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2024年 01月の記事 (12)

咲崎弧瑠璃 2024/01/26 17:40

ニィロウは不浄を知らず

 
 §
 物見遊山で来るには、いささか刺激が強かった。
 さすがスメールシティだと思い知った。
 さっきまで、あれほど愕然としていたのに。わが国最大の都市が、まさかこんな素朴な街だったなんて。街の中に畑があるとは思わなかった。これでは大した収穫も見込めない。地下市に寄ったら帰ろうとしていた時分だった。

 ──ズバイルシアターは、一人の少女の独壇場だったのだ。

 遠く、どこか小鳥めいた踊り子が、肢体をしなやかに流し踊りを捧げる。近づけばそこには彫琢された美。まだあどけなさ残る美少女の、表情まで見えてきた。無垢な顔立ちが、どこか神懸かり的な雰囲気を醸し出す。奔放に動いているようで洗練された動きは流麗、夕焼けに染まった髪色と青の衣装が宙に流れ、時に金の装飾の音が鳴る。

 音楽の中、靴の舞台を踏み軋む音さえ聞こえてくるようだった。角の生えた被り物から豊かに流れるオレンジ髪も、胸元と腰回りだけを隠す衣装も、舞台や音楽さえ渾然一体となりその美しさを際立たせる。何より、凄まじいほどの美少女だ。締まった脚は肉感的で、色白の肌はミルクのよう。眼福、いや、それ以上。来た甲斐があった。
 観客が感嘆ともつかないため息を漏らし囁き合う。そうか。ニィロウというのか。

 美しい夢のようだった。そこに身を浸せば長く続く甘い時間。振り返れば何もなかったかのように残滓だけが残る一瞬。彼女の香りさえ漂ってくるような世界で、乳白色と青と紅が混ざり、ふと、その紺碧の瞳と目が合った。

 音楽がやみ人もまばらに散っていった後、尚立ち尽くす。
 今見たのは、現実なのか。
 或いは俺はこの時点で、狂気の中にいたのかもしれない。

 一歩進みだした。

 もはや、夢遊病だった。

 一目みたい。あれが実在していた痕跡が欲しい。何かが倒錯していく気がする。鍵もかかっていない楽屋に忍び込んですら、俺は自分を省みることがなかった。早く彼女に触れたいと思うばかりで、この時だけは欲望も純粋だったかもしれない。

 けれどいざ楽屋に辿り着いた時。俺は拍子抜けもいいところだった。
 いない。
 袋一つが置いてあるばかりだ。
 やはり、下城区の姫にお目にかかるのは難しいのか。沸騰していた思考が、急に醒めてくる。

 ……帰るか。
 きびすを返そうとしたとき、とはいえどうも未練がある。
 袋の中身が気になった。彼女のものと思しきそれは、何かが詰まっている。道具だろうか。或いは、服……?
 ゆらぁっと、仄暗い欲望がくゆり始めた。

 止められない。
 ただ、こんなに無防備に置いてある方がおかしいではないか。盗んでくださいと言わんばかり。紐解き中を探り、ふわりと広がる香りに脳が揺すぶられる。
 だが中身を取り出すまで時間は待ってくれなかった。

 代わりに飛んできたのは、鈴のような美声が一つ。

「ちょっと、何してるの?」
 弾かれたように振り返れば、果たしてそこには明るい紅茶色の踊り子娘。見紛うはずない。ニィロウだ。まだダンス衣装を着たまま。もしかしてこれが普段の格好なのか? いや、今はそんなことを考えている場合ではない。早くこの場を切り抜けなければ。いや、このまま留まって、あるいはこの美少女と……。
「その手に持っているものはなぁに?」
 少女が問い詰めるが、綿菓子のようにふわふわとした声では迫力がない。ただ、その音色は耳にあまりに甘かった。染み通っては消えていくような声音。これに耳元で囁かれたら、理性を保てないかもしれない。

 沈黙は雄弁で、それをニィロウは自白と受け取った。
 ため息をついて頭を振る。
「こういうの良くないんだよ? とにかく、人、呼ばなくちゃ……」
 人? そうか、人がここにきて、彼女と俺の間に入り、そして俺は、俺は……!
 ようやく事態を理解し、焦燥感が駆け巡る。逃げなければ。でもどこへ。もしくは今すぐ彼女の口を塞ぎ何かするべきか。彼女の肌に触れたりすれば、理性を保てる自信がない。そうなればどれほどの幸福が俺に訪れるか。
 ただ、もうまごついている時間もなかった。
 袋を引ったくって、一目散に走りだす。

「あっ、ダメっ!」
 背後から声が響く。けれどいくら踊り子とはいえ、華奢な少女に男の脚には追いつくまい。流麗な踊りは似合っても泥臭い走りにはあまりに縁遠いはず。
 そう思った時だった。

「よっと」
 そんな、間の抜けた声と共に。

 脇腹に叩き込まれたのは、しなやかでぶっといおみ脚で──!

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咲崎弧瑠璃 2024/01/26 17:38

むちむち義妹にうってつけの日

 §
 新しく家族ができるのだと。

 少女が我が家に来るのだと。

 知らされて、引き合わされたのが、半年前。
 冬。
 まだ春分にも届かない頃だった。

 梅の並ぶ公園へ、会いに行ったのを覚えている。蕾の固く閉じた梅、綻ぶにはなお時間が必要で。父の再婚や急激な環境の変化に、思うところがない訳ではない。とはいえ、期待してしまうのもまた事実。何か予感めいたものもあった。冬の固い地面の感触を靴底に感じ、半ば速足だったことは白状する。

 ──本当に、本当に鮮烈な体験だった。

 公園の展望デッキ、鈍色の空を背景にしてなお、その姿は煌びやかだった。

 洒落たコートをまとった少女。16歳だとは聞いていた。けれど、その後ろ姿はずいぶんと背が高い。何より華やかだ。紅茶色の髪をサイドテールに結び、こちらを探しているのか、見回すたびに弾んでいる。
 そして振り返った時。
 思わず胸が跳ねた。
 
 小走りにやってくるのは、とびきりの美少女。周囲の男性と変わらない長身でやってくる、幼くも可憐な女の子だった。みるみる大きくなる人影は、一歩ごとに魅力を輝かせていく。まるで女子高生モデルかなにかのようだ。可愛らしいお姉さんといったその雰囲気。もう、ウィスキーに似た淡い瞳さえ見えてきた。

 そして、頭一つ分低い男子の前に立ち、はにかんで。
 家族となるべき相手と、少しぎこちなく会釈しあう。

 だが、その第一声。
 彼女は膝を折って屈みこみ。

「ボク、歳はいくつ?」

 子供向けの笑顔でそんなことをのたまったのだ。
 おまけに、“親御さんは?”、と。

 175㎝の長身美少女。
 片やこちらは、150㎝付近の小男。
 目線は、コート越しでも主張する胸元に届く程度で。

 俺が渋面するのも、当然のはこびだ。

「……俺、18歳なんだが」
「……え?」
「だから、年上だって!!」
 憤慨する義兄の声に少女は瞠目する。次いで、何か理解したように少し視線をそらすと、
「あー…………」
 困ったように、笑みを浮かべたのだった。

 “あー”とはなんだ、“あー”とは。

 ──まあ。
 まあそれが、有栖との初対面だったわけで。

 詰まるところ俺たちの邂逅は、最悪の部類に属するものだった。当たり前だ。後でわかったことだが、迷子かなにかに呼び止められたと思ったらしい。妙にぎこちなかったのもそのせい。“初めまして”より先に年齢かと憤慨したものだが、なんてことはない、義兄だと気づいてすらいなかったのだ。まして、年上だとは夢にも思わなかったろう。それが、これからともに暮らす人間だとも。
 ハナからずっこけた義兄妹、そんなもの麗しい家族愛を育むはずもない。おまけに相手は20㎝以上小さな低身長男子。弟なら可愛がる気にもなれただろうが、2歳年上となれば話は別。
 
 一目見て有栖は思っただろう。
 ああ、こいつに猫被るは必要ないな、と。

 結果生まれたのは、長身生意気義妹。
 コートを脱ぎ、猫を被るのをやめれば、中から出てきたのはサイドテールのクソ生意気美少女だった。大人びた顔だちに不遜な笑みを浮かべ、高身長の体をそびえさせる。
 そして、俺など歯牙にもかけないのだ。
 自然体を通り越した、清々しいまでのスルー。無視させない存在感を放ちながら、こちらの存在を徹底的に素通りする。いや、もはや無視ですらない。目に留めつつ、見なかったことにする。無視がゼロならこちらは反転してマイナスだ。ひどい話だった。
 
「……おい、いい加減目を見て話せ」
 ソファに寝っ転がり、長い体をどんっと横たえる有栖。一目見た時のあの可憐さはどこへやら、“あー、うんうん”とだけ生返事する。スマホから目も離さず、一文字たりと聞いていない。腹立たしい。正直キレそうだ。だが、力押しが通用する時代は終わった。今はただ不遇の時代。嘆息しつつ、手の打ちようがなかった。

 そりゃあ確かに? 俺が150㎝と女性より小柄なのは確か。いや、破格に小さい。正直ランドセルを背負った女子小学生に見下ろされることもある。背の順に並べば大抵1番目だし、子供と間違われることだってしょっちゅうだ。男性ホルモンをよこさなかった親父を恨むしかない。

 だけど、だけど175㎝は話が違うだろ……!
 考えてもみればいい。常に目線に巨乳を揺らす超絶美少女。それが一つ屋根の下、リビングに入れば凄まじい存在感で歩いているのだ。目のやり場に困る。一応家族になってしまった。直視するわけにはいかない。だが、無視もできない。こんな可愛い女子高生にキモがられたら、正直立ち直れるかわからなかった。
 
 だが、幸か不幸か、有栖は。
 キモいという感情さえ、持ち合わせてはいなかった。

 早々に俺を意識から外すと、空気のように、異性としては無以下のものとして扱い始めたのだ。

 ……俺のときめきを返せ。
 俺の青写真を返してくれ。

 そう思いつつも俺は、こいつの美少女っぷりから目を離せずにいた。無理もない。自分より圧倒的にデカい美少女が、あちこちのデカさを主張しながらすぐそばにいるのだから。

 悶々とするのは当然だった。
「……おい、服を着ろ」
「着てるよ? ほら」
「ほとんど下着姿じゃねえか!!」
 “ふーん?”と言ってわが身を確認する長身義妹。季節も過ぎ去り夏となった。その出で立ちはわずかに、キャミソールとホットパンツのみ。紺のデニム生地からは色白でぶっとい太ももが伸び、アイボリーのキャミからは谷間も肩も丸見えだ。肩に伸びるストラップが色っぽく、同時に強すぎる刺激を放っていた。本当に16歳かこいつ。

 そんな姿でウロウロされたら、気が散って仕方ない。自室に引きこもっていたい。だが目下、リビングは兄妹間で領土紛争中だ。というより、一方的に侵略されつつあった。このままではテレビもソファも治外法権に置かれてしまう。生憎、それを良しとする余裕など俺にはなかった。

 今も有栖は、ソファに寝ころびスマホをいじっている。ひざ掛けに太ももを預け、その長く太いブツを見せつけるのだ。背もたれから伸びる、眩しいばかりのむっちり美脚。俺の胴くらいあるんじゃないか。健康的な肉付きは生々しいくらいで、揺らすたびにむんにりとたわみ、色香を振りまいている。
 だが、見つめているわけにもいかない。
 俺は空いた席から義妹のバッグを放り出すと、どっかと腰かけた。
「ちょっと、危ないんだけど」
「詰めろバカ」
 強引にソファに割り込む。不平を言いつつ有栖も身を起こした。ああ、義兄妹仲良くソファに並ぶ日が来るなんて。正直、あまり嬉しくない。
「はぁ……。まあいいけど」
 隣で身をもたげる長躯。長身女性と並んで、肩までしか頭は届かない。それに思うところがないではないが、取り急ぎ保有地は確保できた。得意顔でソファに居座る俺。みみっちさはこの際度外視するほかない。

 とはいえ、妙だ。妙な居心地の悪さがあった。
 何か別のものを支配されているような……。

「義兄さんっていつもこうなの? 私だけ?」
 ぶつくさ言いながら、けれど巨大な肉体はなお何か甘い引力を感じさせている。
 主に、それは視線のすぐ近くから発せられていて……。

 ああ、そうだ。これだ。
 横に並べば、目線は肩と背比べ、目の高さには美少女爆乳。横から張り出してくる、恐ろしいまでのキャミソールおっぱいが視界を侵略してくるのだ。メロンくらいはあるその重量感。規格外のサイズは、他では拝めない物量だった。
 そんなもの、無視できるはずがない。
 おまけに、今俺の表情は有栖の死角。横目で見れば、彼女に気づかれることもない。普段見まいとしていた分、視線誘導の強制力は強烈だった。

 困った。
 実に実に困った。
 見ずにいられるはずがない。
 キャミソールから、溢れんばかりに覗くマシュマロ色おっぱい。
 その膨張する肉感と蕩けるような乳白色が、目に余りに毒だ。
 この巨乳に触れたら。
 この高密度の柔らかさに埋もれたら。
 洗濯物で、うっかり見てしまったGカップという大きさ。
 夢のようなそれを知って、どうして欲求を抑えたらいいのか。
 もしこのまま、いや、でも…………。

 義妹という立場と有無言わさぬ圧倒的肉体。
 両者がせめぎ合って、白熱する脳内。
 その脳天を打ったのは、

「見てんのバレてるよ?」
 美少女の、そんな呟きだった。

「えっ?!」
「バレない訳ないでしょ。しっかり俯いてんだもん。あはっ、小さいからって死角になると思ったんだ? 自分で認めてるじゃん、そのチビさ♪ 卑屈すぎ♪」
 ケラケラと笑うたび揺れるマシュマロ爆乳。今見るわけにはいかないと言いつつ、必死に見上げればますますバレてしまう。赤面しつつ、俺はどうすることも出来ない。ただ顔を背け、歯嚙みするだけだ。
「なんでこんなのと兄妹になっちゃうかなぁ?」
「……俺だって、誰がこんな生意気な……」
「で? それで胸見て興奮してるわけ? だっさ♪」
「べっ、別に見たくて見たわけじゃ……ッ!」
 一方の有栖は立ち上がると、そのままひらひら手を振って去ってしまう。
「そう言って、すぐ負けちゃうじゃん? ま、頑張りな~♪」
 どうも、戦利品のリモコンを取りに席を立ったようだった。生憎番組の趣味は合わない。何より今、こいつの隣に座り続ける度胸はなかった。

 憎々しくその背をねめつける俺。
 それから一つ、ため息を吐く。

 戻るか……。

 半ば敗北感に苛まれつつも、撤退する以外に手はない。
 席を立ち、トボトボと、義妹の背をかすめ、自室に戻らんとした……、

 その時。
 
「あっ、ごめん」
 振り返く美少女。
 そして、不意に、意図的に。
 その爆乳を、横殴りで顔面へぶち込んだ。

 乳ビンタだった。

「はっ……?」
 ふわりとした香りとともに、突如俺へ襲い掛かる義妹おっぱい。しっかりした生地に包まれたGカップ爆乳が視界を覆い尽くしたと思えば、次の瞬間襲ってきたのは“むちいぃ……ッ♡”ととてつもなく豊饒な弾力だった。顔前面に広がる幸せな密度と柔らかさ。だがそんなもの、1Lペットボトルで殴り倒されたも同然。質量にものを言わせた乳ビンタは、そのハリで小男を押し返し。
 俺を、弾き飛ばしてしまったのだ。

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