恵夢字状/荒湯制作所 2024/01/30 23:23

パンドラの密瓶

 ハヤトは囚われの身だった。
 囚人の環境は四畳一間。南向きの窓からの日差しで照らされていた。可動式ベッドと蓋なしトイレがあるのみ。壁一面にクッションフロアを貼った監禁部屋だった。
「アスペルガー症候群の疑いがありますので検査を受けてください」
「自分程度でアスペルガーなら、テレビのタレントは皆アスペルガーになるでしょ」
「それはそうですが、他からの話もありますし」
「他とは何ですか、具体的に対象を聞かないことには反省も対応も出来ない」
「ですから、時間を取っていろいろと」
「嫌です」
「わかりました」
 前日の一悶着の後に、精神福祉法の医療保護入院が強○されたのだった。
 二ヶ月前に妻が他界した七十歳の義父と同様に年老いた医師の署名が法的に効力を持ったのだ。

「腐っている! なるほど納得、芽が出ない者を腐らす田舎かな」
 ハヤトはスマホもペンも取り上げられパジャマと歯磨き用具以外の私物がない状態で朝を迎えていた。
 初日に拒否権がない患者の立場を突き付けられていた。
「薬を飲んでくれなきゃ、注射を打ちます。貴方に自由はありません」
 医師の指示に従い、病気を改善するのが看護師の仕事だ。患者本人の意思を置き去りに医療を行える環境。精神病院はハヤトの予想通り狂っていた。

 客観的にハヤトの行動を非難するなら、街で突然怒りを露にするほど、正常とは思えない行為を繰り返していた。理由は単純だった。母の死後初七日を開けた時分に繋がった電話である。
「エミコさんあれは騙くらかされていましたね」
 電話の相手は火災保険の社長さんだった。
「家屋調査員を連れて家を見に行った時、人が住むような所じゃなかった。裏玄関は壊れ、寝室のガラスは割れ、本当に自然の力ではない不自然な荒れっぷりだった」
「いや今も、家が修繕された形跡なんてないですよ」
 話では、二年ほど前に八十二万の保険がおりたのだという。ただ、仲介役になった会社が札幌でブラックリストに載った悪徳業者だったのだ。
「じゃあ、八十二万を母が食ったというわけか」
「いやぁ、エミコさんも一口噛んだのかも知れないのですが、仲介業者が、手数料で四割持っていく悪いところだった。どうしてそんなところを見つけてきたのか」
 ハヤトの母は脳に腫瘍が出来る病気を患い命を落とした。正常な免疫力を維持することさえ出来ぬ寝床で苦しみながら病気を発症したのだ。
「天下の保険屋さんがついていてなんで気づかなかったの」
「そこは計画倒産を繰り返していて鼬ごっこで、相談も何もなかったから、それ以上は私たちの仕事でもないですから」
 申し訳なさそうに語る社長に憤る気持ちをぶつけ、通話を終える。
 荒ぶる感情を抱いて、警察署に行くも話にならない。新聞社に駆け込むも同様だった。無念を晴らす戦いをするしかない。その方法が執筆だった。

「そんな話五万とある。知識がないから不利益を被り、裁判沙汰になる前に逃げられる」
 ハヤトの三十五年の人生で詐欺に遭ったことは何度かある。しかし、命を失うほどの危機に近い犯罪ではなかった。ゆえに人生を賭ける価値のある問題として燃えたのだった。
 周囲はその叫びを煩がって蓋をしたのだ。

 説明不足だと非難される。ただ現代日本で困難に直面した時、相談出来る相手がいるのか。他人の話を親身に聴ける者はいるのだろうか。
 田舎は皆が生きるのに忙しいのである。手を動かして食って行かねばならない。そうやって他人のしくじりや悲鳴を見て見ぬふりをする。

 後日、別の警察署を訪れた際にも、誤認逮捕も強制捜査も簡単には行えない。まずは、話だけではなく証拠を持ってきて貰わないと動けない。歯痒い思いが日常生活で叫びに変わっていた。
 同時に不完全な世の中に大きな憎悪を抱いたのである。些細な事を見逃して大切な者を喪う。解決策のない問題に挑む為に、認知度を上げようと躍起になったりもしたのだが、結論は周囲に狂っていると判断する口実を与えるだけだった。

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