でしょう。
「ゥグウウッッ!! ……ガッ、はッ! ……ッああぅッッ!!」
案の定、残りの一分はベルトに引きずられながら苦しそうに喘いでいました。
もし、万が一にも呼吸が止まり、心臓が停止するようなことがあってもスーツが全自動で心臓マッサージを行い、人工呼吸をすることも可能なので、息絶える心配はありません。
とてもハイテクですね。
「……はぁ、……はぁ、……っ、あ」
「ご苦労様でした」
「アゥッ……ぅぅ、ぅ……っ、はぁ……ぅっ」
歩行運動を終え、疲れ果てたペットの身体にマッサージが施されているようです。
著しく体力を消耗したあとなど、スーツの安全機能が働き、肉体へのストレスを軽減するシステムが備わっています。
甘い声を漏らしながら、気持ちよさそうに床に伏せる仕草はとてもかわいらしいです。
ご主人様からのご褒美ともいえる管理システムに羨ましささえ感じてしまいます。
「さぁ、自由時間ですよ」
「あう」
運動後のマッサージ時間を終えると、ここから夕食までは、ペットの自由時間です。
フローリングの床が広がる何もない六畳ほどの個室に移動し、自由に過ごしていただきます。
この時間は、ご主人様の命令でペットに触れることは一切禁止されており、私は見守ることしか許されておりません。
万が一のトラブルなどの際は「対応するように」とのことで、待機のみしています。
ご主人様のいう「万が一」が起きないように努めるべきなのですが、触れることを一切禁止されている以上それは叶いません。
そんなトラブルを生み出してしまう可能性を秘めたペットは、この時間中は疲れ果てて眠っていることが多いのですが、今日は昨日とどうように、前足の黒革のグローブを外そうと躍起になっています。
編み上げ紐と幅広のベルトで固定してあるので、簡単には外れないのですが、どうしても外したいようです。
ドッグウェアの上に装着しているこのグローブはペットの足を保護するためのものです。
なんとも言い難いですが、グローブを装着していなければ、ペットは床の上に立位を保ち、歩くことさえ困難なのです。
そのことをわかっていながらグローブを外そうとしているのですから、困ったものです。
「あぅ……っ、ぅぅ! あぅ、あぅう……っ!」
フローリングの床に涎を垂らしながら、何度も何度も左右の前足をこすり合わせています。
そうしているうちに、息切れをするペットの健康維持のためにドッグウェアのマッサージ機能が稼働し、銀色の口から紅い舌をだらしなく伸ばしながら、喘ぎ声を漏らし始めます。
さらに、自由時間の間に挟まれている排泄時間とマッサージのタイミングが重なり、気持ちよさそうに腰を振りながら、よがり声をあげていました。
「ふぅ……ぅ、あふっ……うっ!」
結局、グローブのベルトを緩めることもできずに時間だけが過ぎ去り、床に倒れながら二時間ほど眠りこけてしまいました。
「ふふ、かわいいですね」
疲れ切ったかわいいらしい寝顔を眺めているだけで、満たされた気持ちになります。アンドロイドであるはずの私が満たされるという表現を使うなど不思議ですが、たしかにそう感じたのです。
十八時になり、晩ごはんの時間になりました。
朝ごはんと同様の流動食とお水を用意します。
朝のように嫌がる素振りもなく、紅い舌を上手に使って餌を食べていきます。
これだけお利口に動いてくださるとこちらとしても助かります。
ペットが安心して毎日を暮らしていけるように最善を尽くしている甲斐があります。
「これからも毎日、面倒を見てあげますからね」
「アゥッ、……ぅぅ! はふッ……ふぅうッ!?」
ヴィイイイイイッ、ヴぃ、ヴぃッ、ヴィイイイイイ。
食事が終わったころに声を掛けると、本日三回目の排泄の時間が始まったようです。
かわいらしい喘ぎ声を漏らしながら、腰を高く上げて、尻尾を振り回しながら悶え始めました。
ヴィィィィィィィィィィッ、ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。
「アッ、アゥッ、アウウッ! ゔぅッ……オゥッ!?」
顎を床に突き出して、銀色にきらめく口から紅い舌をだらしなく晒しだし、涎を床にたらしながら、ビクビクと腰を揺らしています。
「はしたない声を出して、そんなに気持ちいいですか?」
ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴィンッ。
「アゥッ!?」
私は一体何を言っているのでしょう。
ペットの様子を見守ることが責務であるのに、だらしないペットの姿を見ていると自動的に言葉が発せられてしまいました。
「腰を振って、よがり、淫らに喘ぎ声を漏らしながら、気持ちのいいことをされて、満足ですか? 嬉しいですか?」
「アゥっ! アゥゥ!! ぅあッ、ぅ……あふうッ!!」
足もとで声を荒げるペットは私の言葉を否定するように首を横に振っていました。ですが、快楽に身を委ねながら、腰を振ることはやめません。
まるで私の言葉を肯定しているようではありませんか。
「大丈夫です。あなたがこれからも毎日そのように喘ぐことができるように私があなたを管理して差し上げます。自ら望んで腰を振り、一時の快楽を享受して、自分が何者であるか考えることもせず、何もかも全て、受け入れてしまえるように」
「あぅ! アゥウッ!!」
黒革のグローブを履いた前後左右の足をバタバタ動かして、ペットはさらに私の言葉を否定してきます。必死に何かを訴えているその様子が何故か愛おしく感じてしまいます。
「どれだけあなたが否定しようと、どれほどあなたが抵抗しようと無駄ですよ。あなたが快楽に身を委ねて生きている事実は一生変わることなく、あなたの身体を少しずつ蝕み、本来のあるべき姿へと思考を変貌させていくことでしょう」
「アウウウウッッ!!!」
このペットはご主人様のもの。ですが、今までも、これからも、見守り、管理し、飼育していくのは私の役目。それだけは誰にも譲ることができません。
「大丈夫です。安心してください。どのような姿でもあなたが最大限長く生きていられるように、私があなたのすべてをサポートして差し上げます。あなたは自らの欲望のままに生き続けるだけでよろしいのです。わずかな綻びは私が修正して差し上げますので心配する必要はありません。好きなだけよがり狂って、生き恥を晒しながら調教されていく自分を受け入れてください」
「ゥグウウッッ!!!」
「あなたは一生、私に管理されて生きていくのですから」
ヴィンッ、ヴィ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ。
「~~~~~~~ッッ!!!」
声にもならない咆哮をあげながら、ペットが力尽きました。
尻尾をぶんぶん振り回しながら、ピクピクと腰を痙攣させて気を失っているようですが、尿道、膣、肛門で稼働する装置は動き続けています。おまけにドッグウェアのマッサージ機能まで稼働し、ペットの全身をなぶるようにあらゆる機能が稼働しているようでした。
「これはいけません」
ご主人様が与えてくださっている快楽にもかかわらず、意識を失ってしまうとは、とても見逃せるものではありません。
本来ならば、排泄時間は見守りのみの対応となっておりましたが、今後は見直さなければいけないようです。
僅かな綻びは私が責任をもって修正していかなくてはいけないのです。
「起きてください」
ヴィイイイイイッ、ヴぃ、ヴぃッ、ヴィイイイイイ。
「……ぅぅ、うう……っ」
「起きるのです」
ヴィッ、ヴィッ、ヴィィィィィィィィィィッ。
「……あぅ……ぅっ」
リードを軽く引っ張り、覚醒を促しますが、装置の音だけが響いているだけで反応がありません。
「仕方ありませんね」
床に這いつくばるペットを横目にポケットからリモコンを取り出します。
きっと、軽い刺激では目を覚まさないのでしょう。
初めての使用になりますが、今回は「強」と書かれたスイッチを押してみます。
ピッ。
「――ッああ、アグゥゥゥああああああああああああッッ!!??」
叫び声をあげながら、ペットが激しくのたうち回ります。
「これはお仕置きです。ちゃんと目を開けて、ご主人様からの施しを享受してください」
ヴィンッ、ヴィ、ヴィィィィイイイイイッ、ヴィ、ヴィ、ヴィンッ、ヴゥンッ、ヴィイイイイイイイイイッッ
「~~~~~~~ッ!!」
その後もペットが意識を失うたびにリモコンを使用し、首輪の装置を起動させながら、ペットにご主人様のありがたみを二時間にわたって教えてあげました。
――――――――――――――
「本日はご苦労様でした」
「……あう」
二十一時。ケージの傍までやってきました。
ケージはペット一匹がギリギリ納まる程度の大きさですが、ペットという生き物は狭い寝床のほうが安心するようです。
「では、中へ入ってください」
「…………っ」
私が指示を出したにもかかわらず、俯いたまま動こうとしません。
「就寝の時間ですよ」
「……あう」
二度目の指示で、しぶしぶとケージの中へ入っていきました。
入り口を施錠し、本日最後の挨拶をしてあげます。
「それでは、よい夢を。おやすみなさいませ」
寝室の照明を落とし、ペットが完全に就寝する前に別室で様々な雑務を済ませてきます。
直径三センチの鉄格子を使用したケージから外へ出ることは不可能なので安心して雑務に専念できます。
二十四時。
雑務を終えてから、ペットのいるケージをこっそり確認すると、スヤスヤと寝息をたててペットが眠りに落ちていました。
銀色の口から相変わらず紅い舌をだらしなく伸ばしています。
明日も、ケージの掃除は必要そうです。
「まったく、だらしないペットですね」
END