●夢白桃1●
「桃太郎さん・・・好きです、愛してください・・・」
「ほ、鬼灯さん・・・?」
黒い着流しを脱ぎ捨て朱い襦袢姿になった鬼灯は、桃太郎の前に三つ指をついて上目遣いで懇願していた。
一方の桃太郎は、あまりの状況にどうすればいいのか逡巡してしまい、行動を起こすことができない。
「では、これではどうですか・・・?」
いつの間にか用意されていた寝台の上に寝そべり、鬼灯は裸になって白い肉体美を桃太郎に見せつける。
鬼灯の想像通りの白く美しい肌にクラクラしながら、桃太郎は夢遊病のように近づき、鬼灯の裸体の上に身体を重ねる。
「本当に、俺でいいんですか・・・?」
「はい、あなたがいいんです・・・」
そう言って鬼灯の方から情熱的な口づけを施してくる。
(鬼灯さん・・・!)
興奮が燃え上がって一気に身体が熱くなる。
それと同時に、身体の熱さを残して鬼灯の姿は幻影の中に消えていった。
目が覚めると、いつもの天井だった。
極楽満月の倉庫を改装した桃太郎の私室。そこに設置されたシングルベッドに、桃太郎は仰向け、掛布団を投げ出して、ぐしゃぐしゃの頭に半分寝ぼけた状態で今も起き上がれずにいる。
(ああー、またこの夢かあ・・・)
もったいない思いを抱えながら、桃太郎はゆっくりと起き上がる。身体が熱くなった瞬間、実際の桃太郎の体も熱くなり、体温が急上昇したことで強○的に覚醒してしまったのだ。
(あのまま続けることができれば・・・)
そんなことをボーっと思いながら、桃太郎は自分の下半身がシャレにならない状態になっているのを感じ取る。
これは、時間がたてば収まるたぐいのものではない。
朝っぱらから、桃太郎はティッシュ箱に手を伸ばし、前を寛げて手に唾を付け、自らの剛直を慰める。
考えるのは、集合地獄で合った美女、現世で出会った美女、ネットで見た美女、そして・・・
(い、いけない!)
最後に思い浮かべそうになった人物をかき消したが、その人物を思った瞬間が一番強い悦を得られた。
桃太郎は、二度とあの人のことを考えてはいけないのだ。
自分には過ぎた身の人物だ、とても手が届かない高嶺の花・・・
それを、一回抱くことができただけで何を思いあがっているのか。抱けたあの状況も、周囲に無理やり急き立てられてのことではないか。
しかし犯されるその人を見て興奮してしまっていたのは事実だ。
そして、その人物を心底愛しいと思ったのも。
「・・・・・んーーーー・・・」
桃太郎は最近溜まっていた。集合地獄で遊女を買えば済む話かもしれないが、なぜか必要のない人物に操をたてて、桃太郎は踏ん切りがつかず、一人慰める日々が続いている。
そういえば、今日その人が薬を取りに来るはずだ。
あんなことがあってから初めて会うが、自分は平静を取り繕うことができるだろうか?
桃太郎は洗面台に向かい、冷水で激しく顔面を洗うのだった。
「ごめんください」
桃源郷に似合わぬ漆黒の衣装の美影身が現れる。
いつ現れるかと胸を跳ね続けていた桃太郎にとって、不意の訪問に手にした薬瓶を取り落としそうになった。
「あああ!鬼灯さん!こんにちは!」
不自然にもほどがある。カウンターごしとはいえ二メートル以内にいるのに、この大声は明らかに裏に何かをかかえた声だった。
聡い鬼灯ならその原因に気づいたかもしれない。
なにせ、あんなことがあってから今日、初めて顔を合わせるのだ。しかし、今日来るとはわかっていたが、よりによって、白澤が留守をしている昼に来るとは思わなかった。
「はい、こんにちは。早速ですが、注文していた商品をお願いします」
「あ、はい・・・」
しかし鬼灯はいつもと変わらない様子で桃太郎に声をかけ、品出しの指示をする。
(そうだよな、気にしてないよな・・・)
気にしているのは自分だけか、と桃太郎は自分の杞憂を払拭し、注文の品をまとめた箱が置いている棚へと背を伸ばす。
「そういえば、怪我の具合はどうですか?」
唐突に言われて桃太郎は心臓が跳ね上がり、そのせいで態勢を崩して箱ごと地面に倒れてしまった。
「大丈夫ですか?」
あまり心配でもなさそうな声で、鬼灯はウサギを撫でながら桃太郎に話しかける。
「あ・・・はい、大丈夫です・・・」
箱の中身を盛大にぶちまけ、薬草だらけになりながら桃太郎がカウンターの向こうで転がる。
気が付くと掌で棗を二粒つぶしてしまっていて、桃太郎は急いで形の綺麗なものと取り換えるべく、カウンターから身を乗り出させた。
「その様子では、怪我は治ったようですね」
いつの間にか鬼灯の真横に来てしまっていた桃太郎は、自分の迂闊な行動と間近に鬼灯がいることに身体を一瞬跳ね上げ、急いで視線を鬼灯から反らせた。
桃太郎は素早くカウンターの後ろに戻り、注文の品をそろえて鬼灯に箱を差し出した。
「こここ、これです!ありがとうございました!」
明らかに不自然な態度で桃太郎は箱を突き出し、頭を下げて鬼灯を見ないようにする。
その顔を見るとあの時の情景を思い出しそうで、桃太郎は申し訳なさに顔を上げられない。
「ありがとうございます。それと、桃太郎さん」
「あ、ありがとうございます!え・・・っ?はい・・・!」
顔を上げた桃太郎の眼前に、鬼灯の美貌がある。
(なんで?こんな、ち、近い近い!)
すると白皙の美貌は顎を下げ、黒髪をサラリと揺らし、角を突き付けた恰好で桃太郎に言った。
「すみませんでした」
「えっ・・・なっ・・・ええ!?」
いきなり謝るべき相手に逆に謝られて、桃太郎は声がまともに出なくなってしまう。
「この間は、私の不注意であなたに怪我をさせてしまって・・・申し訳ありません。怪我が早々に治って、なによりです」