おかず味噌 2020/04/12 01:49

ちょっとイケないこと… 第八話「漫画と番組」

(第七話はこちらから↓)
https://ci-en.dlsite.com/creator/5196/article/228667


 早めにお風呂に入って、歯磨きをして、部屋に戻る。いつもならお風呂も歯磨きもママに言われてから嫌々するのだけれど、今日は違う。言われる前に自分からした。別に、褒めてもらおうとか思ってるわけじゃない。だけど…。

「純君、ちゃんと宿題は済ませたの?」

 自分の部屋に戻ろうとしたとき、ママにそう訊かれる。

「これからする~!」

 振り返りもせずに僕は答える。やれやれ、親というのは子供に向かって何か一つは小言を言わないと気が済まないものらしい。

「ちゃんと寝る前にするのよ!」

 お皿を洗いながら言うママに対して。

「わかってる!」

 僕は少し不機嫌になりながら返したのだった。


――ふぅ~。

 部屋のドアを閉めて、一息つく。もちろんすぐに宿題に取り掛かるわけでもなく、ベッドに横になる。

――さて、これからどうしよう。

 何気なく本棚を見る。そこには、僕がこれまで集めた漫画がたくさん並べてある。

 僕一人が買ったものだけじゃない。中にはお姉ちゃんが買ってくれたものもある。「猫夜叉」なんかはほとんどがそうだ。だけどお姉ちゃんはそれを僕の部屋の本棚に置いていて、自分が読みたいとき(ほとんどないけど…)はわざわざ借りに来る。

 もし逆の立場だったら、絶対に嫌だと思う。自分のものは手元に置いておきたい。独占したいわけじゃないけれど、何となくそんな感じだ。でも、お姉ちゃんは…。

「純君の部屋に置いてていいよ。そしたら、いつでも読めるでしょ?」

 自分のお金で買ったものなのに。お姉ちゃんは優しい。いや、それが大人の余裕というヤツなのだろうか?


 そもそも、僕とお姉ちゃんとでは財力が全然違う。中学生の僕が一月2000円のお小遣いなのに対して、大学生のお姉ちゃんはアルバイトをしている。アルバイトというのが一体どれくらいのお金を稼げるものなのかは知らないけれど、僕のお小遣いよりも圧倒的に多いことは間違いないだろう。だからこそお金持ちのお姉ちゃんは、漫画をたくさん買うだけの余裕がある。ただそれだけのことなのかもしれない。

 そういえば、お姉ちゃんはバイト代を何に使っているのだろう。女子大生だから、服やお化粧品に使っているのだろうか。だけどそこは真面目なお姉ちゃんのことだ。ちゃんと貯金しているのかもしれない。

 思えば、お姉ちゃんの部屋に入ったことは一度もない。僕が小さい頃はよく一緒に遊んでくれていたけれど、僕が中学校に上がると同時に受験生になったお姉ちゃんはあまり遊んでくれなくなった。僕だってお姉ちゃんが忙しいことは分かっていたし、勉強の邪魔をしちゃ悪いとも思っていた。

 それでも。三か月に一回出る「ドラゴン・ピース」の続きをお姉ちゃんは楽しみにしているらしくて、新刊が発売されるたびに僕の部屋に借りにくる。(お姉ちゃんはなぜか発売日を知っていて、僕が買ってから一週間以内に絶対借りにくる)

 僕としては正直「ドラゴン・ピース」は展開もマンネリ化していて、あまり面白くなくなってきたから買わなくてもいいんだけど、お姉ちゃんが楽しみにしているから買っているというのもあった。

――次の発売日はいつだろう?

 前の巻が出たのは確か二か月くらい前だったから、たぶんもうすぐのはずだ。僕はその時が待ち遠しくて仕方なかった。続きが気になるからじゃない。新刊が出れば、お姉ちゃんはきっとまた…。


 本棚から「ドラゴン・ピース」の今のところ一番新しい巻を取る。発売日に備えて復習しておくのも悪くないと思った。

――そうだ!主人公の「ライス」が絶体絶命のピンチというところで終わったんだ。

 この後の展開が気になる。だけど、これまでダテに漫画を読んできたわけじゃない僕には分かる。きっと仲間が助けに来るんだろう、と。

「ドラゴン・ピース」を本棚に戻して、代わりに「猫夜叉」の第一巻を取る。それを読むのは久しぶりな気がした。パラパラとページを捲って内容を思い出すと同時に、僕は別のことを考えていた。

――これを買ったときは、まだお姉ちゃんと…。

 よく一緒に本屋に漫画を買いに行っていた。当時小学生だった僕は、何をするにもどこに行くにもお姉ちゃんと一緒で。その中でも特に本屋に行くのが大好きだった。

 店に入るなり漫画コーナーに走っていく僕を、お姉ちゃんは「走ると危ないよ」と言いながらも優しく見守ってくれた。本屋には数えきれないくらいの漫画があって、そこは僕にとって宝物庫みたいな場所だった。

 僕が漫画選びに夢中になっているとお姉ちゃんはいつの間にか居なくなっていて、自分はいつも難しそうな本のコーナーにいた。お姉ちゃんは頭が良い天才なんだ、とその時は僕もなんだか誇らしくなった。

 そして。僕が「これにする!」と指さした漫画を、お姉ちゃんは自分のお小遣いで買ってくれた。お姉ちゃんは僕の選んだ漫画がたとえ一巻じゃなくても、続きからであっても、何も言わずに買ってくれた。(一巻から買わないという小学生の考えは、今の僕には理解できない)

 でも僕が「猫夜叉」を選んだとき。初めてお姉ちゃんは「え~、別のにしなよ」と言ってきた。僕にはどうしてお姉ちゃんがそんなことを言うのかが分からなかった。そして「ダメ」と遠回しに言われるほど余計に欲しくなった。「これがいいの!」と僕が駄目押しすると、お姉ちゃんは渋々その漫画を買ってくれた。


 家に帰ってから読んでいる内に、どうしてお姉ちゃんがそんなことを言ったのかが何となく理解できた。「猫夜叉」はもちろん健全な少年漫画なのだけれど、その中に一部「えっち」な場面があったのだ。

 それは。ヒロインの「もんめ」が見知らぬ土地でトイレに行けず、挙句の果てに『おもらし』をしてしまうというシーンだった。

(注:パロディの元となった作品に、もちろんそんなシーンはありません。)

 それまでに僕が読んでいた「ゴロゴロコミック」でも、「ウンチ」がギャグとして登場することはあった。だけど「猫夜叉」の中のそれは、そうしたギャグなんかとは少し違うものだった。

「もんめ」は内股になって、お腹を押さえて『おしっこ』を我慢していた。その姿は小学生の僕にとって、とても「えっち」なものに思えた。やがて彼女のスカートから液体が溢れ出す。僕はムズムズとした変な感じがした。なんだかちょっと悪いことをしているような、イケないことをしているみたいな、不思議な気持ちだった。

 だから僕はなるべくそのシーンを見ないように、数コマ分だけを飛ばして読んだ。それでもその場面はまるで現実のように、僕の目にはっきりと刻みつけられた。僕は自分が「ヘンタイ」になってしまったんじゃないかと思った。女子の『おもらし』に興奮するだなんて、異常なことに違いなかった。


 僕が「ヘンタイ」になってしまったと知れば、お姉ちゃんはきっと悲しむだろう。だからこそ、僕はそれを「面白いから読んでみて!」とお姉ちゃんにも薦めてみた。

 そうすることで、僕がその漫画の「えっち」な部分に気づいてないというように。純粋に漫画として楽しんでいるというように。僕が自分の買った(買ってもらった)漫画をお姉ちゃんに貸したのは、それが初めてのことだった。

「猫夜叉」を読んだお姉ちゃんは、どうやらその漫画にハマったらしかった。確かに例のシーンを抜きにしても、「猫夜叉」はめちゃくちゃ面白い漫画だった。

 そしてある日、お姉ちゃんは「猫夜叉」の二巻を自分で買ってきた。お姉ちゃんが自分の意思で漫画を買ってきたのは、おそらくそれが初めてのことだった。それから三巻四巻と、お姉ちゃんは事あるごとに次の巻を買ってきてくれた。

 僕たちはその漫画の続きを楽しみにし、二人でその展開にハラハラドキドキした。だけど僕は純粋に「猫夜叉」を楽しむ反面で、密かにある期待をしてしまっていた。もう一度「もんめ」が『おもらし』をしてくれないかな、という微かな願望だった。(だが結局、最終話まで読み終えてもそんな場面が登場することは二度となかった)


 僕は「猫夜叉」の第一巻を読み続けていた。その結果、どうしたってそのページに行き着いてしまう。「もんめ」が『おもらし』をするシーンだ。最初に彼女が尿意を感じ始めてから、それが徐々に深刻なものとなり、ついに決壊を迎えてしまう。

 何度も読み返し、すっかり目と脳に焼き付いた数ページ。僕はそれを再び繰り返す。記憶の中でいつの間にか省略されていた、数コマをなぞる。展開が分かっていても、分かっているからこそ、やっぱり僕はゾクゾクした。そして中学生になった僕には、そのゾクゾクの正体が何なのか分かっていた。

 イケないことだと分かっていながらも、僕は下半身に手を伸ばす。ズボンの上からそこに触れる。僕のアソコは膨らみ始めていた。軽く触っただけで、ビリビリとした電流のような衝撃が走った。とても気持ちが良かった。

 片手で漫画を持ちつつ、片手でおちんちんを握る。硬くなったことで大きくなり、「ビンカン」になったアソコを擦るように上下に動かす。誰に習ったわけでもない。そうすればもっと気持ちよくなれると経験から知っていた。

 いよいよ、そのシーンが迫ってくる。僕の手はさらに激しい動きになる。そして、ついに…。


「純君~!」

 廊下からママの声が聞こえた。僕は慌ててアソコから手を離し、同時に勢い余って漫画を放り投げてしまう。

「…何~?」

 僕はなるべく普通の声で返事をした。ママの足音が近づいてくる。ママはそのまま僕の部屋のドアを開けた。

「りんご切ったんだけど、食べ――」

 そこでママは、僕がベッドに寝転んでいるのを見た。

「宿題は?」

 怒り気味に言うママ。「もう終わった!」と嘘をつくのはさすがに無理があった。

「今から、やるよ…」

 僕もちょっと不機嫌になりながらそう答えた。

「また漫画読んでたんでしょ?」

 床の上に放り出された漫画を見つけて、ママはさらに怒りっぽく言った。

「ちょっと休んでただけだよ…」

 僕は言い訳をする。だけど、それがママに通じないことは分かっている。

「もう中学生でしょ?ちゃんと勉強しないと、授業についていけなくなるわよ?」

 ママのお説教が始められる。こうなると長い。言い返すと余計に長くなる。だからいつもは素直に聞いておくに限るのだけど、なぜか今日はそんな気になれなかった。あと少しのところで邪魔をされたから、というのもある。


「てか部屋に入る時はちゃんとノックしてって、いつも言ってるじゃん!」

 僕は口答えをする。宿題をやってないことについては何も言い返せないからこそ、別の所から反撃をする。(お姉ちゃんはいつも、ちゃんとノックをしてくれる)

「良いじゃない。別に見られて困るものもないんだし」

 ママは言う。見られて困るものという言葉に僕は一瞬たじろぐ。確かに、床の上の漫画は見られて困るものじゃない。それは健全な少年漫画だ。たとえ中身を見られたとしても問題はない。問題は僕がその中のどの部分を熱心に読んでいたか、だ。

 そして、僕がさっきまでしていたこと。それは完全に見られて困ることだった。

「じゃあ、りんご食べてからちゃんとするよ」

 僕は言った。別に今りんごを食べたい気分ではなかったけれど、そう言ったほうが丸く収まる気がした。

「食べたら、ちゃんと歯磨きするのよ!」

 ママの怒りも、とりあえずは収まったみたいだった。僕としては余計な仕事が一つ増えてしまったけれど、それは仕方がない。

 リビングに行ってりんごを食べた。そこにパパもいた。お姉ちゃんはいなかった。今日もバイトなんだろうか?それにしても最近、帰りが遅い気がした。僕は少しだけ心配になった。お姉ちゃんが僕の知らない別の誰かになってしまうような気がして、ちょっぴり怖かった。

 りんごを齧りつつ僕はパンツの中に気持ち悪さを感じていた。濡れたような感覚。汗のせいでもなければ「もんめ」のように『おもらし』してしまったわけでもない。ヌルヌルとした変な感触。それは紛れもなく、おちんちんから出てきたものだった。


 もう一度歯を磨いて部屋に戻る。今度こそ宿題をやろうと机に座る。今日の宿題は数学ワークの17~18ページの問題を解くことだった。数学は僕の得意な科目だった。だけど、あまり集中できなかった。僕は時計を見た。

――9時37分。

 まだ、あと三時間くらいある。何がといえば、それは僕の観たい深夜番組が始まるまでの時間だった。

 一ヵ月前のことだった。僕は0時過ぎまで起きていた。それ自体は少しも珍しいことじゃない。僕はもう中学生なのだ。小学生みたいに、10時に眠くなったりはしない。そりゃ夜更かしだってする。

 中学に上がったのとほぼ同時に、部屋にテレビがきた。お姉ちゃんのお下がりだ。

「私はもう使わないから、純君にあげるよ」

 お姉ちゃんは言ってくれた。僕が「テレビが欲しい!」とママにねだっているのを知っていたらしい。やっぱりお姉ちゃんは優しい。お姉ちゃんにだって観たい番組があるはずなのに。(それとも大人なお姉ちゃんはもうテレビを観ないのだろうか?)

 そして、僕の部屋に念願のテレビが置かれた。


 最初の頃こそ、特に観たい番組があるわけでもないのに電源をつけたりしていた。だけどいざそれが当たり前になったら、そんなに珍しいものでもなくなっていった。自分の部屋にテレビがあっても、あまり観ないものだ。欲しいものは手に入るまでが一番欲しいのだと、僕はその時学んだ。

 リビングにもテレビはある。我が家のルールで食事中はニュースと決められているけれど、それ以外の時は好きな番組を見せてくれた。だから、わざわざ自分の部屋で観る必要もなかった。それに、リビングのテレビの方がずっと大きいのだ。

 だから僕はその日も特に観たい番組があるわけでもなく、ただ寝るまでの暇潰しにチャンネルを回していただけだった。僕がその番組を見つけたのはその時だった。

 それはバラエティ番組だった。だけど深夜よりゴールデンタイムの方が知っている芸能人も多いし内容だって面白い。その番組には僕が名前だけは聞いたことのある、歌手か俳優なのかよくわからないタレントが出ていた。MCというやつだろう。そして僕のあんまり好きじゃない芸人がゲストだった。僕はチャンネルを変えようとした。だけど番組の内容を聞いて、思わずリモコンを置いた。

「女子大生が水着になったら~!!」

 MCが大袈裟にタイトルを発表すると文字が「バン!」と大きく表示され、ゲストがやっぱり大袈裟に「イェーイ!」と言って手を叩いた。僕は慌ててリモコンを取り、テレビの音量を落とした。


 その番組の内容はこうだ。

 MCとゲストが二人一組になり、まずはそれぞれ女性用の水着を選ぶ。そして今度は街に出て、女子大生に声を掛けてパーティーに来てくれるよう誘う。最終的に渡した水着を着てくれた女子の人数が多いほうが勝ちとなる。

 企画としてはどこか面白いのか分からなかった。とてもゴールデン向きじゃない。だけど面白さとは別の理由で、僕はその番組に釘付けになった。

 街を歩く女子たちを、MCとゲストは色んな手段を使って誘っていく。全然似てないものまねを披露したりギャグをやったりして、女子を笑わせて水着を渡す。これが「ナンパ」というやつなんだろうか。(水着を渡すのはもちろん違うだろうけど…)

 いよいよ番組の後半。MCとゲストは会場で祈りつつ、女子が来てくれるのを待つ。いつの間にか僕も四人と同じ気持ちになっていた。

 そして、ついに一人目が会場に現れる。それはナンパの時は絶対来てくれなさそうだと思っていた女子だった。僕は少し意外だった。

 女子大生が登場してくるステージにはカーテンがあり、その向こうに姿が現れる。カーテン越しのシルエットで芸能人たちはどちらの水着が選ばれたのかを予想する。僕は瞬きをするのさえ忘れていた。そして…。


 カーテンが引かれて、そこから登場した女子は黒い水着を着ていた。それと同時にゲストの前に目隠しの壁が出現する。だけど僕には関係なかった。

 水着姿の女子大生はモデルみたいにランウェイを歩いてくる。それは水着なのに、まるで下着のように。男子が決して見てはいけない、お尻やおっぱいが強調されて、とても「えっち」だった。僕は無意識に自分の股間を弄っていた。

 次々と女子大生が登場しては水着になっていく。中には「こんな水着あるの?」と思うくらいに肌を盛大に露出し、お尻をほとんど丸出しにしているものもあった。

 顔だけを画面に向けてベッドにうつ伏せになる。おちんちんを手で触る代わりに、パジャマ越しに布団に擦り付ける。自分で触るよりも気持ち良かった。

 そうして。僕はすっかりその深夜番組の視聴者になった。曜日と時間帯を覚えて、新聞を読むふりをしては番組欄を確認するようになった。だけど…。

 これまで四回、番組欄を見てみたものの。そこには「女子大生」とも「水着」とも書かれてなかった。「番組名を間違えたのかな?」と実際に番組を観てみても。MCは変わらずあの二人だったけれど、内容は「ご飯を食べたり」「罰ゲームをかけて勝負したり」というような、ゴールデンタイムの番組とあまり変わらないものだった。

 僕はがっかりした。そして大した期待もせずに番組欄を眺めていた今日。ついに、そこに興味のそそる文字を見つけた。


――女子大生の「性の悩み」相談会!!

 僕は股間がピクリと反応するのを感じた。だがそれを面に出すわけにはいかない。「落ち着け」と自分に言い聞かせて、咳払いをしたりしてみた。それから番組欄以外ほとんど読んだことのない新聞をめくった。様々な事故や事件の記事が載っている。その中で僕が興味あるのはせいぜい四コマ漫画くらいだった。だけど今はそれさえも頭に入ってこない。

 僕の脳内には、デカデカとした文字で番組のタイトルが浮かんでいた。

 果たして、女子大生の「性の悩み」とはなんだろう。僕は想像を膨らませてみた。だけど例は一つも出てこなかった。中学生男子の悩みというなら僕にだってわかる。「好きな子とうまく話せない」とか、「アソコに毛が生え始めて恥ずかしい」とか。それから…。

「女子の『おもらし』に興奮する自分は変態なのか?」

 最後の悩みは僕だけのものかもしれない。あるいはそう思い込むことこそが悩みをより深刻にし、人に話せない秘密にしていく。だけど僕の悩みについては、ひとまず置いておこう。問題は女子大生の持つ「性の悩み」とは何か、だ。


 僕は一番身近な女子大生を思い浮かべてみた。それはもちろんお姉ちゃんだった。お姉ちゃんも「性の悩み」を抱えているのだろうか。とてもそんな風に見えないし、僕は一度たりともお姉ちゃんからそんな話を聞いたことはない。それもそのはずで、そういう悩みを誰よりも知られたくない相手は家族なのだ。僕だってお姉ちゃんに、そんな相談はできない。軽蔑されるかもしれないし、お姉ちゃんに「ヘンタイ」だと思われたくなかった。

 番組の内容には見当もつかなかったけれど、それでも僕のアソコが反応したことは事実だった。そこには僕の勝手な想像があった。

――女子大生が出るということは、また水着になってくれるかもしれない…。

 僕の期待は高まった。それから夜までとても長かった。

 僕は、ハッと目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。現在の状況を思い出す。そういえば、宿題をしている途中だった。慌てて時計を見る。時刻は0時過ぎだった。危ないところだったと思うと同時に、僕のワクワクはいよいよ最大限に高められる。あと数分で番組が始まる。

 それを知ると、もはや宿題なんて手につかなかった。「一日くらい、いいさ!」と僕の中の悪魔がそう言った。これまで宿題をやらなかったことなんてないけれど、「今日だけなら…」と僕の中の天使も許してくれた。

 ワークを閉じて、イスから立ち上がる。電気を消して、代わりにテレビをつける。ベッドに潜り込んでリモコンをスタンバイして、準備完了だ。

 そして、いよいよ番組が始まる――。


 結果から言うと期待外れだった。今回もその番組に「えっち」な部分はなかった。

 水着になることはもちろんなく、悩み相談も彼氏のことについてなど、僕にはよく分からないものばかりだった。途中「Tバックを履いていて、汚れるのに困っている」という相談には少しだけ興奮したけれど、それだけだった。

 だけど、ある一人の女子大生の「性の悩み」は僕の興味をくすぐるものだった。

「エッチの時に『おもらし』してしまった。彼氏に引かれていないか心配…」

 そんな内容だった。僕は意味が分からなかった。「エッチ」という言葉の意味が、じゃない。(それくらい僕にだってわかる。近頃の中学生をナメないでもらいたい)そうじゃなくて、「なぜ『おもらし』をしてしまったのか?」ということだ。

「もんめ」のように敵に囲まれたわけじゃない。近くにトイレだってあっただろう。

 それなら普通にトイレに行けば済む話だ。恥ずかしくて言えなかったのだろうか。その気持ちは少しだけわかる。たとえば授業中。僕も何度か「トイレに行きたい」と言い出せなくて我慢したことがある。(もちろん『おもらし』なんてしてないけど)そういうことなんだろうか?


「彼に触られてたら、段々したくなってきちゃって…」

 女子大生の言葉に顔が火照るのを感じた。「触られて」というのはどこをだろう。何となくの辺りはわかる。だけど女子のそこが、僕のアソコとどう違っているのかはよく分からなかった。「おちんちん」が無いことは知っている。女子はその代わりに「穴がある」らしい。

――女子もそこを触られたら、気持ちいいのかな…?

 僕は想像する。だけど、男子の僕にはやっぱり分からなかった。

――女子はそこを触られたら『おしっこ』したくなるの…?

 それも僕には「初耳学」だった。もしそうなのだとしたら、女子というのはとても不便な生き物だ。アソコを弄るたびにトイレに行きたくなっていたら、大変だ。

「それで、イクのと同時に出ちゃって…」

 女子大生は告白する。カメラの前で、自分の失敗談を暴露する。

 テレビでそんなこと言ってしまっていいのだろうか。大勢の人が観るというのに。周りに知られて恥ずかしくないのだろうか。今さらになって、僕は女子大生のことが心配になる。

 中学生にとって『おもらし』をしたなんて秘密がクラスメイトや友達にバレたら、もう生きてはいけない。いじめられるかもしれない。


「どれくらい出ちゃったの?」

 MCが質問する。それは僕も気になるところだった。「ナイス!」と思う。

「めっちゃ出ちゃって…。普通に一回分くらい。『じょろ~』って…」

 恥ずかしそうにしつつも笑いながら答える彼女。僕は想像する。想像してしまう。女子の『おもらし』を…。

「ベッドが水浸しになっちゃいました!彼の家だったのに…」

 ベッドの上に広がる『おしっこ』。まるで『おねしょ』みたいだ。

 ふと、僕の頭の中で女子大生と「もんめ」が重なる。全く似ていない。女子大生は茶髪だし「もんめ」は黒髪だ。それに「もんめ」の方がずっと可愛い。さらにいえば「もんめ」は女子高生だ。空想と現実は違う、というのも分かっている。

 それでも。いつの間にか僕の想像は「ベッドの上でおもらしをする『もんめ』」に塗り替えられていた。「もんめ」が裸になりエッチをする。その相手は、僕だった。

 僕は興奮していた。固くなったアソコをベッドにこすりつける。僕は目を閉じて、自分の想像をオカズにした。だけど、それだけだった。

 そうしている内に女子大生の番は終わり、次の人の番になった。僕はモヤモヤしたなんとも言えない気持ちのまま、お預けを喰らうことになった。その時だった。


 ふいに玄関の方から物音が聞こえた。僕は布団に潜り込み、息を潜める。

――こんな時間に、誰…?

 僕は一瞬、泥棒が家に入ってきたのかと思った。だけどすぐ冷静になって考える。

――お姉ちゃん、だ…!!

 お姉ちゃんがバイトから帰ってきたのだ。泥棒じゃないことに、僕は一安心した。それにしても遅い帰宅だ。僕は時計を見た。もう1時前だった。

――どうせ、友達と遊んでいたんだろう。

 僕はちょっとだけ腹立たしい気持ちになる。ムカついた、と言ったほうがいいかもしれない。自分がなんでそんな気持ちになるのか分からなかった。

 中学生の僕には、門限が決められているのに?いや違う、そうじゃない。真面目なお姉ちゃんが不良になってしまったみたいな、お姉ちゃんをそんな風にしてしまったバイトが憎らしかった。


 お姉ちゃん(多分)が廊下を歩く音が聞こえた。少しずつ僕の部屋に近づいてくる。安心している場合でもムカついている場合でもなかった。僕は慌ててテレビを消して寝たふりをする。お姉ちゃんが勝手に僕の部屋に(しかもこんな時間に)入ってくるとは思わなかったけれど、それでも僕がまだ起きていると知られたら何かと面倒だ。僕は目を閉じて、お姉ちゃんが行き過ぎるのを待った。

 ゆっくりとお姉ちゃんの足音が廊下を通り過ぎ、遠ざかっていく――はずだった。だけどそれは僕の部屋のずっと前で止まった。

 僕は不思議に思った。幽霊だったのかも、とまた少しだけ不安になる。

 カチッという音が聞こえた。電気をつける音だった。僕はドアの下の隙間を見た。だけど廊下から明かりは漏れていなかった。

 ジャーという音が聞こえた。水の流れる音だ。洗面所の方からだった。

 お姉ちゃんが手を洗っているのだと思った。さすがはお姉ちゃん。帰ってきたら、ちゃんと手洗いうがいをしているのだ。(僕は言われない限りしない)

 それでも、やっぱり不思議なことがあった。


――いつまで、手を洗ってるんだろう…?

 水の音はしばらく聞こえた。石鹸で洗うにしても長すぎる。

 ようやく音が止んだ。だがまたすぐに水を出す音が聞こえ、何回か繰り返された。僕は意味が分からなかった。

――お姉ちゃん、何やってるんだろう…?

 僕の疑問は不審へと変わる。僕は気持ち悪さを感じた。同時に腹立たしさも。

――お姉ちゃんが、また僕に何かを秘密にしている…。

 そうやって、お姉ちゃんが僕の知らない他人になっていくことが腹立たしくもあり怖くもあった。

 目を開けて、ベッドから起き上がる。足音を立てないようにゆっくりと部屋の中を移動し、音がしないようにドアをそっと開けた。

 真っ暗な廊下。洗面所に明かりがついている。外灯に引き寄せられる虫みたいに、僕はその場所へと慎重に近づいていった。


――続く――

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

記事を検索