シローとユイの話・その6
春休みも間近なその日――
両親がまた揃って出かけ、やっとできた一人の時間を心待ちにしていたユイは、厳重に玄関と自分の部屋に鍵を掛け、冷たい水とお湯とタオルをもって自分の部屋に閉じこもった。
下半身を――全身を、熱っぽい感覚が包み込んでいる。じんじんと響く感覚はすでに一昼夜、少女の身体を侵しつつあった。
「はぁ……ッ、わかる? シロー、シローの赤ちゃん、もうすぐ産まれるよッ?」
もうすぐママになる少女は、この空のどこかにいる、もうすぐお父さんになるシローに良く見えるよう、ワンピースのスカートをぐっとおヘソの上まで引き上げていた。大きく育った少女の腹部は、元気一杯に育った赤ちゃんによってまあるく膨らんでいる。
目一杯く広げられた両足の間は、すっかり薄赤く充血しほころんだ肉襞を覗かせている。ユイの下腹部の膨らみはいくぶん脚の間に向かって動き、少女の膣口からは間断的にねとりとした粘液が溢れている。
既に、通常の出産では破水にあたる卵胞の破裂と、胎内を満たしていた粘液の放出が終わっている。陣痛の間隔も短くなり、ユイの子宮口はすっかりほぐれて柔らかな弾力を帯びていた。
「はんんっっ……んぅううぅうっ!!」
おなかの中の赤ちゃんをどうやって産めばいいのか。姉の百科辞典と保険の教科書、それに家庭の医学をたっぷりと読み漁ったユイは、ママになるための知識を十分に身につけている。
ぐっとハンカチをくわえ、ユイがいきむたび、ぱくぱくと開いた膣口が、奥にたわになった柔襞を蠢かせる。
ぎゅっと捲り上げた服の裾を掴む指が白くなるまで力を篭めて、ユイは荒くなった息を少しでも抑えようと深呼吸を繰り返した。
「ふぁぅ……っ……ぁああああっ!!」
くちゅ、くちゅと泡だった粘液がこぼれ、幼いつくりの秘孔が伸び縮みを繰り返す。
子宮の収縮に合わせ、ユイの膨らんだ腹部が、ゆっくりと股間に向けて下降してゆく。生命の揺り篭に包まれた小さな命は、母親となる少女の息遣いに合わせて長く狭い産道を進んでゆく。
「シロー、見てて……っ、あたし、頑張って、元気な赤ちゃん、産んであげるからねっ」
陣痛の隙間、荒くなった息を辛うじて繋ぎながら、心配げに寄り添うシローの身体を思いだすように、ぎゅっとぬいぐるみの『シロー』に腕を回し、ユイは健気に語りかける。そうすることで湧き上がる歓びと元気が、疲れきったユイの身体にまた活力を与えてくれるのだ。
これから、ユイはお母さんになる。シローの赤ちゃんを産むのだ。
その事を口にするたびに、途方もない愛しさがこみ上げてきて、ユイの小さな胸はもうはちきれてしまいそうだ。
事実、わずかに膨らんだ乳房の先端からは、じわりと白い乳が滲んでいる。ワンピースを汚すそれは、愛しい我が子に与えるためのものだ。新たな生命をはぐくみ育てるための準備は、すっかり整って、愛しいわが子を待ち焦がれている。
「ふぁああああっ!!!?」
力みとは違う感覚がユイの腰を、圧倒的な存在感で刺し深く貫く。
不随意筋による子宮の伸縮――
ぷちぷち、と狭い産道が圧倒的な圧力に耐え兼ねて小さく裂けてゆく。出産という一大イベントは、成熟した女性ですら無事に耐え切れるかどうかも分からない苦行である。まして、子供を産むにはあまりに未成熟なユイには、押しだされる胎児の身体はあまりにも大きすぎ、骨盤を歪め内臓を押し潰す激痛のはずだ。
しかし新たな生命を産み落とす歓びに支配されたユイには、そんな痛みはまるで届かない。愛する相手の子供をはぐくみ、そしてこの世に産み落とすという神聖で不可侵の行為に、少女の心は途方もない感動で満たされて、尽きない歓びがあらゆる苦痛を麻痺させていた。
「ふぁあああああっ、ぁあぅぅぅぅ!!!」
力の篭る下半身。じゅるじゅると粘液が溢れ、滲んだ血がかすかにピンク色をした雫をシーツの上に滴らせる。
反り返る膣口から、せりあがる子宮口。
くぱり、と開いた襞の奥から、破れた胎胞に包まれた黒い塊がせりだしてくる。
粘液に濡れた毛皮の塊がゆっくりと押し上げられ、小さな産道を押し広げていく。
「ぁああああっ、あくぅっ!!」
愛しい相手の生殖器を受け止めて、至上の快感をもたらし、余すところなく生命の素の白濁を絞り取るための器官は、もう一つの大切な役割である生命を誕生させるためにその全力を注いでいる。
「ぁああうぅぁあっっ!!!?」
丸い爪の生えた両前脚がユイの小さな柔孔からぢゅぶり、と突き出た。
胎児は、狭い産道を潜り抜けようとその強靭な生命力を持ってもがいた。おなかの中を内側から激しく蹴り上げ、子宮の中に脚を踏ん張り、全身をのたうたせて、細い襞のひしめく少女の膣を通り抜け、母体の外に這い出そうとしている。
本来、出産は母体だけが行なうものではない。胎児と母親、ふたりが力を合わせてひとつの生命を誕生させる崇高な行為だ。しかし初産のユイにはそんな健気な胎児の行ないを感じ取る余裕はなく、ただただ遮二無二下半身に力を篭めるばかり。
けれど――
そこには、あまりにも美しい姿がある。
何よりも愛しく大切に思う相手の子供を、誰よりも好きなひとの遺伝子を、生命を受け止めて、それを次代に繋いでゆく、雌として、いや生命としての根源的な歓び――
「ぁああうぅ、くぅあ、ふわぁああああああああぅう!!!!」
全身を使ってのはげしいいきみと、筋肉の塊である子宮の力強い収縮。そしてユイの説に願う魂の叫びが、がっちりと噛み合った。
まるで、身体をまっすぐに貫くほどの、圧倒的な衝撃が。
少女の身体を端から端まで貫いて、下腹部の膨らみがゆっくりと、ユイの大きく広げられた脚の付け根、股間へと下降してゆく。
ぐちゅり、と大量の粘液を溢れさせながら、生きよう、産まれようともがく小さな生命が、ぱくりと反り返って拡がった膣口、覗いたまぁるい子宮口を押し広げて裏返りながら、ぞりゅるるるっと滑り落ちてゆく。粘液にぬめる毛むくじゃらの身体は、こんどこそ奥に引っ込むことはなく、ユイの膣口から顔を覗かせた。
「ふ、……ぁ……は……っ!!!」
まるで身体の中身の、内臓そのものがごぼっと形を保ったまま外に引きずられてゆくような感触。とほうもなく熱い塊が、少女の身体を
それは同時に、3ヶ月以上にも渡っておなかの中で共に時間を過ごしてきた赤ちゃんが、とうとう母体と離れ、ひとつの生命として生きることを決断する瞬間でもある。溢れんばかりの歓びは、ユイの全身を穏やかに、激しく、とめどなく包み込んでゆく。
「あ、あ……っ♪、あ、あぅ……」
まだ目も開いていない、幼く小さな生命。それがゆっくりと、しかし確実に、少女の膣をくぐり抜けて、外の世界へと産み落とされてゆく。
なにもかもがはじめての歓びに、どうしようもないほどの感動に打ち震え、それを言葉にするすべを知らない、幼い少女はぽろぽろと涙をこぼし、泣き続ける。
とうとうユイは、本当の意味での『お母さん』になったのだ。
シローが途方もない連続射精によってユイの卵子を執拗に犯し付くし、蹂躙し、ユイの持つ卵細胞の遺伝子を凶悪なまでの獰猛な遺伝情報で塗り潰したためか。
生まれ落ちた胎児の身体は、父親そっくりのつややかな毛並みを持つ愛くるしい子犬だった。
「あは……」
ただし、その毛皮の色はユイの髪にそっくりな黒。みまごうこともないような、美しくつややかな毛並みの黒犬だった。
幼くも小さな母親の遺伝子も、間違いなく受け継いだ二人の子供が、少女の脚の間で力強く身体を振り立て、丸めていたみじかな四肢でぬめる粘液のなかを暴れる。その一挙一動が、ユイのこころに歓びを湧き上がらせる。
「あはっ……産まれたぁ……シローの赤ちゃん、産まれたよっ……!!」
我知らず、あとからあとから溢れ出す涙をぬぐうこともせず、ユイは口にしていた。
シローの不在を知ったときも、その別れを告げられたときも流れなかった涙は、こうして歓喜の言葉と共に少女の頬を濡らしてゆく。
「ほら、見て? シローにそっくりだよ……♪」
傍らのぬいぐるみ、『シロー』に呼びかけるように、ユイはひとりで声を繰り返す。
羊水変わりの粘液の上で、懸命に四肢を伸ばし立ち上がろうとする子犬。その小さなおなかからは細くねじくれた臍の緒が伸び、ユイのおなかの奥にしっかりと繋がっている。この子犬がユイと確かに血を繋げ、血肉を分け合ったことは疑いようもない。
そして、ユイには伝わってくるのだ。産まれたばかりの赤ちゃんと、まだ繋がった臍の緒を介して、言葉にできないほどの歓びが伝わってくる。
『ママ、ありがとう。産んでくれてありがとう』
生命の誕生に伴う最高の歓びが、人生でもっとも大きな仕事を果たし、とうとう母親となった幼い少女の胸を満たしていた。
……だが。
これで、終わったわけではなかった。
―――ずくんっ!!!
「ふぁああああああああっ!?」
再び体内で響いた激しい疼きに、ユイは背筋を仰け反らせる。
たったいま新たな生命を産み落としたばかりの膣口がくちゅりと裏返り、そこから大量の粘液がごぽりと溢れ落ちる。
それは、疑いようもない卵胞の破裂。
数時間前にユイがお風呂場で経験した、人間の出産で言うならば破水にあたる現象。
つまり、二度目の破水――
「ふわぁあ……ぁは……♪」
ユイは、そのことに思い当たり、満面の笑顔を浮かべた。
全身を包んでいた披露など、どこかに吹き飛んでしまっていた。
「……そう、だね……っ」
ユイがその小さなおなかに宿していた生命は、一匹だけではなかったのだ。
執拗に執拗に繰り返されたシローの射精に応えようと、ユイの無垢で純粋な卵子は己の身体を引き裂いて、献身的に父親の遺伝子を受け止めていたのだ。
シローの身体の摂理に少しでも答えようと、複数受胎の果てに形成された多胎が、限りない愛情の塊となって少女のおなかを大きく膨らませていたのである。
「シローっ……」
初産を経て今ははっきりと感じ取ることができる。
次々と、まあるく膨らんだお腹の中で、早く産んで、と幼いママにせがむ赤ちゃん達の声が、ユイの耳にはしっかりと届く。
「ぁああ……だめ……っ」
ぶるぶると背中を震わせ、ユイは忘我の中でつぶやく。とてもではないけれど、耐えられそうにない。
「死んじゃう……死んじゃう、よぉっ……シローっ……」
心の底から、ユイはそう思った。
大事な大事な赤ちゃん、そのたった一人を産み落とすだけで、こんなにも胸がいっぱいになって、幸せで、満ち足りてしまうというのに。今日はこれから、あと何回これを繰り返せばいいというのだろう。
本当に、本当に、本当の本当に。嬉しすぎて死んでしまう――そんなふうに感じることがあるのだと、ユイははじめて知った。
ぎゅっと、シーツを握る手に力を篭める。
「シローの赤ちゃん……あたしの赤ちゃん……みんな、元気に、産むから……」
うわ言のようにつぶやいて、ユイは新しくおなかの中で動き出した生命の誕生のため、ぐっと息を飲んだ――
「ねえ、お母さん、見て見てっ!!」
そうして――夜遅く帰宅した両親に、ユイは用意しておいた清潔なダンボールに、一番大事な毛布を丁寧に敷き詰めて、産まれたばかりの赤ちゃん達を並べて見せた。
ユイが一世一代の大仕事の果てに産み落とした赤ちゃんは、全部で5匹。
寒そうに震えて身体を寄せあっている子犬達は、みな見事なくらいにシローの小さかった時にそっくりで、同時に同じくらい、ユイと同じようにつややかな真っ黒い毛皮を持っている。
「今日、産まれたのっ!!」
拙い言葉で、ユイはこの歓びをどうやって両親に伝えればいいのだろうと思案する。本当ならパパになったシローと一緒に紹介したかったのだけど、シローがどうしても帰ってきてくれないので、ここは代役のぬいぐるみの『シロー』に相手役を務めてもらっているのだ。
「みんな、みんな、あたしのだいじなだいじな、とっても可愛い、あかちゃんだよ♪」
おなかを痛めて産んだ、大切なわが子を胸に抱いて。
両親を前に、誇らしげにユイは満面の笑顔を浮かべて、そう言った。
(了)