リクエスト作品 『オリジナル』 杠葉さくら『悪霊憑依、搾乳』
「杠葉さん。これは友人の家のお話なのですが……」
都心から少し離れ、交通の便の悪さからあまり住む人も居らず、その土地の多くが農家や酪農を行っている地域。
いわゆる『都心の田舎』とも言うべき場所で、そんな言葉を思い出した。
(確かこのあたり……)
時間は夕方。
あと2時間もすれば日が暮れるだろうという時間帯、都心では見掛けない制服姿の少女が長閑な風景を演出する黄金の畑を見ながら歩いていた。
腰まである艶やかな黒髪をポニーテールに纏め、灰色のブレザー、白のワイシャツにプリーツスカートといういで立ち。
黒のストッキングに包まれた両足はしなやかで美しく、無駄なぜい肉などほとんど感じられない健康的なもの。
最寄りの駅からこの場所まで歩いてに十分ほどだが、少女は少しも息切れしていない。
渡された目的地の住所が書かれている紙と長閑な風景に何度も視線を動かしつつ、黒髪の少女……杠葉さくらはぼんやりと昨日の事を思い出していた。
「久しぶりに、こんなに歩いたかも」
貸してもらっているアパートから駅までも、駅から通っている高校までも、歩いて十分もかからない。
そんな便利な立地に慣れていたからか、久しぶりに人通りの少ない長閑な道を歩いていると少しだけ懐かしい気持ちになれた。
彼女、杠葉さくらは退魔師だ。
現代においてもまだ科学で証明できない霊障――悪霊による怪異を祓う存在。
その為に物心がついたころから修行に明け暮れていた彼女にとって、人の気配が少ない田舎というのは、むしろ都会よりも慣れ親しんだ雰囲気である。
これが仕事だということも忘れてしまいそうな穏やかな気持ちで歩いていた。
(たしか、今回の依頼は……家畜を飼っているところだとか)
さくらは機能説明されたことを思い出す。
依頼主は八雲傑――彼女が通う高校、八雲学園の理事長だ。
「少し相談があるのですが、よろしいかな?」
八雲傑がそう切り出した時、さくらは特になにも気にしていなかった。
彼から受けている依頼――八雲学園内で頻発していた怪異は、その原因こそまだつかめていないが、さくらが夜の見回りをするようになったことでその数を減らしていた。
それに対する事ではないと、心のどこかで思っていたからだろう。
実際、八雲傑が口にしたのは、それとは全く別の事。
「杠葉さん、これは友人の家のお話しなのですが……」
八雲傑の友人――中学時代から付き合いがある人物らしいが、彼の家で怪異が起きているのだという。
その家では牛を飼っているのだが、朝になると牛小屋に……誰とも知らない女性が入り込んで、眠っているのだと。
もちろんその友人は事件の原因に心当たりはなく、すぐに警察に連絡した。
けれどそれによって友人が飼っている牛は悪評が立ち、値段が激減。
生活が立ち行かなくなりつつあるのだという。
「警察に調べてもらい、防犯カメラも設置したそうですが原因が分からず困っているようなのです」
「もしかしたら、悪霊の仕業かもしれないと?」
「はい」
八雲傑が神妙な顔で頷いた。
聞けば、このままでは酪農家を続ける事も出来なくなるかもしれないのだという。
「もし違うならまた別の手段を考えますので、一度、杠葉さんの目で確認してもらえないでしょうか?」
「それは構いませんが……」
さくらは住む場所も支援してもらい、月に少なくない額の報酬ももらっている。
八雲傑の申し出を断るつもりはなかった。
「それで、その女性というのはどこから……なにか、女性たちの間で共通している事などはあるのですか?」
「私や警察が調べた限りでは、特に共通点は無いようです。女性という以外は」
「なるほど」
科学的な事件に精通した警察でも関連性を見付けられないとなれば、非科学的な原因があるのかもしれない――と考えるのが普通だろう。
それに、被害者は女性だけなのだと八雲傑は言う。
ならば、同じ女性であり非科学的な問題に対応できる杠葉さくらという存在は、彼にとって信頼できるということだ。
「それと、女性である杠葉さんには言いづらい事ですが……」
「なんでしょう?」
「……女性たちは皆、上半身が裸で発見されているのです」
「上半身が?」
変な話だ、とさくらは感じた。
べつに、女性が半裸に剥かれた事への嫌悪感ではない。
何故上半身だけなのか――という疑問だ。
(もし悪霊による性的な霊障だとしたら、裸にすると思うけど)
上半身だけを脱がすという行為を、さくらはどうにも理解できなかった。
そういう……理解が難しい性癖なのか、何か意味があるのか。
八雲傑も詳しく分からないという事なので、後はその情報をもとにさくら自身が調べるしかないと締め括る。
「では、私が直接見て確認してみます。場所は遠いのでしょうか?」
「いえ。いつも使っている駅から、電車で行けます。移動の費用と当日はいつもとは別途に報酬を用意いたしますので」
「わかりました。その依頼、お受けいたします」
それが昨日。
さくらと八雲傑が理事長室で交わした会話である。
(上半身が裸になった女性が見付かる家畜小屋で飼われている牛、か)
しかも警察からは、その友人が犯人として疑われてしまい、酪農家としての仕事もできない状態が続いているのだという。
(それは確かに、私のような人間に話が回ってくるのも頷ける話……かな)
悪霊の存在を信じていなければ、それこそ藁にも縋るという気持ちなのだろう。
(何か手掛かりがつかめたらいいけど)
さくらはそう思いながら、左手に持った大きめのボストンバッグと右肩に吊った黒革の竹刀袋を持ち直すように軽く揺らした。
彼女の商売道具――もし悪霊が原因だった場合を考えて持ってきた巫女装束と霊刀だ。
その様子はまるで女子剣道部のようにも見え、誰にも疑われることはない。
そうして左右を畑に囲まれた田舎道を歩いていると、ようやく目的の建物が見えてきた。
都心から離れているとはいえ、かなりの大きさだ。
木造平屋建て。
おそらく、古い建物をそのまま購入し、外装の一部と内装をリフォームしたのだろう。
古き良き日本家屋といった風情があり、けれど庭先に停車している高級車がその雰囲気を台無しにしてしまっている。
その日本家屋から少し離れた所へ視線を映せば、問題の家畜小屋……その日本家屋よりかなり大きな建物があった。
家畜の声は聞こえない。
牛農家という事だったが、どうやら今は飼っていないようだ。
「ごめんください。八雲傑氏の依頼できた者ですが……」
さくらはインターフォン越しにそう伝えると、家の主が現れた。
それなりに年配の人物だ。
八雲傑と同級生ならまだ四十歳を超えた程度の年齢なはずだが、かなり老けて見える。
(精神的に追い詰められているみたいね)
悪霊の影響かもしれないが、事件の所為で仕事が上手くいかず、周囲からも責められてきたのだろう。
それによって精神が疲弊し、とても肉体も魂も弱っているのだと一目で分かるほど。
退魔師の来訪に八雲傑の友人――進藤は僅かに明るい声を上げたが、それがまだ年若い女子高生だと分かると途端に表情を暗くした。
けれど、さくらはそれほど気にしない。
この業界、年齢や外見で初印象が変わるというのはいつもの事だ。
そのまま玄関先で簡単な挨拶を済ませると、さくらはすぐに家畜小屋の案内をお願いした。
「いつも夜になると女性が現れるのだと聞いているのですが」
「はい。最初は警察の方でも見張ってもらっていたのですが、その場合でも、朝には女性が……」
「防犯カメラもあるとか……警察やカメラには何か情報は?」
さくらが聞くと、振動は首を横に振った。
「警察はいつの間にか眠ってしまうし、防犯カメラには女性がふらふらと歩いてくる映像ばかりで……」
「ふむ」
「警察なんて、私がクスリを盛った可能性があるとまで言われたんですよ!? しかも、任意同行で警察署にまで……ウチの信用はもう……」
どうやら、かなり警察への不満が溜まっているようだとさくらは思った。
(それも当然か)
犯人を見付けられないどころか、自分が犯人だと言われているのだ。
進藤からしたら、警察への不満……いや、不信が高まるもの当然だろう。
「ここが問題の家畜小屋……牛は、居ないのですね」
「ええ。とても飼育していく余裕も無くて……」
都内の有名店にも卸している有名ブランドだったらしいが、その牛も最低値で手放したとのこと。
仕事どころか家庭の維持も出来ない状態になり、進藤はとても追い詰められているようだ。
表情と言葉の端々に感じる同様にさくらは同情しつつ、家畜小屋の中を見回した。
彼が言う通り、家畜小屋の維持も出来ていないようだ。
牛舎はボロボロで、当時から敷いてあったのだろう敷き藁も枯れてとても生物がすめる状況ではないように見える。
「ここに女性が?」
「ええ……朝になると突然」
「監視カメラもあるようですが、ご自分の目で確認したことは?」
「ありますが、全然覚えていなくて……眠っていたわけではなく、その女性たちが来たことに気付かなかったと言いますか……」
(来たことに気付かない……か)
そのまま牛舎を見て回れば、ある点に気が付いた。
木の枷だ。
中世の時代、罪人をつないでいたような首と手を同時に拘束できる木の枷。
それがぽつんと、牛舎の一角に落ちている。
「あー……それは」
そこで進藤が言葉を区切ったのは、事前に八雲傑から聞いていた……女性が上半身裸でいたということを女子高生に話していいのか、という迷いからだろう。
だから、むしろさくらの方からそこは質問することにした。
「女性が上半身裸だったという事ですが、この敷き藁の上で眠っていたのですか?」
「あ、いえっ! ……女性はいつも繋がれているんです、牛たちのように……いえ、牛たちより酷い状態で」
「酷い? どのようにですか?」
さくらが見た限り、牛たちはかなり自由だ。
仕切られた牛舎の中に作られた自分の部屋で、のんびりと過ごしている。
「その、どこから持ってきたのか木の枷で手と頭を固定されて……あの、中世のギロチンみたいな? 格好で」
「ギロチン……」
その物騒な言葉を反芻すると、進藤が慌てて首を横に振る。
「あっ、ギロチンというのは言葉の綾で、本当に首が斬られたわけでは」
「分かっています。そうなったら、殺人事件で私はまだ関われませんから」
いくら悪霊に詳しいとはいえ、それは現代社会ではあまりに認知されづらい現象だ。
警察などは、むしろ霊感商法とばかりに責め立てる時すらある。
そんなさくらでは殺人事件には関われないのだが……木の枷、というのは穏やかではないと思う。
「なるほど。枷に繋がれて、ここに上半身裸の女性が……」
「はい」
確かに異常だ、とさくらは思った。
その状況もだが、その女性たちはどこから連れて来られたのか、声を出して抵抗すれば進藤や近所の住人たちにも気付いてもらえるはずなのになぜそれをしないのか。
警察は進藤を容疑者として考えているようだが、それを疑われても仕方のない状況にも思えてくる。
(でも、この人の精神的な疲労は本当だわ……)
くたびれた表情、目の下の隈、覇気のない声。
そのどれもが、精神的に追い詰められているということが分かる。
犯人は進藤ではない。
さくらはそう感じた。
「分かりました。少し見て回っても?」
「どうぞ、どうぞっ!」
さくらはそう言うと、振動と離れて牛舎の中を見て回ることにしたが、結局は真新しい情報は無かった。
けれど、これは確かに悪霊が起こした問題だという確信がある。
霊気、とでも言うべきか。
退魔師として鍛えた勘が告げる、悪霊が存在していた痕跡。気配。
それを確かに感じたのだ――木の枷から。
(地縛霊……というわけでもなさそうね。この家に恨みがあるのか、それとも土地の過去に問題があったのか……)
気になったが、けれどまずは夜に現れる悪霊をどうにかするべきだろうとさくらは判断した。
進藤の様子はとても危うく、このままでは霊障によって体調を崩す……もしくは自死を選んでしまうかもしれない。
精神的な疲労からも、まずは牛舎の悪霊を祓うべきだと思ったのだ。
「……確かに悪霊の気配がありますね」
「そ、そんなっ!?」
「まずは今夜、私がこの牛舎に泊まり込んでみます」
さくらはそう言うと、手にしていたボストンバッグと竹刀袋を揺すって見せた。
「着替えが出来る場所はありますか? あと、よろしければ夕食もいただけたら……」
「は、はいっ!!」
その日の夜、さくらは進藤邸の一室に居た。
今回の件で悪評がかなり酷くなり、妻と娘は実家に帰らせているそうだ。
「お子さんは中学生だと言っていたわね」
その年頃で、親の仕事場に毎朝半裸の女性が現れるとなれば、精神的な負担が大きかったことだろう。
学校でも話題になっていたかもしれない。
(ご実家の方へ行かせたのは、正解だったかも)
そう考えながら、さくらは進藤の娘の部屋の中に持ってきた荷物も置いた。
防犯カメラの映像も確認したが、情報はゼロ。
夕食もいただいたことで、あとは自分が直に牛舎で一晩を過ごして確認するしかない――そう気持ちを決めて、さくらはその指を制服へと伸ばした。
そのまま退魔師の衣装を着るために、制服を脱いでいく。
灰色のブレザーと彼女の学年を表す赤いリボンを外せば、その下に現れたのは白いブラウスを挑発的に押し上げる豊満な胸。
155センチの中学生にも間違われそうな低身長に反比例して育ち過ぎた、92センチのFカップ。
進藤と並べば文字通り大人と子供のように思える身長差があったというのに、その胸は大人顔負けの豊満さである。
ブラウスのボタンを外せば、そんな白い薄布に抑え込まれていた胸が姿を現していく。
成人女性でもそうは見掛けないような深い胸の谷間に、大人びた紺色のブラジャー。
可憐な花の意匠が施されたブラジャーはかなり大きめのサイズで、胸の大部分を覆ってしまっている。
……しかも、それでもさくらの胸は完全に収まっていない。
ブラジャーの縁から柔らかな乳肉の一部がはみ出してしまっており、あきらかにサイズが合っていないのだ。
そのままブラウスのボタンを外し終えると、今度はスカートのホックへと指が伸びた。
何の躊躇いも無く腰を締め付けるスカートの金具を外せば、重力に引かれてチェック柄のスカートが床へと落ちてしまう。
臍の下まで黒のストッキングに包まれた美しい下半身が露になる。
退魔師として鍛えられた美脚、引き締まった腰、鍛えられた腹部。
子供のように低い身長と比べてアンバランスとしか言いようのない肉感的な肢体を露にすると、さくらはそんな自分の肉体を一度見下ろした。
黒ストッキング越しに見えるブラジャーとお揃いの大人びた意匠の紺色のショーツ。
胸には劣るがお尻も大きめで、ショーツのゴムが食い込んで少し形を変えてしまっている。
男好きする肢体を、サイズの合っていない小さな下着に包んでいる――肉感に富んだ肢体を余計に際立たせるような小さめの下着がさくらの魅力を卑猥に際立たせているが、本人は気付いていない。
いや。
「また大きくなってる……」
自分の肉体がまた卑猥に成長してしまった事にため息を吐きながら、黒ストッキングを脱いでいく。
黒い薄布を足から抜くために身体を前屈みにすれば豊満な乳房が重力に引かれて形を変え、ブラジャーの布地の形に歪みながらその柔らかな乳肉を揺らしてしまう。
後ろに突き出すような格好になったお尻が余計にショーツを尻肉へと食い込んでしまい、うっすらと女性器の膨らみすらクロッチに浮かんで見える。
そうして黒ストッキングまで脱ぐと、最後にブラウスも脱いでさくらは下着姿となる。
まるで墨を流したような艶やかな黒髪も解けば、その長さは腰の低い位置に届いてしまうほど。
日本人形を彷彿とさせる容貌と豊満な肢体を紺色の下着で飾った姿になると、ボストンバッグから巫女服を取り出した。
そのまま慣れた仕草で着こんでいく。
八雲学園指定の洋風な制服から、日本に古くから伝わる巫女装束へ。
最後に竹刀袋から愛用の冷凍を取り出し、ボストンバッグの奥にしまっていた霊符を数枚、巫女装束の袖に納めた。
「よし」
さくらが退魔師の仕事をする際の衣装に身を包めば、自然と身が引き締まる気持ちになれた。
小さく声を出し、最後に身嗜みをもう一度だけ確認し、そして進藤へ挨拶をしてから問題の牛舎へと向かう。
「……さて。何か見付かるといいのだけれど」
さくらは牛舎の電気を消し、暗闇の中でそう呟いた。
悪霊は闇を好む。
電気を付けていては来ない可能性があるし、もし電気を消されてしまったら夜目に慣れていないというのは不利になってしまう。
だからさくらは敢えて最初から電気を付けず、暗闇の中で待つことにしたのだ。
(今夜も来る……はず)
場所は朝になると女性が発見されるという場所。
ここなら霊障の気配をより強く感じられるかもしれないと考えての事だ。
手入れがされていない敷き藁の上に腰を下ろせば、周囲からは風が吹く音ばかり。
静かなものだ――。
(車の音もしない……)
まるで、修行していた山奥での生活を思い出しそうな静けさだと思った。
季節は秋――そろそろ、虫たちの鳴き声も聞こえなくなっていく季節である。
僅かに肌寒さを感じたが、さくらはこの季節に慣れていた。
山中での修行に比べればこの肌寒さは苦にならない程度でしかなく、集中力を乱す原因にはなりえない。
だから……それから数時間後。
さくらが精神を集中させて微動だにせず牛舎の真ん中に座り込んでいると、何かの気配を鮮明に感じた。
進藤ではない。
彼には家から出ないようにと言い聞かせていたし、何より……足音がしなかったからだ。
(来た)
さくらはその不審な気配を感じながら、けれど問題となっている牛舎の場所から動かない。
周囲を鉄の柵に囲まれており逃げ場は無いが、けれどそれは逆に、相手が必ずこの場所に来るという事でもある。
黒髪の退魔師は暗闇の中を足音も立てずに移動している気配に動揺することなく、無音のまま愛用の霊刀を手に取った。
衣擦れの音もしないまま、その柄に手を添える。
(抜けば、音で気付かれるわよね)
ならばと、さくらは座ったまま居合い抜きの構えをした。
刀を鞘に納めたまま、音を出すのは最初で最後の瞬間だけ。
暗闇の中では夜目が利かず、本当に真っ暗だ。
それでも気配を頼りに、ソレが冷凍の間合いに入ってくるのを待つ。
(もし、人間だったら……)
明らかに人外の気配を発しているが、その点も考慮し、その姿を視認するまでは斬らないように考えながら、ゆっくりと静かに深呼吸。
夕方の見回りでは霊障の気配は感じなかったけれど……と考えるのはそれまで。
さくらは藁の上に座る自分の前に、ソレが立ったのを視認した。
悪霊だ。
……悪霊、だと思う。
「二つ!?」
それは『牛』と『人』だった。
夜の暗闇の中、その闇よりも暗い悪霊が二つ。――いや、もっと多い。
『人』と『牛』が立っている後ろには、さらに多くの『牛』の霊体が並んでいるように見えた。
その数は十を超えているだろう。
牛舎の中ではうまく確認できないが、これほどの数が来るとは思っていなかったさくらは明らかに動揺してしまう。
けれど牛と人の形をしたそれらを視認し――さくらは躊躇わず座った状態から刀を抜いた。
動揺しながらも身体が動いたのは、これまでの修行と実戦で得た経験によるものだろう。
膝立ちの体勢なので腰を回せずに威力が乗っていないが、悪霊を斬るには十分な威力。
振り抜いた刃は牛が逃げないようにと囲んで作られた鉄の柵すら切断し、蒼く煌めく白刃を一閃。
その一撃は確かに牛を斬った、が。
「浅いかっ」
悪霊が人だけでなく牛の姿をしていたことに動揺して剣先が鈍ったのを自覚した。
傷が浅い。
さくらは追撃のために立ち上がろうとすると――。
「くっ!?」
そのまま牛の突進。
けれどその身体はすり抜け――いや。
「えっ!?」
なんと、牛の悪霊がさくらの身体に吸い込まれてしまった。
「な、なに!?」
さくらは動揺する。
悪霊が実体に近い質量をもって人に触れてくることは知っている。
けれど、人体に入り込むというのはあまり効かないし、それはかなり危険な悪霊だと知っていたからだ。
(マズい!?)
そう思ったが、さくらは足を止めずに前へと飛び出した。
『人型』と『牛型』を斬るためだ。
「はあっ!!」
そのまま霊刀を二閃。
近くに居た牛型の悪霊の首を、今度は綺麗に断ち落とすことに成功。
生身ではないこともあって斬った感触は軽く、腕への負担も少ない。
――が。
「くっ!?」
(身体が重くなってきた……っ)
それは最初、仕留めそこなった牛の悪霊が原因だ。
体内に入られたことで、自分の肉体に干渉してきている――さくらはその原因を理解しているからこそ勝負を急ごうとする。
(これ以上憑依される前に何とか決着を……ッ)
「はああっ!!」
今まで以上に気合を入れて霊刀を振るう。
牛たちはとても大人しかった。
生来がそういう性格なのかもしれない。
さくらに斬られるまま――だというのに。
「くぅうっ!?」
(またっ!?)
さくらが一撃で仕留め損ねると、反撃とばかりに彼女へ憑依してくるのだ。
それに気が付いたのは、黒髪の退魔師が七体目の牛を斬った時だった。
「もしかしたら、これ……」
息は乱れていない。体力もまだ十分あるように感じる。
けれど身体が重い。
すでに三体の牛に憑依されたさくらは、まるで複数の重りを手足に付けられたように感じてしまうほどだ。
(攻撃した相手に憑依するの? まさかこれで、女性たちを操って……)
それが、憑依能力が発動する条件だとしたら、最悪だとさくらは思う。
「一撃で仕留めないと」
そう思うが、もう遅い。
さくらはすでに三体の牛に憑依され、手足がとても重い状態だった。
剣閃の鋭さは最初に比べれば見る影も無く、逃げようにも悪霊たちは攻撃するために牛舎から出たさくらの周囲を囲んでいる。
今の状態ではとても逃げられそうにないと判断……。
「失敗した……っ」
もっとよく観察するべきだったと、今更になっての後悔。
ただの動物霊と人型の悪霊だと思って侮ってしまい、自分から攻撃を仕掛けてしまった。
そのことを悔やむが、けれど現状は好転しない。
ならばと、さくらはキッと牛と人の悪霊を睨みつけると、霊刀を構え直した。
「それなら、最後まで我慢するだけっ」
さくらはそう言うと、力任せに憑依した牛の重さを無視して攻撃を仕掛けた。
残りは牛が五頭と人型だけ。
「これでっ!!」
そのまま一気に三頭の牛を斬れば――当然、鈍った剣筋では仕留めきれずに憑依されてしまう。
けれど、影響は身体が重くなるだけだ。
肉体の変化を無視して一気に牛を仕留め終えると、さくらは最後に残った人型の悪霊に視線を向けた。
今ではもう、両手両足に数十キロの重りを付けているかのような感じがするけれど、まだ彼女の戦意は衰えていない。
人型悪霊の方も、まさか十頭以上の牛の悪霊が憑依してまだ人間が動けるとは思っていなかったのかもしれない。
すでに死んで霊体となりながら、それでも動揺したように動かないでいる。
(やれるっ! こいつを祓って、霊符で憑依した牛たちを成仏させればっ)
さくらはそう考えると、次の一撃で悪霊を仕留める――その意思を籠めて一歩を踏み出した。
――そのまま、牛舎の外で四つん這いになる。
「……え、なんで!?」
それに動揺したのはさくらだ。
身体が重い。自分の意志で動かすのが難しい――そのまま黒髪の女退魔師は巫女装束が汚れるのも構わず地面に両手両膝をつき、人型悪霊の足元に首を垂れる。
「くっ!? なんでっ!?」
怒声を上げて身体を動かそうとするが、さくらの意志で動いたのは指先程度。
しかも、かなり動かせる範囲が狭い。
そのまま霊刀を握っている事も出来なくなると、まるで自分の意志でそうしたようにあっさりと愛刀を手放してしまう。
「ぅ、く……ッ!!」
(そんなっ、口まで!?)
抵抗の声を上げようとした口まで動かなくなった。
呼吸は出来ている。
目線は鋭いままだ。
けれどさくらは全身が動かなくなり、彼女から見ても非力にしか見えない人型の悪霊の前に四つん這いの体勢を晒してしまう。
その屈辱と羞恥、そして困惑に思考を乱しながら顔を上げれば……人型の後ろに無数の牛の形をした悪霊の姿があった。
(そんなっ、まだこんなに!?)
その数は、三十頭は居るのではないだろうか。
夜闇を照らす月明りの中、無数の牛たちがさくらを囲み……。
「…………」
(くっ、来るなっ!!)
さくらは必死に抵抗しようとしたが、口も開けない。
そのまま一頭、二頭……五頭の牛がさくらの肉体に憑依し、その数は合計十頭となる。
そうなるといくら退魔師としての才能に優れるさくらでも抵抗できなくなり、ついに体の支配権を奪われてしまった。
表情から感情が消え、目は虚ろ。
しかしそれでも諦めていない彼女の意識だけは健在で――。
(なんとか、何とかこの状況から逃げないとっ)
諦めることなく、身体の自由を奪われた状況でも逃げる方法が無いかを志向していた。
――そんなさくらの目の前で、人型の悪霊が踵を返した。
帰るわけではなく、離れた場所に置かれていた木の枷を取りに行ったのだ。
「…………」
(くっ、やめてっ! やめなさいっ!!)
四つん這いで口も開けないままさくらは無表情に……けれど内心では悪霊を睨みつけ、拒絶する。
……そんな声など聞こえない悪霊は、何の苦も無く彼女に木の枷を嵌めた。
手と首が同時に拘束され、さくらは犬がミルクを舐める時のような格好で無様に牛舎の床に跪く。
黒髪と白衣が泥と枯れた藁で汚れてしまうが、動けないさくらではどうしようもない。
「…………」
(マズい、これじゃ本当に抵抗できなく……っ)
さくらはそう思ったが、この状況からでは反撃も出来ない。
ならばと、彼女は必死に足へ力を籠める。
(逃げないとっ)
逃げて進藤に木の枷を外してもらい、今度こそ仕留める。
今はもうそれしか勝ちの目は無い――というのに。
(動いてっ、動いてっ!!)
さくらの身体は、彼女の命令を聞かない。
いや。
「…………」
(くっ、身体が勝手に!?)
さくらは立ち上がった。
無表情で口も開かないまま、鍛えられた足の力だけで立ち上がると、自分から進んで牛舎の中へと戻っていく。
そして、お尻を後ろへ突き出すような格好になると、まるで家畜の牛たちがそうするように、牛舎の中に繋がれてしまった。
五十頭以上が入りそうな大きな牛舎の中に一人だけが繋がれる光景は何とも異様だが、その当人は表情を少しも変化させない。
だがその内心では。
「…………」
(そんなっ!? これじゃ、逃げられない……っ)
首に嵌められた枷をロープで繋がれては、武器が無いさくらにはもう逃げられない。
後は声を上げて助けを求めるだけだが、その口も動かせない状況に彼女は鳥肌が浮かぶような恐怖を覚えてしまう。
(まずい、これじゃ……)
さくらはこの牛舎に現れる女性たちの話を思い出し、何とか逃げようと全身を暴れさせようとした。
けれど、少しも身体は動かない。
牛が一頭も居ない牛舎の中に繋がれた状況で身体を強張らせる事も出来ないままロープで繋がれ、緋袴に包まれたお尻を後ろへ突き出すと足を肩幅に開く。
そうすると牛舎の中に空いている、おそらく数か月前までは普通の牛が繋がれていたであろう場所に、牛の悪霊たちが自分から入っていった。
帰ってきたのだ、この場所に。
(まさか……ここで死んだ牛?)
そんな考えが頭に浮かんだ。
家畜の霊、とでも言えばいいのか。
さくらは初めて見たが、ありえない事ではない……のかもしれない。
ただ。
(だったら、この悪霊は……)
さくらに枷を嵌め、牛たちと共に現れた人型の悪霊。
まるで動物霊を操るように立つ悪霊に、隠し切れない悪意を感じた。
(まさか、この悪霊が家畜の霊を操っているの?)
思考の中では何とかこの状況を打開する手段を考えながら、けれど身体は彼女の意志に従わない。
……無言で体勢を維持するさくらに、人型の悪霊が近付いてくる。
(来るなっ! 近寄るなっ!!)
さくらは必死に怒声を上げようとするが。
「…………」
肉体は反応せず、口は閉じたまま。
そして……悪霊の手が、白衣の上からさくらの胸に触れた。
お尻を後ろへ突き出したことで前屈みの状態になった胸は重力に引かれ、地面に向かって伸びようとする155センチの低身長に不釣り合いな92センチの爆乳。
けれど白衣と下着が邪魔をして、その白い布地を僅かに引っ張っている程度の変化。
その爆乳に悪霊の手が触れる。
(くっ……やめなさいっ、触らないでっ!!)
強い言葉で抵抗しようとするが、やはり声は出ない。
そのまま、悪霊の手が白衣の上から胸を撫で始めた。
ただ、地面に向かって伸びる爆乳の輪郭を確かめるように、表面を撫でるだけ。
白衣と下着越しではほとんど刺激を感じない。けれど、確かに胸の表面を何かが這っていると分かる微々たる刺激。
それは生者であるさくらには嫌悪感しか抱かせず、ゾワリと背筋に冷たい汗が流れた程度だ。
(離れてっ!! くっ、何とかしないとっ!)
さくらは動かない身体を何とかしようとするが、けれど意志の力ではどうにもできなかった。
そのまま、悪霊の手が形を確かめるように二往復、三往復と胸を撫でる。
微々たる刺激だが、嫌悪感だけは増していく……というのに、当のさくらの表情は少しも崩れず、成すがままだ。
(どうしたら……そうだ)
木の枷を嵌められてしまったさくらに動かせるのは、もう両脚しかない。
まずはこの状態を少しでも脱するために、黒髪の退魔師はその意識を下半身に向ける。
胸元からの刺激は一旦無視して、何とか両足を動かそうと力を籠めた。
意志を強く持ち、動物霊の憑依に抵抗しようとする。
憑依とは結局、意志の力の対抗だ。
退魔師として修業していたさくらは自分の意志を残せたことで、まだ抵抗の手段が残っている……そう思っていた。
「あぁ……もっと強く触ってください……」
(…………!?)
しかし肉体に変化が起きると、その考えも変わってくる。
「もっと強く揉んでもらう方が気持ちいいです」
(なっ、なっ!? なにをっ!?)
さくらは突然開いた自分の口――しかも、思ってもいないことを言葉にしたことに動揺した。
目を見開き、怒りのままに否定したかったけれど、やはり身体も口も動かせない。
他人が――いや、身体に憑依した動物霊が喋っているのだ。
「もっと強く、乱暴なのが好きなんです」
(そんな訳ない!! 勝手な事を言わないでっ!!)
さくらは激昂して両足を動かそうとするが、やはり身体は動かない。
しかも、時間が経つごとに言葉が流暢になっているような気がする。
……肉体に憑依した無数の動物霊が、さくらの肉体に馴染んでいる証拠だ。
(マズい、マズいマズい!? これは、どうしたら……っ!)
さくらはこの状況の危険さを改めて認識するが、けれど身体が動かせない。
最初はこうなる前に全部斬り伏せればいいと簡単に考えていたが、たかが動物霊が修行を積んだ退魔師の肉体を完全に封じるほど強力だとは想像もしていなかった。
事前の情報収集が甘かったと言えばそれまでの、状況を理解していればどうとでもなるような相手だったように思うが……憑依され、動けず、勝手に身体を動かされる状況になってしまっては、ただの言い訳だ。
(動いて、お願い私の身体っ!!)
そう訴えるが、やはり身体は動かない。
そして。
「んアッ!」
さくらの身体が、勝手に嬌声を上げた。
その言葉に従って、人型の悪霊がさくらの胸を白衣の上から力強く揉んだのだ。
いや、揉むというよりも掴むと表現した方が正しいか。
地面に向かって垂れていた胸が瓢箪のように形を変えてしまうほどの力強さだ。
本来なら痛みを感じるほどなのに、けれどさくらの口は興奮した声を上げてしまう。
「ああっ! そうっ、そうっ! もっと強く、乱暴にっ!」
(ふ、ざけ……っ! やめてっ、私の口でそんなことを喋らないでっ!!)
さくらは叫ぶが、肉体は無視。
それどころか胸を揉まれる刺激に興奮したように身体を揺すり、特に緋袴に包まれた大きなお尻を左右へ大きく動かしながら全身で快楽の気持ち良さを訴えている。
それに気を良くしたのか人型の悪霊はさらなる乱暴さで胸を揉み始めた。
白衣の合わせ目が乱れるほどの力強さと激しさで、さくらの身体の事など少しも考えていない自分本位の愛撫で。
「ふぁあっ! もっとっ! 私っ、これっ、乱暴にされるの好きぃ!!」
(っ、いたっ!? やめっ……やめてっ! そんなことないっ、私はこんな事されたくないっ!!)
さくらは乱暴に揉まれる胸の痛みに苦悶の声を上げながら、必死に心の中で否定する。
けれど、多くの人が……そして霊体が信頼するのは、その口から発せられる言葉だ。
その言葉の通りに悪霊の手が動けば、ついに白衣の合わせ目が乱れて紺色のブラジャーの一部と成人女性も顔負けな深い谷間が現れた。
悪霊の手の動きに合わせて柔らかな胸の谷間が揺れ、形を変え、下着が食い込み、ただ痛いだけ。
さくらにはそうとしか感じられなかった。
痛い。
それだけのはずなのに。
「ふぁあっ!? そう、そこっ! もっと強くっ! 気持ち良いですっ!!」
木の枷を嵌められた美貌を蕩けさせながらさくらが声を上げると、悪霊の手がさらに強くぎゅぅっと女退魔師の胸を掴んだ。
白衣と下着の上から正確に胸の芯を捉え、まるでリンゴを潰すような乱暴さで潰される。
そうとしか表現のしようのない荒々しさで――そうなれば白衣だけでなく下着まで引っ張られ、背中の方でバチンという音が聞こえた。
(ああっ!?)
元からサイズが合っていなかったことも災いしたのだろう。
背面にあるブラジャーの金具が壊れたのだ。
一瞬の後に下着の締め付けから解放された92センチのFカップという爆乳がタユン、と音が聞こえそうなほどの勢いで膨らんだようにも見えた。
まるで質量が増したように白衣を内側から押し上げ、乱れた白衣の合わせ目から覗いていた谷間がより深くなる。
柔らかさも増したように感じた。
白衣越しでも92センチの胸が悪霊の手の動きに合わせて柔らかく揺れ、少し力を籠めただけで卑猥に揺れる。
どれだけ肉体を鍛えて若さからの張りに支えられていたとしても、それでも胸は脂肪の塊だ。
前屈みになって重力に囚われてしまえば、地面に向かって垂れるしかない。
その重量感は素晴らしいもので、悪霊が垂れた乳房を掌に乗せて上下に動かせば、それだけでまるで水風船か何かのように白衣がたわんでしまうほど。
さくらはまるでおもちゃのように扱われる自分の胸に羞恥心を増しながら、けれど悪霊を睨みつける事すらできない。
これだけ怒りを抱いているのに、身体はやはり少しも動いてくれないのだ。
それどころか。
「ぁぁ……んっ! もっと強く……んぅ、上手ぅ……」
さくらの身体に慣れたのか、ついには表情まで崩してそんな情けない事を呟いてしまう。
(やめてっ! これじゃまるで、私が本当に感じているみたいじゃない……)
そんなことはないとさくらは思っていた。
気持ち良くない。
気持ち悪くて痛いだけだ。
だというのに。
「はぁ……んぅ……あっ、ぁ……」
(やめてっ、やめてやめてっ! 私の声で喋らないでっ!!)
フォロワー以上限定無料
無料プラン限定特典を受け取ることができます
無料