息子の告白/2
久美子は、もう一度深呼吸した。外からは、気持ちの良い春の光が差し込んできている。桜はまだ咲かないが、梅はすでに満開だった。こんな美しい時節に、息子に対して残酷なことをしなければいけない自分を、憐れんでみても、事態は一向に変わらないのであれば、せめては覚悟を決めたいのだけれど、それも叶わない。叶わないうちに、
「ただいまー」
玄関のドアが開く音がして、息子が帰ってきた。すぐに顔を見せた彼は、背が高くすらりとしており、ほどよく筋肉質なその体は、まさに若さが詰まっているといった風であった。切れ長の瞳には、知性と野生が同居しており、その年にして、独特の色気がある。同年代の女子は放っておかないだろうと思われるのだけれど、これまで特に浮いた噂も無く、恋人ひとり作っていないようだった。
あるいは、それは、同居している独り身の母親に遠慮していたのかもしれないが、これからは、一人暮らし、何の遠慮も無く、恋をして、好きな女性と将来を築いていくわけである。その洋々たる前途に、暗い影を落とすことになるかもしれないと思えば、やはり、気がくじかれる思いがするけれども、久美子は、きゅっと手を握って、決意を固め直した。
「どうしたんだよ、母さん、そんな怖い顔して?」
息子が、弾むような明るい声で言った。
対して、久美子が出したのは、硬質のそれである。
「ちょっと、そこに座って、高典」
そう言って、自分が座っているソファの対面に、彼を座らせると、もう一度だけ、久美子は深呼吸をした。
「話したいことがあるの」
いつもと違う母親の様子に、息子は、怪訝な表情である。
「話?」
「うん。大事な話よ」
母親の口調に深刻さを聞き取った息子は、
「分かった」
と背筋を伸ばした。
久美子は、もうこれで最後にしようと思って、もう一度、深呼吸した。そうして、息子をまっすぐに見た。内心の不安は、声には現われなかった。
「実はね、高典。あなたは、わたしがお腹を痛めて生んだ子じゃないの」
実に、17年間抱えていた秘密を、久美子は、息子に聞かせた。息子は分からない顔をしている。それはそうだろう。これまで、普通の親子として暮らしていたその母親から、実は母親じゃないと言われたら、まずもって何を言われているのか、分かるものではない。久美子は、順を追って説明しようとした。