BL小説「昼下がりのビーチのファイター」試し読み
友人から聞いた、あるビーチでの経験談だ。
友人は海保の職員で、ふだんから嫌というほど海を見ているので、本当はビーチなんかに行きたくなかったそう。
が、職業柄鍛えられあげた肉体なら「女の子を次から次に釣れる!ナンパに協力してくれ!」と付き合いの長い奴に拝み倒されて、一週間分の飯を驕るのと引き換えに休日、ビーチに足を運んだ。
そうして折角重い足を向けたのに、なんと、相手は彼女を連れてきていた。
曰く、前日に知り合って一気にカレカノの関係になったらしい。
そうならそうで、事前に連絡してほしかったところだが、相手は「ナンパは禁句だ」と目で訴えつつ「俺のダチは海保の人間なんだぜ!」と言って、どうやら彼女に自慢をしたかったようで。
それでいて、いざ脱いだらその筋肉美に彼女が見惚れるのではないかと、おそらく心配して、「お前の彼女遅いなあ。待ってらんないから、先行っているぜ」とそそくさと去っていったとのこと。
怒る暇もなく、呆けていた友人は、どうせ乗り気でなかったので帰ろうかと思ったものの、実は好奇心がないでもなかった。
鍛えた肉体をビーチで見せれば、女の子を次から次に釣れるというのは本当なのか、確かめたくなったのだ。
そこで、友人はすでに海パンを履いていたものの、上はTシャツを着たまま、ビーチの中央辺りまで歩いていった。
360度多くの人に囲まれている状態で、連れと彼女の姿がないのを確認してから、Tシャツを脱いでみせた。
まあ、かといって、ストリップではないのだから、一斉に視線が向けられるとか、「おお」とどよめきが起こるでもなかった。
すこし、そうなることを期待していた友人は「現実はこんなもんだろう」と別に変わり映えのない周りを見渡して、早々にその場を去ろうとした。
踵を返しかけて、肩を叩かれた。
「嘘だろ」と思いつつ振り返れば、アロハシャツに短パンの髭面にサングラスをかけた小太りの中年男性が立っていた。
とたんに気分が落ちこんだものの、「君、アダルトビデオに出てみない?一万円出すから」と言われて、耳を疑ったという。
正直、興味が傾きかけたとはいえ、相手は髭面にサングラスと胡散臭さ満点な風貌だし、ビーチの真ん中で堂々と声をかけるのが、かえって怪しく思えた。
なので、「いや、俺は」と断ろうとしたのを「こんなところでスカウト?って思うかもしれないけどね」と小太りの親父は愛想よく語りかけてきた。
「職業柄の体ってやっぱり違うなあと思うよ。
消防士とか大工さんとか、ほれぼれする体をしているんだけど、まさか、消防署や建築現場に行ってスカウトするわけにはいかないでしょ?
だからビーチで見かけたら、逃す手はないというわけ」
疑いを捨てさせるような、説得力のある説明ではなかったけど、髭面の親父が業界の人間とは思えないほど気さくなことと「消防士」「大工」の言葉で、友人は心が動かされた。
とはいっても、海保の職員ともなれば公務員。
バイトが禁止だという以前に、海保のイメージを汚すような行為をしてはならない。
ということで、あらためて断ろうとしたところで、友人のそんな胸中を読んだように「実際に消防士の人で撮ったものを見せようか?」と髭面の親父はスマホを向けてきた。
断るにしろ、動画を見てからでもいいだろうと、スマホを覗きこむと、なるほど海保の連中に劣らないガチムチ野郎が、鍛え上げた肉体を見せつけるように腰を突き上げている。
にしたって、消防士がこんな、ばれたらやばいことを平気でするのかと、友人は同じ公務員として信じられなかったらしいものの、動画の顔はぼやかしてあって、口元しか見えない状態だった。
顔の加工に気づいた友人の心中を、またもや見透かしたように小太りの親父は「きちんと映像は処理をするから。だから、消防署にばれたことはないんだよ」と言ってきた。
大分心が揺れ動きつつ、映像の処理について半信半疑だった友人に、「迷うのは分かるよ」と髭面の親父は無理に誘うようなことをせずに、最後にはこう言った。
「消防士がアダルトビデオに出ていたなんて分かったら、大騒ぎになる。
でも君、そんなニュースや噂を実際に聞いたことがあるかい?」
この言葉が決め手になった。
消防士のスキャンダルなら、似た職種の同じ公務員というので海保の友人の耳に入っているはず。
でも、そんな話を友人は聞いたことがなかった。
それに、海を守るために日々鍛えている筋肉は見掛け倒しではないのだから、もし危険な目に合ったとしても、自慢の腕っぷしでどうにかできるだろうと考えた。
いくら怪しそうな業界といっても、小太りの親父のような連中なら、何人束になって襲い掛かってきても、なぎ倒す自信があったらしい。
「で、実際、どうだったわけ?」
お互い休み前の酒の酌み交わしで、ほどよく酔っぱらいつつそう聞いたら「まあ、今、海保の職員がいかがわしいバイトをしていた、なんてニュースになっていないだろ」と言って、友人はビールを煽った。
体験談では乗り気だったようなのに、歯切れが悪い。
「なに、相手の女がよほど良くなかったとか?」
空になったジョッキをテーブルに叩きつけた友人は返事をしないで、酔ったからなのか、そのときのことを思いだしてか、目を伏せて頬を赤らめている。男として血気盛んに興奮しているというよりは、初々しく恥じらっているようだ。
Tシャツがちぎれんばかりに胸筋を張りながら、何をもじもじしているのかと、眉をしかめながらも、このまま話を続けても埒がなさそうと思い、単刀直入に切りだした。
「で、それって、どこのビーチなの」
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