神原だいず / 豆腐屋 2024/06/29 00:32

【再掲 / 玲と悠馬①】手始めにキスから

 テレビには男女の甘いラブシーンが映っている。男の人が女の人を優しく抱きしめてそっと口づけ、2人は愛の言葉を交わして男の人が女の人の体に触れる。シーツに沈み込む火照った二つの身体。
 リードするのはいつだって男の人。
「…それでいいだろ」
「い、や、な、の!」

 2人の間に置かれたポテトチップスの袋を自分側に引き寄せ、何枚かポリポリと食べる。
「食べすぎだぞ」
「あたしが買ったんだからいいでしょ!第一ビッグサイズなんだから、悠馬みたいにケチケチ食べてる方が損だよ!」
 照明を落として、映画館さながらに暗い部屋の中、ぼんやりと画面だけが光を放っている。相変わらず画面は男女のラブシーン。だらけたジャージ、ポテチの袋、飲みかけのコーラの缶。週1のぐだぐだの映画鑑賞会は今回ものんびり進んでいる。
 悠馬は、ため息をついてこちらを見た。

「おまえどうしてそんなに男がリードするのが嫌なんだ」
「私だってリードしたいから」
 悠馬は頭をグシャグシャとかきながら、またため息をついた。
「まあそう悩むな少年。これは単純な話なのだよ。ポテチいる?」
 袋を悠馬の方に押し戻したが、彼は手をつけなかった。テレビの中の女の人は可愛らしく照れた顔を見せている。今にもその艶めいた唇から高い声が零れ落ちそうだ。

「単純にお前が恥ずかしいだけじゃないのか」
「それは男の人だってそうでしょ。世間の流れとしては男がリードするのが普通なのに、女にリードされるのなんて恥ずかしい、って事じゃないの?」
「まあ、そういうプライドが無いわけじゃないけど」
 口ごもる悠馬を見て、それ見た事かと私は思った。
 男が攻めて女がそれを受け入れる。多くの異性愛者がそういう風な形をとるし、それを悪い事とか男女差別だ、不平等だ、なんて思わない。だって、体の構造的にそれが自然な形に我々人類はできているわけだし。

 だけど!
「あたしと悠馬の場合はそうはいかない!」
「なんでだよ…」
「悠馬がかわいいから!」
「これだよ…」

 考えてもみてほしい。この真面目で基本的に無口で堅物な悠馬が、一度体に触られただけで真っ赤になり、画面内でよろしくやってる男女組の女性のように可愛くなるだなんて知ったら。
 いじめ倒したい!あわよくば泣かせたい!そう思うのが人の常ではなかろうか。異論は認める。だが、異論されたところであたしは悠馬の身体を弄るのをやめない。

第一、悠馬は無自覚に色気を振りまく節がある。これが良くない!大学生になってからは特にひどい!
 いつも大学の講義も耳に入らないほど不安だ。遠く離れた文学部棟で、あたしの彼氏が空き教室に連れ込まれてたりしないだろうか。この男の可愛さが、他の人にばれていたりしないだろうか。
 心配で心配でたまらない。

 ほら、ポテチのそばに置いてあったコーラを飲みながら上下に動く白い喉仏が、こんなにもいやらしい。
「は、あ」
 コーラ飲み終わった後の吐息にそんな過剰に色気成分を含ませる必要ってあるのだろうか、勘弁してほしい。

「悠馬、それ本当に無自覚でやってるの?」
「ん?」
 さりげに首まで傾げてきた。連続で畳みかけすぎている。この男、少々反省したほうがいい。悠馬の手首を掴んで、体を引き寄せた。
「もう、そんな煽られると無理なんですけど、あたし」
「何も煽ってない」
「煽ってますぅー」
「顔が近い。離せったら、んっ」

 我慢しろなんてそんな事無理に決まっている。容赦なく悠馬の口の中へ舌を差し込むと、わかりやすく悠馬の肩が跳ねた。
「ん…っ…やめろ、ばか!」
 悠馬があたしをべりっと引き剥がした。

「その顔じゃ説得力ないんですけど」
 すでにあまり焦点が合わないとろけた瞳、しかも上目遣い。口の端から垂れる唾液、少し上がった息、全然説得力ない。
「せっとくりょく…?」
「うん。もっとやってほしそうにしか見えないよ。ねぇ?」

 悠馬の首元に指先を当てた。あたしの指先が冷たかったのか、一瞬驚いたように悠馬は目を丸くした。
 指をゆっくり下につつつーっと滑らせる。
「ゆ、う、ま、さん」
「や、は、ああ…っ」
 可愛い…。口元を手で押さえて何とか抵抗しようとしてるあたりがもう可愛い…!
「ほら、だめでしょ。手のけて」
 悠馬の両手首を掴んでバンザイのポーズにする。

 真っ赤な顔をあたしに見られないように逸らし、ふるふると小刻みに体を震わせている悠馬の姿ったら、いたずら心をくすぐられてしまう。恥ずかしくって仕方がないのだろうと思う。
「ねぇ、こっち向いて」
 恥ずかしかった顔が見たくて、そう強請ってみたけれど、首を弱々しく振るばっかりだ。
「恥ずかしいの?なんで恥ずかしいの?」
 か細く消えそうな声で、悠馬はぼそりとつぶやいた。
「きもちいから…」
「気持ちいから?」
「お、おんなのこ、みたいな、こえ、でる…」
 たまらなくなって首筋にキスをした。肌をきつく吸い上げて痕を残そうとすると、「ぁあっ」と悠馬が可愛く鳴いた。
 
「今みたいな?」
「いじわる、しないで、も…やめてぇ…」
 今、たぶんものすごくニヤついてると思う、あたし。
「やめません♡」

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