母の浮気/63
この気持ちは何だろうか。見も知らぬ男に対する嫉妬だろうか。そうかもしれない。いや、これは怒りである。しかし、何に対しての?
「それで、どうしたんだよ」
「いやね、どうもしないわよ。『わたしには夫と大きな子どもがいますから、ごめんなさいね』って、丁重にお断りしたの。そしたら、『そんな年には全然見えない』って、目を丸くしてたわ」
夫も子どももいるくせに、もう何人もの男と関係している母を、良太は、そういう人だと思っていた。別に責めるつもりは無いし、こっちだって覗いていた身である、大きな口は叩けない。しかし、なんというか、これは、不公平ではないだろうか。何と言っても、彼女は、良太の母なのである。だとしたら、自分だって、彼女ともっと親密な時を過ごしてもいいのではないだろうか。なにゆえ、町内のオヤジとか、クラスメートの父親とか、あまつさえ、幼なじみにそれを許しておいて、自分は許してもらえないのか、こんな理不尽なことはないのではないか。
血のつながった子どもだから、というのが、その理由になるのだろうけれど、よくよくと考えてみれば、子どもだからどうしていけないのか、ということになる。なにがマズいのか。そう考えると、答えは出なかったし、仮に何かマズいことがあったとしても、良太は、母が欲しいと思った。
まさか、こんな気持ちになるとは思いもしなかった。童貞を卒業したいというだけではない。母を抱きたいなどと思うとは。彼女以外の女性によって童貞卒業が約束されているということが、あるいは、良太に本当の気持ちを気づかせたのかもしれない。
いずれにせよ、良太は母がナンパされたという話を聞いて、自分の本当の気持ちを認めた。まさかこんな気持ちが自分の中にあったとは……と新鮮な驚きを覚えるとともに、実はうすうす気がついていたということも認めていた。久司が母と交わりを持っているところを覗いていたときに、久司が許されるなら自分もと思ったことがあったのだ。しかし、あれは、あわよくばという気持ちだったし、「童貞を卒業したい、セックスをしたい」という気持ちが先に立っていた。今はそうではなく、母が欲しいという純粋な所有欲を抱いていた。
気持ちを認めたからには、あとは、それを行動に移すだけである。久司の母によって、童貞卒業が約束されたことは、こちらから大した行動をしなくても得られた僥倖だった。二度の幸運を期待するほど、バカではない良太は、すばやく覚悟を決めた。
「いいよ、明日、デートしよう」
良太が言うと、えっ、と母が一瞬、呆気に取られたような顔になった。
「いいの?」
「映画でもなんでも付き合うよ」
「嬉しいけど、どういう風の吹き回し?」
「その代わり、頼みがあるんだけど」
「ああ、そういうことね。まあ、いいわ、この頃、何もねだられてないしね。何か欲しいものがあるの?」
「欲しいものというか、してもらいたいことがあるんだけど」
「なあに?」
良太は、すっと息を吸い込むと、
「一緒にお風呂に入ってもらえないかな」
一息に吐き出した。