[♀/連載]不浄奇談 [1-1-1.小貫亜由美の話 序]

『不浄奇談』キャラクター紹介



     1-1.小貫亜由美の話

 みんな、人間だからさ。『誰にも言えない秘密』ってあると思うの。それで突然なんだけど、みんな、今から五秒数える間に、それぞれ『誰にも言えない秘密』を一つだけ、頭に思い浮かべてみて欲しいの。
 うん、そう。怖い話の一環で必要になるから。「恥ずかしくて誰にも言えない!」っていうのとか、「これ言ったらみんなに引かれちゃうかなー」っていうマジもんのやつお願いね。それじゃあ、始めるよ。はい、スタート。
 ……ストップ! 全員、思い浮かべた? OK。その秘密、覚えておいてね。後で使うから。
 さて……突然だけど、あたし達、仲間だよね? 友達だよね?
 え。なんで急にそんなこと聞くの、って?
 やー、考えたらさあ。あたし達って、同じ部活の仲間なのに、お互いの秘密みたいなことって語り合ったことないでしょ。
 この前、ふと寝る前にね。そういうの、本当の友達って言えるのかなあ、と思ったんだ。あたし、本当の友達って、実はいないのかも……なーんて考えたら、悲しくなって来ちゃったりして。やっぱり、本当の友達は、どんな秘密でも共有できる相手じゃなきゃって思うからさ。
 うん、だからね。今日、ここで、あたしはみんなと本当の友達になりたいなって思ってるの。みんな、さっき思い浮かべた『誰にも言えない秘密』、一つずつ教えてよ。ううん、もちろん、ここで直接教えてくれなくてもいいんだ。ただ、秘密を共有し合うことが大切、って思うから。
 というわけで、はい、ここにノートを用意しましたぁ。一ページずつ破って、と。ほい、一人一ページね。ボールペンもあるから使ってね。ここにさっき思い浮かべた秘密を書いて欲しいの。秘密を共有するって、お互いに秘密を書いた紙を持ち合うだけでいいと思うんだ。読まなくても、知らなくても、ただそれだけで心が通じ合うっていうか。
 あ、別の秘密じゃダメだよ? さっき瞬間的に思い浮かべた、『誰にも言えない秘密』そのものじゃなきゃ。これはもう儀式みたいなものだから、ちゃんと決まり通りやってくれないと、どうなっちゃうか保証できないからね。
 え? 『怖い話』と関係ないでしょ、って。うーん、いや、結構あるんだよねこれが。個人的なお願いでもあるんだけど、さっきも言ったように、『怖い話』の一環でもあるんだなコレが。だからね、協力して欲しいの。わかっていると思うけど、嘘とかふざけたことは書かないでね。さっき瞬間的に思い浮かべた、『誰にも言えない秘密』以外はダメだから。本気でダメだから。これ、もう、本気の儀式が始まっちゃってるから。変なことすると、呪われちゃったりすることもあるかも? あたし、真面目に書いてくれる前提で考えてきちゃったから。そういうおふざけに対する責任、ほんと、取れないからね。
 ん、あたし? うん、書く書く。あたしもとっておきの秘密、書いちゃうよお。
 いやあ、それにしても、秘密って不思議だよねえ。あたしとあなただけの秘密、みたいにすると、急にお互いの距離が縮まった気がする。凄く親密になれた気がする。あたし、そういうの、憧れちゃうんだよねえ。せっかく部活の仲間なんだし、あたし、みんなともっと仲良くなりたいんだ。いいでしょ? 友達少ない子の夢、かなえてよ。みんなの秘密、教えて。あ、そうそう、紙の裏には名前も書いてね。フルネームでよろしく。
 ――はい、ありがとう。やったあ。みんな、ちゃんと書いてくれたんだね。感謝感謝。全部、回収するよ。はい、どうもどうも。
 こほん。ところで、東川先輩にも相談したんだけど、あたしね。『不浄奇談』の劇中で出てくる怪談遊び、実際に遊ぶには欠点があると思ってるんだ。そう思わない? だって、あれ、途中でトイレに行くって言って、そのまま逃げちゃったらおしまいじゃない。臆病者とかって後で馬鹿にされるかもしれないけど、うーん、それだけじゃあ、かなり弱くない?
 だからね。あたし、その欠点を埋める方法を用意しました。まあ、考えたのはほとんど東川先輩だけど。うん、それぞれの『誰にも言えない秘密』を人質にしたらどうかなって思ったの。もし途中で逃げたら、この秘密みんなにバラしちゃうぞー、みたいな。あはは、ごめん、実はそうなの。さっき書いてもらったこの六枚の『誰にも言えない秘密』のページは、ぜーんぶ、その人質になるんだ。みんなが怖くて逃げ出したりしないように、ね。あははは、怒らないでよ。ゲームを盛り上げるためのシュコウ? ってやつなんだから。
 あ、せっかくだし、あたしだけみんなの秘密、先にちらっと見ちゃおうかなー。ふうん、はー、なるほどなるほど。あれだけ言ったのに、ちゃんとした秘密書けよオラァ、って言いたくなる奴が約一名……。どうせ、ろくでもない企みがあるって見破られてたのね。信用ないんだなあ。亜由美かなしい。あはっ、でもぉ、『呪われちゃうかも?』なんてホラー系で強めに脅してあげたからかな? それとも、『本当の友達』の話の方にほだされちゃったのかな? 結構面白いのもあるね。
 えー、うわわわ、これすっごい、これ最っ高。これ、誰の誰の? はー、なるほど、そうなんだあ。うふふふ、これ、衝撃的なの来ちゃったから、一つだけ発表しちゃおっかなあ? みんな、誰にも言わない? 約束ね。
 それじゃあ、はーい、注目ー。大事件でーす。この中にぃ、今でも夜ぅ、たまにおねしょしちゃってる子がいまーす!
 あっはははは。みんなにくすくす笑われちゃって恥ずかしいねえ。やあい、おねしょおねしょー。でもでも、怒れないでしょー? 怒ったら、誰がおねしょ常習犯か一発でわかっちゃうもんねえ。ほらほら、自分が犯人だってバレないように、みんなと一緒になって自分自身の恥ずかしくて情けないクセ、一生懸命笑わないとね。あっ、あっ、気を付けて。恥ずかしすぎて顔が真っ赤になっちゃってるよ。ふふ、誰にもバラされないはずだったのに、みんなにバラされちゃって、恥ずかしい恥ずかしいねえ。あーらら、頑張って笑ってる。恥ずかしいおねしょ癖、自分自身にまで笑われることになっちゃって、可哀想なおねしょ常習犯ちゃん。
 ふふ、みんな、誰の秘密かわかったあ? おっ、良かったねえ。みんな、わからなかったって。夕陽のおかげかな? なんとか誤魔化せたみたい。ふふ、よくできました。
 あ、ごめん。面白いのあったから、ちょっとはしゃいで、羽目を外しすぎちゃった。一発目から失礼。はい、前座はここまで。ここから本格的に怖い話、始めます。
 さて、みんな、今みたいに、「『誰にも言わない』から教えて」なんて約束で、誰かに自分の大切な秘密を喋っちゃったことってなあい? ほら、好きな子、の話とか。ふふ、みんな、一度ぐらいはあるんじゃないかなあ。ええ、はい。あたしも恥ずかしながら、経験あります。
 でもねえ、疑問なんだ。その約束って、本当に守られているのかなあ? どうなんだろう。
 実はね、あたし、知ってるんだ。気をつけた方がいいよ。前に何かで見たんだけど、ああいうのって、実際に約束をちゃんと守れる子はとっても少ないんだって。最初から破る気満々で聞き出すひどい子もいるだろうけど、大抵の子はそうじゃない。それなのに、どうしてそうなっちゃうのかな。不思議だよね。
 実は今さっきも、あたし、それをやったんだ。気付いた? 気付いた?
 お、三夏、鋭い。あたし、言ったよね。『みんな、誰にも言わない? 約束ね』って。『誰にも言わない』約束が、どうしてほとんどの場合、破られちゃうかって言うと、今みたいなことが起きちゃうのね。誰かの秘密を知ってしまったあたしは、その秘密が大きければ大きいほど、誰かにしゃべりたくてたまらない。秘密を知らないみんなは、他の人がすでに知っているのに、自分は知らないものだから聞きたくなっちゃう。でも、あたしは秘密を抱えた張本人と『誰にも言わない』約束をしてしまっているから、ただそのまましゃべってしまうのは、ね。なんというか、気が咎める。だからね、あたしは今から破りたい約束とまったく同じ約束を、今度はみんなにしてもらうの。『誰にも言わない』約束を。そうしておけば、あたしがしゃべっちゃった人達以外には、秘密は絶対に広がらないでしょ。仮に秘密がさらに広がっちゃったとしても、それはもう、あたしのせいじゃない。みんながあたしとの『誰にも言わない』約束を破ったせいだもん。
 前置きが長い? あ、ほんと? ごめんごめん。
 今回はこれと同じ話。何年か前、この近くの小学校に茜音ちゃんっていう女の子がいたんだって。六年生の茜音ちゃん……背は低めで少し痩せ気味、髪型はショートカット。内気で友達の少ない陰気な子。でも、陰気なくせに、頭はあんまり良くなかったりする。どう、想像できた? この茜音ちゃんが今回の主人公。
 さて、ある時、この茜音ちゃんのクラスに転校生がやって来た。黒板の前で自己紹介をする転校生の女の子の姿を見た瞬間、茜音ちゃんははっとした。一目見た瞬間、心を奪われてしまったの。ようするに、転校生はとっても綺麗で魅力的な女の子だったワケ。茜音ちゃんはあまり友達を作ったりするのが得意な子ではなかったんだけど、この子とは仲良くなりたいと強く思ったのね。憧れ、みたいな感じかな。
 でも、転校生はいつだって期間限定の人気者。どうせ、目新しさがなくなってすぐに寂れちゃうんだけど、最初はとにかく凄い人気なんだ。だから、教室では他の同級生に囲まれていて、なかなか話しかけられなかった。でも、放課後の帰り道、一人になったところを勇気を出して、茜音ちゃんはその子に話しかけた。転校生の子も大人しめの子だったから、話しかけてみると案外仲良くなれた。転校生の子は葵ちゃんっていうんだけど、話をしていると、葵ちゃんは自分のことを自分の名前で呼ぶの。「葵はパンが好き。葵はパセリが苦手」って具合にね。そのちょっと変わったところも、茜音ちゃんからしたら個性的で、素敵に見えたんだ。
 それから、日を追うごとに、二人はどんどんと仲を深めた。憧れの女の子と仲良くなれて、茜音ちゃんは幸せ。転校生の葵ちゃんも親友ができて幸せ。
 でも、幸せなんて、そう長くは続かない。言ったでしょ? 茜音ちゃんは、元々友達が少ないの。でも、葵ちゃんはそうでもなかったのね。新しい学校で、茜音ちゃん以外にもそれなりに仲の良い子ができちゃったんだ。
 茜音ちゃんはね、それがとても嫌だったの。自分以外の子と、葵ちゃんが仲良く話をしているのを見ていると、胸が引き裂かれるような心地がした。
 クリスマスの近いある日もね、茜音ちゃんは一人だった。理由は簡単、親友の葵ちゃんが他の子達とグループになって、おしゃべりに興じていたから。自分はひどく淋しくて相手にして欲しくてたまらないのに、葵ちゃんは自分をほっぽっておいて、他の子と楽しく笑っている。茜音ちゃんは、葵ちゃんの朗らかな表情を恨みがましく見やって、怒りすら感じていたの。でも、茜音ちゃんは、そんな自分が嫌でもあった。自分の一番の親友は葵ちゃんで、葵ちゃんの一番の親友は自分だと信じたかった。
 だから、たまりかねた茜音ちゃんは、あとになって誰もいない廊下で葵ちゃんを問い詰めたの。「葵ちゃんは、私より他の子の方が大切なの」って。まるで、恋人に言うみたいな物言いだけどね。
 葵ちゃんは突然、予想もしていなかったことを友達から言われてびっくりしちゃって、すぐに言葉が出て来ない。
「そ、そんなことないよ」葵ちゃんは言う。「茜音ちゃんが一番。でも、他のお友達も大切だから」
「信じられない」頭に血が上った茜音ちゃんは言う。「それじゃあ、何か、証拠をちょうだい」
 葵ちゃんは俯き加減で押し黙ったまま、しばらく口を開かなかった。何かひどく迷っているみたいだった。そんなめんどくさいこと言うなら知らない、とでも言えば良かったのにね。ばしん、って突っぱねちゃったら良かったのにね。でも、葵ちゃんはそうしなかった。真面目でけなげな良い子だったの。新しい学校に転校して、最初にできた親友に対して、心の底から大切に想っているという確かな証拠を差し出したいと考えちゃったのね。
 ずいぶんと間が空いてから、葵ちゃんは「わかった」と呟いた。俯いていた顔を上げた葵ちゃんの顔には、決意の色が窺えた。凄く、真剣な顔をしていたのね。頭に血が上っていた茜音ちゃんですら、一瞬たじろいでしまうほどに。
 葵ちゃんは言ったわ。
「葵ね、この学校に来てから、誰にも話していない秘密があるの。それを茜音ちゃんにだけ、教えてあげる。茜音ちゃんだけだよ。だから、葵の言うこと、信じて」
 葵ちゃんは、茜音ちゃんに耳打ちした。自分自身を守るために誰にも話さずにいたことを、茜音ちゃんだけにそっと伝えた。
 茜音ちゃんはね、その大変な秘密を聞いて、どうしたと思う? ひどく興奮したんだ。その秘密は客観的に見ても、大きな秘密だった。もちろん、小学生の『大きな秘密』なんて、たかが知れてるけどね。それでも、もしも明らかになってしまったら、葵ちゃんの教室内での人気が危うくなってしまいそうな程度の大きさはあったわけ。
 茜音ちゃんは感動したわ。自分にこんなに重要な秘密を話してくれた、って。葵ちゃんはやっぱり、誰よりも自分のことを大切な親友だと想ってくれているんだって。
「……茜音ちゃん、約束」葵ちゃんは消え入りそうな声で言うの。「絶対に誰にも言わないでね」って。茜音ちゃんは頷いた。
 それから、また、茜音ちゃんはしばらく幸せな日々を送ったの。葵ちゃんが他の子と楽しそうにしているのを見かけても、もう全然、平気だった。何故なら、心の中にはいつも、自分だけが知っている葵ちゃんの秘密があるから。『誰にも言わない』約束をした、二人だけの秘密があるから。
 ――でもねえ、秘密なんて、さっきも言ったようにそうそう守れるものでもないのよね。
 そうこうするうちに、年も明けて、小学校の卒業式はすぐそこ、という頃になった。その頃、茜音ちゃんの身の周りに、ちょっとした変化が起こった。葵ちゃんの存在のおかげもあって、茜音ちゃん、クラスの他の子とも徐々に打ち解けるようになっていたんだ。卒業間近になって、友達付き合いが苦手だったぼっちの茜音ちゃんにもようやく友達が新しくできたのね。これ自体はいいことだったんだけど――。
 ある日ね。茜音ちゃん、新しくできた友達に聞かれちゃったんだ。
「葵ちゃんが転校してきた理由って、茜音ちゃん、知ってる? 直接聞いても、『それはひみつ』って感じで教えてくれないんだあ」
 茜音ちゃんはすぐにわかった。あの秘密の話だ、と。茜音ちゃんはぽう、と胸に火が灯ったみたいに嬉しい気持ちになった。葵ちゃんは本当に他の子には話していないんだって。本当に自分だけが特別に教えてもらった秘密なんだって。
 でもね、茜音ちゃんは、失敗しちゃったの。わかるよね? 本当はこういう時は知らないフリをしなきゃいけない。だって、知ってるけど教えなーい、なんて都合の良いこと、誰も許してくれやしないんだからさ。
 だけど、茜音ちゃんは人付き合いが苦手な子だったし、知っていることを知らないフリをすることに慣れていなかったんだろうね。まずいことに、「言えないけど、私、知ってるかも」って正直に言っちゃったんだ。しかも、ちょっと得意げにね。本当に軽はずみだよね。
 さあ、そうなったら、もう大変。その友達はどうしても聞きたくなっちゃう。新しくできた友達は、何度もしつこく聞いてくる。「それは秘密だから」と何度か断っていると、ついに「教えてくれないなら、茜音ちゃんはもう友達じゃないから。他の子達にもそうするように言うから」なんて言い出す始末。
 いよいよ観念して、茜音ちゃんはその友達と、その仲間の数人にだけ耳打ちすることになってしまったの。葵ちゃんと自分の間だけのはずの秘密を。『誰にも言わない』約束をした、誰にも言ってはいけない秘密を。
「約束だよ。誰にも言わないでね」そう前置きして、葵ちゃん以外の人の耳元で、茜音ちゃんはこう言ったの。秘密を伝える人数分、繰り返して言ったのよ。「葵ちゃん、前の学校でね。おもらし、しちゃったんだって。それで、そのことで、ずっとしつこくからかわれたりしていて……それで転校してきたんだって」
 その友達と仲間達は「えー、あはっ、そうなんだあ。すっごい秘密じゃん。あの子、おもらしで転校してきたんだ。笑っちゃう」なーんて言って大喜び。この年頃の子、そういう失敗に対して、結構、残酷だったりするからね。同級生のトイレの失敗話なんて大好物、だったりして。まあ、中学生でも大差ないかもしれないけど。

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