官能物語 2021/06/28 10:00

美少女のいる生活/8

 そうして、二人で手をつないで駅前まで歩くことしばし、貴久は、これが彼女の転入初日であるにも関わらず、いきなり翻弄されている自分を楽しく感じた。

「なにか面白いですか、貴久さん?」
「ん? そんな風に見えた?」
「はい」
「前を見て歩かないと危ないじゃないか」
「それは貴久さんに任せます。わたしは好きなところを見ていることにします」
「その流れで言えば、おれの顔が好きってことになるけど」
「否定はしません」
「しないんかい」

 駅前までに軒を連ねる店舗を見ていくと、

「この辺でアルバイト募集してないですかね」

 と美咲が言った。

「働くの?」
「そのつもりです。あと、家事は全般、わたしにやらせてくださいね」
「できるの?」
「父って家事をする人に見えます?」
「残念ながら見えない」
「それでも、わたしが小さいときは頑張ってくれていたんですけど、小学校の高学年くらいからは、わたしがするようになったんです」
「お父さんの負担を減らすためだな」
「単純にわたしの方が早くてうまいからです」
「悪いけど、おれはきみのお父さんほど、不器用じゃない。家事は何でもできる。美咲ちゃんの誕生日には、部屋を飾り付けて、テーブルをいい感じにセッティングして、手料理だって振る舞える」
「本当ですか!?」
「もちろん」
「楽しみです。でも、普段の家事は、わたしにやらせてください。お世話になるので」
「うーん……お世話って言っても、美咲ちゃん、大したお世話も要らないみたいだし、家事は半々にしよう」
「そんなことないです。わたし、ご迷惑かけますよ。かけまくりますよ!」
「とてもそうは思えないけど」
「だって、こうして押しかけてることが、そもそもご迷惑じゃないですか。貴久さん、付き合っている人いますよね。わたしなんかがいたら、大人のお付き合いに支障が出ませんか?」
「付き合っている人なんていないよ。そうして、これからもうできそうにないかな」
「そうですか……」
「何か楽しいかい?」
「えっ? ……わたし、そんな顔してました?」
「クラスメートの男子の心を確実に射抜く微笑みを浮かべてたぞ」
「ちゃんと前を見て歩いてください。二人で、前以外のとこを見てたら、危ないじゃないですか」
「了解」
「ところで、わたしにも付き合っている人がいないって言いましたっけ?」
「今聞いたよ」

 駅が見えてきた貴久は道をちょっと脇にそれて、裏通りに入ると、一軒の喫茶店へと美咲を導いた。レトロな雰囲気を持ったそこは、貴久の行きつけである。

「いらっしゃいませ」

 20代半ばほどの女性マスターは和服であって、それがまた店の雰囲気に合っていた。

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