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2021年 06月の記事 (31)

官能物語 2021/06/30 10:00

美少女のいる生活/10

 美味しく腹ごしらえをしたあとに、貴久は駅の周辺を案内した。

「このあたりを回れば、生活に必要なものは、何でも揃えることができる。次の休みの日にでも一緒に来て、買いそろえることにしよう。美咲ちゃんの転入祝いだ。おれからプレゼントさせてもらうよ」
「ありがとうございます。でも、わたし、できるだけ物を持たないようにしているんです」
「ミニマリストなの?」
「そう言っていいかもしれませんけど、そういう意識があるわけじゃなくて……父がですね、昔からわたしの好きな物を何でも買い与えようとしてくれていたんです。そのせいでしょうね」
「女の子で一人っ子だからな、世の父親は大体そうするだろ」
「そういうことに加えて、たぶん、母がいなくて寂しい思いをしているだろうから、せめて物だけでも与えようと思ったんじゃないでしょうか」
「あり得るね」
「それで、逆に、なんか父に申し訳なくなっちゃって、わたしのために無理させたくないなと思って、あんまり物を買わなくなったんです」
「なるほどな……」
「きゃっ」

 貴久は、カフェに入ったときに放したままだった少女の手を取った。

「貴久さん」
「急に手をつなぎたくなったんだよ、いいだろ」
「……はい」
「そうだ! 入学祝いにケーキを買っていこう」
「ケーキですか?」
「嫌い?」
「大好きです」
「ホールにする? 大きなケーキを勝って、黒いチョコレートの板にホワイトチョコで、『入学おめでとう』って書いてもらうっていうのは?」
「ありがとうございます。でも、食べきれないので、『入学おめでとう』は、貴久さんが言ってくれればそれで十分です」
「……美咲ちゃん」
「はい?」
「きみはトンビが産んだタカだな」
「父には感謝しています。わたしのことをここまで大きくしてくれたんですから」
「今回の件がなければ?」
「いいえ、今回の件は本当はわたし喜んでいるんです。父はわたしに対して責任を感じているようですけれど、そろそろ自分の幸せを追求していい頃だと思います。というか、もっと早くたって良かったんです。以前そう言ったんですけど、わたしが高校を卒業するまではって頑張ってくれるということで……まあ、若干フライング気味になりましたけど」
「えっ、お父さんのことを恨んでないの?」
「恨んでなんていないです」

 転入初日の昼間から衝撃の事実を聞いた思いの貴久である。
 恨んでいるからこそ、その意趣返しにここにに来たのではないのか。

「じゃあ、どうして――」
「あっ、貴久さん、ケーキ屋さんってここですか?」

 美咲が足を止めて、空いているもう一方の手を一軒の洋菓子店へと向けた。

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官能物語 2021/06/29 10:00

美少女のいる生活/9

「素敵なお店ですね。よくいらっしゃるんですか?」

 二人でテーブル席に着くと、美咲が言った。

「ちょこちょこね。ここで本読んだり、ちょっと仕事をさせてもらったりすると気分転換になっていいんだ」
「マスターも美人ですしね」
「そこ重要なところだよな」

 話をしているところに、和装のマスターがやってくると、

「いらっしゃいませ」

 と言って、水の入った二つのグラスをそれぞれに差し出した。

「ここのサンドイッチが絶品だから、ぜひ食べてもらいたい」

 貴久が美咲に言って了承を得てから、

「コーヒーは飲める?」
「もちろんです」
「じゃあ、サンドイッチとブレンドを二人分」

 コーヒーも注文すると、かしこまりましたと頭を下げて、彼女は去って行った。
 美咲は声をひそめるようにして、対面から言った。

「貴久さん、常連なんですよね?」
「そう言ってもいいんじゃないかな。週に一回は来ているから」
「……もしかして、わたしくらいの年の子とここに来たことありますか?」
「あるわけないだろ」
「でも、だとしたら、どうしてマスターわたしのこと聞かなかったんでしょうか。『こんなに大きな娘さんがいるなんて知りませんでした』みたいな」
「娘だったらいいけど、そうじゃなかったらヤバいだろう。ていうか、おれに子どもがいないことは知っているし。複雑な事情があると思ったから何も訊かなかったんじゃないか。そういう気遣いができる人なんだよ」

 貴久は、美咲がジト目で見てくるのを見た。

「な、なに?」
「貴久さん、マスターのこと、よく知っているんだなあって思って」
「そりゃ、常連だからな」
「恋心と下心を秘めて、通っているんじゃないんですか?」
「何言ってんだよ。年の差がありすぎるだろ」
「だって、ちょうど、父と景子さん――継母と同じくらいの年の差じゃないですか」
「きみのお父さんは特別なんだよ。普通はそんなことにはならないの」
「本当ですか?」
「よし、じゃあ、聞いてみよう」
「えっ?」

 貴久は周囲に客がいないことを確かめてから、サンドイッチとコーヒーを運んで来てくれたマスターに向かって、

「あの、マスター、つかぬことをお聞きしますが」

 と切り出してから、

「40代の男性ってマスター恋愛対象になりますか?」

 と訊いてみた。
 彼女は一瞬呆けたような顔をしたけれど、すぐに笑顔になって、

「十分になると思いますよ。40代でも50代でも」

 と言ってから、

「コーヒー、よろしければ、お代わりしてくださいね」

 と続けて、去って行った。
 貴久は、美咲の方を向いた。「なるってさ」

「貴久さん、嬉しそう」
「そんなことはないだろ」
「ニヤニヤしてますよ」
「サンドイッチ食べよう」
「はい」

 そう言うと美咲は貴久の皿に手を伸ばして、サンドイッチの一つを取ってパクついた。

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官能物語 2021/06/28 10:00

美少女のいる生活/8

 そうして、二人で手をつないで駅前まで歩くことしばし、貴久は、これが彼女の転入初日であるにも関わらず、いきなり翻弄されている自分を楽しく感じた。

「なにか面白いですか、貴久さん?」
「ん? そんな風に見えた?」
「はい」
「前を見て歩かないと危ないじゃないか」
「それは貴久さんに任せます。わたしは好きなところを見ていることにします」
「その流れで言えば、おれの顔が好きってことになるけど」
「否定はしません」
「しないんかい」

 駅前までに軒を連ねる店舗を見ていくと、

「この辺でアルバイト募集してないですかね」

 と美咲が言った。

「働くの?」
「そのつもりです。あと、家事は全般、わたしにやらせてくださいね」
「できるの?」
「父って家事をする人に見えます?」
「残念ながら見えない」
「それでも、わたしが小さいときは頑張ってくれていたんですけど、小学校の高学年くらいからは、わたしがするようになったんです」
「お父さんの負担を減らすためだな」
「単純にわたしの方が早くてうまいからです」
「悪いけど、おれはきみのお父さんほど、不器用じゃない。家事は何でもできる。美咲ちゃんの誕生日には、部屋を飾り付けて、テーブルをいい感じにセッティングして、手料理だって振る舞える」
「本当ですか!?」
「もちろん」
「楽しみです。でも、普段の家事は、わたしにやらせてください。お世話になるので」
「うーん……お世話って言っても、美咲ちゃん、大したお世話も要らないみたいだし、家事は半々にしよう」
「そんなことないです。わたし、ご迷惑かけますよ。かけまくりますよ!」
「とてもそうは思えないけど」
「だって、こうして押しかけてることが、そもそもご迷惑じゃないですか。貴久さん、付き合っている人いますよね。わたしなんかがいたら、大人のお付き合いに支障が出ませんか?」
「付き合っている人なんていないよ。そうして、これからもうできそうにないかな」
「そうですか……」
「何か楽しいかい?」
「えっ? ……わたし、そんな顔してました?」
「クラスメートの男子の心を確実に射抜く微笑みを浮かべてたぞ」
「ちゃんと前を見て歩いてください。二人で、前以外のとこを見てたら、危ないじゃないですか」
「了解」
「ところで、わたしにも付き合っている人がいないって言いましたっけ?」
「今聞いたよ」

 駅が見えてきた貴久は道をちょっと脇にそれて、裏通りに入ると、一軒の喫茶店へと美咲を導いた。レトロな雰囲気を持ったそこは、貴久の行きつけである。

「いらっしゃいませ」

 20代半ばほどの女性マスターは和服であって、それがまた店の雰囲気に合っていた。

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官能物語 2021/06/27 10:00

美少女のいる生活/7

 そろそろ昼食の時間だった。

「お腹空いてないか、美咲ちゃん?」
「ペコペコです」
「じゃあ、着いたばかりだけど、外に出て何か食べようか。ついでに、このあたりを案内するよ」
「ありがとうございます」

 貴久はボディバッグを背中に引っかけて、美咲とともに部屋を出た。貴久のマンションは、最寄り駅まで歩いて15分ほどのところにあって、駅前に行けば何でも揃っている。

「東京の人ってみんな歩くの速いですね」
 
 爽やかな春の空の下、歩道の上を歩きながら、美咲は感心したように言った。

「速く歩いたってたどり着けるところは髙が知れているのにな」

 貴久は自嘲気味に言った。

「でも、歩いてみないとどこまで行けるか分からないっていうこともありますよね」
「そう信じられるのが若さの特権だな」
「おじさんだって若いじゃないですか」
「『おじさん』って言っている時点で、若くないって思っているってことじゃないのか?」
「じゃあ、『貴久さん』って呼んでもいいですか?」
「えっ……うーん、これ、どんどん進行しない?」
「進行ってどういうことですか?」
「だからさ、『貴久さん』が、『貴久くん』になって、最終的に、『貴ちゃん』になるって具合だよ」
「『貴ちゃん』って、いいですね」
「美咲ちゃん」
「冗談です。じゃあ、進行しないようにしますから、とりあえず、『貴久さん』でいいですか?」
「とりあえずって何だよ」
「とりあえずはとりあえずですよ。ね、貴ちゃん」
「へい!」
「ふふっ」

 美咲は楽しそうに笑った。その微笑みを見ると、貴久は心に弾みを覚えた。遠い昔に忘れていた感覚である。それを思い出したわけだが、思い出した結果、親友がどうなったのかということを貴久は考えないわけにはいかなかった。しかも、相手はその親友の娘なのだから、よっぽどだった。

「貴久さん、手をつないでもいいですか?」
「な、何だって?」
「手です。慣れない町の中で不安なので」
「その慣れない町をスマホを頼りに、駅からうちまで歩いてきたじゃないか」
「でも、今はスマホ使ってませんし。ダメですか?」

 美咲は、雨に濡れた子犬のような目をした。

「そんな目をしても、キミのお父さんを参らせることはできるかもしれないけど、おれには通用しないよ」
「父にはこんなことしません。貴久さんだからしてるんです」
「うっ……これも、エスカレートしないよな?」
「手をつなぐところから、腕を組んでみたいな?」
「そう」
「それはぜひエスカレートさせたいですね」
「へい!」
「それ、流行ってるんですか?」
「マイブームだな」
 
 貴久は、自分の手の中に彼女のきゃしゃな手が滑り込んでくるのを感じた。

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官能物語 2021/06/26 10:00

美少女のいる生活/6

 契約書を調べてみたところ、特に同居人を増やすことに関して条件はなかったが、同居人の基本プロフィールが分かる必要書類の提出を管理会社に出すことは求められていた。それを友人に伝えて用意してもらったのち、ほぼ物置と化している6畳の部屋を入居時と同じまっさらな状態にしてからできるだけ磨き上げ、さらには、自室にあるここ数年の間に溜まった色々とヤバめなブツを全部処分して、パソコン内にあるそっち系のデータも(特にロリコンものは念入りに)全て消去して、彼女の到着を待った。

「お世話になります、貴久おじさん!」

 4月1日、そよ吹く春風とともに現われた少女は、花なら少し咲きかけた頃といった趣である。空色のワンピースを身につけた彼女は、涼しげな目元に微笑を浮かべていた。荷物はあとから送ることになっているので、ほとんど身一つで来ており、小さめのハンドバッグを肩から提げているだけだった。

「ここまで迷わなかった?」

 貴久が彼女を迎えたのは、自室の玄関先である。最寄り駅まで迎えに行くことを申し出たのだが、

「スマホのナビを頼りにして歩いていってみますから、大丈夫です」

 と言われたので、部屋で待っていたということだった。

「はい、大丈夫でした!」

 元気よく言う彼女には、父親との確執の影など全く見えないが、あるいは一緒に暮らしているうちにおいおいそういうところも見えてくるのかもしれない。

「ようこそ。今日からここが君の暮らす部屋だ」

 貴久は、大仰に礼をすると、彼女を部屋の中に上げた。そうして、リビング、ダイニング、キッチン、トイレ、バス、自分の寝室などを簡単に案内したあとに、彼女の部屋へと行った。

「ここが美咲ちゃんの部屋だよ。夜、広すぎて寂しくなったら、いつでも、おれの部屋においで」

 言ってしまってから、貴久は、いきなりセクハラ的な発言をしてしまったと後悔したが、彼女は気にした様子も無く、

「そうさせてもらいます」

 と笑いながら応えた。そこで、彼女は、貴久に真向かうと、

「本当にありがとうございます、貴久おじさん」

 と綺麗に頭を下げた。貴久は、しばらく彼女の肩を過ぎる黒髪を上から見下ろす格好になった。その頭が上がって、

「わたしの我がままを受け入れてくださって、感謝します」

 と続けた。

「いや、ちょうど一人の生活にも飽き飽きしていたところだったんだ。美咲ちゃんが来てくれて、おれも助かるよ」
「わたし、きっとご迷惑かけますよ」
「おれだってかけるから、二人で暮していくってことはそういうことだろ」
「そうだとしたら、父に対して、わたしは一方的だったかもしれません」

 美咲は顔を曇らせた。「おいおい」どころか、いきなり父親との確執が見えた格好になったけれど、

「いいんだよ、あいつは。ていうか、おれが美咲ちゃんの立場だったら、もっとぶち切れてるよ。きみがお父さんに対して負い目に感じることは何も無い。きみが新生活を楽しむことができれば、それであいつは満足さ、きっと。おれの親友はそういうやつだ、多分」

 貴久がそう言ってやると、彼女は、もう一度頭を下げた。

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