美少女のいる生活/16
モンブランを食べ終えた貴久は、食べ終える前とは異なった世界線にやって来たにも関わらず、どうにもそんな感じではなかった。美咲のことはきちんと考えているつもりだが、やはり、あまり現実感がないのである。彼女が大がかりな冗談をやっているという可能性も捨て切れない。
「お皿、片付けますね」
「ありがとう」
シンクで、鼻歌を歌いながら、洗い物をする彼女を見ながら、この光景が毎日のものになるだけではなく、溌剌とした美しさを身にまとう少女が自分のものになるということに関する現実感はやはり無かった。そんなもんあるわけない。
「夜はどうする? 転入祝いに外で食べてもいいかなって思ってたんだけど」
洗い物が終わった彼女に訊くと、
「お昼も外だったのでもったいないです。わたしが作りますから、あとでお買い物行きませんか? 何でも好きなものを言ってください、貴久さん」
と答えた。
「キミは家政婦じゃない」
「はい、妻候補でーす」
美咲は元気よく手を挙げて、
「あっ、そうだ、あと、パジャマも買いたいです」
と付け加えた。
「何にも持ってないので。明日届くと思うんですけど……あっ、そうだ! 貴久さんのTシャツでも借りて、パジャマ代わりにさせてもらおうかな」
「キミは経済観念がしっかりしているな」
「これも、結婚のために鍛えたところがあります。まずは何を置いてもお金が無いと始まらないので」
「なるほど」
「あと……もう一つ、すごく大事なお話があるんです、貴久さん」
「結婚以上に?」
「ある意味では」
「ええっ……どこか、体でも悪いのか?」
「まあ、ある意味ではそうです」
「お父さんからそんな話聞いてないけどな」
「父には話していませんので」
「そんなことをおれに?」
「はい」
「いいのか?」
「もちろんです」
自信ありげにうなずく彼女ほど、貴久は自信が持てなかったが、まあ報告すべき事であれば、友人に報告すればいいと思った。もしも自分の胸の内にとどめておけることであればとどめておけばいい。子どもとはいえ、すでに大学生ということであれば、親に対して秘密の一つや二つを持っていなければ、その方が珍しいくらいのものだろう。
それから少しして、二人は買い物に出かけた。特に何を食べたいと言うこともなかった貴久は、
「じゃあ、ビーフストロガノフ、作ります!」
と言う彼女に任せることにした。