美少女のいる生活/17
夕食の買い出しに、もう一度出かけるということになって、貴久が美咲を伴って部屋を出ると、マンションの同じ階の住人に出会った。20代半ばほどの彼女は、一人暮らしの会社員のようであって、いつもはパンツスーツ姿でキメているけれど、今は春めいた薄手のブラウスにスカートという格好だった。
「こんにちは」
愛想よく挨拶してくれる彼女に対して、貴久は、美咲のことを紹介した方がいいのか考えたが、彼女とはそれほど親しいわけでもない上に、話が複雑なのでやめておいた。もしも、彼女から、
「姪御さんですか?」
などと訊かれるようなことがあれば、そうです、と適当をやろうかと思ったが、特に訊かれることもなかった。
貴久は、一緒にエレベーターに乗って下まで行き、彼女を先に下ろした。
「ありがとうございます。失礼します」
そう言って、立ち去る彼女を見送った貴久は、隣から軽く美咲に体をぶつけられた。
「どうした?」
「貴久さん、デレデレしてましたよ、さっきの人に」
「いや、してないだろ」
「してました」
「そうかなあ」
「鼻の下伸びまくってたじゃないですか。ちょうどあの人、景子さんくらいの年ですし。狙ってません?」
「おれは何も狙ってない。キミに狙われたんだ」
「でした、でした」
マンション前の道はゆるやかな坂になっている。
「さっきは下っていったけど、今度は登っていこう。こっちにも、スーパーがある」
「はい」
「ビーフストロガノフって手間じゃないの?」
「材料だけあれば簡単ですよ」
「作るの見てようかな」
「どうぞ、どうぞ」
坂を登り切ると空が開けて、その下に、大き目のスーパーがあった。貴久は美咲を連れて、店内に入ると、カートを押す役目を謹んで承った。カゴに、美咲が食材を入れていく。勝手に大がかりな料理だろうと思っていた貴久だったが、ビーフストロガノフの食材は、驚くほど少なかった。
「もちろん、本格的にやろうとすればもっと材料が必要なのかもしれませんけど、少なくとも今のわたしには無理です。精進します」
美咲は正直なことを言った。店内を一回りすると、会計で財布を出して自分で払おうとしたので、
「ストップ、おれが払う」
貴久はクレジットカードを出した。
「でも――」
「『でも』は無しだ。とりあえず、こういうことに関するルールを、ビーフストロガノフを食べながらでも決めないとな――あ、すみません、そのカードで会計をお願いします。はい、一回払いで」
貴久がレジの女性に言うと、彼女はすぐにそれに従ってくれた。