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シロフミ 2020/08/05 22:30

明楽の入学式・後編

 一度汚辱を吐き出した排泄孔は、もはやか細い力しか残ってはおらず、焼け付いたようにひくひくと蠢くばかり。ごつごつと硬く熱い塊が下着をずっしりと引っ張っている。それでも、明楽は残りわずかな力を振り絞って、階段を這うように降りていった。
 そもそも、オモラシの前にトイレに駆け込むことはすでに不可能だ。
 パンツの中にはずっしりと不快な重みがつまり、一歩動くたびにぐちゃぐちゃと言葉にするのもおぞましいほどの汚辱が股間に広がってゆく。揺るがしようのないうんちのオモラシの事実は、明楽の心をずたずたに引き裂いていた。
 だが――なおも激しい濁流が、少女の腹奥で依然猛烈に渦巻いている。これまでの排泄などただの序章と言わんばかりの、激烈な苦痛と排泄衝動が、なおも明楽を責め続けていた。
(あ、あと、半分っ……)
 手摺りに寄りかかるような格好で慎重に最後の一段を降り、明楽は2階への階段の途中、踊り場に到着した。待望の目的地――トイレはあともう半分、階段を降りきったところにある。
 だが、今の明楽にはほんの数10mの距離が無限にも感じられた。おなかの中を荒れ狂う嵐は全く収まることなく、排泄孔はぷぴっ、ぶちゅるっ、と断続的に粘液を吐き出している。
 それでもわずかな希望、おなかの中で荒れ狂う中身を出せる場所を求めて、明楽は前に進むしかないのだ。

 ぶぷっ、ぷすっ、ぷちゅっ、ぷっ、ぷ、ぷぅぅうっ!!

(やだぁ……もう出ないでぇっ……お願い、だからぁ……っ)
 泣きべそをかきながら粘つく音のオナラを撒き散らしながら、限界ギリギリの爆発危険物となったおしりを押さえ、明楽はよろめいた身体を支える。スカート越しにもはっきりとわかるほど、熱く重い感触が伝わる。自分のひり出した塊のおぞましさに明楽は低くしゃくりあげる。

 ごきゅ、ぐりゅるるっ……ごりゅ、ぐきゅるぅぅうぅ……

「は、ぐぅぅうう…っ」
(と、トイレ、おトイレっ……はやく、う、うんち、トイレ、おトイレぇ……!!)
 最後の一線で、明楽は真っ赤になって歯を食いしばり、耐え続けた。トイレまで辿り着けば、もう我慢しなくてもいいのだ。おなかの中で荒れ狂う塊を、心行くまでぶちまけることができる。
 それさえできれば、もう何でもよかった。明日からの学校生活も、憧れの制服も、もう明楽の思考には残っていない。
 最後の最後に気力を振り絞って、絶望の淵にしがみ付き、ずっしりと重いパンツを抱えながらも、明楽は全身全霊を賭して凶悪なまでの便意を堪え続けていた。
 留まるところを知らず猛烈に暴れ回る排泄衝動に対し、酷使された肉体は既に限界を迎えており、ひしゃげた排泄孔はひっきりなしに粘つく爆音を奏で続けている。

 ぶびっ、ぶちゅ、ぶびぃいいいーーーっ!!

「あぐ……っ……ぅぁ…ッ!!」
 両手でおしりを押さえ、オナラを漏らしながら、次のトイレ――排泄場所を求めて邁進する。それはまるで、体内で発生したガスを推進力に歩いているような惨めで滑稽極まりない姿だった。
「ぁ、あ、ぉ、ぅ、ぃ、いっ、」
 文字通り、身も心も強烈な排泄衝動に蹂躙された哀れな少女の唇からは意味の通らない呻きがこぼれ、食いしばった口元から堪えきれない唾液が溢れる。腸内を荒れ狂う腐った汚泥のせいで、明楽は意味のある思考もできずにいた。

 ぶす、ぶ、ぶうぅっ!!
 ぶぷっ!! ぶぉぼびびっ、ばぶっ!!

 踊り場の手すりに寄りかかった明楽のスカートの下で、腸液にぬめる排泄孔がめくれ上がり、ひしゃげてねじれ、下品な音を立て続けに爆発させる。
「ぁ、あ、っ、で、出ないで、でちゃ、ダメぇ……っ!!」
 既に、何度となく膨大な量のガスと、両手に余るほどの固形便の通過を許した明楽の排泄孔はすっかり粘膜を裏返らせて拡がってしまい、再度の排泄のための準備を着々と整えつつあった。丸いドーナツ状に収縮した排泄孔は、明楽の意志に反してガスを吐き出す。静まり返った階段には次々と少女のものとは思えないほど下品極まりない放屁音が鳴り響く。
 普段なら控えめな明楽に相応しい、色素の沈着もほとんどない楚々とした可憐なすぼまりは、汚れた粘液にまみれながらくちりと内臓の肉色をそとにはみ出させ、ぱくぱくと口を開いている。
 いまや明楽のおしりの孔は、ところ構わず悪臭を撒き散らす下劣な肉の管と成り果てていた。
「ふ、はぁ…っく、ふぅっ……」
 わずかな深呼吸にも過敏に反応し、明楽の内臓は排泄器官に刺激を伝播する。耐えに耐え続けた便意は濃縮され、毒と化した内容物が腹奥でびくびくとうねる。その様は、もはや別個の生命が宿っていると評しても支障の無いレベルだ。

 ごきゅ、ぐりゅっ、ごぼぼりゅっ!!
 ぶ、ぶちゅるっ……ぶばっ!!

 そして、そこが吐き出すのはただのガスだけに留まらない。排泄孔はまるで別の生命体のように激しく蠢き、少女のおなかの内側にに閉じ込められたごつごつと固まる中身を吐き出さんとしていた。腸音はおさまることなく、明楽のうんちの孔は体内からの圧力に屈しそうに盛り上がっては中身を覗かせている。
 必死になっておしりの孔に神経を集中し、最悪の事態だけは回避しようとする明楽だが、酷使され続けた括約筋はすっかり疲弊していた。
「うぁ……くうっ……ふぅっ」
 明楽の苦しげな吐息と共に、排泄孔がきゅうと絞り上げられる。しかし、少女が渾身の力を込めて元の形を取り戻しても、すぼまりはすぐに盛り上がり、ピンク色の粘膜部分を覗かせた。
(も、もれちゃぅ……でっ、で、ちゃうっ、またでちゃうっ、……ぅううううぅう~~っ!!!)
 分泌された腸液にぬめる肉の管。排泄孔のすぐ真上まで、びちびちにうねる褐色の粘塊がやってきている。一週間もの間閉じ込められたため、完全に腐敗して悪臭と汚辱の塊となったモノが、はちきれそうに詰まっている。文字通りの“腸詰め”状態だ。少女の小さな排泄器官を蹂躙せんとばかりに激しく蠕動する直腸は、中に詰まった異物を排除しようと柔毛を波打たせ、腹音を唸らせて排泄を急かす。
「ぁ、あっあ、あーーっ!!!」

 ぶりゅぅうっ!! ぶちゅ、びちびちびびちゅっ!!

 灼熱の塊が下着に激突する。体内で捏ね上げられた塊が狭い布地をさらに盛り上げ、ごつごつとした感触の間にぬめる粘塊を満たしてゆく。もわっとこみ上げた臭気が撒き散らされ、明楽の脚を茶色の粘液が滴り始めていた。
(だ、め、だめ、だめ……っ)
 渾身の力で引き絞られる括約筋。しかし長時間の酷使の末に疲弊したそこは、もはや少女の意志を無視して口を開こうとしていた。
 それに加勢するかのように、本来排泄とは無関係の胃袋と小腸までもが蠢いて、明楽に排泄を要求していた。
 長い間本来の役割を忘れていた少女の排泄器官は、そのブランクを取り戻すかのように活動を活性化させ、おなかの中身を絞り出そうとしている。

 ぐるぐるっ、ぐりゅるぐるるぐるぐるぐるぅっ!!

(ゃだ……でないでぇっ、……っ、うんちでるっ、でるうんちでるっ、でるぅう!!)
 かつては便秘という形でオモラシを防ぐために味方をしてくれた、直腸入り口付近の硬質便は、いまや明楽のパンツの中にずっしりと詰まったままだ。怒涛のように流れ出そうとする後続の排泄物を押さえるものは何もなく、身体の機能までもが明楽を裏切っていた。
 かすかに残された少女としてのプライドのみが、疲弊し磨耗した括約筋を引き絞り、まるで意志を持ったかのように暴れ回る排泄物をどうにか腸内に閉じこめている。少女の両手は緊張と焦燥に、知らずスカートの上からぐちゃぐちゃとパンツの中をかき回し、お尻はおろか股間までをも汚らしい茶色に染めてゆく。
 それでも激しい腹腔のうねりは天井知らずに高まり続けていた。 
「は……はぁっ、は、ぅ……、ふぅっ……うぅぅっ……」
(だ、ダメ、出ちゃう、うんち、っ、と、トイレ、トイレっ、お、とイレ、トイれぇえ……だめ、でちゃう、おうちまでがまんできないっ、トイレ、うんちといれうんちでるといれうんちうんちうんちでちゃうでるでるでるぅうっ……!!)
 不恰好におしりを押さえ、くねくねと身体を揺すり、ねじり、もじもじと脚を動かして、明楽はがくがくと震える膝を引きずって、階段を降りはじめた。苛烈な生理現象に思考を退化させた明楽の脳裏には、最も慣れ親しんだ白く清潔なトイレの便器が閃光のように焼き付いていた。
 トイレまで我慢――
 それは、今の明楽にとってあまりにも絶望的な、15段、30mという距離。
(は、はやくっ、トイレ、おトイレっ、も、もれちゃ……ダメ、ダメえっ)
 永遠にも等しい道のりを前に、明楽はまだ見ぬトイレを渇望する。
 しかし脚が言うことを聞かない。がくがくと痙攣をはじめ、動かなくなった膝が自然に折れ曲がり、いつしか明楽のブラウスの背中をびっしょりと汗が濡らしていた。



 何度も何度も猛烈な波を乗り越え、排泄孔を渾身の力で引き絞り、それでもなおぶぢゅぶぢゅと汚らしい音をパンツの中に吐き出して。途方も無い旅路の果て、明楽がどうにか辿り着いた一階のトイレは、奇跡的に無人だった。
(や、やっと、やっとウンチできるっ……)
 明楽にとって、至福、幸せの絶頂の瞬間であった。渇望し続けたトイレ、うんちのできる場所まで、なんとか被害を最小限にして辿り着いたのだ。既に重く盛り上がったパンツの中にはずっしりと排泄してしまった焦げ茶の塊が詰まっているが、それでもなお――明楽の腹は激しくぐるぐると唸りを上げ続け、体内に溜まったモノを残らず絞り出そうとうねり続けている。
 狭いトイレの中、二つだけの個室のうち、片方には小さく『故障中』の張り紙があった。
 だが、少なくとももうひとつは健在だ。開きっぱなしのドアの奥では、見慣れた白いフォルムの洋式便器が、明楽をそっと出迎えてくれていた。

 ウンチのできる場所。
 ウンチをしても良い場所。

 待望の個室、白く口を開けた様式便器を前に、明楽は壁に手をついて寄り掛かりながら、慎重に一歩ずつ進んでゆく。わずかな均衡が破られれば、途端に大惨事が引き起こされてしまう。これ以上のオモラシをパンツが受け止めきれるわけもなく、吹き出した濁流はそのまま足元に飛び散ってしまうに違いない。それだけは、それだけはなんとしても避けなければいけなかった。
 少女の身体はすでにはしたなく待ちかねた排泄への歓びにうち震え、ぐるぐると猛烈な排泄反応をはじめている。
(といれ、トイレトイレ、おトイレ…うんちでちゃう、うんちでるっ…うんち出せる…っ!!)
 既に恥じらいを失いつつある明楽の心は、ようやく訪れた排泄の機会に歓喜を奏でる。もう我慢しなくてもいい。そう考えるだけでぞっとするほどの解放感が少女を包み込む。
 しかし、同時にその安心感は、明楽の排泄器官に油断をもたらしていた。

 ぶびっ、ぶびぃいーーーっ!!!

 ごぼりっ、と腹奥で不快な感触が湧き上がったかと思った瞬間、明楽の排泄孔がびちびちと激しい音を立てた。教室の広い空間ではなく、トイレという限られたスペースに散布された悪臭は先程の比ではない。個室を前にしてさらに活性化した明楽の排泄器官は、ほとんど本当の排泄と同じような状態で濃縮されたガスを吐き出していた。

 ごきゅるるるるるるぅっ!! ごろっ、ごぼっ!!

「――ぁあはぁああっ!!」
(っ、だ、だいじょうぶ、まだ出てないっ、お、オナラしちゃっただけ……っ)
 咄嗟に押さえたスカートのお尻、下着の中にぶつけられたガスの塊が、下着にへばりついた粘液をぶじゅぶじゅと攪拌する。もはやオモラシという事実は確定でありながら、明楽は被害の拡大を押さえ込むため、便意の二次災害を必死に腹奥にねじ込んでゆく。
 そんなささいな感傷は許さぬとばかり、下腹部のうねりがひときわ大きく似え滾る。灼熱の塊が、明楽のおしりを覆う下着のすぐ下でのたうつ。
 どうしようもない生理現象の猛威。荒れ狂う衝動に突き動かされ、泣きべそをかきながらも、明楽は個室のドアへとよたつきながら入っていった。
 しかし。

 ぺぢゃっ。

「え……?」
 踏み出した足が妙な感覚を踏む。タイルの上に大きく広がる水溜りに、上履きが沈んでいた。
 そして明楽は、鼻をつく悪臭の原因が、自分だけではないことを悟った。
 ぱくりと口を開けた洋式便器――便座まで持ち上がった白いトイレは、その縁ぎりぎりまで汚れた汚水で満たされていた。真っ黒に汚れた便器が限界まで汚水を湛え、さらに溢れた汚水はタイルまでも汚している。
(う、ウソ……)
 信じられない光景に、明楽はしばし言葉を失う。
 トイレは故障していた。誰かが、利用した際に水を詰まらせてしまっていたのだろう。排水は流れずにタイルまで溢れ、便器どころか個室まで歩み寄ることも難しいほどに汚れている。
 よしんば辿り着いたとしても、この状況のトイレでうんちを済ませるなど、叶うわけもない。
「い、いや……ぁ」
 か細い声で、明楽は悲鳴を上げる。目の前にすっと真っ暗な幕が下りたようだった。
(と、トイレ、壊れて……つ、使えな……っ、こ、こんなに、我慢したのに、我慢してるのにぃっ……うんち、だっ、出せないの……っ!?)
 びくびくと引きつる消化器官の反乱に、明楽はたまらずに膝を折ってしまった。力の入らない腕は低くなった姿勢を支えきれず、少女はそのまま便器のまん前にしゃがみ込んでしまう。
(――ぁ、あ、ダメ。ぅ、あ、あっ!!)
 しゃがむ、という姿勢。
 脚を開き、腰を落とし、おしりをわずかに持ち上げて、排泄孔を下にしたその姿勢は、ちょうど和式便器にまたがる格好。つまりもっとも原始的な排泄に適した姿勢だ。

 ぶぷっ、ぶぷすっ、ぶびっ!! ぶりゅぶぶぶっぶぼぼっ!!

 既にガスの音は、本当の排泄とほとんど区別がつかない。濃密に圧縮された腹圧のせいで、まるで個体のように強烈な放屁が繰り返されているのだ。明楽本人にも、まだ『ミ』が漏れていないのかは判断できなかった。
「ぁああうっ、あああああぉああぁっ、」
 それはもはや、排泄と何ら違いはない。物理的に中身を押しとどめているとは言え、激しく蠕動する直腸と内側から捲れ上がる排泄孔は、延々と排泄器官をなぶられているのと同じ事だ。
 しかし、実際に排泄が行なわれない以上、明楽の苦しみはいつまで経っても途切れることはない。一度不調になった腹腔が、異物を吐き出すことなく再びおさまることなどありえないのだ。
 ぶりゅ、ぶばぼっ、ぶびびびびぃーーっ!!
 ぱくり、とひらいた少女の排泄孔から、隠しようもない猛烈な爆音が鳴り響く。
 朝からの活発な排泄活動によって、新たに発生したガスが放出されていたのだ。膨れ上がった下腹部を少しでも楽にするため、少女の身体は積極的に擬似的な排泄行為を繰り返す。
 だが、これらの原因となっているモノを出せないのなら、それは無意味どころか悪循環だった。
 ぐいと突き出されたおしりは、まるで不恰好なアヒルのよう。もっとも危険な体勢をとる明楽の制服のスカートの下で一週間に渡って少女の腸内で腐敗し、練り上げられたガスの塊が、猛烈な勢いでほとばしる。唸る重低音で排泄孔を惨めにひしゃげさせながら、小さなおしりをぎゅっと押さえ、明楽は便座を掻きむしった。
「ぁっあ、ぁっあぁうぁっ」
 もはや嘆きは言葉にもならない。吹き荒れる猛烈な便意の嵐が、少女の理性を打ち砕く。これからまた立ち上がり気力を振り絞って便意を堪え、他のトイレまで向かう――それがどう考えても不可能な行為であることは、明楽も理解していた。
「だ、めぇ……っ」
 明楽を襲う便意の激しさを物語るかのように、少女の下腹部は激しく波打ちつづけていた。もはや疑いようもなく、明楽はこれから始まる決壊の時を耐え切ることは不可能だ。
 これほど激しくガスを排出しても、まだなお明楽のおなかはまるで収まる様子を見せなかった。ぐるぐると唸る獣のような腹音が、固形の内容物を明楽の下腹部の底へと集めてゆく。
 わずかな力だけで支え続けられている、小さな排泄孔に。
 既に明楽の下半身は便意に占領され、植野明楽という少女は、ただ出てしまいそうなうんちを我慢するためだけに存在しているといっても過言ではなかった。
(も、もう、今日から、中学生、なのにっ……)
 ぎゅっと閉じた瞼から涙が滲む。
 ひっきりなしに唸り続ける下腹部が、ごぼりごぼりとうねり、蠢いて、下品な重低音を何度となく響かせる。
 1週間前――月をまたいで、まだ明楽が小学生だった時から溜まり、くすぶり続けていたおなかの中身が、明楽をオトナにすることを阻止するかのように暴れまわり、少女を苦しめる。
「ぁ―――」
(やだ、だめ、だめ、だめっ、だめぇ、だめぇええッッ!!)
 びくりと盛り上がった排泄孔が、とうとう絶望に屈する。明楽が、ここでこのままうんちをしなければならないことは、避け得ない。

 ぶっ、ぶぅうーっ!! ぶびっ、ぶちゅぶぶぅうっ!!
 ぶじゅっ、ぶぶぶぶびぶぢゅっ!!

 ひしゃげた排泄孔が吹き上げるオナラが、その開幕となった。
 濃密なガスの排出で下着の中身が撹拌され、また粘液にまみれた便塊が下着の中に産み出された。地獄の蓋もさながらの激しい悪臭が当たり構わずに炸裂する。
 猛烈な便意が一気に少女の腹を駆け下る。
 本来なら七日間、七回以上に分けられて排泄されるはずだった分が、一度にダムを破壊し溢れ出したのだ。一週間お通じのなかった明楽の脱糞がたったこれだけで済まされるはずがない。明楽の腸内で荒れ狂っていた便意のもとは、まだ姿を見せてすらいなかった。

 ぶっ、ぶすっ、ぶりゅぶばびっ!!

 めくれ上がった排泄孔が激しい屁音をヒリ出す。これから始まる壮大な排泄を予告するように高らかに鳴り響いた下品極まりない音に、明楽は声を張り上げた。
「やだあっ……うんち、でちゃう……うんち、うんちでちゃだめっ、がまんしたのにっ、ずっとがまんしたのにっ、うんち、うんちでちゃう、でるぅう……っ!!」
 せめて。
 最後の最後に残った少女のプライドに縋り、明楽は下着を掴んで引きちぎらんばかりに引っ張り、汚れきったお尻を露にする。凄惨なまでに汚れきった下着の中から、べちゃ、と溜まっていた汚辱の塊が足元の汚水に落ち、飛沫を立てる。

 ぼとっ、べとぼちゃぼととっ!! ぶびっ、ぶぢゅぶぶぶぼっ!!!

「ぁああぅうっ……ぁあああああっぁ、っ」
 明楽の悲鳴もよそに、ごぶりと吐き出された硬質便の塊が、圧倒的な質量を爆発させた。下着の隙間には収まりきらない大量の極太の便塊が、直接、汚水まみれのタイルの上にヒリ出されてゆく。
 ガスの排出とは比べ物にならない、なろうはずもない。
 猛烈な腹痛と排泄欲求で、明楽はもうまともな言語すら発せられなかった。ぐっと食いしばった歯の隙間から、だらしなく唾液がこぼれ落ちる。

 ぶぶにゅみちみゅちっ、ぶぶぴっ、みちゅみちっ、ぶりゅうぃいっ

 今度は、硬質便とも違う感触。栓の役目を果たしていた排泄孔直下の巨大な塊が排泄されたことで、その奥に順番に詰まっていた排泄物が次々に押し寄せてくる。直腸を満たすのは、いつも明楽がトイレで済ませているのと同じ、程良い硬さを保った焦茶色の粘土細工だ。
 ただし――その量は桁外れに違う。1週間分の食物を溜め込み続け、とうとうそれを排出する機会を得た明楽の排泄器官は、この機を逃さずありったけの中身を絞り出そうとしていた。
「ひぐぅっ……!!」
 圧倒的な質量でこね回される排泄孔から、小さな孔を限界まで押し広げ、ついに第3派の排泄が到来した。
 汚れたおしりをひくつかせ振りたてながら、明楽は押し寄せる汚濁を塞き止めようとわずかな抵抗をした。せめて少しでもトイレの奥へ進もうとするのだが、しかし下腹部を支配する便意は少女になけなしの羞恥心を守ることすら許さない。

 ぬぬぶっ、ぶびっ、にちゅみちゅむちっににゅっ、ぶびぶぼばりゅうっ!!!

 茶色の軟体動物が、体液を撒き散らし、下着を引きちぎって明楽の身体の中から這い出してゆくかのような光景だった。伸びきったゴムの隙間からうねうねとのたうつウンチが溢れ、明楽の脚の間に積みあがってゆく。汚らしい排泄音を撒き散らしながら、明楽の下半身に汚れが蓄積してゆく。下着の隙間からつぎつぎと野太い茶色の塊が押し出され、床にべちゃべちゃと転がった。
 次々と産み落とされる恥辱の塊が、少女の心を完膚なきまでに切り刻んでゆく。
「ぁ、あっ、あふっ、く、ぐぅっ……」
 なんとか排泄をとどめようと腰をくねらせる明楽だが、腹痛に悶え排泄の解放感に震える下半身は何度となく絶頂へと突き上げられるばかり。むしろその行為は自分自身が吐き出した汚辱の塊が積み上げられた山を左右に拡げるだけだった。
 トイレの一面を覆う汚水の上、みるみるうちに焦茶色の山が積みあがってゆく。
 その間にも、腸液に覆われることで抵抗を無くした塊が、ぐねぐねと少女の小さな排泄孔を押し広げてゆく。
 可憐な少女の腹部で捏ね上げられ、貯蔵されていた悪臭を伴う焦茶色のオブジェは、前衛芸術とばかり複雑な形をこねくり回し、間抜けな放屁の音を伴って乙女のプライドを叩き壊すようにひりだされる。 生命活動の終着点、たとえ生涯愛する相手でも晒したくは無いと誓う、恥辱にまみれた排泄行為。
「やだ……ぁっ……」
 たとえようもない程の悪臭と、まるでこの世に地獄の蓋が開いたかのような惨劇。泣き崩れる明楽の耳に、さらに信じられない光景が映る。
「ね、ねえ……」
 いつの間に時間が来たのか、トイレの前には何人もの少女達が立っていた。一様に顔を青褪めさせ、ぎょっとした表情で大きく距離をとり、明楽を睨んでいる。トイレの入り口近くの床にしゃがみ込み、大量の汚物を足元に積み上げてなお排泄を続けようとしている明楽と――床一面に広がる汚水の水たまりを。
「ぁ……」
 きゅう、と明楽の心臓が跳ねた。
(や、やだ……っち、違うの、ち、ちが……っ)
 この状況で、汚水まみれになって故障したトイレと、そのすぐ前で制服を派手に汚し、猛烈な脱糞をしている少女――本来無関係なはずのふたつを、切り離して考えるのは不可能だった。
「うそ……なによ、こんな所で何やってんのアンタ」
「うわ、信じらんないッ!!」
「こ、これあんたがやったの? ねえ!?」
 ざわつく少女達の詰問に、明楽はすうっと気が遠くなるのを感じた。
「あ、ち、違、っ……あくぅぅあ!?」

 ぎゅるるるっ、ぎゅるっ、ぐりゅるるっ、ごきゅるぅうぅる!!!

 腹部を駆け抜ける荒々しい衝動は、明楽が気絶することすら許さない。
 いや、もしそうでなくとも、トイレの入り口にしゃがみこみ、踏ん張ったままの少女に弁解の余地があっただろうか。
 羞恥と混乱に幼児化した思考で腰をくねらせるも、便意は止まらない。続けて腹奥がうねり、ギュルルルルルルッという激しい異音を伴って、第4派、第5派の排泄が押し寄せる。
 既に弁としての役目を失った明楽の排泄孔は、そのまま直腸に殺到した撹拌された粘液と、排泄物が混ざったものを激しく地面に吹きつけてしまう。主人の意に添わぬとは言え、何度となく汚辱を吐き出して排泄の準備の整った下半身は、荒れ狂う排泄衝動のままにありったけの中身を吐き出した。
 めくれがった排泄孔を貫く固い感触と、みちみちと音を立てて少女の足元に山積みになる焦げ茶の塊。熱量をごっそり失った排泄孔はぎゅうと収縮し、便意の第3派の成すがまま半粘性の排泄を繰り返してゆく。
 惨めにひしゃげた音を繰り返しながら、吐き出された大量の汚物が大きくとぐろを巻いて外にこぼれ落ち、昇降口に焦げ茶色の汚辱を撒き散らしてゆく。長い間腹痛を我慢し、直腸の蠕動に内容物を撹拌されて分泌され、溜まった腸液がまるで浣腸と同じような役目を果たし、激しく収縮した排泄孔から勢い良く飛び出して廊下に飛び散る。
 1週間以上前、ちょうど3月の最終日。明楽が、まだ小学生だった頃に食べたものが、実に200時間近くにも及ぶ長い長い熟成期間を経て、オトナの仲間入りをしたはずの明楽に屈辱のオモラシを強○している。
「ち、ちがうのっ、違うのぉっ……見ないで、見ないでぇえっ!!! あぐ……ふぐぅうぅっ……ぁああああ!!!!」
 無数の軽蔑と侮蔑の視線の中、明楽はもはや取り返しのつかない屈辱をどうにか押さえこもうと必死だった。

 ぶぷっ、ぶぴっ、ぷぴぴっ、

 うんちが止まらない。文字通り、おなかが壊れてしまったかのようだった。
 ひくひくと蠢いては下品なおならを繰り返し、盛り上がった明楽の排泄孔がにじみ出る腸液を撹拌する。直腸で分泌された粘液が蠕動を促し、少女に屈辱的な排泄姿勢を強○する。ぶじゅぶじゅと漏れ出るガスの連続音は、少女の直腸が圧倒的な質量に半ば占領され、限界を迎えつつある事を示していた。少しでも内部の容積に余裕を作るため、腹圧に負けたガスが自然に漏れ出しているのだ。
「ぁあああああうぅぅっ!!! また、またでるぅ……でちゃぅ…っ!!!」

 ぶびっ、ぶりゅっ、びりゅりゅりゅりゅっ、ぶじゅぶぢゅぢゅるるるびちゃっ!!
 ぶじゅぶばぶぼっ!!ぶぶぶぼごぼぶぼぼぼぼりゅーーっ!!!!

 裏返った声で次の便意を訴え、排泄を予告した明楽のおしりで、激しい腹音が轟いた。
 今度は激しく土石流のような半粘性の塊が吹き出す。量も匂いも圧倒的で、積み上げられたうんちの塊をそのまま押し流さんばかりだ。これらは明楽が過剰に摂取した便秘薬の薬効によるもので、排泄器かんの遥か奥に詰めこまれていた分になる。
 だが、まだ終わらない。明楽の屈辱の排泄劇は、こんなもので終わるわけがない。何のために今日一日を耐え抜いてきたのか。
 ――そう言わんばかりに、固形から液状、ありとあらゆる形状、色彩、悪臭のバリエーションを保ちながら、明楽の排泄は続く。
「やだ……もうやだぁ……っ」
 断続的に絞り上げられる消化器官。顔を真っ青にして明楽はおなかを抱えこみ、沸き起こる便意を抑えこもうとする。
 再度、激しい腹のうねりとともに、どぱぁと半粘性の塊が激しくトイレの中へ叩き付けられる。今日一日、明楽の下腹部から悪臭が撒き散らす原因となった大元の汚辱が吐き出された。
 すでに一人で立っていることも叶わない明楽は、成す術なく転び、自分の排泄物で汚した床の上に派手にしりもちをついてしまう。長い我慢でスカートは膝の上まで捲れ上がり、ぐちゃぐちゃと小さなおしりが足元にうずたかく積みあがった汚濁を掻き回す。
 あまりにも異様な排泄。ただのオモラシでは片付けられない大量脱糞に、周囲の生徒達も言葉を失っていた。トイレですればとか、せめて物陰でとか、我慢しろとか、そうした言葉では片付かない光景だ。常識では考えられない途方もない事態が、圧倒的な説得力をもって眼前に繰り広げられている。
 排泄と言う自然の摂理に弄ばれ、記念すべきオトナへの第一歩を踏み出した日に、訪れたあまりに不幸な少女の運命。――それを望む者がいる限り、この悲劇は終わらないのだ。
「あ、あ、あ……」
 およそ、20数分に渡って。明楽の排泄孔はいつまでもぱくりと開き、そこから悪臭を伴う塊を吐き出し続けた。




 (了)

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シロフミ 2020/08/05 22:28

明楽の入学式・中編

(あ、開いたっ、わたしの番だっ…!!)
 弾かれるように、明楽は飛び出していた。中に入っていた子が出てくるよりもはやく個室に駆け寄って、ほとんど押しのけるようにして中に飛び込む。いきなりのことに相手が『きゃっ』と小さく驚きの声を上げるが、すでに明楽には個室の奥にあるうんちを済ませるための場所しか見えていない。
 個室に入るなりドアを乱暴に締め、後ろ手にがちゃり、と鍵を落とす。
(は、はやくっ……しなきゃっ……、で、でちゃうっ)
 周囲からの視線を高い壁に遮られ、小さな密室となった個室が完成する。薄桃色のタイルと、しゃがんで使用するタイプの和式便器。
 そこは紛れもないトイレ、うんちをするための場所。明楽が、自分を苦しめ続ける腐ったお腹の中身を排泄することを許された、秘密の花園だった。

 ぷ……ぷうっ、ぷすすぅっ……

(ま、待って、まだダメっ……!!)
 待望のトイレを目の前にして、先走った排泄器官が敏感に反応する。排泄孔がぷくりと盛り上がり、下着の奥で可愛らしいオナラの音が響く。おしりの孔を必死に締め付けて、もう今すぐにも始まってしまいそうな排泄をぎりぎりのところで抑え込み、明楽は震える指先で下着に手をかけた。
「――それにしてもさ。すごかったわよね、さっきの」
「もう……やめてよその話。思いだしちゃうじゃない。気持ち悪い」
「ホント臭かったよねー」
(っ……!?)
 ドア越しにもはっきりと届く少女達のお喋りの中に混じった、聞き逃せないフレーズを聞いて、反射的に明楽の下腹部がきゅうっと縮みあがる。
「なに考えてるのかしらね、あんな時にオナラとかって信じられなくない? トイレ行けばいいのに」
「音もすっごかったよぉ? ぶびびびびー、なんつって」
「やっだ、下品だってばっ」
「ぶぶぶぅーっ……あっはははっ!!」
 物真似に反応した少女達が一斉に笑いだす。それはおそらく、明楽の仕出かしたガスの放出の口真似だ。実際はその大半がかすかな音しかない、いわゆる『すかしっ屁』だが、彼女達は犯人が分からないゆえそれを大袈裟に表現していたのだ。
 だが、明楽の放出してしまったガスの量は確かに大量であり、悪臭もそれに勝って凄まじいものだったのは確かだ。
「ホント誰なんだろうね、アレ」
「さあね。でもさ、あたしだったら絶対あんなところでできないわよ? もう失格でしょ、女の子としてさぁ」
「言えてる。あんなのして平気なんだったらいっぺん死ねよって言いたいわね」
「笑い事じゃないってば。前の席の子、最初わたしがしたと思ってこっち睨んでるのよ? 誰だか知らないけどふざけんなって感じ」
(ぁ……っ)
 よくよく注意すれば、そのその声のいくつかには明楽も聞き覚えがあった。教室で明楽が聞いたもの――そして、明楽をたしなめたポニーテールの少女のものだ。
 蒼白になる明楽を、低く唸る下腹が責め立てる。

 ぐりゅるるるぅ……

(ぅ、あっ、あ、やだっ、やぁあっ……)
 下着の中にまたもぷすっ、ぷすぅとガスを吐き出して、明楽はへっぴり腰になりながらお腹を押さえ込む。むぁっと込み上げる自分の臭気に、少女は真っ赤になって俯いた。
「ホント信じらんない。ふつー、中学生にもなってあんなオナラできないって。子供じゃないんだからさぁ。我慢しろって感じ」
「ってかアレもう漏らしちゃってたんじゃないの? あんな臭かったんだし」
「言えてるー。ねえ、その子何食べてるのかな。やっぱ腐ったゴハンとか?」
「生ゴミじゃないの?」
「あははっ、ひっどーい」
(や、やだ……っ)
 彼女たちもドア一枚を隔てた向こうにその張本人がいるとは思わないのだろうか。明楽を傷つけるには十分すぎるほどの、あまりに理不尽で暴力的な言葉の群れが次々と並べられてゆく。晴れの入学式で途方も無い悪臭を撒き散らした惨劇の『犯人』の顔が見えないことが、かえって彼女達の非難を際立たせていた。
「だってあたしの身にもなってよ。すぐ目の前ぽかったのよ? もう臭くて臭くて。毒ガステロなんてもんじゃなかったんだから。ふざけんなって感じ」
「幼稚園とかならわかるけどさぁ。いい歳してちゃんとトイレ行けよって話よねぇ」
「きっと毎日オモラシしてるんだよ。ああいう子ってさ」
「あはは。かわいそー」
 応じる少女達の――恐らくは、明楽と同じ教室で学ぶであろう、クラスメイト達の無遠慮な笑い声。
 明楽はぎゅっとおしりを押さえ、ぐるぐるとうねる下腹を抱え込みながら、じっと小さく身を丸める。
(ダメ、出ないで、でちゃだめぇ……っ!! き、聞こえちゃう……!!)
 灼熱に滾るガスが激しく前後する腸の中身は、どう考えてもおとなしく外に出てくれるとは思えない。一度や二度音消しの水を流したところでとてもごまかせるものではないのは明らかだった。ひとたび排泄が始まってしまえば、暴力的なまでの直接的、間接的な被害を周囲に撒き散らすのは明白だ。
 加えて、ここのトイレは、なんとも巡りの悪いことに和式だった。排泄物が水に沈む洋式ならば防げたはずの悪臭が、そのままダイレクトに外に拡がってしまう構造なのだ。
(……っ)
 確かに女子トイレの個室は外からは隔離された見えない密室だが、一見頑丈な四方の壁も、安全と管理の問題上から上下部分に大きな間隙をつくっており、物音も匂いも遮るものはない。
 つまりは、ここでうんちを始めてしまえば、その瞬間に明楽がナニをしているのか、いまトイレ入っている生徒達にもはっきりと伝わってしまうのだ。

 ぐりゅりゅるるるぅ……

 激しく下腹がうねる。蠕動を繰り返し圧力を高める下腹部が、その中身を吐き出そうと少女に訴えかける。
(……無理だよぉ……っ、ここじゃ、……うんち、できない……!!)
 目の前に、やっとうんちを済ませることのできる場所が、切望していたトイレがあるというのに。非情にも現実は明楽に排泄を許さなかった。
(がまん……がまん、しなきゃ……)

 ごろ、ごろろるっ……ごきゅう……

 あまりにも不穏にくねる排泄器官の蠕動を、ぐっと飲み込むように下腹部を押さえながら。明楽はとうとう諦めてドアの鍵を開ける。形だけ流した水の音が、まったくその必要のない、綺麗なままの便器の中を洗い清めてゆく。
 より一層排泄欲を刺激する個室をあとに、明楽は足早にトイレを立ち去った。



入学式を終え、初めて顔を会わせるクラスメイトたちが互いに自己紹介をし、これからの学校生活を語り合う。部活のこと、学校行事のこと、授業のこと、テストのこと。なにもかもが初体験ばかりの期待と希望に満ちた学校生活。
 担任の教諭がまだ到着していないため、どこか緊張を孕みながらも、穏やかに弛緩した雰囲気が教室には満ちていた。明楽が教室に戻った頃にはまだ皆真面目に席についていたのだが、15分もすると雑談が始まり、いまはすっかり騒がしくなっている。すっかり打ち解けた女子グループの数名は、早速これから放課後にカラオケに行こうと盛り上がっている様子だった。
「………っ、ふ……」

 ぐきゅ……ごりゅるるるっ……

 しかし、明楽の身体はそんなリラックスした雰囲気の対極に置かれていた。
 少女はひとり、クラスの喧騒をよそに押し寄せる激しい便意と戦っていたのだ。
(は…やくっ、でちゃうぅっ、はやく、うぅっ……)
 ひっきりなしに唸り続ける下腹。濃縮されたガスと固形の内容物、そして分泌された粘液が撹拌され、出口を塞がれた明楽の腸内で暴れ続けている。
 せっかく辿り着いたトイレでも解放を許されなかった、内なる猛烈な衝動。
 もはやこれは百人中百人が認める、激しい便意だった。
 一週間をかけて貯蔵された腹腔の中身を、容赦なく引っ掻き回すとめどない蠕動。明楽は椅子の上に腰を浮かしては息を荒げ、座板におしりを押しつけてぷくりと膨らむ排泄孔を渾身の力で引き締める。
 少女の意志を無視して高まる腹圧で押しだされんとする内容物は、明楽の直腸、排泄孔のすぐ真上まで迫っている。うんちができないならばせめてガスだけでも放出して楽になりっておきたいところだが、クラスメイト達が席を寄せあったこの状況ではそれすらも許されない。
(ぅ……はぁっ…くぅぅっ……)

 ぐぎゅ……きゅるるっ、…ぐりゅぅう……

 体内で蠢く不気味な駿動。ふっくらと膨らんだ少女の下腹部は、骨盤に伝播する危険な震動を伴って激しさを増しながら、じわじわと下降を続けている。朝の自宅、通学途中のコンビニ。入学式後、ほんの10分前の体育館横。いずれのトイレでもできなかった排泄作用が、いま、この教室の片隅で再現されようとしていた。
「く……ぅぁっ……」
 きりきりと高まる腹圧に耐えかねて明楽が腰をくねらせた途端、ごぼっ、と腐敗発酵したガスが体奥から湧き上がった。
 突如直腸で膨らんだ猛烈な屁意に明楽は小さく悲鳴を上げる。
(っ!!! だ、だめっ、出ちゃダメぇ……っ!! が、がまん、がまんするのっ!! しなきゃダメえ……!! っ、お、おなら……みんなにっ……ひっかかっちゃうっっ……)
 すぐ後ろには、明楽と同じように席に座り、ホームルームを受けているクラスメイトがいる。その鼻先のすぐ前で濃密なガスを吐き出すなど、決して許されることではなかった。明楽はあらゆる感覚を総動員して苦痛に耐える。
 腹腔の内部で暴れまわる内容物は、液体・固体・気体が渾然一体となった混沌の排泄欲となって、少女の可憐な排泄孔に殺到する。一週間の熟成を経て暴れだした猛威が少女の小さな下腹部には到底納まりきるわけもなく、明楽の恥ずかしいすぼまりはぷくりと盛り上がり、少女の意思に反して内側に溜まった汚辱を放出しようとする。

 ぷ、……ぷ、っす……ぶすっ……

(出ないでぇっ、で、ない、でぇえっ!!!)
 机の角を握り締め、ぐいぐいと腰を揺すり、おしりを椅子に押しつける。それでも完全には抑えきれない悪臭が、断続的に明楽の腹の中から漏れ出てゆく。
 わずかに盛り上がった排泄孔からくちくちと吐き出される汚臭を振り払うこともできず、明楽は固く身体を硬直させたまま、荒れ狂う下腹部の猛威が過ぎ去るのを待つしかない。どうか気付かれないようにと必死で祈りながら、生涯最悪の苦痛に抗おうとする明楽を嘲笑うように、腹音はさらに激しさを増した。

 ぐるるっ、ぐぎゅうるるるるっ、ごぼぎゅるるるうっ……

「ぅ…は……く……ぅっ……!?」
 今度はなりふり構っている場合ではなかった。獰猛に唸り続ける下腹部をさすり、脚の間に押し込んだ手でスカートを掴み、明楽は両手を使い、身体の奥からやってくる絶望に抵抗する。全身の力を込めて排泄孔を締め付け、汚辱の暴発を防ごうとする。しかし高まる便意は天井知らずに激しさを増していった。
(うぅくっ、あ、だめっ、出ちゃダメっ、がまんっ、がまんするのぉっ……っっ!!)
 声にできない悲痛な叫びを噛み締め、明楽は恥も外聞かなぐりすてて抵抗する。しかし出口のすぐ前で荒れ狂う便意が、乙女の繊細な心を無慈悲に引き裂いてゆくばかりだ。
(あ、あっ、ぅ、ぁ、ぅ、……~~っ!!)
 腹腔が直接ねじられるような容赦のない蠕動。蠢く内臓が自然の摂理に従い、明楽にこの場での排泄というもっとも恥ずかしい行為を促してくる。びく、びく、と突っ張る脚が宙に浮かび、爪先が床を擦る。
 悲痛な叫びと共に、少女の身体はしばし我慢の山脈の頂きで硬直し、やがて緩やかに弛緩していった。

 ごぼ……ごぽっ……ぐる、ごきゅう……っ

 無限にも思える長い絶望の時は、不意に訪れた異音で終わりを告げた。
 必死に閉ざされた孔の奥で、荒れ狂う猛威が鈍い音を立てて、ゆっくりと腹奥へと戻ってゆく。直腸の熱い塊が腹腔の奥へ引き返す不快感と共に、明楽は溜め込んでいた息を吐き出した。
「はぁ……はぁっ……」
 全身全霊を賭した我慢劇は、ひとまず明楽の勝利で終わったのだ。極限の緊張からいっときの解放を許され、肩で大きく息をついて汗ばんだ手のひらを握り締める明楽。
 しかし、激しいうねりこそ治まったものの、不気味に唸り続ける少女の腹奥には、まだ張り詰めた違和感が残っている。蠢く蠕動は腸璧を活性化させ、さらなる粘液の分泌とガスの発生を促成させる。一度稼動した消化器官がほどなく前にも増して熾烈な第二派をもたらすことは火を見るよりも明らかであった。
 だが、極限の戦いを強いられて疲弊した明楽は、わずかに与えられた安堵と休息の時を貪るように、机の上にがくりと体を倒したのだった。
(もうやだ……なんで、こんな……)
 涙を滲ませながら、己の不運を呪う明楽。体育館を出たときにちゃんとトイレができていれば、こんなことにはならなった。いや、せめてガスだけでも十分に放出していれば、少しは楽になっていたかもしれない。そもそも、家を出る前にちゃんとトイレを済ませていさえすれば済んだこどなのだ。
 きちんとトイレにも行けない――トイレのしつけすらできていない自分。新しい学校に通うのに、そんな小さな子供でも当然のことができない自分を、明楽は恥じていた。
 だが――彼女を苛む運命は、さらに容赦なく少女を追いこんでゆく。
 不安定にぐるぐるとうねる下腹部を庇いながら、明楽は泣き言を繰り返すしかできなかった。
(お願いっ……おさまってよぉ……)
 そんな少女の願いもすでに虚しい。すでに排泄衝動はどうしようもないところまで来ており、明楽はそれに乙女の頑張りだけで抗っている状況だった。
 いったんは治まりかけた腹音は、ほとんど間を置かずすぐに活性化を再開する。クラスメイトに囲まれた中で失敗はできないと、緊張を強いる環境に耐えかねて均衡を崩した下腹部は猛烈な蠕動に支配され、一触即発の状況を続けていた。
 腹腔を上へ下へと蠢くうねりが何度となく危うい境界線を脅かし、最悪の事態を引き起こそうとしていた。
 下腹に当てられた手のひらにはっきりと伝わる下腹部のうねり。腹腔を掻き回す濃密なガスと、それに連動してこね回される固形物の蠕動が、明楽の身体から容赦なく体力を奪ってゆく。
 少女の体内奥深くでゆっくりと蠢く消化器官の蠕動。猛烈な便意を誘導する身体作用は、一週間もの間果たされていなかった排泄という作用を明楽の体内に要求する。

 ぐきゅるるっ、ぎゅるごろろごろごろっ、ごぼっ!!

「……ゃ、ぁあっ……!?」
 大きなガスの気泡が直腸へと流れこみ、ごぼりと激しく破裂した。
 立て続けに牙を剥いて襲い掛かってくる排泄衝動。暴れ回る腹腔の唸りは見る間にすさまじい勢いで膨れ上がり、少女の小さな双丘の谷間、恥かしいすぼまりに殺到する。
(だ、だめっ、したくなっちゃダメっ、ダメ。ダメなのっ、出ない、出ないでぇ…っう、……ぅああっ…やだっ、ぁあっ、おなか……トイレ、トイレぇっ!!)
 渇望するトイレに立つことも、椅子を引くことすら許されない激烈な排泄欲の前では不可能に近い。反射的にもう一方の手で机を握り締め、椅子の上にわずかに浮かせた腰に力をかけ、全身ありったけの力で排泄孔を引き締める。
 ぼこん、ぼこんと下腹部が脈動する。消化器官の蠕動にあわせ、一週間、七日もの間にぎっしりと詰め込まれた内容物が腸内の粘液に包まれてねっとりと前後運動を始めているのだ。またも濃密なガスが直腸に押し寄せてくる感触に、明楽はぐったりと俯いた。
(やだ、おなら、おならしたいっ……こんなのヤダっ、やだぁ……っ)
 暴れ回るおなかを必死になだめながら、明楽は小さくしゃくりあげる。
(でちゃう……おなら、また出ちゃうよぉ……)
 無論、明楽が本当に出してしまいたいのはオナラではない。
 しかし、トイレにも行けず、漏らしたくもなければ、わずかずつでもガスを出すしかない。そうして少しでも腹腔をなだめるほかの選択肢は残されていなかった。
 繰り返される蠕動運動は凝り固まった排泄器官をじわじわと揉みほぐし、長い間の便秘ですっかり忘れ去られていた排泄機能を活性化させている。
(だ、だめ……)
 何かにすがるように、明楽は机の端を握り締めた。じっとりと汗をかいた手のひらがぬるぬると不快な感触を示す。たとえどれだけ我慢を続けても、明楽のおなかに詰まった中身が消えてなくなることはないのだ。
 下着の下でぽこりと膨らんだ明楽の下腹部では、腸の中で水分を吸われ固まった固形物がぐねぐねと蠢いている。さらにその奥では、まだはっきりとした形を持たない大量の排泄物が腐った泥のように渦巻いていた。

 ごきゅぅううう……

 明楽が下腹部の重みを再確認したそのとき、激烈なうねりが腹奥からお尻のすぐ真上へと沸き起こる。それは激しい爆発の予兆だ。狭い直腸の中で、蠕動を伴った粘膜が激しくくねり、大きなガスの気泡が立て続けに弾ける。すでに限界まで内容物を詰めこまれた直腸に、怒涛の勢いで圧縮されたガスが流れ込んだ。
「っ―――!?」

 ごぽっ、ぐきゅ、ごぷりゅぷっ。
 ぷ、ぷっ、ぶぴっ、ぶりゅぶぴぷぷぅっ!!

(ぁ、だめ、ダメっ、だめぇっ!!?)
 圧倒的な密度と質量、それをも超える速度で込み上げてきたガスを抑え込むため、明楽は全身を鉄のように硬直させ、圧力の集中する排泄孔を渾身の力で絞り上げる。しかし、少女の意思とは別に蠢く排泄器官はそんな抵抗をやすやすと押し砕き、熱い衝撃が直腸粘膜を突き破って弾ける。限界まで括約筋を引き絞られ、収縮しながらも内圧にひくひくと震える少女の小さな排泄孔。そのわずかな隙間を貫いて、瞬く間に汚らしいガスの塊が外へと排出される。

 ぶぶりゅっ、ぶすっ…ぷぅっ!! ぶぶりゅぶぉびぴいぃッ!!

 クラスのざわめきを掻き消すかのように、猛烈な放屁音が響き渡る。
 その激しい音に誰もが呆気に取られ、一瞬、教室の中に奇妙な沈黙が落ちた。
「ぁ……や、……っ」
 喉から飛び出しそうな悲鳴を抑え、明楽はぎゅっと目を閉じた。
「っ……!!」
 二つ隣の席で、がたんと机を揺らして女性とが飛び退いた。
 同時に、明楽の周囲の席から数名の生徒が次々と立ち上がる。それに呼応するかのように、まるで空気を塗り替えるかのようなすさまじい悪臭があたりに巻き起こった。
 ざわめきは瞬く間に蘇り、あっという間に教室全体を包み込んだ。窓際に駆け寄った生徒の一人が窓を全開にし、隣の生徒がそれに倣う。
「うわッ……ちょ、なによコレっ…!?」
「うぷ……ね、ねえ、これって……さっきの」
「ウソぉ……さっきのってひょっとしてウチのクラスだったの? ……止めてよもう……最悪っ……下品すぎっ」
「何食べたらこんなになるワケ? ……ねえ、そっちの窓も開けてっ!!」
 これで通算3回目となるガスの放出だった。
 しかも回数を経るごとに悪臭の度合いは増している。これは活発な排泄器官の蠕動によるもので、明楽の身体が本人の意思を無視してどんどんと排泄の準備を整えていることの証左であった。
 突発事態の毒ガステロに騒然となったクラスの中で、明楽は羞恥と下腹部の苦痛に動くことができず、ただぎゅっと身を縮こまらせる。
(で……でちゃった……っ)
 言葉にすれば単純な、けれどそれどころでは済まされない最悪の事態。
 これからの一年を共に過ごしてゆくクラスメイト達の前で、汚辱の塊のようなガスを排泄してしまった明楽。これはもはや決定的な事態といっても良かった。
 だが――
「っ…………」
 顔を背け、眉をよじりながらもクラスメイトの視線は周囲をぐるぐるとさ迷い、明楽を特定するには至らない。まだ見知らぬ顔が多いことや、雑踏の中で席を立ち歩いていた生徒も多く、誰が犯人なのかまでをはっきりと理解した生徒はいなかったのだ。
 騒然となるクラスの中で、これまでの友好ムードは一転。猜疑に満ちた視線が教室を飛び回り、毒ガステロの犯人を見つけ出そうとする。
 となりのグループでは、疑心暗鬼に陥った生徒のグループがそれぞれに顔を見合わせて、突如訪れた大惨事の犯人が自分ではないことをアピールしあってていた。
「ねえねえ、今の……」
「ち、ちがうって。何言ってんの? もう、あははっ!!」
「私じゃないってば。もう、誰よいまの!?」
「あのさ、ひょっとしてあの子じゃない……?」
「ホント? 信じらんない……朝からずっと……?」
「ウソぉ……」
「え、ちょっと待ってよ、違うわよ!?」
 ちらちらと周りを窺いながら囁き交わすクラスメイト達。もちろん表立って認めるわけにも行かず、皆が軽蔑を滲ませながらも、赤く染まった顔を俯けている。犯人を特定できないゆえに明確な非難にはならない澱んだ敵意が、不穏な空気を加速させてゆく。
 そんな中――
 明楽は、少しでもその非難の声が遠のくように願いながらただじっと沈黙を貫き、必死になって下腹部の衝動と戦っていた。
「くぅぅッ……」
(お願い、おさまってぇ……い、いまはだめ、“今”だけはだめぇ!! ……ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから……ッ!!)
 全身全霊をかけて排泄孔を絞り、我慢に総力をそそがねばならない明楽にできることは、そうやって祈ることだけだった。泣きじゃくりそうになるのを必死に堪え、じっとじっと身を固くして、猛烈な便意がわずかでもおとなしくなってくれることを願う。
 あれだけのガスを吐き出してなお、明楽の下腹部はぐるぐるとうねっている。少女の膨らんだ腹腔に溜まるガスは活性化を続け、すぐにも今と同じかそれ以上の規模の第2、第3の茶色い悲劇をもたらす予感を色濃く感じさせていた。
(おねがい……っ)
 それはもはや無駄な行為にも思えた。
 だが、もはやこの哀れな少女には、入学式早々、教室でのオモラシという恐怖の前に祈るくらいのことしか許されていなかったのだ。
 そして――
 はたしてその祈りが通じたか。
 途方も無い精神力で耐え続けた明楽に根負けしたかのように、きりきりと激しく蠢いていた下腹部が、わずかに緩む。ほんのわずか、休まることのない大荒れの狭間に生まれたささやかな休息がやってきたのだ。
 ゆっくりと安堵の息を漏らす明楽。手のひらにはじっとりと熱が篭り、背中は嫌な汗をかいてシャツをべっとりと肌に張りつかせている。
(は……っ、は……っ、く……)
 どうにかほんの少しだけ産まれた余裕に、肩を震わせ息をする明楽。
 緊張していた全身がわずかに弛緩し、じわりと汗を滲ませた。
 だがそれも一時のこと。すぐにまたそれを上回る猛烈な大波が押し寄せるだろうことを明楽は悟っていた。
(い……行かなきゃ…トイレ、…お手洗いっ……)
 ぎゅっと唇を噛み、明楽は覚悟を決める。
 次の発作にはきっと耐えられないであろう事を、明楽は本能的に気付いていた。少女として最悪の結果を迎える前に、一刻も早く排泄を済ませてしまわなければならなかった。
(いまならきっと空いてるし……ちょ、ちょっとくらいなら、外に行っても気づかれないはず……!!)
 まだ相手の顔もはっきりと解らない新入生クラスであったとしても、ここまであからさまな状況の中で机にしがみ付いたまま動こうとしない明楽は、あまりにも不自然で怪しすぎる。そのためのカモフラージュにもなるはずだった。
 わずかにできた余裕を最大限利用すべく、明楽がおなかを庇いながら慎重に席を立とうとした、その時。
 がらりと教室のドアが開いた。
「よーし、席に着け。遅れて済まんな」
 姿を見せたのは、クラスの担任である男性教諭。出席簿と大量のプリントを抱えて登場した担任の姿に、クラスメイトたちは慌てて席に戻る。
「えー、静かに、静かに。ちょっと予定が遅れているんでこのままホームルームに入るぞ。すぐ終わるから席につけー」
 手慣れた風に教卓に付いた教諭は、明楽のことなどお構いなく、教室内を見回してそう宣言した。
 またもトイレに行く機会を奪われて、少女の下腹部はきゅぅと差し込むように鈍く痛む。
「ぁ……っ」
「……ああ、その前に少しだけ休憩にするか。トイレなど行っておきたいものは今のうちに行っておきなさい」
 教諭の声に、しかし1-Cのクラスメイトは誰一人立ち上がろうとしなかった。
 誰の胸にも、入学式と教室の中、立て続けに3度にも渡って毒ガステロを引き起こした誰かの存在が強くこびり付いている。このタイミングでトイレに立てば『ずっとうんちを我慢していた犯人』にされかねなかった。
 多感な中学生の少女達が新生活の最初の日に、そんな後ろ指をさされることに耐えられるわけがない。
「なんだ、誰もいないのか? ……じゃあこのまま続けよう。いいな?」
 もう一度窺うように教師が教室の中を見回す。
 しかし、一度できてしまった『トイレには行けない雰囲気』の中でそんなことをしても逆効果でしかない。
「よし、じゃあまずプリントを配る。前から回して、足りなければ後ろで調節しておきなさい」
(あ……ああ…っ)
 まさに最悪のタイミング。明楽がトイレに辿り着くための最後の機会は、こうして失われてしまっていた。浮かせた腰が、すとんと椅子の上に落ちて、また明楽の下腹をぐきゅぅうるるる……と唸らせる。
 今なら、トイレはさっきの時よりもずっとずっと空いているはずだ。明楽のおなかがどうしようもなく壊れてしまっていたとしても、誰もいない個室で、回りを気にせずすっきりする事ができるはずだった。
(かみさま……っ)
 長い長い、果てしない我慢の末、やっと訪れた千載一遇のチャンスを前に、明楽は黙ってそれを見過ごすしか許されなかった。


 ◆◆◆


「よし、全員プリントは回ったな? 3枚目の……」
「先生、足りませーん」
「っと……おや、済まん、こっちにあるんで取りに来てくれ」
 机の上のプリントの束を漁ってから、教諭が説明を続けてゆく。一年の行事や注意、早速明日から始まる授業、教科書の配布。てきぱきと進められていく初日のホームルームは、明楽の耳を右から左へと通り抜けてゆく。
(っ……おさまって、おさまってよぉ……っお願いぃ……っ)
 12歳の少女が強いられるにはあまりに過酷な排泄衝動。ほとんど治まることもないそれは、断続的に激しい腹音を響かせ、猛烈な便意を叩きつけてくる。痛いほどの羞恥を感じながら、言うことを聞かないおなかを必死になってさすり、明楽は再度の発作が起きないよう祈る。
 だが……
「は…っ、はっ、はーっ、はふっ、はぁっ」
 ぎゅるぎゅるとねじり上げられる下腹部のうねり。もはや蠕動と呼ぶこともはばかられるような排泄器官の脈動は、まるでそこにひとつの生き物がうねっているかのようだ。
 一週間にも渡って蓄積されてきた排泄物は、汚らしいガス音を響かせて少女の腸内で暴れ回る。
 ぷぴっ、ぷぴゅ…ぶるっ、と絶え間なく音を漏らし続ける排泄孔はひっきりなしに盛り上がり、直腸を限界まで拡張して押し込められた中身を吐き出そうとする。

 ぐるるるぎゅるるるっぐぐううぅ、ごぽっ。

「うぁ……く、ふぁ……」
(おトイレ……うんち、うんちぃ、でちゃうっ……)
 全身全霊、思考の一片たりとも余すところなく総動員して、明楽は腹奥から込み上げてくる凶暴な排泄衝動に抗う。それでも時折我慢しきれずに漏れ出してしまうガスが、ひっきりなしにヒクつく排泄孔ではしたない音を立てる。ひり出されるモノはもはや気体だけとは言いきれず、明らかにガス以外の熱く湿ったなにかを吐き出すような汚らしい音を伴っていた。

 ぶぷっ、ぶぴりゅるっ!!

 そのたびにこの世のものとは思えない悪臭を漂わせる明楽は、だらしなく排泄孔が緩むたび、懸命に身体をよじってその腐臭を散らそうとしていた。
 少量ずつとは言え、自制をなくして立て続けにガスを漏らしてしまっている明楽のお腹は、もはやこのまま排泄をはじめてもおかしくなかった。すっかり柔らかくなった排泄孔はわずかな刺激だけで下着の中に汚らしい茶色の塊を吐きだそうとしている。

 ぷぷっ……ぷすっ……ぷちゅるっ……

 腸粘液でぬめる排泄孔はその内側の肉色が解るほどに盛り上がり、粘膜部分を外気に晒している。長時間酷使されてすっかり赤くなった腸粘膜はじんじんと疼き、むず痒さを伴って排泄欲を助長させている。
 ぱくぱくと口を開く排泄孔は、明楽が溜め込んだ排泄物を溶かした粘液をじわりじわりと漏らし、ぷちゅぷちゅと茶色い泡を立て、明楽の下着に隠しようもない茶色の染みを作っている。
 汗でぐっしょりと湿った感触のせいで、明楽はその汚れが何によるものなのか理解できずにいた。
「っは、……っふっ……っふ……」
 きりきりと高まりながら断続的に打ちつけられる排泄欲を堪えるたび、明楽の背筋がくねり、腰が揺れ、ぎゅっと閉じられた脚が硬直し、体重を乗せられた椅子がぎしぎしと軋む。
 額に首筋に汗を滲ませ、ハンカチを握り締めて息を詰める様子はまるで出産を控えた妊婦のような有様。しかし明楽が耐えに耐えておなかの中に抱え込んでいるものは、新たな生命などというモノとは正反対の、穢れた存在。溜め込んだ食物のなれの果てがこねくり回され、腐り果てた残りカスだ。
(やだ……なんで、なんで、わたし……っ……今日、入学式だったのに……っ、今日から、もうオトナ、なのにっ……)
 きちんとトイレに行くこともできず、、きちんと我慢もできない。うねる下腹部がまるで自分の未熟さの証のようで、すでに明楽のプライドはズタズタだった。
 とにかく一刻も早くこの場所から解放されて、うんちを済ませたい。おなかの中のうんちを残らず出してしまいたい。そのことしか考えることができない。
(ぁ、あッ、ダメッ!! ッで、でちゃ…うぅぅ……ッッ!!!)

 ぷ、ぷちゅっ、ぷちゅるッ……ぷすっ、ぷぅぅ……

 またも悪臭を撒き散らす明楽の排泄孔だが、当の明楽はそんな状況に構う余力がない。直腸に硬く詰まった便塊が孔内部にとどまっていることが、明楽の唯一のオモラシへの免罪符だ。
 すでに疲弊した括約筋はとうの昔に限界で、いつ力尽きてもおかしくない。わずかに緩んでガスを漏らす刺激さえ危険なものだ。ほんの少しでも油断すれば、たちまちのうちに下劣な卑肉の管と成り果てた明楽の排泄器官は、小さなおなかの中に辛うじて留めている汚辱の塊を残らず吐き出してしまうに違いない。
 蠕動運動で程良くこね上げられた直腸が折りたたまれては引き伸ばされ、次々と粘液にまみれた固形のうんちの塊が押し寄せてくる。もうこれ以上入らない場所に無理矢理ごつごつとした塊を押し込まれ、まるで排泄孔を犯されているかのような有様だ。
(ぁ、あっあっ、ま、待って、ダメ、だめぇ……)
 なるほど確かに、幼い排泄孔を襲う排泄衝動はいつ果てるとも無く明楽を蹂躙し続ける。教諭の話も上の空で、明楽はいつ果てるともない恥態を繰り広げていた。
「っ、ふ……ぁ」
 腹奥に猛烈な便意を飲み込んで、明楽はぎゅっと堪えていた息を吐いた。ごりゅるるぅっ、とガスが逆流する不快感に耐えきれず、身体を弛緩させる。
「ねえ、あなた?」
 不意に聞き覚えのある声がして、明楽は俯いていた顔を持ち上げる。
 そこには、入学式で明楽の隣に座っていたポニーテールの少女の姿があった。
「……えっ」
 いきなり話しかけられて、明楽は呆然と間の抜けた声をあげてしまう。
 まさか、彼女に自分の惨状を知られてしまったのでは――そう考えた明楽の背筋が冷たくなる。
 ポニーテールの女生徒は、吊り目気味の視線をさらに険しくし、怪訝なものでも見るように明楽を睨む。
「どうしたの? さっきから――具合でも悪いの?」
 まるで、そんなに辛いのにどうして自分でなにもできないのかと、そう蔑むような言葉。
 瞬間。

 ぐりゅっ、ごぼごぼぼっごきゅるるるぅううううっ!!

(あ、ぁうぁあっ!?)
 不意の緊張を強いられた自律神経に反応し、明楽の下腹部で激しい蠕動がたて続けに巻き起こる。うねる腸壁が一度は奥に押し戻された中身をこね回し、少女の排泄孔目掛けて再度押し寄せた。
 あまりにも早い第二派の到来緊急警報に、油断し無防備なところを晒していた明楽の下腹部はあっという間に占領されてしまう。ぼこぼことうねる濃密なガスの塊が熱い衝撃となって直腸で煮え滾る。
 急激な蠕動運動に腹腔が大きくよじれ、猛烈な便意が明楽の排泄器官に襲いかかった。

 ぐごっ、ごきゅるるるるぅぅっ!!

「ぁうぅう……っ!?」
 耐えきれないほどの下腹のうねりに身体を大きく曲げて、腹を押さ込んでしまう明楽。ポニーテールの少女が眉を潜める。
「ねえ、ちょっと?」
「っ、う……うぐっ、うっ、っ!!」
 気付かれぬように。不審がられぬように。それだけを考え、必死に言葉を継いでゆく。
(ダ…ッ、ダメ、ダメダメぇ……っ!! 出ちゃダメっ、ガマン、がマンんっ、ガまンんんん…~~ッッ!!)
 腹の中でダイナマイトが爆発したような心境だった。しかし、まさか春菜の目の前で脚をモジつかせたりおしりを押さえることができようはずもなく、明楽は渾身の力を込めて排泄孔を締め付ける。
 それでもわずかずつ漏れ出す汚辱のガスは、小刻みに震える少女のスカートの中に茶色の芳香を漂わせてゆく。
 そして、にち、にち、と押し出される硬く押し固められた焦げ茶色の塊が、明楽の小さなすぼまりを無理矢理こじ開けてゆく。灼熱の感触と共に拡張される排泄孔に、明楽は小刻みに震えながら声にならない悲鳴を上げる。
「っ……~~ッッ、んッッ……っ!!」
「ねえ、ちょっと、どうしたの? やっぱり具合悪いの? そうなら早く保健室に――」
 机を握り締め、前傾姿勢になったまま動けなくなってしまった明楽。もはや猛烈な便意のなすがまま蹂躙させるしか道は残されていない。

 ごりゅ、ごぽぽっ。

「あ、あっ」
 耐え切れず、明楽の恥ずかしいすぼまりがぷすっとガスを吐き出す。
(あ、くぅぅぅ……っ!?)

 ぶっ、ぷ、ぷっ、ぷぅっ、ぷぅうっ……ぷぴっ、ぷすっ……

 滑稽にすら聞こえる断続的な放屁。蠕動する直腸のうねりがそのままお尻の出口へと繋がり、明楽は少しずつおならを漏らし続ける。そのわずかな放屁でさえ、周囲にははっきりと悟られてもおかしくないほどの悪臭を生んでいた。
 一週間……まだ小学生だった時から少女の腹腔に溜め込まれ、腐敗し続けたガスはまるでおさまることを知らない。
 いまやおそらく明楽の下着は言い訳のできないほど汚れているだろう。
 少女の意思を無視して、朝から続く下腹部のうねりは腹腔を余すところなく侵し、無慈悲に蹂躙を繰り返していた。繰り返される蠕動にはまだ消化作用を終えていない内容物も追加され、ごぼごぼと腐った泥のような濁流も身体の奥で渦巻いている。
 少女の直腸がこねあげた塊は、明楽の必死の我慢すら突き破り清純を汚そうと暴れつづける。
(っ、おなかイタイ……やだよぅ……っ、やだよぉ……)

 きゅるるるるるっ、ぐきゅううぅう……

 まるでそこに別の生命が息づくかのように、明楽の下腹部が蠢く。少女の消化器官の終点に向けて排泄物がのたうちながら降り下ってゆく。
 腹圧が高まり、内容物を押し出そうと蠕動を繰り返す。
 思わず足を止めてしまいながら、ごぼごぼと蠢く便意を堪え、明楽はスカートの上からさりげなく下着を掴んだ。
 ぎりぎりのところで踏みとどまろうとした明楽の我慢は――
「ちょっと、ねえっ!! トイレ? だったら早く行ってきなさいってばっ」
 小声で囁かれた苛立ちの混じる声に、限界を迎えた。
「っっ――――!?」
 薄い下着一枚に守られた少女の可憐な下腹部の奥底で、内容物を吐き出そうと肉の管が暴れ回る。 
 うんちを、がまんする。
 いまや明楽の意識は、たったそれだけのために存在しているといっても過言ではなかった。恥も外聞もなくおしりを押さえ、最悪の事態だけを必死に先延ばしにしている。
 長時間の我慢を強いられた少女の括約筋は焼きついたように熱を持ち、盛り上がった排泄孔はほんのりと薄紅色に変わっている。猛烈な便意に蹂躙された少女の幼い孔は、じくじくと痺れて甘いむず痒さを伝播させる。断続的に巻き起こる排泄衝動は意志を無視して消化器官を支配し、生命活動の残り滓を小さな孔から絞りだそうと蠕動を繰り返す。
 そして、
「――先生、植野さんがトイレです!!」
 ポニーテールの少女が、教室にはっきりと聞こえるような大きな声でそう叫んだ。
 明楽の意識が真っ白に塗りつぶされる。それだけは、絶対に知られてはいけなかったのに。
「なんだ、さっき言わなかったじゃないか……まあいい、早く言って来い」
「っ……ち、違……」
 明楽は必死に否定しようとしていた。しかし、トイレという単語に少女の下腹部は過敏なほどに反応してしまう。反射的に腰を浮かせかけた明楽の双丘の隙間で、ぷくぅ、と排泄孔が盛り上がる。

 ぐきゅぅぅっっ、ぎゅるごぶっ、ごぼぼぼっ、ぶぷっ!!

「ぁああうぅぅううぅぅぅうううぅうぅっ!?」
 汚らしく澱んだ濁流が下水に流れこむかのごとき下品な音を立て、明楽の下腹部が激しくうねった。排泄器官と一体化した腸内の蠕動は、ダイレクトに明楽のおしりの孔を直撃し、土石流のように渦巻く便意を爆発させる。
 辛うじてその役目を果たしていた括約筋が弛緩し、おしりの間に張りついていた下着のなかにぷぢゅ、ぷびゅるっと粘液混じりのガスを吐き出す。
(で、でちゃう、でちゃうだめでちゃううんちでちゃうぅうぅうっ!?)
 激しく蠕動を繰り返す直腸は、分泌された腸液を混ぜ合わせ、固まった内容物を捏ね上げてゆく。ぼくん、と脈動する下腹部はまるで神聖な出産の時のように激しく蠢いている。だが、少女の体内にあるものは命の芽生えでも何でもない。ただの食物の残り滓でしかない。
「ちょっとぉ、マジで? さっきのもあの子?」
「ねえ、あの子そうよね? 入学式ですっごい臭いオナラしてたの、あの子じゃない?」
「うっそぉ、まだ我慢してたの? ……あれって、大きい方だよね?」
 ひそひそと囁き交わされるクラスメイトの非難。隠そうともしない少女たちの囁きを、明楽の耳ははっきりと捕らえてしまう。
「ひょっとしてもう漏らしちゃってんじゃないの?」
「まさかぁ……いくらなんでも、この歳になってそれありえないって」
「でも、ほら……」
 明楽は耐え切れなくなってぎゅっとおなかを押さえた姿勢のまま動けなくなってしまう。そんな明楽に追い討ちをかけんばかりに、腸が不気味に蠕動し、明楽に排泄を訴える。

 ぎゅるぎゅるるるっ、ぐぎゅうううううっ……!!

「だめ、ぇええええ……っ!!!」
(こんなところでウンチなんか、だめ、っ、だめえええっ!!)
 びくん、と伸びた明楽の太腿に緊張が走る。伸ばした指で恥も外聞もなく排泄孔を押さえ、震える膝と腰は、すでに獰猛な排泄欲をなだめることすら満足にしてくれない。
 喉がカラカラだった。明楽の排泄孔は一秒間に何度も盛り上がり、その中身をぶちまけようと伸縮を繰り返す。辛うじて決壊を先延ばしにできていることも奇跡に近かった。
「ぁあうああああっ!?」
 猛烈な便意が下腹部で爆発する。同時に疲弊した括約筋が惨めにひしゃげた音を立て、腸液に粘つく放屁音を連発させた。

 ぶっ、ぶすっ、ぶちゅっぷぷっ、ぷぅうーーーーっ!!

「っ!!!」
 音程はずれのトランペットを思わせる、間抜けなほどの放屁音が、教室に響く。
 教室に一斉に警戒が走った。
「や………ち、違うのっ、その、違うの!! わ、私っ、わたしっ……!!」
 とっさにおしりを押さえ込む明楽だが、構わずガスは漏出を続け、辺りにはむせ返るほどの汚臭が撒き散らされてしまう。耐え切れなくなったクラスメイトが机を揺らして席を離れ、距離をとる。
「ぃ、ぃやぁああああっ……」
 絞り出すような悲鳴を上げ、明楽は机に突っ伏した。
(で、……出ちゃった……す、すごく臭いの……いっぱいっ……)
 この世界でこれ以上はないというくらいの、汚らしく穢らわしい毒ガス。それは明楽が自分の身体の中で作り出したものだ。自分の不始末が、言い訳の聞かない自分の身体がひり出した最悪の汚染物質だ。
 どこか他人事のような認識は明楽がその事実を認めたくなかったからに他ならない。思わず二の足を踏みたくなる程の悪臭、明楽のおなかの中の凄惨な状況をありありと知らせる腐臭の最前線で、ポニーテールの少女がはっきりと不快な表情を浮かべ、顔を背ける。
「や……ぁ……ち、ちがうの、こんな、ちがうのぉ……」
 堪えようもない程の恥辱。明楽は舌を噛み切りたいほどの羞恥に、俯いて泣きだしてしまう。
 しかし、明楽を襲う悲劇はそれだけにはとどまらなかった。
 うねる下腹部はさらに立て続けに爆発し、極限の均衡が乱された。

 ――ぐる、ぎゅるっ、ごぼっ!!

 S字結腸の収縮と共に、腹奥に押し込められていた便塊が一気に押し出された。すでにまったく余裕の残されていない直腸が、強○的にねじ込まれる焦茶色の塊に占領される。
(―――ぁ、あ、あ、あっ、あーっっ!!)
 明楽の思考が、汚らしい汚辱の土褐色に染まる。
 生理現象と排泄の摂理にともなって、びくりと裏返った排泄孔がスカートの下で粘つく音を立てた。

 ぶちゅ、ぶびっ、ぶぶぶっ!!

「ぁあああ、ぁ、ぁっ、あ、ぁっ!!」
(で、っ……でちゃ、っ!!)
 盛り上がった排泄粘膜を震わせる激しいガスの放出音に続いて、圧倒的な灼熱感が明楽の下の穴をこじ開けてゆく。酷使された括約筋をして感じ取れる、途方もなく太く大きな固形の感触。
 ぎちぎちと、排泄孔を丸く押し広げ、ドーナツ状の括約筋を限界まで拡張する黒々とした塊。消化の果てに水分を限界まで吸収され、粒子状になって固まった硬くごつごつとした焦げ茶色の塊が、少女のおしりの孔のすぐそこまで降りてきた。

 みちゅっ、ぷぷ、ぷぷぷすっ、ぷすすぅっ……

 小さなガスの放出を繰り返しながら、激しい運動に反応し、腹腔が活性化する。盛り上がりを繰り返した明楽の排泄孔が、ついにぱくりと口を開いた。
 その奥から腸液に塗れた硬い内容物が、湯気とともに頭を覗かせる。
(だ、だめっ、出ちゃダメえッ!!!)
 明楽はなりふり構わず、指先で顔を覗かせたうんちの頭を押さえ込んだ。
 思い余った明楽は、下着の上から、直接、吐き出されようとしている汚辱の塊を無理矢理おしりの中に押し戻そうとしたのだ。
(こんなところで、ぜっっったいに、だめえぇっ……)
 漏らすまいというただ一心で、明楽は排泄という大自然の理すら否定しようとしていた。
 かちかちに固まった便塊が、明楽の手と下腹部の蠕動に挟まれてぐちゃりと潰れ、下着の中で捲れ上がった排泄孔が小さなおならを繰り返す。明楽の腹の中には七日にも及ぶ便秘の産物がぎっしりと蠢いており、排泄器官はその全ての内容物を吐きだそうと蠕動を続けているのだ。
「や、やぁ……だめ、だめぇええ!!!」

 ぬぬぬ…にち、ぬちぬち、にちにちちちっ、ぬちゅっ……

 排泄衝動に突き上げられ、白く柔らかな排泄孔が、粘液の助けを借りて大きく拡張されながら、ぬちぬちと音を立てて硬い塊を絞り出してゆく。身動きできない少女の白いお尻を引き裂くように固形の便塊が次々と顔を出し、パンツの中へと吐き出されてゆく。
 お尻を包む布地をべっとりと汚して、重く沈む熱い塊の感触に、明楽は悲鳴を上げた。
「ぁあっ、はっ、だめ、ダメぇ、だめえっ、だめえええええっ!!」
(う、うんち……でちゃった……オモラシ……やだっ、もう、オトナなのにっ……)
 もはや明楽は一人の少女というよりも、うんちを我慢するためのひとつの機械だった。もじもじとくっつけられた脚も、おなかとおしりをきつく押さえる手も、全て望まない排泄を耐えるために動いている。その機能も酷使され疲弊し消耗し、完全には機能をしていない。
「はぐっ……うぅう……」
 のたうつ下腹部を抑制し、激しく腰を使いながら便意に抵抗する明楽。
 びくびくと跳ねる腰は前後左右に動き、少しでも迫り来る便意を押さえようともがく。
 担任の教諭も、クラスメイトも、誰もが言葉を失って遠巻きに明楽を見ていた。まさか本当に、教室の真ん中でうんちを始める生徒が居るなんて想像もしていなかったのだろう。
「っ、いいから、我慢できないなら早くトイレ行きなさいっ!!」
 口元を手で覆いながら、明楽の傍にただ一人残ったポニーテールの少女が叫ぶ。
 明楽は耳を塞ぎ暴れだしたくなっていた。無論、下り続ける腹がそれを許すわけがない。まるで張りついたようにお腹とおしりに伸ばされた手は動かない。
「ぁ……ぁ」
「お腹、壊してるんでしょ!? はやくトイレ行ってきなさいっ!!」
 ぼうっと霞む頭の中で、明楽はぶんぶんと首を振った。
「で、っ……だめ、違うの…」
「何が違うのよ!! もう漏らしてんじゃない!! なんで早くトイレ行かないの!? 早くっ!!」
(ち、違うの、ちゃんと……行こうとしたのっ、うんち、ちゃんと、トイレまで、ガマンっ……っあ、あうぅうあうっ!?)

 ぬちゅぶちゅ、ぶっ、ぶぴっ、ぷぅ、ぷすっ、ぷっ……
 ぶっ、ぶびゅ、ぶりゅぶびぶちゅぶぶぶぅっ!!! みちゅみちちちちぃ…ッ!!

 排泄孔を大きく押し広げ、さらなる排出の第2派が進軍する。下着の上からでもはっきりと解るほどのごつごつとした感触は、紛れもない明楽自身が溜めこんだ食物の残り滓。
 すさまじい悪臭を撒き散らしながら。明楽は両手をスカートの上からお尻に押し当て、排出されたばかりの塊を伸びきった排泄孔の中に無理矢理押し戻そうとする。
 しかし、腹腔がうねり引き絞られ、暴力的なまでの便意を伴って吐き出される塊を押し戻すことはかなわない。すっかり裏返って内臓の肉色を覗かせた排泄器官は、一週間と言うモラトリアムを許していた排泄物を残らず絞り出さんとのたうった。
「はぐっ……っ!!」
 白く柔らかな布地を汚染し、ヒリ出された巨大な便塊は大蛇のように折れ曲がり、重なり、ずしりとトグロを巻き、明楽の下着を膨らませてゆく。焦げ茶に染まった下着の中心部が大きく盛り上がり、そこからぷすぷすとガスを伴った汚辱の塊がはみ出した。
 分泌された直腸粘液がぴゅるっと吹き出し、下着の隙間から脚を伝い落ちる。
 途方もない悪臭が広がり、スカートを黒々と染める明楽のオモラシに、一斉に生徒たちが悲鳴を上げた。
「ぅ、う、あ……」
 沈黙の支配した教室の中、明楽はのろのろと中腰のまま、席を立った。
 ぶちゅ、ぶちゅ、と汚らしい音を立てる下半身を抱えながら、亀のような歩みで教室を横切ってゆく。明楽の行く手を避けるようにクラスメイトの人垣が割れ、明楽は死ぬよりも辛い恥辱の中、教室のドアに辿り着いた。
「ひぐっ!!」

 ぶぶ、ぶびっ、ぶりゅぶちゅぼっ!!

 途端、捻り上げるような腹部の蠕動とともに明楽の排泄孔を強烈な便意が貫いた。お尻を押さえたままびくっと背中を伸ばし、直立不動となった明楽は、歯を食いしばって第3派の排泄を堪える。
「っは、はーっ、はぁあーっ、はぐうぅう……っ」
 口元は開いたまま、よだれが唇から零れ落ちる。蹂躙され続けた下腹部は取り返しのつかないほどに汚れ、悪臭にまみれ、少女の一番大事な部分まで侵食をはじめている。
 前屈みのまま排泄音を響かせる明楽を遠巻きに見ながら、クラスメイトたちが囁きあう。
「ちょ、ちょっと、ねえ、誰かトイレ連れてってあげなよ……あれ、絶対間に合わないってば……」
「や、やぁよ!! あんた行けばいいじゃない。途中で漏らされちゃったらどうすんの?」
「私だってイヤだってば!! オモラシの後始末なんてなんで手伝わなきゃ…・・・」
(もうやだ、もうやめてよぉ……っ、ごめんなさい、ごめんな、さいっ、……謝りますから……ちゃんと、トイレ行けなくてっ、ごめんなさいっ……)
 心無いクラスメイトたちの言葉に、明楽のプライドはずたずたに引き裂かれていた。
 新しい学校、新しい生活、その基点になるはずのに晴れの入学式の、その当日に――惨めにも我慢できずうんちを漏らし、ひり出した排泄物にパンツをずっしりと重くしてしまう――
 まして、これから1年を共に過ごすはずのクラスメイトのみんなに鼻が曲がるほどの猛烈な悪臭を何度も何度も浴びせ掛け、それですら飽き足らずとうとう中身まで漏らしてしまった。
(き、嫌われちゃう……こんなことする女の子なんか……絶交されちゃう……よぅ……)
 今すぐ、この場で死んでしまいたいと思うほどの激しい後悔と恥辱。クラス中に、いや、学校中にうんちを漏らしたことを知られて、明日からどうやって生きていけばいいのだろう。それすらももう解らない。
「さあ、早くッ!! トイレ、階段の隣にあるから!!」
 走ってきたポニーテールの少女が顔を背けつつドアを開けてくれる。明楽はもうお尻から手を離すこともできなかった。歩くだけでパンツの中にうずたかくトグロを巻いて詰まったウンチが溢れてしまいそうで、それを抑えるのに精一杯なのだ。押さえ込んだスカートの下で、ぐちゅぐちゅと想像したくない汚辱に満ちた音が響く。

 ごきゅるるるりゅっ、ぐぼっぼっ、ぶぷっ!!

 ○問のような腹音はいまだ衰えることなくうねっている。さらに吐き出されるであろう恥辱の粘土細工が、張り詰めた直腸にみちみちと詰まっている。
 背中にはクラスメイト達の明らかな蔑視の視線。何度も襲い来る発作を辛うじて耐え、明楽はがくがくと震える脚を引きずり、おしりを押さえながら教室を飛び出した。



 (続)

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シロフミ 2020/08/05 21:53

明楽の入学式・前編

 ぎしっ、と洋式便座が軋む。
 両足をぐっと床に押しつけ、おなかを両手で揉みながらおしりに力を篭める。下腹部の奥底にずぅんと横たわ重苦しい感触を、無理矢理下のほうへと押し込む。
「ふぅうんっ……」
 鼻にかかった声が漏れ、気張った両足がぴくぴくと引きつる。
 膝にかかったスカートがくしゃりと皺になり、むき出しの間っ白なおしりのふっくらした丘の隙間で、小さな孔がぷくっと膨らんで盛り上がった。
「んんっ……んっ……~~っ……」
 洋式便座の上で息を詰め、真っ赤になって、明楽はおなかに力を入れ続ける。
 ぎゅっと握り締めた手のひらに汗が滲み、硬く張り詰めたおなかが痛くなってくる。
 しかし、そうやって少女がどれほど気張ってみても、鈍く澱む下腹部はまるで目立った反応を見せず、とうとう息が続かなくなってしまうのだった。
「っ、はぁ、はぁ……はぁっ」
 詰めていた息を吐き出すと、お腹に篭っていた力も抜けてゆく。強張っていた足をトイレの床に投げ出して、明楽は荒くなった呼吸を繰り返した。
 渾身の踏ん張りと息みで一度はぱくりと口を開き、肉色の内側を覗かせていた排泄孔もくるんとすぼまり、もとの格好を取り戻した。
 便器に腰掛けたまま、どんよりと沈む気分を拭い去れず、明楽は深い溜息をつく。
(…今日も、出ないや……)
 明楽が、トイレに行ってもまるっきりすっきりできないことに気付いて、もう4日になる。どちらかと言えばあまりお通じの良くないほうである明楽には、これまでにも二日三日、ウンチを済ませないことは時々あったことだが――こんなにも長い期間、排泄の兆候すらもないのははじめてだった。
 トイレに閉じこもってどれだけ気張ってみても、まるで明楽のおなかはうんちをする方法を忘れてしまったように動いてくれなかった。息んでも息んでも排泄孔だけがぱくぱくと蠢き、何も出すものがないよいうように孔口を開ける感覚ばかりで、明楽はそのたびに言うことを聞かない自分の身体を呪ってしまう。
 なにしろ今日で便秘7日目。
 もう一週間以上、明楽はうんちを出せていないのだ。
(あ……)
 どんより沈む気分で壁の時計を見れば、そろそろ7時40分を回ろうとしていた。そろそろ学校の時間が迫りつつある。
 明楽はとうとう今日もうんちをすることを諦めて、カラカラとトイレットペーパーを引っ張った。まったく汚れていない後ろの孔と、オシッコの出口をそれぞれ別々に綺麗に拭いてトイレを立った。
 ゴボ、ゴボボジャァアーーーッ……と大きな水音を立てて流れてゆくトイレを後に、憂鬱なため息を残して手を洗う。
 幸いにして、今のところ便秘による身体の変調はなかったが、1週間という長い排泄のなさは明楽の心を支配していた。今日こそちゃんとしよう、と決心して何十分もトイレに閉じこもっても、出てくるのはせいぜいおならか、焦げ茶色いカケラのようなものがころころとする程度。すっきりとするにはまるで及ばない。
 そうやって明楽が気にすれば気にするほどおなかは鉄のように鈍くなって、おしりの孔だけがじんじんと痛むばかりだった。
(ちょっとだけだけど、出そうな気がしたのに……)
 すっかり支度を終えた後でトイレに入ってしまったのも、ほんの少しだけ下腹部に感じた違和感のせいだった。それも結局気のせいだったのだ。おなかは変わらずずぅんと重く張って、1週間に渡って溜めこまれた食事のなれの果てをくすぶらせている。
「はぁ……」
(今日、入学式なのに……)
 鏡に映った紺色の制服を見て、また溜息をつく。この春から通うことになった学校の制服は、まだ幼さの残る明楽にはすこし大きい。これまでとは違う制服は、明楽が一歩『オトナ』に近付いたことの証でもある。
 そのはずなのに、まだ自分がきちんとトイレも済ませられないなんて、本当にみっともないように感じられてしまう。
(昨日のお薬も効かなかったのかな……)
 一昨日、明楽は薬局に入り、顔から火が出るくらいに恥ずかしいのを我慢して、おこづかいをはたいて便秘薬を買った。はじめてだからあんまり強くないお薬を、という店員さんのアドバイスにしたがって漢方薬のものを選んだのだが、二日飲み続けてもまるで効果はなかった。昨日の分は量を倍にしているというのに、今日もまったく変化はない。
 憂鬱な気分でトイレを出た明楽は、鞄を手に玄関へ向かう。
 共働きの両親はすでに会社に行っていて姿は見えない。それでも、連絡用のホワイトボードには入学式を案じる母の言葉があり、明楽の心をいくらか落ちつかせてくれた。
「……うん。がんばろう」
 今日から始まる新しい生活。新しい毎日。
少しでも気持ちを切り替えようと、明楽は一人、『いってきます』と挨拶をしてドアの鍵を閉め、家を出た。


 ◆◆◆


 朝の空気の中を、爽やかな雑踏が過ぎてゆく。
 明楽の街は大きく海に面している。海に向かって下る坂道を登ってゆくのはJRの駅に向かう大学生やサラリーマン。逆に海へと向かうのは明楽と同じ中学に通う生徒たちだ。みんなおなじ紺色の制服に身を包んで、口々に話しながら歩いている。
 そんな中にいると、明楽はの視界はだんだんと靴の爪先へと落ちていってしまう。
 明楽は、あまり人とおしゃべりをするのが得意ではない。アキラ、という読みの男の子みたいな自分の名前のせいで誤解されがちだが、どちらかと言えば明楽はおとなしい女の子で、外で遊んだりみんなとでお出かけするのよりも、図書館で一人静かに本を読んだりする方が好きだ。
 だから、明楽は自分の名前が好きではなかった。
 両親が生まれた時にちょっと体重が足りなかった赤ちゃんが元気に育ちますようにと願いを込めて付けてくれた名前だけど、初対面のたびに男の子みたいな名前だねと言われてしまうのには、もううんざりしているのだった。
(……はぁ)
 そんな自分の性格が嫌で、明楽はいつも一生懸命になって引っ込み思案な自分を直そうとしているのだが、これまであまり上手くはいっていなかった。
 実は今回の体調不良も、入学式、中学校での新生活という新しい環境を前にして『オトナ』にならなきゃいけないという見えないストレスになって起きているものなのだが――それに明楽自身は気付けていないのである。
「ふぅ……っ」
 制服のスカートが、ほんの少しだけきつい。先月にきちんと採寸して作ってもらっただいぶ大き目の制服なのに、今の明楽のおなかはぱんぱんに張っていて、動くたびにじんわりと痛むような気がする。
 どんよりと濁ったものがお腹の奥に澱んでいる感触は、忘れようにも忘れられず、明楽はいつも以上に落ち込んでしまっていた。
 いくら気にしないようにしようと考えても、1週間もうんちを済ませられず、今もなおおなかの中に排泄物を溜め込んでいるという事実は、女の子としてはあまりに恥ずかしいことに思えた。
(嫌だな……学校で、はじまっちゃったりしたら……)
 想像はどんどんと嫌なほうに悪い方に傾いてゆく。
 明楽はぎゅっと唇を噛んだ。さっきまでは出したくてたまらなかったおなかの中身だが、もし学校でそんなことになったら大変だ。明楽は家の外のトイレをほとんど使ったことがない。壁ではなく板で仕切られた個室が並ぶ学校のトイレは、視界だけは遮られるものの、音や匂いはまる通しなのだ。注意さえしていれば、隣の個室に入った子が何をしているのかなんて簡単にわかってしまう。それは多分、上の学校でも同じだろう。
 羞恥心が人一倍強い年頃の少女にはとても耐えられるものではなく、そんな場所を使うのは明楽もよほど切羽詰った時だけだった。
 まして大事な入学式の日にそんなことになってしまったら、どんな噂をされてしまうかわかったものではない。
 不穏な想像に頭を悩ませつつ、明楽がもう一度ため息を付いた、その時だった。

 ぐるぅ……っ

「……ぇ…」
 はじめは気のせいだと思っていた。けれど、すぐに二度、三度と重い音がおなかの奥に響く。耳ではなく身体を伝わってくる鈍い音は、確かに明楽の身体の内側から発せられたものだった。
 明楽は息を飲んで、重く張り詰めたおなかに手を当てる。

 ぐるるるぅ……ごきゅぅうぅっ……

 注意していなければ分からないほどのかすかな異音。けれど、4度目に鳴り響いたそれははっきりと明楽の耳に届いた。
(う、うそ……)
 これまでどれだけ体操をしても、薬を飲んでも、トイレで頑張っても微動だにしなかったおなかが、ぐるぐると鈍い音を立てている。
 空腹のそれではありえなかった。朝食のハムサラダとトーストはきちんと食べてきたし、おなかはまるで空いていない。そしてなによりも、音の発生源はそれよりももっと下、明楽の下腹部から伝わってくる。
「ちょっと、急に止まらないでよっ」
「あ、ご、……ごめんなさいっ」
 立ち止まった明楽にぶつかりそうになった二年生のグループに道を譲って、明楽は慌てて頭を下げる。
 その間にも、また明楽のおなかはぐるるるぅ……と鈍い音を立てた。
(うそっ……これ、本当に……?)
 背筋がおののく思いで、明楽はぎゅっとスカートの裾を握る。
 確かに、これはおなかの音だ。内臓が活性化し蠕動が起きる予兆だ。この1週間一度もなかった出来事に、明楽は慎重におなかの様子を探る。
「…………」
 制服の上からおなかに手を添えて、そっとさする。
 異常は……ない。おなかは完全に沈黙していて、まるで平静、平穏。ベタ凪だ。トイレに行きたいなんてことは少しも感じない。
 何度確認してもそれは変わらなかった。
 それなのに、妙な音だけが下腹部で蠢いている。正体不明の蠕動は、身体に異常をもたらしていない分だけ不気味に感じられた。
(……なんでもないの、かな……)
 慎重に、周りからは気付かれないようにおなかを撫でる。
 何度か低く鈍い音を立てながら唸り声を上げる自分の下腹部――明楽は不安を抱えたまま、ゆっくり歩き始めた。
(…………へいき、だよね……?)
 慎重な足取りでそろそろと進む。一度そうやって意識してしまえば、下腹部に集まる重い澱んだ気配はますます強くなっているような気がした。
 明楽が、ここまで神経質にトイレのことを気にするのには訳がある。
 小学校5年生のときのこと。当時、両親の勧めでテニスのサークルに所属していた明楽は、一泊二日の合宿に参加していた。慣れない仲間と知らない土地、そんなちょっとしたことの積み重ねは、しかし繊細な少女の身体に大きな異変を及ぼし、明楽は行きと帰りのバスの中で3回もトイレに行きたくなってしまったのだ。
 トイレに入れる機会はきちんとあったのだが、恥ずかしがり屋の明楽は外のトイレを使うのが嫌で、その結果バスの中でどうしようもなくなり、なんと3回もバスを止めてしまったのだ。
 2回目までは運良く近くにあった公衆トイレに駆け込むことができたが、最後の1回はなんと高速道路の上。明楽は、部活の皆が乗っているバスの中でエチケット袋にトイレを済ませなければいけなかった。
 引率の先生はフォローしてくれたが、5年生もなってトイレが我慢できない子だということはたちまち噂になり、明楽はついにサークルをやめなければならなかった。その時の死んでしまいたいくらいの恥ずかしさ、情けなさは少女の心に深いトラウマになって突き刺さっている。
 だから、もうそんな子供のようなことは絶対に繰り返すまいと、明楽は固く心に誓っていたのだった。
「どう、しよう……」
 通学途中の生徒達に次々と追い越されながら、幼い少女は思い悩む。
 一週間ご無沙汰の排泄、という事実は重く少女の頭を支配している。明楽がおなかの中に不安な爆弾を抱えているのは確かなのだ。そして、これから明楽は入学式という長い式典に臨まなければいけない。
 もしその時に、今はないような便意が本格的に襲ってきたなら――
 いったいどうなってしまうのか、想像するだに恐ろしい。
 いっそ家まで戻ろうかと考えたりもしたが、流石に今来た道を戻ってトイレに入り、また再び学校まで行くにはいくらなんでも時間がかかりすぎる。
気を揉みながらのろのろと歩いていた明楽の視界に、見なれたコンビニのマークが見えたのはその時だった。
(……あそこ、なら……)
 前に、一度だけ。明楽はこのコンビニのトイレを使ってしまったことがあった。
 その時は確かオシッコの方だったが、もうどうしようもないくらいトイレに行きたくなって、とうとう我慢できなくなってしまったのだ。お世辞にも綺麗なトイレとは言えなかったが、それでもオモラシの悲劇を回避できたのは今でも記憶に残っていた。
 具合のいいことに、あのコンビニのトイレは自由に解放されていて、いちいち店員さんに使っていいかどうか聞いたりしなくてもこっそりと入れるのだ。
「……うん。そうだよね……」
 引っ込み思案な自分とさよならをして、ちゃんとした『オトナ』になるために。ここで昔みたいに外のトイレに入るのを恥ずかしがってはいけない、と明楽は決心する。着ている制服も、明楽に力を貸してくれているようだった。
 ぐっと拳を握り、明楽はコンビニの入り口に向かう。
『いらっしゃいませー』
 店員の挨拶に出迎えられながら、そそくさとドアをくぐった。
 会社や大学に向かう大人たちが朝食や新聞や煙草を買うのでごったがえしているコンビニは、明楽のような中学生が一人で入ってゆくのにはかなりの勇気を必要とした。
(ごめんなさい……おトイレ、使います……)
 明楽はけっしてお客としてここに来たのではない。ただただ、重苦しいおなかをすっきりさせるためだけにコンビニに入っただけなのだ。それが罪悪感になって、少女の顔を俯かせてしまう。足早に店内を横切って、明楽は奥のトイレに一直線に向かった。
 男女共用のトイレは飲み物を売る冷蔵庫の棚と、雑誌を売るフロアの間にあった。
 鍵が掛かっていないのを確認して、ドアをノック。返事がないのを確かめて個室に入る。
 中には古いタイプの和式の便器がひとつ。
 掃除はそこそこの頻度でされているせいか嫌な匂いこそしないが、くすんだ色のタイルと、無造作に積まれた予備のトイレットペーパーが明楽に生理的な嫌悪を催させる。清潔な家のトイレに慣れた明楽には、それだけで出したいものも引っ込んでしまうような気分だった。
「…………っ」
 回れ右をしたくなるのを我慢して、明楽は鞄を荷物起きに乗せ、スカートをそっとたくし上げた。下着を下ろしてゆっくりとしゃがみ込む。
 明楽の家のトイレは洋式で、こうして深くしゃがみ込んで排泄を試みる機会はない。いつもと違う姿勢のせいか、さっきまでのおなかの音のせいか、今度はちゃんとうんちが出てきそうな気がした。
 明楽はゆっくり水のレバーを倒し、音消しをしながらおなかに力を入れる。
「ううんっ……っ」
 鼻にかかった少女の声が、狭い個室に響く。
 むき出しになった白い肌がゆっくりとうごめき、小さな下腹部が緊張と弛緩を繰り返す。何度も息んでは拭いていたせいか、明楽のおしりの孔の周辺はいくらか赤くなっていた。小さなすぼまりは明楽が息むのにあわせてゆっくりと盛り上がり、ふっくらと綻びて、飴色のなかに綺麗なピンク色の、内臓の色を覗かせる。
「ふぅぅぅうっ……くうぅっ……」
 けれど、明楽が可愛い眉をぎゅっとよせていくら気張っても、おなかの中身は重く澱むばかりで、まるで動く気配がなかった。タイルの上に革靴の底を擦らせて、明楽は姿勢を変えながらなんどもおなかの中に『うんちを出せ』という命令を繰り返す。
「んんっ……んっ、んんっ……っ!!」
 長く長く息を止め、ぐっとおなかを押し込んでみても、結果は同じ。相変わらずの便秘が少女の身体を支配している。
 ふぅーっ、と大きく息をして、明楽は俯く。
(やっぱりダメなのかな……)
 わざわざトイレに入ったのに、ちゃんとトイレも済ませられない。情けなさと恥ずかしさで、顔から火が出そうだった。
 と……
 がちゃ、というノブを引く音に明楽ははっと身体を竦ませた。
 空耳かと思うが、それを打ち消すように、ドアを叩く二度の音が狭い個室に響く。

 コンコン。コンコン。

(だ、誰か……入りたいん、だ……っ)
 明楽は慌ててノックを返した。そうしてはじめて、家ではない外のトイレの個室の中で、おしりをまる出しにして、うんちをしようとしている自分に気付く。とたんに沸き起こってきた羞恥心が明楽をがんじがらめに縫いとめてしまった。
 今、外には誰かが、トイレに入りたくて待っている。
 もはやこのトイレですることがない明楽がすべきことは、すぐにでも服を整えて、外の人と変わってあげることだったが、それでは自分がここに――トイレに入っていたことがバレてしまう。
 トイレを。うんちを、しようとしていたことが。
(ゃだ……っ)
 人一倍の羞恥心が一気に高まり、明楽の心臓を鷲掴みにした。あっという間に鼓動が跳ね上がり、明楽はしゃがみ込んだまま動けなくなってしまう。
 個室という密室の中で、次を急かす誰ともわからない相手。それが怖くてたまらない。もし男の人だったら。自分がここで何をしようとしていたのか、全部知られてしまう。想像するだけで気が遠くなりそうだ。
 もはや明楽は動けなかった。ぎゅっと目をつぶり耳を塞いで、表に待つ誰かの気配が遠ざかっていくのを願うだけだった。





 かち、かち……と、痛いほどの沈黙の中を、腕時計の秒針の音だけが響いている。
(……やっぱり、だめ……出ない……)
 個室に駆け込んでから10分あまり。遅刻までの時間はそろそろ秒読みに入っている。完全にうんちを済ませるための体勢を整えながらも、明楽のおなかはそんな役目すら忘れてしまったように、排泄を拒否し続けていた。
 下腹部に溜まった重みが薄れたわけではない。むしろそれは家を出たときよりも増している。しかし、そんな違和感とは裏腹に便意だけがすっぽりと抜け落ちたように感じられなかった。
 さっきまであれほど響いていた腹音もすっかりおさまり、ドアを叩くノックも途絶えて久しい。
(……そろそろ、行かないと……遅刻しちゃう……)
 刻々と進む時計の針に背中を押され、明楽はとうとう諦めてトイレットペーパーに手を伸ばした。朝と同様、まるで汚れていないお尻を丁寧に拭いて、下着を履きタンクのレバーを倒す。
 慣れないしゃがんだままの姿勢でいたせいか、脚が少し痺れていた。
 タンクの水が、白い便器の中を洗い清めてざぁざぁと流れてゆく。しかし明楽の憂鬱はとどまり続け、一緒に流れ去ってはくれなかった。
「はぁ……」
 新しい学校での第一日となる入学式に、おなかに不安の爆弾を抱えたまま参加しなければいけないのかと思うと、明楽の気分はますます沈んでゆく。
 トイレを出ると、コンビニの中の人影はかなりまばらになっていた。もうあまりゆっくりしていられる時間ではないのだろう。コンビニに入る前は大勢見えた紺の制服姿もかなり少なくなって、生徒達は足早に坂を下っている。
「急がなきゃ……」
 こんな気分のままで気分良く心弾ませて登校できるわけがないが、それでも入学式に遅刻なんて許されない。家を出る前の予定ではとっくに学校に到着しているはず時間である。坂を駆け下りてゆく生徒たちに置いていかれまいと、明楽も精一杯気持ちを切り替えて通学路を走りだした。
 慣れない坂道で、鞄の中をかたかたと筆箱が踊る。
 と、それに併せて、かすかな異音が明楽のおなかの奥深くで響いた。

 ぐる……ぐるるるぅ……

「……あ……」
 今度こそ気のせいではない。トイレに入っていた間はおさまっていたおなかの音が、今になってまた活動を開始していた。同時に、おなかの奥でかすかなうねりが蠢いているのも感じられる。
(やだぁ……な、なんで今さら……)
 急に走りだしたせいで、安静を保っていた腹腔の中に刺激されたのだ。
あれほど待ち望んでいたものの予兆が、まるで来てほしくない時にやってくる。自分の身体のことながら、言うことをまるできいてくれないおなかに文句の一つも言いたい気分だった。
 けれど、もうコンビニに戻ってもう一度トイレを借りている時間はとてもではないが残されてはいない。急がなければ遅刻だってありえる時間なのだ。
 後ろ髪を引かれながらも、明楽は通学路を急ぐしかなかった。

 ぐる……ごろろっ……

(うぅ……やだぁ……)
 せっかく気持ちを切り替えようとした矢先、駄々をこねるように唸りだす不穏なおなかにうんざりしながら、明楽は背負った通学鞄の位置を直す。
 坂の先には学校の校門が見え始めていた。桜の花飾りで彩られた看板には、今年度の新入生を歓迎する文字が大きく踊っている。
 今日から始まる、新しい生活。上の学校でのオトナの第一歩。
 その晴れやかな門出を脅かすかのように、繰り返し鳴り響くかすかな異音は、少女の体内でわずかずつその存在感を増していた。


 ◆◆◆


 校門をくぐると、胸に案内役の名札を付けた上級生が並んで、新入生の誘導を行なっていた。新入生は一度、校舎4階の教室に集められてから講堂での入学式に臨むらしい。大きく張りだされたクラス分けの名簿の前にできた人だかりを潜り抜けながら、明楽は昇降口を通りぬける。
 上級生から赤いリボンを受け取り、新しい上履きに脚を通して四階分の階段を上ると、ワックスの匂いが残るたくさんの教室が目に入る。
 真新しい気配は明楽には馴染みの薄いものだ。見知らぬ相手をことさらに強調する出会いの雰囲気に、ただでさえ人見知りの強い明楽の心はますます萎縮してしまう。
(……っ)
 不安と緊張に下腹部がきゅぅと蠢くのがはっきりと感じられる。できるだけ忘れようとしていた下腹部の鈍い重みまでもがじんわりと強まっているようだった。鈍りがちな上履きの爪先をなんとか動かして、明楽は階段を登り、3階にある1-Cの教室へと向かった。
「…………ここ、だよね……」
 廊下の端まで歩いて、目指す『1-C』のプレートを確認した明楽は、恐る恐るドアを引き開け、遠慮がちにドアをくぐる。
 とたん、教室の中に座っていた数名の生徒が振り返って明楽のほうを見た。
「……ぉ、おはよう……ござい、ます……」
「ああ、おはよー。よろしくねー」
 思わず口篭もりそうになってしまいながらも、明楽はどうにか小さく頭を下げ、挨拶を済ませた。これからクラスメイトになるだろう少女の一人が、さして興味がある風でもなく適当な挨拶を返す。
 それきり、ほかの生徒たちは明楽に興味をなくしたようだった。髪を脱色しお化粧を済ませ、校則にもひっかかりそうなアクセサリーを身に付けた彼女たちには、いかにも地味で野暮ったい明楽は声を掛ける価値もないと思われているらしい。そのことを悲しく思いながらも、少しだけ安堵もして、明楽はそそくさと教室の後ろに移動する。
 そんな明楽をよそに、教室の中では今日からの1年間を共に過ごすクラスメイト達が、それぞれに寄り添って席についている。明楽には見知らぬ顔ばかりだが、中には同じ学校から進学した顔見知りもいるらしく、あちこちにはそれぞれ楽しげに談笑しているグループもあった。
「あっは、またおんなじクラスだね、よろしくー」
「こっちこそよろしくねっ」
 別の入り口から入ってきた新入生が、親しげに挨拶を交わし、話の輪に加わってゆく。初対面でも構わず楽しそうに自己紹介を済ませ、グループの輪に溶け込んでゆく様は、明楽にはとても真似のできないものだった。
 まるで自分一人が知らない場所に取り残されてしまったような錯覚を覚えながら、明楽は黒板にある席順から自分の名前を探し、窓際、前から2番目の席に座る。教卓のすぐ近く、勉強熱心ではない子には不人気な座席だった。サボりや授業中の居眠りとは無縁の学校生活を送ってきた明楽にはさして気になる場所ではなかったが、なによりも人目を気にしなければならない今は、背中に沢山の視線を感じる教室の前のほうの座席は、あまり気の進む場所ではない。
 荷物を下ろし、新品のノートを机に移して空の鞄をテーブルの脇のフックに掛ける。用意されていた椅子は大き目で、深く腰掛けると明爪先が辛うじて床に届くくらいだった。
(………あと、5分くらい……?)
 時計の針と黒板に記された行事予定を確認すると、式の開始までにはまだそれくらいの余裕はあるようだった。

 ……ぐきゅるる……きゅぅう……

(まただ……もう、いい加減におさまってよぉ……)
 あれからおさまることなく響き続けている腹音が、明楽をいっそう不安にさせる。相変わらずトイレに行きたいなんてまるで感じないが、繰り返し押しては返すよう続く腹腔のうねりは、馴染まない環境に放り込まれた少女の不安を掻きたてるには十分すぎるほどだった。
 しかし、今日はもう朝から二度もトイレに入って頑張ったのにまるで成果がない。自分の身体に起きている異状をどう扱っていいのか解らないまま、明楽の思考はどんどんと悪いほうへと沈んでしまう。
 そうして机の模様を眺めながら、明楽はぼんやりとクラスメイトたちを眺めていた。
(どうしよう……全然したくならないけど……やっぱりトイレ、行っておいたほうがいいのかな…)
 そう思いはするものの、学校には明楽のほかにも大勢の生徒がいる。そんな中でトイレを使うことには強い抵抗を覚えるのも事実だった。しかも、新しい学校という勝手の分からない環境でいきなりトイレに駆け込むのである。人一倍の羞恥心をもつ明楽には明らかにハードルが高い。
 しかし、さりげなくおなかをさすったり、座る位置をずらしたりしてできるだけおなかに負担を掛けないように姿勢をただしてみても、腹音はいっこうにおさまる気配を見せないのだ。
(……どうしよう……)
 これで十数回目になる煩悶。明楽は収まらない異変に頭を悩ませていた。
 他の子たちが新しい生活に向けて頑張っている中で、自分はおなかやトイレのことばかり気にしている。一週間前からずっとおなかに居座っている汚らしい塊のことにばかり注意を払う自分が、思春期の少女の繊細な心にはあまりにも情けない。
(でも……うん。……そうだよね。……その、入学式の間に、したくなっちゃったりしたら……大変だもん)
 なおもしばらく逡巡を続けていた明楽だが、ようやく気持ちを切り替えることにして、席を立つ決意をする。
 たとえすっきりできないにしても、もう一度行って確認だけはしておいたほうがいい。今日からまた一歩『オトナ』に近づくのだ。もう二度と失敗のないように、用心は重ねておくべきだった。
 だが――
「おーし、新入生注目ー。前を見ろー」
「はい、それじゃあ新入生のみなさん、廊下に整列してください。移動します」
 明楽がせっかく勇気を振り絞り、踏み出そうとした一歩は、無常にもやってきた上級生と、教諭の言葉に遮られたのだった。
「「「「はーいっ」」」」
 応じるように大きく声を上げ、クラスメイトたちが立ち上がる。
 そして、まるでそれに応えるように、明楽のおなかでぐきゅぅ……とさっきまでよりも大きく腹音がうねってしまう。
(や、やだっ!?)
 はっきりと外にまで聞こえてしまうような異音に、赤くなって周囲を窺う明楽だが、幸いなことに席を立つクラスメイト達の雑踏がそれを掻き消していた。
「ほら、後ろの子も早く廊下に出ろ、一列に並べー」
 戸惑う明楽に、担任らしき男性教諭の声が追い討ちをかける。教室に残るクラスメイトたちもたちまちのうちに廊下へと追い出され、出席番号順に作られた列の中に押し込められてしまった。
「よし、全員いるな? じゃあこれから式が始まるから、講堂まで移動するぞ。案内役の上級生に従うように。いいなー?」
「……え、あ、……あのっ……」
 明楽の声は、やはりクラスメイトたちの雑踏に埋もれて担任までは届かない。はっきりとした拒絶もできないまま、明楽は進み始めた列に促されて講堂への移動を余儀なくされてしまいのだった。
 無力な少女の下腹部で、また不気味に小さな異音がうねる。

 ぐる……ぐきゅるるるるるるる……

 さっきまでよりも長く、重く続いてゆくそれは、ことさらに下腹部の不安を募らせる。まるで、これから明楽を襲うであろう悲劇の予兆を囁くかのようだった。


 ◆◆◆


 ぐぎゅぅううううう……

(やだ…ま、またっ……)
 おなかの奥底から湧き上がる異音が、ますます感覚を短くしているのを明楽は感じていた。すでにただの音だけではなく、はっきりとした蠕動の感覚すらある。
 講堂の壇上では、新入生を迎え新たな一年を過ごすための心構えを、初老の学長がとうとうと語っている。しかしそんなものが今の明楽の頭に入るはずもない。
 脳裏をよぎる汚らしい茶色い予感を振り払うかのように、明楽は俯きながらさりげなく下腹部に手を伸ばす。
(お願い……おさまって……っ)
 淡々と進んでゆく入学式は厳かな静寂に包まれていて、些細な椅子の軋みや衣擦れの音まではっきりと聞き取れるほどだ。まだまだ明楽のおなかの音もいつ誰に気づかれてしまうかわからない。まして、この腹音は押さえようとしておさまるものではないのだ。
 そっと押さえた手のひらに、制服越しの張ったおなかの固い感触が返ってくる。
 腹腔に詰まった汚らしい塊の存在ををはっきりと意識してしまい、明楽は羞恥に小さく唇を噛んでしまう。少女の身体の奥に澱んだ重苦しい感覚は、まるで鉛を飲みこんだように顕在化して明楽を苦しめていた。

 ぐるっ、ぐるるっ、ぐるぅるるるるぅう……ごきゅぅううっ……

 ひときわ長く大きなうねりが、腹腔の中から込み上げてくる。まるでなにかの別の生き物が腹の奥に潜んで唸り声をあげているかのようだ。
 いつしか明楽の手のひらにはじっとりと汗が滲み、やってくるうねりに合わせて左右の脚がぎゅっと緊張を繰り返すようになっていた。
 もはや、明楽の姿は見るものが見ればはっきりと“おおきいほう”の排泄の予兆であると分かるほどの仕草を始めている。
(ふぅ……ふううっ……)
 本来は身体にとって自然な反応である排泄欲を無理に押さえこもうとすれば、どうしてもその反動が生じてしまう。荒くなってしまう息を押し殺し、明楽は制服の上から何度もおなかをさすった。だが、硬く張り詰めた下腹部はその存在を誇示するようにますます重く凝り、押し固まったナニかが明楽の腹腔の中で異物感を増してゆく。

 ぐる……ぐるっぐるぐるっ、ぐるるるぅぅ……

 繰り返される異音の正体は、明楽の腹腔で発生・蓄積されたガスの塊であった。不幸なタイミングで一週間の長い停滞を打ち破り、じょじょに活動をはじめた少女の腸の中を、大きなガスのうねりが進んでは押し戻る動作が腹音となって響いているのだ。
 どうして今、この瞬間に明楽の身体がそんな反応を見せたか、その原因はひとつではなかった。一昨日昨夜と立て続けに摂取された整腸剤が遅まきながら効果を発揮し、朝、家を出る前に摂取した朝食が胃の蠕動を通じて下腹部に働きかけ、坂を下っての早足の登校が食後の運動となって自律神経の活性化を促し、さらに慣れない環境で感じた不安やストレスが少女を知らず害している。
 いずれにせよ、これまでは本来の機能を忘れたかのように停滞し、内部に溜め込まれたものを澱ませるばかりだった少女の消化・排泄器官はその本来の活動をようやく取り戻し、生命活動の常として、腹腔の中に蓄積された内容物を排泄するための準備に入りつつあった。
 それは、明楽が自分の身体の異変に気付いて以来のこの4日、待ち焦がれていた瞬間でもあった。
 しかし――
(やだ、よぉ……なんで、こんな時にぃ……っ)
 今は席を立つどころか私語も、身じろぎすらも慎まれるような厳粛な式の最中だ。伝統ある学校に相応しく、この入学式はおよそ一時間あまりも続く。神妙な顔をして席に着く新入生と、それを出迎え今日からの日を一緒に過ごす上級生、誰もが真剣に式に参加している。
 こんな状況でトイレに行きたくなっても、全くどうしようもないのだ。

 ぐきゅ……ごぽぽっ、ぐりゅるるぅ……

(お、おねがい……音、立てないで……っ)
 これまでしたこともないほどに真剣に、明楽は神さまに祈っていた。静まり返った講堂の中に、自分のおなかの音だけが響き渡っているようなそんな錯覚すら覚えてしまう。
 いや、あるいはもう自分の近くの新入生の何人かは、とっくに気付いているのかもしれない。下品な音を立て続けている明楽を、トイレもきちんと済ませられないみっともない子だと思っているのかもしれない。
(おねがいします……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいですから…っ)
 俯いた前髪の下で、あまりにも悲しい奇跡を願う明楽。
 教室でのはっきりとした決意も今はもう遠い出来事のようだ。見たこともない人ばかりのこの大きな講堂の中で、明楽は誰に縋ることもできず、たったひとりだった。いつまで経っても収まる気配がないおなかの異変を、じっと孤独に抱えながら、長い長い時間をじっとじっと絶え続けなければいけないのだ。

 ぐるるっ、ごぎゅっ、ぐきゅる……

 そんな明楽を嘲笑うかのように、下腹部の唸りは止まらない。断続的な異音が響くたびに、おなかの奥をなにか熱い塊が蠢いているのがわかる。それはずっとスカートの上からおなかを押さえたまま、離せない手のひらにもはっきり伝わっていた。
(やだぁ……っ、もう、もぉ……鳴らないでよぉ……っ)
 小さく明楽がしゃくりあげかけた時、不意に隣から声がかかる。
「……ちょっと」
 はじめ、自分のことだけで手いっぱいだった明楽は、自分が話しかけられているのだと気付く事はできなかった。
「ねえ、あなた。ちょっと……!」
 いくらか語気を荒げたようにもう一度。ようやく顔を上げた明楽のとなりに、きつい視線を向ける少女の姿があった。
 明楽にも見覚えがある。さっき、教室でお喋りの中心になっていたポニーテールの女の子だ。明楽に囁きかけるように顔を寄せ、ポニーテールの少女は苛立った声を向ける。
「さっきから、そんなに下ばかり向いてちゃだめじゃないの。ちゃんと先生のお話、聞かなくちゃ」
「え……、あ」
 そうして明楽は、ようやく自分が入学式の席に居る事を思い出す。慌てて姿勢を正そうとした明楽のおなかで、またも『ぐるるるぅう……』と腹音がうねる。明楽はとっさに伸びかけた手を意志の力で押さえつけた。万が一にも不審な動作をして、気付かれるわけには行かない。
 顔を上げた明楽を、彼女ははっきりと不快感を表す視線で睨んでいた。
「もう、ご父兄の方もいらしてるのよ? 子供じゃないんだから、こういう席でくらいちゃんとしてよね。一緒にいる私までみっともなく思われちゃう」
「は……はいっ」
「……しっかりしなさいよね」
 それは、歴史ある学校の晴れの入学式でだらしなくしている同級生を嗜め、自覚を促すための言葉だった。幸いな事に、傍らの少女はまだ明楽の身体の変調を察しているわけではなかったのだ。
 だが、『子供』と『みっともない』『ちゃんとして』というフレーズを含む言葉は、現在進行系でおなかの不安と戦っている明楽にはあまりにも重すぎる一言であった。
(や……やだぁ……っ)
 一通り注意を終えて満足したのか、少女はふんと鼻を鳴らして視線を壇上に引き戻す。
 しかし、明楽のほうはそう簡単には済まされない。急激に強まったプレッシャーと緊張に息を飲んだ。足元から不安が這い登り、少女の全身を包み込むようにして広がってゆく。『きちんとできていない』『みっともない』自分であることを、他人の目を通じて理解してしまったのだ。
 萎縮してしまった明楽はほとんど無意識に腰を浮かし、椅子に腰掛けなおすふりをしながら彼女との間にわずかな隙間を確保する。
 そうして、少しでも表面を取り繕おうとなけなしの努力を払おうとする明楽だが、無慈悲にも下腹部の違和感はそれを許さなかった。

 ごきゅっ、ぐりゅ、ぐりゅりゅるるっ、ぐぎゅぎゅるるるっ、

(う、うそ…!?)
 あまりにも唐突に――いや、たったいま明楽の晒されている急激なストレスを思えば決して不自然なことではないのだが――少女の下腹部を激しいうねりが襲う。
 声を上げる事もできない。いや、たとえ許されていたとしても、この状況では明楽には驚き慌てる事は許されていなかった。
 そんな明楽をよそに、何の前触れもなく沸き起こった大きな波が、少女の腹腔を駆け抜けてゆく。

 ごりゅるるるっ、ぐりゅるるるる、ごぼっ、ごぼぶぼぼっ!!

 これまでの断続的な異音とは訳が違っていた。はっきりと解るほどの大きな音が、明楽のおなかで自己主張をするように呻く。
(や、やだぁ…っ!!)
 うねる内臓。うごめく腹腔。びくびくとのたうつ消化器官。容赦のない蠕動が、小刻みな振動を伴ってゆっくりと動き出す。ぐっと口に両手を当てて塞ぎ、声を上げるのを堪えている明楽には、まるで耳元で騒音が響いているかのようにすら聞こえる。
 この異音は、あきらかに明楽の身体の外側にまで響いていた。これまで明楽の身体の奥深くで密かに起きていた現象が、ゆっくりと頭をもたげるように少女の知覚できる場所にまで迫っているのだ。

 ごるっ……ぐぼっ、ごぼっ、ぐぎゅるるるるりゅぅうっ!!

 これはもはや、異音などではありえない。
 はっきりとした質量と熱さ伴って感じられる、腸の蠕動だった。
(ぁ……あ、だめ、…だ、ダメぇ!!)
 これまで、腹奥の深い場所での違和感こそありはしたものの、直接的な被害は一切感じていなかった直腸にまで、じっとりと湿った熱い塊が押し寄せてくる。
 不定形の流動体――液体よりも遥かに軽く動きやすい、ガスの塊が明楽の排泄孔の内側へと殺到する。
(で、……でちゃ…ぅ……っ!!)
 屁意。オナラがしたい。
 催したガスの圧力は途方もなく強烈で、明楽は硬直したままただそれを受け入れる事しかできなかった。無論、ガスという形であるため本来の排泄衝動とは比べ物にならない些細なものだが、たったいま無作法を叱責されたばかりの明楽に、この突然の出来事はあまりに予想外だった。
 ぎゅっとスカートの裾を握り締めた手のひらに力が篭る。全神経を括約筋に集中して、おしりの孔をかたく締め付ける。全身全霊の我慢の体勢だ。……だが、全校生徒の真ん中でそんな体勢を取らねばならないこと自体が、明楽の羞恥心を激しく刺激する。
 こうしてガスを噴出させることだけは避けようという、少女の必死に努力すら、ポニーテールの少女が指摘した『みっともない』事なのだ。
 明楽がきちんとトイレを済ませてさえいれば、こんなふうにオナラを我慢する必要もない。
 だからこそ、今のこの状態は、自分がトイレのしつけもきちんとできていない、恥ずかしい女の子であると認めるに等しかった。
 おなかの中では、腐ったガスをごぼごぼと沸き立たせながら。我慢しているそぶりす7ら見せることの許されない、あまりにも無常な状況。誰一人味方のいない、しんとした講堂のなかで、明楽は必死になって耐え続ける。
(っ、……~、……っ!!)
 本来なら、腹の奥底から込み上げる衝動に耐えるには、足を寄せ合わせはしたなく、もじもじとお尻を突き出して揺するのが一番の楽な姿勢である。しかし、微動だにすることのできないままでは小さな衝撃すらぎゅっと締め付けた隙間を無防備に体内からの圧力にさらす行為だ。ただただじっと、明楽は耐え続けた。歯を食いしばり、ぐっと行きを飲み込む。

 ぐぅ……ぅぅぅ……

 少女の努力の甲斐あって、かたく閉ざされた出口にぶつかったガスの塊はゆっくりと腹腔の奥に戻ってゆく。その時に響くごきゅるるるっ……という逆流の蠕動が、恐ろしいほど不快に明楽の背筋を駆け上る。
(ぁ、……はぁ、はぁっ……よ、よかった……)
 辛うじて下品なガスの放出を押さえ込み、湧き立つ屁意を追い返した明楽だが、決して安心は許されなかった。
 どうにか放出を耐え切ったというのに、今もなおおなかはバランスを崩したかのように不安定な状態を加速させている。一番危険な状況さえ乗り越えてしまえばしばらくはおさまるだろう、と思い込んでいた明楽を無視するように、再び小さなうねりが断続的に響き、ねっとりとした熱いガスの塊が直腸のそばまで押し寄せてくる。
(そ、そんな……また…? だめ、出ないで、……だめぇっ……)
 一週間にわたる長期の熟成を経て発生したガスは、過敏になり始めた明楽の下腹部を無差別に駆け巡り、腸液を分泌し始めた柔毛をじわじわと蹂躙してゆく。
 不意に高まる圧力は、波のように押しては引いてを繰り返し、何度も段階を経てどんどんと激しさを増していった。せっかく飲み込んだはずのガスが、あっさりと腹腔から押し戻され、直腸まで再度せり上がってくる。
(だ、ダメ……ダメなのに、……したく、なっちゃダメなのにっ……!!)

 ぐきゅ、ごきゅるるるるっ、ごぶっ、ごぼぼぼっ、

(……っ、……ダメ、っ、がまんしなきゃ……!!)
 少女の内側で悲壮に繰り返される拒絶と決意。それを無慈悲に踏み潰して、ひときわ大きなうねりが明楽を襲う。なだれ込んだ濃密なガスが下腹部に達し、さらにおしりの一番先端、脆くも敏感な場所にまで押し寄せてゆく。自分の身体の奥底から襲い来る途方もない腹圧に、明楽はただ、無力だった。

 ごるっ、ぎゅるるるるっ、ぐぎゅ、ぎゅるるっ、りゅぶっ、ぶっ!!

(っ、あ、あ!!)
 声にならない悲鳴を、明楽が両手で塞いだその時だ。

 ぷ、ぷっ、ぷすっ、ぷぅっ…!

 灼熱のガスが、かたく閉じられた排泄孔をすり抜け、鉄壁のはずの守りを突破して吹き出した。背筋の寒気と共に全身を緊張させる明楽だが、もう襲い。

 ぷ、ぷぅっ、ぷぷぷっ、ぷすっ、すーーーぅ……

 伸縮を繰り返す排泄孔から、可愛らしい小さな音と共に濃密な悪臭の塊が吐き出されてゆく。うねる直腸の衝撃をそのまま形にするように、明楽のおしりの孔は何度も細く開いてはガスの塊を吹き出してゆく。
(ぁああ、あああああ……っ)
 放出の瞬間を感じ取り、無力な自分を呪いながらも、明楽はまるで動けない。下腹部のうねりはなお激しく、下手に刺激すれば即座に第2波が到来しそうな予兆があった。せめてもの幸運は、明楽の排泄孔が上手く作用したため、放出が『スカシ』となったことだろう。辛うじて大きな音は立てる事なく、漏れ出したオナラは周囲に拡散してゆく。
 だが、
 音はなくとも、そこに篭められた高密度の悪臭だけはどうしようもない。
「……ねえ、ちょっと」
「ううん、これ……」
「うわ……なに、これ」
「臭い……」
 たちまちのうちに周囲に拡散してゆく激しい腐臭。かすかなざわめきは、けれどそれだけ厳粛な式でははっきりと聞こえた。厳かな式典の最中には似つかわしくない生徒達の囁きが、あたり一面に広がってゆく。それはちょうど、明楽の放出してしまったガスの被災区域を知らせているかのようだ。
「ねえ、誰……?」
「みっともないよね……オナラ?」
「ちょっと、やめてよ、こんな時に……」
「もう、誰だか知らないけど、トイレ行きなさいよ……!!」
 明楽の周辺、クラスメイトだけではなく他のクラスの生徒たちまでもが一斉に顔を背ける。なかにはあからさまに呼吸を止めたり、顔を反らしたりしている者までいた。実際、そうでもしなければ耐えられないような悪臭なのだ。ほとんど毒ガステロと言ってもいいような事態だった。
 たった少しだけ、明楽の我慢を溢れて漏れ出したガス。しかしその悪臭はただそれだけで、明楽のおなかの中身がどんな惨状になっているのかをまざまざと知らせていた。
「っ………」
 身をちぎられるような猛烈な羞恥の中で、明楽はぐっと唇を噛んで堪える。
 幸いな事に、新鮮な空気を撹拌する空調が稼動し続けていたせいで汚臭はやがて薄まり、明楽の周辺の生徒たちは悪臭の発生源がどこなのかをはっきりと特定できずにいた。初対面の生徒が多く、一見目立たない明楽がまさかそんな事をしたのだと思いつく生徒がいなかったことも影響していた。
 だから、明楽はきつく目を閉じて、必死に時間をやり過ごす。できるだけ今のことを考えないように、周囲の生徒たちの反応を見ないようにしながら。
(っ……大丈夫、いま、ちょっとだけど……恥ずかしいけど、オナラ、でちゃったから……ちょっと楽になったし、あ、あと、これなら、……し、しばらくなら、ガマンできるはずだし……)
 現実逃避に近い意識の働きだった。
 しかし、このまま耐え続ければ、うやむやになってごまかす事は不可能ではない。怪しまれることはあるかもしれないが、大多数は顔も知らない生徒たちの集まりだ。入学式で起きた事なんてそのうち忘れてしまうのだろう。本当はそんな簡単な結末なんて想像できなかったが、明楽は無理にでもそう思いこもうとしていた。
(あと少し……たぶん、10分くらいだから……そしたら、今度こそ、おトイレ……行って……ちゃんと、ちゃんとうんち……!!)
 一週間ぶりに、最悪のタイミングで訪れた便意。あれだけ頑張ってもいうことを聞いてくれなかった明楽のお腹は、腐りきった中身をごぼごぼとうねらせている。まだ見ぬトイレでの解放を思い描き、明楽は必死に取り繕おうとする。
 だが、次の瞬間には健気な少女のその想いも虚しく打ち破られる。
 込み上げるうねりの第2波はまたも前触れなくやってきた。冷や汗にじっとりと湿る少女のおしりの孔に目掛けて、灼熱の衝動が一気に駆け下る。

 ぐりゅるる、ぐきゅるるるるるるるるっるるるうぅぅぅ!!

(ぁ、あ、あ、)
 あまりに激しく、突然で、一度目の放出を経て緊張の緩んでしまった明楽の下半身は、その衝撃に耐えきる事など、とてもできはしなかった。
「……ぁ…っ、…ぁあ…~~っ……!!」

 ぶぴっ、ぷすっ、ぷすすぅ……っ

 またも小さな排泄孔がひしゃげ、断続的にガスを撒き散らす。ねっとりとした灼熱の感触は、まるでおしりをべっとりと汚しているかのようだ。
 先ほどにも倍するような、さらに濃密な臭気があたりに立ち込める。今度の放出は1度目よりも勢いがよく、出されたガスの総量も多い。文字通り腐った肉のようなごまかしようのない腐敗臭が撒き散らされてゆく。
(や、やだ、なんで、なんで……っ!!)
 ついさっき、もう二度と漏らさないと覚悟を決めたばかりなのに。
 言うことを聞かない自分自身の身体に決意をあっさりと覆されて、明楽の心はさらに深く傷を負ってしまう。だが、今度はそれだけでは済まされない。
(だめ、だ、でちゃ、だめ……ぇええっ!!)

 ぷす、ぷっ、ぷぅぅ……っ、ぶびっ!! ぶぷぅうっ!!

 明楽にとっても最悪なことに、細孔をこじ開けて吐き出されるガスが、はっきりと『そう』だと分かる音を立ててしまう。悪臭に加えて騒音公害まで発展した明楽の排泄は、どよめきのように講堂に波紋を広げてゆく。
「うわ……また?」
「なにこれ……臭い……っ」
「ねえ、誰よ、さっきから……!!」
「ちょっと、勘弁してよ……?!」
 先刻よりもさらにはっきりした非難の声。標的を見定められない曖昧とした敵意が、講堂の中に満ちてゆく。1回目ならなんとか無視できても、2度目ともなればさすがに看過できない。
 この晴れ晴れしい舞台に、無礼にも2度に渡って悪臭をぶちまけた相手に対して、新入生の中からはっきりとした憎悪が浮かぶ。それぞれがまだ知りあってもいない相手だけに、吐き捨てられる言葉も遠慮のない鋭いトゲを纏っていた。

 ぐきゅるるっ……きゅるるるぅ……

「っ……やぁ……」
 なおもおさまらない下腹部の蠕動。たとえようもない恥辱に心を切り刻まれ、明楽は俯いてぎゅっと口を噤み、なおも激しくぐるぐると唸り続ける腹をさする。
(ご、ごめんなさい……ごめんなさいっ……)
 言葉にできない謝罪をなんどもなんども繰り返しながら、涙を滲ませて必死に念じる明楽。しかし、少女の身体を支配する排泄衝動はより一層その存在感を増し、明楽の排泄器官はすでに少女のコントロールから外れつつあった。


 ◆◆◆


「ぁ……っく、ふ……ふぅ……っ」
 こぼれそうになる呻きを噛み締めて、明楽はじっと立ち尽くしていた。
 合計1時間半にも及ぶ入学式と始業式を終えて、講堂横のトイレはかなりの混雑を見せていた。4つある個室に続く順番待ちの列には、どれも5、6人の少女が並んでいる。
 そんな中でも明楽の様子は際立っていた。不安定な下腹部が繰り返し発作を起こし、ぐりゅぐりゅと腹奥がうねる。明楽は暴発しそうになるガスを押しとどめるようにしてスカートの後ろに手を回し、直接、突き出したおしりを押さえていた。
 その有様はあまりにも不恰好で、少女としてはとても許されるようなものではない。だが今の明楽には、ひとりの少女として体裁を取り繕う余裕すら残されていなかった。
「ぅ…くっ」
(だめ……おなか苦しいっ……と、トイレ、早くぅっ……)
 ごぽり、と内臓の奥が撹拌されるような不快感が明楽の下腹をうねらせる。一刻も早く排泄をねだる汚らしい器官が惨めな音を立て続ける。

 ぐきゅるるる……きゅぅう…っ

(ふぅぅっく……っ、ぁ、あとちょっと、ちょっとだけだから……っ、トイレ、もうすぐトイレ……うんち、できるから……っ)
 蠕動する下腹部をなだめるように押さえ、明楽は祈るような気持ちで繰り返す。
 講堂での地獄のような我慢の最中で、明楽はあれからも何度かガスを漏らしてしまっていた。最初の2回に比べれば小規模なものだったが、静寂に包まれた講堂では些細な異音すらはっきり響く。講堂の中で断続的に悪臭を振りまいた『犯人』がいることに、あの場にいたほとんどの生徒が気付いていただろう。だが、隣の顔もわからない新入生同士ということが幸いし、毒ガステロの犯人特定までには至っていない。だから、明楽はなんとしても、ここでお腹の中に溜まった腐臭の源を処分してしまわなければならなかった。
 ほとんどの子が、明楽とは違う目的でトイレを利用しているようだった。順番待ちの列はさほど経たないうちに解消し、明楽の順番も見る間に近づいてくる。あとすこし、あとすこしだけと繰り返しては挫けそうになる心を鼓舞し、明楽はできるだけ平静を装ってそっとおなかをさする。
「ねえ、校長先生、話長かったよねー」
「……うん、漏れちゃうかと思っちゃった。……あははっ」
「もう、馬鹿いってないで早く行こ? ホームルーム、遅刻しちゃうってば」
「あ、待ってよー」
 用を済ました少女達が、すっきりと爽やかな顔で空いた個室を次の順番を待つ少女に譲り、談笑しながらトイレを出てゆく。
 一人ずつ短くなってゆく列は、まるで明楽の排泄の許可をするカウントダウンだ。
(あと、さんにん……っ、3人、……あとちょっと、3人、3、2、1、あと、いまと同じのを、3回だけっ……おしりぎゅって押さえて、ぐって、がまん、おんなじだけ、あと3回分、すれば、トイレ、トイレできるからっ……)
 少しずつ、しかし確実に進む列の順番を数えながら、明楽ははしたなくスカートの上からおしりを押さえ、込み上げてくる衝動にじっと耐え続ける。
 ほどなくして1ヶ所、、さらに続けてふたつの個室が空き、順番待ちの列は明楽を先頭にした。
 4つの個室が明楽の目の前に並ぶ。そのどれもが今は使用中だが、どこかひとつが空きさえすれば、明楽はすぐにでもそこに飛び込むことができた。
(はやく、はやくっ、はやく空いて、トイレ……トイレしたい、うんちしたい…!! はやく、早くっ、はやく!!)
 明楽の頭の中ではすでにスカートを下ろし、排泄を開始する自分がシミュレートされている。トイレの中で汚れたおなかの中身を残らず掃除する――そうして空想の中ですっきりするつもりになって、白い下着の奥で獰猛に牙を剥こうとする排泄衝動を抑え込んでいるのだった。
(あとちょっと……っ もうすぐ、もうすぐトイレ……っ、よっつ、どれでも、トイレ、空いて、すぐ……うんちできるっ……!!)
 明楽がこくり、と震える喉に唾を飲み込んだ時だった。
「なんだ、けっこう混んでるじゃん」
「だから早くしようって言ったのに。どうする? 校舎までいってみる?」
「いいよもう。面倒だし」
 どやどやといくつもの声が背後から聞こえてくる。どうやらまた数名、生徒たちのがトイレの順番待ちに並んだらしい。どうやら仲良しグループのようで、お喋りに夢中になりすぎて講堂を出てくるのが遅れたらしかった。
 だが、もうそんな事は関係無い。明楽はもう列の先頭にいるのだ。どれだけ後ろに列が伸びようと、次にトイレに入れるのは明楽なのだ。
「ったく、ここの校長先生も話長いよねー。30分もよく喋ることあるなって感心しちゃう。あんなの『学校に迷惑賭けるな』の一言で済むじゃん」
「あはは、言えてるー。はやくして欲しいよねー」
(はやく、はやくっ、はやくぅ……っ)
 かなりのボリュームでお喋りに興じる少女達の声をほとんど聞き流すように、明楽は焦れる心をじっと押さえ、個室が空くのをじっと待つ。いまはただそれだけが明楽の切望する事柄だ。
 そして、
 ――がちゃり、と一番右の個室のドアが開く。


 (続)

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シロフミ 2020/08/05 21:51

白犬伝

 ノクターンノベルスに掲載している作品ですが、最近書き直したのでこっちにも貼っておきます。
 遥か昔の戦国の世。父を殺され国を追われた幼き美貌の姫と、それを娶った白狼の話。
 獣○、妊娠描写などありますので注意。




 ▼

 この、扶桑にあっていまだ人の手の触れぬ、深き山のなお深く。
 切り立った断崖に囲まれた渓谷は、荒れ狂う竜のごとき急流の飛沫によって、霧の中に包まれていた。
 雲間に聳える北方の峰、鷲羽連峰の奥深く。地元のマタギすら寄り付くことのない人跡未踏の山中は、まもなく厳寒の冬を迎えようとしている。
 ぴんと張りつめた空気の中、急峻な渓谷には樹齢数千を数える針葉樹の巨木が天を衝かんばかりに聳え、枝と梢を幾重にも広げて空を覆い尽くす。分厚い岩盤に食い込むように伸びた根には分厚い苔が生し、険しい山間に僅かばかりの緑の間を作っていた。
 真夏にも雪を頂く遥か鷲羽の峰の豊かな水は、この渓谷に滝となって流れ落ちる。秋も深まる中でその勢いはいや増し、岩肌を削る飛沫は細かな霧となって渓谷を覆い、一間先を見通すことも難しい。
 そんな、昼なお暗き渓谷の岩棚を、風を切って疾駆する影があった。
 雪のちらつく灰色の空の下、梢を揺らす風のごとく、白い影が宙を跳ぶ。
 純白の毛皮を風になびかせ、迷うことなく真っ直ぐに。苔に覆われた渓谷を駆け上るのは、見上げるほどの巨躯をもった、一匹の山犬であった。
 神代から変わらぬ姿であろう深山の渓谷を、まるで己の庭の如く駆けるその姿は、この世のものとも思えぬ威容。
 一点の瑕疵もない純白の毛並みの中、首から肩に伸びる鬣はひときわ長く風になびく。
 大の大人をひと噛みで砕くこともできるであろう顎から、蒸気のような吐息をふいごのように吐き出して。獣の強靭な四肢は、切り立った渓谷の僅かな足場をも容易く捉え、わずか数度の跳躍で底の見えぬほどの深き谷を飛び越えてゆく。
「――――」
 そうして。深山を風よりも早く跳び、駆け上る彼の背中には、鮮やかな色彩があった。
 深々とした山犬の冬毛に身をうずめる様にして、一人の少女がその背にしがみ付いているのである。
 肩上で切り揃えられた黒髪も艶やかな、まだあどけなさを窺わせる娘である。白犬が力強く断崖を駆け上るたび、紅に錦と金の糸で縫われた単衣の裾が風に踊る。
「業天、ここらで良い」
 びょうと風を切り、谷を飛び越えたその背中で。娘は山犬の耳元に小さく呼びかける。
 すると山犬はそれを聞き分けたように脚を緩め、大木と岩が陰を作る、乾いた岩棚の上へと脚を向ける。見下ろすほどの高さを軽々と飛び上がり、音もたてぬままに着地して、山犬は大きくひとつ、息を吐き出した。
 白い蒸気が、霧の中にひときわ濃く白を彩った。
 逞しい背中に抱きついていた娘が、するりと獣の背を降りる。
 まだ年端もいかぬ、美しい娘だった。
 背は小柄で、巨躯を誇る狼の肩ほどまでしかない。しかし、わずかに碧を交えた大きな瞳と桜色の唇のあどけない容貌の中にも、細く切れ上がった目元や、意志の強さを窺わせる太い眉は芯の通った強さを感じさせる。
 いまだ蕾開くには至らぬものの、いずれは大輪の花を咲かせるに違いない・少女はその場にいるだけで男の目を思わず奪わずにはいられない、危うげなまでの美しさを備えていた。
 このような山中には相応しくない姫衣の下、少女は腰に金翅鳥の刺繍を施した胴帯を締め、まるで若武者のようにひと振りの小太刀を提げている。それらはただの飾りではないことを窺わせるように黒塗りの鞘には布が巻かれ、柄の拵えは使い込まれたように色を変えていた。
 市井のものとは思えぬ美貌とも併せ、この娘が只者ではないことは明白であった。
「……ここまで来れば大事なかろう。誰も追ってはこれん。今宵はここで夜明かしじゃ」
 周囲をゆっくりと見回し、安全を確かめてから大きく吐息。
 娘はそっと、山犬の首元に顔をうずめ、そう囁く。
 すると山犬も心得たもので、首筋を娘の顔へと押し付けそれに応えた。娘はそっと口元を緩め、白く大きなその頭を撫でる。
「ご苦労じゃったな、業天」
 それが、この白犬の名である。
 北方の守りの要にして、かつて朝廷より北狄鎮守を任じられた、白狼権現の神使。古き狼の血を伝える末裔なのだ。
 そして、それに対する少女こそ、白狼権現を鎮守と頂く北方の勇、白鷺玄馬の一人娘――朱鷺姫であった。


 ◆ ◆ ◆


「……忌々しい久慈の古狸め、ついには伯父上まで誑かすとはのう」
 煙の立たぬよう針葉杉の覆いを被せた焚火のそばで、朱鷺は強張った手足を伸ばす。そのすぐ隣では、ゆっくりと腹這いになった山犬が、隙なく周囲を窺っていた。その毛皮に背を預けるように、朱鷺は白い息を吐きながら指先を温める。
「壇左のやつめ、まったく大した周到さよ。あれだけ大きな国をもち、列強を従え、十万を越える軍を指先一本で動かしておきながら、ますます臆病になる一方じゃ。これはもう、一種の才能じゃな。
 あれがいまや海道一の弓取りとは、左府どのが聞いたらさぞ嘆かれるのではないかのう」
 この戦国乱世にあってその名を讃えられた北の勇、白鷺国の白鷺玄馬が、先年、扶桑に覇を唱えんとする久慈壇左によって攻め滅ぼされたのはいまだ記憶に新しい。
 西扶桑の各国を率いる久慈壇左の卑劣なる策略によって家中の裏切りに遭い、炎に包まれた白鷺城と運命を共にした玄馬であるが――その一人娘、朱鷺もまた落城の最中で行方知れずとなっていた。
 角舘の乱と呼ばれるこの戦乱をもって北方の最大勢力は潰え、正統なる白鷺の血もまた断たれたとするのが市井の噂であるが――それはまったくの誤りだ。
 白鷺の血を引く最後の姫、朱鷺は白狼権現の神使たる獣と共にこうしていまだ健在であり、久慈壇左もまた秘密裏のうちに、その行方を血眼になって探させていた。
「しかし、これで紅虎にも頼れぬか。……黒鹿の爺様とてもいつまでも誤魔化してはおれぬであろうし、いよいよ後が無くなってきおったのう」
 家中の不安を煽り、競って裏切りを促すという卑劣なる手段で白鷺国を攻め滅ぼした久慈壇左。父の仇に一矢報いるべく、落城を生き延びた朱鷺は秘密裏に白鷺周辺の北方列強の元を訪れ、手を結び、一丸となって起つように交渉を持ちかけていた。
 しかし、西扶桑の全土を勢力下に置き、明石の天都すらもその手中に収め、皇の君すら傀儡として勢力を増し続ける久慈檀佐に刃向おうとする気骨のあるものはおらず、朱鷺の努力は報われぬままである。
 西扶桑より関東十州までをも治め、鎮守府将軍の名を手に入れて北方すらも平定せんと野望を燃やす男の前に、数百年の歴史を誇る名家すらもが服従を余儀なくされている。
 久慈壇左の名は天下に鳴り響き、いまやわずかな南端と北端の国がいじましい抵抗を繰り返すのみだ。
 そんな久慈にに逆らう事など、もはや無謀を通り越しての蛮勇であろう。そう謗られるのは朱鷺も承知の上であるが――だからとて、国を滅ぼされたことを黙って受け入れよとは出来ぬ相談だ。
 正当なる戦によって敗北を喫したのであればともかくも、久慈壇左は固く結ばれていた北方列強の絆を流言によって乱し、ありもしない家中の不和を煽り、莫大な報酬をもって卑劣なる裏切りを誘発され、自らの手は汚さぬままに白鷺を滅ぼしたのである。
(父上も、さぞ無念なことであったろう……)
 国主として戦うことも叶わぬまま、炎の中に割腹して果てた父の姿を思い描き、朱鷺はきつく両手を握り締める。
 一縷の望みをかけ、決死の覚悟で赴いた伯父、紅虎和馬の元で、朱鷺はあろうことか久慈の手の者による待ち伏せを受けたのであった。危ういところで逃れることはできたが、それは取りも直さず、この北方において朱鷺の助けとなる大きな力が失われたことを意味していた。
(紅虎までもが壇左の手の中か。あれが伯父上の本意でなければまだ良いが――いや、甘い考えじゃな)
 つい、楽観をしてしまいそうになる心を引き締めるように、朱鷺は左右の頬を叩く。
「……ん? なんじゃ、案じてくれておるのか、業天?」
 身を寄せてきた白犬を見上げ、朱鷺はわずかに口元をほころばせた。
 白犬のくすんだ紅玉のように深い瞳が、僅かに揺れて朱鷺を見下ろす。その不安げなまなざしに、朱鷺は思わず吹き出してしまう。
「ふふ。私は果報者じゃなあ。お前のような殿御に案じて貰えるのじゃから。……言われずとも、自棄に走ったりするものか。この程度の逆境、父上も、お祖父様も、平然と乗り越えてきたのじゃ」
 答えて、朱鷺はそっと、業天の腹に顔をうずめる。
 朱鷺と行動を共にするこの巨躯の白犬。その名を業天と定められた山犬は、幼き頃より白鷺の姫と共に育った獣であった。
 北方鎮守の白狼権現の名にある通り、白鷺国では古くから、神代より続く古狼の血を引く犬を育て、戦や狩りに用いることで知られていた。
 権現の使いとして現れた白犬が先陣を切って敵軍を蹴散らし、無双の活躍をしたと言う伝承も伝わっている。
 業天もそれにちなんで、白狼権現の社人によって育成され、より白鷺国に献上された名犬であった。当年四歳――古狼の血を引き、人で言うならば十六、七の若武者であろう。子犬の頃から利発にして勇敢であり、分けても朱鷺に懐いていた。
 城が落ち、四面楚歌となったいま、白犬業天は朱鷺のたった一人の心強い味方なのである。
「左府殿の死から五年。いつのまにか天下の棟梁に収まった久慈の古狸を、心中心安からぬ相手と思っておる者は多い。それを表立って言えぬようにするのが、壇左の奴めのやりくちじゃ。忌々しい話じゃが、それを阻止する手立ては少ない。
 ……父上もせめて冬まで持ちこたえることができれば、このような様にはならなかったであろうにの」
 裏切りを促し、あらぬ噂を撒き、疑心暗鬼を煽りたてて――自らの手は汚さずに守る者たちをおのずから崩そうとするのが久慈壇左の得意とする謀略だ。反攻のための手を集めんとすればするほど、朱鷺はそのいやらしさを思い知る羽目になった。
 北方の列強は、時に一年の半分ちかくを雪に閉ざされる厳冬の中で、互いに縁戚関係を結び、ひとつの家として外敵に抗してきた。古くは大陸来寇の戦以来の一致団結である。
 それゆえに将兵たちの気骨は素朴で、謀略や陰謀を好まぬ性質。悪く言えば単純である。そこに一度撒かれた不破の種は、面白いほどにあちこちで芽吹き、覿面に効果を発揮した。
「……のう業天。知っておるか? あの狸親父、あろうことか父上に私を差し出せば軍を止めると言っておったらしいぞ。すでに孫もおるような爺の身で、まったく大した色惚けよな」
 久慈の古狸の絶倫ぶりと好色さは、世間の歌に揶揄されるほどである。亡き母の美貌を受け継いだ朱鷺姫は、壇佐が国を引き換えにしても欲しがったという噂は、まことしやかに流されていた。
 事実、彼等は久慈の支配に抗おうとする姫を、殺すのではなく敢えて生かして捕えようとしている節もある。一度だけ、遠目に見えたことのある、肥え太った老人の姿を思い描き、朱鷺はぶるりと身を震わせた。
「国を滅ぼしてでも、私が欲しいのかのう」
 自嘲と共に朱鷺は言う。それに応じるように業天が鼻先を寄せてきた。白犬の濡れた鼻を擦りつけられ、美貌の姫はくすぐったさにくすりと微笑んだ。
「ふふ、わかっておる。……すまぬな、業天」
 国を追われ、野辺をさすらう明日をも知れぬ我が身。
 それでもなお、朱鷺が生きる意欲を失わずに済んだのは、業天が片時も離れずに傍に寄り添ってくれているからだ。
 下卑た野武士崩れの山賊、群れる野猿、そして久慈の追っ手――降りかかる困難の前に、己れ独りだけでは間違いなく屈し、いずれ誇りを、あるいは命を奪われていただろう。
 日頃、場内にあって武勇を誇り忠義を唱えていた臣下たちも、いざ久慈の大軍勢が白鷺城に迫れば、保身のため、時流には逆らえぬなどと称して、白旗を揚げて敵の軍門に下った。
 城が包囲される頃には、朱鷺姫の傍に仕えるものなど、数えるほどしか残らなかったのだ。
 実の弟のように育った忠義の供、藤千代ですら援軍もない篭城の日々に希望を失い、朱鷺姫に自害を促したほどである。
 そんな中で、ただ一人。
 ……否、一匹。
 業天だけが、朱鷺を支え続けた。
「――お主がいなかったら、私はとうにこの世には居らぬであろうな。そのこと、いくら感謝してもしきれぬ」
 そう呟いて、朱鷺はそっと業天の毛皮に顔をうずめる。
 業天は常より吠えることをしない。白狼権現の献上する白犬の中でもひときわ大きな体躯を持ちながら、彼は戦場を除けば常に黙し、声を発することはなかった。感情を表す声は精々が唸る程度。常に朱鷺の傍に控え、怪しきものを寄せ付けんとする凛々しき様は、まさしく白狼権現の使いであるのやもしれないと、城内の者たちは口々に噂したものである。
 しかし、声などなくとも、朱鷺と業天はかすかな息遣いとその仕草で、十分に語り合うことができた。業天もまた、きちんと朱鷺の言葉の意図を解するのである。深い知性と理性をたたえた瞳は、決して禽獣のそれではない。
 暖かい白犬の腹にそっと頭を預け、静かに呼吸をすれば、朱鷺の脳裏にはあの幸せだった頃の記憶が蘇る。
 厳しくも優しい父と、病弱ながらいつも自分のことを思ってくれていた母。
 幼さゆえに、戦乱の世の理を知らず、あの穏やかな日々がずっと続くと疑わなかった頃。けれどそれは、いまの朱鷺が生き抜くための、確かな支えなのだ。
 ぐい、と業天が首を曲げ、朱鷺の首の下へと鼻先を押し込んでくる。
 人の言葉を持たぬ白犬は、そうやって朱鷺を案じているのだ。
「案ずるな。私は負けぬ。生きて、生きて、絶対に生き延びてみせる。――あの久慈の化け狸を叩きのめすまでは、死んでも死に切れん」
 頼もしい守護者の頭をそっと撫で、朱鷺はそう言って微笑んだ。
 業天は目を細め、牙を覗かせるように口元を緩めて、朱鷺の頬に顔を擦り付けてくる。
「慰めてくれるのか? ふふ、優しいな、お前は」
 朱鷺はそっと首を擦り寄せてくる白犬の首元に顔をうずめた。こうして二人で過ごす時だけ、朱鷺の凛とした佇まいは影を潜め、年齢相応のあどけない表情が覗く。長い逃亡の中で朱鷺が心を許す相手は、いまやこの世に業天ただ一人だけだ。
「――んぅっ」
 大きな舌が、ぞろるっ、と朱鷺の頬をなぞり上げる。
 白犬の大きく開いた口から湯気が立ち昇る。半日も山谷を駆け続け、白犬の体内は焼けるように熱を帯びていた。そこから覗く赤い舌が、朱鷺の頬を往復する。
「こら、業天、そんなに舐めるでないっ」
 くすぐったさに目を瞑る朱鷺だが、ぬめる犬舌の感触は襟足から遠慮なく首の後ろをぬらぬらと汚してゆく。手を持たぬ業天は、こうして鼻や口、舌を使って親愛の情を示す。
 戦以外では滅多に口を血で濡らさぬのも、この白犬が権現の使いであるとされる理由のひとつであった。
「……ぁ……っ」
 言葉を話せぬ業天は、親や兄の代わりのように朱鷺の顔や首を舐め、親愛の情を示すことがある。
 が、この時のこれは、そんなものとは違っていた。
 熱く溶けるような舌先の滾りに朱鷺はそれをはっきりと悟り、顔を赤くして声を上げる。
「ん、……や、やめ……こんな所で……っ」
 しかし姫君の制止の言葉も、舌のうねりに翻弄され、途切れ途切れでは効果は薄い。やがて業天にのしかかられるように、朱鷺は逞しい四肢の下に組み伏せられてしまう。
 白犬は舌と鼻先を器用に使って胸元の合わせ目をこじ開け、単衣の下のサラシを甘噛みと共にずらし外した。布地の奥から、控えめな乳房が露となる。
「業天、だめ、待て……待てというのにっ!!」
 ひやりと素肌を撫でる外気に、朱鷺は思わず声を荒げる。
「ゆ、昨夜――あれほど沢山しただろうにっ!? ……ま、まだ満足してはおらんのか……ひゃうぅッ!?」
 無論とばかり、白犬は荒々しく朱鷺に圧し掛かり、首筋をぐりぐりと擦り付けてくる。興奮した山犬の吐息は、熱情に浮かされたようにぎらぎらと輝いていた。
「っ……」
 山犬の巨躯の内側に、溶岩のごとく滾る情念を感じとり、朱鷺は言葉を飲み込んでしまう。
 忠実な臣下として仕え、身命を賭して主人を守る彼も、まだ年相応の少年なのだ。ほのかに色づき、蕾をほころばせた乙女の柔肌、その味を知りつくした彼が、ひとたび覚えた欲望を抑えきれるものではないことを、朱鷺はよく知っていた。
「んぅ……っ、ば、馬鹿ぁっ……んむっ……ちゅぅ」
 白犬は、欲望に滾る瞳を、しかし真摯に真っ直ぐに向けてくる。
 大きな口から伸びる舌が、朱鷺の唇を舐め上げた。山犬の鼻先に伸びる髭のちくちくとした感触、獣の口腔を満たすねっとりとした生臭い呼気が、朱鷺の小さな身体を満たしてゆく。
 熱烈に押し付けられる白狼の口付けに、朱鷺の形ばかりの抵抗は脆くも溶け崩れ、二人――一人と一匹の影は、険しい山間の岩棚に重なり合う。
 朱鷺自身もまた、そうして業天に求められることを、けして悪く思ってはいないのだった。


 ◆ ◆ ◆


 朱鷺が業天に処女を散らされたのも、こんな星明りの夜更けだった。
 長年仕えた配下の裏切り、固く結ばれていたはずの同盟の破棄、卑劣なる久慈壇左の謀略。最後の戦陣へ向かい、勇ましく戦い抜き、虜囚の辱めを受ける前に自ら命を断った父・玄馬の死。
 炎に包まれ落城を余儀なくされた白鷺城の一隅に、朱鷺はわずかな手勢と共に立て籠もった。城外には久慈の大軍が押し寄せ、包囲網は容赦なく大砲を撃ち込み、昼夜もなく轟音を響かせる。
 もはや誰も抗う気力すら持たず、無残に敗残の兵となることを受け入れんとしていた中で。
 眠ることすらできぬほどに疲れ果て、無残に打ちひしがれた朱鷺を。業天は突如寝床より引きずり出し、その背に乗せて楼外へと駆け出したのである。白狼権現の守護者であったはずの獣の乱心に、驚き慌てる朱鷺たちの混乱は最高潮に達した。
 久慈の寄せ手、一万によって白鷲城の城門が打ち破られたのはまさにその時であった。ついに破られた城門から続々と乗り込んできた敵兵をものともせず、業天は駆けた。
 その背に朱鷺を乗せ、獅子奮迅と荒れ狂い、五十の兵を踏み潰し、百の兵を噛み千切り、その純白の毛皮を紅く染めながら。
 業天は、とうとう包囲を抜けて朱鷺を領内より連れ出したのである。
 そして。
 主の不在と共に燃え落ちる白鷺城の天守を臨む山間の中で。
 業天は、打ちひしがれ蹲っていた朱鷺を、強引に組み伏せたのである。
 最愛の幼馴染の乱心に慌て、驚き、泣き叫ぶ姫君の慟哭には一切構うこともなく、白犬は無垢な姫君の身体に、猛り狂う肉杭を打ち込んで、陵○を繰り返したのだ。
 まともに組み合えば己の数倍もある巨体だ。少女の細腕で跳ね除けられようはずも無い。抵抗も許されぬまま、朱鷺は無残に獣の下敷きになり、一度も目にしたことのない巨大な雄の肉杭を、その白い肌に打ち込まれたのである。
 処女の証に紅く染まる単衣の下、山犬の迸らせた熱い滾りを、幼い胎奥になみなみと注がれて――
 朱鷺は激しい屈辱と共に、湧き上がる強い生への渇望を抱いていた。
 幼き頃から出会って以来、片時も朱鷺の傍を離れることなく、己を守り続けている忠実な業天が、あの日あの夜に限ってなぜあのような無体な振る舞いに及んだのか、朱鷺はずっと不思議でならなかった。
 こうして、何度となく肌を重ねて思うに。
 あれは、最期を悟り自暴自棄になっての行為では、なかったように思う。
 もっと激しい、怒り――あるいは憤り。絶望を前に抗うことなく、ただそれを受け入れんとする者たちへの、慟哭と叱咤の叫び。
 あるいは、侵略者を守る北方鎮守、白狼権現の神獣としての矜持であったのかもしれない。
 父を、臣下を、国を失い、ただ独りの身となって戦国乱世を彷徨うばかりの少女を――自分の愛する伴侶とし、その身を挺し命を賭けて守るための誓いであると。
 亡国の姫を娶り、白鷺国最後の兵となってなお、抗い続けるためなのだと。業天は、そう言いたかったのではないか。
 ならば――自分もそれに答えねばならない。
 滅びたとは言え、白鷺の最後の姫として、忠義を尽くさんと奔走する愛しい若者に、生涯を捧げ添い遂げねえばならない。
 その日から、朱鷺は業天と契りを結び、猛々しい若獣の滾りを受け止めることを決意した。
 そうして、半年。
 その結果が、いまのこの有様だ。
「……んぷ……っ、ちゅ……」
 少女のあどけない唇は大きく割り開かれ、その中へ赤黒い肉竿が深々と出入りを繰り返していた。
 くぐもった呻きと共に、桜色の唇から白い喉へと、どろりと泡立つ粘液が伝う。一糸まとわぬ裸身となった亡国の姫君は、山犬の白い毛皮の腹下にひざまづいて潜り込み、小さな唇を精一杯に広げ、逞しく反り返る雄犬の肉竿に舌を這わせているのである。
 子供の手ほどもある野太い剛直を、口腔はおろか喉の奥深くまで受け入れて。顔を動かし唇をすぼめ、小さな舌を懸命に動かして舐り上げる。
 脈打つ竿の付け根を、幼い美姫の唇からはみ出した舌がちろりと舐める。
 柔らかな唇とすぼめた頬肉の内側が肉竿を包み込むように締め付ければ、乙女の唇からは大量の粘液がこぽこぽと溢れて、白い肌を汚した。
「んむ……れりゅっ……ふぐ……んむゅっ」
 深々と喉奥までを占領していた肉竿がぬぽりと少女の口から抜け出る。固く張りつめた肉杭の先端からは、火傷しそうなほどに熱い粘液が次々に吐き出され、噎せ返るほどの生臭い獣の欲望が少女の顔を汚してゆく。
 溢れ落ちる雄の滾りに溺れそうになりながら、朱鷺は健気に唇と喉を使って、びくびくと脈打つ獣の象徴を愛撫する。
 業天が吐息を荒くし、力強く地面を踏み締めた四肢を震わせた。
「んぅ、むぐぅっ……っふ」
 白犬が腰を震わせ、ぐいと肉竿を前に突き出した。堅く張りつめた雄の滾りに、姫の唇は一気に貫かれる。喉奥に深く受け入れた肉竿の先端がぶくりと膨らみ、朱鷺姫は苦しげに眼を瞑た。
 根元深くまで少女の喉を貫いた獣の肉杭が、脈打ち、うねり、爆発した。白犬はあどけない少女の腹奥へと白濁を迸らせたのだ。噎せ返るほどの獣臭を伴う雄の滾りが、幼い姫の喉奥へと絡み付いて、胃の腑へと直接流し込まれんとする。
「……ん、くっ……ぢゅる、っく……ごきゅっ……んぅう……」
 朱鷺は咳き込みながらも決して拒絶することなく、業天の滾りを全て受け入れていた。どくどくと舌の上いっぱいに吐き出される粘つく雄の迸りを、口腔に受け止め、懸命に喉を動かして腹の底へと飲み込んでいく。
 身体の内側を、真っ白に塗り潰されるかのような衝撃。
 獣の滾る精の迸りは、人のそれをはるかに超える凄まじさである。小柄な少女が受け止めるにはあまりにも激しく大量であるが――朱鷺はそれを決して拒もうとはしない。
「あぅ……えほっ」
 やがて噴出がおさまると、白い喉奥、桜色のくちびるの奥深くまで押し込まれていた肉杭がずるりと引き抜かれた。泡立った粘液がべちゃべちゃと垂れ落ち、姫君の慎ましやかな胸元を汚していった。
 激しい射精を伴ってなお、業天の股間の滾りは些かも衰えることなく、むしろ力強さを増してなお猛々しく反り返らんばかりである。
「ふぁ……」
 すっかり蕩けた表情で吐息をこぼす朱鷺の柔頬に、赤黒い先端はなおも数度震えては白濁混じりの粘液を飛ばした。
 白濁の雫が降り注ぎ、少女の頬に淫靡な蜜の糸を引く。それを指先で拭い、躊躇うことなく舐めとる朱鷺姫。 帯は解かれ、衣の前ははだけ、幼い美姫の肌はすっかり露わになって、肉付きの薄い幼いほっそりとした肢体を夜気に晒している。
「……ふふ。業天。お前には、こんないやらしい事まで、すっかり覚え込まされてしまったのう……?」
 ぬめる口元を手の甲でぬぐい、朱鷺は苦笑とともに独白した。
 薄衣を突き破らんばかりに逞しく反り返る怒張を、小さな口で慰めること、はや半刻。業天が迸らせた精の滾りはすでに両手の指でも足りないほどだ。
 が、これは業天の堪え性の無さを示すものとは少し違う。
 淫靡に口元を緩ませて、朱鷺は逞しい獣の肉竿に、白魚のような指を絡めさせた。びくびくとのたうつ赤黒い雄の象徴を、焦らすようにしごき始める。たちまち山犬はくぐもった唸り声を上げ、腰を引くようにして足を踏み鳴らす。
「あれほど沢山、私に子種を飲ませておいて。……お主のここは、まだ、し足りぬようじゃな?」
 いまだ幼き亡国の姫君は、如何な男であってもたちまちに魅了し蕩かす、天賦の資質を備えていたのである。
 かつての左府も成しえなかった、天下統一。それを目前にした久慈壇左が、我を忘れて追い求める白鷺の姫。その理由が、ここにあった。
 野生にうち震える巨躯の獣とて手玉にとる、いとけなき姫君。並みの男であれば、ここまでの情交で疾うに精も根も絞り取られていることだろう。
 が、白狼の血を受け継ぐ白犬もまた、滅びた種族の末裔としていまだ衰えをみせることはなかった。
 朱鷺はうっとりと目を細め、目の前で揺れる逞しい生殖器をそっと胸にかき抱く。幼い姫の献身的な愛撫で、何度も絶頂を極めた筈のそれは、朱鷺の全身をぬめらせるほどに度重なる精を吐き出しながらも、ますますその凶悪さを増し、いまや朱鷺姫の腕と比べてもさほど遜色のないほどの太さと長さを備えていた。
 はじめは見るのもおぞましかった、獣のそれは――いまや朱鷺にとって、なによりも愛おしいものだ。己を天の上まで導いてくれる、愛しき伴侶の分身なのである。
「あんなにも精を吐き出したくせに、まだこのように、際限なく大きくしおって……。私の胎を突き破ってしまうつもりか? ん?」
 悪戯っぽく口にして、ぺしんとその先端を叩く。びゅるっと迸った粘液が、朱鷺の乳房を汚す。
 くすりと微笑み、朱鷺は肉竿をしっかと掴んだ。ねろりと幼くも小さな舌が、艶めかしく業天の肉竿の先端をちろちろと舐めてゆく。
 少女の唇によって高められた白狼の生殖器からは、先程の射精の名残である白く濁った半透明の雫がたらりと垂れ落ち、地面にぽたぽたと滴っていく。その先走りを舐めとりながら、朱鷺は唇をそっとぬぐう。
「……ふふ。私も、よくもまあこんなものが、ここに挿入るものだと驚いているのだぞ?」
 指先で業天の肉竿を、細い指先でピンと弾きながら、朱鷺はそっと自分の下腹を押さえせみせた。肌蹴た衣に辛うじて隠れる乙女の秘所もまた、既に熱く疼きを隠せぬように、甘い蜜を滴らせている。
「それなのに、いつもお前は、無茶をしてばかりで……本当に、たいへんなのだからな?」
 ちゅ、と愛しい殿御の先端に口づけ、朱鷺は破顔した。言葉の通り、手練の武芸者とてひと咬みでねじ伏せてしまう白狼と、いまだ十をいくつも過ぎていない朱鷺では、大人と子供どころか猫と鼠ほどの差だ。
 白い肌とふさふさの毛皮。すらりとした細い二足と、逞しい獣の四足。長い黒髪と白い鬣。牙の生え揃った大きな顎と、桜色の小さなくちびる。
 躯の大きさも、種族も、言葉もまるで異なるそんな二人が、すっかり慣れた様子でお互いを深く理解し、情を交わして身体を交える様は、一種、異様を通り越して、どこか神秘的な佇まいすらも感じさせるものだった。
 否。
 それは真実、神と人との交わりであったのかもしれない。白狼権現の神使いである狼(大神)と、国の興りより続く白鷺家の末裔である朱鷺は、神獣に添い遂げる巫女であるとも言えよう。
 であるのなら、この婚姻はまさに、人と神とが互いを伴侶とする神事である。
 だが。たとえそうだとしても。山腹の洞窟の奥、ふかふかの藁や鳥の羽毛を敷いて作られた巣床の中で繰り広げられるのは、荘厳な神との交わりにはあまりにも似つかかわしくない、幼き姫と獣の淫靡で妖艶な交合であった。
「……業天、もっと、近う」
 小さく身を震わせた業天の傍に再び身を寄せて、朱鷺は再び高ぶる若狼の肉竿をねぶり始める。
 男の足元に膝まづいて、いきり立った肉竿を唇で慰めるなど――よほど低俗な芸娼でもしないような行いだろう。ましてその相手は、巨大な白狼――人ですらない。
 しかし、こうして言葉を解さぬ獣に己が身を屈服させられるという事実は、まだあどけない朱鷺姫の心を妖しくくすぐるのである。
 その証拠に、幼き姫君の頬はすっかりと赤く染まり、まだ肉付きの薄い乙女の股間にも、既に甘い匂いをこぼす蜜が潤みはじめている。
「んく……っぷ……れる……っ」
 業天のそれは大きな身体にふさわしい巨大なもので、朱鷺が両手で握ってもなお十分に余るほどだ。それを喉奥まで咥え込んでは深く飲み込み、ずるりと引き抜き、舌が絡みつき、あどけない唇が締め付ける。
 姫の淫蕩な手管に、業天は後肢を力強く踏み鳴らし、ますます息を荒くする。
 彼が昂ぶってゆくのを感じ、朱鷺姫もまたいつしか夢中になって業天の滾りを慰めてゆく。
 己の唇が、喉が、舌が、まるで雄を迎える蜜壷のように、勝手に甘くいやらしく蠢いて、野太い肉竿を舐めしゃぶる。まだあどけなさを残す姫君の唇や喉は、白狼のそれの形を余すところなく感じ取り、どこを擦り舐めてやればよいのかを覚えていた。
 逞しい肉竿がますますぶるぶると震え、その根元にぶら下げた大きな子袋を揺らす。
 朱鷺がそっと指を伸ばしてみれば、ずしりと重さが伝わってきた。
「……んふ……、まだ、全然、足りぬよう、じゃな?」
 張り詰めた子袋の重さを感じ、朱鷺は自らの言葉に頭の芯が陣と痺れるのを感じていた。
 右手と唇で業天への奉仕を続けながら、いつしか朱鷺のもう一方の指先は、乱れた裾の奥、襦袢の内側へと延びている。わずかな穢れもなく、無垢な童女の装いをした内腿の奥には、すでにとろりと蜜があふれ、細く合わされた秘裂は色づく花弁のようにほころびていた。
 乙女の小さな指先は、その上をなぞるように忙しなく往復をしはじめる。
「っ…………」
 人さし指がピンと尖った淫核をつつき、中指と薬指がほころび、蜜の塊をぷくりと吹いた膣口をこね回す。ほとんど覚えたてのつたない一人遊びでもすぐに達してしまうほど、朱鷺の身体は高ぶっていた。
 背筋を突き上げるような鋭い快楽に声を詰め、朱鷺は身体を丸め、きつく業天の脚に身体を押し付ける。
「……業天、っ」
 朱鷺は愛しい殿御の名を囁くと、ほどけた帯から身体を抜いて、肌蹴たうちがけを肩からおとした。すとんと巣床の上に落ちた単衣の上、一糸まとわぬ姿となったあどけない乙女は、岩棚の上に身を横たえる。
「……ごう、てん」
 薄く色づいた肢体をそっと自分の腕で抱き、朱鷺姫は白い肌をあらわにしてもう一度、愛しい相手の名を呼んだ。
 身も心も一つに。少女の幼い恋心は、それだけを望む。
 この寒空の中では、わずかたりとても離れていることは苦痛だった。朱鷺姫は自ら幼い身体をさらけ出し、はしたなくも立てた膝を広げ、その中心部へと業天の憤りを導いてゆく。
 物も言わずに近寄って来た業天の腹に顔を埋め、朱鷺は彼の腰を受け入れるように、身体を動かした。右の膝だけを立て、もう一方の脚は伸ばしたまま大きく広げて、ぐっと腰を落としこんでくる獣の身体を、心持ち左抱きにするように身体を反らす。
「ぁ、あ、あっ」
 しなやかな脚が大きな獣によって、大きく割り開かれ、さらに奥まで。ぐっと体重を預けてくる業天に、朱鷺はそっと身体を寄せた。ふかふかの冬毛が、少女の体を優しく包み込む。
「……っ!!!」
 姫君の体を抱え込んだ白狼は、荒い息と共にいきり立つ剛直を可憐な花園へと押し当てていた。とてもとてもその小さな肉壺に納まる入るとは思えぬ巨大な肉竿が、秘門の入り口をきつく押し叩く。
 獣との交わりを何度も繰り返され、丹念に快楽を覚えこまされた蜜口が、たまらぬとばかりこぽりと甘い蜜を噴きこぼした。
 朱鷺姫は業天の首へと腕を伸ばし、息を整えながら腰を押し上げた。同時に、業天は小さな身体をねじ伏せるように、猛り狂う己を少女の胎奥へと突き入れてゆく。
「ぅ、あ……ッ」
 ぬぷりと、固く尖った肉槍の先が少女の門をくぐる。先程まで延々と、朱鷺の唇にねぶられていた雄の滾りだ。練り込まれた柔肉はまるで刃を納める鞘のように、くちくちと音を立てながら業天の滾りを飲み込んでゆく。
 いまだ、彼以外に男を知らぬ朱鷺姫の身体は、余すところなく獣の滾りを受け止めていた。
「っ…あ、…ぁっあ、あ」
 ついに己のうちに猛る獣の全てを受け入れ、その衝撃に朱鷺姫は目を見開いた。
 天涯孤独の身となり、あてもなく山野をさまよって、これまでに何度身体を重ねたことであろう。すでに朱鷺のそこは、白狼の逞しい肉竿を全て受け止め、力強く振るわれる腰の一突きごとに甘い官能を覚えんばかりに開発されている。
 肌を合わせる度、自分のそこがこの勇敢な獣を悦ばせるのに相応しいものへと変じて行くのを、朱鷺は感じていた。
 朱鷺姫の身体を深々と串刺しにした業天は、そのまま忙しなく腰を揺すり始めた。
「っあ、ぁ、や……ご、ぅ、てんっ、」
 女の最も敏感な中心を思い切り貫かれ、もはや朱鷺姫は抗う術を持たない。ただ、逞しく巨きな獣に身体をこね回されるばかりだ。
「ぅあ、あっああぁ」
 初め、わずかに苦悶も交じっていた朱鷺姫の叫びは、すぐに甘く蕩けたモノに変わっていった。
 赤黒く野太い肉杭が抜き差しされる度、結合部からは泡立った蜜が噴きこぼれ、抽挿は滑らかになり、姫の白い肌にはじっとりと汗が浮かぶ。荒く火照った吐息は岩窟の中に白く篭り、まるで蒸気を吹くようだ。
 胎奥を突き上げる猛々しい雄の滾りに、耳までを赤く染め、朱鷺姫は己の半身とも言える獣に愛を囁く。
「業天っ……きて、……もっと、もっと……っ」
 母譲りの強気な表情はいまや甘く蕩け、熱を帯びて潤み、柔らかな唇は雲上の心地にだらしなく緩んでは溢れた唾液に糸を引かせる。細めた目元に涙を見せながら、朱鷺姫はなお激しく猛る獣を受け入れ、その口元へと唇を寄せた。
 少女の体など、ひと呑みにしてしまいそうなほどに大きな白狼のあぎと。唸りを堪えるように噛み締められた牙へと、乙女の唇が触れ、小さな舌がそれを舐めとる。
 業天も何かを感じたように口をあけ、大きな舌で朱鷺姫の顔を舐め回した。大きな狼舌は少女の首筋、うなじ、胸までを舐め上げ、火照る姫の肌をますます色付かせる。
 二人の唾液は深々と混じり合い、泡立ち糸を引いて淫靡に濡れ音を響かせた。
「ごうてん……っ」
 もはや、それは獣とヒトの凌○ではない。お互いに心から想いを交わし合った二匹の番いの、婚儀の証のくながいであった。
「ぁ、あぁ、っ、あ、ご、ごうてん、もう、だ、だめ、あ、ぁーッ、あああぁああーーッッ」
 まるで天上を彷徨うかのごとく。朱鷺ははしたなく喘ぎを跳ねさせ、気をやった。
 しかしまるで石臼のように激しく打ち付けられる白狼の腰使いに、絶頂は一度で収まらず、立て続けに少女を快楽の頂きへと押し上げる。
「っあ、ひ、ぁ、ぅぁ……やぁ、ま、また、また、ぃ、っちゃぅ……ッ」
 扶桑の国々の武者たちが、密かに想いを寄せる、亡国の幼き姫。この幼くも気丈な美姫を己の下に組み伏せ、味わされる女の悦びに咽び泣く様をみたいというのは、男子の本懐でもあろう。
 いま朱鷺が見せている表情こそ、その血筋と、母譲りの美貌を讃えられた小さな姫をを娶らんとする男達が夢見てやまぬものだった。
 だが、朱鷺が心を許すのは、海道一の弓取りでもなく、武名の誉れ高き但馬の若長でもなく、権謀に長けた老将でもない。
 ただひとり、この若く逞しい獣だけなのだ。
「ぁ、や、ま、また……また……ッ」
 それに答えんとばかりに、業天は力強く足を踏ん張り、猛烈な勢いで腰を叩き付けてくる。千尋の峡谷をひと飛びで跳ね超える脚力と、荒武者を踏み倒し首を捩じり切る両の肩。獣の交わりは凄まじいの一言で、朱鷺はすぐに我を失い、ただただ、甘美な快楽と込み上げる熱いうねりに悲鳴をあげるばかりだ。
 一際深く、腰を打ちつけた業天の肉杭に、思い切り胎奥をえぐられて。
 朱鷺姫はまたも声を高く跳ねさせて、背中を仰け反らせた。すっかりいらやしく色付いた脚の付け根には、ぢゅぶりと淫らな蜜と、丹念に注ぎ込まれた白濁の混じったものが溢れだす。
 深く繋がったまま、業天はぐるりと体勢を変えた。
「ぁ、ぅ、か、は……ッ」
 数倍の体躯を持つ獣の交合を、真正面から受け入れて。
 業天がねじ込むように推し入れた、肉竿根元の瘤が、朱鷺の腹を深く埋てゆく。
「ぁはぁ……っ」
 引きずられるたびに深く身体奥に嵌り込んだ業天の怒張が震え、子宮の口を突き上げる。
 朱鷺は地面に手を突き、それ以上の無体から逃れようと地面にしがみついた。
 膣奥に吐き出される灼熱の滾りに、朱鷺姫は四つんばいになったままぶるぶると背筋を震わせる。大量の子種がなおも噴火のように噴き上がり、その全てを受け入れた朱鷺の胎は、まるで既に子を宿したかのように膨らむ。
 疼く子宮が子種を味わい、奥深くへと嚥下してゆくその感触を、しっかりと感じ取っていた。


 ◆ ◆ ◆


「――のう、業天。気付いて居るか?」
 白い毛皮に顔をうずめ、睦言のなかで、朱鷺姫は言う。
「先月辺りからな、――その、月の障りが来ぬのじゃ」
 そっとその下腹をさすり、そこに――命をはぐくみ育てる、女しか感じられない確かな確信と共に。
「……まあ、あんなに毎晩毎晩、抱かれておれば仕方のないことであろうかな? あんなにも胎が裂けるほどに種を注ぎ込まれて、おぬしの仔を孕まぬ方が可笑しいのではないか?」
 ちらり、と悪戯っぽい視線を向けられ、珍しく業天は落ち付かない様子を見せる。
 そんな彼の様子に、愛おしそうに笑った朱鷺は、その鼻先にこつんと額を押し付けた。
「ふふ。これに懲りたら少しは加減せよ。胎の中の赤子のためにもな」
 業天の顔を、そっと己の胸にかき抱き、朱鷺は告げる。
 そこに息づく、芽生えたばかりの小さな命を感じ取ってもらえるように。
「……良いのじゃ。私もな、お主の仔が欲しかった。……そうでなければ、お主に肌を許したりするものか。
 お主の仔は――きっと逞しく、愛くるしいのであろうな。さて、人の成りをしておるか、おぬしのように逞しき獣の成りをしておるかわからぬが――私とお主の仔だ、きっと何にも負けぬ強き仔になろう」
 愛おしげにそっと腹を撫で、朱鷺は業天の鼻先にくちづけた。
「ふふ、任せておけ。たくさん――元気な仔を産んでやる。お主と私の、朱鷺姫の子じゃ。この世に白鷺の血は絶えさせぬ。決してな」
 仮令、それが人でなくとも――構わない。
 人倫にもとる行いと誹られようが、朱鷺は生涯ただ一人、この愛しい伴侶を愛すると誓ったのだ。その子を産み育てることのどこに過ちがあろうか。
「山犬姫――か」
 山野を駆け、生肉を食らい、時に国境の集落を襲ってその蓄えを奪い、なお生き延びる己の事を、そう揶揄と畏れ混じりに呼ぶ者たちがいることを朱鷺は知っている。
「それも良い。なに、お主よりも立派な殿御など、三国中を探しても居らぬだろうよ。のう?」
 決意と共に、朱鷺姫は業天に頬擦りをした。

 終わりなどではない。
 朱鷺姫――山犬姫の物語は、ここより始まるのだ。


 (了)

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シロフミ 2020/08/05 21:50

シローとユイの話・その6

 春休みも間近なその日――
 両親がまた揃って出かけ、やっとできた一人の時間を心待ちにしていたユイは、厳重に玄関と自分の部屋に鍵を掛け、冷たい水とお湯とタオルをもって自分の部屋に閉じこもった。
 下半身を――全身を、熱っぽい感覚が包み込んでいる。じんじんと響く感覚はすでに一昼夜、少女の身体を侵しつつあった。
「はぁ……ッ、わかる? シロー、シローの赤ちゃん、もうすぐ産まれるよッ?」
 もうすぐママになる少女は、この空のどこかにいる、もうすぐお父さんになるシローに良く見えるよう、ワンピースのスカートをぐっとおヘソの上まで引き上げていた。大きく育った少女の腹部は、元気一杯に育った赤ちゃんによってまあるく膨らんでいる。
 目一杯く広げられた両足の間は、すっかり薄赤く充血しほころんだ肉襞を覗かせている。ユイの下腹部の膨らみはいくぶん脚の間に向かって動き、少女の膣口からは間断的にねとりとした粘液が溢れている。
 既に、通常の出産では破水にあたる卵胞の破裂と、胎内を満たしていた粘液の放出が終わっている。陣痛の間隔も短くなり、ユイの子宮口はすっかりほぐれて柔らかな弾力を帯びていた。
「はんんっっ……んぅううぅうっ!!」
 おなかの中の赤ちゃんをどうやって産めばいいのか。姉の百科辞典と保険の教科書、それに家庭の医学をたっぷりと読み漁ったユイは、ママになるための知識を十分に身につけている。
 ぐっとハンカチをくわえ、ユイがいきむたび、ぱくぱくと開いた膣口が、奥にたわになった柔襞を蠢かせる。
 ぎゅっと捲り上げた服の裾を掴む指が白くなるまで力を篭めて、ユイは荒くなった息を少しでも抑えようと深呼吸を繰り返した。
「ふぁぅ……っ……ぁああああっ!!」
 くちゅ、くちゅと泡だった粘液がこぼれ、幼いつくりの秘孔が伸び縮みを繰り返す。
 子宮の収縮に合わせ、ユイの膨らんだ腹部が、ゆっくりと股間に向けて下降してゆく。生命の揺り篭に包まれた小さな命は、母親となる少女の息遣いに合わせて長く狭い産道を進んでゆく。
「シロー、見てて……っ、あたし、頑張って、元気な赤ちゃん、産んであげるからねっ」
 陣痛の隙間、荒くなった息を辛うじて繋ぎながら、心配げに寄り添うシローの身体を思いだすように、ぎゅっとぬいぐるみの『シロー』に腕を回し、ユイは健気に語りかける。そうすることで湧き上がる歓びと元気が、疲れきったユイの身体にまた活力を与えてくれるのだ。
 これから、ユイはお母さんになる。シローの赤ちゃんを産むのだ。
 その事を口にするたびに、途方もない愛しさがこみ上げてきて、ユイの小さな胸はもうはちきれてしまいそうだ。
 事実、わずかに膨らんだ乳房の先端からは、じわりと白い乳が滲んでいる。ワンピースを汚すそれは、愛しい我が子に与えるためのものだ。新たな生命をはぐくみ育てるための準備は、すっかり整って、愛しいわが子を待ち焦がれている。
「ふぁああああっ!!!?」
 力みとは違う感覚がユイの腰を、圧倒的な存在感で刺し深く貫く。
 不随意筋による子宮の伸縮――
 ぷちぷち、と狭い産道が圧倒的な圧力に耐え兼ねて小さく裂けてゆく。出産という一大イベントは、成熟した女性ですら無事に耐え切れるかどうかも分からない苦行である。まして、子供を産むにはあまりに未成熟なユイには、押しだされる胎児の身体はあまりにも大きすぎ、骨盤を歪め内臓を押し潰す激痛のはずだ。
 しかし新たな生命を産み落とす歓びに支配されたユイには、そんな痛みはまるで届かない。愛する相手の子供をはぐくみ、そしてこの世に産み落とすという神聖で不可侵の行為に、少女の心は途方もない感動で満たされて、尽きない歓びがあらゆる苦痛を麻痺させていた。
「ふぁあああああっ、ぁあぅぅぅぅ!!!」
 力の篭る下半身。じゅるじゅると粘液が溢れ、滲んだ血がかすかにピンク色をした雫をシーツの上に滴らせる。
 反り返る膣口から、せりあがる子宮口。
 くぱり、と開いた襞の奥から、破れた胎胞に包まれた黒い塊がせりだしてくる。
 粘液に濡れた毛皮の塊がゆっくりと押し上げられ、小さな産道を押し広げていく。
「ぁああああっ、あくぅっ!!」
 愛しい相手の生殖器を受け止めて、至上の快感をもたらし、余すところなく生命の素の白濁を絞り取るための器官は、もう一つの大切な役割である生命を誕生させるためにその全力を注いでいる。
「ぁああうぅぁあっっ!!!?」
 丸い爪の生えた両前脚がユイの小さな柔孔からぢゅぶり、と突き出た。
 胎児は、狭い産道を潜り抜けようとその強靭な生命力を持ってもがいた。おなかの中を内側から激しく蹴り上げ、子宮の中に脚を踏ん張り、全身をのたうたせて、細い襞のひしめく少女の膣を通り抜け、母体の外に這い出そうとしている。
 本来、出産は母体だけが行なうものではない。胎児と母親、ふたりが力を合わせてひとつの生命を誕生させる崇高な行為だ。しかし初産のユイにはそんな健気な胎児の行ないを感じ取る余裕はなく、ただただ遮二無二下半身に力を篭めるばかり。
 けれど――
 そこには、あまりにも美しい姿がある。
 何よりも愛しく大切に思う相手の子供を、誰よりも好きなひとの遺伝子を、生命を受け止めて、それを次代に繋いでゆく、雌として、いや生命としての根源的な歓び――
「ぁああうぅ、くぅあ、ふわぁああああああああぅう!!!!」
 全身を使ってのはげしいいきみと、筋肉の塊である子宮の力強い収縮。そしてユイの説に願う魂の叫びが、がっちりと噛み合った。
 まるで、身体をまっすぐに貫くほどの、圧倒的な衝撃が。
 少女の身体を端から端まで貫いて、下腹部の膨らみがゆっくりと、ユイの大きく広げられた脚の付け根、股間へと下降してゆく。
 ぐちゅり、と大量の粘液を溢れさせながら、生きよう、産まれようともがく小さな生命が、ぱくりと反り返って拡がった膣口、覗いたまぁるい子宮口を押し広げて裏返りながら、ぞりゅるるるっと滑り落ちてゆく。粘液にぬめる毛むくじゃらの身体は、こんどこそ奥に引っ込むことはなく、ユイの膣口から顔を覗かせた。
「ふ、……ぁ……は……っ!!!」
 まるで身体の中身の、内臓そのものがごぼっと形を保ったまま外に引きずられてゆくような感触。とほうもなく熱い塊が、少女の身体を
 それは同時に、3ヶ月以上にも渡っておなかの中で共に時間を過ごしてきた赤ちゃんが、とうとう母体と離れ、ひとつの生命として生きることを決断する瞬間でもある。溢れんばかりの歓びは、ユイの全身を穏やかに、激しく、とめどなく包み込んでゆく。
「あ、あ……っ♪、あ、あぅ……」
 まだ目も開いていない、幼く小さな生命。それがゆっくりと、しかし確実に、少女の膣をくぐり抜けて、外の世界へと産み落とされてゆく。
 なにもかもがはじめての歓びに、どうしようもないほどの感動に打ち震え、それを言葉にするすべを知らない、幼い少女はぽろぽろと涙をこぼし、泣き続ける。

 とうとうユイは、本当の意味での『お母さん』になったのだ。

 シローが途方もない連続射精によってユイの卵子を執拗に犯し付くし、蹂躙し、ユイの持つ卵細胞の遺伝子を凶悪なまでの獰猛な遺伝情報で塗り潰したためか。
 生まれ落ちた胎児の身体は、父親そっくりのつややかな毛並みを持つ愛くるしい子犬だった。
「あは……」
 ただし、その毛皮の色はユイの髪にそっくりな黒。みまごうこともないような、美しくつややかな毛並みの黒犬だった。
 幼くも小さな母親の遺伝子も、間違いなく受け継いだ二人の子供が、少女の脚の間で力強く身体を振り立て、丸めていたみじかな四肢でぬめる粘液のなかを暴れる。その一挙一動が、ユイのこころに歓びを湧き上がらせる。
「あはっ……産まれたぁ……シローの赤ちゃん、産まれたよっ……!!」
 我知らず、あとからあとから溢れ出す涙をぬぐうこともせず、ユイは口にしていた。
 シローの不在を知ったときも、その別れを告げられたときも流れなかった涙は、こうして歓喜の言葉と共に少女の頬を濡らしてゆく。
「ほら、見て? シローにそっくりだよ……♪」
 傍らのぬいぐるみ、『シロー』に呼びかけるように、ユイはひとりで声を繰り返す。
 羊水変わりの粘液の上で、懸命に四肢を伸ばし立ち上がろうとする子犬。その小さなおなかからは細くねじくれた臍の緒が伸び、ユイのおなかの奥にしっかりと繋がっている。この子犬がユイと確かに血を繋げ、血肉を分け合ったことは疑いようもない。
 そして、ユイには伝わってくるのだ。産まれたばかりの赤ちゃんと、まだ繋がった臍の緒を介して、言葉にできないほどの歓びが伝わってくる。

『ママ、ありがとう。産んでくれてありがとう』

 生命の誕生に伴う最高の歓びが、人生でもっとも大きな仕事を果たし、とうとう母親となった幼い少女の胸を満たしていた。
 ……だが。
 これで、終わったわけではなかった。

 ―――ずくんっ!!!

「ふぁああああああああっ!?」
 再び体内で響いた激しい疼きに、ユイは背筋を仰け反らせる。
 たったいま新たな生命を産み落としたばかりの膣口がくちゅりと裏返り、そこから大量の粘液がごぽりと溢れ落ちる。
 それは、疑いようもない卵胞の破裂。
 数時間前にユイがお風呂場で経験した、人間の出産で言うならば破水にあたる現象。
 つまり、二度目の破水――
「ふわぁあ……ぁは……♪」
 ユイは、そのことに思い当たり、満面の笑顔を浮かべた。
 全身を包んでいた披露など、どこかに吹き飛んでしまっていた。
「……そう、だね……っ」
 ユイがその小さなおなかに宿していた生命は、一匹だけではなかったのだ。
 執拗に執拗に繰り返されたシローの射精に応えようと、ユイの無垢で純粋な卵子は己の身体を引き裂いて、献身的に父親の遺伝子を受け止めていたのだ。
 シローの身体の摂理に少しでも答えようと、複数受胎の果てに形成された多胎が、限りない愛情の塊となって少女のおなかを大きく膨らませていたのである。
「シローっ……」
 初産を経て今ははっきりと感じ取ることができる。
 次々と、まあるく膨らんだお腹の中で、早く産んで、と幼いママにせがむ赤ちゃん達の声が、ユイの耳にはしっかりと届く。
「ぁああ……だめ……っ」
 ぶるぶると背中を震わせ、ユイは忘我の中でつぶやく。とてもではないけれど、耐えられそうにない。
「死んじゃう……死んじゃう、よぉっ……シローっ……」
 心の底から、ユイはそう思った。
 大事な大事な赤ちゃん、そのたった一人を産み落とすだけで、こんなにも胸がいっぱいになって、幸せで、満ち足りてしまうというのに。今日はこれから、あと何回これを繰り返せばいいというのだろう。
 本当に、本当に、本当の本当に。嬉しすぎて死んでしまう――そんなふうに感じることがあるのだと、ユイははじめて知った。
 ぎゅっと、シーツを握る手に力を篭める。
「シローの赤ちゃん……あたしの赤ちゃん……みんな、元気に、産むから……」
 うわ言のようにつぶやいて、ユイは新しくおなかの中で動き出した生命の誕生のため、ぐっと息を飲んだ――




「ねえ、お母さん、見て見てっ!!」
 そうして――夜遅く帰宅した両親に、ユイは用意しておいた清潔なダンボールに、一番大事な毛布を丁寧に敷き詰めて、産まれたばかりの赤ちゃん達を並べて見せた。
 ユイが一世一代の大仕事の果てに産み落とした赤ちゃんは、全部で5匹。
 寒そうに震えて身体を寄せあっている子犬達は、みな見事なくらいにシローの小さかった時にそっくりで、同時に同じくらい、ユイと同じようにつややかな真っ黒い毛皮を持っている。
「今日、産まれたのっ!!」
 拙い言葉で、ユイはこの歓びをどうやって両親に伝えればいいのだろうと思案する。本当ならパパになったシローと一緒に紹介したかったのだけど、シローがどうしても帰ってきてくれないので、ここは代役のぬいぐるみの『シロー』に相手役を務めてもらっているのだ。
「みんな、みんな、あたしのだいじなだいじな、とっても可愛い、あかちゃんだよ♪」
 おなかを痛めて産んだ、大切なわが子を胸に抱いて。
 両親を前に、誇らしげにユイは満面の笑顔を浮かべて、そう言った。



 (了)

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