[♀/連載]不浄奇談 [2-1-1.尼野悠莉の話 序]

『不浄奇談』キャラクター紹介


     2-1.尼野悠莉の話

 それじゃあ、時間ね。私の番。
 ……って、まだ、三夏が戻って来てないじゃん。長いなあ。いつまでしてるんだっての。時間はちゃんと守ってよね。
 あ、戻ってきた戻ってきた。もう、遅いよ。三夏。休憩時間、もう過ぎてるよ。おしっこ長い女の子なんて、男の子に嫌われちゃうんだから。お、そうだ。トイレ、どこ行ったの? 4Fの端? おー、猛者じゃん。強者じゃん。亜由美の怪談の直後に、その舞台に真っ向勝負ですか。さっすがうちの看板女優。勢い良いねー。まあ、でも、アレかな。三夏のことだから、気付いてたんでしょ? 亜由美の話がインチキくさいって。
 ねえ、亜由美ー、さっきの話、眉唾っていうか作り話じゃないのー? だって、色々強引なところあったよ? 特にトイレの個室に閉じ込められるくだり。みんなもそう思わなかった?
 まずさあ。トイレに閉じ込められる、っていじめ系の話では確かによく聞くよね。でも、いっつも感じる素朴な疑問なんだけど、トイレの個室って基本内開きなんだよ? ドアノブとかもほぼなかったりするじゃん? 外から人を閉じ込めることなんて、そう簡単にできるのかな? 相当強度の高いビニールテープで重ねて補強したって、本当に人を閉じ込められるほどのものなのかどうか怪しくない?
 仮にそこが上手い具合にクリアできたとしても、今回の話の場合、最大の疑問点が残るでしょ。葵ちゃんの死因は自殺ってことだけど、具体的にはなに? そこ、曖昧なまま進むからさあ。気になって仕方なかったわあ。あ、ふうん、窒息死。道具はなにで? え、縄跳び? ああ、縄跳びかあ。そう。
 まあ、何でもいいんだけど……いや、あのさあ、おかしいでしょ。葵ちゃんはいじめっ子達にトイレの個室に閉じ込められたんじゃないの? え、自ら縄跳び持参なの? 何の意味があって? 意味わからなさすぎるでしょ。
 トイレの個室に閉じ込められたんじゃなく、後からトイレの個室に葵ちゃん自身が忍び込んで自殺した説の場合も、それはそれで変だしさあ。自殺するつもり満々で学校に忍び込む奴が、縄跳びなんて持参する? もっと本気の縄とか、丈夫な紐とか、準備するでしょ。
 ……えー、おお。トイレの個室内に最初から縄跳びがあったパターンか。それは考えていなかった。それ、考える価値あんの? なめてんの?
 ――って言いたいところなんだけどぉ、ここ完全に否定しちゃうと、私の今からする話が成り立たなくなっちゃうかあ。いや、実は私の話、ちょっとそういう方向性の話なんだよね。オッケー、これは探偵小説でも裁判でもない現実、はちゃめちゃなことも案外起こる。トイレの個室内に縄跳びは最初からあった。あるいは、床か壁から突如として生えた。これで手を打とうか。
 さて、それじゃあ、異議申し立ておしまい。ここからは私の話ね。今の縄跳びの話じゃないけど、みんなは、物が勝手に動いたように感じたことってない? 例えば、テレビのリモコンとかさ。あれー、こんな所にこんな物、移動させたはずないんだけど……みたいなこと。たまにあると思うんだよね。
 まあ、九分九厘は、ただの思い違い。物は普通、勝手には動かない。機械とかは動くこともあるけどね、動かない物は動かない。当たり前のことだよね。でも、稀に本当にさ、さっきの『トイレの個室に縄跳び』みたいな感じで、「何故ここにこんな物が?」って物が落ちていることがあったりするじゃん。冬で使われていない学校のプールに浮かぶ手鏡、交差点にぽつんと配置された木彫りのクマの置物、人ごみだらけの駅に置き忘れられた長靴――。視聴覚室に女性物の下着、なんてのもあったな。いや、そこで脱がないでしょ、っていうね。全然意味なんてないんだろうけど、意味がわからなさすぎて逆に深く考えてしまったり。この子達、何が原因で、どういう経緯を経てこんな所に辿り着いてしまったの? っていう。台風か何かの影響? でも、別に台風なんてしばらく来ていなくても、そういうのは平気であるしね。テレビに出てくる探偵とかだと、こういうのもすぱっと理屈をつけて解決してくれたりするんだけど、現実では誰も理屈なんてつけられなくて、「なんかあるなー。わけわからんなー」で済まされちゃう。
 今回はこの謎を追って、この謎と戦った女の子の話。女の子の名前はリカちゃん。この子の周囲では、小さい頃から動くはずのない物がよく動いた。そうは言っても、すー、と物が動く光景を見かけるわけじゃない。気付けば、さっきここにあった物があそこに移動している、といった感じ。
 リカちゃんは幼い頃から、不思議に思っていた。どうして、誰も移動させていないのに、物が動くことがあるんだろうってね。
 よくわからないまま、リカちゃんは小学生になった。小学生になっても、リカちゃんの周囲では頻繁に理由のわからない物の移動が起きた。一度、席が遠い同級生の男子の鉛筆が、気付かないうちにリカちゃんの服の胸ポケットに収まっていたことがある。気付いた持ち主の男の子は、当然、文句を言う。「なんで僕の取るんだよ」ってね。
「取ってないよ」リカちゃんは悪気なく答える。「勝手に入ってたんだもん」
「勝手に入るわけないだろ。物は勝手に動いたりしないんだから」男の子も言い返す。「返せよ。人の物を取るのは泥棒なんだぞ」
 リカちゃんは「え」と思って、あっさりと返した。男の子は不満げに「もう盗むなよ」と言い残して足早に去ってしまった。
 リカちゃんは、この時、改めて知ったの。物は勝手には動かないのが普通なんだ、という至極当然の常識を。
 それで日々、物をしっかり観察するように気を付けていても、やっぱりリカちゃんの周囲では気付かないうちに物が勝手に動いている。不思議。そうして観察を続けていると、次第に家で飼っている猫の様子が気になってきた。この猫は年寄りだったけど、まだまだ元気で、家の中で放し飼いにされていた。猫って動く物によく反応するし、好奇心をそそられるものをやたらとじいっと見つめる習性があるんだけど――あの子達と来たら、わりとあるのよ。何にもないところを、ただただ、じいっと見つめていることが。
 リカちゃんは、猫のこの行動に目をつけた。自分には見えないけど、この猫にはもしかしたら何かがそこに見えているんじゃないかって。肉眼では確認できないだけで、そこには確かに何かがいて、その何かが移動させるから、物が勝手に動くんじゃないかってね。
 とかなんとかやっているうちに、リカちゃんは中学生に成長。それでも、リカちゃんの周囲で起きる超常現象は止まらない。むしろ、格段にひどくなってくる。
 同級生の持ち物が、知らぬ間にリカちゃんの机や鞄の中に入っていることも、一度や二度のことじゃなく起きた。そのせいで、リカちゃんは次第に陰口を叩かれるようになる。何か物がなくなった時、真っ先にリカちゃんが疑われるようになる。机にカッターナイフで『ドロボウ』と文字の形に傷がつけられる――。
 自分の机に刻まれた『ドロボウ』の文字を見て、リカちゃんは悲しさと口惜しさで胸がいっぱいになった。やったのは自分じゃないのに、見えない誰かが悪いのに、どうしてリカが責められなくちゃいけないの――。見えない誰かが、罪を押し付けておきながら、みんなに責められる自分を陰で笑っている気がしたのね。
 ある時、リカちゃんがちょっと気になっていた男の子の体操着がなくなる。リカちゃんのロッカーから発見される。クラスのみんなに体操着盗みの犯人として糾弾され、変態と罵られ、学校に母親まで呼び出される事態になる。
 その日、リカちゃんはついに本気になった。大恥をかかされ、乙女の純情――あはは、死語かも?――を傷つけられて、口惜しさのあまり目に涙を滲ませながら、見えない誰かへの復讐を誓った。
 翌日から、リカちゃんは即座に行動を開始。自分の無実を証明するには、証拠を撮影すればいい。でも、動く物が何になるかわからない以上、物が動く瞬間を映すことは難しい。でも、ここで必要になるのは自分が無実である証拠だから、監視すべきはリカちゃん自身だという結論に達した。
 だけど、リカちゃんは中学生でお金もないし、監視カメラの使い方もわからない。その当時はスマホもまだなかったから、結局、リカちゃんは自分に監視をつけてもらうことにした。誰も反対しなかった。何かと盗みを働くと思われていたリカちゃんに監視をつけることは、同級生としても意義のあることに思えたのね。だから、賛成意見多数で、リカちゃんに監視員をつけることになった。監視員はクラスの男子と女子まぜこぜで、一日一人ずつ出すことになった。
 でも、この作戦には大きな欠陥があった。だって、日によって、見張りは男子一人になってしまうことがあるんだから。体育の授業の着替えはどうする? リカちゃんが見張りの男子の視線を気にして、トイレに立つのをためらっていたら? 言い忘れていたけど、リカちゃん、クラスで一、二を争うぐらいに見た目がかわいいの。一部の男子なんかは、恥ずかしげに我慢するリカちゃんのかわいらしい行動に、勝手に見張りを解いてしまったりもする。見た目がかわいい子には、男子はどうしても甘くなっちゃう。
 そうなると、きちんと見張らない男子達に対して、他の女子達が猛反発。結局、見張りは女子だけでやることになった。
 男子を排除した女子による監視は容赦なく行われた。だけど、結果は出なかった。執拗な監視の甲斐なく、リカちゃんは何も手を下していないのに、教室では物が勝手に動き続けたのね。ついに男子達の多くは、リカちゃんの無実を信じるようになった。疑ったことを謝罪すらして、友好的な関係を築く者も出てくる。でも、これで無事事件解決、とはならない。見た目の良さで己の罪を帳消しにしようとする泥棒女を妬みそねみ忌み嫌う、残念な見た目の女子達の後ろ暗い情熱は凄まじかった。こういう女子達からしたら、もう、自分が持っていない『可愛さ』を持っているというだけで、ズルいし憎いし万死に値する罪なの。その美しさの罪と盗みの罪はまるで別物なのに、それさえ自分の中でぐちゃぐちゃの一緒くたになってしまっているから、この女子達は絶対にリカちゃんは罪を犯しているはずと信じて疑わない。許せないインチキ女、物を盗んでどうにかして誤魔化しているんだ。そう言い張って聞かない。
 彼女達は色々と難癖をつけては、リカちゃんへの監視を強める。だけど、それも全部空振りで、何の尻尾も掴めない。
 いよいよなりふり構わなくなった醜い女達は、リカちゃんのトイレ内の行為さえ『透明化』することを要求。今までの監視は、トイレの個室に入ったことを確認した後、出てくるのを廊下で待つだけだった。それに対して、今度は個室の中にまで入って監視する必要があると言い出した。自分の無実を証明するため、これまでは大抵の要求に進んで協力してきたリカちゃんだったけれども、こればかりはすぐにうんとは言えない。
 だって、考えてもみてよ。トイレの中で『している』姿を他人に見られるなんて、思春期に入った女の子にとって抵抗がないわけがない。だから、リカちゃんもそれはさすがに断ろうとした。だけど、相手はここぞとばかりに、「怪しい! やっぱり、トイレからそっと抜け出して盗んでるんだ!」と言い出す始末。そっと抜け出すも何も、唯一の出口を監視しているんだから、できるわけもないのに。ほんとのところ、彼女達はもう自分でもどうしようもないほどにリカちゃんが憎くて憎くて、ただただ嫌がらせをしたいだけだったの。
 リカちゃんは迫力に押し切られて、結局、うなずいてしまった。他人の目の前でトイレを使う覚悟なんてできてもいないのに、その約束をしてしまった。

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