火村龍 2020/10/31 18:02

【小説】エンゼルリリー ~狙われたエンゼルブーツ~ その2

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 脚が熱い。リリーは最初にそう思った。だがなぜか、本当に熱いのかどうかがはっきりとしなかった。感覚がぼんやりとしているのだ。たしかに自分の脚が熱いはずだが、どこか他人ごとのように感じられる。しかし変身していることははっきりとわかった。コスチュームを着て、手袋をはめ、脚にはニーソックスを履き、膝から下はいつもの通りエンゼルブーツに守られている。そして熱いのは、どうやらエンゼルブーツの中らしい。
(どうして……)とリリーはぼんやりと思った。(なにしてたんだっけ……)
 頭がひどく重たい。なにか奇妙な重さだった。眠気でもなければ疲れているわけでもない。どうしてかと考えてみるのだが、ぼんやりするせいでうまくいかない。深くものを考えようとすると、考えていることがふわっと浮かびあがり、靄のように形を失ってしまうのだ。なぜ変身しているのだろう。なにをしていたのだろう。どうしてこんなに熱いのだろう。いくつもの思考が浮かんでは消えた。だがしばらく経つと、少しずつ思考がはっきりしはじめた。意識が回復しつつあるのだ。意識? とリリーは思った。そうよ、なんで意識が……。そうだ、たしか街で悪魔を見つけて、それで戦って……。勝った、たしかに悪魔を倒した。そして、そして――。あのねばねばしたものが、エンゼルブーツが……雷撃……そうよ、そう、そうだ――!!
 リリーはあっと叫んだ。意識が一気に覚醒した。目を開いた。なにかに寄りかかっている。弾力があり、べたつくなにかをスーツの背中に感じる。だがそれを意識するよりはやく、天使の本能で身体を起こそうとした。
「ふにゅうっ!?」
 その途端、リリーの口から漏れたのは悲鳴に近い驚きの声であった。身体を起こすことができない。手と脚がなにかに押さえつけられているのだ。
「なに!? うごけない――」と、ぼやけた視界が鮮明になった「あぁっ!!」


 そこは暗い肉の部屋だった。赤紫色の粘膜がかすかに蠢き、微弱な淫気が充満していた。ひどく狭かった。リリーがひとりいるだけでほとんど空間が埋まってしまうほどの大きさだ。部屋というよりも袋といった方がよかった。
 リリーは空間の様子を見て取り、出口らしきものも見当たらないのを知った。そして自由のきかない手脚に目をやった。
「くうぅ、な、なによこれぇ……」
 手脚は肉の中に埋もれていた。エンゼルグローブの腕は両腕とも白手袋が半分ほど肉の中にあり、エンゼルブーツの脚は右がふくらはぎの半ばほど埋もれ、そして左脚にいたっては履き口に迫るほど肉の中に入ってしまっていた。
 だがそれは、埋もれているというよりも、呑まれているといった方が正しかった。エンゼルグローブの手は肉の中で広げられ、指のあいだに至るまでぴっちりと押さえられている。動かそうとすると、にちにちと肉が締めつけてくる。手首のところはより強い締めつけがある。そして、ブーツの両足は腕よりも強く拘束されていた。肉はそれ自体が粘りけを持ち、そこに淫気を合わせ粘着力を高め、つるつるとしたブーツの表面に吸着している。腕と同様に、足首のところに特に強い締めつけがある。
(どうなってるの……? リリーいったい……)
 リリーは改めて自分の状態を確認しようとした。コスチュームはどうなっているのか。エナジーはまだ残っているのか。身体はどうなっているのか。戦うことはできるのか。
 だが、はっきりとしたことがわからなかった。意識が覚醒したばかりだからだろうか、身体がじんじんとして、感覚がぼんやりとしていた。
 そのとき、どこからか声がした。
「ようやく起きてくれたのね」
 リリーはあっと叫んだ。あの女悪魔の声だ。
「リリーちゃんのおねんねしてる姿、よおく見せてもらったわ」
 リリーはあちこちに目をやって、女悪魔の姿を探した。だがやはり、そんなものはなかった。どうやら、この空間そのものが悪魔らしい。リリーは悪魔の体内に囚われてしまっているのだ。
「よく効いたでしょう、あのビリビリ。リリーちゃんのことを想いながら、じっくり練り上げたものよ。うふふ、もうちょっと耐えるかと思ったけど、やっぱり聖舞天使。脆いのね」
 悪魔の声には、にやにやとした、いやらしい嘲笑めいたものが含まれていた。
「失神したあなたの姿ったらなかったわ。ぴくぴく震えて、むちむちのお肉を揺らして、白目を剥いて」
「うそよ! リリー、そんなことしないんだから!」
「いいわ! ぞくぞくしちゃう! 起きたとたんに元気いっぱいなんだもの。でも、きらきらしたおめめの中に怯えがみえるわ。怖いのね」
「そんなわけないでしょ! あなたみたいな、卑怯な悪魔なんて怖くない! こんなお肉、すぐに抜けだしちゃうんだから! ん、んんっ!」
 リリーは身をよじり、両手両足に力をこめて肉から引き抜こうとする。だが、それらはどれひとつとして抜けなかった。
「そ、そんな! ん、んくっ、んにゅうぅぅっ!!」
 足を左右に振るようにしながら持ち上げようとする。エンゼルブーツの、レインブーツのようなそれが、肉と擦れ合ってニチニチと特徴的な音を立てる。だが、エンゼルブーツの足は一向に抜ける気配がない。
「なんで!? ぬ、ぬけないぃぃ……ッ!!」
 それは、肉に締めつけられているためだけではなかった。理由は別なところにあった。
(なにこれ、力がはいらない!?)
 リリーはそのときはじめて、身体が痺れることに気がついた。目覚めたばかりではっきりとしていなかったが、こうして力を入れてみるとよくわかる。いつもの半分も力がでないのだ。
 そしてそれだけではない。身動きすればするほど、身体が熱を帯びてくる。乳房の頂のあたりや、下腹部のあたりがむずむずとしてくる。手脚から生じた刺激が、股間や乳房に集まり、内側から敏感なところをくすぐってくるような気がする。
(これ……く、くうぅぅ)
 身体が痺れるのはおそらく、あの雷撃のダメージだ。あれがまだ身体に残り、いやな痺れをもたらし、感覚を鈍らせているのだ。そしてもう一方のこの熱は、リリーにとって馴染みのあるものだ。悪魔の淫気を受けたときに生じる、淫らな熱である。
(あ、熱い……)
 とリリーは思った。淫気の侵蝕が、呑まれる前よりもずっと進んでしまっている。エンゼルブーツを中心に、天使を発情させ、エナジーを溢れさせる悪魔の熱が全身に広がっていた。
(こんなに……リリー、どれくらい意識を……)
「うふふふ」悪魔が笑った。「いま考えていること、あててみせましょうか。どれくらい眠っていたの――そうでしょう?」
「くうぅぅっ!」リリーは顔を上げ、肉壁のあちこちをにらみつけた。そうするあいだにも、頬に熱がのぼり、血色のよい頬が赤く染まってゆくのがわかった。
「まさか。そう思ってるのね」と悪魔はいった。「でもそのとおりなの! エンゼルリリー、あなたはすごく長い時間眠っていたわ。具体的には二時間と十七分。それと、ふふふ、三十二秒ね。ねえ、そのあいだ、なにされてたと思う? なにもされてなかったと思うかしら? いいえ、ちがうわね。ふふ、でも、思っているほどのことはしてないわ。わたしはただあなたを優しくマッサージしてあげただけ。少しずつ、そして丁寧に、リリーちゃんの身体を揉んであげたわ。そう、少しずつ、あなたの大好きな淫液と淫気を混ぜてね」
(そんな――)リリーは唇を噛んだ。悪魔のいうことが本当なら、あまりにも長い時間淫気に晒され続けていたことになる。
 リリーは自然な動きに見えるよう意識をしながら、腰を動かしてみた。
 身体はまだ自由に動かないものの、感覚自体はかなり戻ってきている。案の定、スーツの中に汗が溜まり、蒸れているのがわかった。かすかに頬が熱くなる。手袋も同じように蒸れている。だが、スーツとグローブはまだいいのだ。リリーはそっと、ブーツの中で足を動かしてみる。
(くうぅ……)
 それ以上足を動かすのを抑える。それだけでなく、そのことを考えることもやめる。淫気の影響を受けつつあるいま、そういったことに意識を向ければ、侵蝕をさらに加速させることになる。
 悪魔は話をつづけた。
「幸せな時間だったわ! 少しずつ発情していくあなたを見るのは。ちっちゃいけどむっちむちの身体がびくびくして、鼓動が激しくなって、手も脚もぴくぴくして。でも、あなたは立派よ、エンゼルリリー。失神してもあなたは戦おうとした! 自慢のエンゼルブーツが何回もわたしを蹴った! でも、うふふふ、むだだったわ。感じるでしょう? あなたの全身を冒す淫気。よく見て、あなたの大切な、大好きなコスチュームを。ぬらぬらして、てかてかして、いやらしく輝いているのを。わたしのお汁が薄く、そしてしっかり染みこんでいるのを」
 そういわれて、リリーは思わずスーツに目をやった。エンゼルスーツは確かにぬらぬらと輝いていた。スーツ本来の艶ではない。淫気がもたらす、淫らなきもちを起こさせる艶である。
「ね? ね? ふふふ、失神したあなたの、苦しむ様はなかった! あなたは喘いで、ひぃひぃ啼いて、そして、そして――」悪魔は言葉を切った。「たっぷりお汁を漏らしたんだわ」
「うそよ!」リリーは叫んだ。「そんなことするわけない!」
「いいえ、漏らしたわ! いまスーツが濡れてないからそう思うんでしょう? でもそれもあたりまえよ。わたしが、リリーちゃんのお漏らししたお汁をきれいにしてあげたんだから! おいしかったわ、エンゼルリリーのマン汁――」
「な、なんてこと――!!」
「いいかたが悪かった? お行儀が悪かったかしら? 言い直してあげましょうか、エンゼルリリーのおまんこのお汁よ!」
「ゆ、ゆるさない!!」怒りがこみ上げ、リリーはすぐにでも力を使おうとした。だが、エナジーを練り上げようとするとそこにも痺れが生じてしまう。
(あ、脚が痺れて……ふにゅ、んにゅぅぅ……! エナジーが……聖舞がつかえない! なんとかしないと! このままじゃやられちゃう!)
 耳の奥で、悪魔が路地でいった言葉が響く。
(あぁっ! う、奪われちゃう。エンゼルブーツのエナジー、ブーツ汚されて、ぐちょぐちょにされて……くうぅ、お、おちついて! はぁ、はぁ……焦っちゃだめ、まだ抜けだせないんだから……!)
 リリーは自分に言い聞かせた。そして悪魔に気取られぬようにしながら、もう一度自分の状態を確認していった。
 雷撃の効果はまだ残っている。身体が痺れ力がうまく入らず、エナジーも十分に練ることができない。淫気はどうだろう。たしかに侵蝕は全身に広がっている。発情が始まってしまっている。
 危険な状態だ。悪魔は相手を淫らに発情させ、溢れ出るエナジーを奪う。それは天使相手でも変わらない。それどころか、人間よりも、天敵であるはずの天使こそ、悪魔にとっては上質な獲物なのだ。天使は悪魔に対して有効な力を持っている。しかしそれは、コスチュームや武器を通し、エナジーを攻撃的な形に変化させなければならないのである。弱った天使はそれができない。そうなるともう、その身に宿る膨大なエナジーも、コスチュームに満ちたエナジーもすべて、悪魔に奪われることになってしまう。
 だが、リリーはまだそこまでいってはいなかった。
(まだ戦える!)とリリーは思った。(この痺れさえなおれば……!)
 厄介なのは雷撃の痺れだ。しかし、それも時間の問題だ。目覚めてからまだ数分と経っていないが、効果が弱まってきているのがわかる。意識が覚醒したことでエナジーが活性化し、回復がはじまっている。もう少し痺れが回復すれば脱出することができそうだ。
(少しのあいだ好きにさせてあげる。でも、そんなことしていられるのもいまのうちだけなんだから。リリーを捕まえたこと、後悔させてあげる!!)
「いい目をしているわ」悪魔はいった。「これが天使の目ね。恐ろしい。にらみつけられただけで身体がすくんじゃいそう」そういいながら、悪魔の言葉には端々に昂奮が滲んでいる。「あなたの戦い、見ていたわ。本当に強いのね、エンゼルリリー。ちっちゃくて、むちむちで、それなのにあんなに素早いなんて! いいえ、素早いなんてものじゃないわ。速すぎて見えないんだもの。なんてすばらしいのかしら! ふふふ、でもこうなってしまえば、もう走ることも、キックすることもできないわね」
 悪魔がブーツを見つめているのを感じる。目もなく、顔すらもないのに、たしかにその視線は存在しているのだ。
「すてきなブーツ……」悪魔はうっとりといった。「この桃色の、つやつやのエンゼルブーツが、あの速さを授けてくれるのね」
 ぞくりと冷たいものが背筋を走った。くるのだ。悪魔が動くつもりなのがわかった。
(耐えるのよ!)リリーは叫んだ。(焦っちゃだめ。淫気に呑まれちゃだめよ)
 ブーツを呑み込んでいる肉が動く。ナメクジが移動するときのように、肉をブーツの靴底から履き口の方へ波のように蠢かせ、それから全体をゆったりと動かしてエンゼルブーツを揉む。
 ねっとりとした肉の感触がリリーの脚を襲った。それはブーツ越しとは思われない、異様に艶めかしいものだった。エンゼルブーツがただのブーツではないためだ。リリーの脚とエンゼルブーツがエナジーで繋がっているために、ブーツに受けた刺激がより鮮明に伝わってしまうのだ。
「んくうぅぅ……っ!」
「あぁぁ、とってもいいさわり心地……」悪魔はいった。「すべすべして、つるつるして、リリーちゃんのおいしいエナジーがたっぷりつまってる。リリーちゃんはどう? 感じてる?」
「バカなこといわないで! こんなので感じるはずない!!」
 リリーはそういったが、それは強がりだった。刺激が強い。あれだけブーツに淫気の攻撃を受けてしまったのだ、それも当然だった。ブーツが淫らな熱を帯びている。そしてリリーの脚も――それもブーツの中にあるところだけ――異様に感度が増している。
(おねがい、はやく……! はやくなおって……!!)
 ブーツを揉む肉の蠢きが激しさを増していく。ぐにゅ、にち、にちち……と、エンゼルブーツと肉が擦れ合う音が響く。
「く、くうぅぅっ」
「感じるでしょう? リリーちゃんのブーツが、わたしの中でぐにぐにされてるの。ふふ、我慢してるのね。ほんとは動かしたいのに、じっとして動かさないようにして。隠してもむだ。わたしにはわかってしまうの。わたしの中はとっても敏感なんだから。はあぁぁ、か、感じるぅ……! リリーちゃんの足、ブーツの中で動いてるの。これがリリーちゃんの足……聖舞天使の聖なるブーツ……! そうよ、これを……あぁ、もう我慢できない! このエンゼルブーツからエナジーを……!」
「なんですって!? そ、そんなこと――」
 リリーは思わず足を揺すった。そんなことができるはずはない。いかにリリーが防御の弱い聖舞天使であるとはいえ、淫気の侵蝕も、発情も十分ではない。ましてや、エンゼルブーツはリリーのコスチュームの中でもっとも頑丈なものである。エナジーを吸収することなどできるはずがない。だが、なぜこの悪魔はこんなにも自信があるのだろう。それがリリーを不安にさせる。
「無駄よ!」悪魔は叫んだ。「吸い出してあげる。リリーちゃんのエナジー――いくわよ!」
 あっ、とリリーは声をあげた。ブーツが締めつけられ、悪魔の粘膜がエナジーを吸い出しにかかる。まさか本当に吸われてしまうのか。危険だ。いま吸い出されてしまえば逆転が難しくなる。奪われるわけにはいかない。身体を硬くし、エンゼルブーツの防御を固めようとする。リリーはエナジーを無理矢理吸収される感覚を知っている。あの、苦しいはずなのに、淫気のせいで異様に昂ぶってしまうおぞましい感覚――だが、それはいつまで経ってもやってこなかった。
「あら?」と悪魔が呆けた声を漏らした。
 リリーはすぐさま状況を理解した――吸収できていないのだ。
「ふん! むだよ! リリーのエンゼルブーツは悪魔の攻撃なんて弾いちゃうんだから! エナジーを吸うことはできないわよ!!」
「うそ! そ、そんなはずは――」
 悪魔はそういって、何度も吸収しようと肉を蠢かせた。だが、エンゼルブーツは悪魔の攻撃を完全に弾き、一切のエナジーを漏らさなかった。
(いける――)リリーは叫んだ。いまので確信が持てる。この淫気といい、悪魔の能力といい、それほど強い悪魔ではない。そして気がつけば、雷撃の痺れもほとんど抜けている。肉の中で手をぴくりと動かしてみる。動く。ブーツもそうだ。エナジーも練ることができる。
 いまだ。
「残念だったわね。リリーのエナジーは、あなたみたいないやらしい悪魔に吸われたりなんかしないんだから! さあ、覚悟しなさい!!」
 とリリーが叫んだときだった。
「あはははは!」突然悪魔が笑いだした。
「な、なによ!」
「しってたわ」悪魔はいった。
「なにを――」
「いろいろなこと。そうよ、こんな簡単に吸えるなんて思ってなかったわ。それよりも祈ってたのよ、どうか吸えないでくださいって。待ちに待ったリリーちゃんのブーツエナジー、そんな簡単に吸えたら昂奮しないわ! そう、もっといたぶって、たっぷり遊んでから吸ってやるのよ」
「そんなこと――」
「しってたのはそれだけじゃない」悪魔は早口にいった。「ふふふ、気づかないとでも思った? エンゼルリリー、天使として、素直なのはいいことだわ。でも、少しは隠し事ができるようにならないとね! あなたは顔にですぎる。ふふふ、やってみたら? ちょうど痺れも抜けたんでしょう!?」

 その言葉を言い終えると同時だった。ずぶ、じゅぶぶぶっ! と汚らわしい音が響き渡るとともに、リリーの周囲の床が盛り上がり、次々に触手が飛び出してきた。触手は七体いた。肉と同じ赤紫色で、体表をぬらぬらといやらしく光らせていた。太さはリリーの腕よりもひと回り細いくらいで、統制のとれた動きをしている。これは個体ではない。この悪魔が、自身の肉体を触手に変化させているのだ。
「あっ――」とリリーは叫び、目を見開いて触手を見つめた。
 まずい――リリーは直感的に思った。はやく動かなければならない。悪魔がなにを考えているのかはわからない。だが、なにかをしようとしている。
 慌ててエナジーを練り上げる。しかしたとえ聖舞天使であっても、能力を発動させていない状態では普通の天使よりも多少素早い程度でしかない。完全に不意を打たれ、頭が真っ白になる。反応が遅れる。コアクリスタルが輝き、エナジーがエンゼルスーツから全身に走る。エンゼルブーツに流れ込み、靴底に仕込まれたハート型の結晶体に溜まる。スーツを通して身体にエナジーが流れ込む。蒼い瞳が輝きかける……。
 だが、それよりも触手の方が速かった。
 七体のうち、二体のそれが左右の太ももに一本ずつ巻きつく。太ももの肉に食いこんでくる。それは構わなかった。聖舞の力が発動すれば振り払える。振り払えるのだ――発動しさえすれば。
 能力が力を発揮するその寸前、残りの五体が、ブーツの中に突っ込んできた。

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