官能物語 2020/04/17 14:00

息子の告白/1

 久美子は、ふうっと大きく息を吐き出した。これまでの38年間の人生の中で、今日が最も緊張する日になる。初春の午後の光の中で、久美子は、何度か深呼吸を繰り返していた。何とか気持ちを落ち着けようとする。しかし、あまり効果は無かったようである。形良く膨らんだ乳房の下で、心臓がどくどくと、まるで音まで聞こえそうなほど大きく鼓動していた。

――しっかりしないと……。

 自分に言い聞かせようとしてみても、やはり、心は落ち着かず、決めたことであったにも関わらず、やっぱりやめた方がいいだろうかと、これからすることに対してのためらいが鎌首をもたげるのを、久美子は、何とか押し下げるようにした。

 久美子がいるのは、2LDKの自室マンションのリビングである。ここに、彼女は、息子と二人暮らしをしていた。彼の父親はすでにこの世の人ではない。息子がごく幼い頃になくなっていたのだ。息子はこの春から大学生になって、マンションを出て、一人暮らしをすることになっている。その息子に対して、久美子は言わなければならない秘密があるのだった。もしも可能であれば、墓の下まで持っていきたい秘密である。しかし、そういうわけにはいかないのである。自分一人のことであればまだしも、それは彼に関わりがあることなのだから。どうしても言わなければいけない。だが、それを言うことでもって、二人の間は決定的に変化してしまうことだろう。それが、久美子には怖かった。

 息子の高典は、手のかからない、本当にいい子だった。彼が物心着く前に父親が亡くなって、寂しい思いをさせないようにしようと久美子は思ってきたわけだけれど、むしろ、息子に慰められることの方が多かった。息子は、時に、片親で肩身が狭い思いをしていることがあったであろうにも関わらず、これまでついぞそんな素振りは見せたことはなかった。

「お母さんだけいてくれればいいよ」
 というのが、優しい息子の決まり文句で、久美子も、この一人しかいない息子を溺愛した。といっても、バカ親よろしく甘やかすということはなく、褒めるべき所を褒め、叱るべきところを叱るといった体であり、その結果なのか、そもそもの素質に負うところが大きいのかは分からないが、彼はどこに出しても恥ずかしくない青年へと成長した。

 その彼が、最愛の息子が、ショックを、それも並一通りでは無い衝撃を受けるであろうことを、久美子はこれから彼に告げなければならないのである。もしかしたら、罵倒されるかもしれない。いや、もしかしたらどころの話ではないだろう。罵倒はもう当然のものとして覚悟しなければならない。あるいは、手をあげられることも覚悟済みである。母に手をあげるような息子ではないけれど、そのような息子にそれをさせるかもしれないほどの話であるということだった。

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