神原だいず / 豆腐屋 2024/06/29 19:01

【再掲 / 玲と悠馬③】素直になってよ

 悠馬は、私の言葉を聞いて、二度ほど瞬きをした。
 目を長い時間閉じて、ゆっくりと開ける緩慢なその動作は彼の昔からの癖だ。
 相手の言ってることが聞き取れなかったり、意味がわからなかったりすると、いつもそう。
 この癖が出たら、彼の頭の中は決まって?マークでいっぱいになっている。

「…え?」
「だから、乳首だけでイケたら許してあげる」
 二回聞いて、ようやく私の話している日本語の意味がわかったのだろう。
 彼の一切の動きが一瞬止まった。
 そして次の瞬間、寝転がった体勢のままずりずりと体を這わせて私から離れ始めた。

「待て待て待て待て」
 足で、飲み干したコーラの缶を蹴っ飛ばし、右手でテレビのリモコンを弾き、悠馬はどんどん部屋の奥へと這っていく。
「だーいじょうぶ、できるできる!悠馬ならできるって!」
 私はそんな悠馬の脚や、腰をなんとかつかみ引きずりだそうとする。

「違う違う、俺ならとかそういう事じゃない、他の事にしてくれ、それだけは考え直してくれ!」
 負けじと悠馬も必死に抵抗する。
 さっきまでドロドロに感じていただけあって、さすがにいつものフルパワーではないが、それでもかなりの力だ。
「無理って決めつけてちゃ何もできないでしょ!?大丈夫だって、多少寸止め地獄見ることにはなるけど絶対気持ちいいからああ!」
 悠馬の右足を思いっきりつかみ、ひっぱる。
 人間綱引き状態で悠馬の体はちぎれそうだ。
「その寸止め地獄が一番苦しいんだよ、今はあああ!ほんと、他の事にしてくれ、頼むからあああ!」
 悠馬はテレビが置いてある台の脚に両手を絡ませてしがみついた。
 こうなると、テレビの台ごと動かさなければ、悠馬を引きずりだすことができないだろう。

 何か策を講じなければ…!そうだ!
 私は、右手にありったけの力をこめて悠馬の右足を引っ張り続け、左手を足から離して悠馬の足裏をくすぐった。
「うひっ!?あ、それ、ずるい!ちょっ、あは、だめ、ばかああ!」
「ええええい、これでもくらええぇ!」
 私はさらに足裏をくすぐる手のスピードを上げる。
「あっ、やっ、ひひひっ、ひうっ、やめてぇ、もっ、あ、くすぐったい!」
 効果はバツグンらしい。
 彼が足裏に気を取られているうちに、ゆっくりと体を移動させて悠馬の上に馬乗りになった。
 こうなりゃ、私の勝ちだ。
 悠馬の頬を両手でぐっと挟み、「うぁっ…」と声を上げた悠馬の半開きの口に、舌を滑り込ませる。
 とたんに、悠馬の動きが止まった。
 何分経ったかなどどうでもいいが、水音と悠馬のうめき声が部屋に響き続けたあと私はそっと口を離した。

 手の甲で口元をぬぐい、私は涙目でヒクヒクと震え続ける悠馬に笑いかけた。
「私の勝ちね」
 悠馬のお腹にそっと手を当て、少しずつ少しずつ上へと滑らせていく。
 これはカウントダウンなのだ。
 このあと待ち受けるのは、さっきまでと比べ物にならないくらいに、どうしようもなく甘い時間。
「あ、ま、まって、おねが、まって、れい、れい、」
 ああ、こんなときだって君は、「やめて」って言わないから。


 だから好きよ。
「いや」
 思いっきり悠馬の右乳首をつねった。

「んぅうう、う」
「そんなに痛いの気持ちよかった?」
 右は爪でひっかき、左は親指でグリグリとつぶす。
「んんぅ、ぁ、ぁあ、おま、あとで、おぼえてろ…」
「悠馬こそ、乳首触られて気持ちよくなっちゃう事、覚えといたほうがいいんじゃない?それよりしゃべる余裕があるなら、もっとひどくしてあげようか」
 悠馬の薄い胸板に口を近づけて、右側の乳首を舌でペロリと舐めた。
「ぁあっ」
 一旦左をいじるのはやめにする事にした。
 右を集中して責めて、悠馬がとろけてきたら追い打ちをかけるように両方を一度にいじめればいい。

 舌の上で転がすだけでも反応はいいが、甘噛みしたり、吸ってみるとまた腰がはねる。
「あ、あ、や、それ、それ、だめぇ…」
「どれ?」
「か、かまないで…」
 さっき抓った時にも思ったけど、もしかして悠馬はちょっと痛くされる方が好きなんだろうか。
 もう一度、乳首に歯を立てようとした瞬間、悠馬が私の頭を掴んだ。
「なんで、やだ、かまないでっていってるのに…」
「悠馬のやめては、もっとやってでしょ?違うの?」
 少し強めに噛んでみる。
「ひうっ!あぁぁん…っ」
「ねぇ?どうなの?」
「ち、ちがわな…ちがわないぃ、やん、ぁあ、ぁんんっ」
 ついに陥落してしまった。
 よくもまあ、さっきこれで「気持ちよくない」なんて嘘をつこうとしたもんだ。火照った頬に手を添えた。
 肌は柔らかくてすべすべで、ふわふわで、目を閉じれば女の子のそれみたいだった。

「んっ、ん、あ、はぅ」
 そろそろ頃合いだろう。
 左の乳首にそっと手を伸ばし、爪でカリカリとひっかきはじめる。
「ひ、あ、ひう、ひ、や、いっぺんに、あ、ぁあ」
 さっきよりもひっかくときに、乳首が爪に引っかかる。
 右の乳首をなめながら、ちらりと横眼で見ると、ぷっくりと赤く膨れ上がっていた。
 どこの同人誌でも、さくらんぼがどうちゃらとか、美味しそうとか月並みな表現だなと思っていたが、これは確かにそうも言いたくなるだろう。

 悠馬は肌が白いほうだから、余計に乳首の周りだけがほんのりと色づいている。
 これまた、本当に色気が滴っており、絶対に誰にも見せたくない。絶対に。
 男の前でこんな顔とこんな乳首して、腰くねらせて喘いでみたら、秒で襲われる事間違いない。おっそろしい…。

「も、や、あぁ、れい、れいぃ、もうゆるして、もう、すんどめ、いや…もう、だめ…おねが、した、したさわってぇ…っ」
「だめ」
「やぁあ、ごめんなさぁ、も、おねが、あ、あ、がまんできないの、がまん、できな…」
「だめ」
 いっそ冷たいぐらいに彼のおねだりを断り続ける。
 可哀想なのが、可愛い。
 両方の乳首を親指と人差し指で挟み、ぎゅっと抓りあげた。

「い、っ、いた、ぁあんぅう、んっ、やっああ」
 ものすごくかわいい声で喘いでいるなぁ、なんてぼんやり思いながら、摘まみ上げた乳首から両手を離さず、ぐにぐにと指先で圧を加え続ける。
「んぅうう♡あ、あ、っぁあああ…っ」
 悠馬の腰が折れるのではないかというほどに反った。
 ここまで乱れるのも珍しいな…と思ったが、かなりの長さで寸止め状態にしていることを考えれば、この反応も当然か。
 手はまだ離さない。
「ぁあ、いや、はなして、はなしてぇ。だめ、い、イっちゃ…あ、やあ、まって。も、だめ!もう、もうむり、あぁああ、こわいよぉおお、きちゃ、きちゃうの…せいえき、きちゃう…っ」
「いいよ、イって」
「ふぇ、ぁああ、あ、あ、あ、っ———」
 
 手を離すと、悠馬はどさりと床の上に落ちた。
 そして、あたしは気づいてしまった。彼を下着穿いたままイかせてしまったという事に。
 これは、あとで相当怒られる。本当に怒られる。
 私は頭を抱えた。
「まずったなぁ…」
 以前も同じような事をして、しかも最悪な事にその時は悠馬が泊まるつもりじゃなかったから、替えの下着が無い状態だった。
 めちゃくちゃに怒られて、下着の替えが無い悠馬を外に出すわけにもいかず、必然的にあたしが夜中のコンビニに男物の下着を買いに行くという凄まじい罰ゲームを受ける羽目になった。(まあ、自業自得なのだが)
 
 次やったら、三日間は口きかないと脅され、もう二度とやりませんとひれ伏した記憶がある。
 今日は泊まると言っていたから替えの下着を買いに行く心配はないが、怒られる事は確実だった。
 まずい、どうしようと思った瞬間だった。
 私のTシャツの裾を悠馬の手が引っ張った。万事休す。
 これは怒られると覚悟して、恐る恐る悠馬の方を振り向いた。
 のだが。

 思いっきり腕に縋り付かれてしまった。
「エ、アノ、悠馬サン、ドウサレタ、ンデスカネ」
 予想外すぎて、片言になってしまった。
 というか、今さら気づいたけどこの体勢本気でまずい。悠馬の上目遣いを食らい続ける事になる。
 悠馬の少し汗ばんで火照った頬が、あたしの腕にぴたりと吸い付く。
 悠馬があたしの顔をもっと覗き込もうと顔の向きを変えた。
 濡れた瞳と視線がかち合う。
「もっと、して」
 唇が動く度に、私の腕にふにふにと当たる。
 まずい、向こうのペースに飲まれる気しかしない。
 素直になってしまったら、もう悠馬の勝ちだ。
 私をあの手この手で無自覚に誘惑してくる。

「あのね、悠馬」
「してくれないの」
 食い気味に強請られて、「いや、あの」とか「その…」とかどもってしまう。
 いけない、これもしかしてやばい展開ではないだろうか。
 悠馬さん、もしかして完全に理性ぶっ飛ばしてしまったパターンではなかろうか。
「きもちくなるとこ、もっと、さわってくれないの」
「触ったげるけど、ほら下着がさ、ね」
「すきなの。れいがすきだし、れいにさわられたい」
「いや、ほんとにあれやこれやしてやりたいけど、これ以上やると、素面の悠馬にあたし殺されちゃうっていうか、せめて遺書ぐらい準備させてほしいっていうか、だから、あの、あの!?」
 突然勢いよく悠馬は着ていたTシャツを脱ぎ捨て、上半身裸で私を抱きしめた。
 しかも悠馬はベッドの上に膝立ちなので、目の前にさっきまでいじめられ続けて赤く尖った乳首が、待って、なんで、どうして、
「悠馬さん、君は一体全体、何故、そういう事しちゃうかなぁ!?」


 何もかもが終わったあと、彼の衣服を必死に整えて、その後目をつぶって、もう一度目を開けるとなんと夜が明けていた。
 時計が昼の12時を指したところで目が覚めた私の目の前には、悠馬の顔があった。

「…ごめんなさい?」
 とにかく謝らないと殺されるのでは、という思いから、朝の挨拶の代わりに謝罪が口から飛び出したあたしを見て、悠馬は深くため息をついた。
「昨日はさんざんやってくれたな、お前」
「…いや、ほぼ後半に暴走したのはどっちかというと悠馬ですけど」
「そりゃそうだけど、スイッチ入れたのはお前だからな。下着があったから今回は許してやるけど、ほんといい加減に…」
 悠馬がブツブツと小言を言っているが、私はある一点が気になって彼に質問した。

「え、もしかして昨夜の暴走、記憶にあるんですか?」
「は…」
「そういうことだよね?」
 沈黙の後、悠馬は急に寝返りを打ってこちらに背を向けてしまった。
 この反応は、まさかの図星では!?

「否定なさらないんですね?」
 返事はない。
「じゃあ、記憶にあると?」
 まだない。
「いやぁ、あれは人生で最も衝撃的なシーンの一つに入るよ、凄かったよね。まさか、Tシャツ脱ぎす、ぶぎゃ」
 悠馬が投げた枕が顔面にクリーンヒットして、体がひっくり返った。
「うるさい!黙れ!」
「いつもあれぐらい素直だともっと可愛いよね」
「昨夜、さんざん泣かせにかかってきてた奴が、どの口で言ってるんだ!」
「気持ちよすぎていっぱい泣いちゃったもんね」
「それ以上バカなこと言ったら今日の朝飯作ってやらん!」
 悠馬は布団を蹴り飛ばしベッドを降りた。耳まで真っ赤になっている。
 枕元に置いていた眼鏡をかけて、キッチンの方へ歩き出そうとした悠馬に向かってあたしは懲りずにべらべらとしゃべり続けた。

「もうほんとにほっぺ真っ赤にして、あたしの腕に縋り付いて好きって言われたからほんとに可愛かったんだよ!普段の悠馬からは想像できないくらいでさ、いっぱい好き好きって言ってくれたから私嬉しく、て…?」
 急に悠馬がこちらを振り返った。
 真顔でずんずんとこちらに近づいてくる。
 まずい、調子に乗りすぎたかと身構えた瞬間だった。

頬にやわらかい感触。そして、悠馬の低い声が、ぼそりと何かをつぶやいた。
「え…」

 あっけにとられて頬を押さえたままの私を見て、悠馬は「おい、朝飯いらないのか。作らないぞ」とぶっきらぼうにそう言った。
「いります、いります!」
 慌てて悠馬のあとを追いかけてキッチンに向かう。
「砂糖か、塩」
「ケチャップ!」
「スクランブルエッグにしろと?」
「そうです!」
 冷蔵庫から卵のパックを取り出して悠馬に手渡し、髪の毛をヘアゴムでまとめる。
「わかった、じゃあお前食パン焼いとけよ」
「はーい。あと、私も愛してるー」
「えっ」
 そこからはもうご想像にお任せしたいっていうか。

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