むちむち義妹にうってつけの日
§
新しく家族ができるのだと。
少女が我が家に来るのだと。
知らされて、引き合わされたのが、半年前。
冬。
まだ春分にも届かない頃だった。
梅の並ぶ公園へ、会いに行ったのを覚えている。蕾の固く閉じた梅、綻ぶにはなお時間が必要で。父の再婚や急激な環境の変化に、思うところがない訳ではない。とはいえ、期待してしまうのもまた事実。何か予感めいたものもあった。冬の固い地面の感触を靴底に感じ、半ば速足だったことは白状する。
──本当に、本当に鮮烈な体験だった。
公園の展望デッキ、鈍色の空を背景にしてなお、その姿は煌びやかだった。
洒落たコートをまとった少女。16歳だとは聞いていた。けれど、その後ろ姿はずいぶんと背が高い。何より華やかだ。紅茶色の髪をサイドテールに結び、こちらを探しているのか、見回すたびに弾んでいる。
そして振り返った時。
思わず胸が跳ねた。
小走りにやってくるのは、とびきりの美少女。周囲の男性と変わらない長身でやってくる、幼くも可憐な女の子だった。みるみる大きくなる人影は、一歩ごとに魅力を輝かせていく。まるで女子高生モデルかなにかのようだ。可愛らしいお姉さんといったその雰囲気。もう、ウィスキーに似た淡い瞳さえ見えてきた。
そして、頭一つ分低い男子の前に立ち、はにかんで。
家族となるべき相手と、少しぎこちなく会釈しあう。
だが、その第一声。
彼女は膝を折って屈みこみ。
「ボク、歳はいくつ?」
子供向けの笑顔でそんなことをのたまったのだ。
おまけに、“親御さんは?”、と。
175㎝の長身美少女。
片やこちらは、150㎝付近の小男。
目線は、コート越しでも主張する胸元に届く程度で。
俺が渋面するのも、当然のはこびだ。
「……俺、18歳なんだが」
「……え?」
「だから、年上だって!!」
憤慨する義兄の声に少女は瞠目する。次いで、何か理解したように少し視線をそらすと、
「あー…………」
困ったように、笑みを浮かべたのだった。
“あー”とはなんだ、“あー”とは。
──まあ。
まあそれが、有栖との初対面だったわけで。
詰まるところ俺たちの邂逅は、最悪の部類に属するものだった。当たり前だ。後でわかったことだが、迷子かなにかに呼び止められたと思ったらしい。妙にぎこちなかったのもそのせい。“初めまして”より先に年齢かと憤慨したものだが、なんてことはない、義兄だと気づいてすらいなかったのだ。まして、年上だとは夢にも思わなかったろう。それが、これからともに暮らす人間だとも。
ハナからずっこけた義兄妹、そんなもの麗しい家族愛を育むはずもない。おまけに相手は20㎝以上小さな低身長男子。弟なら可愛がる気にもなれただろうが、2歳年上となれば話は別。
一目見て有栖は思っただろう。
ああ、こいつに猫被るは必要ないな、と。
結果生まれたのは、長身生意気義妹。
コートを脱ぎ、猫を被るのをやめれば、中から出てきたのはサイドテールのクソ生意気美少女だった。大人びた顔だちに不遜な笑みを浮かべ、高身長の体をそびえさせる。
そして、俺など歯牙にもかけないのだ。
自然体を通り越した、清々しいまでのスルー。無視させない存在感を放ちながら、こちらの存在を徹底的に素通りする。いや、もはや無視ですらない。目に留めつつ、見なかったことにする。無視がゼロならこちらは反転してマイナスだ。ひどい話だった。
「……おい、いい加減目を見て話せ」
ソファに寝っ転がり、長い体をどんっと横たえる有栖。一目見た時のあの可憐さはどこへやら、“あー、うんうん”とだけ生返事する。スマホから目も離さず、一文字たりと聞いていない。腹立たしい。正直キレそうだ。だが、力押しが通用する時代は終わった。今はただ不遇の時代。嘆息しつつ、手の打ちようがなかった。
そりゃあ確かに? 俺が150㎝と女性より小柄なのは確か。いや、破格に小さい。正直ランドセルを背負った女子小学生に見下ろされることもある。背の順に並べば大抵1番目だし、子供と間違われることだってしょっちゅうだ。男性ホルモンをよこさなかった親父を恨むしかない。
だけど、だけど175㎝は話が違うだろ……!
考えてもみればいい。常に目線に巨乳を揺らす超絶美少女。それが一つ屋根の下、リビングに入れば凄まじい存在感で歩いているのだ。目のやり場に困る。一応家族になってしまった。直視するわけにはいかない。だが、無視もできない。こんな可愛い女子高生にキモがられたら、正直立ち直れるかわからなかった。
だが、幸か不幸か、有栖は。
キモいという感情さえ、持ち合わせてはいなかった。
早々に俺を意識から外すと、空気のように、異性としては無以下のものとして扱い始めたのだ。
……俺のときめきを返せ。
俺の青写真を返してくれ。
そう思いつつも俺は、こいつの美少女っぷりから目を離せずにいた。無理もない。自分より圧倒的にデカい美少女が、あちこちのデカさを主張しながらすぐそばにいるのだから。
悶々とするのは当然だった。
「……おい、服を着ろ」
「着てるよ? ほら」
「ほとんど下着姿じゃねえか!!」
“ふーん?”と言ってわが身を確認する長身義妹。季節も過ぎ去り夏となった。その出で立ちはわずかに、キャミソールとホットパンツのみ。紺のデニム生地からは色白でぶっとい太ももが伸び、アイボリーのキャミからは谷間も肩も丸見えだ。肩に伸びるストラップが色っぽく、同時に強すぎる刺激を放っていた。本当に16歳かこいつ。
そんな姿でウロウロされたら、気が散って仕方ない。自室に引きこもっていたい。だが目下、リビングは兄妹間で領土紛争中だ。というより、一方的に侵略されつつあった。このままではテレビもソファも治外法権に置かれてしまう。生憎、それを良しとする余裕など俺にはなかった。
今も有栖は、ソファに寝ころびスマホをいじっている。ひざ掛けに太ももを預け、その長く太いブツを見せつけるのだ。背もたれから伸びる、眩しいばかりのむっちり美脚。俺の胴くらいあるんじゃないか。健康的な肉付きは生々しいくらいで、揺らすたびにむんにりとたわみ、色香を振りまいている。
だが、見つめているわけにもいかない。
俺は空いた席から義妹のバッグを放り出すと、どっかと腰かけた。
「ちょっと、危ないんだけど」
「詰めろバカ」
強引にソファに割り込む。不平を言いつつ有栖も身を起こした。ああ、義兄妹仲良くソファに並ぶ日が来るなんて。正直、あまり嬉しくない。
「はぁ……。まあいいけど」
隣で身をもたげる長躯。長身女性と並んで、肩までしか頭は届かない。それに思うところがないではないが、取り急ぎ保有地は確保できた。得意顔でソファに居座る俺。みみっちさはこの際度外視するほかない。
とはいえ、妙だ。妙な居心地の悪さがあった。
何か別のものを支配されているような……。
「義兄さんっていつもこうなの? 私だけ?」
ぶつくさ言いながら、けれど巨大な肉体はなお何か甘い引力を感じさせている。
主に、それは視線のすぐ近くから発せられていて……。
ああ、そうだ。これだ。
横に並べば、目線は肩と背比べ、目の高さには美少女爆乳。横から張り出してくる、恐ろしいまでのキャミソールおっぱいが視界を侵略してくるのだ。メロンくらいはあるその重量感。規格外のサイズは、他では拝めない物量だった。
そんなもの、無視できるはずがない。
おまけに、今俺の表情は有栖の死角。横目で見れば、彼女に気づかれることもない。普段見まいとしていた分、視線誘導の強制力は強烈だった。
困った。
実に実に困った。
見ずにいられるはずがない。
キャミソールから、溢れんばかりに覗くマシュマロ色おっぱい。
その膨張する肉感と蕩けるような乳白色が、目に余りに毒だ。
この巨乳に触れたら。
この高密度の柔らかさに埋もれたら。
洗濯物で、うっかり見てしまったGカップという大きさ。
夢のようなそれを知って、どうして欲求を抑えたらいいのか。
もしこのまま、いや、でも…………。
義妹という立場と有無言わさぬ圧倒的肉体。
両者がせめぎ合って、白熱する脳内。
その脳天を打ったのは、
「見てんのバレてるよ?」
美少女の、そんな呟きだった。
「えっ?!」
「バレない訳ないでしょ。しっかり俯いてんだもん。あはっ、小さいからって死角になると思ったんだ? 自分で認めてるじゃん、そのチビさ♪ 卑屈すぎ♪」
ケラケラと笑うたび揺れるマシュマロ爆乳。今見るわけにはいかないと言いつつ、必死に見上げればますますバレてしまう。赤面しつつ、俺はどうすることも出来ない。ただ顔を背け、歯嚙みするだけだ。
「なんでこんなのと兄妹になっちゃうかなぁ?」
「……俺だって、誰がこんな生意気な……」
「で? それで胸見て興奮してるわけ? だっさ♪」
「べっ、別に見たくて見たわけじゃ……ッ!」
一方の有栖は立ち上がると、そのままひらひら手を振って去ってしまう。
「そう言って、すぐ負けちゃうじゃん? ま、頑張りな~♪」
どうも、戦利品のリモコンを取りに席を立ったようだった。生憎番組の趣味は合わない。何より今、こいつの隣に座り続ける度胸はなかった。
憎々しくその背をねめつける俺。
それから一つ、ため息を吐く。
戻るか……。
半ば敗北感に苛まれつつも、撤退する以外に手はない。
席を立ち、トボトボと、義妹の背をかすめ、自室に戻らんとした……、
その時。
「あっ、ごめん」
振り返く美少女。
そして、不意に、意図的に。
その爆乳を、横殴りで顔面へぶち込んだ。
乳ビンタだった。
「はっ……?」
ふわりとした香りとともに、突如俺へ襲い掛かる義妹おっぱい。しっかりした生地に包まれたGカップ爆乳が視界を覆い尽くしたと思えば、次の瞬間襲ってきたのは“むちいぃ……ッ♡”ととてつもなく豊饒な弾力だった。顔前面に広がる幸せな密度と柔らかさ。だがそんなもの、1Lペットボトルで殴り倒されたも同然。質量にものを言わせた乳ビンタは、そのハリで小男を押し返し。
俺を、弾き飛ばしてしまったのだ。
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