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2020年 10月の記事 (10)

火村龍 2020/10/31 18:08

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火村龍 2020/10/31 18:03

【小説】エンゼルリリー ~狙われたエンゼルブーツ~ その3

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「ふにゅううぅぅぅっ!?」リリーは思わず目を見開いて叫んだ。
「うふぅぅぅ……き、きつきつだわ……!」と悪魔がいった。「ふふふ、どうしたの、リリーちゃん。そんな声だして」
「あ、は……く、くはぁぁぁ……」リリーは咄嗟にこたえられず、呻き声をあげた。
(そんな――な、中に……ッ)
 左脚には二本、右脚には三本もの触手が入り込んでいた。エンゼルブーツの胴回りがいくら太く、脚とのあいだに隙間があるといっても限界があった。一本入るだけでもかなりのきつさがあるのに、そこに二本、三本と入り込まれ、エンゼルブーツはパンパンに張り詰めてしまった。左脚もそうだが、右脚は特にひどかった。ブーツに触手の形が浮き上がり、ラバー質の胴が伸びてしまっている。エンゼルブーツだから耐えられるが、これが普通のブーツなら、触手の力に破壊されてしまうところだ。
 恐ろしい衝撃が脚とブーツを襲った。ブーツの中で足の指が丸まり、ふくらはぎが強張った。なにか言い返したいのに、声をだすことができない。
(あ、あく……くぁ……だ、だめ……力が……)
 練り上げたエナジーが蕩けたように、固く結ばれていたものが解けていくように崩壊していく。なんとか留めようとするがどうにもならない。発動しかかっていた聖舞の力が弱まり、エンゼルブーツがもたらす、あの心地よい力の感触も失われてゆく。そしてついに、瞳に帯びていたエナジーの輝きまでもが消失してしまった。
(ブ、ブーツが……う、ぁ……く、苦しい……! ま、まさか……リリーの、リリーのブーツの弱いところ……あぁっ!)
 額に珠の汗が浮かんだ。リリーは苦しみを顔にだすまいと、声にだすまいと堪えた。
「う、くうぅぅっ、な、なんでもない、わよ……! びっくりしただけ……はぁ、はぁ……ぬ、ぬきなさいよ……!」
「なあに? 追い出せばいいじゃない。そうでしょ? エンゼルブーツはすごい力があるんだから、こんな触手簡単に追い出せるでしょう?」
 五本の触手が、ブーツの中でぐねぐねと動いてふくらはぎをこすった。触手の表面はわずかにぬめりを帯びているが、しかし触れられてみると、その皮膚にはざらつきがある。そのざらついた皮膚がニーソックスの生地に引っかかり、なんともいえない刺激をもたらした。
「あ、く、くは……あはぁぁぁ……ッ」リリーは唇を噛みしめ首を振った。
(あはぁぁ……あ、熱くて、ぬるぬるして、きもちわるい……! 脚が……リリーの脚、あしがぁぁ……ッ)
「柔らかいふくらはぎ……」奥へは入らず、ふくらはぎの周りやブーツの裏地を執拗に撫で回しながら悪魔はいった。「この桃色ブーツの中に、こんなものを隠していたのね。こんないやらしい脚で、聖舞天使なんて! 挑発してくるわ、生意気な脚……。太くて、もちもちで、このソックスで一生懸命締めつけて……。あぁぁ、これがエンゼルブーツ! 外はつやつやしてるけど、中は柔らかくてすべすべの布がはられて……ふふ、人間のものとはぜんぜんちがう。さすがは天使のブーツ、いい履き心地だわ。でも、ふふふふ、ちょっと蒸れすぎよ!」
「ふ、ふにゅっ!」リリーは赤くなった。「ち、ちが――」
「なにがちがうの! ブーツもソックスももうぐちゅぐちゅじゃない! ソックスなんて色が変わってるわ! あぁ、すごい熱! リリーちゃんの『ながぐつ』は、生意気な脚だけじゃなくて、このぐちょむれを隠すためでもあるのね。それに、それに――あぁっ、なんてにおいなの!」
「あぁぁっ!!」
「すごいにおいよ! 桃みたいな、甘くて、濃くて、蕩けるようなにおい! リリーちゃんの蒸れたにおい……うふぅぅ、か、嗅いでるだけでイってしまいそうだわ――」
「あはぁぁぁっ! ち、ちがう! そんなことない! 臭くなんかないんだから!! ゆ、ゆるさない――エンゼルブーツ!!」
 リリーはブーツにエナジーを伝えようとした。眉がきつく寄り、頬が紅潮し、唇が噛みしめられる。しかしどれだけ一生懸命にエナジーを込めようとしてもうまくいかない。注ぎ込もうとするエナジーがなにかに阻まれてしまう。力がでない。エンゼルブーツが輝かない。
(あぁぁぁ、だ、だめぇぇ……)
「力がでないようねえ」悪魔はリリーの心を見透かしたようにいった。
 リリーはどきりとした。
「なにを……」
「わかってるのよリリー、あなたの弱点は」と悪魔はいった。
「そ、そんなこと――リリーに弱点なんてな――あぁぁっ!!」ブーツの中でぐちゅりと触手が動き、リリーはたまらず身体を震わせた。
「ふふふ、そんなに汗かいて、苦しんで……なんてかわいらしいのかしら! でもだめよ。エンゼルブーツ、たしかに外側は硬いわ。エナジーも濃くて、ちょっと責めたくらいじゃなんともない。でも、うふふふ、内側が弱点なのよね! 中に入り込まれると、リリーちゃんのエンゼルブーツは力をだせなくなる!!」
「あぁっ!」リリーは悲鳴のような叫びをあげた。「ちがう! そんなことない!!」
「ちがわないわ! 中に入ったら、リリーちゃんの足がきゅって丸まって、力が抜けたのよ! そして、たあっぷり汗をお漏らしして……」
「ち、ちがう! ちがうんだから! こ、この――んくううぅぅぅうっ!!」
 リリーは思いきり力を込めた。エナジーをブーツに注ぎ込もうとする。
 触手にエナジーの流れが阻害される。蒸れているせいでうまくエナジーが伝わらない。だがそれでも、なんとかエナジーでブーツを満たしてゆく。ブーツの輝きが増し、力がこみ上げてくる。瞳が再び光り出す。
「せ、聖舞――!!」
「だめよ! そんなこと、させてあげるとでも思っているの!?」
 悪魔が叫び、ブーツの中で触手から、じゅぶ、ぬぶぶぶ……と淫液が溢れ出した。
 あぁっ――とリリーは叫び、目を見開いた。頭が真っ白になり、宙のなにもないところを見据えた。
 淫液はねっとりと脚を伝い、くるぶしから垂れてブーツの底に広がった。ブーツの底に染みこみながら、同時にソックスに染みこんできた。淫液はただの粘液とはちがう。悪魔が溢れさせる、肉体を淫らに発情させるこの汁は、それ自体が邪悪な意志を帯びているのだ。濃厚で粘つく汁は、ソックスや、ブーツの内側の布地の、きめ細かな繊維のひとつひとつにべっとりとへばりつき、異様にしつこく、舐るように侵してくる。
「あ、は――」リリーは息を詰まらせた。(な、中に……中に……)
 ぱくぱくと、空気を求める魚のように唇を動かし、リリーは小刻みに震えながら虚空を見つめ続けた。太ももに力がこもり、むちむちとした肉が艶めかしく揺れる。ブーツの中で両足の指が開いたかと思うと、ぎゅっと丸まり、淫液の広がった底を掻く。(ち、力が……)とリリーは思った。(聖舞……聖舞……)そう繰り返し唱えた。だが、淫液がさらに溢れ出て、ブーツの中全体に広がっていくと、エンゼルブーツからバチバチと桃色の粒子が――エンゼルブーツのエナジーが――火花のように散った。
「ひ、ぁ――ッ」リリーは息を呑んだ。
 深刻なダメージを受けているのはもう誰の目にも明らかだった。もう能力を発動すらできないことも明白だった。それでもなお、リリーは顔を真っ赤にしながらエナジーを注ぎ続けたが、ついに限界は訪れた。
「せ、聖舞――聖舞――あ、あはあぁぁぁぁぁっ!!」
 リリーが悲痛な声をあげると同時に、空間を一瞬、桃色の光が満たした。エンゼルブーツのエナジーが放たれたのだ。リリーが自らの意志で放ったものではない。聖舞の発動に失敗し、エナジーが霧散してしまったのだ。
「う、くぁ……んふぅぅ……」
 光が収まり現れたのは、凄まじいダメージを受け、消耗したエンゼルリリーだった。力の入っていた身体は脱力し、意識は朦朧として、ときおりびくびくと身体を震わせていた。もとから汗ばんではいたが、いまや顔や腕、太ももなど、露出している肌は濃厚な天使の汗でぬらぬら、てらてらと輝き、同時に湯気が出そうなほどの熱気と、桃のような甘い体臭が漂っていた。
 そして当然、もっともダメージが大きいのはエンゼルブーツと、それを履いた脚であった。聖舞の発動を破られ、淫気の侵蝕が一気に進んでしまったのだ。脚が、それもエンゼルブーツの中にある、膝から下のところだけが異様な熱を帯びていた。淫気がそこにだけ濃厚に留まっている。ブーツの裏地と脚を侵し、ブーツの内部を性感帯に変えてゆく。ブーツの蒸れだけでなく、淫気のもたらす快楽の熱が脚を襲い、ブーツを履いているだけで溜まらないものがこみ上げてくる。腰を揺すりたくなる。尻を振りたくなる。乳房がじんじんとし、股間の奥が潤んでくる。あまりの熱に辛くなり、ブーツの中で足の指が開いてしまう。
(あはぁぁ……)リリーは心の中で喘いだ。(ブーツ、あぇあ……ブーツ……う、ぁ……?)
 とそのとき、リリーは我に返った。あっと叫んで自分の身体やブーツを見た。
「そ、そんな――あ、あぁぁ……ッ」
「どうやら、勝負はついたようね」悪魔は勝ち誇っていった。
「ふにゅっ、そ、そんなことない! まだ負けてない! まだ戦えるんだから――」リリーは叫びかけたが、びくりとして、顔にまたどろどろとした汗を滲ませると、唇を噛みしめ腰を揺すってしまった。「あ、く――ふ、ふにゅ――」
「ふふふ、もうだめよ。中をどろどろにされて、力なんてはいるわけないわ。え、そうでしょうエンゼルリリー? びくびくして、苦しいのね? もっと苦しめてあげる! 奥、奥にはいって――」
 触手はさらに奥まで入ってきた。ブーツの足首から先は胴よりもずっと狭い。だが、触手は淫液を潤滑油にして、無理矢理に頭を押し込んでくる。
「ふにゅううぅぅっ! はいってくるなぁっ、そんな奥、ふあぁぁ、入らないぃっ!!」
 エンゼルブーツが悲鳴をあげているのを感じた。悪魔が弱点の内部に入ってくる苦しみ、淫液に穢される屈辱、しかし、そのどれもがどうにもならない。外に巻きつかれているのなら抵抗もできる。だが中に入り込まれてしまったのだ。ぐちゅぐちゅ、じゅぶじゅぶと淫液が凄まじい音を立てる。肉の中に埋もれて見えなくとも、ブーツの足の甲のところに触手の形が浮かび上がっているのがはっきりとわかる。
(そ、そんな無理矢理ぃっ!! エンゼルブーツが、あぁぁ、ブーツそんなにしたらだめぇっ!!)
 エンゼルブーツの苦悶は、同時にリリーの苦悶だった。ブーツのダメージが脚に伝わってしまう。エナジーで繋がっているために、リリーの足はソックスに染みこむ淫液と、ブーツへのそれで、二重のダメージを負ってしまう。ブーツが苦しめば苦しむほど、それが快感へ変えられてしまう。
 触手が頭部を蠢かせ、悶え苦しむリリーのつま先に近づいてゆく。ブーツの中で、リリーに抵抗する手段はほとんどない。ただ、ソックスの足の指を開いたり丸めたりして、あるいは足の甲を反らせるくらいしかできない。だが、そうして足の甲を反らせるたびに、足が触手に触れてしまう。触手は昂奮して熱を帯びている。なぜこんなにも気持ち悪くなれるのか理解できないほどにグロテスクな弾力がある。ネバネバとした、そして同時にぬるぬるともしている淫液が足に染みこんでくる。白いソックスに染みこんでしまう。足の甲に引っかかり触手が蠢く。リリーはつま先までいかせまいと足を反らせて反抗する。だが、触手は凄まじい力で思いきり押し入ってくる。ずぶぶぶっと激しい音が鳴り、つま先のところまで入り込まれてしまう。
「はくうぅぅっ!」リリーは歯を食いしばり、押し殺した声をあげた。「あぁぁ、そんな深く――」
「そ、そうよ!」悪魔は叫んだ。「深いところ、リリーちゃんの、エンゼルブーツのいちばん深いところ……あぁぁ、こ、これがリリーちゃんのつま先……ちっちゃくて、しっとりむれむれのかわいい足……!!」
 触手がついにつま先に触れる。リリーの足は、指の先から爪に至るまで、整った、小さく可愛らしい形をしている。触手はその指を、ソックスの上から、指の先からその根元、そして指のあいだに至るまで執拗に舐るように先端を這わせた。それはまさしく舐っているのだった。溢れ出す淫液は唾液で、それを染み出させる先端は舌だ。淫液を指のあいだにぬりこみ、ねっとりと擦りあげてくる。リリーのソックスはつま先の布が二重になっている。その分、多くの汗と、そして淫液を吸ってしまう。
「あ――あはあぁぁぁぁぁっ!!」リリーは唇を噛みしめ堪えようとしたが、堪えきれずに叫んだ。
(あ、足があぁぁっ!!)リリーは内心で、より激しく、より狂おしく叫んだ。(あ、足――リリーの足、つ、つま先まで汚されてるぅぅっ! ブーツ履いてるのに! エンゼルブーツ履いてるのにぃっ! 守られてるのに、効かないのに、あぁぁ、な、中にはいるなんて、そんな、そんな――ひ、卑怯よ! ブーツの中にはいるなんて、リリーの、リリーの弱いところ責めるなんてぇっ! うくぅぅ、指はだめぇ、つま先、ソックスぐちゅぐちゅにして、指のあいだにはいりこむのだめぇっ! びくびくしちゃだめなのに、いけないのに、ふあぁぁ、あ、足、足……敏感……う、ぁぁあ、戦ったあとの、履きっぱなしブーツの中くちゅくちゅするの――)
 そのとき、ふくらはぎに刺激が走った。
(きゃあぁぁっ!! ブーツが、ブーツがぁぁっ!!)リリーは心の中で悲鳴をあげた。
 ぎゅむうぅっという、ラバー質のそれが立てる特徴的な音が、ブーツが埋まる肉の中からくぐもって響いてくる。触手が蠢くたび、バチバチという電流のような刺激がブーツを走る。それはエンゼルブーツを履くリリーにしかわからない衝撃である。淫気と触手に責められ、ブーツの中のエナジーが乱れ、さらにはリリーとブーツのあいだにある、エナジーのリンクが断たれはじめているのだ。
 リンクはふくらはぎから足の裏に至るまで、ブーツと足のあいだに張りめぐらされたエナジーのつながりだ。リンクがあるからこそ、リリーはエンゼルブーツにエナジーを注ぐことができ、そしてまた、エンゼルブーツはリリーに力を与えることができるのである。そして同時に、リンクがあることで、天使のコスチュームはたとえ密着していなくとも、天使の意志に反して脱がされたり、ずらされたりすることがないのである。
 その、コスチュームにとって不可欠なリンクが断たれてしまう。ふくらはぎのそれがいまの一瞬で半壊し、足首から先の、特につながりが濃いところまでもが危機にさらされている。
(あはあぁぁ、あはああぁぁぁぁっ!! リ、リンクが――う、ぁ、リンク切れちゃう、ち、ちから抜けるうぅぅ……ッ!! こ、このままじゃ、あ、ぇあ……ぬ、脱げる……ブーツ脱げちゃう……!! なんとかしないと、ブーツ脱げたら戦えないぃっ! 戦えないのに――あぁぁ、ど、どうすれば……!?)
 リリーはブーツの中で足を動かした。ぬぷ、じゅぶぶ……と音がして、淫液がねっとりと足に絡みついてくる。淫液はすでに底に溜まり、つま先どころか、足の甲のあたりまでがその中に浸けられてしまっている。だが、溜まっているのは淫液だけではない。もうそのことを否定できない。ブーツを犯され、凄まじい量の汗が溢れ出してしまっている。
(――う、ぁ――)リリーはぶるぶると震えた。(あ、熱い……蒸れ、る……ブ、ブーツ、ブーツぐちょむれ……)
「どうしたの、エンゼルリリー?」悪魔がいった。
 リリーははっと我に返った。
(ふにゅっ!? な、なにをかんがえてるの!? 負けないんだから! こんなことで屈するリリーじゃないんだから!!)
「な、なんでもないわよ!」
「いいえ、わかってるわ。感じてたんでしょう? ブーツをぐちゅぐちゅにされて、昂奮して、いやらしくなってたんでしょう?」
「バカなこといわないで! そんなこと、あるわけない――」
「そういってくれると思ったわ! んふふ、いまのリリーちゃんの顔、見せてあげたかったわ! あんなに蕩けた顔してたくせに、また元気になって……。んふぅぅ、でも、リリーちゃんがどんなに強がっても、そのいやらしい、むちむちの身体は嘘がつけないわね。上のお口がどんなに嘘をついても、下のお口が正直になってるわよ!」
 リリーははっとして股間に目をやり、思わず悲鳴をあげた。白いスーツの股間が濡れ、色が濃くなっているのだ。それは汗ではなかった。エンゼルスーツは薄くはあれど、相当な量の汗を吸わない限りは汗染みができることなどない。しかし、股間から溢れるそれに関しては別で、量も多くエナジーも濃厚なため、スーツに染みをつくってしまうのである。
(あぁっ! そ、そんな!!)リリーは絶望的なきもちで叫んだ。(リリー、濡らして――)
「それが証拠だわ!」悪魔が勝ち誇ったように叫んだ。「エンゼルリリーはとんでもない変態さんね! 大切なブーツをいじめられて、汚されて感じてるんだわ!!」
「み、みるなぁっ! そんなはずない! リリーは感じたりなんか――エンゼルブーツで感じるはずないんだから!! これは――くぅぅ、汗をかいちゃっただけよ!!」
「そう? そうかもしれないわね。汗っかきのリリーちゃんは、もうあちこち汗まみれだもの。顔も腋も、スーツの中も……それに、ブーツの中もね!」
 ぐちゅっと、ブーツの中で触手が蠢く。
「くああぁぁぁっ!」
「うふふふ、おまんこより、こっちの方がお汁をだしてるみたいね。ねえ、感じるでしょう?」
 悪魔はブーツの中を掻き回しながらいった。
(あえあぁぁ……だ、だめぇ、だめぇぇ……ッ)
 リリーはそれを感じた。ブーツの中で足を動かすと、ぐちゅり、ぐちゅりと音がするのを。触手が蠢くたびにその音は激しくなり、粘つきを増し、ねちょぐちょという汚らわしい音に変わった。そして異様な、粘つく、熱を帯びたものがブーツの中に溜まりだした。
(あ、汗が、リリーの汗が――)
 染みだしたリリーの大量の汗が、淫液と混じって変異を起こしているのである。その変化は劇的に、そして一度始まると凄まじい勢いで進行した。淫液と、汗の中の天使のエナジーが反応し、ねちょねちょとした、まるで蕩けたチーズのような汁に変わっていく。それは見なくとも、足に触れただけで、汚らわしく、においも凄まじいことがはっきりとわかった。しかも、それに触れているだけで淫らな刺激が走ってしまうのだ。淫液がリリーの汗を取り込んで進化し、リリーに特別に効き目のある、おぞましい淫汁と化しているのだ。
(あぁぁ、き、汚いぃ……! ねばねばして、どろどろで、あ、足に絡みつく――ふ、ぁ……ソ、ソックス、ねとねと……あぁぁ、ソックスぅ、ブーツ汚れて……くぁ、ぐ、ぐるじい……!!)
 もはや、ごまかしようのない昂奮がリリーを襲っていた。それはブーツからこみ上げ、太ももを伝い、股間や、乳房や、そしてリリーの精神を蝕んでいた。エンゼルブーツとそれを履く足から伝わったそれが子宮の中をくちゅくちゅと刺激してくると、今度こそリリーは、自分のそこが開き、奥の方から溢れ出たものがスーツの裏地にべっとりと染みこんでいくのを感じた。
「わかるでしょう? いやらしいお汁ができていくの」悪魔はうっとりとしていった。「リリーちゃんのくっさい汗……うふふ、わたしのお汁と混ざって、とおっても素敵な、べちょべちょの、ねとねとになってるわ」
「ふ、ふにゅ……はぁ、はぁ……!」リリーは首を振った。「そ、そんなことない……! そんなことないもん! 臭くなんてないんだから、あぁぁぁ、かきまわすなぁっ!」
「わかってるくせに! 嗅いだことあるでしょう? 自分のにおいだもの、よくわかってるはずよ! ふふふ、いやらしいリリーちゃんなら、自分のにおいを嗅ぎながらオナニーしててもおかしくないわ」
「な――そんなことするわけない!!」
「だったら――」
 ズボォッ! と右のブーツに入っていた触手のひとつが引き抜かれた。リリーにそれを見せつけた。リリーは息を呑んだ。触手の先端に付着した、べっとりとしたクリーム色の汁――。
「嗅がせてあげる。これがリリーちゃんの汗のかたまり。とっても濃くて、汚くて、そしてくっさいお汁。すごく、すごくエッチで、いいにおい――」
 汁まみれの触手がリリーの鼻先に近づいてくる。リリーは息を止め顔を背ける。
「や、やめなさいよ!」
「だめよ! 嗅ぎなさい、ほら、ほら!!」
 悪魔はブーツの中でぐちゅぐちゅと触手を蠢かせる。快感が走り息が詰まる。こみ上げる快感に突き動かされる。堪えようとする。だが堪えられない。リリーの小ぶりな鼻がひくひくとして、ついににおいを嗅いでしまう。
「ふにゅうぅぅっ!」
 その瞬間、リリーは叫んで痙攣した。
 それは、嗅いだだけで頭が蕩けるような甘い香りだった。だが同時に、嗅いだ瞬間に「臭い」という言葉が浮かぶ香りであった。
(く、臭いぃぃぃっ!! くしゃいのぉぉっ! こ、濃すぎるぅぅ、甘すぎて濃すぎて、臭い、くさいくさいくさいいぃぃぃっ!!)
「どう!?」悪魔が叫んだ。「くさい? くさいかしら? 自分のブーツのにおいは!! 感じちゃうわよね、どきどきしちゃうわよね、どうなの、エンゼルリリー!!」
(ち、ちがうぅっ! ちがう、リリーのブーツ、こんなにおいしないもん! 淫液が、汚いお汁混ざって、あぁぁ、こんなにおいに、あぁぁ、こ、これ、これだめ――ぁ)
 リリーは、悪魔にそう叫んだつもりだったが、実際には喘ぐばかりで言葉を発することができない。
(んにゅ、だ、だめぇぇ……ッ!)リリーはビクビクと震えた。恐ろしい感覚が、身体の奥底からこみ上げ、下腹部が蕩けるような熱を帯びだした。(そ、それだめ、がまん……がまんするの。だ、だしちゃだめ、がまん、がまんぅ……)
 歯を食いしばる。小さく、猫の鳴き声のような呻き声をあげる。目を細め、眉を寄せ、頬を真っ赤に染めて堪える。だが、甘く濃厚なブーツの悪臭が鼻を刺激し続ける。においを嗅ぎ続けてしまう。股間が熱くなる。溢れそうになる。堪える。歯を食いしばる。しかし開いてしまう。熱いものがスーツの中に漏れ出してくる――!
(あ、あ――だ、め……でちゃう、でちゃうでちゃうでちゃう――)
「ふ、ふにゅうううぅぅっ!!」
 リリーは絶頂してしまった。股間の、いやらしい割れ目が開き、濃厚な天使のエナジーが艶めかしい体液と化して放たれた。極薄のエンゼルスーツが愛液を吸収する。しかしあまりの量に吸いきれず漏れてしまう。どろどろに濡れたスーツが股間にへばりつく。淡い桃色の、控えめではあるが、それだけに欲情をそそる、秘めたものの形がスーツに浮かび上がる。漏れ出した愛液が太ももを伝う。股間のまわりにむんむんとした熱気が漂い、濃いリリーのにおいがそれに続く。
(イ、イッちゃうぅっ! むれむれ天使イクうぅぅっ!!)リリーはなにを考えているのかもわからず、心の中で叫んだ。
「イッた――」悪魔は声を裏返らせて叫ぶと、そのまま絶句した。数秒の沈黙があった。やがて空間全体の肉が、昂奮のあまりぶるぶると震えだした。
「イ、イッた! イッたのね、エンゼルリリー!! ブーツのにおい嗅がされて、に、においを、においで……」
「ち、ちがうぅぅ……そんなことない、これ、ち、ちがうぅ……ッ」
 リリーは喘ぐようにいった。
(そんな、リリー、リリー……におい嗅がされて、ブ、ブーツのにおいでぇっ!)
 はぁはぁと、艶めかしい、発情を堪える女の吐息が漏れる。全身がむずむずとして、たまらず身体を揺すってしまう。乳房や、身体中のむちむちとした肉が欲情を煽るように震える。頬が真っ赤に染まり、瞳が潤み、口の端に濃厚な唾液がにじみ出す。それらが、リリーの意志とは関係なく起こってしまう。
(あぁぁ、だめぇぇ、発情、発情だめぇぇ……発情……リリー発情……ふにゅ、ち、ちがう……発情、発情してない……! 天使は、あぁぁ、天使は発情なんてしないの……ブーツのにおい嗅がされて発情なんてしないぃっ!)
「あ、あぁぁぁ……ッ! な、なんて天使なの……リリーちゃん、リ、リリー!!」悪魔は叫んだ。「もうたまらないわ! が、我慢できない――!!」
 両足のブーツの中で触手が動き出す。奥へ入り込むのではない、ブーツの中で前後しはじめたのである。それは男が女を責め立てるときに行う、あの動きにほかならなかった。
「ふにゅううぅぅうっ!!」リリーは目を見開いて叫んだ。「な、なにしてるのよ!? はへあぁぁ、そんなことぉっ!!」
「なにを? わからないの!?」悪魔は叫んだ。「犯してるのよ! あなたのブーツを、エンゼル――エンゼルブーツを!!」
「あはあぁぁぁっ! や、やめ――ブーツは、ひあぁぁ、リリーのブーツは、ずぼずぼしていいところじゃないんだからぁっ!」
「だったらなに? おまんこをずぼずぼすればいいの!? いいえ、ちがうわ、ちがうわよね!? リリーちゃんはここをこうされたいんだわ!!」
「そんな、そんなこと――ぐ、ぐうぅぅぅっ!!」
「そんなことない!? ならどうして喘いでいるの!? どうしてそんなに昂奮して、感じて、濡らしているの!」
 右脚の一本を、つま先のところまで押し込み悪魔は叫んだ。
「ああぁぁぁぁっ!!」リリーは激しく首を振った。「ちがうぅっ、淫液が、あはあぁぁ、淫液のせいなんだから! リリーは、リリーは――あ、あひあぁぁっ!!」
「ちがわないわ! リリーちゃんは、ブーツを犯されて感じるのよ! ブーツで、く、くぅぅぅ、ブーツで感じて……お、犯されて――おぉぉぉ、い、いいっ!! エンゼルブーツいいッ!!」
「あはあぁぁ、そんな、そんなあぁぁっ! は、激しすぎるぅっ!! いやらしい触手、あひぁっ、そんなに激しくしたら――あ、あぁぁぁっ!!」
「壊れちゃう? エンゼルブーツ壊れちゃう? いいえ、いいえ!! こんなことでは壊れたりしないわ! 天使の衣は――うふぅぅぅ、きつきつよおぉぉ……ッ!!」
「ひあぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
 リリーはあられもない嬌声をほとばしらせた。唇の端に唾液が滲み、ほとんど垂れてしまいそうだ。頬は真っ赤に上気し、蒼い瞳が潤みだす。額に桃色の髪が一筋張りつく。乳房がぶるんぶるんと揺れ、もっちりと肉の乗った腰が左右にくねり、スーツに細かなしわが走る。
(だめえぇぇぇっ!)リリーは心の中で叫んだ。(あ、脚がぁぁっ! リリーの、リリーのエンゼルブーツぅっ!!)
 押さえきれない。発情してしまう。エンゼルブーツを犯され感じてしまう。
(ブーツ責めるのだめぇぇっ! リリーの、エンゼルリリーの弱点ずぼずぼするのだめえぇぇっ!! あはあぁぁ、そんなにずぼずぼされたらぁっ! ブーツが、ブーツがだめになっちゃう! 力だせなくなるぅぅっ!! ふにゅ、ふにゅうぅぅっ! そんな、そんなあぁぁっ! リリーのブーツ蒸れてどろどろなのに、どろどろのむれむれブーツにいやらしいお汁注ぎ込むのだめなのぉっ!! 力でなくなる、リリーの力の源なのに、あはあぁぁっ! な、なんとかしないと、耐えないと、だめに――エナジー漏れて――ん、んんぅっ!!)
 リリーはガクガクと痙攣した。強烈な快感がこみ上げた。エナジーが濃厚な液体と化し、開ききった女のそこから溢れ出ようとするのがわかった。
(あ、あぇ――で、でる――でちゃうでちゃうでちゃう――)
「ん、ぐうぅぅぅぅっ!!」
 淫らな、とろとろとした女の蜜、天使の蜜、人間のそれとは一線を画する濃厚なエナジーの塊が溢れる。スーツの中が漏れ出した愛液でどろどろだ。スーツの着心地は股間のそこ以外も悪化の一途を辿っている。リリー自身の汗に蒸れ、どろどろとし、いつもの守られているという感触は微塵もない。それどころか、ぬるぬるとしたスーツの食い込みに感じてしまう。
「あはははは! またお漏らししたわね!! そうよ、それがあなたの本性――ブーツで感じる変態天使!!」
「う、ぁ……あぁぁ、ぁ……ッ」
 しかし、リリーはそれに対して言葉を返すことができなかった。
(び、敏感すぎる――あ、ぁあ……だめなのに、ぁ、感じちゃ、だめなのに――! あぁぁぁ、ブーツが、あぁぁ、も、もう――ッ!!)
 頭の中に、断たれていくリンクの音が響く。ブーツの中で、エナジーが淫気に侵され、抵抗も虚しく爆ぜてゆく感覚がある。
 幾度となく意識が遠のき、そのたびに痛烈な快感によって引き戻される。ブーツの中を触手が掻き回し、淫液と汗の混ざった粘液がずぼずぼと汚らわしい音を立てるたび、なにもされていないはずの天使の急所――女の園の奥に鋭い刺激が走る。リリーがもっとも感じるところを責められたようになる。
 もう限界だ。堕ちてしまいそうだ。これ以上はエンゼルブーツがもたない。そしてリリー自身も。なんとかしなければならない。負けるわけには、負けるわけにはいかない――!
「せ、聖舞……ん、ひ……んんぅぅ……せ、聖舞ぅうッ!!」
 リリーは叫んだ。
 自分の状態も、悪魔の状態もリリーはほとんど頭になかった。ただ天使の使命を胸に抱き、そのことだけを考えてエナジーを引き出した。エナジーがスーツを走る。太ももに、ソックスに、そしてブーツに伝わってゆく。淫液に邪魔される。触手に邪魔される。リリー自身の汗に邪魔される。
「ん、んくうぅうぅぅうっ!!」叫び、身悶えし、リリーはなおもエナジーを注ぎ込む。コアクリスタルが輝き、エンゼルブーツから粒子が散る。無理矢理に注ぎ込まれたエナジーでブーツが悲鳴をあげている。だが、もうこれしかない。リリーの武器はこれ以外にない。
(たえて、耐えてエンゼルブーツ! 勝つのよ、リリーは、リリーは――エンゼルリリーは負けないいぃぃぃっ!!)
 エナジーの高まりを感じる。力が湧いてくる。それと同時に快感も昂まってくる。また絶頂してしまいそうだ。それを抑え込む。ここで果てたら終わる。もう敗北してしまう――。
「リリーは……リリーは! た、戦うんだからぁっ!!」
 叫びながら、リリーは、自分がなにを叫んでいるのかも理解していなかった。この、身内からこみ上げる異常な昂奮が、悪魔を打ち倒そうとする天使の使命からきているものか、おぞましい欲情からきているものかもわからなかった。頭の中になにかがつまったようで、耳の奥がガンガンと鳴り、しかし身体のどこにも痛みはないどころか、感覚は鋭敏で、ますます力が増していくようだ。リリーはエンゼルブーツの脚を思いきり持ち上げた。肉がブーツに食いこむように、吸い付くようにして押さえつけてくる。凄まじい快感が走る。股間が熱くなる。乳首がいまにも勃起しそうになっているのを感じる。しかし、それはどこか他人ごとのようだった。リリーは夢中だった。夢中になってエンゼルブーツを引き抜こうとしていた。さらにエナジーを注ぎ込む。力が湧いてくる。
「まだそんな力があるの!?」悪魔が叫んだ。昂奮のあまりその声は上擦り、ほとんど悲鳴のように聞こえる。
「あたりまえよぉっ!!」リリーは叫んだ。「あひぁああぁぁ、リリーは、リリーは天使なんだから! んにゅうぅぅ、おしおきしてあげる、リリーが、リ、リリーの、リリーのエンゼルブーツで――あ、あぁぁぁ、ぬけるうぅぅ、ふにゅうううぅぅ、ふんぎいいぃぃ――ッぇあ!?」
 と、不意にその視線が宙に固定されると、目が限界まで見開かれた。
「あ、へぁ……?」
 リリーは蒼い瞳をぶるぶると震わせた。震えはたちまち全身に広がった。身体中をわなわなとさせながら、リリーはエンゼルブーツに目をやった。
 肉に埋もれたブーツは光の粒子を溢れさせていた。だが、その粒子がいま、肉の中に流れ込んでいた。リリーがそうしているのではなかった。肉は悦んでいるかのように、いや、事実悦びながら蠢いて、エンゼルブーツを揉んでいた。
 ――桃色の、エンゼルブーツのエナジーを吸収していた。
「う、そ……」
「嘘じゃないわ」悪魔は底知れぬ欲情を滲ませていった。「ふふふ、ようやく吸収できるわ。エンゼルリリーのエナジー――あなたのブーツ!!」
「あ、あぁぁ……ッ」
(エ、エナジーが――)リリーは歯を食いしばった。(ん、ぁ……ぐ、ぐるじい……あ、ぇあ……ち、ちが……がまん……がまん……ま、負けな……負け……ぁ)
「あ、あぁぁぁぁ――あひああぁぁぁぁぁっ!!」
 リリーはガクガクと痙攣した。
「だ、だめえぇぇぇぇっ! エナジー、エナジー吸っちゃだめへえぇぇぇっ!!」
 ぶしゃぶしゃと愛液が噴き出す。足の力が抜けていく。聖舞の力が失われてゆく。
「吸うなあぁぁぁっ! リリーのエナジー、ブーツのエナジー吸っちゃだめえぇぇっ! 戦えなくなるぅぅっ、ち、力ぬけちゃううぅぅっ! あぁぁぁ、エンゼルブーツ、エンゼルブーツぅっ! おねがい耐えてぇぇ、吸われちゃだめなのおぉおっ!!」
「なんておいしいの!」悪魔が半狂乱になって叫んだ。「こんなのはじめて! こんなおいしいの――あぁぁぁ、エンゼルリリー、もっと、もっと吸わせて! あぁぁ、もっとぉっ!!」
 力が抜けていく。脚の力が急速に抜けてゆく。強烈なエナジー吸引を受け、エンゼルブーツの力が奪われてゆく。悪魔を討つための天使のブーツがその羽をもがれ、ただの頑丈なだけのブーツに堕ちてゆく。
(あ、あぁぁ……だ、め……こ、これ……これだめ――あ、足が、足が――)
 ぬっぷ、ぐじゅぶ、じゅぶぶぶっ! ブーツの中から音がする。だが音を立てているのは触手ではない。リリーの足だ。リリーのソックスの足が激しく蠢き、その汚らわしく、淫らな音を鳴らしている。
(あ、あぁぁ……あぁぁぁぁっ!!)
 もはや我慢できない。リリーは心の中で絶叫した。
(この音だめぇぇ、く、くせになるぅっ! 蒸れて、どろどろの音くせになる、ぐちょむれブーツの音くせになるうぅぅっ! ふにゅうぅうっ! エンゼルブーツだめぇぇ、リリーの、リリーのながぐつ責めるのだめへえぇぇっ! 弱いのぉっ、リリーながぐつ責められるの弱いのおおぉぉっ!!)
 ぐちゅ、ぐちゅぐちゅっ、ぐっちゅうぅぅうっ!! そのとき、触手の、先ほどよりも勢いを増したピストンがエンゼルブーツを襲う。左脚の二本、右脚の三本が容赦なく、絶え間なくエンゼルブーツの履き口から奥までを貫く。
「ふにゅううううぅぅぅっ!!」リリーは絶叫した。
「たまらないわ!!」悪魔もまた絶叫した。「蒸れて、どろどろで、あはあぁぁぁ、わかる!? エンゼルリリー、こんなきもちいいのってないわ! おまんこよ! あなたのブーツ――くあぁぁ、ブーツまんこいいっ! 触手おちんちん搾られるうぅぅっ!!」
「ひあぁぁぁっ! ち、ちがううぅっ! なんてことを、ふにゅうぅっ! リリーのブーツ、そんなのじゃない! こ、これは、悪魔を蹴る、せ、聖なる、聖なるブーツ……あ、は――あはああぁぁぁぁっ!!」
 奥を突かれ、リリーはたまらず仰け反った。目を見開き、喉元を晒し天を向いたリリーの口元から、どろりと涎が流れ落ちる。
 それと同時、ブーツの中で突っ張り、硬直した足のかかとがブーツから浮き上がる。
(ぬ、脱げるぅ……!)リリーは思った。(ち、力が、ブーツの力がぁぁっ! このままじゃ脱げちゃううぅっ! う、ぁ……だ、め――)
「あぁぁ、リリー、リリー!」悪魔が叫ぶ。「脱げそうなのね! もう限界なのね!! うふうぅぅ、こうしてあげる、どう、どう!?」
 触手の一本が浮き上がったかかとに触れ、そこからぐるぐると足のつま先まで巻きついてくる。もはや、リリーとエンゼルブーツとのリンクはほとんど断たれている。エンゼルブーツは悪魔の手の内にあり、悪魔がその気になればブーツから足が引きずり出されてしまう状態だ。だが悪魔はそうしない。リリーの足をしゃぶりながら、残りの触手でさらにピストンを激しくする。そのざらつく、淫液を染み出させる忌まわしい皮膚を、リリーの足とブーツの裏地にこすりつける。
(あ、足――リリーの足――あえぇぇ、ぐちゅぐちゅだめ、奥まではいるのだめ、足のうらくちゅくちゅだめ、つまさきしゃぶるのだめぇぇぇっ! あへあぁあ、ちがうぅぅ、ちがうのぉぉっ! 負けちゃだめ、屈しないぃぃっ、リリーの、リリーの足は――リリーのブーツはぁぁぁっ!!)
「あはあぁぁぁっ! へ、平気なんだからぁっ、なんともないぃぃ、リリー、リリー効かないいぃぃっ!!」
「耐えるわね、耐えるわね!」悪魔は叫んだ。しかし、その声はいままでとはちがった。ほとんど囁くような、鋭く、堪えきれないものをふくんだ声だった。
「でも、うふぅぅぅ、わ、わたしはもう限界だわ! こんなきもちいいブーツまんこ、もう、で、でる――」
「ひあぁぁっ! や、やめ――どこにだすつもりなのぉっ!?」
「きまってるわ!」
「そんなぁっ! だめ、だめだめだめ! そ、外に、外にだして! 中は、あへあぁぁ、な、中はだめぇぇぇっ!! あ、へぁ、あ、ああぁぁぁっ! ふ、膨らんでるぅっ! ふ、ふくらむのだめ、ど、どくどくして、熱いののぼって――あぁっ、だめ、だめ――」
 ブーツの中で触手が脈打った。強張り、脈打つ太い肉の中を、それが先端に向かっていくのがはっきりとわかった。悪魔のもつ力の中でも、特に天使に致命的なもの。淫液の何倍も濃厚な力をもち、それがたとえ下位種のものでさえ、一人前の天使を発情に追い込む汁。おぞましい白濁とした汁。それが両足合わせて五本の触手の中を上ってくる。精液が上ってくる。ピストンが激しくなる。エンゼルブーツが悲鳴をあげる。
(き、きてる――あ、ぁ――だされる、だされちゃう、ブーツに、な、ながぐつに――ひ、ぁ――ブ、ブーツ、ブーツが――!!)
「で、でるううぅぅぅぅっ!」悪魔が叫び、精液が放たれた。

「ひああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 リリーは、もはや一切堪えることができず、悪魔の叫びをかき消すような絶叫を放った。
 エンゼルブーツの中に精液が放出される。五本の触手から放たれる精液が瞬く間にブーツの中を満たしてゆく。おぞましい熱、凄まじい粘つきのそれがリリーの足とブーツの裏地を侵蝕してゆく。
(た、耐えるうぅぅ、がまんするの、がまん、がまんがまんがまん――)
 リリーは叫ぶ。絶叫しながらも耐えようとする。快感が身体も心も蹂躙している。絶頂してしまいそうだ。耐えなければ。耐えなければ負けてしまう。腰がガクガクと揺れる。全身が痙攣を起こす。太ももが震える。ブーツの中で足の指が広がる。愛液が漏れる。まだ、まだ耐えられる――。そのとき、エンゼルブーツから桃色の粒子がはじけ飛んだ。リリーは息を呑んだ。頭が真っ白になった。震える唇からどろりと涎が溢れると、ガクガクと痙攣しながら、快感に突き動かされるまま叫んだ。
「イ、イくうううぅうぅぅっ!!」
 絶頂する。全身を激しく痙攣させ、愛液を噴き出し、ブーツの中で指を丸めて果ててしまう。エンゼルブーツの力が抜ける。エナジーを強烈に吸引される。エナジーがほとんど枯渇する。
「だめぇぇっ、エナジーがぁっ、リリーのブーツだめになる、だ、だめに、だめ――あぁぁぁぁぁ屈服しちゃうぅぅだめへええぇぇっ!!」
 リリーはそれを感じる。エンゼルブーツが完膚なきまでに敗北したことを。もはや力が発揮できないことを。そして、聖舞天使であるリリーが、この瞬間、もう悪魔に対抗する術を失ったことを。
「イクうぅぅうッ!! イク、イクイクイクううぅぅうぅっ!!」リリーは愛液をぶちまけ叫んだ。「らめへええぇぇぇっ!! ブーツだめ、ながぐつだめへえぇぇぇっ!! イッちゃうぅぅっ!! リリーイク、ブーツ犯されてイク、エンゼルブーツあそこみたいにずぼずぼされてイク、ブーツ中出しでイクううぅぅうぅぅうっ!! ブーツ敗北しゅごいひぃぃっ! ブーツ、エ、エンゼルブーツ――あへあぁぁぁ、エンゼルブーツで――イ、イックううぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
 リリーは激しく震えた。潮を噴き、止まらぬ絶頂に悶え、理性を失い淫らに叫んだ。悪魔がなにかを叫んでいる。しかしその声はもう聞こえない。もはやエンゼルブーツのことしかわからない。リリーは叫ぶ。絶頂が終わるまでそうして叫び続ける……。

「あへぁ……うぁ、あぁぁ……」
 狭く暗い悪魔の体内で、エンゼルリリーが喘いだ。
 その身体は完全な発情状態にあった。股間は常に愛液を垂れ流し、太ももは噴き出した愛液で濡れていた。乳首は硬く強く勃起し、物欲しそうにひくついている。汗の蒸れも凄まじく、リリーがひくひくと身体を震わせるたびに、スーツや手袋、そしてブーツの中から、ぐちゅぐちゅ、ねちょねちょと音がした。
 エンゼルブーツにはまだ触手が入り込んでいる。射精は終わり、もうその動きも完全に止まっている。
 と、ずぼぉっと音がして、触手がブーツから抜けた。
「あひぃっ!! あへぁ、ブーツ、リリーのブーツぅぅ……」


 エンゼルブーツはそのエナジーのほぼすべてを奪われていた。リンクもほとんど失われ、かろうじて足の裏がつながっている程度だ。まだなんとか桃色のエンゼルブーツの姿を保っているが、ダメージがひどすぎるあまり、触手が抜けたとたんにぐにゅりとへたれてずり落ちてしまった。履き口からどろどろと精液が溢れ出た。
 リリーははぁはぁと荒い息をつき、意識を失いかけ呆然としていたが、不意に唇を震わせると、自分の身体やブーツを見て身体を震わせた。
「う、ぁ――そんなぁぁ……リリーの、リリーのエンゼルブーツがぁ……」
「ふぅ、ふぅ……ふふ、うふふふ……! 大事なブーツがだめになっちゃったわね」と悪魔はいった。「でも、まだ終わらないわ。あなたのブーツとその脚。もっと、もっともっと責めて、エナジーを奪い取って、もっといやらしく発情させてあげる。これからよ、エンゼルリリー……これからよ……」
 肉の壁が迫ってくる。部屋が狭くなり、リリーを包みこもうとしてくる。
「あ、あぁぁ……!」リリーは唇を震わせた。瞳に怯えと快楽の色が走った。だが、それは一瞬のことだった。リリーは目を閉じた。強い意志が唇を結ばせ、そして次に目を開いたとき、蒼い瞳が肉の壁を睨んだ。
「ま、負けないんだから……。どんなに責められても、リリーは……エンゼルリリーは悪魔になんて屈しないんだから……!」

 エンゼルリリーが消息を絶ってから二日後。天使のひとりが街から離れた林の奥で、悪魔に敗北したと思われるリリーを発見した。
 使われていないはずの小屋に真新しいベッドがひとつ置かれ、リリーはそこに寝かされていた。かろうじて変身状態は保たれ、手袋をはめ、股間に染みをつくっているものの、エンゼルグローブとスーツにダメージはほとんどなかった。
 その一方、脚のダメージは激しかった。白いソックスは白濁色に汚れ、ところどころ穴が空いていた。右脚のエンゼルブーツは脱がされ、もう片方は完全に力を失い、足首のところまでずり落ち、激しい凌○を受けたのが見て取れた。脱がされた右のブーツはリリーの傍らにやけに大切そうに置かれており、それは履き口のところやつま先のところが破壊されていた。どうやら一度変身が解かれたらしく、リリーが最後に着ていたワンピースやタイツが床に落ち、エンジニアブーツにはエンゼルブーツと同じように凌○のあとがあったらしい。
「あへあ……はへ……んにゅぅぅ……」
 発見されたとき、リリーは自我をほとんど消失して呻いていた。
 小屋の中は発情したリリーの放つ強烈な体臭で満ち、発見した天使も、その場でにおいにあてられてしまったという。
「ブーツぅ……リリーの、リリーのブーツぅ……」
 リリーはひくつき、虚ろな目で宙を見つめながら繰り返しそう口にしていた。その口元には、快楽の笑みが浮かんでいた。

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火村龍 2020/10/31 18:02

【小説】エンゼルリリー ~狙われたエンゼルブーツ~ その2

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 脚が熱い。リリーは最初にそう思った。だがなぜか、本当に熱いのかどうかがはっきりとしなかった。感覚がぼんやりとしているのだ。たしかに自分の脚が熱いはずだが、どこか他人ごとのように感じられる。しかし変身していることははっきりとわかった。コスチュームを着て、手袋をはめ、脚にはニーソックスを履き、膝から下はいつもの通りエンゼルブーツに守られている。そして熱いのは、どうやらエンゼルブーツの中らしい。
(どうして……)とリリーはぼんやりと思った。(なにしてたんだっけ……)
 頭がひどく重たい。なにか奇妙な重さだった。眠気でもなければ疲れているわけでもない。どうしてかと考えてみるのだが、ぼんやりするせいでうまくいかない。深くものを考えようとすると、考えていることがふわっと浮かびあがり、靄のように形を失ってしまうのだ。なぜ変身しているのだろう。なにをしていたのだろう。どうしてこんなに熱いのだろう。いくつもの思考が浮かんでは消えた。だがしばらく経つと、少しずつ思考がはっきりしはじめた。意識が回復しつつあるのだ。意識? とリリーは思った。そうよ、なんで意識が……。そうだ、たしか街で悪魔を見つけて、それで戦って……。勝った、たしかに悪魔を倒した。そして、そして――。あのねばねばしたものが、エンゼルブーツが……雷撃……そうよ、そう、そうだ――!!
 リリーはあっと叫んだ。意識が一気に覚醒した。目を開いた。なにかに寄りかかっている。弾力があり、べたつくなにかをスーツの背中に感じる。だがそれを意識するよりはやく、天使の本能で身体を起こそうとした。
「ふにゅうっ!?」
 その途端、リリーの口から漏れたのは悲鳴に近い驚きの声であった。身体を起こすことができない。手と脚がなにかに押さえつけられているのだ。
「なに!? うごけない――」と、ぼやけた視界が鮮明になった「あぁっ!!」


 そこは暗い肉の部屋だった。赤紫色の粘膜がかすかに蠢き、微弱な淫気が充満していた。ひどく狭かった。リリーがひとりいるだけでほとんど空間が埋まってしまうほどの大きさだ。部屋というよりも袋といった方がよかった。
 リリーは空間の様子を見て取り、出口らしきものも見当たらないのを知った。そして自由のきかない手脚に目をやった。
「くうぅ、な、なによこれぇ……」
 手脚は肉の中に埋もれていた。エンゼルグローブの腕は両腕とも白手袋が半分ほど肉の中にあり、エンゼルブーツの脚は右がふくらはぎの半ばほど埋もれ、そして左脚にいたっては履き口に迫るほど肉の中に入ってしまっていた。
 だがそれは、埋もれているというよりも、呑まれているといった方が正しかった。エンゼルグローブの手は肉の中で広げられ、指のあいだに至るまでぴっちりと押さえられている。動かそうとすると、にちにちと肉が締めつけてくる。手首のところはより強い締めつけがある。そして、ブーツの両足は腕よりも強く拘束されていた。肉はそれ自体が粘りけを持ち、そこに淫気を合わせ粘着力を高め、つるつるとしたブーツの表面に吸着している。腕と同様に、足首のところに特に強い締めつけがある。
(どうなってるの……? リリーいったい……)
 リリーは改めて自分の状態を確認しようとした。コスチュームはどうなっているのか。エナジーはまだ残っているのか。身体はどうなっているのか。戦うことはできるのか。
 だが、はっきりとしたことがわからなかった。意識が覚醒したばかりだからだろうか、身体がじんじんとして、感覚がぼんやりとしていた。
 そのとき、どこからか声がした。
「ようやく起きてくれたのね」
 リリーはあっと叫んだ。あの女悪魔の声だ。
「リリーちゃんのおねんねしてる姿、よおく見せてもらったわ」
 リリーはあちこちに目をやって、女悪魔の姿を探した。だがやはり、そんなものはなかった。どうやら、この空間そのものが悪魔らしい。リリーは悪魔の体内に囚われてしまっているのだ。
「よく効いたでしょう、あのビリビリ。リリーちゃんのことを想いながら、じっくり練り上げたものよ。うふふ、もうちょっと耐えるかと思ったけど、やっぱり聖舞天使。脆いのね」
 悪魔の声には、にやにやとした、いやらしい嘲笑めいたものが含まれていた。
「失神したあなたの姿ったらなかったわ。ぴくぴく震えて、むちむちのお肉を揺らして、白目を剥いて」
「うそよ! リリー、そんなことしないんだから!」
「いいわ! ぞくぞくしちゃう! 起きたとたんに元気いっぱいなんだもの。でも、きらきらしたおめめの中に怯えがみえるわ。怖いのね」
「そんなわけないでしょ! あなたみたいな、卑怯な悪魔なんて怖くない! こんなお肉、すぐに抜けだしちゃうんだから! ん、んんっ!」
 リリーは身をよじり、両手両足に力をこめて肉から引き抜こうとする。だが、それらはどれひとつとして抜けなかった。
「そ、そんな! ん、んくっ、んにゅうぅぅっ!!」
 足を左右に振るようにしながら持ち上げようとする。エンゼルブーツの、レインブーツのようなそれが、肉と擦れ合ってニチニチと特徴的な音を立てる。だが、エンゼルブーツの足は一向に抜ける気配がない。
「なんで!? ぬ、ぬけないぃぃ……ッ!!」
 それは、肉に締めつけられているためだけではなかった。理由は別なところにあった。
(なにこれ、力がはいらない!?)
 リリーはそのときはじめて、身体が痺れることに気がついた。目覚めたばかりではっきりとしていなかったが、こうして力を入れてみるとよくわかる。いつもの半分も力がでないのだ。
 そしてそれだけではない。身動きすればするほど、身体が熱を帯びてくる。乳房の頂のあたりや、下腹部のあたりがむずむずとしてくる。手脚から生じた刺激が、股間や乳房に集まり、内側から敏感なところをくすぐってくるような気がする。
(これ……く、くうぅぅ)
 身体が痺れるのはおそらく、あの雷撃のダメージだ。あれがまだ身体に残り、いやな痺れをもたらし、感覚を鈍らせているのだ。そしてもう一方のこの熱は、リリーにとって馴染みのあるものだ。悪魔の淫気を受けたときに生じる、淫らな熱である。
(あ、熱い……)
 とリリーは思った。淫気の侵蝕が、呑まれる前よりもずっと進んでしまっている。エンゼルブーツを中心に、天使を発情させ、エナジーを溢れさせる悪魔の熱が全身に広がっていた。
(こんなに……リリー、どれくらい意識を……)
「うふふふ」悪魔が笑った。「いま考えていること、あててみせましょうか。どれくらい眠っていたの――そうでしょう?」
「くうぅぅっ!」リリーは顔を上げ、肉壁のあちこちをにらみつけた。そうするあいだにも、頬に熱がのぼり、血色のよい頬が赤く染まってゆくのがわかった。
「まさか。そう思ってるのね」と悪魔はいった。「でもそのとおりなの! エンゼルリリー、あなたはすごく長い時間眠っていたわ。具体的には二時間と十七分。それと、ふふふ、三十二秒ね。ねえ、そのあいだ、なにされてたと思う? なにもされてなかったと思うかしら? いいえ、ちがうわね。ふふ、でも、思っているほどのことはしてないわ。わたしはただあなたを優しくマッサージしてあげただけ。少しずつ、そして丁寧に、リリーちゃんの身体を揉んであげたわ。そう、少しずつ、あなたの大好きな淫液と淫気を混ぜてね」
(そんな――)リリーは唇を噛んだ。悪魔のいうことが本当なら、あまりにも長い時間淫気に晒され続けていたことになる。
 リリーは自然な動きに見えるよう意識をしながら、腰を動かしてみた。
 身体はまだ自由に動かないものの、感覚自体はかなり戻ってきている。案の定、スーツの中に汗が溜まり、蒸れているのがわかった。かすかに頬が熱くなる。手袋も同じように蒸れている。だが、スーツとグローブはまだいいのだ。リリーはそっと、ブーツの中で足を動かしてみる。
(くうぅ……)
 それ以上足を動かすのを抑える。それだけでなく、そのことを考えることもやめる。淫気の影響を受けつつあるいま、そういったことに意識を向ければ、侵蝕をさらに加速させることになる。
 悪魔は話をつづけた。
「幸せな時間だったわ! 少しずつ発情していくあなたを見るのは。ちっちゃいけどむっちむちの身体がびくびくして、鼓動が激しくなって、手も脚もぴくぴくして。でも、あなたは立派よ、エンゼルリリー。失神してもあなたは戦おうとした! 自慢のエンゼルブーツが何回もわたしを蹴った! でも、うふふふ、むだだったわ。感じるでしょう? あなたの全身を冒す淫気。よく見て、あなたの大切な、大好きなコスチュームを。ぬらぬらして、てかてかして、いやらしく輝いているのを。わたしのお汁が薄く、そしてしっかり染みこんでいるのを」
 そういわれて、リリーは思わずスーツに目をやった。エンゼルスーツは確かにぬらぬらと輝いていた。スーツ本来の艶ではない。淫気がもたらす、淫らなきもちを起こさせる艶である。
「ね? ね? ふふふ、失神したあなたの、苦しむ様はなかった! あなたは喘いで、ひぃひぃ啼いて、そして、そして――」悪魔は言葉を切った。「たっぷりお汁を漏らしたんだわ」
「うそよ!」リリーは叫んだ。「そんなことするわけない!」
「いいえ、漏らしたわ! いまスーツが濡れてないからそう思うんでしょう? でもそれもあたりまえよ。わたしが、リリーちゃんのお漏らししたお汁をきれいにしてあげたんだから! おいしかったわ、エンゼルリリーのマン汁――」
「な、なんてこと――!!」
「いいかたが悪かった? お行儀が悪かったかしら? 言い直してあげましょうか、エンゼルリリーのおまんこのお汁よ!」
「ゆ、ゆるさない!!」怒りがこみ上げ、リリーはすぐにでも力を使おうとした。だが、エナジーを練り上げようとするとそこにも痺れが生じてしまう。
(あ、脚が痺れて……ふにゅ、んにゅぅぅ……! エナジーが……聖舞がつかえない! なんとかしないと! このままじゃやられちゃう!)
 耳の奥で、悪魔が路地でいった言葉が響く。
(あぁっ! う、奪われちゃう。エンゼルブーツのエナジー、ブーツ汚されて、ぐちょぐちょにされて……くうぅ、お、おちついて! はぁ、はぁ……焦っちゃだめ、まだ抜けだせないんだから……!)
 リリーは自分に言い聞かせた。そして悪魔に気取られぬようにしながら、もう一度自分の状態を確認していった。
 雷撃の効果はまだ残っている。身体が痺れ力がうまく入らず、エナジーも十分に練ることができない。淫気はどうだろう。たしかに侵蝕は全身に広がっている。発情が始まってしまっている。
 危険な状態だ。悪魔は相手を淫らに発情させ、溢れ出るエナジーを奪う。それは天使相手でも変わらない。それどころか、人間よりも、天敵であるはずの天使こそ、悪魔にとっては上質な獲物なのだ。天使は悪魔に対して有効な力を持っている。しかしそれは、コスチュームや武器を通し、エナジーを攻撃的な形に変化させなければならないのである。弱った天使はそれができない。そうなるともう、その身に宿る膨大なエナジーも、コスチュームに満ちたエナジーもすべて、悪魔に奪われることになってしまう。
 だが、リリーはまだそこまでいってはいなかった。
(まだ戦える!)とリリーは思った。(この痺れさえなおれば……!)
 厄介なのは雷撃の痺れだ。しかし、それも時間の問題だ。目覚めてからまだ数分と経っていないが、効果が弱まってきているのがわかる。意識が覚醒したことでエナジーが活性化し、回復がはじまっている。もう少し痺れが回復すれば脱出することができそうだ。
(少しのあいだ好きにさせてあげる。でも、そんなことしていられるのもいまのうちだけなんだから。リリーを捕まえたこと、後悔させてあげる!!)
「いい目をしているわ」悪魔はいった。「これが天使の目ね。恐ろしい。にらみつけられただけで身体がすくんじゃいそう」そういいながら、悪魔の言葉には端々に昂奮が滲んでいる。「あなたの戦い、見ていたわ。本当に強いのね、エンゼルリリー。ちっちゃくて、むちむちで、それなのにあんなに素早いなんて! いいえ、素早いなんてものじゃないわ。速すぎて見えないんだもの。なんてすばらしいのかしら! ふふふ、でもこうなってしまえば、もう走ることも、キックすることもできないわね」
 悪魔がブーツを見つめているのを感じる。目もなく、顔すらもないのに、たしかにその視線は存在しているのだ。
「すてきなブーツ……」悪魔はうっとりといった。「この桃色の、つやつやのエンゼルブーツが、あの速さを授けてくれるのね」
 ぞくりと冷たいものが背筋を走った。くるのだ。悪魔が動くつもりなのがわかった。
(耐えるのよ!)リリーは叫んだ。(焦っちゃだめ。淫気に呑まれちゃだめよ)
 ブーツを呑み込んでいる肉が動く。ナメクジが移動するときのように、肉をブーツの靴底から履き口の方へ波のように蠢かせ、それから全体をゆったりと動かしてエンゼルブーツを揉む。
 ねっとりとした肉の感触がリリーの脚を襲った。それはブーツ越しとは思われない、異様に艶めかしいものだった。エンゼルブーツがただのブーツではないためだ。リリーの脚とエンゼルブーツがエナジーで繋がっているために、ブーツに受けた刺激がより鮮明に伝わってしまうのだ。
「んくうぅぅ……っ!」
「あぁぁ、とってもいいさわり心地……」悪魔はいった。「すべすべして、つるつるして、リリーちゃんのおいしいエナジーがたっぷりつまってる。リリーちゃんはどう? 感じてる?」
「バカなこといわないで! こんなので感じるはずない!!」
 リリーはそういったが、それは強がりだった。刺激が強い。あれだけブーツに淫気の攻撃を受けてしまったのだ、それも当然だった。ブーツが淫らな熱を帯びている。そしてリリーの脚も――それもブーツの中にあるところだけ――異様に感度が増している。
(おねがい、はやく……! はやくなおって……!!)
 ブーツを揉む肉の蠢きが激しさを増していく。ぐにゅ、にち、にちち……と、エンゼルブーツと肉が擦れ合う音が響く。
「く、くうぅぅっ」
「感じるでしょう? リリーちゃんのブーツが、わたしの中でぐにぐにされてるの。ふふ、我慢してるのね。ほんとは動かしたいのに、じっとして動かさないようにして。隠してもむだ。わたしにはわかってしまうの。わたしの中はとっても敏感なんだから。はあぁぁ、か、感じるぅ……! リリーちゃんの足、ブーツの中で動いてるの。これがリリーちゃんの足……聖舞天使の聖なるブーツ……! そうよ、これを……あぁ、もう我慢できない! このエンゼルブーツからエナジーを……!」
「なんですって!? そ、そんなこと――」
 リリーは思わず足を揺すった。そんなことができるはずはない。いかにリリーが防御の弱い聖舞天使であるとはいえ、淫気の侵蝕も、発情も十分ではない。ましてや、エンゼルブーツはリリーのコスチュームの中でもっとも頑丈なものである。エナジーを吸収することなどできるはずがない。だが、なぜこの悪魔はこんなにも自信があるのだろう。それがリリーを不安にさせる。
「無駄よ!」悪魔は叫んだ。「吸い出してあげる。リリーちゃんのエナジー――いくわよ!」
 あっ、とリリーは声をあげた。ブーツが締めつけられ、悪魔の粘膜がエナジーを吸い出しにかかる。まさか本当に吸われてしまうのか。危険だ。いま吸い出されてしまえば逆転が難しくなる。奪われるわけにはいかない。身体を硬くし、エンゼルブーツの防御を固めようとする。リリーはエナジーを無理矢理吸収される感覚を知っている。あの、苦しいはずなのに、淫気のせいで異様に昂ぶってしまうおぞましい感覚――だが、それはいつまで経ってもやってこなかった。
「あら?」と悪魔が呆けた声を漏らした。
 リリーはすぐさま状況を理解した――吸収できていないのだ。
「ふん! むだよ! リリーのエンゼルブーツは悪魔の攻撃なんて弾いちゃうんだから! エナジーを吸うことはできないわよ!!」
「うそ! そ、そんなはずは――」
 悪魔はそういって、何度も吸収しようと肉を蠢かせた。だが、エンゼルブーツは悪魔の攻撃を完全に弾き、一切のエナジーを漏らさなかった。
(いける――)リリーは叫んだ。いまので確信が持てる。この淫気といい、悪魔の能力といい、それほど強い悪魔ではない。そして気がつけば、雷撃の痺れもほとんど抜けている。肉の中で手をぴくりと動かしてみる。動く。ブーツもそうだ。エナジーも練ることができる。
 いまだ。
「残念だったわね。リリーのエナジーは、あなたみたいないやらしい悪魔に吸われたりなんかしないんだから! さあ、覚悟しなさい!!」
 とリリーが叫んだときだった。
「あはははは!」突然悪魔が笑いだした。
「な、なによ!」
「しってたわ」悪魔はいった。
「なにを――」
「いろいろなこと。そうよ、こんな簡単に吸えるなんて思ってなかったわ。それよりも祈ってたのよ、どうか吸えないでくださいって。待ちに待ったリリーちゃんのブーツエナジー、そんな簡単に吸えたら昂奮しないわ! そう、もっといたぶって、たっぷり遊んでから吸ってやるのよ」
「そんなこと――」
「しってたのはそれだけじゃない」悪魔は早口にいった。「ふふふ、気づかないとでも思った? エンゼルリリー、天使として、素直なのはいいことだわ。でも、少しは隠し事ができるようにならないとね! あなたは顔にですぎる。ふふふ、やってみたら? ちょうど痺れも抜けたんでしょう!?」

 その言葉を言い終えると同時だった。ずぶ、じゅぶぶぶっ! と汚らわしい音が響き渡るとともに、リリーの周囲の床が盛り上がり、次々に触手が飛び出してきた。触手は七体いた。肉と同じ赤紫色で、体表をぬらぬらといやらしく光らせていた。太さはリリーの腕よりもひと回り細いくらいで、統制のとれた動きをしている。これは個体ではない。この悪魔が、自身の肉体を触手に変化させているのだ。
「あっ――」とリリーは叫び、目を見開いて触手を見つめた。
 まずい――リリーは直感的に思った。はやく動かなければならない。悪魔がなにを考えているのかはわからない。だが、なにかをしようとしている。
 慌ててエナジーを練り上げる。しかしたとえ聖舞天使であっても、能力を発動させていない状態では普通の天使よりも多少素早い程度でしかない。完全に不意を打たれ、頭が真っ白になる。反応が遅れる。コアクリスタルが輝き、エナジーがエンゼルスーツから全身に走る。エンゼルブーツに流れ込み、靴底に仕込まれたハート型の結晶体に溜まる。スーツを通して身体にエナジーが流れ込む。蒼い瞳が輝きかける……。
 だが、それよりも触手の方が速かった。
 七体のうち、二体のそれが左右の太ももに一本ずつ巻きつく。太ももの肉に食いこんでくる。それは構わなかった。聖舞の力が発動すれば振り払える。振り払えるのだ――発動しさえすれば。
 能力が力を発揮するその寸前、残りの五体が、ブーツの中に突っ込んできた。

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火村龍 2020/10/31 18:01

【小説】エンゼルリリー ~狙われたエンゼルブーツ~ その1

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 かんがえすぎだろうか。
 その光景は、なにか不吉なものを感じさせた。とはいえ、それはリリーにとって馴染みのあるものだった。深夜の街中、結界の張られた路地、エナジーを吸われかけた女の子、そして、魔界からやってきた悪魔――。
 状況自体はそこまで悪くない。最悪の事態は寸前で回避されている。彼女はまだエナジーを吸われてもいなければ犯されてもいない。悪魔は下位種で、それも一体しかいない。下位種ながら力はありそうだが、いまのリリーでもおそらく苦戦はしないだろう。
 だから、この不安は別のところから来ているのだ。
 リリーは襲われている女の子に目を向ける。彼女は悪魔に脚をつかまれ、履いているロングブーツを舐められていた。悪魔の分厚く長い舌が、ロングブーツのふくらはぎや、足首のしわのところを舐めていた。ブラウンの革が、悪魔の唾液でぬらぬらとしていた。
 ロングブーツ。これだろうか、不安の原因は。五月半ばに、ロングブーツを履いている女の子はそういない。ましてや、悪魔が欲しがるほどのエナジーを秘めているものなど。
 それに、この悪魔がロングブーツを舐めているということも奇妙だ。二足歩行のトカゲ型。全身が紫色の鱗に覆われ、腕や足は筋肉が発達し、強靱な尾でバランスを取っている。魔界でほかの悪魔と戦い、力をつけてきたのだろう、鱗のあちこちに傷がある。直情的で、○すときは相手を押さえつけ乱暴にするのを好むタイプだ。こんな風にブーツを舐めたりはしない。
 なにか歪なものを感じる。かんがえすぎだろうか。
 おそらく、コンディションが万全でないことも不安を増幅させているのだろう。この三日というもの、あちこちに現れた下位種の群れと戦い続けていたのだ。変身していないいまでも、身体がわずかに熱い。淫気が身体に残っている。
 無意識のうちに、手が首元に伸びていた。細い首には黒いチョーカーが巻かれている。そこにはハートの形をした蒼いクリスタルがある。人差し指でそれを撫でる。
 戦えるだろうか。
 だがためらっている暇はない。強気なエンゼルリリーでいなければならない。不安なまま戦えば淫気の侵蝕を許すことになる。仲間もほかの悪魔と戦っている。いま彼女を救うことができるのはリリーだけだ。
(だいじょうぶよ)リリーは自分に言い聞かせた。(変身すれば、リリーは無敵なんだから!)
 リリーは足を開き、腰に手を当て仁王立ちした。エンジニアブーツが立てる大きな靴音が路地に響いた。悪魔がびくりとしてリリーを見る。その顔に指を突きつけ叫ぶ。
「そこまでよ!!」

「なんだあ?」と悪魔はいった。いらだちというよりも、呆気にとられた声だ。つかんでいたロングブーツの足を離した。解放された女の子は路地の壁に寄りかかり「あ、あぁぁ……」と愛液を漏らしながらぞくぞくとする喘ぎ声を漏らした。
 しかし悪魔はもう、彼女への興味を失っていた。
「こいつはついてるぜ。一晩に二人もかかるなんてよ。え、それにどうだ……ずいぶんといい女じゃねえか」
 悪魔はそういって、リリーを頭の先からつま先までねっとりと眺めた。
 淫欲の化身が昂奮するのも無理はなかった。
 リリーは童顔で、可愛らしい顔だちをしていた。猫を思わせる顔だ。ふっくらと丸みを帯びながらも顎にかけて細くなる輪郭。いかにも気が強そうに眉尻があがった細眉。小ぶりな鼻にほどよい膨らみの唇。淡いブラウンが混ざった黒髪はシンプルなゴム紐で結び、肩よりも少し長い程度のツインテールにしている。
 だがやはり、見るものを惹きつけるのはその黒い瞳だ。澄み切った大きな目は一見吊り目な印象があるものの、よく見てみると目尻が垂れている。そこには意志の強さと、相手を挑発する生意気なものがあるが、それと同時に、どこか内気で、いじらしいものが滲みだしている。
 この日のリリーは淡い桃色のワンピースを着ていた。ゆったりとしたデザインで、袖は肘のあたりまである。その上からでも、その体つきは見て取れた。
 140センチ程度の小柄な身体は全体的にむちむちとしている。胸や尻は普通の女性よりもずっと大きく、それでいて、太っているという印象も与えない。コルセットで腰のところを締めているために、その胸の大きさはよく目立ち、腰もむっちりとはしているものの、引き締まっているのがわかる。
 そして、リリーの身体の中でもっとも目を引くのが、短いスカートから伸びた脚だった。
 リリー自身も、この脚にある種の自信を持っているのは明らかだった。黒いタイツで引き締めた太ももは柔らかく魅惑的な肉感で、リリーが悪魔をにらみつけるあいだもたぷたぷと揺れている。ふくらはぎも太ももと同じように肉づきがよく柔らかそうだが、そのほとんどがベージュのエンジニアブーツに隠されていた。おそらく、本来であればもっと丈が短いブーツなのだろうが、小柄なリリーが履くと、ほとんどロングブーツのようになっていた。
「いけないぜ、へ、へへ……」悪魔はいった。「こんな夜遅くに出歩いてちゃあよ……。うまそうじゃないか、え? 安心しろよ。殺しはしない。わかるか? きもちよくするだけさ。いただくぜ、お前の――」
 そういいかけたところで、悪魔は「おっ」と声をあげた。
「いや……どうだ! すげえエナジーじゃねえか! なんだよなんだよ。こいつよりすげえのがきたな。いいにおいがしやがる……どうだ、なんのにおいだ……? あぁ、桃か……桃だ!」
 そのとき、追い詰められていた女の子が崩れ落ちた。気を失ったのだ。
 まずは彼女だ。とリリーは思った。先にあの子をここから連れ出さないと。淫気の侵蝕が激しい。これ以上ここにいさせるわけにはいかない。
「おいおい、寝ちまったよ……。まあいいさ、こんな小物は。おいお前、へへへ、こっちにこいよ。俺が可愛がってやるぜ……。俺はな、紳士なんだ。わかるか、紳士だよ。毎日爪もきれいに磨いてるんだぜ」
 悪魔はそういって手を見せてきた。リリーの顔も容易くつかめる巨大な手に、リリーの手のひらほどもある爪が生えている。鋼鉄も容易く切り裂く悪魔の爪だ。
 リリーは鼻を鳴らし、蔑むような目で悪魔をにらんでいった。
「おことわりよ! 鏡でもみてきたら? なにが紳士よ、鼻息荒くして、女の子に群がる変態じゃない!」
「言葉に気をつけるんだな」悪魔は鼻の穴を膨らませた。「生意気いってると、優しくしてやらないぜ。え、だがそれもいいじゃねえか。お前、俺が怖くないのか?」
「あなたこそ、リリーを怖がった方がいいんじゃない?」
「あぁ?」
「見た目通り鈍いのね! これを見なさい!!」
 リリーは首に手をやり、チョーカーについているクリスタルを取って悪魔に見せつけた。
「あぁん?」
 悪魔は濁った目を細めた。まじまじとクリスタルを見つめていた。と、その目が見開かれた。なにかに気がついたのだ。欲情が敵意と焦りに変わり、悪魔はリリーに飛びかかる気配を見せた。
「ようやく気づいたようね! いくわよ、変身――エンゼルリリー!!」
 リリーはクリスタルにキスをして叫んだ。その途端、クリスタルから放たれた眩い光が路地を満たし、悪魔は叫び声をあげて両腕で顔を覆った。

 光は一瞬で収まった。悪魔は腕を下ろし、リリーが立っていた場所を見た。だがそこには誰もいない。目を細め、あちこちに視線を走らせる。徐々に焦りだしてくる。そしてふと、すぐ脇にいたはずの少女に目をやり、あっと叫んだ。リリーだけではなく、気絶していたはずの少女までいなくなっているのだ。
 そのとき、上の方から甲高い声が降ってきた。
「どこをみているの! リリーはここよ!」
 悪魔は声の方を見上げ、うっと呻いて後退った。
 ビルの古錆びた外階段にリリーが立ち、悪魔を見下ろしていた。
 その身体はまだ『変身』の途中にあった。変身を完了させるよりも、倒れた女の子を助けることを優先したのだ。着ていた服はすべて消え去り裸体になっている。しかし、その素肌を見ることはできない。全身が光の粒子に覆われているのだ。そしてよく見れば、完全な裸体でないことがわかる。粒子に覆われてはいるものの、脚にはすでにブーツを履いている。
 そして、悪魔が見ている前で変身は完了した。
 黒い髪は桃色に、黒い瞳は鮮やかな蒼に変わっていた。髪型はツインテールのままだが、髪を結っているのはゴム紐ではなく赤いリボンである。身につけているのは首元から股間までを覆う白と桃色のレオタード状密着スーツだ。そしてその胸元にはハートの形をしたクリスタルが収まっている。両腕には履き口に桃色のラインが入った肘までの白手袋をはめ、脚にはニーソックスとブーツを履いていた。太ももの半ばまである白いニーソックスは薄く、肌の色が透けている。膝下までのロングブーツは鮮やかなピンク色で、レインブーツにそっくりだ。分厚く、表面はつやつやとし、輪郭はレインブーツに特有の丸みがある。また胴回りもやはりレインブーツらしく、むっちりとしたふくらはぎとブーツのあいだにはかなりの隙間がある。そして履き口のところには白いラインが走っていた。
 はっと声をあげ、リリーは外階段から飛び降り悪魔の前に着地した。胸を張り、両手を腰に当てる。その口元には笑みすら浮かんでいる。きらきらと目を光らせ、眉をつり上げ、挑発的に悪魔をにらみつける。
 ――これがリリーの正体であった。人の姿をしているが、リリーはこの地上の住人ではない。
「あの子を探しても無駄よ。ここからはリリーが相手なんだから」
 そして腰に手を当てたまま、ブーツを見せつけるように右脚を前に出し名乗りを上げる。
「罪なき乙女を襲って、エナジーを奪おうとする悪魔は、リリーたち天使が許さない! 聖なるブーツで悪を蹴る! エンゼルリリー、ここに降臨!!」
 ――悪魔を倒すため、天界からやってきた天使である。

 悪魔はしばらく呆然としていた。だが、やがてわなわなと震えだした。それは天使に出会った恐怖でもなく、邪魔をされた怒りでもなかった。それは単純な欲望であった。欲望がもたらす昂奮であった。
「へへへ、どおりで濃いにおいがすると思ったぜ……。天使! おまえ天使か! おれぁはじめて見たぜ。おぉおぉ、いい格好じゃねえか。見せつけてくれるよ。お前を捕まえれば、すげえ力が手に入りそうだな」
「ふん!」リリーは鼻を鳴らした。「つかまえる? あなたみたいな下位種に、リリーをつかまえることなんてできないんだから。ひとつ聞きたいんだけど、あなたひとりだけ?」
「なんだ、怖いのか? へへ、仲間なんて邪魔なだけだぜ。見ての通り俺ひとりさ」
「怖い? そんなわけないじゃない。戦いがはやく終わるって思っただけよ。あなたこそ怖いんじゃない? 身体が大きいだけの下位種が、リリーに勝てると思ってるの?」
「そいつは戦ってからいってもらおうか。エンゼルリリー……見ろよ、こいつをよ」
 悪魔は股間を撫でた。体内に隠されていた巨大なペニスが伸びてきた。ほとんどトゲのような突起がカリのところをぐるりと囲むように生えたおぞましいものだ。
「もうこんなに硬くなっちまってるぜ。こいつがお前を欲しくてたまらねえってよ。え? そのちっこい身体で耐えられるかな? 思いきりぶちこんでやるからよ。お前みたいな生意気なのは、いきなりぶち込むのがいいんだ。泣き叫ぶ声が――おっと……へへへ、想像しただけででちまいそうだぜ」
 そういうと同時に、ペニスの先からどろりとした、精液のようなカウパーが溢れ出た。
 リリーは眉をひそめた。
「そういうと思ったわ。だったらもう、おしおきしてあげる!!」
 悪魔は素早くペニスを体内に戻し両腕を広げた。
「こいよ、エンゼルリリー」
 リリーは「はっ」と声をあげ、両腕を構え前に出た。悪魔はにやにやと笑いながら、右腕を横に振った。巨体から繰り出される攻撃はリリーのリーチを大きく上回っている。空気が大きく揺らぎ、風が生じる。凄まじい力だ。しかし、リリーはその攻撃を身を屈めてかわすと、ブーツの足を滑らせるようにしながら相手の懐に潜り込んだ。
「やぁぁっ!」真剣ではあるが、可愛らしい声をあげて白い腹に右のパンチを入れる。鋭く、腰の入った一撃だ。だが、声をあげたのは悪魔ではなくリリーだった。
「ふにゅっ!?」
 パンチが弾かれた。悪魔の腹には傷ひとつない。
「はあぁぁっ!」
 リリーは左右のパンチを連続で繰り出した。エンゼルグローブの白い拳を一瞬で十発以上叩きこむ。
 だが悪魔は平然としていた。苦しさを堪えているのではない。本当にダメージがないのだ。その顔ににやにやとした薄ら笑いが広がった。太い手が伸び、リリーの右腕をつかんだ。
「あっ、は、はなせえっ!!」
 悪魔の手は大きく、白手袋の腕がほとんどその中に隠れてしまう。リリーは力一杯それを振りほどこうとするが、反対に締め上げられ、思わず「ふにゅうっ」と声をあげた。
「いい声で啼くじゃねえか。だめだぜ、エンゼルリリー。そんな軽いパンチじゃ俺には効かねえよ」
 そして、唇を噛みしめ身体を揺するリリーをまじまじと見つめる。
「おぉおぉ、苦しいか? いいねえ、こんな近くで天使様を拝めるなんてよ。スーツがパツパツじゃねえか。誘ってくれるぜ、え? ちっこいくせに、なんて身体してやがる」
 悪魔は昂奮を露わにしながら、空いている右手をリリーの身体に伸ばした。人差し指の爪が、強い淫気を纏ってリリーの乳房に伸びる。
「この薄いスーツ――」
 悪魔がそういいかけたときだった。不意に悪魔は「うおっ」と声をあげた。「やあっ」という声とともに、リリーの膝蹴りが股間を打ったのである。手の力が抜け、リリーは悪魔の手から逃れた。だが、完全に逃れたわけでもなければ、悪魔に対して追加の攻撃をしかけられたわけでもない。逃れる寸前、悪魔が腕を振り、リリーを弾き飛ばしたのだ。
 リリーは宙で体勢を立て直し、猫のようにしなやかに着地した。桃色のブーツがぎゅむっとラバー質な音を立てる。
「おっと、逃がしちまったか」悪魔は悔しそうなどころか、楽しくてたまらないといった顔でいった。「へへへ、エンゼルリリーよ。俺は気づいちまったぜ。お前、天使は天使でも、まだ弱いな? あれだ、未覚醒ってやつだ。そうだろ? 俺のことを下位種だなんだといってたが、お前こそ半人前じゃねえか」
 悪魔はさらににやついた。
「いまのでわかったろ? お前の攻撃は俺には通用しないぜ。予想外か? 俺がそこらのひよっこの悪魔だと思ったか? ちがうんだよ、俺は強いぜ。ここからは狩りの時間だ。どうする? 逃げてもかまわないぜ。逃げられるかどうかは別にしてな。このまま戦うのも歓迎だ。生意気な天使様よ。お前を四つん這いにさせて、ケツから突いてやる。生意気な女にはしつけが必要だからな。そのぷりっぷりのケツを叩いてやる。おしおきってやつさ」
 悪魔のいうとおり、リリーは天使としては未熟であった。リリーが変身するために用いるクリスタル――これがリリーのコスチュームに流れるエナジーを制御するのだが、リリーの場合はクリスタルもスーツも未覚醒で、どれだけエナジーをもっていようと、十分な力を発揮できないのだ。
 だがリリーの攻撃が通じないのは、リリーが未熟だからでも、悪魔が硬いからでもなかった。
(ち、力が……)とリリーは思った。
 いつもの力がでない。連日の戦いで、リリーの身体以上にコスチュームがダメージを受けてしまっている。いまのパンチも、本来なら悪魔にダメージを与えるはずなのだ。
 コスチュームが熱い。実際のところ、リリーは変身したときから、そのことが気にかかっていた。淫気が染みこんでいるせいだけではない。蒸れているのだ。スーツの中、手袋の中、そしてエンゼルブーツの中が、わずかではあるが蒸れてしまっている。
 頬が熱くなるのを感じた。考えてはだめだ。いまは戦いに集中しなければならない。
 できれば、能力を使うことは避けたかった。だが仕方がない。使わなければ倒すことができない。
「たしかに硬いわね」
 とリリーはいった。強気に。挑発的に。弱っていることを悟られてはならない。
「力も強いし、身体も硬い。リリーの攻撃、効かないみたい――パンチはね」
「あん?」悪魔は首をひねった。
 リリーは構え、腰を落とした。
「光栄に思いなさい。見せてあげる、リリーの力――」
 蒼い瞳が光を帯びた。胸元のコアクリスタルが輝き、エナジーがブーツに流れ込む。そしてリリーはいった。
「聖舞――」
 次の瞬間、リリーの姿がかき消えた。

 一瞬のことだった。たしかにリリーを見ていたのに、悪魔は、どうやって消えたのかがわからなかった。リリーがいたところには桃色の粒子が残っているだけだ。
「お――」と悪魔がなにかいいかけたときだった。
 悪魔は驚愕と苦悶の声をあげつんのめった。背中に衝撃が走ったのである。
「なんだ!」と叫び、トカゲは背中に向けて裏拳を放った。
 だが、その攻撃も空を切った。巨大な拳が薙いだのは桃色の粒子だ。そして目を見開いた悪魔の横面を、またしても衝撃が襲った。
 悪魔は悲鳴をあげた。巨体が傾いで、それどころかわずかに宙に浮き上がり、壁に叩きつけられさえした。壁にひびが入った。
「みえねえ! くそ、どこにいやがる!!」悪魔はすぐさま身体を起こし叫んだ。
「ここよ」リリーがこたえた。
 悪魔は振り返った。リリーが腕を組んで立っていた。
「なにをしやがった」
「さあ? どうしたの、効かないんじゃなかったの?」とリリーはいった。
「黙れ! このちび天使が!!」
 悪魔は一瞬で距離を詰め、リリーに向かって爪を突き出した。だがやはり、爪が貫いたのはリリーの残像であった。
 オッ――と悪魔は目を見開いた。信じがたい光景があった。自分が突きだした腕に、リリーが乗っているのである。
 再び顔面に衝撃が走った。悪魔はよろめいた。倒れる――尾で身体を支えようとする。しかし力が入らない。崩れるようにして地面に倒れた。
 倒れた、この俺が? と悪魔は思った。身体が熱くなった。屈辱と恥辱がこみ上げてきた。それと同時に悪魔は気がついた。蹴りだ。エンゼルリリーは目に見えないほどの速度で動きながら、あの生意気な桃色のブーツで蹴ってきているのだ。
 聖舞天使――悪魔は思った。こいつは聖舞天使だ。聞いたことがある。聞いたことがあるぞ!
 悪魔は立ち上がり、咆吼とともに淫気を衝撃波のように放った。リリーは桃色の粒子を残して見えなくなったが、距離を置いたところに現れると、顔をしかめて耳を塞いだ。
 トカゲ悪魔は目を血走らせた。口を歪ませ牙を剥き出しにする。身体中に筋が浮かび上がる。淫気が昂まり、身体から湯気のように立ち上る。周りの空気が蜃気楼のように揺らぐ。
 受け止めてやる。迎え撃ってやる。こい、こい、お前は俺の獲物だ。
「こい、エンゼルリリー!!」悪魔は叫んだ。

 リリーは悪魔をにらみつけた。相手は攻撃を受け止めるつもりだ。いいわ、やってあげる、とリリーは思った。リリーの必殺技、受け止められるものならやってみなさい。
 だがそのとき、リリーは奇妙な感覚に襲われた。悪魔の瞳に妙な色が浮かんだ気がしたのだ。この悪魔には似合わない、ねっとりした欲望の色だ。
 リリーは腰を落とした。気のせいだ。たとえ悪魔がなにかを企んでいたとしても、この一撃で決めればいいことだ。
 コアクリスタルが光り、エンゼルブーツにエナジーが集中する。ブーツの底にはエナジーを溜めるための蒼い結晶体が埋め込まれている。それが光を放つ。リリーの全身からエナジーが噴き出す。蒼い瞳が悪魔を射抜く。力が高まる。
「聖舞!」リリーは叫んだ。
 ――聖舞とは天使の能力のひとつである。速度と足技を武器とし、悪魔の攻撃を防ぐのではなく、かわすことで戦う。力のほとんどはその脚と、脚を守ると同時に多彩な足技、速度を生み出すブーツに集中し、聖舞を極めた天使は未来を視る能力であっても、予知が間に合わないほどの速度を発揮するという。そんな聖舞天使の必殺技は、一点にエナジーを集中し、敵を貫くエンゼルキックである。リリーが得意とする技である。リリーはほかの能力を一切使うことができない代わりに、この能力を徹底的に磨いてきた。未覚醒でありながら、地上に降りることを許されるほどに。
 桃色の粒子を残し、リリーは加速する。一歩目から最高速度に到達し、悪魔に向かって疾駆する。それだけの速度を、リリーの瞳は捉えている。思考は研ぎ澄まされている。能力を発揮するあいだ、リリーのすべてが加速する。まるでリリー自身が速くなっているのではなく、世界が遅くなっているように。走り、地を蹴る。跳び上がり、宙で一回転し右脚を伸ばす。エンゼルブーツから放たれたエナジーが全身を包み、桃色の流星のようになったリリーは悪魔に突っ込んだ。
 正面から挑まれてなお、その速度に悪魔は反応しきれなかった。大きく遅れて淫気を纏った手を突き出す。エンゼルブーツと悪魔の爪がぶつかり合う――ぶつかり合うのと同時、悪魔の爪は粉々に砕け、エンゼルブーツの靴底が、悪魔の胸元にめり込んだ。
 リリーは宙を舞い、地面に着地した。エンゼルキックを終えたブーツから、桃色の粒子とともに煙が上がっていた。
 トカゲ悪魔はその場に立ったままだった。その胸にはブーツの靴底の形と、ハートのマークが刻まれている。と、不意にその身体が揺らぎ、ばったりと倒れた。
 悪魔はぴくりとも動かなかった。やがてその身がずぶずぶと音を立てて崩れだした。エンゼルブーツを通して撃ち込まれたエナジーが、悪魔の身体を灼いているのだ。
 終わったのだ。聖舞の力を使いはしたものの、ダメージを受けることなく倒すことができた。これで悪魔の結界は解ける。ここで起こっていたことや、路地の壁についた破壊のあとも消える。ほかに悪魔がいる様子もない。
 リリーは緊張を解いた。悪魔に背を向けた。そしてその途端、小さく声をあげた。

「ん……んっ……」
 頬が赤く染まった。リリーは唇を噛みしめた。悪魔と戦っていたときとは打って変わった、いじらしい色を瞳に浮かべ、太ももを擦り合わせた。
(ま、またエナジーを……あぁぁ、熱いぃ……)
 噛みしめていた唇が解け、浅く、熱を帯びた息が漏れる。脚の動きが大胆になり、エンゼルブーツのかかとが持ち上がる。
(エンゼルブーツが……リリーの、リリーのブーツが……)
「ふ、ふにゅ……はぁ……はぁ……」
 そのことを思うと、リリーは胸がどきどきとしはじめた。ブーツの中でソックスに包まれた足を動かす。右足も左足も繰り返し動かしてみる。ブーツのつま先が上がる。かかとが持ち上がる。右のブーツのつま先をあげ、左のそれに擦らせる。刺激が走り、リリーは「あっ」と声を漏らす。
(だ、だめ、こんなところで……! 帰らなくちゃ……はやく、休まないと……)
 ――そのときだった。
 なにかがエンゼルブーツをつかんだ。

 つかむ力は強烈だった。
「ふにゅうぅぅっ!?」
 完全に気を抜いていたリリーは、思わぬ刺激に声をあげた。
「な、なに!?」
 と、エンゼルブーツを見たリリーは、「あぁっ」と再び声をあげた。
 二つの手が、それぞれ左右のエンゼルブーツをつかんでいた。大きな手、鋭い爪――トカゲ悪魔の手だ。それが異様なのは一目でわかった。その手には腕がないのだ。手首から先だけしかない手が、思いきりブーツをつかんでいた。
「は、はなせぇっ! なによこれ!? 悪魔は――」
 倒したはず――。と、リリーは振り向こうとした。
 しかしその瞬間、トカゲの手から淫気の雷撃が放たれた。
「きゃあぁぁぁぁっ!!」
 衝撃が脚を襲う。雷はリリーの全身に回らずブーツだけに集中している。エンゼルブーツが雷撃を受け止めているのではない。雷撃の方が、エンゼルブーツだけを襲っているのだ。
 リリーは仰け反り、太ももを激しく震わせて悶絶した。ブーツの脚ががに股に開きかけ、ブーツの中では苦しみのあまり足の指が固く丸まる。
 雷撃とともに、悪魔の手が崩れ消滅してゆく。それは時間にして五秒もないくらいだったが、リリーにダメージを与えるには十分な時間だった。
「あ、あはぁぁぁぁ……」
 雷撃が終わった。リリーは脚をガクガクとさせて呻いていた。
 エンゼルブーツから煙が上がっていた。とはいえ、それ以外にダメージは見られない。傷もなければ焦げていることもない。しかし、淫気は確実にリリーの足を灼いていた。
(ブーツが……ブーツがぁぁ……)
 エンゼルブーツが熱い。そして痺れている。ブーツだけでは受け止めきれず、リリーの足にまでダメージが及んでしまっている。脚がじんじんとしていた。痺れているのに、同時に感覚が鋭敏になり、ふくらはぎが裏地に擦れただけで快感が走る。
 リリーは焦った。もしこれが、消滅しかけているトカゲ悪魔が仕掛けた攻撃なのであればいい。だがもしも、それ以外の攻撃だったら――。
 聖舞天使のコスチュームはそのスピードを活かすため、最低限の防御しかもっていない。力の要であるエンゼルブーツだけは頑丈にできているが、それでもここまでのダメージを負ってしまった。危険な状態だった。ただでさえ消耗していたところに、こんな攻撃を受けてしまったら――。
 リリーは必死に振り向いた。そこには倒れ、消滅しかかったトカゲ悪魔がいるはずだ。
 だが振り向いた瞬間、リリーの腹になにかが直撃した。
 一瞬のことだった。大きな緑色の塊が見えた。硬い。もっちりとしたスーツの腹に食いこみ、直撃した勢いのままリリーを跳ね上げる。ブーツの底が宙に浮いた。エンゼルブーツの脚が地面を求めてじたばたと暴れた。しかし、それを止めることはできなかった。
「ふにゅううぅぅぅうっ!!」
 リリーは宙高く吹き飛ばされた。背中からビルの壁に衝突し、落下する。宙を掻くエンゼルグローブの手がビルの外階段の手すりをつかむ。リリーはもがき、身体を持ち上げようとした。しかし、右のブーツの足首になにかが噛みついた。鋭い歯がブーツに食いこんだ。
「あぁぁぁっ!!」
 リリーはビクビクと震え、三階の高さから落下してしまった。受け身も取れずコンクリートの地面に叩きつけられる。天使であるリリーは、それくらいの高さから落ちてもダメージはない。だが、その衝撃は敏感な脚を襲っていた。
「ひああぁぁ、こ、これ……あぁぁっ!!」
 仰け反り喘ぎ、両足で地面を掻く。右足を抱き寄せ、ブーツの足首を激しくさする。牙が食いこんだ感触があったが、幸いにも傷はない。まだエンゼルブーツは耐えてくれている。
「こ、これくらいぃっ!!」
 リリーは叫び立ち上がった。倒したトカゲ悪魔を見る。その身体はほとんど崩れかけている。原型を失いかけたその身体に、両手と頭部がないのを見て取った。
 背後から聞こえた小さな音にリリーは振り向いた。宙に浮かんだトカゲ悪魔の頭部が、歯を打ち鳴らしながら襲いかかってきた。リリーは身体を仰け反らせそれをかわすと、右足を跳ね上げ蹴り飛ばした。
「ふ、くぅぅぅ……ッ!!」
 だが、蹴った衝撃で脚に快感が走り、たまらず声を漏らしてしまう。
 トカゲの頭部は左右に揺らぎながらも体勢を立て直し、二メートルほど上空に留まった。リリーは構えたが、それ以上襲ってくる様子はなかった。その代わり、トカゲの頭部から声がした。
「やるわね」

 その声は路地の中に響き渡った。女の声だ。
「はじめまして、エンゼルリリー。嬉しいわ、あなたとお話しできて」
「だれ!?」
 リリーは鋭く尋ねた。
「ごめんなさい、こんな姿で。でも、わたしのことはまだ教えられないわ」
 新たな悪魔だ。トカゲ悪魔の頭部を操り話しかけてきている。先ほどブーツをつかんだ手も、雷撃も、すべてこの悪魔の仕業だろう。
 リリーは周囲を窺った。どこかに本体がいるはずだ。だが、どこにも気配はなかった。少なくとも、リリーの能力では探り出すことができない。
 危険な香りを、はやくもリリーは感じていた。悪魔の力がどんなものかも、どの程度なのかもわからない。だがそれ以上に、彼女の声から伝わるなにかが、リリーに危機感をもたらした。
 戦うか、退くか――。だがどちらを選ぶにしろ、肝心のエンゼルブーツが……。
「ふん、リリーが怖いの?」リリーは不安を押さえていった。
「ふふふ、怖いわ」悪魔は答えた。おもしろがっている口調だった。「あなたの戦い、しっかり見させてもらったわ。すごく強いのね。ぜんぜん見えないんだもの! 彼もそこそこやる方だけど、ああなったらおしまいね」
「仲間がやられてお怒り? つぎはあなたの番よ!」
「仲間? いいえ、仲間なんかじゃないわ。わたしはただ、利用しただけ。あなたをまっていたんだわ、エンゼルリリー」
「リリーを?」
「そうよ。ちょっと前にあなたを見かけて――もちろん、あなたはしらないでしょうけど――そのときからあなたに夢中だったわ。どうしてもあなたが欲しくて、あなたをいじめたくてたまらないの。ひとめぼれしたんだわ。それから夜も朝もあなたに恋い焦がれて、頭の中で何度も想像していたの。あなたをどうやって手に入れようか、どんな風に虐めようかって。あなたが感じて、啼くところを想像して、それだけできもちよくなった。ええ、ふふ、ごめんなさい、こんなにしゃべって。いつもはこんなにしゃべらないのだけど、はじめてお話できたものだから」
 悪魔はしゃべり続けた。ことばを重ねるたびに熱は増していった。
「それで、どうかしら、エンゼルリリー? わたしの愛を受け取ってくれるかしら? いいえ、いいえ! 受け取らなくていい! そうよ、受け取られたら困るもの。天使と悪魔が愛し合うなんて! そう、うふふふ、わたしの愛はつまり、嫌がるあなたを虐めて、虐めて、虐めて――そしてぐちょぐちょに汚すことだもの。ああ、リリー。変身してないときもかわいいけど、変身したあなたは最高だわ。そのコスチューム! ぱつぱつで、いやらしいむちむちの、はちきれそうな――ふふふ、見てるだけでイッてしまいそう……!!」
「ふにゅっ――」リリーはぞっとして両手を握りしめた。悪魔の、歪な劣情が淫気とともに身体を包んだのであった。悪魔の声には異様な執着心があった。そしてそれは、はっきりとリリーに向けられている。
 汗が滲むのを感じた。焦りと不安が募った。せめて本体の場所がわかれば。だが、目の前のトカゲの頭部から目が離せない。離した瞬間襲いかかられてしまうだろう。聖舞を発動するか? いや、それはできない。ブーツはまだ痺れているし、なにより、本体がどこにいるかわからないのに発動したところでこちらが消耗するだけだ。
「あぁっ! 欲しい! 欲しいわ!!」悪魔はなおも叫んだ。「エンゼルリリー! リリー、リリーちゃん! あなたが、あなたの――」
 と、言葉を切ってから悪魔はいった。
「エンゼルブーツ」
「なんですって――」
「ことば通り。リリーちゃんが履いてる、そのピンク色の、太くて分厚い、とってもエッチなブーツ……それが欲しいの。エンゼルブーツを虐めて、汚して、そしてエナジーをたあっぷり搾りとりたいの。さっきの女の子、見たでしょう? ブーツを舐められて。ああいう風に……」
 リリーの脳裏に、トカゲ悪魔に襲われていたあの少女の姿が浮かんだ。ブーツを這う舌。ぬらぬらと輝くロングブーツ。そして、悶えながら感じる少女の顔――。
 それでようやくわかった。トカゲ悪魔はこの悪魔の影響下にあったのだ。おそらく、トカゲ悪魔自身も気づかぬまま。
「そんなことさせない!!」リリーは叫んだ。
「できるかしら、いまのあなたに。効いているはずよ。なにしろ、リリーちゃんはもう三日間毎晩戦って、だいぶお疲れみたいだから」
 リリーは息を呑んだ。
(そこまで――!?)
「ええ、ずっと見ていたわ! チャンスを待ってた! ふふふ、もう辛いでしょう。ブーツを履いてるの……。熱くてたまらないでしょう。その『ながぐつ』……」
「な、なが……ちがうわ!! これは――!」
「やっぱり気にしてたのね! そんな気がしたの!! でもそんな顔で、ちっちゃくて――身体はむちむちですごいけど――そんなブーツ履いてたら、それはもうブーツじゃなくて『ながぐつ』よ! ふふふ、怒ったかしら。よくいわれてそうだものね」
「ば、ばかにするなぁっ! もうゆるさないんだから! でてきなさい、リリーがおしおきしてあげる!!」
「いいわ。たまらない! 天使と悪魔がおしおきし合うってわけね」と悪魔はいった。なぜかその口調には、勝ち誇った、いやらしいものがあった。
「でも……うふ、うふふふ……! リリーちゃん、実はもう、わたしでてきてるの」
「なんですって――」
「さっきからいってるはずよ! わたしが狙いはリリーちゃんのブーツだと!! 上ばかり見ていないで、大切なエンゼルブーツを見てみなさい!!」
「え――きゃあっ!! な、なによこれ!?」
 そういわれて下を見たリリーは悲鳴をあげた。足元の地面がアスファルトのそれではない。周囲一メートルほどが、いつの間にか赤紫色の粘液に変わっているのである。
「いやっ、きもちわるい!」
 リリーは慌てて脚を持ち上げようとする。だが、再び悲鳴をあげた。
「こ、こんなの――ん、んんっ――うそ、うごけない!?」
 エンゼルブーツをあげることができない。脚を上げると、ブーツの靴底にべっとりとへばりついた粘液が、いくつもの粘つく糸でもって地面に引き戻してくる。何度やっても同じだ。動けない。リリーは必死になって左右の脚を上げる。そのたびにぐちょぐちょ、ねちょねちょと音がする。
「ブ、ブーツが! あぁっ、ねばねばしてうごけないぃっ!!」
 それはリリーに対して完全に練り上げられた罠だった。聖舞天使の武器であるエンゼルブーツが完全に狙われている。動きを封じられてしまっている。
 そしてそれだけではない。ゆっくりと、しかし確実に、エンゼルブーツが粘液の中に沈んでゆく。
「なにこれ――リリー、沈んで……!」
 ただの粘液ではなかった。この粘液そのものが悪魔なのだ。
「んふふふ……」悪魔の声がする。「あぁぁ、夢にまでみたリリーちゃんのブーツ……! 招待してあげる。わたしのお腹の中――リリーちゃん……リリー、リリー……!」
 ずぶ……ずぶぶぶ……じゅぶぶ……ッ!! ブーツがさらに沈んでしまう。悪魔はリリーの全身を呑み込むつもりだ。
「ふにゅぅぅっ! そんなことさせないんだから! エンゼルブーツ! エンゼルブーツ!!」
 リリーは叫び、ブーツにエナジーを流し込む。少しでも力を高め粘液から逃れようとする。ぐっちょ、ねっちょ、ぐちょぬちょ――エンゼルブーツが粘液の中でもがく、凄まじい粘着音が響き渡る。しかし逃れられない。沈んでしまう。足首、そしてふくらはぎ、どんどん沈んでゆく。もしもリリーの力が万全であれば脱出できたかもしれない。だが元から力が消耗している上に、エンゼルブーツに集中攻撃を浴びてしまったせいで力がでない。脚が痺れる。エンゼルブーツが本来の力を発揮できない。
(だめぇぇっ! と、とめられない! 沈んじゃう! つかまっちゃうぅっ!! ねばねばだめなの、エンゼルブーツ狙われるのだめなのぉっ!!)
 にちゅ、ぐっちゅ、にちゅぐちゅ――! 鳴り響く粘音の中に、ちがう音が混じりだしているのに気づく。その音はブーツの中からしていた。汗の音だ。ブーツの中に溜まっていく汗が音を立てているのだ。
(あ、あぁぁぁ……! ブーツが、む、蒸れて……ッ!!)
 と、そのときだった。
「今度は足元ばっかり! 上に気をつけるのね!!」
 リリーはハッとした。上を見る。トカゲの頭部が迫ってきている。
 あっと叫び、リリーは咄嗟に両腕を交差させた。だが、予想していた衝撃はやってこなかった。その代わり、それは脚から伝わった。
 アァッ! とリリーは声をあげた。目を見開き、口を大きく開いて硬直した。トカゲの頭部が粘液に飛び込み、炸裂したのだ。頭部に溜まっていた淫気が放たれる。雷撃の形でリリーの全身を襲う。
「ふ、ふにゅううぅぅうぅうぅぅうっ!!」
 防ぐことなどできなかった。リリーは全身をガクガクと震わせ、悶絶し、なんとか抵抗しようとしていたが、ついにがっくりと脱力してしまった。
「う、ぁ……あはぁぁぁ……」
 意識が朦朧とするリリーを悪魔は呑み込んでゆく。エンゼルブーツが履き口まで沈む。ブーツが完全に呑まれる。膝が、太ももが、そして身体が。リリーはなにもできなかった。ただビクビクと痙攣していた。
 エンゼルリリーが粘液の中に消えた。そして粘液もまた、コンクリートの地面に溶け込むように消えていった。あとにはなにも残らない。路地に生暖かな風が吹いた。

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火村龍 2020/10/31 12:29

【イラスト】リリー変身前


エンゼルリリーの変身前スケッチ。

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