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女子大生の記事 (4)

おかず味噌 2020/07/13 02:36

ちょっとイケないこと… 第十四話「大人と子供」

(第十三話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/335892


 純君のアソコは膨張していた。パジャマのそこだけテントを張っているみたいに、はっきりと雌雄を主張していた。

 彼の紛れもない欲情の象徴に私は動揺する。頬を紅潮させたまま硬直してしまう。ついこの間まで小学生だと思っていた弟の目覚ましい成長の兆候を直視したことで、未熟な姉である不肖の私は目の前の現実を上手く受け止めることが出来ないでいた。

 あるいは何かの見間違いかと。ズボンに皺が寄ることで偶々そう見えただけだと。あえて見当違いな検討をすることで、あくまでも正答から遠ざかろうと試みる。

 だけど現に彼は自問について言及し、元気におちんちんをギンギンにさせていた。さも準備万端であるというように。禁忌たる近親間における相姦を懇願するように。

 悪寒にも似た予感を抱きながらも視線は自然と股間を視姦する。丘陵の強調というあからさまな現象にあてられて、脳漿に浮かんだのはありきたりな感情だけだった。

――純君も、大人になったんだね。

 思わず場違いな感傷に浸ってしまう。間抜けな感想。そこに感慨を抱くこと自体がそもそも間違いであるというのにも拘らず、ついつい埒外なお節介を焼いてしまう。


 肉体自体の堂々たる態度とは対照的に、彼自身は自信無さげにおどおどしている。そしてもう一度、彼は私に訊いてきた。

「僕、おかしいのかな…?」

 と。病むべき闇を抱えたままの彼の疾しい悩みを。

――そんなことないよ!

 すぐにでも払拭してあげたかった。それは男性に備わっている生命機能であって、生殖本能によるものに過ぎないのだと。

 だけど問題は、その発情が果たして何によってもたらされたものであるかだった。

 仮に女子の下着への執着なのだとしたら、あくまで正常な反応なのかもしれない。だけど彼が欲望をむき出しにしているのは、他ならぬ「姉の下着」に対してなのだ。それはあまりにも異常である気がする。明らかに常識を外れて、常軌を逸している。

「お姉ちゃんのことを考えると、ここが硬くなっちゃうんだ…」

 すかさず彼は告白する。私に対する劣情なのだと、そう自供する。


 姉としてはやはり忠告すべきなのだろう。その現象ではなく、その対象について。断固として私は警告を発すべきなのだろう。

「ねえ、僕『ビョーキ』なのかな?」

 弱気な声で問う彼に対して。「そんなことも知らないの?」と訊き返したくなる。あるいは知っている上で、あえてとぼけているのかもしれない。

「病気なんかじゃ…(ないと思うよ)」

 私は否定を保留する。断定を避けることで、それ以上の追求を逃れようと考える。

「でも、すごく苦しいんだ…」

 彼は悩みをより具体的な苦しみとして表わす。それこそ私の知ったことではない。そういうことは私にではなく、仲の良い友人や未来の恋人にでも打ち明けるべきだ。(それはそれで少し淋しい気もしたが)

「なんか、すごく落ち着かなくて…」

 まるで焦燥に駆られたかのように。そこで彼は暴走を始めた。


 純君はあろうことか、ズボンの上から自分の股間を弄り出したのだった。

 彼の小さな手が陰部をまさぐる。浮き上がった陰影越しに陰茎を掴んで手淫する。

――自らの、自らによる、自らのための行い。

 性の知識もままならぬ癖に、どうすれば気持ちよくなれるかは心得ているらしい。だとしてもそれは私が居なくなってから、部屋で一人になってからするべきことだ。

「もう、やめなさい!!」

 私は強い口調で制止を要求する。彼は萎縮したように静止した。

「そんなことしないで。お願いだから…」

 一転して気弱な声音で私は言う。これ以上、純君のそんな姿を見たくはなかった。このままでは彼のことを本当に軽蔑してしまいそうだった。

「どうして?」

 私の願望に対し彼は理由を問い、返答を待つことなく右手による運動を開始する。あたかもその動きが、最も効果的に刺激を与えられることを熟知しているみたいに。


 私は彼の元に近づく。ドタドタと怒情を歩調に込め、彼が座るベッドに詰め寄る。そして、捻り上げるように彼の利き腕を掴んだ。

 彼のか細い腕の感触が伝わってくる。未だ異性にも及ばない非力さが感じ取れる。

「やめなさい」

 もう一度、今度は抑えた調子で言う。正面から彼を見据えて、目を逸らさずに。

「純君」

 彼の名を呼ぶ。ゆっくりと確かめるみたいに。じっくりと言い聞かせるみたいに。それ以上、何も言わずとも伝わることを願って。

 だけど彼は私の手を振り払った。強引にも、暴力的ながら。それはもはや強靭な、確実な男性の力であった。

 私は困惑する。彼が、弟が、純君が、姉の言うことを聞き入れてくれない状況に。

 彼は再び股間に手を伸ばす。行為を再開するためではなく、予想外の行動に出た。


 純君はパジャマのズボンを脱いだ。さらにパンツまでも同時に下ろしたのだった。

「ポロン」と可愛らしい擬音で彼のそれが飛び出す。これまで影だけは浮かびつつも隠されていた物体がついに正体を現す。

 それは純君の「おちんちん」だった。

 ふと既視感に襲われる。私の人生においてあまり目にしたことのない男性のそこ。だけど純君のならば何度も見たことがあった。

 彼が幼少の頃、よく一緒にお風呂に入っていた。その時に見た、弟のおちんちん。

 私はそれを見て、もちろん何の感慨も抱くことはなかった。あくまで飾りとして、弟の股の間にぶら下がったそれ。せいぜい私の人差指くらいのサイズしかない一物。幼いのに一丁前に性別を識別する記号に愛おしさを覚えた。


 だけど今目の前にあるそれは、その頃のものとは明らかに異なっている。

 まず大きさが違う。変貌した彼のアソコは今や私の三本指にも迫ろうとしている。そして形状。それは単に飾りとしてではなく、れっきとした男性器の形をしている。

 純君のそれはすでに「大人のおちんちん」だった。

 いや「チンコ」というべきだろう。その醜悪な物体は愛らしい響きで呼ぶことさえもはや憚られた。より正式に言ったところの「ペニス」である。

「お姉ちゃん…」

 彼は私を呼ぶ。アソコを握り締めたまま、まるで呼称すらも滋養に変えるかの如く私を見つめたまま行為を続ける。

 私が見ていることを知ってか知らずか、彼は丸出しになったペニスに手を添える。片手で隠し切れないそれを両手で覆い、やがてしごき始めた。

 直接手で触れることがよほどの快感なのだろう。「あぁ…」とか「うぅ…」など、彼は声にならない吐息を漏らす。私はそれを見守ることしかできなかった。


――もういっそ、このまま最後まですればいい。

 私は諦め交じりに呆れながらもそう思った。

 精を尽くして盛大に精液を解き放ったのなら、きっと彼も沈静化することだろう。一時の威勢に身を委ねて、束の間の達成と引き換えに、直後の自省に苛まれたとして決して私のせいではない。

 出したいなら出せばいい。気の向くまま、気の済むまで。心のまま、心ゆくまで。

「お姉ちゃん…」

 それでも彼は私を呼んだ。淋しげな顔で、すがりつくような目で、媚びるみたいに情けない声を上げた。

 私はそれに応えるつもりはなかった。もうとっくに姉としての領分を過ぎている。彼を弟として見ることが今後一切できないかもしれない。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん…」

 彼はきつく目を閉じたまま、うわ言のように繰り返す。果たしてその瞼の裏側ではどんな想像が繰り広げられているのだろう。私は知りたくもなかった。だけど…。

「お姉ちゃん…大好き!!」

 そこで追い詰められたように。彼は私に対する想いを打ち明けたのだった。

 どうしてだろう?あんなに嫌悪し掛けていたというのに。彼からそう言われると、甘露に満ちた私はつい反応してしまう。火の消えた暖炉に薪がくべられるかの如く、冷え切った心の温度が上昇してしまう。そうして私はいつの間にか彼のことを許し、いつでも彼の言いなりになってしまう。

 そうだ、純君には私しかいないのだ。誰にも言えない秘密を話すことが出来るのは姉である私を置いて他にいないのだろう。

 思春期に訪れる肉体の変化。それに伴う感情の機微。それは個人的なものであり、大いに個人差のあるものでありながら、どうしたって同年代の者達と比べてしまう。自分は早すぎるのか、あるいは遅すぎるのか、どちらにせよ異質だと感じてしまう。私にもある経験だった。というより私自身、現在進行形で抱えている悩みであった。


 その時の私はおかしかったのかもしれない。後になって振り返ると、そう思う。

 今夜はあまりに多くのことが起きた。彼の家でしたこと。家に帰って知ったこと。それらの出来事が重なり合うことで、私は少なからず冷静さを欠いていたのだろう。

 私は純君のペニスにこっそりと触れた。私の手が彼のペニスをがっしりと掴んだ。私の指が彼のペニスをすっぽりと包んだ。

 そうすることが紛れもない過ちだったことは今さら言うまでもない。だけどそれは今も私の間近にあり続け、さも私の手が差し伸べられるのを待っているようだった。間違いを○すことが、あたかも正しいことであるかのような誤解を抱いてしまった。

 純君のペニスは不思議な感触をしていた。まるで鉄みたくカチカチになったそれ。血流が集中することで剛強を増したそれは、だが少しばかりの柔弱を内包していた。

 硬いようで柔らかい。柔らかいようでやっぱり硬い。矛盾するようなその感触は、それこそが彼自身の不安定な居場所を表わしているみたいだった。

 大人と子供の境界線。そのモラトリアムな立ち位置で迷い、彷徨い続ける彼の心。時に「もう子供じゃない」と宣い、時に「まだ大人じゃない」と駄々をこねるように都合よく両者を行き来できる存在。それこそが彼の現在の所在なのだろう。


 私は純君のペニスを観察した。こうして見ると、彼のそれは頼りなさげに思えた。成人男性のそれと比較してみる。だけど私の知るそれは数時間前の記憶のみだった。

 私が今のところ知り得る、唯一の一本。それはまさしく○○さんのものであった。彼のそれと純君のそれとは、大きく違っている。

 まず凶暴さが足りない。彼の肉棒には女性を○すという傍若無人ぶりが窺われた。純君の珍宝にそれはない。ただただ呆然と自己の欲望を満たそうとするのみだった。

 実際、長さも太さも彼のとはあまりに異なる。彼のモノに触れ、彼のモノを咥え、彼のモノを挿入されたからこそ分かる。彼のそれは私の性器を征服するのには充分、あるいは余りあるほどのものだった。(彼が射精したのは私の非正規の穴だったが)

 それに形だって違う。私はさきほど純君のを「大人のおちんちん」と形容したが、そう呼ぶにはいささか無理があった。彼のそれは「子供のおちんちん」なのだった。

 純君は「剥けて」いなかった。

 いや、それを言うのはちょっぴり可哀想かもしれない。彼は未だ成長途上なのだ。今後少しずつ変化していくのだろう。だけど彼のそれは、現時点では不完全だった。

 未成熟の子供チンポ。皮被りの包茎ペニス。それが純君の性器の現在の姿だった。


――続く――

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おかず味噌 2020/06/20 23:15

ちょっとイケないこと… 第十二話「謝罪と反省」

(第十一話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/258937


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」

 純君は謝り続けている。お腹にあるスイッチを押すと予め録音された台詞を喋る、一昔前に流行った「ぬいぐるみ」みたいに何度も同じ言葉を繰り返す。

 感情の起伏が感じられない玩具と違い、その声からは悲嘆と悲愴が伝わってくる。

「ごめん…なさい!!」

 ついに純君は泣き出してしまう。すでに可愛らしい瞳から涙は溢れていたけれど、そこに嗚咽が混じることで号泣を始めてしまう。

 純君がこんなにも盛大に泣くのを見るのは、果たしていつぶりだろう。少なくとも彼が中学生になってからは一度も目にしていない。

――もう、泣かないで…。

 私は出来ることなら、そんな風に声を掛けてやりたかった。あくまでも姉らしく、目の前で泣きじゃくる弟を慰めてあげたかった。だけど私にはそれが出来なかった。なぜなら彼の涙の理由は、私に大きく関わったものだったから…。

 今の私に出来ることはただ一つ。彼が泣き止むのを待って、彼の口から事の顛末を聞くことだけだった。


 枕の下から見つかったもの、それはショーツだった。彼の部屋にあるはずのない、あってはならないものだった。そうだと分かった瞬間、疑問が幾つも頭に浮かんだ。

――あれ~?おかしいな~?

 私はまるで「名探偵」にでもなったみたいに。だけどそこに使命感や正義感などは微塵もなかった。「たった一つの真実」になんて、私はたどり着きたくなかった。

 そこで、私は一つの事実に行き当たる。それは最初から気づいていたことだった。

 疑問が幾つも脳裏を掠めたとき、あえてその問いだけはしないように避けていた。あるいはそれさえ訊いていれば、彼にあらぬ疑いを掛けずに済んだのかもしれない。私が無意識の内に除外していた問い、それは…。

――これは、誰の?

 という、ごく当たり前の質問だった。

 明らかに純君のものではない、女性ものの下着が部屋から見つかったという事実。だとすれば真っ先に問うべきは、それが果たして誰のものであるのかということだ。一体どのようにして手に入れたものなのか。盗んだものなのか、貰ったものなのか、買っただけのものなのか。(それはそれで「なぜ?」という疑問は拭えないが…)

 仮にきちんと対価を支払って手に入れたものならば、それは決して犯罪ではない。理由はどうであれ、その行為は正当性を帯びることになる。

 だけど、私は最初からその可能性を否定してしまっていた。


 見覚えのある下着。それは紛れもなく「私のショーツ」だった。

 もちろん名前が書いてあるわけではなく、私としてもいちいち自分の所有している下着一枚一枚を覚えているわけではない。

 だけど、その下着だけは覚えている。はっきりと記憶と網膜に焼き付いている。

――前面上部に小さなリボンのあしらわれた「黒いショーツ」。

 それは、あの日。私が初めて○○さんの家で『おもらし』した日に穿いてたものに間違いなかった。

 あの夜のことは数週間経った今でも鮮明に覚えている。我慢の限界、理性の崩壊、膀胱の決壊、羞恥の公開、先立たぬ後悔、不可能な弁解、甚大な被害、汚辱の布塊。それら一つ一つの感慨を、私は詳細に渡って述懐することができる。

 それをきっかけにして、私と彼の関係は進んだ。いや、進んだといって良いのかは分からない。だけど現に今日だって、ついさっきまで彼の家にお邪魔していたのだ。そこで、またしても『おもらし』をしてしまったのだ。


 だけど、今日に限っていえば。深夜の洗面所での惨めな後始末を私は免れていた。まるで何事もなかったかの如く、粗相の物的証拠の隠蔽および隠滅に成功していた。

――そうだ、私は今…。

「ノーパン」なのだった。本来であれば持ち帰るべきはずの『おもらしショーツ』を道中で捨てて来たのだ。私は穿かないまま帰宅し、そのまま弟の部屋を訪れていた。

 これではどっちが犯罪者なのか分かったものじゃない。純君のことを問い質す前に私だって罪を犯している。「痴女」「露出狂」、罪名でいうなら「猥褻物陳列罪」。

 だけど、それにしたって。彼の犯した罪がそれで洗い流されるわけではなかった。どうして彼がそれを枕の下に隠していたのか。そもそもなぜそれがここにあるのか。私は毅然とした態度で、平然を装いながらも、彼に言詮させなければならなかった。


 ひとしきり泣いた純君は落ち着いている。相変わらず顔を手で覆っているものの、ひとまず会話が出来そうな程度には回復している。私は彼に訊ねてみることにした。

「これ、お姉ちゃんの…だよね?」

 動かぬ証拠を突き付けつつ、彼を問い詰める。責めるような口調にならないように気をつけながら、あくまでも確かめるというだけのつもりで訊いた。

「本当にごめんなさい!!」

 再び、純君は謝罪を口にする。またしても泣き出してしまう。まるで子犬のように「わんわん」と声を上げて泣き叫ぶ。

 私は困り果てた。時刻は一時前、朝の早い両親はとっくに寝ている時間帯である。こんな深夜に喚いているとなれば、何事かと起きて来てしまうかもしれない。

 今ならまだ私と純君、二人だけの秘密に留めておくことができる。いつの間にか、私自身も共犯者になってしまったかのような気分だった。


 ベッドに座った純君の元に近づく。彼の手に優しく触れ、包み込むように握る。(もちろんショーツを床に置いてから)

 純君はつぶらな瞳から大粒の涙を零しながらも、恐る恐る私の目を見返してきた。戸惑ったような顔で(戸惑っているのは私なのだが…)上目遣いで見つめてくる。

 守ってあげたくなるような幼さを滲ませた表情に、私は純君を抱き締めたくなる。だが、まだそうするわけにはいかない。彼の口から真相を聞いてからでなければ…。

「どうして、こんなことしたの?」

 今一度、訊き方を変えて言ってみた。というよりも彼を犯人だと決めつけた上で、その動機について触れた。

「ごめ…」

 再び、同じ台詞を繰り返そうとする純君を。

「もう謝らなくていいから」

 私はすげなく打ち切った。少しばかり厳しい口調になってしまったかもしれない。彼の体が怯えたように震えたのが、掴んだ手からも伝わってきた。

「ちゃんと、話してみて」

 怒らないから、と私は念押しした。


 暫しの沈黙が訪れる。純君の表情が次々と変化する。彼は迷っているらしかった。どう話せばいいものか、あるいはどこから話すべきなのか、分からない様子だった。

 私は純君を急かしたり追い込んだりすることなく、彼が自ら話し出すのを待った。

 やがて、彼の口元がもごもごと動き始める。微かに開いた唇から、ぽつりぽつりと自供が始められる。

「その、ちょっと気になって…。女子が、どんな『パンツ』を穿いてるのかって…」

 軽犯罪における犯行の動機とはいつだって、好奇心による興味本位から生まれる。ごくごく一般的な好意に過ぎなかっただけの感情が、やがて恋心へと変わるように。

「だから、それで…」

 彼はその先を言いづらそうにしている。それでも私は決して助け舟を出さない。

「お姉ちゃんの、なら…。すぐ手に入りそうだったから…」

 無差別ということか。たまたま近くにあったのが私のものであったというだけで、「誰のでも良かった」のだろうか。

「イケないことって、分かってたんだけど…。どうしても我慢できなくて…」

 罪の意識はあったらしい。だとすれば直ちに許されるというわけではないけれど、少なくとも情状酌量の余地くらいはある。

――というか、もう許す!!

 私は元々、弟には甘いのだ。己の罪を白状する健気な彼の姿に、私の方がいい加減耐えられなくなってきた。


 あるいは、私の下着で済んで良かったのかもしれない。

 もしこれが人様のものだったら、私一人の裁量ではどうにもならなかっただろう。中学生のやったこととはいえ、裁きは免れない。(それが裁判によるかは別として)

 仮に同級生に知られでもしたら、彼は「死刑判決」を下されることになるだろう。女子からは軽蔑の視線を浴びせられ、男子からは好奇の目で見られ、一生その罪咎を背負って生きていくことになる。

 ほとぼりが冷めるまで「カノジョ」だって出来ないだろうし、「いじめ」にだって遭うかもしれない。いくら己の犯した罪の報いであるとはいえ、それはあんまりだ。

――だって、純君はこんなにも…。

 私は彼を抱き寄せた。姉弟でこんなこと生き別れになってからの再会でもなければ本来あり得ないことだ。それでも私は彼の頼りない体を、ほんのちょっと見ない間に逞しくなった体を抱き締めていた。


「もう大丈夫だから」

 慰めるように言う。そんなにも穏やかな声が発せられたのは自分でも意外だった。もっとこわばるかと思った。不器用に不自然になってしまうかと思っていた。

 だけどその声はごく自然に口から出た。それはやっぱり私がお姉ちゃんだからだ。弟の罪を許してあげられるのは、姉である私をおいて他にいないのだから。

「誰にも言わないから」

 私は純君を抱き締めたまま言う。彼が心配に思っているだろうことを先回りして、まずはその不安を拭ってやることにする。そう、これは秘密なのだ。私と純君だけの誰にも知られることのない二人だけの…。

 それでも私は姉として、もう一つ彼に言っておかなければならないことがあった。


「もう二度と、こんなことしないって約束できる?」

 私は抱擁を解いて、きちんと純君に向き直ってから言う。誰にだって過ちはある、問題はその後どうするかだ。同じ過ちを二度と繰り返さないことこそが重要なのだ。それさえ誓ってくれたなら、この件については今後一切話題にしないことにしよう。私自身もそう誓った。

 純君は首を縦に振った。頭を上下し何度も頷いた。最大限の了承のつもりらしい。だけど、私はそれだけでは許さなかった。

「ちゃんと返事をしなさい。わかった?」

 心を鬼にして私は言った。(ずいぶんと甘い鬼がいたものだ)

「はい…。わかりました」

 純君は素直に答えた。はっきりと誓いを立てた。

「よしっ!」

 あえて無理矢理に渋面を作っていた仮面を外した。満面の笑みで純君に対面する。それこそが私にとっての面目躍如であるというように。


「それにしても…」

 姉としての責務を果たし、一仕事を終えたことで気が緩んでいたのかもしれない。私は口を滑らせてしまう。二人で立てたはずの誓いを、私自ら破ってしまう。

「よりにもよって、お姉ちゃんのを盗らなくても…」

 私は言ってしまう。さも、ぶっちゃけるみたいに。彼がした行為の気まずさから、つい余計なことを口走ってしまう。

「そんなに欲しかったなら、言ってくれれば良かったのに…」

 言った途端に後悔する。そんなこと言うべきではなかった。たとえ冗談であっても決して口にしてはいけなかった。慌てて訂正を試みる。「ごめん、今のはナシで!」と軽い調子で軽はずみな前言を撤回しようとする。あるいは姉と弟の関係であれば、それも十分に可能であろうと高を括っていた。

 だけどその言葉はすでに私の口から発せられ、不穏な意味を持ち始めていた。


「本当に?」

 彼は訊き返してくる。その声は驚くほど冷静で、真っ直ぐな響きさえ持っていた。

「えっ…?」

 私も聞き返すことしかできなかった。彼のそれよりさらに無意味な言葉を返すのが精一杯だった。

「もしちゃんと言っていれば、お姉ちゃんは『パンツ』を僕にくれたの?」

 いよいよ彼の問いが意味を帯び始める。想定外の言及。私の冗談に端を発した、まさかの本気(マジ)。彼の眼差しは真剣(ガチ)そのものだった。

「いや…それはその…」

 今度は私が口ごもる番だった。

「わざわざ『盗む』必要なんて、なかったってこと?」

 ねぇ、と純君は迫ってくる。私は彼のことが段々と怖くなってきた。私の知らない別の誰かであるかのような気さえした。


「そんなわけないでしょ!冗談に決まってるじゃない…」

 思わず声を荒げてしまう。そうでもしなければ彼の追求から逃れられそうにないと判断したからだ。

「じゃあ、嘘をついたってこと?僕をからかったの?」

 それでも尚、純君は引き下がらない。あろうことか私を「嘘つき」呼ばわりする。私は自分の置かれている立場が分からなくなった。

――どうして、私が責められているんだろう…?

 責められるべきは、純君の方なのに。それでも私はあえて、そうしなかったのに。いつの間にか私の方が責められる側になっていた。

「そうやってお姉ちゃんはいつも、守れない『約束』をするんだ…」

 純君ははっきりとそう言った。私が一体いつ、どんな約束をしたというのだろう。しかも彼のその発言からは、さも私がその約束を「破った」のだと告げられている。だがそれも果たして何のことを言っているのか、理解不能だった。

 私は腹が立ってきた。自分の犯した罪を棚に上げ、相手ばかりを責めるその態度にもはや我慢ならなかった。


「いい加減にしなさい!」

 彼のことを突き放すように、私は言い放つ。

「女の子の下着に興味を持つなんて、恥ずかしくないの?」

 触れてはいけないデリケートな問題に、土足で踏み込んでしまう。

「それはイケないことなの!わかる?」

 有無を言わさずに私は断定する。間違っているのだと、恥ずかしいことなのだと。

「お願いだから、もう二度とこんなことをしないで」

 さきほどまでとは違い、うんざりとした口調で呆れたような表情で言う。

 彼は沈黙していた。私が責める口調になって以来、じっと私の罵倒に耐えている。反論はないらしい。かといって素直に受け入れてくれているようには見えなかった。その目は雄弁に語っていた。「裏切られた」という哀しみを…。

 彼は項垂れた。私から目線を外して、床の上を見つめている。こと切れたように、まるでスイッチを切られてしまった玩具のように。


――ちょっと言い過ぎたかな…?

 私は自省した。自制できなかった己の罵声を悔やんだ。だけど…。

 むしろ、これくらいで良かったのかもしれない。さっきまでの私が甘すぎたのだ。本当はこれくらい厳しく叱りつけなければいけなかったのだ。

 これも純君のためなのだ。こうでも言わないと彼は同じ過ちを繰り返してしまう。姉として弟を間違った道に進ませないために、これは仕方のないことなのだ。

「私は、純君を犯罪者にしたくないの」

 今さらながら取り繕うような言葉を掛ける。

「『ヘンタイ』になんてなりたくないでしょ?」

 私は言った。その後の末路を教え聞かせることで、彼を思い留まらせようとした。純君は相変わらず何も言わなかった。だけどきっとわかってくれたはずだ。


「じゃあ、今日はもう寝なさい」

 私は立ち上がる。床に落ちた自分のショーツを拾い上げ、彼の部屋を後にする。

「お姉ちゃんは、違うの?」

 久しぶりに彼は口をきいた。私の背中に向けて、不可解な質問を投げかけてくる。私は振り返った。

「どういう意味…?」

 怪訝に思いながら私は訊き返した。彼の言葉の意味が本当に分からなかった。

 再び彼は黙り込む。私から視線を外してそっぽを向く。何かを隠しているように、何かを知っているかのように…。


「僕、知ってるよ?」

 彼は告発を始めてしまう。その状況はまるで、サスペンスドラマのラストシーン。

――やめて…!!

 私は咄嗟にそう思った。その先を聞くことを拒んだ。だけどもはや手遅れだった。


「お姉ちゃんが『おもらし』しちゃったこと」


 彼は「禁断のワード」を口にした。

 トンネルに入ったように。私は突然、目の前が真っ暗になるような絶望を感じた。あるいはそれは、彼が私に秘密を知られた時と同じ心境だったのかもしれなかった。


――続く――

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おかず味噌 2020/04/14 02:41

ちょっとイケないこと… 第九話「秘密と洗濯」

(第八話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/241040


――国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

 昔、お姉ちゃんの部屋の本棚にあった小説の書き出しに、そんな一文があった。

 僕はお姉ちゃんの部屋で、お姉ちゃんが帰ってくるのを待っていた。小学生の頃、僕はよくお姉ちゃんの部屋に勝手に入っていたが、怒られたり文句を言われることは一度もなかった。もしかしたら今でもそうなのかもしれないけれど。いつからか僕はお姉ちゃんの部屋に行くのをやめた。それは、自分の部屋に無断で入られたくないと僕が思うようになったのと同じ頃からだった。

 お姉ちゃんの本棚には、難しそうな本ばかりがずらりと並んでいた。漫画しかない僕の本棚とは大違いだ。いつもは特に興味なんてなかったのだけれど。その時の僕はあまりにも暇を持て余していて、一冊を抜き出して、それを読んでみることにした。小学生にありがちな大人の真似事だった。お姉ちゃんが普段そうしているみたいに、自分もその真似をすることで大人の気分を味わってみたかった。

 なぜ、その本を選んだのかは覚えていない。ただ何となく背表紙のタイトルを見て漢字だったことと、小学生の僕でもその漢字が読めたという理由からだったと思う。

 イスに座って本を開くと、そこには聞き馴じみのない単語がいくつも並んでいた。もちろん、漫画みたいに絵は付いていない。それでも僕はすっかりその気になって、書かれた文章を読んでみることにした。その冒頭がその一文だった。


――こっきょうのながい…。

 漢字が読めたことで僕は増々得意になる。今にして思えば、それは「くにざかい」と読むのが正しいのかもしれないけれど、どちらが正解なのかは未だにわからない。そして当時の僕は「国境」という言葉の意味を、国と国の境目だと理解したものの。おそらくそれは郷と郷、「県境」や「市境」を指したものなのだろう。

 そんな間違いや勘違いはさておき。小学生の僕でも書かれた一文のおよその意味は理解できたし、「長いトンネル」を抜けた先の異国の情景を思い描くことができた。

 だけど結局、僕がその続きを読むことはなかった。本を読み始めてからすぐ後に、お姉ちゃんは帰ってきた。僕が読書に飽きるのとお姉ちゃんが帰ってくるのと、そのどちらが早かったのかは覚えていない。


 暗い廊下の奥に光が見える。それはまるでトンネルのように。果たして、その先に何が待ち受けているのか。僕は興味を抱きつつ、同時に底知れぬ恐怖を感じていた。

 静寂の中、水の音が響いている。僕はまた少し進む。「だるまさんがころんだ」をしているみたいだ。緊張が僕の脚を強ばらせる。それでも一歩ずつ、明かりの方へと近づいてゆく。

 洗面所の入口まで来た。この先にお姉ちゃんがいる。僕の優しいお姉ちゃん、が。仮にバレたところで何も言われないだろう。「まだ起きてたの?早く寝ないと!」と自分のことを棚に上げて、せいぜい小言を言われるくらいのものだ。

 またしても水流が止んだ。キュッと蛇口を止める音が聞こえた。僕も息を止めた。お姉ちゃんはすぐ目の前にいる。だけどその姿は見えない。

――はぁ~。

 それはお姉ちゃんの溜息だった。がっかりしたような、後悔しているような吐息に僕は心配になる。大好きなお姉ちゃんが何か心配事を抱えているんじゃないか、と。それを覗き見し、盗み見ようとする自分に罪悪感を覚えた。

 僕はお姉ちゃんの姿を見ることなく、そのまま自分の部屋に引き返そうと思った。だけど罪悪感より好奇心がわずかに勝った。再び水が流れ始める。その音に紛れて、僕は洗面所の中を覗き込んだ。


 お姉ちゃんは、手を洗っていた。

 僕の位置からだとお姉ちゃんの背中しか見えない。それでも洗面台の前に屈んで、ジャブジャブと音を立てている様子はおそらくそうだろうと思った。それにしても、ずいぶんと熱心に手を洗っているみたいだった。

 そんなに手が汚れてしまったのだろうか。小学生の頃の僕じゃあるまいし、まさか大学生のお姉ちゃんが泥遊びをしたとは考えられなかった。

――ジャブジャブ…(?)

 その音に微かな違和感を覚えた。また水が止まる。お姉ちゃんが上半身を起こす。僕は見つからないように壁で体を隠しながら、お姉ちゃんの手元を鏡越しに見た。

 そこでお姉ちゃんは、一枚の布を広げた。

 僕は最初それをハンカチだと思った。綺麗好きなお姉ちゃんはちゃんとハンカチを持ち歩いていて、帰ってきて自分でそれを洗っているのだろう、と。だけどその形はどう見てもハンカチではなかった。三角形の小さな布に、僕は見覚えがあった。


 それは、水着だった。

 いや、水着であるはずがない。海水浴やプールの季節には早すぎる。それでも僕がとっさにそう思ったのは、テレビの中で最近それを見たからだ。

 それは、パンツだった。

 とはいえ、僕が穿いているものとはだいぶ形が違う。それは女子用の下着だった。

 僕はお姉ちゃんのパンツを見てしまったことに動揺した。だがもちろん家族だし、一緒に暮らしているのだから、何度かお姉ちゃんの下着を見てしまったことはある。その時は何も思わなかったし、後ろめたさを感じることもなかった。だけど今は…。

 僕は、困惑していた。混乱していた、と言ってもいいだろう。どうしてお姉ちゃんがこんな夜中に自分のパンツを洗っているのだろう、と。

 明日穿く下着がもう無いのだろうか。服や靴下を脱ぎっぱなしにする僕とは違い、お姉ちゃんは脱いだ服をきちんと洗濯に出している。ママは毎日洗濯をしているし、まさかお姉ちゃんに限って下着が足りなくなるなんてことはないだろう。


 さらにお姉ちゃんは謎の行動に出た。なんと、洗った下着を嗅ぎ始めたのだ。布にそっと鼻を近づけ、確かめるみたいにクンクンと匂いを嗅いだ。そして、小さな声で「よし…!」と言った。

 そんなお姉ちゃんの不審な行動を眺めている内に、頭の中である想像が浮かんだ。それは、ついさっき観たテレビ番組から得たばかりの知識だった。

――お姉ちゃん、もしかして。
――『おもらし』しちゃったのかも…。

 画面の中の女子大生とお姉ちゃんが重なる。「性の悩み」を暴露していた彼女が、まるでお姉ちゃんであるかのように。

 その一致には無理がある。身内だから贔屓目もあるだろうが、あの女子大生よりもお姉ちゃんの方が美人だ。それに、お姉ちゃんは黒髪だ。あるいは「もんめ」の方が近いかもしれない。だけど漫画のヒロインが相手だと、さすがにお姉ちゃんといえど分が悪かった。

 それに。まさか、お姉ちゃんが『おもらし』するだなんて。真面目でしっかり者のお姉ちゃんがそんな失敗をするだなんて、とても考えられなかった。


 だったらなぜ、お姉ちゃんは下着を洗っているのだろう。洗っているということは汚れたということだ。そりゃ服や下着は着たり穿いたりすれば多少は汚れるものだ。でも、それなら洗濯に出せばいい。今の時代、洗濯機という便利な機械があるのだ。わざわざ手洗いする必要なんてない。それなのに…。

 お姉ちゃんは自分で自分のパンツを洗っている。それはつまり、そのまま洗濯機に入れられない理由があるのだ。たとえば下着がいつも以上に汚れてしまった、とか。あるいは『おもらし』をしてしまった、など。

 そんなはずがないことは分かっている。だけど、全ての証拠がお姉ちゃんの犯罪を裏付けているみたいだった。イケないと分かっていても脳は勝手に想像してしまう。お姉ちゃんが『おもらし』する姿を…。

 スカートの内側から『おしっこ』が溢れ出し、足元の地面に『水溜まり』を作る。まるで漫画の一コマのようなワンシーン。


 いや違う。それは「もんめ」だ。またしても「もんめ」とお姉ちゃんの姿が被る。脳裏に焼き付いたそのシーンに、空想上のお姉ちゃんが上書きされる。それはとても素敵な想像だった。だけど今は、そんな妄想に浸っている場合ではなかった。

 ふと、僕は我に返る。改めて、自分の置かれている現在の状況を整理する。ずっとこうしているわけにはいかない。お姉ちゃんはパンツを洗い終えたらしい。もうすぐ洗面所の電気を消して、僕の方へと向かってくる。その前に部屋に戻らなければ…。

 だが僕の心配をよそにお姉ちゃんはその場を動かなかった。僕に見られているとも知らずに自分の下着を広げて、それをまじまじと観察していた。再び鼻を近づけて、クンクンと嗅いだ。何度も何度も、洗い立てのパンツの匂いを確かめていた。

 早く逃げなければ、と思いながらも僕もその場から動けなかった。僕はいつまでもお姉ちゃんの秘密を覗き続けていた。

 何度目かにお姉ちゃんが下着から顔を離したとき、僕は急に呪縛から解放された。そして、自分の今取るべき行動を思い出した。名残惜しさを抱きつつも、僕は廊下(トンネル)を引き返すことにした。

 来たとき以上に音を立てないように注意して、すぐ後ろにお姉ちゃんが迫ってきているような気配を感じながらも、なんとか自分の部屋に無事帰還することができた。


 真っ暗な部屋にまだ視界が慣れていなくて、洗面所の明かりが眼球に残っていた。それと共に網膜に焼きついた光景を思い出す。

――あれは、何だったんだろう…?

 もしかすると、夢だったんじゃないかと思う。僕はいつの間にか寝落ちしていて、束の間に見た夢だったのではないかと。だが夢にしてはあまりに記憶は鮮明だった。

 廊下を歩く足音が聞こえた。お姉ちゃん、だ。お姉ちゃんが下着の観察を終えて、自分の部屋に帰っていく足音だ。それは僕がさっき見た光景が決して夢ではないと、紛れもない現実だと報せてくれているみたいだった。

 家族は全員、寝静まっていると思っているのだろう。お姉ちゃんはなるべく足音を立てないように気をつけながらも、完全にその音を消し去ろうとまではしていない。まさか洗面所での姿を弟の僕に見られていたなんて、夢にも思っていないのだろう。やがて、お姉ちゃんがドアを閉める音が聞こえた。


 その夜、僕は上手く寝付けなかった。僕の鼓動は早いままだった。目を閉じると、あの光景が浮かんできた。それと共に「見てもいない」情景も現れてきた。

――『おもらし』するお姉ちゃん。

 考えちゃいけない、想像しちゃいけないのだと分かっていても。それは次々と違うシチュエーションで何度も繰り返された。僕はアソコに血液が集まるのを感じた。

――お姉ちゃんはもう寝たのかな…?

 こんなにも僕を眠れなくしておきながら、自分はぐっすり眠っているのだろうか。僕はこっそりとドアを開けて、真っ暗な廊下のその先を見た。お姉ちゃんの部屋にはまだ明かりがついていた。


――続く――

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おかず味噌 2020/04/12 01:49

ちょっとイケないこと… 第八話「漫画と番組」

(第七話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/228667


 早めにお風呂に入って、歯磨きをして、部屋に戻る。いつもならお風呂も歯磨きもママに言われてから嫌々するのだけれど、今日は違う。言われる前に自分からした。別に、褒めてもらおうとか思ってるわけじゃない。だけど…。

「純君、ちゃんと宿題は済ませたの?」

 自分の部屋に戻ろうとしたとき、ママにそう訊かれる。

「これからする~!」

 振り返りもせずに僕は答える。やれやれ、親というのは子供に向かって何か一つは小言を言わないと気が済まないものらしい。

「ちゃんと寝る前にするのよ!」

 お皿を洗いながら言うママに対して。

「わかってる!」

 僕は少し不機嫌になりながら返したのだった。


――ふぅ~。

 部屋のドアを閉めて、一息つく。もちろんすぐに宿題に取り掛かるわけでもなく、ベッドに横になる。

――さて、これからどうしよう。

 何気なく本棚を見る。そこには、僕がこれまで集めた漫画がたくさん並べてある。

 僕一人が買ったものだけじゃない。中にはお姉ちゃんが買ってくれたものもある。「猫夜叉」なんかはほとんどがそうだ。だけどお姉ちゃんはそれを僕の部屋の本棚に置いていて、自分が読みたいとき(ほとんどないけど…)はわざわざ借りに来る。

 もし逆の立場だったら、絶対に嫌だと思う。自分のものは手元に置いておきたい。独占したいわけじゃないけれど、何となくそんな感じだ。でも、お姉ちゃんは…。

「純君の部屋に置いてていいよ。そしたら、いつでも読めるでしょ?」

 自分のお金で買ったものなのに。お姉ちゃんは優しい。いや、それが大人の余裕というヤツなのだろうか?


 そもそも、僕とお姉ちゃんとでは財力が全然違う。中学生の僕が一月2000円のお小遣いなのに対して、大学生のお姉ちゃんはアルバイトをしている。アルバイトというのが一体どれくらいのお金を稼げるものなのかは知らないけれど、僕のお小遣いよりも圧倒的に多いことは間違いないだろう。だからこそお金持ちのお姉ちゃんは、漫画をたくさん買うだけの余裕がある。ただそれだけのことなのかもしれない。

 そういえば、お姉ちゃんはバイト代を何に使っているのだろう。女子大生だから、服やお化粧品に使っているのだろうか。だけどそこは真面目なお姉ちゃんのことだ。ちゃんと貯金しているのかもしれない。

 思えば、お姉ちゃんの部屋に入ったことは一度もない。僕が小さい頃はよく一緒に遊んでくれていたけれど、僕が中学校に上がると同時に受験生になったお姉ちゃんはあまり遊んでくれなくなった。僕だってお姉ちゃんが忙しいことは分かっていたし、勉強の邪魔をしちゃ悪いとも思っていた。

 それでも。三か月に一回出る「ドラゴン・ピース」の続きをお姉ちゃんは楽しみにしているらしくて、新刊が発売されるたびに僕の部屋に借りにくる。(お姉ちゃんはなぜか発売日を知っていて、僕が買ってから一週間以内に絶対借りにくる)

 僕としては正直「ドラゴン・ピース」は展開もマンネリ化していて、あまり面白くなくなってきたから買わなくてもいいんだけど、お姉ちゃんが楽しみにしているから買っているというのもあった。

――次の発売日はいつだろう?

 前の巻が出たのは確か二か月くらい前だったから、たぶんもうすぐのはずだ。僕はその時が待ち遠しくて仕方なかった。続きが気になるからじゃない。新刊が出れば、お姉ちゃんはきっとまた…。


 本棚から「ドラゴン・ピース」の今のところ一番新しい巻を取る。発売日に備えて復習しておくのも悪くないと思った。

――そうだ!主人公の「ライス」が絶体絶命のピンチというところで終わったんだ。

 この後の展開が気になる。だけど、これまでダテに漫画を読んできたわけじゃない僕には分かる。きっと仲間が助けに来るんだろう、と。

「ドラゴン・ピース」を本棚に戻して、代わりに「猫夜叉」の第一巻を取る。それを読むのは久しぶりな気がした。パラパラとページを捲って内容を思い出すと同時に、僕は別のことを考えていた。

――これを買ったときは、まだお姉ちゃんと…。

 よく一緒に本屋に漫画を買いに行っていた。当時小学生だった僕は、何をするにもどこに行くにもお姉ちゃんと一緒で。その中でも特に本屋に行くのが大好きだった。

 店に入るなり漫画コーナーに走っていく僕を、お姉ちゃんは「走ると危ないよ」と言いながらも優しく見守ってくれた。本屋には数えきれないくらいの漫画があって、そこは僕にとって宝物庫みたいな場所だった。

 僕が漫画選びに夢中になっているとお姉ちゃんはいつの間にか居なくなっていて、自分はいつも難しそうな本のコーナーにいた。お姉ちゃんは頭が良い天才なんだ、とその時は僕もなんだか誇らしくなった。

 そして。僕が「これにする!」と指さした漫画を、お姉ちゃんは自分のお小遣いで買ってくれた。お姉ちゃんは僕の選んだ漫画がたとえ一巻じゃなくても、続きからであっても、何も言わずに買ってくれた。(一巻から買わないという小学生の考えは、今の僕には理解できない)

 でも僕が「猫夜叉」を選んだとき。初めてお姉ちゃんは「え~、別のにしなよ」と言ってきた。僕にはどうしてお姉ちゃんがそんなことを言うのかが分からなかった。そして「ダメ」と遠回しに言われるほど余計に欲しくなった。「これがいいの!」と僕が駄目押しすると、お姉ちゃんは渋々その漫画を買ってくれた。


 家に帰ってから読んでいる内に、どうしてお姉ちゃんがそんなことを言ったのかが何となく理解できた。「猫夜叉」はもちろん健全な少年漫画なのだけれど、その中に一部「えっち」な場面があったのだ。

 それは。ヒロインの「もんめ」が見知らぬ土地でトイレに行けず、挙句の果てに『おもらし』をしてしまうというシーンだった。

(注:パロディの元となった作品に、もちろんそんなシーンはありません。)

 それまでに僕が読んでいた「ゴロゴロコミック」でも、「ウンチ」がギャグとして登場することはあった。だけど「猫夜叉」の中のそれは、そうしたギャグなんかとは少し違うものだった。

「もんめ」は内股になって、お腹を押さえて『おしっこ』を我慢していた。その姿は小学生の僕にとって、とても「えっち」なものに思えた。やがて彼女のスカートから液体が溢れ出す。僕はムズムズとした変な感じがした。なんだかちょっと悪いことをしているような、イケないことをしているみたいな、不思議な気持ちだった。

 だから僕はなるべくそのシーンを見ないように、数コマ分だけを飛ばして読んだ。それでもその場面はまるで現実のように、僕の目にはっきりと刻みつけられた。僕は自分が「ヘンタイ」になってしまったんじゃないかと思った。女子の『おもらし』に興奮するだなんて、異常なことに違いなかった。


 僕が「ヘンタイ」になってしまったと知れば、お姉ちゃんはきっと悲しむだろう。だからこそ、僕はそれを「面白いから読んでみて!」とお姉ちゃんにも薦めてみた。

 そうすることで、僕がその漫画の「えっち」な部分に気づいてないというように。純粋に漫画として楽しんでいるというように。僕が自分の買った(買ってもらった)漫画をお姉ちゃんに貸したのは、それが初めてのことだった。

「猫夜叉」を読んだお姉ちゃんは、どうやらその漫画にハマったらしかった。確かに例のシーンを抜きにしても、「猫夜叉」はめちゃくちゃ面白い漫画だった。

 そしてある日、お姉ちゃんは「猫夜叉」の二巻を自分で買ってきた。お姉ちゃんが自分の意思で漫画を買ってきたのは、おそらくそれが初めてのことだった。それから三巻四巻と、お姉ちゃんは事あるごとに次の巻を買ってきてくれた。

 僕たちはその漫画の続きを楽しみにし、二人でその展開にハラハラドキドキした。だけど僕は純粋に「猫夜叉」を楽しむ反面で、密かにある期待をしてしまっていた。もう一度「もんめ」が『おもらし』をしてくれないかな、という微かな願望だった。(だが結局、最終話まで読み終えてもそんな場面が登場することは二度となかった)


 僕は「猫夜叉」の第一巻を読み続けていた。その結果、どうしたってそのページに行き着いてしまう。「もんめ」が『おもらし』をするシーンだ。最初に彼女が尿意を感じ始めてから、それが徐々に深刻なものとなり、ついに決壊を迎えてしまう。

 何度も読み返し、すっかり目と脳に焼き付いた数ページ。僕はそれを再び繰り返す。記憶の中でいつの間にか省略されていた、数コマをなぞる。展開が分かっていても、分かっているからこそ、やっぱり僕はゾクゾクした。そして中学生になった僕には、そのゾクゾクの正体が何なのか分かっていた。

 イケないことだと分かっていながらも、僕は下半身に手を伸ばす。ズボンの上からそこに触れる。僕のアソコは膨らみ始めていた。軽く触っただけで、ビリビリとした電流のような衝撃が走った。とても気持ちが良かった。

 片手で漫画を持ちつつ、片手でおちんちんを握る。硬くなったことで大きくなり、「ビンカン」になったアソコを擦るように上下に動かす。誰に習ったわけでもない。そうすればもっと気持ちよくなれると経験から知っていた。

 いよいよ、そのシーンが迫ってくる。僕の手はさらに激しい動きになる。そして、ついに…。


「純君~!」

 廊下からママの声が聞こえた。僕は慌ててアソコから手を離し、同時に勢い余って漫画を放り投げてしまう。

「…何~?」

 僕はなるべく普通の声で返事をした。ママの足音が近づいてくる。ママはそのまま僕の部屋のドアを開けた。

「りんご切ったんだけど、食べ――」

 そこでママは、僕がベッドに寝転んでいるのを見た。

「宿題は?」

 怒り気味に言うママ。「もう終わった!」と嘘をつくのはさすがに無理があった。

「今から、やるよ…」

 僕もちょっと不機嫌になりながらそう答えた。

「また漫画読んでたんでしょ?」

 床の上に放り出された漫画を見つけて、ママはさらに怒りっぽく言った。

「ちょっと休んでただけだよ…」

 僕は言い訳をする。だけど、それがママに通じないことは分かっている。

「もう中学生でしょ?ちゃんと勉強しないと、授業についていけなくなるわよ?」

 ママのお説教が始められる。こうなると長い。言い返すと余計に長くなる。だからいつもは素直に聞いておくに限るのだけど、なぜか今日はそんな気になれなかった。あと少しのところで邪魔をされたから、というのもある。


「てか部屋に入る時はちゃんとノックしてって、いつも言ってるじゃん!」

 僕は口答えをする。宿題をやってないことについては何も言い返せないからこそ、別の所から反撃をする。(お姉ちゃんはいつも、ちゃんとノックをしてくれる)

「良いじゃない。別に見られて困るものもないんだし」

 ママは言う。見られて困るものという言葉に僕は一瞬たじろぐ。確かに、床の上の漫画は見られて困るものじゃない。それは健全な少年漫画だ。たとえ中身を見られたとしても問題はない。問題は僕がその中のどの部分を熱心に読んでいたか、だ。

 そして、僕がさっきまでしていたこと。それは完全に見られて困ることだった。

「じゃあ、りんご食べてからちゃんとするよ」

 僕は言った。別に今りんごを食べたい気分ではなかったけれど、そう言ったほうが丸く収まる気がした。

「食べたら、ちゃんと歯磨きするのよ!」

 ママの怒りも、とりあえずは収まったみたいだった。僕としては余計な仕事が一つ増えてしまったけれど、それは仕方がない。

 リビングに行ってりんごを食べた。そこにパパもいた。お姉ちゃんはいなかった。今日もバイトなんだろうか?それにしても最近、帰りが遅い気がした。僕は少しだけ心配になった。お姉ちゃんが僕の知らない別の誰かになってしまうような気がして、ちょっぴり怖かった。

 りんごを齧りつつ僕はパンツの中に気持ち悪さを感じていた。濡れたような感覚。汗のせいでもなければ「もんめ」のように『おもらし』してしまったわけでもない。ヌルヌルとした変な感触。それは紛れもなく、おちんちんから出てきたものだった。


 もう一度歯を磨いて部屋に戻る。今度こそ宿題をやろうと机に座る。今日の宿題は数学ワークの17~18ページの問題を解くことだった。数学は僕の得意な科目だった。だけど、あまり集中できなかった。僕は時計を見た。

――9時37分。

 まだ、あと三時間くらいある。何がといえば、それは僕の観たい深夜番組が始まるまでの時間だった。

 一ヵ月前のことだった。僕は0時過ぎまで起きていた。それ自体は少しも珍しいことじゃない。僕はもう中学生なのだ。小学生みたいに、10時に眠くなったりはしない。そりゃ夜更かしだってする。

 中学に上がったのとほぼ同時に、部屋にテレビがきた。お姉ちゃんのお下がりだ。

「私はもう使わないから、純君にあげるよ」

 お姉ちゃんは言ってくれた。僕が「テレビが欲しい!」とママにねだっているのを知っていたらしい。やっぱりお姉ちゃんは優しい。お姉ちゃんにだって観たい番組があるはずなのに。(それとも大人なお姉ちゃんはもうテレビを観ないのだろうか?)

 そして、僕の部屋に念願のテレビが置かれた。


 最初の頃こそ、特に観たい番組があるわけでもないのに電源をつけたりしていた。だけどいざそれが当たり前になったら、そんなに珍しいものでもなくなっていった。自分の部屋にテレビがあっても、あまり観ないものだ。欲しいものは手に入るまでが一番欲しいのだと、僕はその時学んだ。

 リビングにもテレビはある。我が家のルールで食事中はニュースと決められているけれど、それ以外の時は好きな番組を見せてくれた。だから、わざわざ自分の部屋で観る必要もなかった。それに、リビングのテレビの方がずっと大きいのだ。

 だから僕はその日も特に観たい番組があるわけでもなく、ただ寝るまでの暇潰しにチャンネルを回していただけだった。僕がその番組を見つけたのはその時だった。

 それはバラエティ番組だった。だけど深夜よりゴールデンタイムの方が知っている芸能人も多いし内容だって面白い。その番組には僕が名前だけは聞いたことのある、歌手か俳優なのかよくわからないタレントが出ていた。MCというやつだろう。そして僕のあんまり好きじゃない芸人がゲストだった。僕はチャンネルを変えようとした。だけど番組の内容を聞いて、思わずリモコンを置いた。

「女子大生が水着になったら~!!」

 MCが大袈裟にタイトルを発表すると文字が「バン!」と大きく表示され、ゲストがやっぱり大袈裟に「イェーイ!」と言って手を叩いた。僕は慌ててリモコンを取り、テレビの音量を落とした。


 その番組の内容はこうだ。

 MCとゲストが二人一組になり、まずはそれぞれ女性用の水着を選ぶ。そして今度は街に出て、女子大生に声を掛けてパーティーに来てくれるよう誘う。最終的に渡した水着を着てくれた女子の人数が多いほうが勝ちとなる。

 企画としてはどこか面白いのか分からなかった。とてもゴールデン向きじゃない。だけど面白さとは別の理由で、僕はその番組に釘付けになった。

 街を歩く女子たちを、MCとゲストは色んな手段を使って誘っていく。全然似てないものまねを披露したりギャグをやったりして、女子を笑わせて水着を渡す。これが「ナンパ」というやつなんだろうか。(水着を渡すのはもちろん違うだろうけど…)

 いよいよ番組の後半。MCとゲストは会場で祈りつつ、女子が来てくれるのを待つ。いつの間にか僕も四人と同じ気持ちになっていた。

 そして、ついに一人目が会場に現れる。それはナンパの時は絶対来てくれなさそうだと思っていた女子だった。僕は少し意外だった。

 女子大生が登場してくるステージにはカーテンがあり、その向こうに姿が現れる。カーテン越しのシルエットで芸能人たちはどちらの水着が選ばれたのかを予想する。僕は瞬きをするのさえ忘れていた。そして…。


 カーテンが引かれて、そこから登場した女子は黒い水着を着ていた。それと同時にゲストの前に目隠しの壁が出現する。だけど僕には関係なかった。

 水着姿の女子大生はモデルみたいにランウェイを歩いてくる。それは水着なのに、まるで下着のように。男子が決して見てはいけない、お尻やおっぱいが強調されて、とても「えっち」だった。僕は無意識に自分の股間を弄っていた。

 次々と女子大生が登場しては水着になっていく。中には「こんな水着あるの?」と思うくらいに肌を盛大に露出し、お尻をほとんど丸出しにしているものもあった。

 顔だけを画面に向けてベッドにうつ伏せになる。おちんちんを手で触る代わりに、パジャマ越しに布団に擦り付ける。自分で触るよりも気持ち良かった。

 そうして。僕はすっかりその深夜番組の視聴者になった。曜日と時間帯を覚えて、新聞を読むふりをしては番組欄を確認するようになった。だけど…。

 これまで四回、番組欄を見てみたものの。そこには「女子大生」とも「水着」とも書かれてなかった。「番組名を間違えたのかな?」と実際に番組を観てみても。MCは変わらずあの二人だったけれど、内容は「ご飯を食べたり」「罰ゲームをかけて勝負したり」というような、ゴールデンタイムの番組とあまり変わらないものだった。

 僕はがっかりした。そして大した期待もせずに番組欄を眺めていた今日。ついに、そこに興味のそそる文字を見つけた。


――女子大生の「性の悩み」相談会!!

 僕は股間がピクリと反応するのを感じた。だがそれを面に出すわけにはいかない。「落ち着け」と自分に言い聞かせて、咳払いをしたりしてみた。それから番組欄以外ほとんど読んだことのない新聞をめくった。様々な事故や事件の記事が載っている。その中で僕が興味あるのはせいぜい四コマ漫画くらいだった。だけど今はそれさえも頭に入ってこない。

 僕の脳内には、デカデカとした文字で番組のタイトルが浮かんでいた。

 果たして、女子大生の「性の悩み」とはなんだろう。僕は想像を膨らませてみた。だけど例は一つも出てこなかった。中学生男子の悩みというなら僕にだってわかる。「好きな子とうまく話せない」とか、「アソコに毛が生え始めて恥ずかしい」とか。それから…。

「女子の『おもらし』に興奮する自分は変態なのか?」

 最後の悩みは僕だけのものかもしれない。あるいはそう思い込むことこそが悩みをより深刻にし、人に話せない秘密にしていく。だけど僕の悩みについては、ひとまず置いておこう。問題は女子大生の持つ「性の悩み」とは何か、だ。


 僕は一番身近な女子大生を思い浮かべてみた。それはもちろんお姉ちゃんだった。お姉ちゃんも「性の悩み」を抱えているのだろうか。とてもそんな風に見えないし、僕は一度たりともお姉ちゃんからそんな話を聞いたことはない。それもそのはずで、そういう悩みを誰よりも知られたくない相手は家族なのだ。僕だってお姉ちゃんに、そんな相談はできない。軽蔑されるかもしれないし、お姉ちゃんに「ヘンタイ」だと思われたくなかった。

 番組の内容には見当もつかなかったけれど、それでも僕のアソコが反応したことは事実だった。そこには僕の勝手な想像があった。

――女子大生が出るということは、また水着になってくれるかもしれない…。

 僕の期待は高まった。それから夜までとても長かった。

 僕は、ハッと目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。現在の状況を思い出す。そういえば、宿題をしている途中だった。慌てて時計を見る。時刻は0時過ぎだった。危ないところだったと思うと同時に、僕のワクワクはいよいよ最大限に高められる。あと数分で番組が始まる。

 それを知ると、もはや宿題なんて手につかなかった。「一日くらい、いいさ!」と僕の中の悪魔がそう言った。これまで宿題をやらなかったことなんてないけれど、「今日だけなら…」と僕の中の天使も許してくれた。

 ワークを閉じて、イスから立ち上がる。電気を消して、代わりにテレビをつける。ベッドに潜り込んでリモコンをスタンバイして、準備完了だ。

 そして、いよいよ番組が始まる――。


 結果から言うと期待外れだった。今回もその番組に「えっち」な部分はなかった。

 水着になることはもちろんなく、悩み相談も彼氏のことについてなど、僕にはよく分からないものばかりだった。途中「Tバックを履いていて、汚れるのに困っている」という相談には少しだけ興奮したけれど、それだけだった。

 だけど、ある一人の女子大生の「性の悩み」は僕の興味をくすぐるものだった。

「エッチの時に『おもらし』してしまった。彼氏に引かれていないか心配…」

 そんな内容だった。僕は意味が分からなかった。「エッチ」という言葉の意味が、じゃない。(それくらい僕にだってわかる。近頃の中学生をナメないでもらいたい)そうじゃなくて、「なぜ『おもらし』をしてしまったのか?」ということだ。

「もんめ」のように敵に囲まれたわけじゃない。近くにトイレだってあっただろう。

 それなら普通にトイレに行けば済む話だ。恥ずかしくて言えなかったのだろうか。その気持ちは少しだけわかる。たとえば授業中。僕も何度か「トイレに行きたい」と言い出せなくて我慢したことがある。(もちろん『おもらし』なんてしてないけど)そういうことなんだろうか?


「彼に触られてたら、段々したくなってきちゃって…」

 女子大生の言葉に顔が火照るのを感じた。「触られて」というのはどこをだろう。何となくの辺りはわかる。だけど女子のそこが、僕のアソコとどう違っているのかはよく分からなかった。「おちんちん」が無いことは知っている。女子はその代わりに「穴がある」らしい。

――女子もそこを触られたら、気持ちいいのかな…?

 僕は想像する。だけど、男子の僕にはやっぱり分からなかった。

――女子はそこを触られたら『おしっこ』したくなるの…?

 それも僕には「初耳学」だった。もしそうなのだとしたら、女子というのはとても不便な生き物だ。アソコを弄るたびにトイレに行きたくなっていたら、大変だ。

「それで、イクのと同時に出ちゃって…」

 女子大生は告白する。カメラの前で、自分の失敗談を暴露する。

 テレビでそんなこと言ってしまっていいのだろうか。大勢の人が観るというのに。周りに知られて恥ずかしくないのだろうか。今さらになって、僕は女子大生のことが心配になる。

 中学生にとって『おもらし』をしたなんて秘密がクラスメイトや友達にバレたら、もう生きてはいけない。いじめられるかもしれない。


「どれくらい出ちゃったの?」

 MCが質問する。それは僕も気になるところだった。「ナイス!」と思う。

「めっちゃ出ちゃって…。普通に一回分くらい。『じょろ~』って…」

 恥ずかしそうにしつつも笑いながら答える彼女。僕は想像する。想像してしまう。女子の『おもらし』を…。

「ベッドが水浸しになっちゃいました!彼の家だったのに…」

 ベッドの上に広がる『おしっこ』。まるで『おねしょ』みたいだ。

 ふと、僕の頭の中で女子大生と「もんめ」が重なる。全く似ていない。女子大生は茶髪だし「もんめ」は黒髪だ。それに「もんめ」の方がずっと可愛い。さらにいえば「もんめ」は女子高生だ。空想と現実は違う、というのも分かっている。

 それでも。いつの間にか僕の想像は「ベッドの上でおもらしをする『もんめ』」に塗り替えられていた。「もんめ」が裸になりエッチをする。その相手は、僕だった。

 僕は興奮していた。固くなったアソコをベッドにこすりつける。僕は目を閉じて、自分の想像をオカズにした。だけど、それだけだった。

 そうしている内に女子大生の番は終わり、次の人の番になった。僕はモヤモヤしたなんとも言えない気持ちのまま、お預けを喰らうことになった。その時だった。


 ふいに玄関の方から物音が聞こえた。僕は布団に潜り込み、息を潜める。

――こんな時間に、誰…?

 僕は一瞬、泥棒が家に入ってきたのかと思った。だけどすぐ冷静になって考える。

――お姉ちゃん、だ…!!

 お姉ちゃんがバイトから帰ってきたのだ。泥棒じゃないことに、僕は一安心した。それにしても遅い帰宅だ。僕は時計を見た。もう1時前だった。

――どうせ、友達と遊んでいたんだろう。

 僕はちょっとだけ腹立たしい気持ちになる。ムカついた、と言ったほうがいいかもしれない。自分がなんでそんな気持ちになるのか分からなかった。

 中学生の僕には、門限が決められているのに?いや違う、そうじゃない。真面目なお姉ちゃんが不良になってしまったみたいな、お姉ちゃんをそんな風にしてしまったバイトが憎らしかった。


 お姉ちゃん(多分)が廊下を歩く音が聞こえた。少しずつ僕の部屋に近づいてくる。安心している場合でもムカついている場合でもなかった。僕は慌ててテレビを消して寝たふりをする。お姉ちゃんが勝手に僕の部屋に(しかもこんな時間に)入ってくるとは思わなかったけれど、それでも僕がまだ起きていると知られたら何かと面倒だ。僕は目を閉じて、お姉ちゃんが行き過ぎるのを待った。

 ゆっくりとお姉ちゃんの足音が廊下を通り過ぎ、遠ざかっていく――はずだった。だけどそれは僕の部屋のずっと前で止まった。

 僕は不思議に思った。幽霊だったのかも、とまた少しだけ不安になる。

 カチッという音が聞こえた。電気をつける音だった。僕はドアの下の隙間を見た。だけど廊下から明かりは漏れていなかった。

 ジャーという音が聞こえた。水の流れる音だ。洗面所の方からだった。

 お姉ちゃんが手を洗っているのだと思った。さすがはお姉ちゃん。帰ってきたら、ちゃんと手洗いうがいをしているのだ。(僕は言われない限りしない)

 それでも、やっぱり不思議なことがあった。


――いつまで、手を洗ってるんだろう…?

 水の音はしばらく聞こえた。石鹸で洗うにしても長すぎる。

 ようやく音が止んだ。だがまたすぐに水を出す音が聞こえ、何回か繰り返された。僕は意味が分からなかった。

――お姉ちゃん、何やってるんだろう…?

 僕の疑問は不審へと変わる。僕は気持ち悪さを感じた。同時に腹立たしさも。

――お姉ちゃんが、また僕に何かを秘密にしている…。

 そうやって、お姉ちゃんが僕の知らない他人になっていくことが腹立たしくもあり怖くもあった。

 目を開けて、ベッドから起き上がる。足音を立てないようにゆっくりと部屋の中を移動し、音がしないようにドアをそっと開けた。

 真っ暗な廊下。洗面所に明かりがついている。外灯に引き寄せられる虫みたいに、僕はその場所へと慎重に近づいていった。


――続く――

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