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2021年 06月の記事 (31)

官能物語 2021/06/25 10:00

美少女のいる生活/5

 それからしばらく二人で飲みながら、入居日なり、生活費のことなり、細かなことをざっくりと決めた後に、

「じゃあ、そろそろおれは帰るよ、新幹線の時間がある。もっと細かいことはおいおい、電話かメールかチャットでもするよ」

 と言って、友人は席を立った。願いを受け入れてもらって嬉しいはずなのに、どこか恨めしそうな顔をした友人を送ると、貴久も帰路を取った。3月上旬の夜はもう十分に春めいている。ふんわりとした夜気が心地良く、見上げれば月が出ていた。

 歩いてバス停に向かいながら、奇妙な成り行きになったものだと思った。親友の娘を預かるなどという事態は、予想だにしたことがない。しかも、たとえば、新婚夫婦で旅行がしたいから、その間だけ預かってほしいというならまだしも、そんなことでは全く無いのである。そもそもがどうしてこんなしょぼくれたおっさんと暮らしたいと言っているのかも分からなければ、いつまでそれが続くのかも分からないのだから、人生というのは時に驚くべき相貌を見せるものである。

 しかし、貴久はそれをどこかで面白がっている自分を見出していた。そもそも、友人の娘のことは嫌いではない。どころか、好きなタイプである。もちろん、それは自分と対しているときだけに見せている偽りの姿なのかもしれないけれど、好悪の評価というのは結局は外面的なものでしかないのだから、それでいいのだとも言える。

――あ、そう言えば、同居人ができるときっていうのは、何か特別な手続きが必要だったんだっけな。

 貴久の借りているマンションは、入居者の人数が決められているわけではないが、もしかしたら人数が増えるときには何かしらの手続きが必要かもしれない。契約時と契約の更新時に説明を受けた気がするけれど、覚えていなかった。契約書を確認してみなければならない。

――まあ、無理なら、どこか別の所を探してみてもいいか。

 貴久はお気楽なことを考えた。しかし、お気楽な考えにしては気に入った。それもいいかもしれなかった。今住んでいるところは便利だけれど、もう随分な年数を暮らしているので、新居を考えてみるのも面白い。今の家にある物を全部捨てて、新しい部屋で新しい生活というのも楽しいかもしれない。

――なんかわくわくしているな、おれ。

 一人娘を嫁に出す気分になって暗くなっている友人には悪いけれど、貴久は軽く興奮するのを覚えながらバスに乗った。そうして、今の部屋で同居できるのであれ、新居を探すのであれ、とりあえず、

――ヤバいDVDは処分しないとな。

 ということだけは確実に思うのだった。

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官能物語 2021/06/24 10:00

美少女のいる生活/4

 貴久は友人の顔を見た。どこからどう見ても、ただのおっさんの顔である。それは、そのまま自分にも当てはまることだった。

「その、お前が結婚する相手なんだけど、お前のどこを気に入ったんだろうな。冴えない中年おやじの。近頃、遺産でも相続したか?」
「してない。おれの妻になる女性を、結婚詐欺師扱いするな」
「で、美咲ちゃんを預かるっていう話だけど、いつまで預かればいいんだよ?」
「いいのか!?」

 友人はテーブル越しに身を乗り出すようにした

「あの子、色々我慢してきたんじゃないのか、これまで」
「そんなことはないだろ。何不自由なくさせてきたと思うけどな」
「親がそういうことを考えるということが、子どもに我慢をさせているっていうそのことなんだよ」
「なんで子どものいないお前に分かるんだよ」
「この前、雑誌に書いてあった」
「……それで?」
「だとしたら、たまの我がままを叶えてやるのは、周囲の大人の務めだろう。お前ができないなら、おれがやるさ」

 友人は、軽く頭を振るようにした。

「おれはいい友人を持ったよ」
「で、いつまで預かればいいんだ?」
「娘は、ずっといたいって言ってるけど」
「『ずっと』ね。まあ、やってみればいいさ。おっさんと暮らしたって、そうそう楽しくないってことに、そのうち気がつくだろ。……て言うか、お前も相当だよな」
「なにが?」
「だって、そうだろ。年頃の娘を、自分と同じ年のおっさんに預けるんだぞ。そんな親いるか?」
「いないだろうな。それにおれだって、お前みたいなスケベおやじに娘を預けたくないんだ」
「今さらっと何の脈絡も無い悪口言ったよね」
「でも、この状況じゃ、そうせざるを得ないだろ。それに、娘は昔から、一度言い出したら絶対に自分の気持ちを変えないんだ」

 貴久は、友人と話している間に、すっかりとぬるくなってしまった冷酒を一口飲んだ。友人の娘を預かるということについては、大した抵抗を感じなかった。金のトラブルではないかと心配していたところ、それよりは随分と軽い話だったということも、その「感じ」を助長している。

「でも、預かるのはいいけど、おれの部屋、広くないぞ。一部屋は使ってないから、美咲ちゃんの部屋にできるけど」
「そういうところは何も文句は言わないだろ。自分から望んで来たいって言ってるんだから」
「分かった。じゃあ、1年でも10年でも預かるよ」
「そうか……」

 友人は、ホッとしたように息をついた。そのあとに、声を暗くして、

「娘が結婚して家を出て行くときっていうのは、こういう気分になるのかな」

 としみじみと言った。気が早すぎだろと貴久は思ったが何も言わず、しばらく友人をひたらせてやっているうちに、もう一口冷酒を飲んだ。

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官能物語 2021/06/23 10:00

美少女のいる生活/3

 貴久は、少し間を取った。それでも相手が二の句を継がなかったので、仕方なく、

「美咲ちゃんを預かるってどういうことだよ」

 と訊いた。訊きながらも考えられることがあって、それは彼女の、しばらく父親のもとから離れていたいという希望によるものではないかというものだった。父と娘で暮らしてきたのに、いきなり第三者を家族に迎えようとする身勝手に対して、口をきかないなんていうなまぬるいものではない、より強力なカウンターを行おうと彼女は考えたのである。それで誰の所に行こうか考えたときに、父の友人であり、多少の親交がある貴久に白羽の矢を立てた。

――いや、無理があるな……。

 家出をしたいなら、祖父母の家や友人の家が妥当なところだろう。親戚でもなければ、多少の親交があるとは言え昵懇とも言えない中年男のもとに来ることの意味が分からない。それに、そもそも論として、家を出たいなら出ればいいだろう。というのも、こっちで大学生活を送るということは、当然にこっちで一人暮らしをするわけだから、早めに入居できるところを探して家を出ればいい。

「『お父さんが勝手なことをするなら、わたしも勝手なことをさせてもらうわ。わたし、貴久おじさんのところに押しかけて、押しかけ女房になるから』っていうことなんだ」

 友人の言葉に、貴久はぽかんとした。全然自分の想像と違っていたのである。ところで、押しかけ女房ってなんだったっけと貴久は思った。

「つまりだ……美咲はお前のことを慕っているんだよ」
「慕ってる?」
「ああ。昔からな。だからこれまでカレシの一人もいない」
「そう言えば、会うたびに、『カレシいません』って報告してくれてたな。てっきり、お前が作らせないのかと思ってた」
「そんなことできるわけないだろ」
「今となってはよっぽど無理だろうな」
「それで、お前と一緒に暮らしたいんだそうだ。もちろん、お前が了承してくれればだけどな。それを頼みに今日こうしてここに呼んだんだよ」
「うーん……悪いけど、まだよく意味が分からんな」

 本当は、「よく」どころかまるきり分からなかった。親友の娘が自分のことが好きで同棲したがっているということなのだろうけれど、そんなことをすんなりと信じるには、貴久は人生経験を積みすぎてきたと言える。

「……お前、もしかして、美咲ちゃんを厄介払いしようとしているんじゃないだろうな」

 貴久は何の気なしに、ふと考えたことを言った。

「新しい女と結婚するから美咲ちゃんが邪魔になったとか」

 すると、友人は獰猛な目で見返してきた。

「いくらお前でも言っていいことと悪いことがあるぞ」

 どうやらそういうことでもないらしい。
 貴久は、素直に謝った。

「それにしても、全然意味が分からないな。あの美咲ちゃんが、おれのことが好き?」
「そうだよ。お前のお嫁さんになることが、娘の昔からの夢らしい」
「ふうん」
「ふうんって……お前、真面目に受け取ってないだろ」
「お前が真面目に受け取りすぎなんじゃないか?」
「どういうことだよ」
「こう言ったらなんだけど、美咲ちゃんには別の狙いがあって、そういう話をでっち上げているんじゃないかってことさ」
「別の狙いって何だ」
「そんなのおれが知るわけないだろ。でも、そうでなければ、あの年頃の子が、おれみたいなおっさんを好きになるってどういうことだよ」
「そんなもん、おれが知りたいよ。でも、そういうことだってあるだろ。おれがいい例だ」

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官能物語 2021/06/22 10:00

美少女のいる生活/2

「に、妊娠しているのか、その子?」
「そうなんだよ」
「そ、それは、おめでとう」
「それ自体はおめでたいんだけどな」
「お前、やることだけやって、実はその子と結婚したくないなんて言ったら、友だちとしてぶっとばすぞ」
「おいおい、おれの年でそんなことするわけないだろ。もちろん、付き合い始めるときも結婚を前提にって思ってたし、彼女にもそう伝えておいたさ」
「彼女が結婚したくないとか?」
「いや、プロポーズしたら、泣いて喜んでくれたよ」

だとしたら、もう分からない。当事者の同意があって、相手の親にも了承を得ているのであれば、まさか、友人側の親が反対しているというわけでもないだろうから、何も問題は無いはずである。にも関わらず、友人のこの浮かない雰囲気は何だろうか。

「問題は、美咲(みさき)のことなんだ」
「あっ! ……美咲ちゃんか」
「ああ」
「怒ってるのか?」
「いや、怒ってはいないな」
「そうか」
「激怒している」
「おいおい……あれ、確か、今年受験だったよな」
「合格したよ。こっちの大学だ」
「そうか……」

 友人には娘が一人いる。その母親は彼女がごく小さいときに亡くなって、それから友人は男手一つで彼女を育ててきたのだった。貴久も何度か面識がある。

「まあ、難しい年頃だからな。新しい母親だって言われて、6歳くらいしか年の違わない女を連れてきた上、子どもまではらんでいるってことになれば、そりゃショックだろうな。事前ににそれとなく、匂わせることはしなかったのか?」
「今年は受験だったからな、受験が終わって大学が決まってから、話すつもりだったんだ。ていうか、もしもおれがもう一度結婚することがあっても、美咲が大学に入学した後のことだと思っていたんだ。それなのに……まあ、出会いっていうのは、運命だよな」
「街角で偶然ぶつかったみたいな言い方するなよ。お前は、出会いを求める場に自分から行ったんだろうが」
「でも、それで、23の娘と出会えるってわけじゃないだろう」
「24じゃないのか?」
「いや、出会った時は23だったんだ。で、彼女の誕生日を祝った日に、おれたちは初めて結ばれたんだ」
「悪いけど、おっさんのラブストーリーなんて全く興味が無いから、美咲ちゃんの話を続けてくれないか」
「ああ、で、美咲は、結婚自体には別に反対はしてないんだ、彼女とも仲良くなったらしいしな。ただ、おれのことは、『どうしてきちんと説明してくれなかったの。わたしが反対するとでも思ってた? いきなり話される身にもなってよ。お父さんのこと嫌いになった。当分話したくない』って言って、その通りのことをもう1ヶ月実践しているんだよ」
「1ヶ月?」
「ああ、家事はしてくれるし、毎朝毎晩メシは作ってくれる、弁当も。でも、一言も口をきいてない」
「徹底してるなあ。間違ってないよ、お前の育て方は」
「この場合は、嬉しくないよ」
「それで、おれに美咲ちゃんのことを説得しろとでも言うのか。お父さんのことを許してやれって。自信無いぞ、おれ」
「説得はしなくていい」
「じゃあ、何だよ。もったいぶるなよ」
「もったいぶってはいないけど、ちょっと言いにくいことなんだよ」
「お前なあ、いい年してうら若い女の子をはらませて、一人娘に嫌われているなんてことを告白したあとに、何を言いにくいことがあるんだよ。さっさと言えよ」
「分かった。じゃあ、おまえに頼みがある」
「おお」
「娘を預かってほしい」

 貴久は、今度は奇声を上げなかった。
 意味が分からなかったからである。

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官能物語 2021/06/21 17:05

美少女のいる生活/1

「この通りだ。頼まれてくれないかっ!」

 貴久は、男の頭が勢いよく下げられるのを見た。特に見たいものではなかった。貴久は人に頭を下げさせて傲然としていられるような高慢な人間ではないし、頭を下げている男が、昔から付き合いがある親友であればなおさらだった。

「頭を上げろよ」
「いや、お前が承知してくれるまでは、上げるつもりはない」

 貴久は、ふうっとため息をついた。何かしら重大なことを頼まれるという気はしていた。仕事の都合で上京してきた友人が一緒に飲みたいと言う、それはいつものことだったのだけれど、電話口の声音に元気が無かったのだった。それで、

「何かあったのか?」

 と問いただそうとしたところ、

「会ってから話したい」

 と来た。あまり美味い酒にはなりそうにないと思った貴久は、もしも金がらみの話だとしたら、自分にできるだけのことはしてやろうとすばやく腹を決めた。40歳の貴久は、長年、総合商社に勤め、特に出世しているわけでもないけれど、それなりの年収である上に、結婚しておらず、ギャンブルにつぎ込むわけでもなく、住んでいるところは駅の近くで便がいいところだから少し高いマンションだけれど高過ぎはしない上に、株や投資信託にもきちんと投資していたことで、ある程度の余裕はあった。

 もちろん、保証人になってほしいとか言うのであれば、これは話が別だけれど、100万、200万という程度であれば、出してやろうと思っていた。

「実はおれ、結婚しようと思っているんだ」

 しかし、どうやら金の話では無さそうだということは、待ち合わせた居酒屋のテーブル席で、開口一番言われた言葉で、すぐに分かった。

「結婚?」
「ああ」
「誰と」
「……ちょっと言いにくいんだけどな、相席居酒屋で知り合った子なんだ」
「相席居酒屋? お前そんなところ行くのか?」
「会社の付き合いみたいなもんなんだ。飲み会に行ったときのノリで申し込んでさ。で、出会っちゃったわけだ」
「相手はどんな人なんだ?」
「地元の会社員なんだけどさ」
「ふーん、いくつなんだ?」
「24」
「はあ!?」

 貴久は素っ頓狂な声を上げて、周囲の注目を引いた。

「24って……お前、自分の年分かってるんだろうな」
「お前と同じ年だよ」
「いや、お前のこと、見損なってたよ。やる時はやるヤツだったんだな。そう言えば、部活の最後の大会でも、お前が逆転のシュート決めたもんな。……まあ、結局は負けたわけだけどさ」
「悪いけど、思い出話の前に、もっと話したいことがあるんだよ」
「お、わり、わり。それで? 相手の親ももちろん知っているんだよな」
「ああ、もう挨拶は済ませてきた」
「ふーん……反対されたか?」
「されると思ってたんだけど、まあ、割とすんなり行ったな」
「そうか」
「子どもができたことが大きいかもな」
「子どもって、何のことだよ」
「いや、だから、おれとその彼女との」

 貴久は再び奇声を上げた。

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