美少女のいる生活/1
「この通りだ。頼まれてくれないかっ!」
貴久は、男の頭が勢いよく下げられるのを見た。特に見たいものではなかった。貴久は人に頭を下げさせて傲然としていられるような高慢な人間ではないし、頭を下げている男が、昔から付き合いがある親友であればなおさらだった。
「頭を上げろよ」
「いや、お前が承知してくれるまでは、上げるつもりはない」
貴久は、ふうっとため息をついた。何かしら重大なことを頼まれるという気はしていた。仕事の都合で上京してきた友人が一緒に飲みたいと言う、それはいつものことだったのだけれど、電話口の声音に元気が無かったのだった。それで、
「何かあったのか?」
と問いただそうとしたところ、
「会ってから話したい」
と来た。あまり美味い酒にはなりそうにないと思った貴久は、もしも金がらみの話だとしたら、自分にできるだけのことはしてやろうとすばやく腹を決めた。40歳の貴久は、長年、総合商社に勤め、特に出世しているわけでもないけれど、それなりの年収である上に、結婚しておらず、ギャンブルにつぎ込むわけでもなく、住んでいるところは駅の近くで便がいいところだから少し高いマンションだけれど高過ぎはしない上に、株や投資信託にもきちんと投資していたことで、ある程度の余裕はあった。
もちろん、保証人になってほしいとか言うのであれば、これは話が別だけれど、100万、200万という程度であれば、出してやろうと思っていた。
「実はおれ、結婚しようと思っているんだ」
しかし、どうやら金の話では無さそうだということは、待ち合わせた居酒屋のテーブル席で、開口一番言われた言葉で、すぐに分かった。
「結婚?」
「ああ」
「誰と」
「……ちょっと言いにくいんだけどな、相席居酒屋で知り合った子なんだ」
「相席居酒屋? お前そんなところ行くのか?」
「会社の付き合いみたいなもんなんだ。飲み会に行ったときのノリで申し込んでさ。で、出会っちゃったわけだ」
「相手はどんな人なんだ?」
「地元の会社員なんだけどさ」
「ふーん、いくつなんだ?」
「24」
「はあ!?」
貴久は素っ頓狂な声を上げて、周囲の注目を引いた。
「24って……お前、自分の年分かってるんだろうな」
「お前と同じ年だよ」
「いや、お前のこと、見損なってたよ。やる時はやるヤツだったんだな。そう言えば、部活の最後の大会でも、お前が逆転のシュート決めたもんな。……まあ、結局は負けたわけだけどさ」
「悪いけど、思い出話の前に、もっと話したいことがあるんだよ」
「お、わり、わり。それで? 相手の親ももちろん知っているんだよな」
「ああ、もう挨拶は済ませてきた」
「ふーん……反対されたか?」
「されると思ってたんだけど、まあ、割とすんなり行ったな」
「そうか」
「子どもができたことが大きいかもな」
「子どもって、何のことだよ」
「いや、だから、おれとその彼女との」
貴久は再び奇声を上げた。