紅差し 2020/09/12 00:08

高山とお姉さんが骨董市に出る話。

※ヒロインの名前が容赦なく出てくるのでご注意ください※


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『今週の土曜日、暇ですか?』

昼休みの時間を狙ったかのようなタイミングで、しゅぽ、と聞き慣れた音を立てて舞い込んできたメッセージ。
彼との交際が始まってもう一年近く経つというのに、その存在を意識しただけで、未だに胸が高鳴る。パスタを巻き取る途中だったフォークを置いて、スマートフォンを手に取る。

続けざまにもう一通。

『知り合いのおばあさんが生前整理をするっていうので、骨董品一式を僕が貰い受ける事になったんですけど。余分な物を骨董市で売ろうかと思いまして。よかったら手伝ってくれませんか。』

へぇ、そうなんですね、と一瞬流しかけた所で、ふと違和感を覚えた。
…知り合いのおばあさんの、生前整理を受ける?

『土曜空いてます。おばあさんって、親戚の方ですか?』

『いいえ、まったく無関係の、去年知り合ったばかりの方ですね』

間髪入れずにツッコミどころ満載の返答を重ねられる。
反射的に背筋に僅かな寒気が走ったが、彼のこういった不気味な言動にどうしようもなく惹かれてしまうのも事実だった。

竹上百合。今となっては、こんな時に頭をよぎるのは「彼の身に危険が及ばなければまぁそれでいい」という思いのみ。
彼が他者を食い物にする時、当人はこれ以上ないほど幸福に、どろどろと消化されていくというのを知っていたから。
それは、自分も然り。



そうして週末の土曜日。絵に描いたような陽気が満ちる午前9時。
骨董市が開かれる公園沿いの道路に、見慣れた軽トラックが駐車されているのを見つけて近づく百合。

高山獏と…初めて見るスキンヘッドの男が、荷運びをしていた。

「あれ、来るの早いですね」

百合の姿に気づき、ふわっと微笑みかける高山。
スキンヘッドの男は百合を一瞥し、こちらも軽く会釈を返したが、特に何の感情も示さず黙々とカートにダンボール箱を積み上げている。

「あの、むしろ遅くてごめんなさい…私も手伝いますね」
「あぁいいですよ。これは力仕事だし、もう終わっちゃいますから。あー加藤さん、そっちの箱は僕が持つのでもう全部持っていきましょうか」

高山はカートに乗り切らなかった箱を小脇に抱え、"加藤さん"と呼んだ男と共にさくさくと歩みを進める。
その一歩後を付いていきながら、じっと二人の後ろ姿を眺め回す。
高山は女性的な顔つきとは裏腹に身長は180cmを越えており、直線的でしっかり筋肉のある男性的な体格をしているが、それを軽く上回る"加藤さん"の筋骨隆々とした巨体。
太陽の光を反射するスキンヘッドに、それと両腕にびっしり巻き付く和彫りの…入れ墨。
怖すぎる……と百合の思考が停止している合間に、指定のテントに辿り着いた。

古今東西の陶器や家具が入り乱れる空間に、また、見知らぬ影。
全身黒づくめの少年がパイプ椅子にダルそうに腰掛け、スマートフォンで恐らくゲームをやっている。骨董市など心底興味がないというオーラを全身から発していた。

「…あ。高山さん。なんかもう値段交渉しに来たババアが居たんスけど、よく分かんないから後で来てって言っときました」
「あぁ構いませんよ、全部並べてくれてありがとね。吉田くんやっぱセンスいいね」

…中学生くらいだろうか。
これまた"加藤さん"と同じく無愛想な態度だが、決して刺々しい訳ではなく、まるで家族のようなラフさで高山と接している。

「……あ?」
「えっと…、初めまして、竹上と申します」

高山の後ろに隠れるようにして立っていた百合の姿に気づき、怪訝な顔を浮かべる"吉田くん"。
げ、と思いっきり顔をしかめて、何か言いたげに高山を睨みつける。

「僕の恋人ですよ。」

何故か得意満面に言い放つ高山。"吉田くん"は百合とは目を合わせないまま、軽く頭を下げ、逃げるように腰を上げた。

「じゃあ俺たちこの辺で帰るんで…」
「あれ、骨董市見てかないの?」
「マージで興味ないっす。ケバブ食って帰ります」
「そう。じゃあね、加藤さん吉田くん、お手伝いありがとうございました。」

高山は特に二人を百合に紹介しようともせず、ひらひらと手を振る。
"加藤さん"と"吉田くん"もこれで用済みだと踵を返し、そのアンバランスな後ろ姿を百合は呆然と見送り…

「…僕のお友達ですけど。どうかしましたか?」

「いえ…あの……高山さんの…お友達?初めて見たので、驚いてしまって」
「あっは、僕の事何だと思ってるんですか。居ますよ、友達の一人や二人くらい。」

それにしたってどうみてもカタギには見えない男と、中学生男子と、高山の取り合わせは謎なのだが。

「二人ともちょっと女性が苦手なんですよねぇ。特にお姉さんみたいに育ちの良いお嬢様っていう感じの人は、どう接したら分からないんじゃないですかね。
 …でも、良い子ですよ。今度みんなで、ごはん食べに行きましょうか。」



…骨董市。何となく想像していた通り、都心で優雅な暮らしを送っていそうなマダムや老夫婦が訪れる空間だが、想像以上に、熱気のあるイベントだった。
大量の骨董品は次々に品定めされ、「安くならないか」と話かけられる。
客が値切りの圧をかけてくるのは決まって百合の方ばかりで、骨董品の知識など欠片もない百合が高山に助けを求める度に、高山は楽しそうにくすくす笑い、得意の話術で客を丸め込むのだった。

「疲れました?」
「いえ、流石にまだ始まったばかりなので。…始まったばかりなのに、凄いですけど」
「…ねぇ。だいたいハンドメイドマーケットとか骨董市みたいな物売るイベントは、出だしでガチ勢が来ますからね。もう第一陣は済んだので、後はしばらくまったりですよ。」
「第一陣」
「第二陣は、閉会間際の叩き売り目当ての群れですね」
「あぁー…」

ぼんやりと間抜けな声を漏らしつつ、ケースの中の札を綺麗に揃えていく。その時、不意に「百合さん!」と、底抜けに無邪気な声が弾けた。

「あ、つばめちゃん」
「こんにちわ!遊びに来ちゃいました〜っ」

桃色の髪の小柄な少女が、人混みの中からぴょこりと現れる。
その背後には、すらりと細身の金髪の青年が付き添っている。長い睫毛を伏せつつレースの日傘を差している姿が、成人男性であるのにどこの深層の令嬢かといった異様な雰囲気を放っていた。
その姿を見つけて、フッと目を細める高山。

「おや天上先生、ご無沙汰ですね」
「どこが。先週も会ったじゃないですか」

高山の適当な挨拶に、これ見よがしに眉間の皺を寄せる天上かなめ。
百合にとっては冗談での軽口には見えない刺々しい物言いなのだが、高山本人は全く意に介さず、天上にわざとらしく絡む姿はもうお馴染みの光景だった。

「百合さん見ました?向こうでクマがカステラ売ってましたよ!」

そんな恋人のツンケンした態度をこれまた意に介さず、脳天気な会話を繰り広げる姿も中西つばめの通常運転である。
袋いっぱいに詰まったクマ型のカステラを差し出し、八重歯を見せて笑う。いつも蜂蜜と小麦粉の甘ったるい匂いを漂わせている少女だった。

「あ!かなめさん、これ可愛くないですか」
鳥の形をした陶器を持ち上げ、屈託のない笑みを浮かべて恋人を振り返る。

「ン…?…そうですね、ブサイクで可愛いと思いますよ」
気取って、凛とした声色で返す天上。
つばめが「そうですよねぇ、視点合ってなくて可愛いですよね」と頷く顔をじっと見つめながら、天上の目元は蕩けるように潤んでいく。一瞬前までの高山に対する表情とは雲泥の差で、そのギャップが何度見ても面白い。
高山も同じように考えているのか、二人に絡むように口を開く。

「目の付け所がいいですね。これ、花瓶なんですけど、アヒルが花束背負う形になるんですよ」
「あっ…あーなるほど!可愛い…すごい可愛いですね!」

つばめはおもむろにアヒルの陶器をひっくり返した…が、底に貼り付けられている値札を見て「あぁ〜…」と呻き声を上げ、そっと元の位置に戻した。
その様子を見てつばめに問いかける天上。

「いくらだったんですか」
「…。にまんえん…」

天上は、きゅう、と眉を寄せて高山に冷たい視線を寄越す。

「…ぼったくってませんか?」
「まさか。適正価格ですよ」

白々しく答える高山。そのアヒルの花瓶は、朝の時点で百合も「高い!どこかのブランドの品なんですか?」と少々驚いたのだが、「いや実際は三千円程度でいいんですけど、可愛いので、欲しがる人は欲しがるかなって思って」と返答があった物なのだ。

(実際にその値で欲しがる人がいるなら、適正価格なのかもしれないけど…)

つばめはすでに他の皿などを眺めており、花瓶の事は諦めているようだが。

「……あの…少しまけてあげるとか…」
と百合がそっと耳打ちするも、高山は「いいから」と笑う。

結果、天上かなめがアヒルの花瓶を指差して「これください」と口を開いた瞬間に、百合は(そうですよねそうなりますよねぇ…)と呻き声を上げそうになったが、寸でのところで耐え抜いた。

「毎度ありがとうございました〜」
緩衝材でぐるぐる巻きにされたアヒルの花瓶を大事そうに胸に抱く中西つばめと、高山を冷ややかに睨みつけてから踵を返す天上かなめ。

二人の背中を見送った後で、天上から受け取った2万円をひらひらさせながら「これで今度4人でパーティーでもしましょう」と満足そうな高山を横目に、百合は「人で遊ぶのは良くないと思います〜…」と机に突っ伏すのだった。



(のどかだ……。)
骨董市の会場の端で、屋台のおこぼれをスズメがつつく光景をぼんやり眺めながら、ふぅ、と息を吐く百合。

「お待たせしました〜、サングリア2つで1400円頂きます」
「あ、はいっ」
ツーブロック白シャツ黒エプロン麻布十番のダイニングバーから特別出店してきましたオーラ満載の男性店員から声をかけられ、はっと顔を上げる。
取り出した財布の角が屋台のでっぱりにぶつかり、容赦なく小銭がぶちまけられた。

「うぁっ……」
百合が己の鈍臭さに絶望し呻き声をあげると同時に、後ろに並んでいたカップルの彼女の方がぱっとしゃがみこんで小銭を拾い出す。

「す、すみません…!」
「いえ、どうぞ」
慌てて自分もしゃがみこんだ百合に、おっとり微笑みかける彼女。
彼氏の方まで「あっちまで転がってた」と茂みから百円玉を取ってきてくれ、何度も頭を下げて礼を言った。


ぐう、と呻きながらテントに戻ってくる百合。
「や、やらかしました……」
「何が?」
「サングリア買う時に、小銭ぶちまけちゃって…」
「あっは、目に浮かびますね〜(笑)」
百合の失敗をけらけら笑いながら、それでも一言ありがとうございます、と付け加えてプラカップを受け取る高山。

「食器とか、まだ少し余ってますけどそろそろ値下げとかします…?このティーカップとか、一個五千円って中々な値段…」
「ブランドのレアな物ですからねー。うちに寄ったお客さん見た感じ、後で値切りに来そうな人何人かいたので、自発的に下げなくても大丈夫だと思いますよ。」
「……。」
「…どうしました?」
「……高山さんって、結構お金大好きですよね?」

百合の発言に、ぱち、と長い睫毛を揺らす。

「いっぱい稼いでいっぱい使う主義なんです。こういう日々の積み重ねがね、この前のバリ旅行に繋がるんですよ〜」

長い指で千円札の束をぱらぱら捲って笑う高山。
つい先月は二人で南国に飛んで、日中は非現実的に美しい海岸を満喫して、日没後は、灯りを求めてぺたぺたと窓に張り付いてくるヤモリに絶叫する百合に高山は「これが現実ですよ」と爆笑して、灯りを落として、異国の夜を隅から隅まで満喫した。
流れでその思い出を振り返りながら談笑していると、見覚えのあるカップルがテントの中に僅かに残る品を覗き込んできた。

「あ。先程はどうも…」と柔らかく笑う橙色の髪の美少女に、はっとお辞儀を返す百合。

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました…!」
「お姉さん、知り合いですか?」 
「あの…さっき小銭拾うの手伝ってくれた方々です」
反射的に赤面しつつ、高山に目の前の名も知らぬカップルを紹介する。

「あぁ、なるほど。ゆっくり見ていって下さいね」
「はい」

閉会時間が近づき、会場のそこかしこで値切り合戦が幕開ける中、じっくりと品物を見定める彼女。
「…それ欲しいの?」と、隣の青髪の彼氏が問いかける。

(わぁー、多分絶対バンドマンだ…ちょっと顔隠してるし有名な人なのかな…)
と些かな野次馬根性的な視線も交えつつ、微笑ましいそのカップルを眺める。
ナチュラルで清楚な服装の彼女と、キャップとマスクで顔半分を隠しつつ黒尽くめな出で立ちの彼氏は一見アンマッチなようでいて、しかし二人とも物腰が上品で、お似合いの雰囲気を放っていた。

「…ラベンダー色のティーセットって綺麗だなと思って。でもお部屋に不釣り合いかな…」
「そう?気に入ったなら買えばいいと思うけど。いくら?」
「えっと……」
そっとカップの底を覗く彼女。あっ…と声を漏らすのと同時に、高山が横からもうひとつのカップを手に取り「あぁこれ勢いでゼロ一個多く書いちゃったみたいです、五百円でいいですよ」
と言い放った。

「!?そうなんですか…?」
驚く彼女に、おっとり微笑み返す高山。
「はい〜、どこの物かも分からないただの古い食器です。うちの家内がお世話になったみたいですし、遠慮なくどうぞ。」
「あ、ありがとうございます…大切に使います!」

ティーセット一式を受け取って深々とお辞儀する彼女と、ぺこりと頭を下げる彼氏の姿を、百合は(良い……)とひとりごちながら見送った。



「…毎度感服するんですけど、高山さんって」
「ん?」
「……。あざといですよね…。」
無性に赤く染まっている己の顔を見られたくなくて、俯きつつ呻く百合。

「善行ポイントを溜めようと思っただけですよぉ。天上先生をボッたぶん、名も知らぬカップルに優しくして、お姉さんの好感度上げとこうかなって」
「未だかつて下がった事がないんですが…」
「そうなんですか?あなた悪い人ですね〜(笑)」

公衆の面前で半ば発情している(本人はそう見えている自覚はないだろうが)百合の様子を、もはやプレイの一環として楽しむ高山。今までも彼の言動にぐずぐずに蕩かされ、手のひらで転がされる女性は数え切れない程存在したが、どうしてか竹上百合を翻弄する事に関しては、格別の快感が伴う。

最後のひと押しという訳ではなく、当初からそのつもりだった『売上でおばあさんへのお礼の焼き菓子も買って帰る』という善行ポイントも重ねつつ、高山は百合と帰路についた。
土曜の朝から日曜の夜まで、まだまだ時間はたっぷり余っているが、きっと一瞬で過ぎ去る。




「……高山さんさっき"家内"って言いましたよね!?」
「言いましたね、最近どこ行っても夫婦扱いされるからもういいかなって思って」
「そ、それはそうですけど…心臓に悪いです……。」



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談話室獏は順調に人生を満喫しており天上は小説家タレント継続しつつ姫ちんと同棲しており中瀬はバンド頑張りつつ看護師ナースちゃんと健やかに暮らしている甘ったれ設定。
小説でヒロイン名無しはきついので名前びゃーっと出ましたが、中瀬とナースちゃんはお姉さんの見知らぬ人なのでナースちゃんの名前が出る余地がありませんでした…。

お姉さん:竹上 百合(たけがみゆり)
姫ちん:中西 つばめ(なかにしつばめ)
ナースちゃん:鶴里 歩(つるさとあゆむ)
という仮設定があるとかなんとか。

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